

第499回 英霊が靖国で泣いている(2007/08/15)
今年も8月15日がやってきた。
昨年のエントリーを見ると、ずいぶん憂鬱なことを考えていたものだと思う。すったもんだの末に小泉首相が靖国に参拝し、しかしそれもお賽銭をぽんと投げるような、正直言ってぞんざいなもので、あれでは逆に英霊が浮かばれないだろう、と思ったりもした。
石原慎太郎の景気が非常によかったのもあった。航空特攻兵の手記を読んで涙する首相、感動する都知事。日本の運命に、世界の歴史の中にみずからの命を位置づけて、最新鋭の兵器で一瞬にして散華する特攻兵はさぞかしかっこよかろう、そしてそう考えた若者たちが少なからず靖国に駆けつけていた。
しかしその一方で、自分の運命や思いを文章にするだけの能力を育成されなかった貧乏陸軍兵たちが、ガダルカナルでフィリピンで、あるいはインパール作戦のビルマで、散華とはほど遠く、軍部の計画不足と無責任と意味のない精神主義によって、暑熱・湿地のなかで飢えと渇きと病に斃れて「靖国街道」を歩んでいったことは、忘れてはならない。それは、戦後生まれのボンボン首相が何を抜かそうと変わらない。
むろん、そうしたところで、靖国を廃し奉れ、などと言っているのではない。多くの兵士たちが、自分たちの運命を何とか理由づけるべく、靖国神社での再会を誓って戦死したことは事実であり、その御魂から座を奪い取ることなど私にはできるわけもない。靖国に象徴される体制が生んでいる無責任とか、議論の面倒とか、そういうものが嫌なのである。
そういうわけなので、できれば8月15日は静かに英霊を見送り奉りたいところなのだが、防衛省がこれではダメだ。大臣と次官が連絡をしたのしなかったのと言い張っていて、しかもそれが人事だという。
かなり強引に会期中渡米をして、アメリカ要人にちやほやされ、目出度く「ミセス・スシ」を自称してそのユーモアが果たしてアメリカに通じたのかどうかもよくわからないが、挙げ句かつての党首を「カレンダーが止まっている」という批判になっているのかなっていないのか、いずれにしてもかなり無礼な発言をした小池大臣にはいささか問題を感じずにはいられない。
その小池大臣が、5年も防衛次官の椅子に居座った守屋次官を更迭しようとして、抵抗に遭っている。大臣の渡米中に官邸に乗り込み、官房長官や総理大臣に訴えた上で大臣の不備を主張する。大臣は夜中に電話をしたのに次官が出なかった、危機管理上も問題だと言い始めてもはや化粧の濃いオバハンの執念の様相を呈し、次官は次官でそんな大事な人事のことを夜中の携帯で伝えようという姿勢が問題だと文句をつける。こうなったらどっちもどっちである。
つまらぬことで争う他人の喧嘩ほど見ていておもしろいものはないが、こと国防を与る部署のトップがこうではいささか問題だ。
何が問題かというと、誰も指揮命令系統というものを理解していないし、またそこに伴う責任を感知していない。これこそが、無数の英霊を無駄に死に追いやった旧軍の最大の問題だったはずである。
一応、選挙で選ばれているのだから大臣から行こうか。次官更迭に当たって根回しが足りなかった、といわれているが、事務次官の選任は各省庁を束ねる官房長官の管轄事項である。それを飛び越えて次官更迭を早々に図ったのはいささかやりすぎであった。このことはもっと問われていい。インパール作戦の最中、帝国陸軍でも最も無能な将軍として名高い第15軍司令官牟田口廉也は、最悪の環境で戦う兵も糧食も送らずに「敵の食料を奪え、敵の自動車を奪え」という命令だけを出し続け、約4万の兵の命を失った。しかも状況を見かねて撤退を進言した麾下3師団の師団長を次々と更迭した。
ここで問題は、師団長は大元帥陛下から軍刀を賜る親補職(天皇が任命する役職)であったことである。これを軍団長が勝手に解任するということは、畏れ多くも大元帥陛下の統帥権を干犯し奉ったことになる。少なくともその理由が、東京の参謀本部に送られて検討されるべきであったが、牟田口には全くその自覚がなかった。今回の小池大臣はつまらぬ意地の張り合いとはいえ、どこかの国へ派兵するといった重大事項で同じことが起きたらどうするのだろう。
一方で、守屋次官も相当のものである。結論だけを取り出していえば、今回、大臣と次官のどちらを支持するかと言われれば、それでも大臣、と言わざるを得ない。大臣はいま国会議員だから、選挙を経て、有権者の声に一応は耳を傾けざるをえない仕組みになっているが、われわれは事務次官を承認したり罷免したりする仕組みを持っていないからだ。
だいたい、大臣が不在の間をねらって官邸に直接乗り込み、大臣と話をつけようなんて官僚意識が肥大している証拠以外の何ものでもない。せめて、時間外に料亭かどこかで会うのならともかく、白昼堂々官邸に乗り込むなんて、自分の権限を勘違いしているとしかいいようがない。
もしこれが認められるようであれば、軍事に関わる最低限のルールであるシビリアン・コントロールの侵害だといってもいい。制服組ですらない次官にこういうことを言うのは失礼ながら、シビリアン・コントロールは制服組のみに課せられるのではない。そう、考えるべきなのだ。
それをより強く感じさせたのは、今回自民比例で参院議員となったイラクのヒゲの隊長こと佐藤一佐である。もし、一緒にサマワを警備していたオランダ軍が戦争に巻き込まれた場合は、近くにいたふりをしてこちらも巻き込まれ、超法規的に戦闘態勢に入るつもりだった、と登院早々の囲みインタビューで述べていた。
このことも、僕は強くは否定しない。そういうこともありうるだろう、と思っている。現在の法制度上できないことでも、やらざるをえないときはやる、ということはありうるのかもしれない。航空自衛隊のなかには、北朝鮮がミサイル発射準備をしていることが明らかなときは、自分が基地を攻撃に行く、と公言している人もいるそうで(これはわかりにくいかもしれないが、平和団体の人たちが日本を「軍事大国」と呼ぶのとは裏腹に、憲法があるために自衛隊は他国を攻撃して帰還する仕組み−たとえば航空母艦や空中給油機、長距離爆撃機−などをも持つことができないので、ここで「攻撃する」とは、たとえばF15みたいな戦闘機で出撃し、帰ってこれないことを意味する)、そういう軍人マインドを僕は否定するものではない。
だが、である。軍人マインドがあったからといってすべてが許されるものではない。それは厳しく縛られるべきだし、事後においても徹底的に批判されるべきだ。これが許容されたらおしまいだ。
今回の佐藤議員の発言は、「集団的自衛権」に関わるものである。集団的自衛権とは、たとえば、自衛隊が攻撃されたときはアメリカ軍はこれを助ける義務を負うかわりに、アメリカ軍が日本近海でどこかの国に攻撃された場合には、自衛隊がこれを助けるための出撃し、相手を攻撃する、というものである。
現在、これは認められていない。憲法9条の制約により、日米安全保障条約では、日本が攻撃された際にアメリカは日本を守るために出動し自衛隊と共同行動をとるが、アメリカ軍が攻撃され日本には影響がない場合に、自衛隊がアメリカ軍を助けるために出動することはできない。
これはアメリカ以外でも同じで、イラクに派遣された自衛隊の場合、「非戦闘地域」における武力行使を伴わない支援活動のために派遣されているのであり、もし自衛隊が誰かから攻撃された場合には、イギリス軍、のちにはオランダ軍が守ってくれる約束になっている。じゃあそのオランダ軍が攻撃されたときは?自衛隊は何もせず、黙ってみていなければならない、というのが正解になる。
それが許されるのか、という声はわかる。現実に、目の前でオランダ軍が攻撃されているのに自衛隊は黙ってみてました、では国際信用に関わるかもしれない。しかし、であれば、その議論をちゃんとして、集団的自衛権を国会で認めるべきなのだ。そして現在安倍首相は、現行憲法下で集団的自衛権が容認されるよう諮問委員会に答申を出させようとしているが、これは無理だ。現在の片務的なありかたですら、現行憲法9条ではギリギリのラインであり、これ以上のことは憲法自体を変えないと無理だ。集団的自衛権を容認しようという、前駐米大使を筆頭とした議論は、基本的にはアメリカの世界戦略に日本をあわせようという、非法律的な議論でしかない。
それでも、どうしても、超法規的に、罰を受けることを覚悟の上で、という軍人の行動までは僕は否定しないのだが、今回の佐藤議員のように、国会議員が堂々と公にしていい話ではない。これは統治の、ガバナンスの、シビリアン・コントロールの、法治国家の、民主主義の問題である。
靖国にけちをつけたいのではない。英霊の魂を難じたいのではない。
だけど英霊だって、好んで死んでいったわけではないのだ。最後の最後には国のため、と思って死んでいった兵士たちは少なくないだろう(そうでない兵士もたくさんいただろう)。しかし、そういう状況に追い込んでいった政治は何をしていたのか、社会は何をしていたのか。
英霊の御魂を祀ることで、そこを蔑ろにしてはいけない。
なのに、この有様である。電話をかけたのかけないの、軍人の胸の内にしまっておくべきことをペラペラと吐露する議員たち。
英霊が靖国で泣いている。こんな国にするために死んだのではなかった、と。