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『みちしたの音楽』 『みちしたの音楽』にまつわるエピソードを御紹介します
  其の十九 new!
Kids

子供の頃、親に無理矢理エレクトーン習わされてレッスンの度にだだこねてたなぁ。
そんなに、音楽好きでも無かったし、一緒に習ってた近所の女の子なんて、見る見る
上達して、ひとりおいてけぼりで...。
先生が美人だったから続いてたのかなぁ?

発表会とかになるとやたら張り切ってました。
さほど難しくも無い曲やったけど、舞台の上では偉そうに堂々と弾いて、カッコつけ
るのだけは得意でした。
拍手もらうのは凄く気持ちよかった。
目立ちたがり屋の素質はそのころからあったんですね。

いつのまにか、音楽を作って、聴かせることが自分の仕事になってて、今では明けて
も暮れても…。
雨が降ろうが、槍が降ろうが、辛かろうが、悲しかろう
が............................。

だだこねても聞いてくれる、我がまま言っても許される、そんな歳はとうの昔に過ぎ
てしまいました。

でも、今は子供のときよりもはるかに夢中に音楽やってます。
一つのメロディに、そして詩に、泣いたり、笑ったり、時には怒ったり、ああでもな
い、こうでもないと悩んだり。
わるガキ共が集まってワイワイ楽しく演ってるんですよ。


Kids  サードアルバム「真昼の星」に収録。

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其の十八
Miego Amigo

こばなし其の五でもご紹介した我が愛猫「ミ−ゴ」。あれからまたまたでかくなりました。
生ゴミのポリ袋の中に入れられてゴミ箱に捨てられていたのを助けられ、我が家に来たのはかれこれ10年前の事。
ガリガリで頬が痩けて片目が目脂で開かなくて毎日目薬を注してやって…。
本当にか弱い猫でした。   

しか〜し。     
それが今は…。

重たいわ、

硬いわ、

悪さはするわ、
もう、調子に乗りまくってます。

現在、推定体重10kg。

そのうち、

物でも言うんじゃなかろうか。

僕の大切な「アミ−ゴ」「ミ−ゴ」は現在も進化し続けています。


Miego Amigo サードアルバム「 真昼の星」に収録。
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其の十七
May I Ask

本当に言いたい事、伝えたい想いを素直に言葉に出来たら.....、
そんなことを考える時があります。
余計なことはペラペラ喋るくせに、肝心要、「ここ」という時には何も言えなくなる事、よくあります。
そうなんですよ!
その人の、たった一つの「言葉」が聴きたいために、胸ドキドキさせて、汗かいて、四苦八苦して、でも照れくさくて、そして、怖くて.....。

雄弁に自分の想いを伝えられるだけの「言葉」を持っていたら、今のように「音」を扱う人にはならなかったかもしれません。


May I Ask サードアルバム「 真昼の星」に収録。
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其の十六
Short Story

涙もろい男ってどう思いますか?

先日、僕が長年勤めていた「藤JAZZスクール」忘年会が京都・南禅寺のコルドンブルーで行われました。2003年12月を以てスクールの講師職も退職を決め、これが僕にとって最後の学校行事でした。
思えばいろいろありました。
レッスンはもちろん、年に2回タキシ−ドの着れるのがうれしくてやってたスクールコンサートの司会。
ここ数年は京都の美山町で行われた自然いっぱいの中での夏の合宿。
そして、朝までぶっ通しセッションの忘年会。

楽しいこと尽くめのあっという間の7年間でした。

校長の藤井貞泰氏は本当に音楽を愛し尊敬しているすばらしい音楽家で、僕もこの藤JAZZスクールでは生徒の方々以上に校長に教えられることが多かったです。

忘年会も佳境を迎えようとした時、退職のご挨拶の時間を頂き、やはりこの12月で学校を辞められるスタッフの井幡さん(彼女はクラシックのチェンバロ奏者として京都を中心に活動されてます)ご挨拶。感無量だったのか話の途中で声が震え目から涙が....。
うーん、いいシーンですねぇ。
続いてマイクは僕の手に。まぁ、軽く挨拶してさらりと、のつもりが、いつの間にか言葉につまり、気が付けば、もう、止まりませんでした....。
200%泣くと判ってるのでそんな演出されて本当、してやられた、って感じですが.......
うれしくて流す涙って僕は結構好きです。
でも、
やっぱり、
ちょと、
恥ずかしかった。


Short Story サードアルバム「 真昼の星」に収録
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其の十五
Spring Break

幼い頃、なぜお正月はあんなに寒い時期なのに「初春」とか「迎春」というのか不思議でした。
春といえば、それまで冷たく感じた風がほんの少し気持ち良く感じるくらいの気候だと思うんで、
それからすると、やっぱりお正月はまだまだ「冬」ちゃうのん?と、子供ながらに思ってました。
春っていう言葉には、新しい年のはじまり、全ての事柄のスタートラインという意味合いがあるのでしょう。
お正月の思い出といえば.......
家族でおばあちゃん家へ行くんです。楽しみといえばやっぱり「お年玉」。もらったら早速、兄貴と従兄の「善彦ちゃん」達と近所の駄菓子屋(確か、屋号は「一梅」だったと思う)へ直行。奴凧その他を買ってそれを持っておばあちゃんとこへ行くと、新聞紙を細長く切って御飯粒で凧に「足」をひっつけてくれる。それをもって近所の公園へ。
凧が上手くあがった記憶はないけど、子犬に思いっきり追いかけられて公園中、半泣きで逃げ回った記憶ははっきりと残ってます。
「あったかい」を通り越して「汗だく」になって逃げ回った「あつい」、「初春」の思い出です。


Spring Break  サードアルバム「 真昼の星」に収録
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其の十四
For Good

4月11日
10年ひと昔といいますが、もう10年になりますね。
なんじゃかんじゃ、セッションしたり遊んだりいろいろしたなぁ。
君と約束したことはまだ実現していませんが、じっくり腰をすえて、ここで音楽をがんばっていこうと思ってます。

BOSTONで一緒だった皆さん、お元気ですか?
僕は今も元気に音楽やってます。


For Good ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の十三
Ecnad Tac

言葉遊びでもしましょうか。 一昔前にはやりました。「シャッフル」っていうやつ。
名前の文字を入れ替えて別の意味の文章ににしたりするやつ。
例えば、「舌の奥が珍味」=したのおくがちんみ=みちしたのおんがく=『みちしたの音楽』 なんてどうでしょう? 自分の名前とか友達の名前をシャッフルしてみると以外と面白い言葉が発見出来るかも知れません。
後、「回文」っていうのもありますね。上から読んでも下から読んでも同じやつ。
「しんぶんし」とか「たけやぶやけた」とかいうやつ。
僕も作ってみました。
「ぼくはくぼ」「きみはみき」「わたしはたわし」?


Ecnad Tac  セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の十二
微熱

恋愛経験は豊富な方ではありません(多分)。 失恋経験は豊富かもしれません。
だから悲しい曲も書けるのかもしれません。 これまでの人生で立ち直れない程落ち込んだこともないかもしれません。
だから、微熱程度で済んでいるのかも知れません。


微熱  セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の十一
New Retro

大阪の千日前に「ワッハ上方」(大阪府立上方演芸資料館)というのがあるのを御存じですか? 落語ファンの僕としては「ユニバーサルスタジオ・ジャパン」よりも価値のあるテーマパークといえるかもしれません。
上方芸能の歴史から、芸人さん達の衣装、小道具、漫才、喜劇の台本、ビデオ、レコード、書籍にいたるまで様々な資料が展示されています。
落語を聴いていると今自分が生活しているこの地に、昔はどんな人がいて、どんな生活をしてたのか、いろんな想像がふくらみます。 何気なく毎日歩いてる道も今のようにアスファルトで舗装された道でななかったでしょう。 車や電車のない生活なんて今の時代には考えられないことです。 ある意味、そんな便利な時代だからこそ落語を聴いて「何か昔ってのんびりしてていいよなぁ」と思えるのかも知れません。

桂米朝さんの落語で知った小咄です。

台所の水壷が患ったというのを聞いて台所の仲間連中のまな板や包丁が見舞いに行った。
「壷はん、患うてはりまんねんてなぁ」
「へぇ、あきまへんわ」
「どこが悪いんでんねん?」
「癪(勺)がつっぱってますねん」

こんな噺で笑える自分が好きです。
「温故知新」古きを訪ねるのもたまにはいいもんですよ。


New Retro  セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の十
Y4

Vibraphoneの山本祐介さんには本当にお世話になりました。
ファースト・アルバム「FOR GOOD」のレコーディングでは2ヶ月余りの間、彼のアパー トに居候して、寝起きを共にしました。
ボストン市内から車で数10分、歩いて1周 しても1時間もかからない程の小さな島でした。窓からは海、微かに聞こえる波の音・ ・・。男同士で住むにはあまりにもロマンティックすぎるその環境。 あのCDジャケッ ト写真(まだ御覧になっていない方はこれを機にぜひ御購入ください!)は当時彼が 住んでいたアパートを撮影したものです。
彼もそうでしたがVibraphoneという楽器はマレット(鍵盤をたたく「バチ」)を2本 ずつ両手に計4本持って演奏する方法があります。持った感じがちょうどアルファベッ トのY Yみたいに見えるのでYusuke YamamotoとY Yで「Y4」。
結構単純でしょ。


では、ここでゆうすけ君お気に入りのなぞなぞをひとつ。

富士山の頂上に住んでいる人の名前は?

答えは
ふじさん

ふじさんの子供の名前は?

答えは
ふじくん

ふじくんの妹は?

答えは
ふじちゃん


Y4  ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の九
『みちしたの音楽』

『みちしたの音楽』は道下克己の音楽です。 別に主義主張がある訳ではありません。 でも、 一言、 自分の音楽について語らせていただけるなら、 僕の音楽のテーマは「笑」です。 笑いの「笑」、そして笑顔の「笑」です。 笑いで不幸になる人はいない。 幸せだから笑顔になる。 僕はこのことを確信しています。
だから、「笑」のある音を目指して日夜励んでいます。 僕にそのことを気付かせてくれたこの一言を添えて?

「オロナミンCは小さなビンです。」by定延敏尚


『みちしたの音楽』
 セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。


−定延敏尚(さだのぶとしなお)−
関西を拠点に活動中のサクソフォン・プレイヤー。
セカンドアルバム『みちしたの音楽』に参加。
どちらが名字なのか名前なのか。
人呼んで「浪速のジョージ・マイケル」
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其の八
Quiet Place

中学1年の冬からだから、13歳のときから約2年間病院で過ごしました。 ミキサー車っていうセメント運んでる車にひかれて、1ヶ月程意識不明で生死の間をさまよってたそうです。入院生活なんて2度とごめんだ!
なんて思っててもあの当時のことを思い出すと色々と楽しいこともあったなぁ、と今になって思います。
例えば、
盲腸で入院してきた高校生の兄ちゃんがテレビのお笑い番組見て笑いこらえるのに必死やったこととか。 中学校の落研の友達が病室の空きベッドを高座にして落語やってくれたこととか。 看護婦さんと文通したこととか・・・。
普通に生活してたらお目にかかれないような出来事や人に出会えたと思ったら、あの2年間もまんざらではなかったかなぁ、と思います。 この曲作ってからしばらくして、アメリカの映画見てたら、とあるシーンで病院の待ち合い室に 「Quiet Place」 と書いたはり紙がしてありました。 みなさん 病院内は「お静かに」



Quiet Place ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の七
Eye of the Bob

3年半のボストンでの学生生活を終え日本に帰国するという日の前日、アメリカ東海岸を記録的な台風が襲いました。突風で街路樹がなぎ倒される程の大きな台風でした。その名もハリケーン「Bob」。自然現象に人の名前付けるって面白いですよねぇ、アメリカ人って。
そのとき僕は学校で学生生活最後のジャムセッションをしていました。 大勢の友達がそんな天候の中集まってくれて、アメリカ生活最後の日に花を添えてく れました。
6時間に及ぶジャムセッションが終わって外に出たときは「Bob」はもう通り過ぎた 後でした。
次の日、台風の影響で飛行機が遅れ、サンフランシスコで足止めを食ってしまいまし た。でもそのおかげで、思い掛けないサンフランシスコ観光が実現し「Bobも粋なこ とするやん」なーんて思った、そんな出来事でした。
ところで、 「台風一過」っていうの、僕はず〜っと「台風一家」だと思ってました。 あれだけすごい威力の風を起こすには一人じゃなくてやっぱり家族の力も必要なんだぁ 、と。


Eye of the Bob ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の六
Toriton

生まれて始めて行ったコンサートは小学校の4年生か5年生の時、大阪厚生年金大ホー ルでの「SANTANA」のコンサートでした。
兄が行くはずだったコンサートでしたが、中学校のクラブ活動(当時、兄は体操部の 花形だったそうです)の都合で代わりに僕と、そして母という多分その会場での最年 少と最年長というカップルで行くハメになってしまいました。
コンサートは「瞑想」から始まる、大変幻想的なものでした。
どんな曲やってたのか、ハッキリとは憶えていませんが、僕の人生において重要な時 間であったことは間違いありません。
Toritonはあの時の感動を伝えたいと思い作りました。
あのコンサート、本当によかったなぁ。
ただ一つだけ、
そう、たった一つだけ、
残念だったことは、
隣で母が「みやここんぶ」食ってたってことだけです。
Toriton  セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の五
Cat Dance

猫は好きです。 現在、我が家では、シロ、クロ、ミーゴの3匹が生活を共にしています。 どこで、どう間違えたのでしょう?こいつらがやたら「重い」。 シロ=約6kg。クロ=約7kg。ミーゴ=約8kg。 3匹合わせるとこれがなんと21kg! えさを食べさせ過ぎたのか?はたまた、そう言う体質なのか?ひょっとして人間?とさえ思ったことも.....。 でも、かわいい!誰にどう言われようと、可愛い! だいたい「猫っ可愛がり」なんて言葉、誰が言い出したのでしょう。 うまいこと言いやがって。


Cat Dance セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の四
Something

「大切なもの、大切な人」と言った意味がこの「Something」という言葉にはあるそうです。アメリカでの学生生活を終え、僕が最初に作ったバンドの名前でもあります。
ボストンの某音楽学校に行ってた時、後にも先にも一度だけ「ホームシック」というやつになってしまったことがありました。
季節は冬。
Charles Riverと向こう岸にはMIT(マサチューセッツ工科大学)という最高の景色を見ることのできる6畳一間のアパートで、ふと、浮かんできたのがこの曲でした。窓の外は一面の雪景色。決して暖かいとは言えないその部屋。か細いポ−タブルキ−ボ−ドの音で何度もこのメロディを弾いてるうちに、自分で言うのも変ですが何か暖かい気持ちになって、とても癒された気分がしました。
それから半年後、
僕は日本でこの「大切なもの」を見つけることになります。
マサチューセッツ工科大学
Something  ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の三
Shaggy Dog Story

オチのはっきりしないあいまいなジョークのことをアメリカではこう呼ぶそうです。
例えば.....。
とても賢い犬がいました。
飼い主はその犬を大学にやることにしました。
クリスマスの休暇に犬が帰ってきた時、飼い主にこう言いました。
「歴史や経済学は受講しなかったけれども外国語は充分にマスターしました。」
「じゃぁ何か外国語を話してごらん」と飼い主。
すると犬は...。
「ニャー」
道下克己、趣味は「ねこと落語」です。


Shaggy Dog Story
 セカンドアルバム『みちしたの音楽』に収録。
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其の二
Billiken

僕は大阪生まれの大阪育ちです。
でも、大阪のシンボル「通天閣」に初めて上ったのは20才を過ぎてからでした。
通天閣の展望台には「ビリケンさん」という神様が奉ってあります。
わんぱく坊主みたいな顔でちょこんと座ってる、とても愛らしい神様です。
いろんな出来事がある度、僕は「ビリケンさん」に会いに行きます。
何するでもなく、ただボーっと彼の顔をながめていると何か、ほっとした気分にいつの間にか、なってしまいます。
そういえば、この曲、僕がうまれて初めて作った曲なんですよねぇ。
最初にして最高の曲と今でも思ってます。
Billiken ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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其の一
A Piece of Sweat Cake

直訳すると「ひとかけらの汗臭いケーキ」となります。
もともとは A Piece of Sweet Cake(ひとかけらの甘いケーキ)というのがこの曲のタイトルでした。 僕が、ある人からもらったケーキの甘く切ない思い出の曲です。 「失恋の味」というか、「青春の思い出」というか、いずれにしても、今では恥ずかしくて口にも出来ない言葉ですが、この曲を作った当時は平気でそんなこと言えてたんですよね。 あのときは本当に若かったなぁ、なんて思う今日この頃です。
ちなみに、この曲の名付け親はニューヨーク在住のミュージシャン山本祐介さん、その人であります。


A Piece of Sweat Cake ファーストアルバム「FOR GOOD」に収録。
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