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<さようなら・・・5519F>

2001年11月4日(日)、いもむしが須ヶ口〜蒲郡〜金山間を団体列車で走行し
注目をあびる中、2両の5500系が運用を終え舞木工場に入場しました。
その編成の名は5519F。このままお別れという可能性が高いらしくて・・・。



5519Fは昭和34年12月10日に日本車両で生まれました。 20両いる先頭車仲間のラストナンバーです。


2000.03.21@神宮前-金山間

昭和57年11月19日には車体更新工事を受けちょっぴり若返りました。5500系全30両のなかは一番遅い出場だったそうです。

昭和58年には弟のパノラマカー7000系の車体更新工事が始まりました。更新工事は2両単位で行われ、先頭車側2両が入場した時には5500系2両編成がその代わりに編成に組み込まれたそうです。


2000@神宮前-金山間

でもでも5500系と7000系の間は非貫通・・・通り抜けはできませんでした。それでは何かと問題があるので5500系に広幅ホロをつけ通り抜けができるようしようということになりました。その広幅ホロを取り付けられたのがこの5519Fでした。

広幅ホロ装着アダプターが付けられお顔が少し特徴的になりました。


2000@神宮前-金山間

最近は予備車になってしまい須ヶ口で寝ていることが多かった同車ですが、それでも他の仲間がピンチの時には駆けつけ代わりに活躍していました。

でも、それも今日で最後・・・。


2001.11.04@一ツ木-知立間

東岡崎で伊奈行きに変身。最後の営業運転に出発です。


2001.11.04@東岡崎

42年間輝き続けたナンバープレート。ちょっと汚れているのは同車の活躍の長さの証です。


2001.11.04@東岡崎

路線図以外、広告はすべて外され車内はすっきりとしていました。

写真では分からないでしょうが、床もつぎはぎはひとつもなくパノラマカー未更新車よりはずーときれいでした。


2001.11.04@東岡崎

お客さんを伊奈で降ろし、軽く警笛を鳴らし本線を折り返していきました。

回送プレートがさみしそう・・・。


2001.11.04@伊奈

駅にとまるのもここが最後・・・。

コンプレッサーをコトコトさせながら、軽く警笛を鳴らし急行の後を追いかけていきました。


2001.11.04@本宿

パンタを降ろし舞木工場にたたずむ5519F。

長い間の活躍ごくろうさまです。

ありがとう、そしてさようなら・・・。


2001.11.04@舞木工場(車内より)

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