中国の旅(青島でパスポート紛失)


市南区新市街を宿のベランダより望む

永年ひとり旅を続けてきたが、いつも順調な旅ですっかり油断したのか、今回宿なんとパスポートを紛失するというお粗末なことを経験し難儀しましたので、恥をしのんでその顛末を記録報告し皆様の今後の参考に供したいと思います。

7月27日(金)晴れ;WH290便;福岡空港15:40発〜青島空港16:40着

飛行機から降りる際、後の席に座っていた日本のお嬢さん二人連れが、空港から青島市内のJASCO(佳世客)百貨店までの行き方を隣りの中国通らしき日本のおじさんに尋ねていたので、例によってなにかと親切な私、「私と一緒に行きましょう、私もその方向に行きますから・・・」と話しかける。

彼女達すっかり喜んでついてくる。空港から市南区新市街まではタクシーで60元から80元が相場、勿論シャトルバスもあり10元と安いが、荷物が大きいとして希望の場所までの移動にまた手間どる。

空港のタクシー待ち場所に車が並んでいる。我々三人組をみると声をかける。「市南区までいくら?」「100元!」「高い、まけろ?」と押し問答していると横から別の男が「私の車80元で行きます」「よかろう」彼のあとについていくとなんと白タクもどきのワゴン車。委細かまわず乗り込む。

市南区新市街までは結構遠い、しかし最近は素晴らしい高速道路も完成し、昔の混雑する道路を走らずにすむ。ほんとうにその発展の早さに驚く。その上三人で割り勘で30元たらず、彼女達大喜び。私も嬉しい。

昔はどえらい田舎だったこのあたり、ここ5年くらいで大発展、発展の余地のない旧市街(でも私は好き、ドイツ人の設計になる30万人の市民を想定した欧州風の街並み)を見限り更地に市南区新市街を建設した。30階以上が林立する。貧乏旅行好きの私に似合いそうな安宿を探すには時間もいる。とりあえず今日は市南区旧市街駅前の馴染みの宿に行こう。今度は市内バスで移動。


市南区旧市街駅附近の茶苑賓館


初日は**賓館、今年の正月に泊まったときは二人間を借りきって60元と安かったが、今は海をたずねて 中国中の観光客がおしよせる青島、おまけに冷房をガンガンかける時期、3人間を借りきって160元にまけようという。うん〜仕方ない、OK。

7月28日(土)曇り

今回は市南区新市街をつぶさに調べよう、また時間があれば天津に行って見ようと旅立ちしたので、まずは市南区新市街に宿を変えようと、朝から福州路あたりをぶらつく。新市街の街並みから少し離れた所に「海洋地質研究所招待所」なる見事な門構えの奥に二つ星クラス?の建物、入って交渉する。

建物は新しいが、掃除、整理整頓はいまいち、例の国立営業の悪いところ丸出し、3人間貸しきりで150元、まあいいかOK,今回はどうしてこんない甘いのだろう、シーズンのかきいれどきなので無理は言えないとの先入観があるのだろう。しかしここは便利が良い、私の大好きな朝市(浮山所集貿市場)が近い。Jasco(佳世客)やCareefour(家楽福)などの近代的スーパーも近い。また青島きっての美食街「雲霄路」も近い。

7月29日(日)曇り時々雨

朝市は面白い、昨夜来の雨がやっと上がりきれないのに、ドエライ人出。日本の小学校の運動場なら二つ三つは入る広場にトラックや三輪車が乗り込み荷台のおしりを並べて野菜、西瓜がずらりと。リヤカーの荷台の桃に葡萄、沢山の種類の水果、菜っ葉、安い安い!マスカット顔負けのでっかい粒の葡萄が1斤3.3元 (50円)、「1斤下さい」「たった1斤駄目だ、3斤で10元だ(150円)」と叱られる。「私は1人、 1斤で充分だ」、隣りの桃が美味しそう、これまた大きいやつが3つで3元(50円)、毎日果物の暴れ食いをしようと決心する。

続くその先、雑貨屋さんがバラックの軒を連ねてる。えもん掛け1元を5つ、湯飲みを1つ3元、ついでに赤ちゃんのミルク瓶風の容器2元、鏡2元を1つ、全部で12元、滞在型旅行には手ぶらで出発しましょう! その向こうでは、豚や鶏のまさに生鮮市場、そのまた向こうは外食テント食堂の連続!フカフカの蒸気をあげる饅頭、ウドン、ラーメン・・・・、みんな腹一杯くっても3元程度!


新市街はずれのの海洋地質研究所招待所

今晩は中国料理の旨いものでも食べようと「雲霄路美食街」に出かける。通りの両側に色とりどりの看板、 奇麗に着飾ったチャイナドレスの小姐、真っ赤なタスキに金色の文字「歓迎光臨」の小姐がずらりズラリ並んだ華やかな通り、食堂街というよりも歓楽街!

夕方近くなると、あちこちの店でミーチングがあってたのを見ていた私は、野暮なウエストポーチや小さな鞄をやめて、長ズボンの裾に隠れるレッグサックに(米国で買った旅行者グッズだが)パスポートとお札を入れて出かけたが、これがいけなかった。車に乗ったり降りたり何度もするうちにパスポートだけが抜け落ちたらしい。

賓館に帰って気が付いた。あれー!パスポートがない。もう旅行気分は吹っ飛んだ。どうしよう?い〜い気持ちで飲んだ紹興酒の酔いも醒めた。ええい、全ては明日だ、もう今日は寝るのみだ、

しかし目が醒めていろんな事を考える。帰りの航空券8月3日分は格安キップなので便の変更は可能だろうか?駄目だったら手持ちのお金が足りない、中国銀行に行ってVISAカードで借り出そう、・・・現役中に鍛えた想定問題に対する対応の訓練がまだ生きている。次から次へと連想する。

7月30日(月)雨

朝が待ちどうしかった。シャングリラ・ホテルに行く。外国で何かトラぶったらその街の一流ホテルに行けば良いということは長年外国を回って仕事をした経験で知っている。そういえば長い事、貧乏旅行ばかりでこんな立派なホテル に入ったのは久しぶり。やはりいました、日本人の女性セールスマネージャー、日本人旅行客のアドバイザー。彼女に事情を話して、これから為すべきことを伺う。ついでに青島日本人会の会長さん(JAL青島支店長)がもっと詳しいことをご存知かも知れないと電話番号を教えて頂く。

お蔭様で
1)まずは、地元の派出所に行き紛失証明を発行してもらい、それを持って
2)「公安出入境管理」に行き、更に確認証明と大使館宛の書類をもらい
3)北京(大使館)か大連(領事館)に行き再発行をして頂く。
ということがわかった。


新市街の二つの大通りの中の住宅街の派出所

早速、タクシーの運転手に案内されて派出所へ行く。担当の制服の警官に夕べ宿で手帳に書いた紛失の経緯を見せる。「場所、時間」は良くわからないと書いているのを、何とか思い出せ、もっと詳しく事情を説明しろと迫られる。そんなこと言ったって「わからないから紛失したのだ」と言いたかったが、私が悪いのだ、迷惑をおかけしますと、得意のゼスチャーと、適当な中国語で説明をする。

先に述べたがレッグサックがいけなかった。長年使ってゴムが伸びきっていた。それに今年からパスポート はビニールケースから出して使うようになっていたので小さくて滑りやすかったのだ。それを実際に足に着けて実演したら、お巡りさん笑いながらも、「そんなものは駄目だ、今持っている肩掛けの小さいサックが 良い」と叱る。そのときはちょっと威張ってると感じたが、今となっては懐かしい良いお巡りさんだった。それに、さすが漢字の国、肉太の万年筆の達筆の調書に見とれました。

午後は「公安出入境管理処」に行く。いままでの経緯説明、担当官は「警察(派出所)の証明だけでは駄目、顔写真の証明がいる、でないと本人の証明にはならない」とう。自動車免許証は持ってきていない。パスポートは紛失しているし・・・そうだパスポート重要ページのコピーがどこかにあるはずだ。早速タクシーで戻り持って来る。「えらい速いねえ」「8月3日の航空券が使えなくなるので・・・急いでください、今晩の夜行列車で北京に行きたい」「駄目だ、明日1日チェックするので明後日受け取りにおいで」

7月31日(火)雨

昨日の職務質問の間に「あんたは今何処に住んでいるのか?」「海洋地質研究所招待所に泊まっています」「あそこは日本人を泊めてはいけないことになっている」「マネジャーがOKだと言ったので」、それ以上何にも追求しないので安心していた。ところが今朝、宿のマネジャーが部屋に来て「すみません、警察から 連絡があったので12時までにここから出て行って下さい」と追い出される。

そこで新市街の中心に近い所を探し、工商賓館に移る。ここも渉外賓館(外人客宿泊OK)ではなさそうだが、これまた総服務台の小姐がOKをだしてくれた。初日の駅前安旅館から海地賓館(招待所)、今度は中国人相手の中流の宿と次第にレベルが良くなっていった。部屋から外に電話もかけられない所から、市内はOK、次は国内長距離OKとなったが、それでも国際電話は駄目だ。ここで反省、もう70歳を過ぎてひとり旅をするなら、せめて国内中距離電話や国際電話可能な宿に泊まり、折々関係先や日本に連絡をしよう。

北京の日本大使館に電話する。出たのは中国人の女子事務員で久しぶりの日本語でしかも優しい、ほっとする。彼女の話では、10日以内に出国するなら1枚の仮証明書を当日発行できる。10日を超えて出国するなら正式に日本と連絡して正規のパスポートを作成するので書類提出後10日から2週間かかる。と言う。 「只今、書類作成中、1日の夜行で2日朝北京に行くのでよろしく」「待ってます」

8月1日(水)雨


青島公安出入境管理処

出入境管理処が開くのを待ちかねて行く。3階の事務所、担当官はパソコンを操作していたが、笑顔で迎え「これ、あんたのじゃないの!」とパスポートをだす。やや〜何と私のものだ!、「この人が届けてくれた」と名刺を見せる、「これ頂けませんか」「駄目だ」「写させてください」。「三菱商事青島事務所経理助理、董海清」、この異国の地で分かれて以来、誰の手を経てここにあるのか、ここのとこと雨続きの中で汚れもせずに私の所に戻ってくれた。嬉しい、そして感謝の気持ちがこみあげてくる。お礼に行かなくちゃ! でも名前の海清は男?女?、手土産はなんにしよう、考えても分からない、この際、封筒を買って「寸志」を包もう。

激しく降る雨の中、タクシーで三菱商事青島事務所に行く。さすが立派な事務所、厳重にロックされた門まで案内された。面会を請うと海清さんは、なんとうら優しき女性、応接室でお礼からはじまり、あとはしばし懇談。なんでも彼女の住まいの隣りの人が見つけたとのこと、私が困っているだろうと、彼女は日本の私の家に2度も電話したとの事。ほんとうに親切な人の連携でパスポートは無事に手元にもどってきた次第。
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