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室井宏太の生涯 タイトル集 全文実体験に基づくノンフィクションです。驚愕の真相! 室井宏太プロフィール 巻頭言 還暦所懐 【健康編】 還暦のいろは 愚者の真言 愚者と天道 天網恢恢疎にして漏らさず 今を生きる 宿曜経典二十八宿占星術 父母の涙 実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 新潟津川カントリークラブ 消えた僕の六千坪の土地 (骨肉)妹が嘘を貫く理由 (new!!)室井宏太 グラビア集 (新作)インコ帝国 これは人間と鳥(セキセイインコ)との常識外の意外な親密関係! |
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巻頭言 室井宏太 仁義 仁は人の心なり、義は人の道なり。 仁人心也。義人路也。 (孟子) 賢者は歴史に学び、愚者は体験で学ぶ。 (ビスマルク) 僕は愚者だから、体験したことしか綴れない。 (宏太) 僕がノンフィクションにこだわる理由 由緒ある室井家のルーツは遠く奥塩原の神官に辿るが、比較的近代から検証して行けば、今の塩原温泉の近くで唯一、那須御用邸に出入りを許されていた宮内庁御用達川魚問屋【料亭うぐいす亭】である。僕の祖父室井栄次郎は正確には、栃木県那須郡親園村大字宇田川無番地と現在の戸籍簿には記されている。番地を必要としない地主で名門一族なのである。本家は無論のこと分家に至まで男子は皆、室井栄次郎の一文字が名につく。長男栄作。次男栄松。そして三男栄光。三男の室井栄光こそが僕の父で本家本流の最後の生き証人ともいうべき僕は、その長男の役割を果たさなくてはならない。 栄誉ある【料亭うぐいす亭】一族が何事も無く栄えていたなら、この拙文が書かれる事も無かったのだが、実際は小説の【八つ墓村】に似た様相を呈している。山梨の雨宮家は例外として、渋谷区宇田川町の河野家(長男は杵屋家元) 我孫子の波多野家(長男はIBM関連ファーストマネジメント社代表) 宇都宮の吉沢家(父の実兄で先妻と長男を捨て芸者上がりの姉妹漫才師と一緒に成った縮緬桜般若刺青の人斬り松の異名で鳴らした博徒の吉沢興業社社主) 川口市領家の室井宗男分家(長男はエムテック代表)等々一族郎党それぞれが、いずれも真相を知られたくない事情があるので無知無学で頭の毛が三本足りない僕を暗黙の了解のもとに悪人と狂人とに見立てた。僕の父母はいずれも、追い込まれての憤死である。その責を僕に向ける人物達こそ、その実、父に金品の迷惑を、母に貞操を金に変えさせて、平気で奇麗ごと並べる連中なのだ。 三つ子の魂、百まで。と言うが僕は馬鹿だから、馬鹿なりの答えを模索しているうちに、時代はとうとうインターネット社会に突入。ならばそれを大いに活用して孫子の代まで真相を伝える事が、或る意味で父母の供養にもなると思ったのである。僕の血を受け継いだ長男の為にも汚名返上は僕の義務である。 今更、身内の恥を曝さなくても等と言う者こそ偽物である。 栄誉ある宮内庁御用達の川魚問屋【料亭うぐいす亭】の亭主こそ、僕の祖父、室井栄次郎である。生存している二人の男孫のうちの一人は名を変えテーラー三浦こういちという仕立て屋に、室井を名のる男 孫は僕だけである! 栄枯衰勢は世の常なれど精神貴族は健在で愚か 者ではあるが、断じて嘘は必要ない。それを疎外 する(お利口一族)こそ昔流に言えば、国賊非国 民である! 民主主義の現在、五文字は本意でない。真意は 人の幸福や価値観は千差万別だと言う事である。 写真は父母と産後十五日目の僕。↑ 合掌 (写真は工事中) 身代り教 宿曜塾 (2003年作)
教義思想 立教開祖一世 室井宏太
身代り教は既存の新興宗教や寺院とは全く意を異にする!いわば同好会や勉強会同様、宗教色も飾りも特定のご本尊も無い。入会に際して地球上のあらゆる人種宗派不問である。勿論、入退会は自由で日常の生活には何ら支障はきたさない。身代り教の教義は老若男女誰でも出来るし、既に親から子に自然に躾として伝わっていることでもある。 相手の身になって、相手の立場になって普段の物事を考えてみる!それだけである。言うは易く行なうは難しで、身代り教は実践するのである。これは非常に大事な事で唯一、身代り教会員の尊守事項である。 ひとつの例を挙げれば、子供の悩みを聞いてあげる場合には子供と同じ高さに目線を合わせる。すると案外大人が気がつかない子供の世界が見えてくるかもしれない…。子供の身にも成ってあげれなければ身代り教とは言えない。更に老若男女すべての悩める人々の立場、親身になってはじめて身代りが成立するということを常に自覚実践するボランティア精神も大事な要素である。 そして見返りもご利益も無い事を承知して戴きたい!霊感商法の新興宗教やカルト教団の類ではないのだから!…しかし、確かなことは心の充足感や日常生活上に付加価値が加わるのは確かである。それを確かめてから入会することも自由である。まずは私のホームページを読んでみるのも良いだろう。 まずは嫌悪感が沸いてくることでしょう。こんな愚かな奴の提唱なんか馬鹿げていて愚の骨頂に過ぎないと……だがこの四年間、同じ文章を毎日のように読んでいる熱狂的な読者(ブックマーク)もいるのである。検索してみると政府機関、一流大学寺院、出版社等々一万数千件を超えている。 そのうえで入会される人こそ本物である。是非お会いしたい! 又、そういう志の方でも、世の為人の為などと思わない事が肝要だ。それは偽善者たちの常套用語で嘘になる。人の為という字を合体させると偽善者の偽という字になる。偽りはいけない! 身代り教なのだから人の為ではなく、自分の為と思って実践するのが肝心である。これらの意味、詳細については集会の場で、私が直接述べよう…。 身代り教立教開祖一世 室井宏太の本音語録 人の躰を治すのも 人の心を正すのも 生きてる人のみ成せる術 死後の世界は彼岸でわかる 生きてる此岸のお金が大切 生きてるこの世のお金が大切 ※平成15年4月吉日 身代り教宿曜塾主宰 立教開祖一世 ※平成16年6月吉日 総塾長 教祖二世 末永宏一 ※平成16年7月吉日 塾長補佐 石崎メロパン ※平成16年9月吉日 塾長補佐 洋太平 ※インド支部 Gパンイスラミア ※蒲田支部 名誉顧問 佐藤友晴 (三菱ふそうトーツ陸送社長) (池上本門寺檀家役員)(西馬込商店街役員)(新潟県人会役員) 還暦所懐 【健康編】 室井宏太 (2003年作)
(画像(大日如来像)は工事中) 南無大師遍照金剛 大日如来様 謹んで合掌奉ります。 何はともかく生死一体の生命、還暦まで此岸に立たせて戴き誠に御有り難うございます。 昭和十八年八月九日奇しくも長崎原爆記念日に誕生した愚かなる僕は、未年なので守護神は大日如来様であらせられるので、冒頭に掲げさせて戴きました。 もっとも、縁あって修行の真似事をさせて戴いたのは禅宗である一派の曹洞宗で大日如来御本尊の真言宗はセックス宗と聞き及んでいたので、正直なところ、些か不如意な感もしないではないが、孫悟空の如意棒を持たぬ僕は頭の毛が三本足りないとこだけは猿にそっくりだが、一応現世では人間である。 前世も後生も記憶にないので解からない…… 言えることは只一言(親の因果が子に報い)であろうか……因縁果縁起。 母親のツルは昭和二十九年八月盆に盛岡の酒場で脳溢血で三十三年の生涯を閉じ戒名鶴信女に、父親の栄光は平成二年八月盂蘭盆に喉頭癌で憤死!…… 関東軍の勇士で勲章まで戴いた五十九連隊の兵隊ヤクザも復員直後の広島で原爆を爆心地二キロで受け、生き存えた強運も『この暑い夏を持ちこたえられれば…』との医師の言葉に反して、母の(鶴信女)に呼ばれて逝った。 そして又、暑い夏が廻り来て僕は末期的糖尿の合併症と闘っている… 【続く】
第二章 現在の症状と処方薬及び治療法 まず左手小指骨折については現在快方に向かっているので、除外する。 顕著な自覚症状は次の通りだが、軽い症状についてはこれも除外した。 自覚症状 ふらついて歩けないが恥ずかしいから無理して平静を装って歩くが、どうしても真っ直ぐ歩くのが困難で、蛇行してしまう。そして目眩吐き気に襲われるので、唾を吐いた振りをしてごまかすが、回数が増えてきてしょっちゅう唾を吐きながら必要最小限だけ歩くことにしている。しかし室内に居てもスリッパはしょっちゅう脱げて、つまずきやすい。 普段から目は見えにくいが、突然ぼやけたり二重に見えたり、調子が良いときでも対象物が変形して見える。 手足の痺れには慣れたが、足に関しては浮腫みが酷く、特に足裏に関してはゴムを一枚張り付けた様な自分の足裏と思えない違和感で適切な表現は出来ない。手に関しては、物を掴んでも落ちてしまう事が顕著である。 自分でアルツハイマーと言うのは笑われても仕方ないが、物忘れが激しく年齢を考慮しても病的であり、それに関して慰めの言葉を言われると殺意を感じる!腹部の異状な膨張に関しては腹水と言われたが、二週間の入院で直ったと云われた。僕は体よく病院から追い出す為の口実だと思っている。 時折、左右側頭部が激しい痛みに襲われ、日に何十回と慢性的になり、説明が前後するが三百メーター歩くと心臓筋なのか左胸が痛みと苦しさが激しく動けなくなる。感情の起伏が激しく、常に殺意を抱くようになり、特に『大分、症状が良くなっている。退院して通院で治療しましょう』等と厄介払いをする医師に関しては考えがある。覚えておくが良い!感情が昂ぶってきたので、以下は省略して現在処方されている医薬品を発表する。 ノボレットR注射剤(インスリン注射液)、‥ルブラック錠、‥バイアスピリン錠、‥ニューロタン錠、‥アダラートCR錠、‥パナルジン錠、‥キネダック錠、‥リポバス錠5、‥ジルテック錠、‥ツムラ68、‥デパス錠、‥ハルシオン錠、‥サルタノールインヘラー(喘息用エアゾール剤)、‥ホクナリンテープ、‥ニトロダームTTS(心臓貼付薬)、‥ニトロペン‥etc……以上内科 ピュアレイン、‥ムコファジン、‥キサラタン、‥etc……以上眼科 これで全部ではない!もう面倒くさいから省略するが、僕は還暦を迎えて、何時くたばっても悔いはないが、子供の頃の悪い遊び(お医者さんごっこ)のクランケではない!(もっとも子供の頃は僕は何時でもドクター役で、女の子が患者役に決まっていた) 何故か今置かれている自分の立場を客観的に観てみると、子供の頃の悪い遊びとオーバーラップしてくるのが不思議で仕方ない…… 僕はホームページを持っていてノンフィクション雑文を恥も外聞もなく披瀝している馬鹿だが、熱狂的読者(ブックマーク)が一万数千人は居る。勿論医師も大学病院も… 【続く】
還暦のいろは 室井宏太 (2003年作)
色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず いろは四十七詩は本来、仏教から編纂されたもので広く深い意味を含んでいることはスッタニパータからなる超宗派同一見解で明らかにされているところで、小学校も満足に通えなかった愚かなるこの僕でさえ、理解しているのだから、世の賢者エリート諸兄はとっくに御承知の筈である。 特に人の上に立つ教育者や行政に携わる政治家の方々は御承知で無ければ、それは亡国の危機も視て視ぬ振りをする売国奴と言われても仕方有るまい! 知らないでは済まされないことは、現実に交通違反に例をとっても解かることである。二十一世紀が世情乱れる混迷の時代であるのは、有識者なら誰でも理解しうる現実である。現実を直視して、自分たちさえ良ければ臭いものには蓋では、北朝鮮批判などする資格はない!蓋をすることと売国奴は同じ行為! 売国奴が他国の批判などすれば、敵意を買うだけで結局、損を招く… 釈尊の説かれる生滅滅巳は帰するところ涅槃であり、本因仏性 了因仏性 そして縁因仏性を漢文にすると以下の通りである。 諸行無情 是生滅法 生滅滅巳 寂滅楽為(曹洞宗開祖 道元禅師正法眼蔵 生死)絶対真実と帰結する。 貴族日野家の松若丸、後の浄土真宗開祖親鸞聖人はもっと解かりやすく、さすが非僧非俗を標榜した仏教のプロレタリアにふさわしく、和文にすれば以下の如く説いていて、より身近な存在である。 『煩悩の障りの眼には見ずと謂えども、大悲捲くことなく常に我を照らしたもう』と。 宗派や字数、表現の違いがあろうとも同じ意味を説いていられるのである。 絶対真実とは生死の事であり、(スッタニパータ二O三)仏教では御仏様からの分身である。このこと以外、絶対という言葉はあまり使わないほうがいい。何故ならば必ず例外も実生活では起こりうるのだから…生死に例外は無い! さて愚かものと言えども僕も動物の延長の人間には違いない。 六十年も人間生活を体験してみると、煩悩の塊の僕に相応しい残り少ない余生の過ごし方が見えてきそうな日々である。 正直この年で殺しても飽き足りない人間が、一人も居ないと言えば嘘になる。十指に余るほど密かに殺してやろうと父の死後思い続けてきた。嘘は必要ないから本心を吐露した。紆余曲折あって僕は現在無宗派天涯孤独を味わっている。人生は筋書きの無いドラマであるから、明日の事は解からないのが真相である。ただ還暦を迎えて、今目的を果たさなくては永久に機会を逸してしまうと思うようになってきたのは事実で、又幼少の頃の夢を鮮明に見るようになったのも何かの暗示なのか?食事の時の戴きますは仏教では命戴きます。 【続く】
愚者の真言【はじめに】 室井宏太 (1999年作)
僕は無恥、無学、無教養と三拍子そろった愚か者であることを否定はしない。本当だから否定はしない。だから愚者を自称しているのだ。だが、後れ馳せながら独学で多少は学び、諸般の事情から出家の経験もあって、生きた社会勉強も人一倍させられる結果となったのである。 普通の人には無縁の体験も否応無く経験し、実践してきた。それでも愚者であることに変わりはない。ただし、嘘は必要なくなった。歯に衣着せず本音で余生を過ごそうと心に誓っているからだ。自然体で自然に生かさせてもらう。 生かさせている間は一心に生き。生死一体の生命終わりになるときは一切の終了と心得ている。だからそれまでは何事にも本音で接していきたいと思っている。そこで一言、現代の社会現象であるテロ教団、カルト教団は寺が見本で宗教法の優遇制度が元凶であり、少年の犯罪は教育者の間違い教育方針がその元凶である。禅始祖の達磨大師を良く見るが良い。両耳に大きなピアスをしている。若者のピアスを批判する似非教育者が少年犯罪を助長しているのだ。 【続く】
愚者の真言【一章】 宗教は阿片なりと最初に答えを言っておく。瞑想王国インドより伝わる仏教。 オウム真理教の事件を喜んでいるのは、実は寺である事は大多数の宗教家は知っている。ただ大きな声で言えないだけである。 僕は、事件後、縁あって主に都幾川村を中心に百ヵ寺余りの住職と事件の事について話をしたが、本音論では、皆、一様に頷いて寺が今かかえている檀家の崩壊に歯止めを掛ける良いチャンス到来。良い材料であるとの認識で一致したことには、愚者の僕も驚いた。 猊下と呼ばれる偉い住職のもう一つの顔は国家公務員であるが、誇らしげに語った次の言葉に成程と感心したのも又事実だ。 『寺は昔から時の権力者の諜報機関であり、平民にとっては学校、病院、薬局、人生相談所つまり、ありとあらゆる政府の行政代行を行なってきたんだな。だから薬師如来様も文殊師莉菩薩様もおらせられる。それになあ、人質が数え切れない程いるんだ。先祖という人質がなあ。アッハハハ誰も寺のやることに文句は言えまいオフレコだがなアッハハハハ』 余談になるが男女性転換手術で有名な埼玉医大の監事職は近くの寺の住職だが接待麻雀のメンバーには、必ず看護婦長を同伴。葬儀社。花輪屋。石材屋等が卓を囲んでポンだチィだと雑談気分で取り引きをする。『仏がたりん。』『A棟53号室の上原さんそろそろね。』メンバーの知人からその一部始終を聞かされた時、愚者の僕は古いイギリスの譬えを思い出していた。 揺り籠から墓場まで。見当違いで申し訳ないが、愚者に免じて許してください。 宗教は阿片なり。言い尽くされた古い言葉に答えはある。僕は、麻薬常用の住職を何人も知っているが、当の住職は釈迦の代理人と称して浄財を集める事に躍起で近所では、財テク和尚の名で有名。曹洞宗では極めて格式の高い名刹だから名誉毀損で訴えられるかもしれないが、何を隠そう愚者の弊師はそこの末寺の住職。日本一の奇人住職。何時でも両本山と差し違える覚悟はできているとおっしゃって下さったので、破壊僧の愚者としては大変心強い。 だいたい、釈迦釈迦と馬鹿の一つ覚えのように釈迦の名を口にするが、釈迦以前の六人の尊い高僧を朝晩のお勤めでは唱えるのが本来の寺。【七仏通戒げ】釈迦を唱えるなら、オウム事件も有って当然。見解も変わってくる。 何故なら釈迦の教えにこうある。(現世の出来事は前世からの約束事)と。 因縁果縁起!亡くなられた犠牲者には気の毒だが、すべて原因があって結果がある。 『続く』 写真は武蔵嵐山班渓寺二十三世 弊師立川天瑞禅師→ 足跡をのこさずの教えしかと宏太、賜りました。 曹洞宗布教師。永平寺丹羽管長親友。現在法話で右に 出る者なし。其ゆえ目の上のタンコブ的存在である。 (写真は工事中です) 愚者の真言【二章】 憲法で信教の自由が守られていることは、愚者の僕でも知っているし、言論の自由も保障されているからこうして愚にもつかないような事を言える。 解からないのは、宗教法だ。宗教法こそが諸悪の根源ひいてはオウム事件を産んだ温床ではないのか?と愚者の僕は真剣に思う。寺を何故これほど優遇するのか多少なりとも出家の経験、寺の裏事情を知っている愚者としては摩訶不思議で仕方ない。二足の草鞋というが、兼務兼業が許されているから寺の住職は、国政、県政、市政、裁判所、検察庁、ありとあらゆる公務員にも成れる。壇信徒から御布施や浄財を頂き、これらは無税。一方で国民の税金を給与という形で持って行き、石材店や霊園業者からのリベート。寺が属する宗派の経営する有名大学裏口斡旋謝礼、等々…新興宗教をめざす教祖が続々誕生するのも道理で、まさに火を見るより明らかであろう。結局、最期は金なんだよね。因縁果縁起、もしかして、これも輪廻転生ということかしら。いや、リサイクルだろうなんて愚者の僕は思うわけ。民百姓のその昔、知識人の代名詞たる修行僧に無知な民百姓が教えを乞う。お礼に食物を施す。これがこつじき【乞食】布施の始まりであることを今も毎日、肝に命じて勤行を唱える住職がいたら愚者の僕で大変失礼だが、是非ともお会いしたい。又、水子の祟りをちらつかして高い供養代を請求する寺もあるが、騙されない事。死んだ者は仏と成って絶対に祟らないから。祟るのは生きている人だけの仕業である。勿論、供養を疎かにしても良いという事ではなく、供養の気持は心に生じるもの。その心に手を合わせればそれでも良い。念ずれば花ひらく。愚者の好きな教えの一つだ。 仏はホットケー。げに恐ろしきは生きてる人の祟りかな……結局、現政権下では、否、野党政権でも宗教法は変わらない。金権がそうする。我が街、武蔵野市にも寺族の市議がいるから聞いてみるが良い。即答できなければ僧侶の姿をした霊感商人に違いない。仏の十戒も破る事になる。大袈裟ではなく本当に。 因縁果縁起。原因が有って結果が有る。開祖弘法大師の風信帳の如くお答えを…興教大師覚鑁上人の三密行では?……先のオウム事件。それに続く法の華やら、ミイラ事件に果たした寺の役割についても見解を伺いたい。愚者の僕は、同じ質問を都幾川村に近い薬王寺の住職にお尋ねしたことが有る。駒沢大学出の住職すかさず『はいはい私共の責任です』と言って恥ずかしそうな照れ笑いを見せた。愚者の僕は何故か一瞬、頭の中が真っ白になって『老師様、許してください。失礼を許してください』と住職の手を握らせてもらった。その手に涙がポトポト落ちて仕方がなかった。大袈裟でなく頭の中が真っ白になった。 大袈裟とは、まだ修行中の小僧なのに、自分を偉く見せる為、まだ許しのない格上の大きな袈裟をまとって、偉振るところから由来している。そのぐらいの事は、この愚かな僕でも承知している。愚者と違う賢者の方々はオウム事件を、又、宗教法をどう思ってるのか是非、知りたいものだ。 【続く】
愚者の真言 【三章】 僕は、心底自分の事を愚者だと思っている。愚者も愚者グシャグシャだ、身も心も。真言密教の開祖、空海。後の弘法大師と天台宗の開祖、最澄。後の伝教大師は元々知人で共に遣唐使船で中国に渡った。もっとも別々の船だったので、嵐のため同時に中国の土を踏む事は成らず、仏教の修行も別々の道を辿ることとなり、最澄の弟子をめぐって軋轢が生じ、互いの教義の違いが更にそれに拍車をかけたというような歴史を独学で噛った事もあったが、愚者で自分の眼で見たことしか信じない視野も量見も狭い僕は、にわかに信じ難く、後の人が史実に手を加えて学校の教科書の様にしたのかしらと思ったくらいだ。 南無大師遍照金剛【高野山真言宗】総本山・金剛峯寺 南無阿弥陀仏・一心頂来十法法界常住仏【天台宗】本山・延暦寺 こころざしも出発点も同じで有りながら、何時の間にか別の仏道を辿る。それが今日、何百の宗派にも発展し、のみならず新興宗教やカルト教団。果てはテロ教団へと発展していく。ノストラダムスの予言は一時、メディアにも便乗して話題に成ったが、愚者の僕は世の東西を問わず所詮、考える事は皆同じ、つまり時空を超越して大した違いは無いと思ったものだった。だって釈尊の大五の五百年末法乱世無仏時、白法隠没時説教とあまりにも似ているからだ。 だとすると、二千年に突入した今世紀は、いよいよ白人から有色人種、とりわけ黒人支配の地球世界に成るのかな等と、その名のとおり愚にもつかぬことを考えている僕で、誠に申し訳ない。しかし、立派な本堂を構える住職のなかにもその件で意気投合し、夜を徹して語り明かしたことも又事実で、遂には本堂でジャズの生演奏をやってみようかというところまで、話は脱線しながら進んだ。その際、本堂にある木魚、鐘、太鼓を演奏に取り入れるのは勿論のことと合意に達した。以来、まだ実現はしていない… つい最近、寒桜で有名な秩父大師の開祖で元、天台宗の重鎮、外務省を通してインド政府とも交渉のあった埼玉の人間県宝。降旗梵匠仏師に電話で失礼だとは承知の上で今でも宗教は阿片がまかり通っていることについてご教示賜った。愚者の僕には意外にも普通の人が逢いたくても会えない様な立派な御方が気安くしてくれるところがある。手前味噌で恐縮だが、糞味噌いっしょの愚者の戯言と思ってお見逃し下さい。 ペンネームの宏太【ひろもと】と言う名前は、騎西町の金圭山竜宝寺の野川光昭老師が特別の意味を籠めて命名してくれた。『おまえは自分で言うほど愚かではない。おまえが意地悪を受けたと言う宇都宮の万松寺の木村老師の方がよっぽど俗人でおまえの方が立派な僧侶に…わしには思える。もうおまえは、わしと同業者みたいなものだ。そこでおまえに相応しいもう一つの名前を授ける』今でも朱で寿と書かれた命名書を時々眺めては悦に入る僕。 さて、降旗梵匠仏師は電話の向こうでこう言った。 【続く】
愚者の真言 【四章】 秩父鉄道はぐれ駅を降りると国道に沿って荒川が流れ、これより秩父霊場だ。 降旗梵匠仏師の木想館は秩父大師の隣にある。山中の奥だから隣といっても三百メートルぐらい下にあるのだが、総て仏師の手作りである。気の遠くなる思いがする。もっとも仏師の弟子の中には、一寸行ってきます。と言って一カ月も音沙汰無しで、ようやく電話があったとおもったら、金沢からだと言う。歩いて金沢まで行って仏師に到着の報告をしたのだった。全国からハガキが届く。とても拡大鏡を使わなければ読めない様な極小の文字らしきものがびっしりハガキを埋め尽くしてある。『こりゃ曼陀羅だな。あいつ、曼陀羅かいてよこしやがった』エアメールもある。仏師の木想館に遊びに行くとタイムスリップして時間を忘れられる悠久の世界にひたれる。とても近寄りがたい偉い方なのに何故か愚者にはひょうひょうと本音で説教してくれる。パブにも尼寺にも連れていってくれるのだ。『泊まりたければ蒲団ぐらい自分で敷いて、何日居ても構わんよ。君の場合はな。仏心がみれるからな。大分熱心だなぁ』冷や汗がでた。神も仏も有るものかと愚者の僕は思って生きてきたからだ。以前を辿れば江の島のお稚児あがりの……一瞬、弁天小僧の芝居の台詞が頭によぎってぽかんと口を開けてしまった。まずいところを仏師に見られたかなと思った愚者の僕は咄嗟に般若心経を唱えていた。観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五おん皆空。何時の間にか仏師も般若心経を唱えていた。 そんな老師の声を、受話器の向こうで何年ぶりかに聞いた。 『誰にも言うなよ。言っちゃ遺憾ぞ、困る者もいるだろうからな。可哀想だからな。沈香のなかにはな、修行の妨げにならぬよう、他の雑念が入らぬようにするために、一心不乱にする薬みたいな沈香が不可欠なんだな。元々インドの教えだからな。国土や風土が違うしな、どだい無理なところがあるんだ…』 そういえば、手の平にわずかの沈香が十万円といわれ、まだまだ高いものは天井知らずと、以前、秩父大師の住職がニコニコしながら嗅がしてくれたのを思い出した。現金でポンと秩父大師を先住の降旗仏師から譲り受けするくらいの人物だから並の御坊でない事だけは確かだ。愚者は何時行っても娘の様な可愛い弟子の比丘尼と一緒のお大師様?が羨ましい。煩悩のかたまりみたいな愚者の僕に、住職はいろんな加持祈祷の仏具を広げてひとつひとつ説明してくれた。ダギリと髑髏の数珠を握り締め『これで人を殺すこともできるからなアッハハハァ』無表情の可愛い比丘尼がお茶を差し出してくれる。『うちには、よその寺にないものも全部ある。もっともよそにあっても、普段は開帳できないものが多いからな。インドのものは殆ど合体像でセックスしているからな日本じゃ一寸、具合が悪いから真言宗なんか大日如来を拝ましている』 護摩焚きの写真を愚者の僕に見せながら、『ほら、ここに鬼が居るだろう。この肩の所から出ているのが鬼だよ』そう言われても修行が足りない愚者の僕には、只の炎の変形にしか見えない。ハイと頷いて護摩、貸した。 【続く】
愚者の真言【五章】 愚者にも好きな言葉があります。思いつくままに綴ってみました。 月かげの いたらぬ 里はなけれども ながむる人の 心にぞすむ。 平常心是道。一遇を照らす。念ずれば花ひらく。一期一会。日々是好日。 真実不空。無心。和顔愛語。袖すりあうも他生の縁。 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり。 一輪の花のごとく わが生よ 一輪の花のごとく 一心であれ。 わが死よ 一輪の花のごとく 一切であれ。 たった一言が人の心を傷つける。 たった一言が人の心をうるおす。 愚者は、忘れもしない十年前の宇都宮市の曹洞宗万松寺住職の言葉を、思い出した。たった一言が許せない事もある。 『あんたの北山霊園にある室井家の墓を見てきたんだよ。そしたらな、墓の両脇に樹木が植えてあるだろう。その木があんたの頭の脳を狂わすんだよ』 元々、水道山の中腹に市の計画で造られた市営の霊園だ。樹木だらけに違いない。大木が有るわけで無し、お飾り程度の丸く刈り揃えられた樹木。それじゃここに永眠している仏達の子孫は皆、脳が狂う事となる。確かに樹木の根が墓石を持ち上げたという事が、過去に全国で何度か有ったらしい。だから墓石の回りには何も植えないのが常識である。後に愚僧となって初めてわかった次第でその時は何も知る由無く、ただ、動物的本能で、愚者は何か有るなと思っていたら、暫くして万松寺と提携しているヤタベ石材店から墓所修復の電話が有り、万松寺の住職に頼まれたと言う。それから先は、親戚を二分しての大騒動。 出来上がったばかりの位牌を焼かれるやら、数々の耐え難き仕打ちが結果的に愚者を曹洞宗に走らせ出家する事となった原因である。因縁果縁起。原因があって結果が有る。怪しいと思った時から、重要な会話は録音してDATやカセットにダビングしてある。宗務庁にも掛け合ったが、らちがあかない。 『万松寺の木村老師と良く話し合って下さい。としか、言えないんです。宗務庁としては……』 仕方ないので宗務庁で仏の十戒のポスターを買って戻った。 話せば長くなるので、省略するが、愚者と宇都宮在住の妹、室井まり子との骨肉の争いに、万松寺が介入したことに端を発する。世間でも良く有る話で愚者が愚かゆえにとも言えなくはない。囲碁将棋に例えれば、互角に戦えるまでに十年の歳月をついやした。光陰矢のごとく、万松寺の住職の得意満面の顔で禁十戒もなんのそのの立ち居振舞い、まるで昨日のように覚えている。 『法律、法律と言うけど法律じゃ無いんだよ……』 『それでは、私も御住職の様に仏道の修行をしなければ……』 『命と交換の覚悟が必要だぞエッヘヘヘ…その覚悟あるかな』 【続く】
愚者の真言【六章】 武蔵嵐山にある木曾義仲、山吹姫縁りの古刹、班渓寺の二十三世こそ、曹洞宗両大本山の一方、永平寺の丹羽管長をして一目おく長老で、もうそろそろ米寿を迎える頃か。愚者にとっても仏道の大恩師である。埼玉県は勿論、全国でも面と向かってものを言える住職はまず居ない。その代わり陰口は何処に行っても聞かれる。修行不足で御布施集めに奔走している住職たちには、目の上のタンコブなのだ。東京西麻布に在る永平寺の別院長谷寺にも年に二度は導師として招かれるが、張り詰めた空気が一層張り詰めるという。或るとき愚者に、長谷寺に行ってこいよと笑いながら仰るので、云われたとおり弊師立川天端に云われて受戒の申請書を頂きにきましたと告げると、作務の責任者の態度が一変して、ご苦労様です。私などまだまだ小僧でしてと聞きもしないのに真顔で、下にも置かぬもてなし振り。一瞬、増上慢の気分にさせられたので、早々に退散して、後日、班渓寺の老師にその事を告げると何時ものようにニコニコして、『だからワシは何処にも行きたくないんだよ』と云い愚者を本堂に行くよう促すのだった。もう夕方のお勤めの時間になっていた。愚者には、大恩師で弟子を採らない主義の老師なのに、愚者がもし志なかばにして生死一体の生命終わりとなれば骨を拾って班渓寺の何処でも好きなところに納骨してやるから、好きなようにすればいいと言ってくれた。宇都宮の万松寺の住職を地獄に落としてやりたいと本音を吐露したときの事だった。 『ワシも福井の寺を預かっていたときに招集がかかって軍隊に行ったよ。上海にな。万松寺のそんな野郎知らないが、ほっときゃいいじゃないか。ラゴが奇形児で女房が霊能力ある?内陣で沈香たっぷり嗅ぎながら、女房の股ぐらも嗅ぎすぎ、合体像逆化身に耽ってるからそういうラゴ【寺族の実子の事で釈迦の実子ラゴラの名に由来する】が出来たんだろうよ。因果応報だからなハッハハハそうむきにならないで何時でも俺のところに来いよ』 お庫裏様が何時ものようにお茶に紅梅を添えて出してくれた。仏道の正式な作法で甘露に漬けた紅梅が実にうまい。元々、貴賓客のもてなし作法で誰でもしてもらえるものではない。 『おまえは正直だからなぁ特別だ』 愚者は老師が即身成仏したときのために用意してあるという遺影用のお写真、これも特別貰って、たまに水戸のご老公の印籠よろしくイタズラに頭が高いとやるのだが、あにはからんや何処の寺に行っても最後は師の陰口ばかりでウンザリ。以後そうした行為はやめにした。 だが、止められないのは同じ曹洞宗宇都宮の万松寺住職への復讐。愚者が十年の歳月を経て、今だ大願成就無し得ぬ事に、二分と成った親戚からの無責任な声も届かぬではないが、愚者には愚者の考えが有る。秩父には一方の両大本山の総持寺、駒沢大学出の奇人、十一面観音住職が強い味方で居る。 【続く】
愚者の真言【七章】 秩父には、沢山の思い出と忘れ得ぬ恩師が居られる。 横瀬町の高台に有る臨済宗南禅寺派の西善寺は、八番札所としてあまりにも有名だが御住職の余語弘隆老師は、大明国師の再来を彷彿させる厳しさと垣間見せる優しさが何ともこうごうしくて、滅多に開かぬその一言か二言の説教が誠に有りがたい。地元新聞にも厳格で恐いと紹介されていたが、愚者には時に冗談も白い歯も披露してくれた。御庫裏様が又、とても親しみやすい御方で、京都の女優さんみたいに美人で『人みしりするの』と言いながらその実、とても優しく声をかけてくれ、本音で接してくれたあの微笑みは、モナリザより愚者には素敵だと今でも本当にそう思っている。 時に、老師お庫裏様並んで正座なされ、秩父霊場八番札所お札に筆をすべらせるお姿は、今も眼にやきついてことさら印象深い。愚者は、ここで法悦を体感させられた。それなのに愚者はやはり馬鹿者。【本物はブランドじゃないんだなぁ】と一人ごとブツブツ言いながら山門を後にした。そんな愚者をお遍路の一行が何を間違えたのか手を合わせて、お辞儀をしていく。般若心経唱えていたので合唱してすれ違う事にした。波羅僧ぎや諦。菩堤薩婆か。般若心経… 宗派なんか違おうと愚者には関係ない。ウイアザワールドの愚者だもの。 いわば野良犬みたいなもの。尻尾を振って、頭を撫でてくれればご主人なのだ。 無知無学で育った愚かな知恵は、動物的な本能と感性だけが頼りの法衣をまとった放浪者……何とも頼りないが。 片時も脳裏を離れないのは宇都宮市の曹洞宗万松寺木村住職。愚者はもう後戻りは出来ない。 さて、皆野町の暴れん坊と自他ともに称する曹洞宗大淵山長楽寺住職の神田義光老師こそ、日本一の奇人和尚。何を隠そう愚者が寝食行水を共にして、修行と秘策を培ったところでもある。山門に一歩足を踏み込むとまずぎょっとさせられるのがお稲荷さまとみがごうばかりの佇まい。歴史を遡れば、維新政府によって神仏分断に成るまでは、豊川稲荷も曹洞宗も親戚に違いない。ま、今でもそれは継続されているが…名刹古刹の隣には神社が在るので、その因果関係を訪ねて歩くのも楽しい。 本堂の瓦屋根の天辺に特大スピーカーが二基ドンと構えてある。二百万のスピーカーだ。正月二日目に、売れない女性歌手を呼んで本堂で唄わせる。女性歌手に限るのは義光老師曰く『俺もけっして嫌いじゃないからなぁ』 寺の隣は皆野町営の温泉場で、その上が墓地。墓地の上に中学校が在る。寺と温泉と墓地を縫うように私道がある。勿論寺の私道だ。 七年前からこの私道は、義光老師によってバリケード封鎖された。秩父警察の機動隊が大型バスを連ねて寺に来る。義光老師も負けず、本堂瓦屋根の特大スピーカーから大音量でやり返す。結果はすぐ出た。老師の圧勝。 【続く】
愚者の真言【八章】 最近になって、またぞろテレビや新聞でオウム関連のニュースを流しているが、いい加減にしろとその茶番劇関係者達に言いたい。はっきり言えば政府、公安当局、報道関係者、宗教関係者…etc。 皆、一般国民を騙している。それぞれの上層部は何でも知っているのにホッカムリを決め込んでいる。捕えてみれば我子なりで、これは癒着の体質が産んだ悲劇の副産物かも知れない。麻原教祖が阿含宗で密教を習得し、西多摩に近いれっきとした寺の住職の入れ知恵、金で買っていたことぐらいは愚者でも知っている。そんなことではなく、政治家のご子息や、警察官。自衛隊。ロシアや他の国にも、まだまだ信者がいるのを承知の上で、ほじくれないのが本当のところではないのか?オウムの人脈に政財界アンダーグランドが、水面下で何食わぬ顔で、密接なのを本当に知らないのか?それとも先回りして風説流布罪でもつくっておいて真相に近づく邪魔ものを逮捕するか…… 逮捕といえば秩父皆野の十一面観音長楽寺の神田老師。さすがに愚者が恩師と仰ぐだけのことはある。虎の威を借りる狐の権力の亡者、秩父警察が、署長以下ほとんどの署員が、今では借りてきた猫の様におとなしく、老師の言いつけを守り、毎日の朝礼時にクエン酸を小匙一杯、飲むのが習慣と成ったとか。 愚者が長楽寺に住込みで作務衣を着ていた頃に老師から直接聞いた話だからまず、間違いない。秩父警察も案外、馬鹿がそろっているものだ。薬は両刃の剣と云うことを知らぬわけでもあるまいに。体質によっては死に至る事もある。 県内で起きた保険金殺人事件に使われたアセトアミノフェンは、まだ記憶に新しいから思い起こして、頭冷やすが良い。 その後、私道のバリケードは赤錆が目立つものの撤去はされてない。また、墓地の上に在る中学校の生徒も誰ひとりとして寺の私道を通らない。人が通れる位の隙間は最初から無いわけではないのに番長も絶対通らない。全紙の二倍大の特大ポスターが寺に常備貼ってある。寄らば断つと書かれた文字の脇に老師ご自身が朱の正装で日本刀かまえている何ともユニークなポスターだ。正直言って怖い存在なのだ。皆野の暴れん坊、神田義光老師健在なり。 それどころか、今では、秩父市内に在る曹洞宗定岳寺も水野老師ご逝去で、義光老師が正住職。御布施も二倍、二倍で祝着至極。老師の笑い声も愚者には甘露、甘露と聞こえて仕方ない…… 老師の奇人ぶりは愚者、修行中にたっぷりと拝見拝聴致しました。 釈迦入滅の模様を再現した老師の寝姿。四角の寝所に斜めに敷かれた北枕床は、正確に方角を計った為で、更にその寝姿も伝わる釈迦の涅槃図、西方横臥。違うのは、北枕床に忍ばせた日本刀。鼾と並んで時おり放つブビーッブブッ本堂にまで響く放屁の音で生き仏である事が、よくよく解かりました。 豊川市の豊川稲荷。八王子の高尾山薬王院にも老師の面目躍如振りは伝わる。神仏一体の老師独特の読経はこれ又、日本一。真似は出来ない。 【続く】
愚者の真言【九章】 秩父、定岳寺住職の水野正雄老師が、平成六年十月十三日喜寿のお祝いに、鶴見の大本山総持寺貫主から贈られた栄誉ある紫紺の袈裟は、老師滅入後、皆野長楽寺住職神田義光老師が譲り受け、縁あって義光老師から愚者が今では珍しい貴重な香木の数珠と共に拝受した。今は愚者の宝物で大切に保管してある。 『俺の寺にはいろんなのが弟子入りに来たけれど、皆、逃げ出してしまった。おまえも大分変わっているなあ』ある日、老師が真顔できりだした。 愚者ももうそんなに若くはない。それを見越しての老師のお言葉だった。 『間違いなく一年で一千万貯まる。十年で一億の金が貯まるな。今、全国に五、六十人ぐらい居るかな?』 老師からそのノウハウを全部伝授して頂いて、愚者は成程と感心した。だが、待てよと……托鉢の事である。これは大変な事に成ったと思い一瞬、言葉を失った。托鉢イコール衣鉢の事で、重大な意味を含んでいる。衣鉢とは僧侶に欠かせない袈裟と鉢を跡継ぎと決めた弟子に伝授することを指す。一般人が思うような乗降客の多い駅頭に立って居るニセモノの托鉢とは違うのだ。何でもハイヨと安請合い、後先考えず衝動的な行動で失敗の人生を歩んで来た愚者の僕ちゃんでも修行の成果がチョッピリは蓄積されているみたいだ。だから一瞬、言葉を失った。自問自答の正解は…… 正月の意味を愚者は思い出して居た。正月の正。正解の正。正しいの正。 正とは、一旦停止の事なのだ。だから正月は元旦と言う。一旦停止をしなかったために事故が起きて不幸が起きる。正しい運転をして、一旦停止を守れば交通事故で命を失う事もない。運命とは自分の命の運び方の事を指す。人任せでは駄目。自力本願でね。あっ不味いこと言って叱られそうだ…営業妨害で。 世間の人々が、迷って成り立つビジネス。運命鑑定士。新興宗教。その他… 事故で怪我して、警察。病院。弁護士その他……遂に仏となって、葬儀屋。お寺が、坊主丸儲けとなる。おおよそ、この世のしくみは、人の弱みに付け込む事で成り立っている。NHKのテレビで天台宗の瀬戸内寂聴尼と弁護士の中坊公平氏が同じ様な発言を涙まじりでしていたのを、ご覧に成った方も多いはず。だから、愚者が冒頭で述べたオウム事件の被害者に対して、お気の毒だが因縁果縁起。弁護士も警察官も常に殉職と一体であるのを承知すべしなのだ。そういう人の嫁もしかり、その間に産まれた子供も又しかりなのだ。 人の言葉を合体させると、信者の信という字になる。信者という字を横に繋げれば儲かるという字に成る。何も難しいことはない。選挙のたびによく聞かれる、立候補者のセリフ『世の為、人の為に…』人と為の字をたすと偽りと答がちゃんとでる。偽善者に票を入れても世の為、人の為に成らず候補者の懐を厚くするだけである。あらかじめ候補者はそのつもりで言葉を作る訳だから。言うの字に作るをたせば詐欺師の詐だよ。武蔵野市議会議長は曹洞宗延命寺住職。息子が吉祥寺のクラブで女に囲まれ『寺は儲かる儲かる』ああ議長! 【続く】
愚者の真言 【十章】 愚者が小学校、中学校の一時期を過ごした宇都宮市。市内中心部に二荒山神社がある。徳川家康の日光東照宮縁りの宇都宮の名所でもある。別に謎を解くのが目的ではないので、どうでも良いことだが、二荒山神社の二荒は日光を意味する。音読み訓読みで歴史の扉が開くはず。 愚者にとっては今、宇都宮といえば万松寺である。曹洞宗万松寺木村住職。三世因果の法離れるべからず。三途三毒四苦八苦をたっぷり味わうが良い。愚者の残り少ない生死一体の生命。他には仏であっても愚者には餓鬼の権化。時折、密かに録音しておいた悪の化身の声聞きながら、それこそ愚者の命と交換してやるつもりなので覚悟【煩悩の迷いから目覚めて正法を悟る。】されたし。釈迦に説法で申し訳ないが何分にも愚者、ご住職にいわれ無き仕打ちを受け、これから進軍ラッパ吹くところなのであしからず。 実は、愚者二度ばかり万松寺に行っている。勿論、手ぶらで行った訳はなくお庫裡様に手土産持っての御訪寺である。木村住職と愚者は互いに無言で対峙した。時間にすれば十分かそこらだろうが、愚者にすればそれは手に汗握る長い巌流島の決闘にも似た無言の禅問答であることを悟った。 とうとう一言も物を言わぬまま、木村住職は踵を返して姿を消した。愚者は、よっぽど遠山の金さんばりに『よおよお黙っていたんじゃ埒が開かねえ。墓の樹木が俺の脳を狂わすだと!俺の親戚の叔母からの手紙、石の仏に衣は着せられぬの的を射た名言に激怒し、戒名取消。位牌焼打ち。この者と縁が切れれば何とか良きに計らうの逆戒行為、忘れたとは言わせねえぞ!』 愚者も無言で万松寺を後にしたのは実はラゴの姿に打たれたからであった。普通なら花も恥じらう乙女。親の因果が子に報いの奇形児。異状に膨らんだ頭の下は極端に手足の短い小人。その姉妹はむしろ美人なスタイリスト。万松寺と提携している懐石精進料理【はな】の女将曰く、『ご住職は皆さんの業をしょって居られるのでどうしても皆さんの身代わりで、ああいう子供が産まれるんです』と能書たれた。馬鹿野郎。曹洞宗万松寺の住職は身代わり不動も兼務しているのか? 愚者が木村住職と対峙している間も、その後も名前は知らないそのラゴが愚者を見詰め合掌していた。視線が会うとお辞儀を何度も繰り返し一心に愚者に手を合わす。まるで何かを祈願するようなその姿に、愚者は仏の智慧を感じ、合掌して会釈しながら間近に顔を見詰めた。それはまさしく慈愛に満ちた菩薩の微笑とみてとれた。姿かたちではない。一輪の花のごとく一心である彼女に愚者は後光もみて、万松寺を後にしたのだった。丁度、万松寺改装工事中の時期だった。 その一年後、愚者は再び万松寺に行っている。落慶の後で庫裡も豪華な立派な寺に成っていた。余程、会いたくない事情が有るのだろう。でも、それは駄目だ。万松寺の方から愚者にお声がかかる様にする事にした。 【続く】
愚者の真言 【十一章】参考証拠編 宇都宮の曹洞宗万松寺住職木村老師の数々の極悪非道の犯罪を、許すわけにはいかない。 愚者が愚かもの故、宇都宮在住の妹まり子の子供と木村老師の子供が高校の仲良し同級生であることを考慮しても、仏の十戒を破り煩悩剥き出しの魑魅魍魎の化身に、人に法話を説く僧侶の資格はない。こうはっきり断言できるまでに愚者は十年の歳月と多大な代償を払ってきた。 人の弱みにつけ込み、親戚を二分する騒動の火付け役は僧侶にあるまじき卑劣な行為で霊感商法よりもまだ質が悪い。因縁果縁起であることも承知しているが、高祖道元禅師は決して、その様な事を教えてはいないはず。そこで愚者は一般大衆の人々の意見の中にこそ、正解があるものとの結論に達したので公表する事にした。何故なら人は皆、宗派や信仰の有無に関係なく、遍く平等に、その人自身が神の子であり、仏の子であるからだ。 一部の有識者や評論家と称する先生たちの、 ことさら難解な解説や学術用語の羅列は、例え て言うなら猿のセンズリ。したり顔の屈折論議、 孤高の解説は高崎山で仲間内だけで死ぬまで思 う存分やっていろと思うわけ。老婆心で申し訳 ないが現代の若い人の為に(センズリは、浅瀬 の川の舟遊び。サオを手に持ちカワをあちこち) 男女平等の世の中だから、オナニーと言葉を換 えておくべきか…… (画像は工事中) (右上は万松寺から僕に送られてきたFAX↑)
僕の亡母に対する愛情を逆手に取り、鶴信女を栄室鶴林大姉に、位牌は紫檀でと…この陰謀巧みな詐欺坊主!念仏唱えてせめて往生際は潔く。
右下は埼玉騎西町の曹洞宗教区長・金圭山竜宝寺野川光昭老師より『さぞかし無念であろう。私も考えるところあって、一時は曹洞宗を離れた事もあった。君の仏の一念しかと見届けた。君はもう私と同じレベル、いわば同業者と言っても過言ではない。真贋を見抜くその眼力に、特別、大願成就を祈って命名をあたえる。礼は一切いらん。君は本当の僧侶だ。今の世で私が出会った数少ない真の求道者の君から謝礼はもらえん。だが特別だぞ頑張れ!』励ましの言葉を添えて賜った宏太の命名書の一部。愚者は伊達や酔狂で百ヵ寺あまりの住職と会話したのではない。心に一片のやましい素振りでもあれば、門前払いは当たり前の事。それほど寺は甘くない。かと言ってそれほど難しい訳でもなく、むしろ僕は愚者だから素直に仏の道に入れたのだと思う。そして寺の表と裏を知り、オウム真理教や既存の新興宗教は寺がお手本である事に間違いないと確信したのだ。霊感商法の元祖は、お寺でした。そういえば歌にもこんなのがあったっけ。(土佐の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見たヨサコイ夜さ恋…) (お釈迦さまでも知らぬ仏のお富みさん…いやさっお富み、あっ久し振りだなあ…) どんな美辞麗句も一般大衆、底辺の人々の心に届かなくては死語に等しい。例え、子供の作文にも劣る様な愚者の綴り方教室でも、日増しに励ましの声を耳にすれば、何よりの激励となって、愚者は勇気ずけられ、自信も湧いてくる。自分を信じる事が自信だ。それがもう真の信仰心でもあるのだ。鰯の頭も信心からと、とうの昔に答えは出ている。昔の素朴な人々の心を正確に伝えてきたなら、今日の犯罪発展途上国ニッポンは無かったのでは?知らぬが仏じゃないが、連日これでもかとテレビが山奥にまで人間の闘争心を、その残虐さを伝える。学校の黒板もテレビの画面も同じであることを承知の上で……紐付きメディアが……。ピアスの若者なんて至極当然。批判する方が間違っている。達磨大師だつて大きなピアスをしている。元々インドの禅始祖なんだから。うわべより中身が大切と言う事です。達磨大師の七転び八起きは誰でも知っている。後の人が作った伝説である。面壁九年は真赤な嘘で、飲まず喰わずで壁に向かって座禅。九年はおろか九日でも愚者なんか死んじゃうよ。嘘つきは何の始まりだっけ。 【続く】
愚者と天道【はじめに】 天網恢恢疎にして漏らさず 室井宏太 (1999年作)
僕のような馬鹿が居るから、利口と云われる人が存在して居られるのである。僕と同じ曹洞宗の在家信者にして書道家の相田みつお先生の【人間だもの】を読めば良く解かる。 僕は先生の作品は殆ど読んで、深い感銘を受け、先生の故郷の足利市まで東武電車に乗って出かけてみたのだ。足利学校の歴史から近代においては、織物の街、女工の悲哀を物語る身投げの渡良瀬川……ひきこもごもの伝説に思いを巡らせて居るうちに、僕の乗った電車は足利駅に到着した。プラットホームに降り改札口に通じる階段を降りて行く僕の眼に写ったのは、これでもかとばかりのドデカイ甘納豆和菓子屋の和風看板。そして嫌が上にもあの独特の先生の書体であった。【人間だもの】とは凡そかけ離れた諄い宣伝文句の嫌らしさ、何だかそれまでの尊敬が一瞬にしてぶっ飛んで裏切られた感がして、僕は踵を返し駅の外に出る事なく、折り返しの電車に飛び乗り引き返した。 僕はやはり馬鹿である。こうあってほしい。尊敬する先生の書物のイメージを私生活、商業活動にまで求めてはいけないのである。だから脳タリンのまま躰だけジジイになって等と云われるのだ。言い換えれば理想の押しつけに他ならない。そういう短絡的気性が僕の人間失格と云われても仕方の無いところである。が、利点も無いわけではない。気の毒に思って助言をしてくれる有識者の先生方がかなりおられるのだ。六法全書の一行も見逃さない先生が… 『続く』
愚者と天道【二章】 僕は脳天気なところも多分にあって、昨日の敵は今日の友と成った人達も、勿論その反対も居るが、その友の中でもとりわけユニークなのが、鴨志田恭一という気骨漢だ。 恩讐の彼方は昔読んで心打たれた記憶があるが、まさにそのミニ平成版とも云うべき恩讐の気骨漢で、僕は頓珍漢。気骨漢と頓珍漢との即席友情が親友に発展するのか、はたまた袂を別つのかは神のみぞ知るで僕にも解からない。人生は筋書きの無いドラマであるし、僕は愚にもつかないノンフィクション書いているが、その立場を利用してまで友を作ろうとは思わない。上辺より中身。ある意味において中身の追求こそがノンフィクションの使命と思っているのだからもしそういう邪心の片鱗でもあれば、それはもうタイトルの天道を邪道と変えなければいけない事になる。愚者と邪道ではいかにも犯罪の臭いが漂いそうで嫌だ。お天道様に観られて不味い様な事は何ひとつない姿勢を貫かなければ、僕はただの糞ジジイで終わってしまう。 気骨漢の鴨志田恭一は三鷹市上連雀でセブンイレブンやアパート、コインランドリー、鴨志田米店等のオーナーで日本大学商学部卒業の実業家である。今では四児の父親でもあるが、頑固一徹なところは講談の立川談志そっくりな顔つきを見るまでもなく、眼は口ほどにものを云いで良く解かった。F1レースの熱狂者で木綿のシャツの袖口からロレックスディジャストを覗かせ、流行のミニ縁無し眼鏡。女たら師の助平は四人の子持ちでも解かるし、まず頓珍漢の僕との出会いが嘘からスタートした事を振り返るまでもない。そんな気骨漢が十八年前には夜のアメリカ西海岸で、今の奥さんと渚の細波をバックに、それでなくても突き出ている分厚い唇突き出して『アイゥオンチュウ・アイニィデュウ・ハーニープリーズユアプッシー』知っている英単語だけではもの足りず、終いには『イッヒリーベリッヒ・ダンケシェーン』と聞きかじりのドイツ語が失敗のもとだった。『えっなあに?』と甘えて聞き返す彼女に得意絶頂の気骨漢は『イッヒリーベリッヒヒヒヒィー』と自分のキザな台詞に思わず自ら笑ってしまったのだ。『馬鹿にしないでよ』今の奥さんとなった彼女がすねて怒って、もう一度『馬鹿にしないでよ』と云っても『プレイバック・プレイバック』咄嗟に当時の山口百恵の流行歌を歌って誤魔化してしまった気骨漢のアドリブ詐欺師振りはいかんなく当時から今日に至まで継承されており、無事に結婚したので結婚詐欺師には成らずに済んだ。(気骨漢談話を少し脚色。御免) そして頓珍漢の僕との対決があって、それが何時の間にか奇妙な友好関係に成ってしまったのだが、その経緯については紳士協定が成立している現在は、多くを語れない。我々はフェアプレイ宣言をしているのだから、尚更の事である。だが一方がそれを破れば勿論御破算になる。 気骨漢に僕が友情の念を感じたのは彼の辛抱強さもさる事ながら、貴重な時間の提供に他ならない。僕が意図的に意地悪な質問や話題の転換、時には揶揄と解かる会話にも顔色ひとつ変える事なく応答してくれるその姿勢。これは僕には到底真似の出来ない忍耐力と云うのか、豪胆と云うべきか心底、その態度には敬意をはらい、もうその事のみだけで、仮に彼が(為にするための)何かがあったとしても帳消しにして、対等にと云うより学問上では先生、僕の愚にもつかない雑文集の読者としては、良きアドバイザーとして友情を深めていきたいと、心より願うところだが、正直云って少々胡散くささのあるのも又事実だ。それはお互いにまだ知り合って日も浅いから無理からぬところでもあるが、僕は歯に衣きせないでずけずけものを云うのはむしろ彼に本音で接しているからで失礼だとは思わない。人は皆それぞれ思想も性格も違って当然。牛は別としてクーロン人間はまだ誕生していないはずだから。 気骨漢は頓珍漢の僕に必ず幾つかの熟語、常套句を云う。例えば【絶対。知らなかった。有りえません。嘘を云えば最後に苦しむのは自分だから嘘は云いません】等々…はっきり云ってその全部が僕の嫌いな言葉である。そこでせっかくの友情の為にあえて反論する。真の友情だ。 まず【絶対】前言をひるがえす気骨漢は使わないほうが良い。 また【知らなかった】大人の社会では通用しない。交通違反でもしかり。【嘘は云いません】初対面から嘘云って後で白状しているじゃないか。そんな気骨漢の内面が意外に素敵。 『続く』
愚者と天道【三章】 僕はその名の通り頓珍漢だが、天はその代わりに僕に相応しい頓智を少しばかり与えてくれたようだ。頓珍漢と頓智この一見矛盾するような代名詞は両方共、僕に当てはまるから仕方ない。天は二物を与えないけど時にいたずらはするようだ。昔から文武両道に秀でた人も居たようだし、僕の場合は天の道に迷い、外の道に行ってしまったり戻ったりしたから、案外、天のいたずらならぬ戒めかも知れぬ。天罰覿面だものね。いずれにしても僕が頓珍漢であることに代わりはない。そして例の気骨漢の事だが彼も又、頓智に溢れた逸材だ。惜しむらくは、その頓智がどういう訳か彼の貧じん痴(仏教で果てしない物欲の権化。他人の金も自分の金にしてしまう嘘と鳥葬の鳥のように死者の肉をも喰い尽くす貪欲の餓鬼…人間は誰にでも無意識にあるもので気にする事はない。修証義の懺悔滅罪の教義語だから)にいかんなく発揮される事である。僕は気骨漢の内面の素敵な人格。取り分け人に対する気配り。家族愛や絆の強さを知っているだけに不思議で仕方ない。何ゆえに、こうも臨機応変、自然に真贋スイッチヒッターと成れるのか…神業だ。気骨漢は利害関係を抜きにすれば、むしろ気持ちの良い芯の強い男だ。もうお馴染みに成った深夜のファミリーレストランでの対談は僕の一日の生活に欠かせぬ憩いのひと時と成ってしまった。三日に一度ぐらいの割合で会っている。勿論、気骨漢とばかり会っている訳ではなく、ボランティアの愛知君は一日おきぐらいに会っている。 愛知君は大学で心理学を学び、首席で卒業すると迷わず社会福祉に身を投じ、その実体に幻滅を感じるや、とたんにネクタイ社会が嫌になり、何を血迷ったのか遠赤外線の研究に取り憑かれ、終いには、石焼き芋と遠赤外線の関係に没頭。実践している奇人の人。一年のうちその半分はアジア諸国で暮らしている。頭脳明晰に相応しい才色兼備の奥さんと小学生の子供との三人家族で、彼も又、頓珍漢の僕には欠かせない貴重な存在で、僕に代わってPCネットを担当してもらっている。反権力にしてダライ・ラマの崇拝者は、さしずめ反骨漢と言ったところか?若干三十代のわが師でもある。歯に衣着せぬ彼の意見は時として叱責に代わるのが良い。 気骨漢と反骨漢は互いの顔を知らない。何故か?それは頓珍漢の僕に責任の一端があるのは間違いのないところである。僕の名は体を表わすような頓珍漢なノンフィクションの読者にして登場人物であるからだ。無理もない。無知無学、無教養。そして無礼な無頼漢にして頓珍漢。 誰だって敬遠したいさ。でも因縁果縁起。原因があってその結果なんだなこれが… オーン南無釈迦アーメンナマステそわか…願わくは腐らすな。腐れ縁に成ってしまう。 気骨漢と反骨漢は顔は知らないが、頓珍漢の僕を介して互いの存在は解かっているようだ。どちらも僕の拙いノンフィクションの読者であり、それを超えた友人であるからだ。 ファミリーレストランにはもう一人共通の知人で読者がいる。気骨漢も反骨漢も、そして、頓珍漢の僕も会話しているマドンナが……正直言って僕は、空海、後の弘法大師が日本に持ち帰った宿曜術(真言密教教典に秘められている古代インドの占星術で軍略に利用されていて、一般には密教ゆえ封印されていて、一子口伝の秘法とされていた)を縁あって会得し、観相学も少々勉強したので、人間観察が趣味に成ってしまった。そして喝破してしまう…誠に悪趣味であるかも知れないが、本当だから仕方ない。ある意味で気骨漢は僕の出す(波動)の呪縛に縛られているのかも知れない。これを解除するのは簡単だ。己の犯した誤りを悔い改めれば、いとも容易く天道の網の目から解き放たれるであろう。これが自然の摂理である。 マドンナとは僕が、これは将来凄い大物に成るなと睨んだ人の事で、人格、度量、頭脳、そして品格と普段の柔軟性。その内に秘めた相反する頑固と僕の頓珍漢な拙文ノンフィクションの分析力。無限の可能性を秘めている事に、僕が気づいたからで、気骨漢も反骨漢も僕の予言に一応の興味はあるようだ。僕の思った通り、彼女は超一流大学の三年生で頓珍漢の僕の予言も満更でないなと、反骨漢にその的中を自慢したりしてその時の珈琲は牛負けた。(馬勝った) 僕はマドンナに怒られるかも知れないが、その名を発表する。ミス・ランゲージさんだ。 ミス・ランゲージは僕の観たところ、男に生まれていれば偉大な人物に成れると… 『続く』
愚者と天道【四章】 天道のタイトルの意味は言うまでもなく天然自然の法則、道理の事である。更にサブタイトルを付け加えたのは天罰を意識しての事である。天罰は人の作った法律よりも正確無比に罰を下すと判断したからに他ならない。しかも依怙贔屓なしにである。 これを僕が決意したのは、実は超一流大学の三年生ミス・ランゲージさんを僕が得意とする古代インドの二十八宿密教宿曜術で占ってみたいと例のファミリーレストランで気骨漢と珈琲を飲みながら雑談中に切り出した時である。宿曜術は空海、後の弘法大師が我国に持ってきた古代インドの秘法で、その昔、家康の占い師天海僧正が豊臣家を滅ぼす為に、破壊星の強烈な千姫を輿入れさせて見事本懐を遂げたという宿曜経の経典に秘められている軍略等に用いられてきた秘密の術で、文字通り密教の術であるところから一般には封印されてきたのである。僕はたまたま出家の経験もあり、もともと好奇心旺盛な不良少年がいたずらに歳を重ねてきた、愚の骨頂の見本だからとゆう訳でもあるまいが会得したのである。占う人の生年月日を旧暦に変換する事から始まる。だから気骨漢にミス・ランゲージさんにいきなり歳など聞きづらいなと冗談半分で言ったのだったが、気骨漢は『それじゃ僕が聞いてきてあげるよ』と言いながら、すたすたとミス・ランゲージさんのところまで行って生年月日を聞き出してきたのだ。気骨漢は何故ここまで僕に親切なのか? 翌日、僕は気骨漢に電話を入れた。 『僕にはとても彼女には伝えられない答えがでちゃったよ』意図的にさも困った様に、間をおきながら話す僕に気骨漢は間髪を入れずに『それじゃ少し脚色して喜びそうな答えに変えたらどうですか』と言ったのである。僕はその言葉を聞いて、もう気骨漢に逢う必要は無いなと思った。僕は気骨漢にはフェアプレイの精神を根底に、紳士協定を譲歩し彼の人間性を追求してきたのは事実である。それは謂わば(敵に塩をおくる)意図的行為で、気骨漢は本来なら、問答無用、切り捨て御免にされても仕方の無い卑怯者の極悪人なのである。元悪人の僕が経験者にしか判らない(類は類を呼ぶ)手口、手法で気骨漢に接近し三年前の初対面から嘘を見破り、今日に至まで、その言葉を作り人を欺く天性の文字通り詐欺師の面目躍如ぶりには、怒りを超えて哀れな奴とも思える次第だ。その根拠は当然あきらかにせねばなるまいが、僕のノンフィクションシリーズの(汚い手口【九章】から【十二章】まで)に全容の概略を示してあり、これは、もう既に僕の支援関係者を初め、武蔵野市長、市職員、弁護士、警察官、興信所職員、病院医師、看護婦、あらゆる職業の一般人、学生、そして出版社及びジャーナリストの方にまで読んでもらった。市長からは励ましの手紙を戴いている。 そこで僕は気骨漢のニックネームを変えなければと思い、ここに新ニックネームを公表することにした。気骨漢改め腐骨漢。(本名、鴨志田恭一) 腐骨漢と命名した理由についても述べなければ成るまい。ジェームス・ディーンの古い映画のタイトル【理由なき反抗】と違って、頓珍漢の僕には其なりの理由があるのだから。謂わば、【理由ある反撃】である。 腐骨漢とは勿論、僕の屁理屈まじりの造語に過ぎないが、彼の得意とする捏造とは趣を異にするのは言うまでもない。真心を失い、三鷹警察署に己の盗人猛々しいところはホッカムリしながら、正当な貸し付け金の返済を求める僕を罠にはめ、三鷹警察署に密告してその上、更に今度は三鷹警察署とグルになって盗聴器の貸与まで署から受け、僕に仕掛けて発覚するや終始言い訳に躍起しているのである。そのぐらいの事見抜けなくて、ロイヤル総業不動産部の保全部長が勤まるものか、宮崎市で療養中の佐々木絹子社長から信任を受けるものかどうか、心の欠けた、骨まで腐り切った悪漢。略して腐骨漢とする理由だが、既に三鷹警察署については、弁護士と相談の上、法の書式に適った文書を東京都公安委員会に内容証明、配達証明で送付済である。なお、当方の弁護士から返済期限を理由あって書いていない借用書については時効が条件により発生しない事も確認済である。腐骨漢は銀行からも多額の債務があり、毎月返済中なのも解かっている。天網恢恢疎にして漏らさず。寝言は夜、蒲団の中だけにしろ。 『続く』 愚者と天道【五章】 七月七日の七夕の夜に気骨漢改め腐骨漢は、頓珍漢の僕の自宅前にあるデニーズで初めて涙を流して泣いた。俗にいう泣き落としのテクニックを使い始めたのか、それとも自分の嘘に、自己陶酔した為の涙か?はたまた詰め将棋の雪隠責めにおかれた心境なのか、いずれにしても陳腐な仕種でしかない。だから腐骨漢の名が当てはまるのだ。 昔、中国には泣き女というプロフェッショナルがいて、葬儀のセレモニーで活躍したらしいが、僕には通用しないので、泣き男はみっともないからやってくれるな。益々、疑惑を深めるだけで何のメリットもないし、僕達だけならまだしも、他にもお客が食事や珈琲を飲みながら歓談しているファミリーレストランで、いい歳をした大の男が、しかもセブンイレブン上連雀店のオーナーがとるべき態度ではないし、第一、楽しいはずの食事や珈琲がいっぺんに不味くなる。万事窮すで形振り構わぬ気持ちは解からぬでもないが、それとて身から出た錆、因果応報の何物でもない事を、その異常なまでの狂言常習犯の腐骨漢は反省し、その為に利用した三鷹警察署に出頭し、真相を残らず告白し審判を仰ぐ位の良心は取り戻して欲しいと僕は思うのだが、所詮は無理な注文か?いまだに嘘を重ねて迫真の演技を続けている腐骨漢は、誰でもが潜在意識として持ちうる利己主義の範疇を超えて、暴力団の陰に怯える善良な経営者を装い、三鷹警察署とグルになって、決して善良とは言わないが、愚か者の頓珍漢な、しかし断じて、暴力団とは違う僕を罠にはめた。愚か者だから騙して良いという法律は何処にもないし、むしろ人を馬鹿にした許せぬ行為は世間に糾弾されてしかるべき悪質行為である。たとえ一歩譲って保身の為の行為としてもだ。その為に僕と僕の家族は計り知れない苦痛を強いられてきたことを、一度でも考えて見るが良い。 七月十三日腐骨漢こと鴨志田恭一は、又々、前言を翻しわずか六日前に僕の自宅前のデニーズで泣き崩れ、哀れに思って債権者の佐々木絹子社長に携帯電話をその場でかけてやり、借金を否定し頑として踏み倒してきた非礼を、僕の知る限りでは初めて詫びたのであった。そして銀行からも多額の借入金があり、当分は支払い不能である事情などの情状を汲んで、猶予を請願する知恵まで教えてやったのだが、それを逆手に取り僕から宮崎市に住む佐々木絹子社長の電話番号を聞き出し、『室井さんが借金を返さなくても良いと言っています』等とあたかも僕が、佐々木絹子社長を誹謗しているかのように言いふらし、『室井さんが入ると返せる借金も返せなくなるので、二人だけで問題解決したいと思います』等と言って『佐々木さんから室井さんにその旨、言って下さい。それから新たにスタートしましょう』等と虫の良いお願いをしているのだ。性根腐りきった悪知恵も、僕と佐々木絹子社長との信頼関係とホットラインの緻密さを覆せるとでも思っているのだろうか?言えるのは間違いなく悪者には違いない。何故なら親の財産を相続するのは知っているが、親の借金については筆跡、実印が間違いなく親の物でも、親族の弁護士が、返さなくて良いと言うから返しませんと言うずるい考え方。時効を主張して、それが理由あって、返済期日を限定していない条件付で時効成立していない分についても、頑として支払わない厚顔無知はまだしも、正式代理人の僕を三鷹警察署と共同謀議の上、盗聴行為。マイクロテープに録音し、脅迫行為に仕立て上げる用意周到さ。この三年間に三度、その内、二度は確かに其の筋の知人を同行させたが、腐骨漢の指定の場所に出向いての穏やかな会話。僕の知人の目の前で本物のロレックス振りかざし、黄色い出っ歯で笑いながら『これが本物に見えますか?』嘘を並べ、挙げ句の果てにマイクロコーダー突き出して『脅迫ですよ』 このふざけた真似をやってのけた腐骨漢が『恐くて被害届けだしました』だと。 全く良く言うよ天才詐欺師が、被害届け出したいのは大金騙されたこっちのほうだ。大体、老婆がどういう気持ちで大金を何年も借り続けたのか考えてみるが良い。決して自分で使った訳ではないのだ。その金が鴨志田一族を救った命の現金ではなかったのか?それを嘘の時効を盾に返済せず、僕が複数の法律家から時効は成立しない事を教えられ、腐骨漢に時効と言った親族の弁護士に連絡して確かめるよう告げると、連絡がつかないと嘘の上塗り…… 『続く』
愚者と天道【六章】 悪質、破廉恥な腐骨漢に対しては何を言っても、馬の耳に念仏で正に馬耳東風。まんまと一杯喰った宮崎市の佐々木絹子社長は、又、騙されるのを知りながら鴨志田恭一セブンイレブン三鷹上連雀店オーナーの口車に乗っかってしまった。そして、その時になって又、僕に依頼をされても僕はもう関知しないつもりだ。仏の顔も二度三度と言うが、僕を愚弄する様な依頼、解任、依頼はもう沢山である。社長の本意でない事は承知、苦渋の決断を迫られたのだろうが、三鷹警察署の違法捜査、虚言に基づいた違法誘導脅迫に屈して、トカゲの尻尾じゃあるまいし、切り捨て御免はお互いの信頼関係に、些かの影響も無いものの、決して楽観視、見過ごせる性質のものでもないからである。極めて頓珍漢な僕で頼りないとは思われても致し方無いが、それでも僕は血の通った人間で、ロボットではないのだ。むしろ喜怒哀楽の激しい、その意味では血の気の多い単細胞愚か者である。その点で、もしこれ迄、意にそぐわない不手際があったとすれば全責任は勿論、僕が負うことに些かの異議もないのは当然言わずもがなである。 そして、僕が誰にでも出来えぬ事をやれるとすれば、それは納得のいかない事柄に関しては自らの命を犠牲にすることも厭わない事である。それだけが頓珍漢の僕のあるとすれば取り柄である。そして忠犬ハチ公の精神。僕は野良犬に過ぎないが、多摩墓地に眠る故佐々木司社長とは、彼岸と此岸に別れて住むものの、その意志は死守りしていかなければ人間ではない。心があるから人間なので、心を失った腐骨漢、鴨志田恭一ごときは人間の姿をした人非人である。 こんな化物に聞く耳を貸した自分にも実際、腹が立つ。泥棒にも三分の理で腐骨漢の言い分聞いてきたが、無駄だった。僕は言わずと知れた馬鹿だが、腐骨漢は莫迦。同じばかでも利口の付いた莫迦は死ななきゃ直らない。今迄は、佐々木絹子社長の言いつけを守り、手荒な事だけは絶対にするなと言われてきたので尊守してきたが、三鷹警察署が鴨志田恭一セブンイレブン社長の口車に乗り、よくよく調査もしないで手柄の為の前代未聞の一日暴力団依頼。 もはや、僕は佐々木絹子社長とは、何の関係も無く、自分の意志で僕を陥れた三鷹署と腐骨漢、鴨志田恭一セブンイレブンオーナーに、目には目、歯には歯のしかし、いたずらに周囲に迷惑をかけることの無いよう正当な報復?を命がけで実行する。 その第一が先に内容証明で東京都公安委員会に送付した(審査請求申立書)詳細後日追加付。 それに伴う出版社の取材(僕と三鷹署と鴨志田セブンイレブン)既に終了。今月全国書店にて発売決定。一番、馬鹿で頓珍漢の僕の信憑性が厳正な審査の結果、今月、出版発売と決定。 この事に大きな意義がある。出版社は一歩間違えば後から出版物の売れ行きにまで影響する様なクレームや訂正お詫び記事の事も念頭において、慎重な調査や編集会議を繰り返して絶対、確信のもてる記事が掲載されるのは常識である。言葉巧みな虚言癖の腐骨漢や法の番人警察ぐるみの策略よりも、僕の主張が認められたのである。競馬に例えれば大穴万場券の番狂わせ。 そして僕の良き理解者で読者で支援者の中渡ともえ先生の紹介で、七月三十日三鷹労政会館で【三鷹市コミュニティプラザ裁判報告会】に出席した後、弁護士の先生方と会談の予定である。中渡ともえ先生がご尽力の労を取ってくれた。先生は正に正義の人で、善悪のはっきりした人で、全国捜して歩いても二人といない信念のお手本で誰も先生の真似は出来ない。その点では人間国宝に匹敵すると言っても過言ではない。いたずらに何でも反対の野党と思われがちだが断じて違うところが先生の真骨頂である。僕は直接聞いて知っている。人物本意だ。 田中角栄、田中真紀子、菅直人、石原都知事、いずれも評価しているのだ。ただし、同じ自民党でも三鷹市第一助役は賄賂助役で市民の血税の中から約二十五億を白石建設に儲けさせ、そのバックマージンで三鷹市第一助役はお大尽暮らしとか…頓珍漢の僕はただ羨ましいの一言。 僕なんか頓珍漢で武蔵野市民だから、個人的に手紙貰ったり、声を掛けて貰ったりした事のある土屋市長は尊敬している部分が多い。何より女性に持てそうなハンサム好感度が文句なしに素晴らしい。内面は解からない。解からないし知りたくもない。今の好印象を保ちたいから。 さて、腐骨漢、鴨志田恭一は生き地獄を味わう事になる。僕の一命に賭けてもだ。 『続く』
愚者と天道【七章】 僕は基本的には死刑廃止論者である。冤罪で投獄された体験から断言できるのだが、必ず人が人を裁く事に間違いはあるし、警察の威信にかけても意図的にでっち上げた犯罪記録を訂正する事はまずない。身代わり懲役は別である。お互いに納得ずくの事には関与すべきでないし、要はだまし討ちは卑怯だよと言う事である。 僕は出家の経験上、言う訳でもないが、死刑がつまり極刑かと言えば、少しばかり頓珍漢な異論を持つ者である。生死一体の生命無くなると言うことは一切である。楽になる事である。 アメリカの州によっては、死刑制度があって、その執行は薬物安楽死に近い執行もあるが、それでは真の意味で極刑に物足りないと頓珍漢の僕は思うのだ。一切の極楽を与えずに、終身の四苦八苦、六地獄をたっぷりと味あわせて、心から死んで楽に成りたいと思っても、一心に思っても生き地獄を与えるほうが、目には目。歯には歯なのだ。モルモットの実験でも解かるが、恐怖の極限状態に置かれると動物は脱糞し、遂にはそれを口にする様になる。人間も医学的には同様である。そして壁に頭をぶつけて自傷行為に走る。やがて自殺願望に発展し首をつる。そうさせない為に、何処の刑務所にも防護壁や戒具が用意されているのだ。 国によっては盗人にはその手指を切り落とす刑を執行する。つい最近までそうだった。 僕ははっきり言って冤罪の体験者で、それを間近に見、自らも楽に成りたいと獄舎の壁に頭をぶつけて、痛いから止めた(ためらい傷)止めたが体験者には変わりない。だから堂々と愚にもつかないかも知れないが断言出来る。一切の死より一心に変わる終身の生き地獄をと…… 体験の無い先生方が、机上の空論で、朝まで生テレビ、胸の中でギャラの勘定しているのとは訳が違う。講釈師、見てきた様な嘘を言うな!僕は確かに頓珍漢だが、全て実体験だ。残念だが創作能力は無い。IQ137と二歳からの記憶は断片的にせよ鮮明に覚えているのだが… 嘘と言えば腐骨漢の代名詞に成ってしまったが、腐骨漢こと鴨志田恭一セブンイレブン鴨志田米店社長には、長生きしてもらわなくては成らない。希代の詐欺師で策謀家にはもう救いの道はない。もう僕は腐骨漢を許さない。本日、七月十五日宮崎市の佐々木絹子社長からの速達もあわせて、これ迄の詳細を全部公表するだけでなく、三鷹商工会議所やセブンイレブンジャパン本社、融資先金融機関などに公開質問状の提出。更に狂言被害届けによる借金逃れが、法的にどうなるか等、あらゆる角度から検討して、断固法廷に引き摺りだし、糾弾する。彼の策謀により三鷹署より違法な中止命令書だされて、不服申立書を提出している僕は、佐々木絹子社長とは関係なく、僕個人の名誉回復の為にも今後は一切、腐骨漢には二度と頼まれても妥協はしない。腐骨漢の母親、鴨志田民子が藁にも縋る思いで、借金を十年以上重ねて来たのは銀行に相手にされない性質の金だからだ。それと役員ゆえの無利息と返済期日設定猶予に他ならない。それがあったればこそ鴨志田恭一は今日、息をしていられるのだ。それを時効を盾に返済を拒否!そう主張する事のみでも言語道断。更にその時効が発生しない事を知らされると、僕の自宅前のデニーズで涙を流して深夜の泣き言『前にも払えるように成るまで待ってくれるって言っていたんですよ…』このオカマ野郎、ふざけるな!その後ぬけぬけと嘘の作り話聞かせておいて、人の善意を逆手にとり、佐々木絹子にお詫びの電話をしたいからと迫真の演技で僕に宮崎市の佐々木社長の電話番号、わざと聞き出す汚い手口は三鷹警察署のやり方と同じ手口。 そして佐々木社長に『室井さんに電話するように言われてしました云々』 『室井さんの背後には佐々木絹子さんがいて、それで室井さんは動いている云々』終いには駄々っ子よりも始末の悪い『佐々木さんから室井さんに言って下さい云々』の一点張りで、あきれ果て、くたびれ果てた佐々木絹子社長が、無駄な事と前置きしながらも約束して、僕に電話をくれるも低血糖症状の僕にどなられて、速達にての事情説明、箇条書きにての内容は僕の思った通りの腐骨漢と三鷹署の前代未聞の新事実も判明。僕は早速、出版社に連絡した。 何とも、いやはや馬脚を現わした腐骨漢はまだ解からないのか?僕の背後には佐々木絹子社長ではなく、彼岸の佐々木司がいて、腐骨漢の背後霊に成ってる事…寺で聞くが良い。 『続く』
愚者と天道【八章】 黄泉の国に旅たって仏と成った彼岸の主は絶対に祟らない。これが正しい仏道の教えである。もし祟りがあるとすれば、それは生きている者の仕業である。或いは己の良心の呵責の所為である。但し超常現象は否定出来ないし、あるとしなければ寺は大変困るのだ。仏に仕える身と宗教産業の経営者としての両面の立場からも、何でも化学的には片づけられない。むしろ科学的でなければならないし、その上で超常現象も是としなければ除霊、精霊、入魂などの儀式商売にそれこそ障霊が立ちはだかってしまう。だからUFOでさえも否定しない住職が多いのだ。 腐骨漢の背後霊は一体何なのか?それは彼自身の呵責のなせる業、胎、以外のなにものでもない。むしろ彼には人一倍の良心がある証である。それゆえ彼はその事を利害関係と位置づけ其さえなければ良いお友達と僕を評するのだ。人一倍の良心が有りながら意識して良心に背を向けるから、自ら天道の網に掛かり、もがき苦しむ事に成るのである。平静を装えば尚更顔色にも目つきにも現れて、疲労困ぱいの土色が徐々に顔を覆い、いくら石鹸でごしごし洗ったところで絶対に変わらない。これを巷間、自業自得と言うが天道の呪縛に掛かった者には正式には自縄自縛と言うべきだ。信じる信じないは勿論自由である。 七月二十一日金曜日に僕の実名写真入の週刊誌《話のチャンネル8/18号》が発売に成った日に、僕達は十日ぶりに彼の近くのファミリーレストランで深夜の珈琲タイムを過ごした。 『随分、目の下の隈が膨らんでいるけど大丈夫か?』 『ここんとこセブンイレブンの懇親会やら何んやらが重なって、忙しかったんですよ』 それ以上は気の毒で言葉を避けた。縁あって密教の宿曜術を会得した頓珍漢の僕には、これ以上、不骨漢のアレルギー体質にストレスを重ねた場合、その相乗作用により、致死量に至るサイトトキシンの分泌が彼の体内の臓器を腐蝕し、最後はガンになり死に至る事を喝破したからだ。順序はまず胃に現れる胃潰瘍からである。DNA遺伝子ヒトゲノムの解析まで進歩した現代医学に頼って早期発見したところで無駄である。彼自身の意識革命がなされない限り、人一倍の良心があるだけに緻密な人体脳内メカニズムには逆らえないのだから…。外見のレジスタンス行動も健康があればこそで、内面の呵責が引き起こす自律神経失調や中枢神経、交感神経、副交感神経、更に体内時計の異状(バイオリズム)等、病いは気からと言われる様に己の邪気が招く場合も有ると言う事を知り、無垢の状態で生まれ、幼少期時代の無邪気に戻って、自然治癒力を活用して欲しいものだ。『気』を『元』に戻す事を『元気』と言うのだ。 僕は腐骨漢に早く元の気骨漢に戻ってもらいたいと思い、意図的に『もう利害関係には関与しないからね』と言ったのだった。彼の顔色に隠された生命体の異状に気がついたから意図的にそう言ったのだ。彼はそんな僕の気持ちを知らないで、ヤレヤレと思ったか、それとも腹の中で何枚あるか解からない舌を出して、僕の事をくみ安し脳タリンめと思ったのか解からないが、そんな事はどうでも良い。今、彼に倒れられては困るのだ。 今日七月二十六日、僕はこのところ習慣と成った夜のサイクリング中に彼の経営するセブンイレブンの前でバッタリ彼と出くわした。何と彼は見違える様に張りのある声で僕に笑顔を見せながら『カーサに珈琲飲みに行くんですか?』と言った。たった五、六日で別人の様な人相に『随分、元気な声ですね?躰の調子が良くなったんですね』と僕も本当に驚いて話しかけて暫く立ち話をしてしまった。 僕は一人でファミリーレストラン・カーサで珈琲を飲みながら、ヤレヤレと思った。腐骨漢の元気そうな表情に一安心したのだ。物事には順序がある。まずは自分の身に降り掛かった火の粉を払い退ける事が先決である。言わずと知れた三鷹警察署の事であり、彼はその重要な生き証人であるし、当事者の一人でもあるのだから、決着を見るまでは元気で居てもらいたいと願うところである。その後は本人次第である…。 それにつけても金とは不思議である。あれば便利無ければ困る。この世の総てが金で解決、金が人を狂わし社会現象まで変えて行く。金が仇の世の中と昔の人は言ったが……。 『続く』
今を生きる 室井宏太 (2000年作)
明日は散り 逝く花なれど 色も香も 今日を盛りと あたり一面(脳タリン) 愚かなる脳タリンのまま徒に歳を重ねて今日まで、紆余曲折の流転に漂って何とか煩悩の世界に生かさせて戴いているが、まさかそんなつもりで父母は僕を誕生させたわけでもあるまいに、何とも申し訳ない。後れ馳せながら仏門を潜り抜けただけの振り返れば、三日坊主が当てはまる愚者には違いない。しかし門前の小僧よろしく多少なりとも為には成った。 勿論、仏の為でもなく世の為人の為でもさらさらなく、利己主義の自分の為に成った事で、これも言ってみれば御仏のご加護だろうが、正直なところご本尊様はじめ有り難い守護神が多すぎて、仏教のお礼参りは大変だな等と馬鹿な事思う未熟者である。 キリスト教なら主イエスに(アーメン・サンキュー・シーザーズクライスト)とか何とか、一神教だから『主の祈り』でマタイによる福音書の第六章五〜一五節や列王記上・第八章二七〜五三節に示されるところの『主の祈り』で簡単明瞭、お礼参りも主イエス様一人で済むのだ。 本当に無知無学の馬鹿者だから、やたら人様に色々学ぶところが多く、何時の間にか大勢の偉い宗教家の恩師が増えて、日本キリスト教団の富山鹿島町教会の藤掛順一牧師からは、十年近く毎月便りを貰っている。僕のノンフィクション雑文集【愚者の真言】等、恥を承知で読んでもらったら『随分インパクトが強烈ですね』とお誉めとも嘲笑とも受け取れるお声を電話で聞いて、大変懐かしく又お会いしたく成った。富山は鱈汁も旨いが何と言ってもズワイ蟹が一番旨い。何故ズワイ蟹を持ち出したかと言うと、僕の人生の失敗が蟹だからだ。つまり蟹にも劣ると言うことなのだ。(蟹は甲羅に似せて穴を掘り)と言うが僕は穴をあっちこっちに大きく掘りすぎて、その穴に自分が埋まってしまい身動きが取れなくなった良い見本である。 その穴は(今)と言う穴だったのだなと今にして思うのだが…。 今今と 今というまに今ぞなし (画像は工事中) 今というまに 今ぞすぎゆく。 せっかく生まれさせていただき 生かされている生命ですから (甲羅に似せて穴をほる蟹のような) 人間に生まれてきて良かったと いう一生を送りたいものです。 (カッコ)の文は僕の付け足しだが、仏教の教えを引用してみた。素直に受けとめれば決して悪いことは教えてはいない。特に僕のような人間失格者は、その日暮らしも儘ならない境遇に置かれているのだから、明日のことなど考えずに今日を無事にすごすことを心がければ宜しいのだ。黙っていても今日が過ぎれば明日になり、光陰矢の如く、今ぞすぎゆくなのだ。 その気持ちをタイトルの下に狂歌で表わした。仏教の教えは確かに真理を説いてはいるが、難解なイメージと死者に結びつくイメージとが、どうにも 強くあるようで、ITネット時代に相応しく極自然に親しめる、 (画像は工事中) 身近な存在。乱暴な言い方だがキャラクターグッズのような、 (欲しがる存在)にならないのかな?と脳タリンの僕は真剣 に思うのだ。十三仏も死後の初七日より三十三回忌迄の先祖 の供養のお導きよりも、生きている煩悩の世界の我々の日々 安穏の有りがたい七福神の二倍の目出度い招福十三福仏に思 えるように、布教するのが本当ではないかと考えるのである。元来は生死一体で、生きてるうちとか死んでからとかの区別はないのが正しい仏教のおしえであるのだから…。 まずはご住職の意識革命が先決だと思うのだが色即是空の無の思想じゃ無理か?おっと思想も無だから存在しないか?僕なんか色即是女の罰当たりだから女色を求め今を生きる。 『続く』 今を生きる【二章】いつから生きているか? おぎゃあと産声を上げた時には、まだ臍の緒で母と一心同体なのか、臍の緒を離して出臍に成らぬよう上手く結んでから蒙古斑点のあたりをぺたぺた叩いて産声を出させるのか、僕は脳タリンだから見たこともないし判らないが、仏教の教えは実に緻密に人の誕生から臨終。 そして霊界を経て転生と法輪の輪だか水車の輪だか知らないが、一生も七生も輪廻転生で何度となく生まれ変わるらしい。 道理で弥勒菩薩など菩薩というのは、自らも悟り、我々衆生をも教化救済する為の修行するものを言い、釈迦入滅後五十六億七千万年後に、この世に出現し説法折伏を繰り返し衆生を済度すると言われていて、全く気の遠くなる話だが、ようするに現在は菩薩だが将来に成仏するので未来仏とも言われているのだが、さすが大宇宙の真理を説く仏教だけに計り知れない広大さではある。そして人の一生と言うかワンサイクルと言うのが正しいのか、いずれにしても、成程と感心する教えは現代人にこそ必要な教えかも知れない。ドメスチックバイオレンス時代でも根底にあるものは人類創世記より不変であると思うからだし例えは下手だがIT革命の現代に至るも真心は永遠に不変の魂で、魂は不変不滅だが魂も懐胎守護の恩から誕生は始まる。 母悲、子を孕めば、十月の間、血を分け、肉を領ちて、身、重病を感ず。子の身体、これによりて成就す。ハネムーンべービー。エッチの結果と言えども守護の恩あればこそなのだ。 臨産受苦の恩。 月満ち、とき至れば、業風催促して、変身疼痛し、骨節解体して、神心悩乱し、忽然として、身を亡ぼす。単なる悪阻ではなく、一度死ぬことになるのだ。死の苦しみと引き換えの誕生…。 生子忘憂の恩。 もしそれ平安なれば、なお蘇生し、きたるが後ごとく子の声を発するを聞けば、己も生まれいでたる如し。おぎゃあの産声に自分も母として生まれ変わるのだ。 乳哺養育の恩。 その初めて生みしときには、母の顔、花のごとくなりしに子を養うこと数年なれば、容貌すなわち憔悴す。母乳を吸われてカルシウムも他の栄養も吸われちゃうのだ。夫は少し遠慮しろ。 廻乾就湿の恩 水のごとき霜の夜にも、氷のごとき雪の暁にも、乾ける処に子を廻し、湿れる処に己れ附す。 洗かん不浄の恩。燕苦吐甘の恩。為造悪業の恩。遠行億念の恩。それぞれ意味はあるが読んで字の如くで、脳タリンの僕などがいちいち解説するよりも漢文などの勉強したことを思い出せば誰でも判る常識で、只その常識がどうも通用しなく成りつつある世の移りではある。 しかし最後の言葉に、本来の母性の愛がしたためられていて、仏教ですと断るまでもなく本来の母の姿勢、子を思う母親の気持を如実に表現していて、僕もかくありたいと思うところではある。 究きょう憐みんの恩 おのれ生きている間は、子の身に代らんことをおもい、 おのれ死にさりて後は、子の身を護らんことを願う。 死にさりて後は誕生時よりの魂の波動だ。昔、当たり前の事と思われた事が、現在失われつつあるのも否定は出来ない事実で、それも仏教で言うところの末法か…。 いずれにしても愚かなる僕は、親の心、子知らず…の罰当たりの見本であったのは事実で、その失敗は他の人の教訓に生まれ変わって伝わるものと思い意味不明の乱雑文ではあるが、ご推量よろしくいわんとするところを汲み取って戴ければ有り難く思う次第です。 と、ここまで真面目?に愚者の綴り方教室を披瀝してきてアホらしく成ってきた。 それは僕が万物の霊長である人間でありながら、人間不信に陥っているからで、可愛い小犬のほうがよっぽど信頼出来ると思っているからだ!人間は犬に学ぶところが結構あるのでは? 犬は我が子をコインロッカーに捨てたりしない。犬はワンワン形セックスの先生? 【終了】
恐るべき密教の秘術の謎を解明! (2003年作)
宿曜経典二十八宿占星術 【はじめに】 室井宏太
↓十三仏ぬりえオマケ付(色即是空、冗談です) 般若心経お守り付 (画像は工事中) 愚かなる初老(早漏ではない)の脳タリンである僕の戯言と思って軽い気持ちで読み流して下さいな風流に。空海と最澄の手紙は風説帳(風の便り)で、釈尊の教えは『生滅滅い、諸行無常、是消滅法』であり『本因仏性、了因仏性』 帰結するところは『寂滅為楽』の絶対真実と続くのだが、スッタニパータは難しい。そこで僕流に『スッタンパッタンするな、日照り続きで埃がたたあ!』 宿曜経典二十八宿占星術【一章】 読んで字のごとく高野山真言宗の経典、宿曜経の経典に秘められた占いと言うよりも術と言った方が正しい究極の占星術の事で、通常は略して二十八宿と呼ばれるが、正しくは文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経典秘密奥伝と言う。十二宮運勢、二十八宿運勢のいわゆる統計学的な占星術と七曜、九曜、三九秘曜の法と言う完璧な呪い術に近い密教独特の秘法も含めた総称を宿曜術と言うのだが、古代インドが発祥の地で、紀元前千五百年に遡る。 所謂インドの知識層や僧侶などが、山野に籠もり厳しい修行を積み、仙人と成り、超人と成る術を体得しようとしたようだ。愚か者の僕は実際の事しか信じない馬鹿なので、(したようだ)と表現した。現生の生身のままで、神仏の様な超人的なパワーを持つ人間に成るのが目的で、所謂、仏教で言うところの『即身成仏』である。これが密教の源流で、ヨガにしても源流を辿れば一緒である。 古代インド人は瞑想好きな人種で、神秘的な思想を持つ反面、物事を、抽象化するという独特の思考方法を得意としていて、数学、特に代数学や倫理学がインドで発達し、『零』という数学上の観念を発明した事は有名である。 『零』の観念は、仏教の『空』の思想が数学的に発展したもので、神秘性と合理性が見事に一致していると僕は修行中に思ってこれにのめり込んだ。 そうした超人の目が広漠たる天地に向けられ、天体の動きを観察して、独特の天文学を作る一方、地上の人間の運命について瞑想して、占星術を編みだしたと伝えられる。その一つを簡単に説明すると、こう言う事である。 太陽が一年間に運行する軌道である【黄道】を十二に分けて【十二宮】とし、それは不思議な因縁で西洋の【十二星座】と一致する。究極に洋の東西は無いと言う事と脳タリンの僕は解釈した。 月が一ヵ月に天球を運行する軌道である【白道】を二十八に分類【二十八宿】としたようだ。ハッキリ言える事は、これはまさしくインドの独創的な発想である事で、【宿曜術】と言われるように成ったのは八世紀に入ってからと伝えられている。つまり、不空三蔵法師がインドから中国に伝えた後の事である。 そして、この【宿曜術】を我国に持って来たのは、空海つまり真言密教の開祖である【弘法大師】なのである。密教の秘法であるところから【宿曜術】は一般には封印されて来たのである。それは何故か?真言密教の反面を見れば解かる。インドの仏教は一言で言えばセックス教で、とても我国の寺にストレートに展開出来るようなものでは無い事が多くある。人間と動物の合体像など、それこそ裏ビデオの獣姦シリーズそのもので、そんな御本尊を常備、寺の本堂に鎮座されて居られたら、PTAのご婦人ならずとも物議をかもすは言わずもがなの事である。最もそんなご婦人がバター犬の愛好家であったり、ワンワン型を求めたりする訳だが、兎に角、御開帳は真言宗では普段は禁止である。 特別御開帳でも拝めない。どうしても拝みたければ密教系の新興宗教の教祖に御布施を包むか、観光地の秘宝館で鯨のチンボコ眺めて想像せよ。 『続く』
宿曜経典二十八宿占星術【二章】 密教と言えば真言宗と誰しも思うところだが、あにはからんや天台密教と言う秘密のベールに封印されている密教も過去の歴史をひもとけば否定は出来ないのである。何故なら、天台宗の宗祖である最澄、後の伝教大師と高野山真言宗の宗祖である空海、後の弘法大師は仏縁により、共に遣唐使船で中国の山岳仏教の仏道を極めた親友でもあった。現存する文書によれば、軋轢もあったものの、文通の中に両者の親密な関係も伺い知れる。そして、先に密教を極めた空海に、最澄は密教の伝授を乞い、最澄の弟子が空海に傾倒していった微妙な成りゆきが、夫々の宗祖に辿る由縁仏縁である。 徳川家康の後ろに居た天海僧正は、この天台密教の【宿曜術】を操る事で、豊臣家に最強力な破壊引力の強い千姫を輿入れさせる事で、文字通り豊臣家を破壊したと古文書に認められる。その後の千姫は史実の通り再婚、長寿と破壊星の強さを証明したのである。 天台宗の宗派に妙見宗【総本山・本滝寺】の僅かに全国でも四ヵ寺余りの極少宗派が存在するが、【宿曜術】と【妙見菩薩】は深い因縁が有る。 【宿曜術】がメジャーに成れない要因の一つに、因果応報の宿命を伴う事が多いに関係あると、馬鹿で脳タリンの僕は思う次第である。 悪用にこの【宿曜術】を利用すれば、その破壊引力は自分を破壊してしまうのだ。由比正雪、原田甲斐がその良い例である。絶対に悪用が出来ない。それでは霊感商法の元祖とも言うべき寺院は大変困る。それよりも、そんなに精魂すり減らす事なく手っ取り早い護摩焚きの方が、見た目にも霊験厳かで、護摩貸しやすいとシャレてみました。実際に脳タリンの僕は出家の経験もあって、護摩木が一番儲かると或るお大師様より言われたのだ。 そう言われて見ればその通りで、護摩木もラーメン屋台の割箸もたいした違いは無い。単なる火祭りに過ぎない。そして炎の形に鬼を見て、餓鬼を見ての加持祈祷は古来より伝わる一大イベントと、脳タリンの僕は思う次第だ。 勿体振らずに答えを言うと、宿曜術とは日替わりの星占いでもある。そして、北斗七星を崇めているところが、その密教の証明とでも言うべきか? つまり、北辰一刀流の千葉周作しかり、諸葛孔明の北斗法しかり、七福堂の和菓子本舗なんてどこかにないですか?JR寝台特急北斗七星号は知ってるが、近頃、倒産した有楽町そごうデパートの屋上には確か妙見堂があった筈。妙月堂とも言い、きっとそごうデパート首脳人が何か私服を肥やした為に悪用と見做され、その結果が出たに違いない。つまり、妙見菩薩の天罰と言う事。 密教とは秘密の教に違いない。僕の性格には合わない。脳タリンの僕は秘密よりもガラス張りのオープン主義だから…。でも仏縁があったのかどうか会得してしまった。究極の【宿曜術】も悪用すれば【宿妖術】に名を変えて自分が破滅に陥る。だから僕はこの【宿曜術】を有料には絶対しないと決めた。金が絡むと判断を誤る事になる。金は人の脳を狂わし社会現象も変える。 『続く』
宿曜経典二十八宿占星術【三章】 金は人類の発明した偉大な、それまでの物々交換に代わる画期的万能手形であり、あれば便利、無ければ不便どころか命までなくしかねない生きていく上で不可欠な人生道の通行手形でもあるが、物事には何でも限度があって、早い話がサラ金の融資限度額とか、僕には現在は無関係だが、固定資産税や贈与税の控除限度とか、そういった限度限界を超えれば、自然に人でも現象でも変るということで、脳タリンの僕は言葉足りずで誤解を招きやすく大変申し訳なく思う次第。まあ拙いオタンコナスの推理雑文と思し召して戴いて、読者諸兄諸姉の御推量に委ねるところで何とも不甲斐ない。あしからずご了承を願う次第。 さて、密教の由縁とは何も難しい事では無い。人間のエゴイズムが根底に潜んでいる。唯それ丈の事である。人類創世記から争いは付き物で、それも又、自然淘汰の現象である。其ゆえ、軍略に不可欠な宿曜術が編出され、それは誰にも知られたくない。よし、経文の中に暗号として秘め込み門外不出にしておこうと言う事である。日蓮や親鸞の島流し処刑にも、そうした密教の暗文暗号の人為的秘密策謀が関係あったのではと、この脳タリンは思う訳で、密教の弊害も今日、全然無いわけでは無い。オウム真理教も最初はヨガの会だった。それが阿含宗で密教に関わり、最終解脱者ならぬ最終脱線車と化し、大きな社会問題にまで発展したのは周知の通りである。だが、それとて真相は藪の中に…。 見たり聞いたりした事が真実とは限らないのである。唯、言える事は密教の教義が正邪は別として関わった事に異論はあるまい。 人はオギャアと産声を上げた時から物真似を開始するのである。長じるに至ってもそれは変らない。より高度に発展していくのだ。声帯模写、物真似歌合戦。パラパラ踊りも阿波踊りもビートは一緒。画家の卵も模写からとか…。 特許にしても真似られると困るから有るわけで、挙げれば切りが無い。 ヒトゲノムも悪用すればクーロン人間の誕生に成りかねない。するとSFの世界に限りなく近づいて、同じ思想の最強格闘技軍団も出来かねない。勿論、マインドコントロールの必用は無くなる。生まれながらに同遺伝子なのだから。 何かが進歩すると、何かが後退する。仮に化学と道徳をそこに当てはめても良かろうか?まあ脳タリンの僕の戯言と思って、ご勘弁願うところではある。 釈尊がルンビニに降誕なされたときに、甘露の雨が降ったと伝わるが、天上天下唯我独尊の天と地を指すあのポーズは、物は考えようで案外こんな風に思っても罰は当たるまい。思うだけなら…。 『天から雨が降り地も泥濘だ、傘が必用だ!』天に誓って僕のオリジナルで、真似ではない。確かに僕は欠点だらけの人間失格者ではあるが、オリジナルにこだわる。頑固である。だが、しかし、僕は少なからず密教に触れた者として、究極の密教、宿曜教典二十八宿占星術【宿曜術】を必用とする悩める人が居れば喜んで無料で鑑定し、転ばぬ先の錫杖と成る事に些かの迷いも無い次第だ。宣伝はいらない。口伝の秘法だから口コミで伝わると思うから…。 【終了】
(1999年作)
はじめて 母の涙を見たのは、昭和二十三年の春。僕がまだ四歳の時で、妹のまり子は、まだ生後半年あまりのオムツをしていて、はいはいしか出来ない乳飲み子だった。 宇都宮市花房町の竹藪に囲まれた栗の木や胡瓜トマトの畑のある、路地の突き当たりの家で、戦時中、陸軍五十九聯隊の兵隊として大連で戦争中の父が日本を離れているあいだ疎開先の母の実家である盛岡から、終戦をむかえて漸くここに居を構えたのである。 この家に越してきた当初は毎日が整理整頓、大掃除の連続で僕はそれを眺めているのが退屈で、ついに初めての真剣な父の体罰を受ける羽目になってしまった。 玄関の左側の方にある客間の奥の四畳半ばかりの小部屋に一人でしょざいなく佇んでいた僕は、父母の注目を魅くためにではないのだが、今で言う曇りガラス風に、和紙の張ってあるガラス戸に悪戯をしてしまったのだ。僕としては偶然に思いついたに過ぎないのだが、結果的に偉いことになってしまったのだ。 ガラス戸に張ってある和紙に、唾で濡らした指先を当てて擦ると、小さな蛆虫に似た突起物が出来た。その蛆虫を四、五十匹作ってから母を呼んだのだった。 『おかあちゃん。こんなに虫がいるよ』母は悲鳴をあげながら父を呼んだ。 父は笑いながら何か母に言って、僕の顔をのぞき込んだ。口の回りにも指先にも和紙の擦りかすが付いていたのを僕は全然気が付かなかった。母が震え、父が笑っているので僕も父に笑ってみせた。その時だった。父が張り手で僕の頬っぺたを叩き、僕を畳の上に叩き付けて、僕があまりの父の剣幕と頬の痛さに、ワアワア泣きじゃくっても許してくれず、 『お父ちゃんもう勘弁してあげて。私が間違えて大げさな声をあげたのが…よく確かめもせずに、タカオ御免なさいと言うのよ、御免なさいって』 母は畳にうつ伏せにひっくり返って、泣きじゃくりながら『御免なさい痛いよ御免なさいウワーン御免なさい』と足をバタバタして泣きじゃくる僕を抱き起こして、僕の顔を白い割烹着の裾で拭いてくれた。 割烹着は味噌汁の匂いがしたが、やがて母の乳の匂いに変った。それは僕にとって何だか久しぶりのような気がして、僕は思わず『オッパイ』と口に出していた。そして母の胸に顔を埋めたまま何時の間にか寝てしまった。まだその時には妹のまり子は誕生していなかった。僕がようやく三歳に成ろうかと言う頃だから…。 今にして思えば母の匂いはきっと天然の睡眠薬なのかも知れない。でなければ母はきっと観音菩薩かも知れない。そして観音菩薩の子である僕は無邪気だったに違いないから、何時でも、菩薩の懐に抱かれると、自然に帰依の心が働いてすやすやと眠りにつく。寝ている間は、つまり仏子である。邪心のない子供ならでわの自然回帰かも知れない…。 僕は所謂、脳タリンを自称する愚か者だから、難しいことは苦手であるが、仏教の世界では生死一体の生命は無意識の内に毎日、何度も生と死を繰り返して、数にすれば何万遍も繰り返すのだと言う。はっきり言って僕なんか出家の経験はあっても、死ぬまで悟りの岸には辿り着くのは無理だと思ったから、逆に己が寺から破門して俗界に戻り煩悩の無限地獄に漂っている漂流者に過ぎないのだ。マザコンと一言で片づけてしまえば簡単だが、もしかすると本当に、体内時計が交感神経と副交感神経を交替させるように、彼岸と此岸を行き来しているのかしら?イヤ、冗談冗談、ほんの冗談だ。『おかあちゃーん』 父は僕を溺愛していたようだ。怒ると恐いが普段は優しい近づくと煙草の匂いがする、そして、いろんなオモチャをよく買ってくれた。なかでも(ポンポン蒸気船)は僕のお気に入りのオモチャで、水を張ったタライに浮かべて焼玉の下の蝋燭に点火すると、ポンポンとリズミカルな音をたてて、勢い良くポンポン蒸気船はタライの中で波跡を残しながら前進するのだった。ジジーッという蝋燭の消える音と芯の燃えつきた時の匂い… 『続く』
父母の涙【二章】 総てにおいて劣る総領の甚六である僕の唯一、他に勝るものは何かと問われれば、何もないのだが、あえて挙げるとすれば(記憶力)しかない。 二歳からの記憶は断片的にせよ色鮮やかに、事によっては匂いまで覚えている。最初の記憶は、まだハイハイをしていた時のことで、それは二歳前の事である。場所は定かでないが、初夏の出来事だった。僕はスッポンポンの身体に金太郎腹掛け一枚で、廊下をハイハイしていた。そして便所の扉の前でギャアと泣き出したのだ。正確にはこの時に僕は初めてこの世の人間としての存在感を記憶というかたちで認識したことになる。 僕の泣き声に、まず母が飛んできて、次に父に何事か話しかけ、父が笑いながら母に言った言葉をはっきり覚えていて、それが僕の言葉の意味を知ることとなった第一号である。 『こりゃあ大物になるぞ!今から皮が剥けて立派なオチンチンだ。』 僕が廊下にオチンチン擦りながらハイハイしていて、何かの拍子に包皮が剥けて、ビックリして痛くもないのに無意識に『痛いよー』と泣き出したのだった。 母も笑いながら『タカオはパンツ何処に脱ぎ捨てたのかしら?』と言いながら部屋の片隅に濡れた僕のパンツを発見して、父と談笑していた。 『たいした大物だ。末が楽しみだ』父は僕のオチンチンの皮を元に戻してくれ、母は新しいパンツを履かしてくれながら、『タカオ、お父ちゃんがねタカオは大物になるって言ってるよ大物になるんだからね。わかった?』僕は全然、大物の意味など解からなかったが、『うん』と言って頷きながら、その後の記憶は覚えていない。次の記憶が初めての父の体罰だから、いずれにしても花房町に居を構えた当初の事には違いない。 そして、タライに浮かべたポンポン蒸気船で遊ぶようになってからの事は、昨日の事のように鮮明にカラー匂い付きで覚えている。ただ、それだけの事である。 断片的には、いつ、どこでという事を抜きにすれば、敗戦で復員兵姿の父のリュックサックの中から顔だけ出して、鈴生りの列車に乗り切れず、テンダーと言われていた蒸気機関車の石炭車の上や、最先端の連結器の上だとかに乗っていた事を覚えている。 昭和二十二年の秋に妹のまり子が生まれた日は朝から大変だった。産婆さんがタライにお湯を用意して、僕が最初に父から体罰を受けた和紙の張ってあるガラス戸の四畳半で、あわただしく何事かがあるのを、子供心にも感じてはいたが、僕は襖の閉められたその中には入れなかった。『フンギャアーフンギャアー』と言う産声も、僕は猫が喧嘩しているものと思っていた。その日の夕方になって初めて僕は産着に包まれて母と一緒に蒲団に寝ている赤ん坊をみて驚いた。何も理解できず、どうして猿みたいなものが母に抱かれているのかも不思議だった。そして、その日を境に僕は当分の間、母と一緒に寝ることが出来なくなったのを覚えているのだ。何日か過ぎた日に僕は母の部屋に入っていった。 『タカオはお兄ちゃんになったのよ。この赤ちゃんはタカオの妹でまり子という女の赤ちゃんよ。かわいいでしょう』 僕は不思議なものでも見るように、顔を近づけてまじまじと生まれたばかりの赤ん坊をいつ迄も眺めていた。赤ん坊も何故か母と同じ乳の匂いがしていた。 妹のまり子は丸々とした健康優良児で、盛岡の祖母が初めてまり子を見に来た時には、『まり子じゃなくて丸子だなんす』と言って家中、大笑いに包まれたものだった。 実際にまり子は、よく縁側から庭先に転がって、その度に僕は母から叱られた。おんぶをしてもまり子は重かった。僕はそんな妹が、ハイハイしながら僕のそばにきて、『アバアバ』と乳臭いよだれを垂らしながら、まとわりつくのが当たり前の様な気がしてきて、 漸く僕の妹なんだなと自然に思えるようになっていた。僕の記憶の中で、一番幸せだった四人家族が束の間だが確かにあった。その崩壊の兆しは或る日突然の出来事だった。 朝食の後片づけをしていた白い割烹着の母が味噌汁の鍋を抱えたまま倒れた。 『続く』
父母の涙【三章】 母は倒れたきり全く動かなかった。僕は偶然に味噌汁の鍋を抱えて、台所に歩いていく母の姿を何時もの習慣で見詰めていた。常に母親の姿を見て安心する乳幼児の甘えん坊だった僕の目に、その時の母は殊更印象深く鮮明で、それは映画のスローモーションのように、静かに声も出さずゆっくりと崩れていった初めて見せる母の態度に他ならない。 僕にはそれが何のことだか理解が出来ず、父が気づいてそばに駆け寄り、母に呼びかけても母は微動だにしなかった。それから先は記憶の映像は鮮明にあるが、言葉で説明できぬ程の、丁度ビデオの早送りでも見るような慌ただしい動きがあり、白衣の医師と看護婦が来て、思い出の和紙の張られたガラス戸の四畳半は、その日を境に病室となったのだ。 母は脳溢血で倒れたのだった。僕は四歳にして(ノウイッケツ)の言葉を知る事となったが意味は不明で、只、普段の父や大人の会話に(ノウイッケツ)の言葉が多く聞かれるようになり、自然に覚えてしまったのだった。 長い時間が過ぎて、あたりが真っ暗闇になり、静寂の夜半にまり子を背中におぶった僕は、父に促されて、病室となった母の枕元に入った。母は僕を見ると、たちまち目にいっぱいの涙を溜めて、唇を震わせ声にならないのに、かすれた息が漏れていて確かに僕は母が僕の名前を呼んでいるのが解かった。『タ、カ、オ…』母のかすれた息の音はそう聞こえて僕が『お母ちゃん』と言うと、僕を凝視するかのような母の目に溜まった涙は、堰を切ったように溢れて、目尻から枕に流れていった。傍らの父を見ると、父の目は真赤に濡れているのに、顔はにこにこ笑っているようで、その時の僕はまだ大人が作り笑いなどするとは思いも寄らなかったから、釣られて僕も笑いながら父に『お父ちゃん、何でお母ちゃん寝ているの?』と聞いてみた。 『もう大丈夫だよ。さあ、お母ちゃんポンポン痛くて病気だからそつと休ませよう』 その時だった、声にならない母の唇から『タカオ、タカオ』と二度、僕の名前を呼ぶ声がして、今度は父の耳にも届いたのか『まだ、しゃべっては駄目だ。大丈夫だよ、俺が必ず治して上げるから何も心配しないでゆっくり休め…』そう言う父の顔は笑ってはいたが、その頬に伝わる一筋の涙を見たとき、僕は又々釣られて今度は『お母ちゃんが、お母ちゃんが…』と言って泣き出した。僕の泣き声で背中のまり子も愚図りだし、結局、この日は家族全員の涙を僕はみた。けれども母の涙も、父の涙もこの日が初めてで、それでもまだどうして涙が出るのかは解からなかった。 まり子はまだ生まれたばかりの赤ちゃんで泣くのが日課の一つであり、僕にしても父親に体罰を受けてはよく泣いた。だが、大人は絶対に泣かないものと思っていたので、この日の母の涙と、父の涙は不思議で仕方がなく、特に怒ると恐い父に、ひと滴の涙を見たときには、理解に苦しむ何だか一瞬、裏切られたような気持ちになったのを今でもはっきり覚えているのだ。でも僕は一晩寝て、翌朝目覚めたときには、もう前の日の事を思い出さない世間一般の子供世界の一人でしかなかった。 父は相変わらず、普段は優しいのに、僕が悪戯な どをしたときには容赦なく体罰のビンタが飛んだ。 (画像は工事中) 寝たきりの母の看病と母のかわりに家事を手伝う 為に盛岡から、母の妹の絹子叔母さんが住むように なって、僕は何だか解からないのに嬉しくなった。 叔母と言ってもまだ十六才だから僕は絹子姉ちゃ んと呼んでいたのだが、それはお母ちゃんが『絹子』 と呼び捨てにして用事を言いつけ、僕には『タカオ のお姉ちゃんだよ』と言うから本当に姉だと思って しまったのだ。五人家族で賑やかになった。 『続く』
父母の涙【四章】 半年ばかり寝たきりの闘病生活を余儀なくされた母は、それでも幸いに後遺症もなくゆっくりだが、元気に成っていくのが僕にも解かった。依然として病床から立ち上がる事は出来ないものの、身体を動かしたり、声は元どおりに成って、絹子姉ちゃんと口論したり、ふざけたり妹のまり子を蒲団の上であやしたりして、元の(お母ちゃん)みたく笑い顔もみせてくれた。只、前と違うのは僕が甘えて母の蒲団に入ろうとすると『タカオはもう、お兄ちゃんなんだからね』と言って入れてくれないのだ。そしてわざと触れるくらいに近づいても、味噌汁の匂いも乳の匂いもしなくて、消毒の匂いがするのだった。 たった一度だけ僕は母のブリキの便器を持たされて、便所にウンチを捨てに行かされた事があった。それは何時も絹子姉ちゃんの役目なのに、絹子姉ちゃんに臭いとからかわれて、母は怒って『タカオに頼むからいいよ!』と言って『タカオお母ちゃんのウンチ便所に捨ててきて頂戴。タカオはお母ちゃんの味方だもんね』 『うん』と頷いて僕は久しぶりに母から用事を頼まれたのが、なんだか嬉しくて、母から便器を受け取るとこぼれないように便所にゆっくり用心深く持っていった。その途中で『タカオ姉ちゃんによこしな』絹子姉ちゃんが近づいてくると、大きな母の声がした。 『タカオ渡しちゃ駄目よ』だから僕は殊更それを抱きかかえるようにして便所に持っていった。その為モワッと臭い匂いがして、僕は太くて長い二本の母のうんちをまざまざと眺めて、初めて母はこんなに太くて長くて臭いうんちをするのかと意外に思ったのだった。 『タカオ捨ててくれたの、偉いわね。それ絹子に渡して手をよく洗うんだよ』僕は言われた通りに絹子姉ちゃんに空の便器を渡すと井戸端に行って手を洗ってから、母の病室に入ろうとして足を止めた。医師と看護婦が来たからだった。この頃の母は本当に元気に成って静かに立ったりする真似をして、今で言うリハビリに明け暮れる毎日で、まり子にしてもオムツはまだ取れないものの『うまうま』とか少しずつ言葉らしきものを喋るようになって、何時の間にか、よちよち歩きをするように成っていた。母のことは『まああ、まああ』母がママと呼ばせようとして教えるのだが、どうしても『まああ』しか言えないのだった。 その代わり『まんま』はすぐ覚えた。ご飯もミルクも口に入るものは『まんま』だった。 『キャーッ止めて』と言う叫び声がして、母が一番嫌がる脊髄の水抜きが始まったと解かった。『これを我慢して完全に治さないとね。もう少しだから頑張って』医師の声が僕の耳にも届いて、僕は幼心に母が可哀想になり、縁側から庭に出て、誰にも見られないように自然に溢れる涙を袖口で拭った。涙は鼻からも流れて僕の袖口は何時もテカテカで、絹子姉ちゃんが井戸端のタライで洗濯しながら『タカオはなんで、何回言ってもシャツで鼻を擦るんだろうね。お母ちゃんに言い付けないとね』僕の顔を睨むふりして呟きながら、洗濯板にごしごしと、その袖口を擦り付けていた。この時に僕は初めて(内緒)の意味が少し解かったような気がした。 溺愛と厳格の渾然一体の父の僕に対する姿勢は生涯変わらず、乳児から幼児と僕が成長していく段階で、僕の父に対する感情が、その都度に変わっていったに過ぎない。そしてその頃は、普段はとってもやさしい暇さえあれば何処にでも遊びに連れていってくれたり、オモチャを買ってくれたりして、ひとたび怒れば容赦なく体罰のビンタが叱声と共に飛び、僕は終には必ず泣き出して『御免なさい。もうしませんから御免なさい』と許しを請うのである。すると父は『タカオは男の子なんだから、自分が悪いことをしてお父ちゃんに叱られても泣いてはいけない。痛くても罰なんだから我慢するんだ。それが男の子なんだ。すぐに泣くようじゃ兵隊には成れないぞ。解かったか』『うん、わかった』頷きながら僕は父に教わった敬礼の真似をして右手を頬につけるのだった。 だから医師と看護婦が来て、僕が庭の竹藪で母の背中に太い注射器が刺され、母の激痛に耐えてる叫びに耳を塞ぎ、溢れる涙を袖口で擦っているのは(内緒)なのだ。 『続く』
父母の涙【五章】 漸く病室が片づけられて、元通りの割烹着姿の母が茶の間の主役に復帰したのは、更に半年あまり過ぎてからで、絹子姉ちゃんが母と額を寄せ合って、卓袱台の上で何かしながら談笑していた。僕はもう大人同士の会話には日常の事で殊更の興味は示さなかったが、この時は母と絹子姉ちゃんがけらけら笑いながら、面白そうにしているので眺めていた。 『これなら絶対、解からないはずよ』絹子姉ちゃんは卓袱台の上に汽車の切符を置いて、安全かみそりの刃で切符のはじにスタンプされている数字の一字を慎重に削り、マッチを燃やして、暫くすると先が鉛筆の芯みたいになったマッチの軸木で切符の削られた数字のところに自分で数字を描いて、その切符を母に見せて又、二人でけらけら笑いだして僕は母のこんなに面白そうな素振りは、僕がまだハイハイしていた頃、例の便所の前でおチンチンの皮が剥けたあの(未来の大物。末が楽しみだ)以来で、その当時の僕にとっては、一年は途方もなく長く、だから遠い日以来の母が蘇ったみたいで、嬉しくもあり、不思議でもあった。五十年以上前の、幼稚園に入る以前の記憶は突如として途切れている。そして欠如の部分もあるようだ。この日の次の記憶はいきなり宇都宮駅のプラットホームで、汽車の窓から絹子姉ちゃんが顔を出して、『タカオお母ちゃんの言うことをよく聞くんだよ。そしたらお姉ちゃんタカオに会いに又来てあげるから、いい子にしていないと、もう来てあげないからね…それじゃツル姉さん。お兄さんに宜しく言っておいて』 ボッボーッと汽笛が鳴って、ガチャッガツガツンガガガチーンと連結器のぶつかる音が前から後ろに流れて行き、絹子姉ちゃんを乗せた汽車が動きだし母が何か言いながら手を振っているので、僕も手を振って…そこで記憶は又、途切れている。 そして遠い記憶は前後する。強烈な印象、忘れえぬ思い出がPCフロッピーに記録されているように、それは検索、保存、呼出と僕の記憶も自由自在であるが、唯一の欠点は僕が電脳ではなく、生身の生きている脳タリンである事で、(入力設定)が当然なされていない為に、挿入、後退、改行と起承転結を無視する訳ではないのだが、いきなり話は前後する。創作ならきちんと順序よくストーリーが組み立てられるのだろうが……。 母が倒れるまでは、父は暇さえあれば僕を溺愛してオモチャを買ってくれたり、人力車で町中走り回ったり、東武電車に乗って浅草松屋まで行かないと乗れない屋内遊園地の、電気自動車を運転出来るようになるまで何度も連れてってくれて、終戦後にもかかわらず僕はハンチングに洋服で革靴を履いていた。大きな奴凧を買った帰りは人力車で家に帰る。 宇都宮の繁華街の真中にある二荒山神社の参道に仲店があって、父はそこで若い衆を使って当時としては珍しいライター喫煙具の露店商をやっていて、たまに僕がひとりで三輪車に乗って遊びに行く三条町の従兄弟の登ちゃんの家は、更に若い衆の大勢いる吉沢興業社で、それは今で言うプロダクションで岡晴夫が専属歌手であった。だからか、登ちゃんのお母さんも漫才師だつた。登ちゃんが生まれるので引退したのだ。登ちゃんは僕より二才年上だったが、僕達は従兄弟なので仲が良かった。 或るとき母が庭でナメクジを瓶に入れているので不思議に思って声も出さずに、じっと見ていると『タカオ三条町に行くからね』と言って、母と僕は歩いて登ちゃんの家に行った。母は揃いの濃紺の法被姿の若い衆がお辞儀する中をすたすたと、僕の手をひいて途方もなく長い廊下の奥にある僕が一度も入った事の無い和室の障子を開けた。 そこには僕の父方の祖母が横たわっていた。『お母さん、今日のは立派なのよ。見て下さいな!』母はそう言いながら祖母を抱え起こしてナメクジの瓶を逆さまにして、祖母の差し出す手の平にナメクジをのせた。『おうおう、これはデカイな、よしよし』何と祖母は手の平のナメクジを口の中に飲み込んでしまった。僕はビックリして声もなく、返って祖母が『ツルちゃんタカオが驚いているよ。あっははは』と病人なのに笑っているのが、不思議だった。『ほら効くでしょう。元気がでたわね』母と祖母は上機嫌だった。 『続く』
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