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第23回 ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』(2001/8/26)

 20世紀を代表する歴史家のひとり、エリック・ホブスボームは、非常に簡単に、「歴史にセオリーは必要だ」と言い切ったことがある。もちろんここでホブスボームは、トインビーや最近ではハンティントンが豪快に試みたように、人類数千年の通史を総括するグランドセオリーを提示しようという意味で言っているのではない。彼にとって歴史とはあくまで現在の地点から何らかの観点をもって眺められた過去である。だがそれは、自然派文学者たちが述べる風景とは異なり、それを写実する描き手自身の問題意識をも含んだものだ。そのうえで、たとえば、20世紀を“the extreme age”として捉えることができる。

 グランドセオリーを否定した上で「セオリーが必要」というホブスボームの言葉はむしろ戒めとして捉えるべきである。つまり、歴史という過去があたかも本然的に存在し、それ以外の心象映像としての可能性がないかのような描き方だ。

 歴史を額縁の中の絵と同様、限られた木枠のなかでしか捉えられないとするならば、その枠のなかではひとつのセオリーを完結させなければならない。ひとつの絵のなかで、都合が悪いからといって異なるセオリーを接木したり、セオリーを無視したりすることは、理論的、ということに対する不誠実な態度なのだ。たとえば、明治日本は素晴らしいと賞賛しておきながら、そのわずか35年後にやってきた破綻を一部の人間の無能さに帰するようなことはしてはならないのだ。

 事実、われわれ日本人は戦時中のことと戦後のことを知らなさ過ぎる。あたかも触れてはいけないかこのようであり、右も左もそれは同じことだ。左派の人たちは、戦時中や戦争直後に(日本がどれだけ残虐な加害者であったか、という点を除けば)言及すること自体を批判する。右派の人たちは、戦争を「解放戦争」、戦争直後の混乱を「勝者による裁き」と能天気に捉えて、明治以来の日本近代の文脈とは切り離して考えるか、あるいは明治二本の偉大な成果を強調してその陰に隠してしまう。(拙稿「司馬遼太郎的言説の限界」参照))

 だが、あの戦争が解放戦争だったにしろ何にしろ、他国自国に甚大な損害を与えかつ被った悲惨な結末であったことは事実であり、悲惨な結末を詩的に謳うのではなく、日本近代史のなかでなぜあの結末に至らなければならなかったのかをそれこそ「セオリー」に基づいて考えなければならない。

 ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』は、日本人が、その歴史的経緯ゆえに描くことができない敗戦直後の時期を、雑誌や歌謡曲といったものにまであたって丹念に描いた作品である。むろん、単なるノンフィクションではなく学術論文的であるがゆえに読みにくいところはあるが、読んでいくと、戦後論議をするなかでほとんど今の日本では忘れ去られてしまっている事実に気づく。

 たとえば、戦争直後の政府が、明治憲法下での政体の再構築を目論んでいたのを、GHQが木っ端微塵にして憲法案を押し付けるくだり。吉田茂や白洲次郎といった、戦後日本の基礎を提供したと考えられている人々ですら、日本に民主的な憲法が似合うなどとはまったく思っていなかった、ということを綿密な史料の提示から知ることができる。明治的な、エリート指導型の政体が崩壊したのはまったく日本側からではなく、アメリカ側からのことだったのだ。

 また、問題の東京裁判についても同様だ。ダワー氏は、この裁判の裁く側に日本人がいなかった、ということを指摘する。そのことが、戦犯を除く日本国民をして、頭の悪い指導者に誤って導かれた被害者である、という意識を植え付けることになった、という重要な指摘をしている。もちろんそれは単なる作為ではなく、「自分たちを加害者と思うには、東京の焼け野原はあまりにも残酷すぎた」からでもあるからなのだが。また、天皇の戦争責任の問題と、その責任を免罪しようとしたマッカーサーをはじめとするGHQの動きにも躊躇なく踏み込んでいるところは好感が持てる。

 最も重要な点は、最後の数頁に記された論理展開の部分である。読者は飽きることなく、ここまでたどり着いてもらいたい。この点は、現在の日本の混迷を理解する上でかなり重要な根拠を提示している。

 日本は戦争に敗北したとはいえ、政体を大きく変更するつもりはなかった。1930年、つまり満州事変よりも昔にさかのぼって、15年の間に幅を利かした軍国主義的な要素を除去しさえすれば、天皇を中心とする麗しい国体を回復できると考えていたのである。リベラリストと思われがちな吉田茂においてすら、そうであったのだ。その意味で、明治はまだ続いていた。

 だがGHQは違った。それはバリバリの文化人類学者だったベネディクト・ルースが、未開人を描くように『菊と刀』を上梓したことに典型的である。明らかにマッカーサーは東洋人を蔑視していたし、蔑まれるべき東洋人に普遍の真理を説く宣教師のような出で立ちで彼は占領政策を実行し、また日本国民はそれを受け入れたのだ。まさに、普遍的真理を福音として聞いたのである。共産党ですら、この福音を称えた。ある意味での「理想」が実現された。

 そして矛盾は昭和27年に訪れる。朝鮮半島で戦争がはじまったとき、GHQは理想を棄てて現実に戻り、再軍備を要請。しかし国民は今度はついてこなかった。日本国民はいつのまにか理想を称えるようになっており、吉田茂も再軍備には頑強に抵抗したのである。そして東京裁判の判決が下り、自らを被害者と規定した国民たちはさらに理想主義を守ることになる。

 いろんな矛盾がここには埋まっている。平和主義を標榜する左派。しかしその平和主義はアメリカから与えられたものであり、その平和主義でもってアメリカに抵抗している。右派もまた、自らを被害者と規定する国民に同調してアメリカを非難したり、あるいは、アメリカが一方的に裁いた東京裁判の結果を受け入れることを拒否したりするのである。そして、アメリカと日本との関係のなかで戦後の諸問題が醸成されていくにつれ、アジアと日本の戦後問題は隠蔽されていった。太平洋戦争、という公的な呼び方はまさにその無意識的な隠蔽を象徴している。

 戦争もまた、明治維新と同等に大きな断絶だっただろう。明治維新は特殊な意識をもった日本人たちが自力でやり、敗戦の断絶はアメリカによって与えられたものだ。明治維新を称えるだけでなく、何が与えられたために何が断絶したか、という実態を知る必要がある。ほんとうなら、日本人の手でその歴史に挑まなければならないのだが、良質な成果がまだ出てない今、この本は読む価値は大きいといえる。