
穴水線| あなみず線 北鉄奥能登バス
穴水駅前〜穴水此の木〜唐川口〜小又〜平〜本市口〜門前
穴水町と輪島市門前地区とを結ぶ、幹線タイプの路線です。
かつてはこの路線が門前への交通の基本ルートであり、
ただ、穴水此の木で奥能登方面への特急バスと乗換える利用例もあります。
なお、01年以前は特急バスの「穴水此の木」停留所には停車しなかったため、
[▼]歴 史
かつての能登中央バスが本拠地としていた門前は、
大正8年(19年)11月、門前に本社を置く「能登自動車株式会社」が、
しかし、この区間の道路は梨の木坂峠をはじめとして険しく、
その後、同年11月には、新たに設立された「門前自動車株式会社」が、
この頃からいよいよバス開業熱が各地で巻き起こっており、
ところが、昭和4年(29年)、七尾の「丸中汽船」が奥能登へ進出、
奥能登の交通網を海陸一手に握ろうと野望に燃えた丸中汽船は、
※「門前自動車商会」は、丸中汽船に対抗するため、
終戦後は北鉄穴水線として穴水〜門前間を運行しましたが、
なお蛇足ですが、国鉄バス門前線は当初、総持寺の境内をつかって転回していたものの、
こうして再び北鉄単独の路線に戻った穴水線ですが、
06年4月からは、穴水病院口経由の便も新設されるなど、
08年4月に能登地区の北鉄グループ会社合併により、
[▼]旧道のはなし
穴水・門前のあいだには梨の木坂峠があり、
この他、本郷小学校付近でもバイパス道路が開通していますが、
[▼]乗車のヒント
門前へのお出掛けの際にお世話になる路線ですが、
※運行ダイヤは北陸鉄道の公式サイトをご参照下さい。
(→直リンク)
穴水駅〜門前間の運賃は670円です。
[▼]穴水此の木のりば案内
[▼]小ネタ
・ 通常と異なる云い回し
音声放送で、よく停留所名のあとに挿入されるのが
これは、91年頃に、このブザーボタン関係の放送案内が
このような例はほかにもあるかも知れません。
小ネタ以前の話題ですが、筆者は個人的に気になっています。
[▼]停留所一覧
ANAMIZU LINE
最終修正:09.03.30
穴水駅〜大町間にて。最近はノンステップバスが主力。
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●門前町への幹線系路線
国鉄バスが運行していたこともありましたが、鉄道が衰退した現在、
金沢から門前への公共の足は門前急行・特急が主流となっており、
鉄道を利用して穴水廻りで門前へ入るという流れは多くないようです。
特急バスへ乗換える場合、利用者はフリー乗降の形で乗下車する必要がありました。
現在は「穴水此の木」と従来の「此の木」の2ヶ所停車となっており、
特急バスとの乗継ぎの利便性が向上しています。
古くからバス運行の盛んな地であったことが知られていますが、
バス黎明の時代は、各社による乗客争奪合戦も数多く演じられ、
この穴水線誕生の経緯も、紆余曲折の歴史をたどっています。
黒島〜門前〜穴水間において、奥能登初の乗合自動車免許を取得し、
バス路線を開業したのが、穴水線のはじまりとされています。
冬季は積雪もあり、バスの運行は順調とは云い難いものであったようです。
このようなこともあって、大正12年に同社は解散を余儀なくされました。
「能登自動車株式会社」に成り代わって運行をはじめています。
大正13年5月には門前でも「エビス自動車株式会社」が設立され、
門前自動車と同じ黒島〜穴水間に参入。たちまち競合となりますが、
はげしい競争が繰り広げられたのち、同15年には門前自動車が手を引き、
結果、エビス自動車一社がこの区間の路線を制することになりました。
黒島〜穴水間に参入し、再び激しい抗争が起こることになりました。
宇出津で同じく覇権を競っていた「トモエ自動車」が図った省営バス誘致により、
奥能登での力を急速に失い、のちに撤退していく結果となるのですが、
この丸中との抗争で疲弊したか、エビス自動車もまた昭和12年に解散の日を迎え、
かわって新たに「門前自動車商会」が設立され、同社による運行が、
戦時統合によって北陸鉄道と合併するまで続きました。
門前自動車株式会社とエビス自動車が合併したものとする説もあります。
(「浦上の歴史」)
昭和41年(66年)10月に至って、国鉄が新たに「門前線」として
「門前総持寺前〜穴水〜七尾」を開業し、2社共同運行の形となります。
この国鉄バス門前線は、穴水以南をカットしながらも80年代まで走りますが、
民営化を目前にして昭和60年(85年)9月に廃止されてしまい、
新生JRに引き継がれることはありませんでした。
総持寺の観光地化によって駐車場が必要となり、バスはあえなく締め出され、
仕方なく、総持寺から道下よりに離れた空き地まで回送して転回していたそうです。
また、門前バスターミナルは無いものの如く通過していたそうです。
奥能登の全体的な過疎化・少子化は悪化の一途をたどっており、
不採算路線として、90年3月に能登中央バスへ移管されています。
地域性に則した改善も近年は行われ始めています。
能登中央バスは奥能登観光開発と合併し「北鉄奥能登バス」となりました。
穴水線は19年ぶりに「北鉄」の名を背負うことになります。
参考文献:「奥能登乗合自動車発祥記(古川 修・著)」、「浦上の歴史」
以前は坂とトンネルがいかにも峠の趣きを感じさせましたが、
切通しの新道が開通し、峠の存在も分からなくなってしまいました。
こちらは旧来どおり旧道経由で運行しています。
トンネル┌―┐
―)==(―┘ |
至 / | 至
・━○━━━━━━━━┷○━・
門 貝 (新道区間) 小 穴
前 吹 又 水
口 駅
土日祝は本数が大幅に減りますので、注意が必要です。
(ご乗車になる“曜日”にご注意下さい!)
至・能登空港
┃パチンコ┃ | |
┃ ┃ | |┏━━━━┓
┗━━━━┛ ♀ ♀┃8番 ┃
┏━━━┓ 3 4┃らーめん┃
至 ┃すし ┃ | |┗━━━━┛
・ ┃ べん┃ | |
輪 ┗━━━┛ | | 至
島―――♀2――――┘ └―――5♀――・
(●●●) 穴
門―――♀1――――┐ ┌―――6♀――水
前 ┏━━━━┓ | | 駅
┃ ┃ | |
┃コメリ ┃ 至・能登有料
金 沢
(1)[特急]輪島、輪島駅前、塚田、門前
(2)[特急]金沢駅西口、兼六園下、穴水駅前
(3)[特急]能登空港経由輪島、
[特急]珠洲鉢ヶ崎、[特急]海洋センター経由飯田車庫前、
[特急]大谷、
能登空港経由輪島駅前、(和倉からの)輪島駅前
(4)[特急]金沢駅西口、兼六園下、
[特急]和倉温泉駅前、穴水駅前
(5)此の木
穴水駅前、[特急]穴水駅、海岸廻り飯田車庫
(6)此の木
輪島駅前、塚田、門前、[特急](海岸廻りからの)兼六園下
「お降りの方は、ブザーでお知らせください」ですが、
穴水線など、89年時点で能登中央バスに移管された路線では、
「お降りの方は、お近くのブザーボタンでお知らせください」
と、他の路線とは異なった内容のコールになります。
後者のものから前者のものに切り替わったものの、すでに
分社化されていた能登中央バスでは案内の変更が行われなれず、
そのまま10年以上推移し、ついに音声合成化の際にも
旧のテープ原稿を元にデータが作られたのが原因と推測されます。
| ↓ 穴水線 ↓(フリーバス区間・此の木〜本市口) | ||||||
| 穴 水 駅 前 | あなみずえきまえ | ※起終点・鉄道駅 | ||||
| 大 町 | おおまち | |||||
| 大 島 町 | おおしまちょう | |||||
| 穴 水 栄 町 | さかえまち | |||||
| 庚 申 町 | こうしんちょう | |||||
| 此 の 木 | くのぎ | |||||
| 穴 水 此 の 木 | あなみずくのぎ | |||||
| 平 野 | ひらの | |||||
| 唐 川 口 | からこぐち | |||||
| 小 又 | おまた | |||||
| 貝 吹 口 | かいふきぐち | |||||
| 原 | はら | |||||
| 荒 屋 | あらや | |||||
| 東 大 町 | ひがしおおまち | |||||
| 別 所 | べっしょ | |||||
| 平 | たいら | |||||
| ようごがっこうわじまぶんこうまえ | ※08年10月「本郷小学校前」より改称 | |||||
| 二 又 川 | ふたまたがわ | |||||
| 納 能 屋 口 | のうのやぐち | |||||
| 谷 口 | たにぐち | |||||
| 内 保 | うちぼ | |||||
| 貝 喰 | かいばみ | |||||
| 山 辺 | やまべ | |||||
| 栃 木 口 | とちのきぐち | |||||
| 本 市 口 | もといちぐち | |||||
| 本 市 | もといち | |||||
| 広 瀬 | ひろせ | |||||
| 保健センター前 | ほけんセンターまえ | |||||
| 日 野 尾 | ひのお | |||||
| 門 前 | もんぜん | ※起終点・窓口・車庫 | ||||