第13回 オランダ・イタリア紀行 Vol.4

いつになったらオランダに着くのだろう、とお思いの方。まもなくです。しかし、日本からオランダへはずいぶん遠いのです。

 肘掛から出てくる仕組みのモニターで、航路図を確認すると、ようやくシベリアを抜けて、フィンランドの上空からバルト海に入り、コペンハーゲン上空を経て北海に入り、アムステルダムへ到着するはずだ。アムステルダム到着予定は午後2時25分。大阪からのフライトはおよそ11時間30分。やはり長い。

 午後2時を回ると、ようやく、オランダが眼下に見えてくる。広い。というか、どこまで見ても山がない。きれいに矩形に区切られた畑が、どこまでもどこまでも続いている。vol.3で書いたとおり、これらのすべてがオランダ人が長い年月をかけて干拓してきた農地である。そして農地と農地の間には、水路が網の目のように走っている。上空からでも、羊やらガチョウやらがいるのがわかるぐらいになってきた。ただし悲しいことにどんよりどよどよの曇り空だ。

 隣のビジネスマンの人に、
「初めてのオランダが、曇っていて残念です。」
と言うと、彼は
「いつもこんなもんだよ」
と笑いながら返してきた。夏のシーズン以外は、日光を期待するほうが間違っている、とも付け加えた。 

ずいぶん長い前ふりになったが、現地時間の3月3日午後2時25分、定刻どおりにオランダ・スキポール空港に到着。スキポール空港はアムステルダムからおよそ電車で30分の距離にある。空港に降りると当然のことながらオランダ語表記なのだが、たいがいの場合英語表記がついているのでほとんど困ることはない。まして、学生時代は一応ドイツ語選択だったので、オランダ語も表記された単語なら何となくわかる。オランダ語は、言語学的には西ゲルマン諸語に属していて、ドイツ語に非常に近い。数の数え方なんかまるでドイツ語だ。

アムステルダム・スキポール空港ロビー

 スキポール空港は、前回も書いたけれど西ヨーロッパのハブ空港的な役割を果たしている。ロンドンまで1時間、パリまで1時間、ローマまで2時間、フランクフルトまで1時間半、マドリードでも2時間ちょっとで到着する。しかも飛行機は頻繁に飛んでいる。地下には空港直結のオランダ国鉄が走っている。これを利用すればブリュッセルまで2時間、そこから先はユーロスターだ。また、アムステルダムとパリを結ぶ国際新幹線「タリス」に乗ればパリまで3時間弱、アムステルダムまで出てドイツ国鉄の新幹線「ICE」に乗ればフランクフルトまで4時間。これだけ都市間移動が便利になれば、統合を進めようという気持ちもわかる。 

 写真は、空港と地下駅を結ぶ空港ロビー。ほんとうに綺麗なところだった。オランダを通じての印象になるのだが、この国は洒落っ気はないものの圧倒的に機能的で、なおかつ清潔だ。自由主義というのは自前のゴミを棄てるところから始まる。

スキポール駅のオランダ国鉄と、そのチケット

 

 オランダに私鉄はなく、すべてが国営鉄道(NS)である。列車はすべてが2階建て車両で、ふつう(Local)と快速(Schnelltrain)があって、本数も多くいたって快適。二等車でおよそ35ギルダー。あ、通貨のことを言っていませんでした。オランダの通貨はNLG(Netherland Gilder)でギルダーと呼ぶのが正しいそうだが、お札でも通称でもfl(フローリン)という単位で呼ばれている。補助単位はセントで、1fl=100ct。米ドルと同じで、quater=25ctが現実的な最小の単位になっている。たとえば公衆電話をかけるときは、25ctからということになっている。レートは、ちょっと円が弱くなって1fl=50円ほど。ビックマックのセットが12flぐらい。でもUSドルもかなり通用する。さすが国際性で生きている町だ。

 ついでに言うと、3月のオランダは、日があまり差さないこともあって非常に寒かった。出発前に寝坊して、衣服について考える時間がなかったのが悔やまれる。ほんとならシャツの上にセーター、その上にジャケットを着てくるぐらいでちょうどいいのではないか、というぐらいの気温だったが、セーターなんて上品なものを持ってきていなかったので、シャツの重ね着でしのぐ。

さて。ほとんどのお客さんたちがスキポールから北上してアムステルダムへ向かうのに対して、僕は南行のプラットホームへ入る。行き先は、ハーグ。Denn Haag、英語ではthe Hagueである。

 ハーグといっても、あまり日本人には馴染みがあるところではない。だが、オランダの事実上の首都である。ベアトリクス女王陛下もここの王宮に住んでいるし、国会もここにある。国会の開会式の際には女王陛下が馬車で議事堂まで向かわれるパレードがあるそうで、これはハーグの名物だそうだ。ただ、単なる政治都市ではなくて、人口70万ほど、オランダの中でもアムステルダム、ロッテルダムに次ぐ都市である。

 国際関係論出身の僕としては、ハーグが国際機関が集中する街だ、ということも忘れてはならない。思えば国際連盟の本部はここにあったし、現在の国連の主要機関のひとつである国際司法裁判所(ICJ)もここにある。各種の国際条約の事務局もかなりの数がこの街に存在している。そして目下注目なのは、1991年から5年ほどにわたって続いた旧ユーゴスラビアの内戦で発生したさまざまな戦争犯罪、とりわけ人道に対する犯罪を裁く刑事裁判所が置かれていて、大まかに言えば現ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国のイスラム教徒やセルビアのコソヴォ自治州で行われたセルビア軍による蛮行を裁いている。むろん現実はそんなに単純なものではなくて、クロアチア人によっても、ボスニア人によってすら似たような蛮行は行われているに違いないのだが、それをもって裁きを止める理由にはならないだろう。

 その刑事裁判所で大学時代の友人がひとり働いていて、彼女に紹介してもらった宿に行くことになったわけだ。

彼女とはハーグ中央駅のバーガーキングで待ち合わせ。ちなみに、オランダではマクドナルドよりもバーガーキングのほうが優勢で、客も多かった。まあ、あんな湿気たフライドポテトを出すマクドナルドには行きたくないがな。

 ちょうどこの時期、イギリスやフランスで牛や豚の病気・口蹄疫が流行していて、スキポール空港でもイギリスからやってきた人は別の出口に回されて、靴の裏を消毒しなければならなかった。そんなわけで、ビーフ&ポークはあることにはあるが、バーガーキングやマクドナルドですらやや息を潜めていた感じで、その代わりにチキンを前面に押し出していた。ちなみに、オランダ人はチキンが大好きだそうである。

 しかし何より驚いたのは、バーガーキングの店頭でバイトをしているお姉ちゃん&お兄ちゃんたちの英語が流暢なこと流暢なこと、こっちが嫉妬したくなるぐらいだ。いや、こういう発言がよくないとはわかってはいるが、日本なんかだと何のバイトをしているかでどういうレベルの教育を受けているかが何となく見当がついてしまうところがある。オランダではとにかく、それがないのだ。あとで聞いたところによれば、学校教育のなかでかなりみっちり英語を仕込まれるらしい。オランダは人口1500万である。マーケットを探そうと思えば、英語でもきちんと覚えなければならないという制度が、彼らをそうさせているのだろうけれど。

 バーガーキングでチキンバーガーを頬張っていると、彼女がやってきた。およそ半年ぶりぐらいの再会である。しばらくぶりの久闊を叙した後、とりあえず荷物を置こうということで宿へ。ハーグはアムステルダムと同様、市内の交通はトラム(市電)がすごく発達していて便利だ。それにバスもあるので、公共交通はほとんどこれでOK、という感じ。

 街中は煉瓦造りの家が整然と並んでいる。ただし、洒落っ気はからきしない。宿はそんな家並みの中の一軒にお邪魔することになった。彼女がよくお世話になっている老夫婦の家で、いわゆるB&Bをやっている。もちろんこのご夫婦も、僕には及びもつかないほど英語がお上手だ。オランダの家は大変縦に長く、一般の家でもほとんどが3階建てだ。困るのは階段が狭いこと。その狭い階段をえっちらほっちらと荷物を抱えて昇り、ようやくひと段落。

 この時点で午後8時。ただし、緯度が高いので、まだ明るい。飛行機のなかでワインをのんで寝た甲斐があって、ジェットラグもそんなに辛くない。というわけで、友人と二人してちょっと遅めの夕食に出かけることにした。行き先はハーグ、いやオランダきっての観光地、スヘフェニンゲンだ。


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