|
|
|
|
室井宏太
(1999年作) |
|
|
合掌して許されることではないが、せめてもの供養の気持ちを表わした。 総て今更、許しを請うたところで取り返しのつくことではないが、当事者の一人として、真相を風化させることなく事実を事実として謙虚に反省して今日の異常犯罪の前兆は突然ではなく、古き時代からの悪習因習の延長に他ならない、いわば暗黙の領域内での習慣がメディアの時代に即応するごとく噴出してきたに相違ないと愚かなる僕は思う次第である。 釈尊の右に描かれている薬師如来が手にしているのは言わずとしれた薬の壷である。薬師如来だから薬の処方を、病に悩める万民に正しく処方し救われるのだ。果たして煩悩の世界ではどうだろうか? 病院と警察と寺が水面下でそれぞれの権限を一致協力したら、一体どういうことが起こりうるか………。 病院の患者は精神病患者である。証拠能力は極めて乏しい。知能犯罪者は、完全を計る。それでも上手の手から水がこぼれる事もあるのだ。 実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【一章】 団塊の世代の方なら、ご記憶が有るかも知れないが、昭和五十年代の初めの頃の話だ。朝日を筆頭に全国紙やテレビを連日賑わした例の正常な人たちを、何年も精神病患者として、違法監禁して話題に成った、宇都宮市の医療法人、報徳会宇都宮中央病院(院長石川文之進)のいまだ知られざる秘話を明らかにして世の審判を仰ぎたい。その事に関わった一人として…… 実は、僕もそこに措置入院させられた事が有る。そして何の罪もない患者の命を奪ってしまう集団リンチ殺人実行犯の一員に加わっていた。 実は、発覚する以前の昭和五十一年頃に、僕は宇都宮南警察署のパトカーに乗せられて通称北関東収容所と呼ばれている、そこへ運び込まれた。毎月、病院黙認のリンチ死体が出るのでその名が付いた。首謀者は、病院の看護士のボス。水戸少年刑務所上がりの倶利伽羅紋々の入った凡そ看護士とは程遠いゴロツキだ。その証拠に、市内の組織の人間が頻繁に出入りしていた。勿論措置病棟内の事しか僕には解からない。薬物アルコール依存症の犯行患者に措置がついて強制入院を法で執行出来る。しかし、ここでは注射器、クスリ、ウィスキー、煙草、何でも手に入る。十倍以上の闇値で…リハビリと称する麻雀に看護士は自らクスリを注射して、必ず一人勝ち。マン札やウィスキーの現物が、堂々とそこで遣り取りされる。 僕が、宇都宮南警察署のパトカーでそこに収容されたのは全責任が僕にあり、弁解の余地は無い事も勿論、承知している。 実はその数時間ほど前に僕は自分の車を運転。県内の東北自動車道上り線で激しいカーチェイスを繰り広げていた。当時、郡山市に住んでいた僕は渋谷の組事務所当番のため急いでMGのBタイプクラシックカーで上京の途中だったのだが、当時としては珍しい派手な車だったせいか、男女四人の乗ったオペルレコードが挑発接近してきたので、最初は相手してやったのだが、眠気覚ましの覚醒剤が効いていたせいか、次第に腹が立ってきて、ヤクザ舐めると痛い目にあうぞと叫びながら、百六十キロで体当たりかましてやった。僕の車のバックミラーに、相手のオペルが一回転してボンネットとトランクが開いてガードレールに激突しているのが写っていた。ザマアミロ根性もないくせにちょっかいだすから、痛い目に会うんだ!これからはよく相手を見てからにするんだな等と独言を云いながら、この場面はひとつ鹿沼インターで降りて、国道四号線を走ったほうが無難だなと思い、鹿沼料金所に向かった。すると、料金所の出口付近で一斉検問が既に敷かれていて、畜生と思いながら僕はフルスピードで料金所も検問も突破した。今度はパトカーとのカーチェイス。上等じゃないかと、又、独言呟きながら僕は孟スピードでパトカーを振り切り、前後左右を確認したうえで、灯の消えた閉店後とおぼしき郊外ラーメン店の裏手に車を止めライトも消してエンジンを切った。遠くでパトカーの音が…… 赤色灯をつけたパトカーがサイレンの音をならして疾走していくのを横目に、僕は対策を練っていた。よし、こうなったらイチかバチかだ、灯台下暗し、わざと賑やかなとこ通ってやれ! 僕は市の目抜き通り馬場町まで来てガス欠の為、車を捨てるか、如何かの選択を迫られていた。愛車MGBタイプのクラッシックモデル。僕は、その時まだ若かった。車の幌をオープンにして夜空の星をいつまでも眺めていた。星はきらきら煌めいていた。 『手配の車両です。B号紹介解除願います……』そんな警察用語が聞こえて、ふと我にかえるとパトカーと数人の警官に取り囲まれていた。 こうして僕は逮捕され、パトカーに乗せられた。その時にはもう僕は観念していた。留置場でゆっくり対策を…と思っていた。ところが幾ら走っても警察に着かない。おかしいなと思って『おい、何処まで持って行くんだよ』と聞くと、『いいから、いいから、すごく良い所に連れていってあげるよ』含み笑いの返事が返ってきた。 こうして僕は、不思議にも警察には行かずにストレートに報徳会宇都宮中央病院に収容された。お定まりの鎮静剤をたつぷり打たれて、僕は地下の独房に入れられ、二日間、一滴の水も与えられず、命があるのが不思議の仕打ちを受けた……。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【二章】 僕は、郡山在住時代に、色々な顔を持っていた。親の七光で郡山青年商工会議所にも所属する準備が進められていた。 百坪の敷地内に、開成コーポラスというアパートを建てて、その大家。印刷業。カーステレオ・スピーカー製作・マルチ受信機販売業。etc…不動産ムロイ企画郡山分室長。そして国粋会落合一家幹事渋谷関谷事務所組員。 金は幾らでも父親から貰えた。其なりの理由があった。 そして今、羽目を外して地下の独房に横たわっている。窓も何もない打ち放しのコンクリートだけの独房だ。奥の隅に排泄用の丸い穴が開いている。入り口には鉄格子と扉があって、その明かりの加減で時間を推測するしかない。身体が重い。動かそうとしても、体内に膠でも入れられたような感覚で、容易に身動きができない。ここに、放り込まれた時に、打たれた注射の成分を考えていた。過去に、同様の薬物依存症強制措置入院の経験も、逮捕留置の経験もあって、このごに及んで、ジタバタする程うぶじゃない。 何とか意識だけは、自分を取り戻しつつあるが、身体のどでんとした感覚は、正直なところ僕には解からなかった。時折、人の気配を感じると寝ている振りをして、その遠ざかる白衣の後ろ姿を確認してから、又、身体を動かしてみた……相当、強烈な抑制剤を混入した鎮静剤をたつぷり注射されたのは記憶にある。立て続けに二本打たれたから、おかしいな?と思った。つぎの瞬間、悪寒が身体をガタガタ震わせ、顔にゴムの仮面をはられでもしたような感触が走り、悪夢の幻覚に墜ちていくのが解かった。これは普通の幻覚、妄想で無い事は直ぐに分かった。薬物中毒者は。程度の差こそ有れ、幻覚、幻聴を体験するものが多い。勿論、医師やきちんとした職業に就いていて、あまりのめり込まない意志の強い者は、そんな体験とは無縁である場合も有るが、それは例外で大体は、避けて通れない道なのだ。そして、その順序、パターンも有るのだが、一般にはあまり正確には伝わらない。一言で云うならば、それを公表する事で結果的に予備知識を与えてしまい、その行為を助長するやもの懸念が有るからだ。 幻覚だけが僕の目の前で、これでもかと繰り広げられ、その強烈なわりには付きもの幻聴も皆無なら特有の妄想【電波が飛んでくる。光線が飛んでくる】も全く無い! 二本目に打たれたのは幻覚剤だなと思った。これはとんでもない病院に持って来られてしまったものだと、自分の罪を棚に上げて、パトカーで運ばれる途中に、警察官が含み笑いで『すごく良い所に連れていってあげるよ』と言ったのは、この事かと思った。 三日目にようやく、そこから出されて医師の問診があった。そして僕は、全員が薬物とアルコールの措置入院患者の棟の大部屋の一員と成った。 郷に入れば郷に従えで、そこが何であれ集団である以上は、必ずボスが居る。 最初に僕にピースを呉れて、接近してきたのがこの大部屋の世話役的存在で、『最初の一服はいいだろう。眼が回って頭くらくらするもんなぁ』と話かけてきた。探りを入れてきたなと思いながらも、本当に地獄で極楽の一服の手前、素直に応じてやった。 『ここじゃ娑婆の事なんか通用しねえからな。下手に組の名前なんか出せば、直ぐにマグロになるから出さねえほうが身の為だ。懲役の経験者は大体ここが終着駅で、北関東収容所の名は伊達に付いた訳じゃないからな…』 この川口市のチンピラは、その口振りからして誰かの操り人形で、小物だなと見抜いた。 僕は、ハイハイ判りましたと従順を装いながら、後できちんとしますからと言って煙草をねだった。本当に煙草が旨い。こうして僕は十六床二列に並んだベットの一つをあてがわれて、 報徳会宇都宮中央病院の患者生活に入った訳だが、まさか、後になって同じ患者の命を奪う羽目になるとはこの時には想像だにしなかった。せいぜい川口市のチンピラのハッタリぐらいにしか思わなかった僕は、取り返しのつかない…まさに郷に入れば郷に従い、業を背負うことになってしまった。その業は二十五年たった今も、片時も僕から離れる事はない。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【三章】 僕は一週間もすると、ほぼ鉄格子の入院生活にも慣れてきた。 驚いたことに、養護施設【那須学園】で二年間、同じ寮で過ごした大木正雄が同じ病室に居るではないか。初めは全く気がつかなかった。無理もない、まるで別人としか思えないほどの変わり様だ。心身ともに…… 弱虫で中学三年に成っても時々、寝小便をするところから寝小便小僧のニックネームで呼ばれてもにやにやして決して怒らない、人の良い男だった。それがどうだ、顎の骨ばかりが異常に発達して、どす黒い顔にカレー粉まぶしたような黄疸色。身長は二メートルもあろうかの変わり様。『大木…那須学園に居た大木だろう?』 話しかけても無言で返事がない。僕も終いには頭に来て『おい寝小便小僧』とニックネームで呼びかけてみた。すると初めて大木正雄はニヤリと薄笑いを浮かべて、口を開いた。 『俺は、大木なんかじゃないぞ…大木なんて奴はここには居ない。だけどよ、さっき宇宙の人工衛星から、俺の頭に電波がメリット・ファイブで飛んできて、大木は寝小便小僧じゃないと云っていたぞ。駄目だよそんな嘘ついちゃ…大木は寝小便なんかしたことないって俺にはっきり云ったんだから…明日、もう一度、人工衛星に乗って宇宙まで行って、聞いてくるから、それまでは誰にも伏せといた方がいいぞ。なっ…』 その時は、思わずあっけに取られてコックリ頷いて、声を失った僕だったが、これは何か、途方もない仕組みが有る精神病棟だなと感じた。 看護士が『大木、花札でもやっか?』と声をかけて、博打に興じてる時には大木は普通の人に戻る。それが何かの拍子に、突然、フラッシュバック状態に陥る。 その謎は就寝後に成れば解かる。古参の患者は注射器もクスリも隠し持っているのだ。 地獄の沙汰も金次第で、考え様によっては娑婆よりも安全だなと思った。特に薬物、アルコール依存症の者にとっては、毎日、毎晩でも現金の好きな看護士のお陰で、半ば公然と警察に逮捕される心配なしにそういうブツに耽る事が出来る。 云ってみれば公認阿片窟みたいなものだった。 僕は、幸か不幸か面会も多く現金も絶やさず胴巻きに隠し持って居たから、看護士とも院外作業に出られる社会復帰リハビリ患者【古参ボス連中】とも、急激な速さで親密な関係に成っていた。僕も、機会が有って何回かその現場に行った事が有る。と言っても運動の時間に、たまたま、病院に隣接する病院経営のガソリンスタンドに、同じ棟の同寮患者が院外作業をしているので、運動時間になれば誰でも行くことは可能だ。 勿論、病院の尊守事項に違反することには違いないが、何事にも、又どんな所にも裏は有るものなのだ。いわばそれが社会の潤滑油に成りうることも有ると、僕は思う…… 『あいつブツ入れすぎてよテンパリ過ぎて、放火魔でここに収容されたのに、よくスタンドマンやらせるよなあ。今晩、一発入れてやっか?明日ガソリンスタンド大炎上のニュースが、テレビで見られるかも知れないぞ』ひとしきり笑いの渦が沸いて、看護士も何時の間にか引き摺り込まれて『いっそのこと、院長のベンツに給油してる時がいいんじゃないか?本当にあいつ良くやるよな、毎日ピカピカに磨いてるもんなベンツ』 事情を知らない人が見れば、希望の明日に向かって更生に励む患者と看護士の心温まるコミニケーションのひとこまに写るだろう。 正直いつて、僕も初犯ではないから大同小異。精神病院であろうと刑務所で有ろうと、或いは企業であろうと叩けば埃は必ず出る。報徳会宇都宮中央病院だって、一般精神病棟は医師も看護士も看護婦も皆んな一生懸命に、患者の治療に携わっているに違いないと今でも固く信じている。僕は、特別な病棟に居ることを決して忘れてはいけない。法律で禁じられていることを犯して、強制措置入院してる身なのだから、それに相応しいスタッフを病院側も考えて不測の事態にも対応出来る適材適所の医療チームを、編成するのは常識である。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【四章】 住めばみやこと昔の人は言い残したが、成程と思う。普通の人なら話を聞くだけでも身の毛がよだつ様な、通称、北関東収容所の鉄窓生活も慣れてくれば、最初の苦痛も薄らいで、不自由の身であることにも諦観が芽生えたせいか、それとも毎朝飲まされている数種類の向精神薬やら、抑制剤の効果のせいか、多分その両方に違いはないだろうが、口をあけて舌下までくまなく調べて、薬をちゃんと飲み込んだと確認されるまでは、一列に並ばされた行列は開放にならないのだ。そうして初めて朝食となる。それを思うと僕は後のほうに比重を置く。が、とにもかくにも慣れたせいか、病棟内全部の病室や看護士詰め所など、自由に闊歩して気をまぎらす様になっていった。たまに出入りする外部の人間(ヤクザ)とも世間話や麻薬の話をする様になっていた。捕える側の情報や所持する機器、手口についても実に詳しい。それもそのはずこの病院をかくれみのにして、ブツに手を染めていたのだから…… だんだん様子が僕にものみこめてきた。同時に、次第に無気力になっていく自分に、こんな所にいつ迄も拘束されて居たらあの変わり果てた大木正雄の二の舞に自分もなってしまう様な気がしてたまらないのだが、その気持ですら考えるのが面倒くさくなってしまう。今にして思えば、治療と言うよりむしろ狂人養成臨床実験所の感が拭えない。全員が同じ薬を強制的に飲まされている事も、何か意図的なものを感じさせる。ある意味で僕の予想は的中した。後年、司直の手が入り冒頭に述べた様に連日マスコミを賑わす事となったのだが、あれは事の真相に触れていない。仕方なく最少の事実のみを発表する事で、核心の部分だけは何としても世間に知られたくない事情があるのだ。僕は、二十一世紀に向かってカウントダウンが計られた昨年の秋、所用で宇都宮市に出かけた。用事を済ませて宇都宮駅の新幹線ホームから、中核都市に指定された市内に眼をやると、一つの看板が見えた。白地に緑の文字で宇都宮中央病院と読めた。なおもよく読んでいくと住所が変わっている。宇都宮駅の近くに進出していたのだ。 僕は、さすがに見事なものだと率直にその政治的手腕にも感心して石川文之進院長の顔を、思い出していた。正直なところ、僕にとっては特別な思いが院長にはある。ある意味で命の恩人にも匹敵する温情を戴いた。院長室で交わした秘密の会話は、せめて院長がお元気なうちは秘密にしておきたい。もうあれから二十五年経過して、白寿を過ぎているやも知れないが僕自身、できれば秘密は墓場まで持って行くつもりで居た……… だが、二十五年の歳月は、過ぎてみれば光陰矢の如しだが、背中に殺人という秘密の二文字を背負っていると重たすぎて途方もなく長い!言うは易く行なうは難しの諺も、僕にとっては皮肉にもまるで正反対が当てはまるのだ。行なうは易く言うは難し……… 冷静に振り返ってみれば、少なくも僕の収容されていた薬物アルコール中毒措置病棟に関しては、ひと言で言うならば、院長の眼の届かぬところで、職員ぐるみの悪だくみが横行していて、その一部分がメディアを通して世間に公表されたと言うことだが、それはひと昔もふた昔も以前の出来事だからそうなったのであって、昨今のマスコミなら、栃木県警宇都宮南署が、事件に関与している事などすぐ見抜いて、遠慮、容赦なく真相を暴くだろう。やはり二十五年の歳月は長いし、世相も変わったのだ。 或る夜の出来事だった。院外作業組のボス連中がひとりの中年患者を伴って、僕のベットがある大部屋に入って来た。大部屋は娯楽室も兼ねていて麻雀も花札も出来るから、他の病室の者も出入りは自由だ。夕食後のひと時、同病相哀れむ連帯感からか、また一般精神病患者と違い薬物アルコール中毒さえ改善されれば正気を取り戻す者が大多数をしめる。大木正雄みたいに後遺症がひどく、分裂症になってしまった者も確かに居るが、その大木正雄にしても麻雀や花札に興じて居る時は正気に戻る。あえて全員に共通しているものと言えば猜疑心と悪知恵が目立つ事か……それだけに始末の悪い事も起きる。 その中年患者も院外作業組のひとりで、退院もそう遠くない酒さえ断てば穏やかなアル中さんだった。院外作業を終えて病棟に戻ってから持ち込んだ酒の事で問題が起きた。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【五章】 院外作業は誰でもが望んで出来る事ではない。それでなくとも精神病院と聞いただけで世間の見る眼が違うのに、精神病院から一般企業に仕事をしに行く等という事実が明るみになっては具合が悪い。たとえそれが工事現場の手伝いで篤志家の土建会社社長のご協力に寄るものとしてもだ。それだけに選ばれた、いつ退院しても社会人となれる患者に限られる。 そのアル中さんの所為でボス連中のひとりが地下の独房に入る羽目になってしまった。僕が最初に入れられた例の独房である。鎮静房、懲罰房も兼ねているのだった。 事件はその夜の事だったのだ。僕はもう何が起きるのか解かっていた。内心は嫌だった。集団リンチが始まるのだ。大声を出さないように濡れタオルを顔に被せて、抵抗出来ないように、押さえ込み腹にゲソパンと称する蹴りを全員でかわるがわる一斉にやる。躊躇していた僕に、川口市のチンピラが促した。その行為に加わらなければ仲間外れにされるばかりでなく、次は自分も同じめになる…… 悪いな勘弁してくれと心の中で言ったのか、叫んだのかそれとも念じていたのか解からない。確かに僕も加わっていた。夢中でアル中さんの腹を蹴った。何回蹴ったのか夢中で解からない。 『どうもすみませんでした』か細い声でアル中さんは、それでも自分の足で前屈みになりながら病室まで戻って行った。何事もなかったように大木正雄が呟いた。『あの野郎、もう人工衛星に乗って宇宙に逃げ込んだな』 大木正雄の言うとおり、翌朝にはアル中さんは死んでいた! 誰も驚く者はいない。慣習となっており、後始末はボス連中と病院側とで話し合う。それで一件落着となるのだ。その意味でもここは治外法権区域に等しい。 ひと月ばかり経過して、僕はある事に気がついた。誰一人として、退院した者がいない。 院外作業組の病室は、ベット数が四床で、この病棟に三室ある。一番奥の病室に二人だけでひと部屋占領している古狸の大ボスの所に、買い物の相談をしに行きながら、それとなく聞いてみた。ここ十年出たり入ったりのベテラン選手?で酒乱の癖が有るものの、本人はもう自分で自己管理のコントロールは自在に出来るのだが、正直なとこ娑婆より、ここの大ボスで居る方が良いのだ。セカンドボスも似たりよったりのアル中患者だ。 『いらっしゃいませ』僕が入って行くとニコニコしてお茶を煎れてくれた。 『先輩いつも無理言ってすいませんが、ハイライトをワンカートンお願いします』 ハイライト一箱がタバコ屋で七十円の時代だ。病院の購入日まで規定の量ではとても間に合わない。だから成り立つ便利屋さんでもあるのだが闇値は何でも十倍である。ちなみにダルマ(サントリーオールド)が三万円。シャブはなんとパケ(0・25g)三万円の高騰ぶり。 僕は一万円札を渡してハイライトを受け取り、釣りはいらないからと言って、退院者のいない理由を聞き出した。医は算術という事を改めて知らされた。精神病患者の場合は法的手続きを経て結局、お役所から支払われるから、ただぶち込んでおけば大手術をする事もないし、毎朝、一列に並ばされて強制的に飲まされている例の薬を飲んでいる間は、マインドコントロールされている患者という事でまず、ここに入ったが最後、退院は中々難しいという事だった。 『室井君なら外に頼めるんだろうから大丈夫だよ。そう急がずにゆっくりしていてよ。当社の大お得意さんなんだから』冗談もでて大笑いしながら僕は自分の大部屋に戻っていった。 途中に病棟の看護士詰め所兼処置室があるので覗いてみると宿直担当医が看護士に注射を打っていた。これも見慣れた光景で珍しくもなんともない。無料で堂々と良いなぐらいにしか思わない。そんなことより自分の対策を真剣に考えなければと思っていた。大部屋では針中毒が、鎮痛剤を一生懸命に砕いて粉にする作業をしていた。通称、針ちゅうといって覚醒剤中毒患者のなかには、注射器の針を血管にさして血液を抜いたり送ったりするだけで、たちまちフラッシュバックの良いほうの記憶が蘇って一瞬だけの快感に耽る者も居る。だから中身は何でも効いたように錯覚をおこす。『これも悪くはないが頭が痛くなるんだよな』針中毒の針ちゅうさんはそう言って、出来上がったばかりの鎮痛剤粉末を番茶で溶かして血管に入れた。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【六章】 実際に体験した者でなくては絶対に解からない事が必ずある。ここではアルコール中毒と、覚醒剤中毒の患者を収容しているのでその事だけに限るが、常習と中毒は法的に分類すれば、常習は警察に留置され、中毒は病院に強制入院させられる。もっともアルコールは合法だから常習で逮捕はない。覚醒剤は大抵は犯罪行為なので、待ったなしで逮捕される。起訴状を良く読めば必ずそこには(医師の許可なく)と書かれている。医師が必要と認め、厚生省が医薬品として認可した大日本製薬会社等の覚醒剤アンフェタミン類を必要とする病気もあつて、気の毒な患者が全国にたくさん居るのも事実である。非合法の密売シャブを乱用するから罪を問われるのはわかりきったことであるが、なぜ、今更こんなことを言うのか?実はアル中の禁断症状の凄さや習慣性の恐ろしさは、合法としている為か意図的に伏せているのが現実で、本当の事を発表すれば、大幅にアルコールの売り上げはダウンするのは必至である。 アルコールは口から飲むが中毒症状は重症になればモルヒネ麻薬患者とまったく同じになって、やがては脳の部分的萎縮つまり脳が破壊されていく。それはアルコールが最終的に血液に浸透して前頭葉のA10神経を刺激し、医学的用語で云うところの脳内麻薬モルヒネ成分物質を体内製造という言葉が適切かどうかはともかく、作用はゆっくりだが、ゆきつくところは、全く同じで、それが証拠に僕の収容されている大部屋でも、アル中の大御所ともなると直接、注射器で少量のアルコールを血管に入れる。瞬時に涎を垂らして恍惚の塊となつて身動きさえしない。アル中も程度の差こそあるものの結局は快感依存であることに違いはない。女性のアル中も増えている。セックスに大きく影響があるからだ。 何故か、大部屋で集団リンチの被害に遭うのも、アル中患者が多いらしい。らしいと云うのは、僕は後で解かるが二カ月たらずで、救出?されてここをそっと出ている。 僕が直接その行為に加わったのは二度だけだ。そして二度目のアル中さんは若かったせいか運良く命は助かった。だが、二日後にアルコールを注射して急性アルコール中毒で自分の腕に注射器を刺したまま死んでいた。大部屋の隣の六人部屋の患者だつた。果たして本当に自分で打ったのか、夜中に誰かが……それは解からない。何が起きても不思議はない戦慄の北関東収容所なのだから。確かな事は僕の病棟に限っての事しか云えないが、退院者がいない事と僕が集団リンチに加わってた事。そしてリンチの被害者はマグロ(死体)になるという事実。たとえその夜にマグロにならなくても二日後に腕に注射器を刺したままの変死で結極マグロに…… その他の様々な出来事は正直云ってどうでも良い。どうせ大同小異で全国の精神病院の薬物アルコール中毒措置病棟でも色々問題を抱えて、たまに内部告発があるのも承知してるから。 もし僕が小説家の才能でもあれば、この体験を何倍にも膨らませてリアルでスリリングな、読む者の眼を活字に釘付けにすることも可能だろうが、僕には小学生の作文にも劣る稚拙な文章しか綴れない。それも自分が実際に体験したことのみである。もっとも平凡な家庭で普通の人達のように高校、大学、サラリーマンの平均的生活をしていたとすれば、僕の体験も恐らく無かったのだろうし今更悔やんでみてもどうなるものでもないが、自分の心は騙せない! 先日、といっても四月の事だが僕は朝日新聞社の広報部に電話を入れた。広報部の方がたまたま報徳会宇都宮中央病院の事件の事をはっきり記憶していた。そして立川支局のアドレスを教えてくれた。朝日新聞社立川支局にも既にアポイントは取ってある。その時の為にも僕は、これを綴っているのだ。だからこの拙文はあらすじと思ってもらいたい。要は真実を風化させてはいけないのだ。歴史は繰り返すと云われるが、風化させる事無く逆に追究する事がマグロにされて逝った犠牲者に対して、僕が今できる唯一のお詫びのしるしでもある。 集団リンチにまで発展しない小競り合い程度のトラブルは日常茶飯事で、時にそれが大発展することもあるが、いずれの場合もボス連中と病棟の看護士長との間でうまく話はまとまる。 僕が直接加わった例の注射器を腕に刺したままの変死体が発覚した日も、談合がもたれて、僕と川口市のチンピラが、ボス連中から因果を含まれて、地下の独房に入れられた。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【七章】 『一応、俺達も調書を作って上に提出しなきゃならないんでな、急いで終わるようにすっからよ一週間は仕方なかんべ?まだ一人より二人の方が退屈しないでいいべ。あっ、それからよ火だけ気をつけてな、タバコあんだろう?眼はつぶってやっからな』 体格のいい看護士長は、僕と川口市のチンピラを地下の独房に入れ、施錠をしながら笑い顔で言い残すと去っていった。僕は急に奈落に落ちたような気持ちがしてならなかった。 『ここに比べりゃ大部屋は天国だろう?まあしょうがねえよな順繰りの当番みたいなものだからな』川口市のチンピラは慣れっこみたい口調でピースに火をつけ僕の顔を見た。 『自分も持ってきましたから大丈夫ですよ』と云って僕も隠し持っていたハイライトを出して吸い始めた。もう覚悟は決めていたし、相棒も一緒なので弱音は吐けない。いわば措置病棟を代表して来たのだから、病院側の取り扱いも看護士長の態度で解かる。ここはひとつ我慢するしかない。それに本来なら法律違反というより、立派な犯罪者なのだから何をされたところで仕方ないと思わなくてはいけない立場なのだ。そんなことも含めて、あれこれ考えを廻らせて時間を潰した。川口市のチンピラもこうして二人きりになれば案外悪い男ではない。心底悪い人間なんて居ないのかも知れない。 神経質な僕がここで一番困った事は、便所の事だった。独房の奥の片隅に丸い穴が開いているだけで囲いなんて勿論無い。穴の底を絶えずチョロチョロ水が流れている。 小便はどうということはないが、大便の臭いには往生した。自分の便臭は気にならないが。他人の便臭は良く臭う。自分本意の我儘だと解かっていても臭いものは臭い。きっと相棒もそう思ってるに違いない。それでも話し相手が居ると云うだけで気は紛れた。 二日目の十時頃、看護士長が施錠を開けて『室井、面会だ。懲罰中は面会禁止なんだけどよ大分遠くからわざわざ面会に来てくれたんじゃ、気の毒で駄目とも云えないよな。特別、面倒みっからよ……』ところが僕が連れていかれたのは面会室ではなく、院長室だった。石川文之進院長が正面の立派な机に僕のカルテを出して拡げていた。 『室井君だね?』優しく僕を見つめると手招きした。 『実はこれから私が話す事は絶対にここだけの話で、病室は勿論の事、あくまでも私と君との二人だけの話と云う事に…約束出来るかな?』真剣な院長の表情にただならぬ気配を感じて、僕はハイと頷いた。 『君は国会議員に知り合いがいるのかね?』 『自分はお会いしたことはありませんが、父の仕事の手伝いをしている関係上、名前ぐらいは聞いておりますが』 『誰かね?』『渡部恒三議員でしょうか?』院長は首を横に振りながら『違う』と云って、 『今朝、私に電話があったんだよ。山東昭子議員から直接にね。そこで私は、君を今日、退院させることにする。いいかね君は措置では無く自由入院だ。君のカルテを調べて、ここに持ってきた。自由入院と記載されている。だから君はこれから病室には戻らずに看護士長に指示をしてあるから、それに従うように。解かったね?もう家族の方が東京からこちらに向かっているから急ぎなさい。もう二度とこう言う所には来ないように頑張りなさい。解かったね……』 看護士詰め所に行くと既に僕の私物がまとめられていて、看護士長が本気で驚いた様子で、 『室井さん娑婆じゃ偉いんだねぇ。俺も大抵のことじゃ驚かないけどよ、病院はじまつて以来、初めてだよ院長の鶴のひと声で退院なんて、それも懲罰房からなんて前代未聞だよ』 僕は私物のタバコやら菓子類等を全部看護士長に預けて、有り金の全部、十五万七千円を、看護士長の白衣のポケットに入れながら『今度は遊びに来るので、その時は内緒で宿直室に泊めてよ』と笑いながら冗談めかして打診した。看護士長は僕があげた現金を数えながら頷き、『本当に来てよ。俺で出来る事なら何でも協力するから、本当に何時でも来てよ待ってからさ。いやあ、こんなに悪いねぇ』午後の二時頃、渋谷から見覚えのある車が到着した。 『続く』
実録 精神病棟黙認殺人 報徳会宇都宮中央病院 【最終章】 まさか、父の新しい車マーキュリークーガーXR7に関谷耕三親分が一緒とは思わなかった。 父が手の付けられなく成って行く不良の僕の行く末を案じて、獅子の我が子を谷に突き落とす苦渋の選択が、捻くれた根性を任侠道を歩かせる事により、毒には毒をもって制する最後の親心であったのだろう。そう理解できたのは本当の意味では父の死後で、(いつ迄もあると思うな親と金)は、父が『もう俺もそんなに長くはないぞ、後、せいぜい三年ぐらいだろう。よく心得て早く乳離れしろ!お前を依頼心の強いそれでいて居直り傲慢な欠陥人間にしてしまった責任の一端は、お前に甘い俺が悪いかも知れない……』その言葉どうり、その三年後に父は黄泉の国に嫌々旅立って行った。むしろ無理矢理追い立てられたと言うべきか? いずれにしてもそれを遡る事十五、六年前のその日には、僕は全然別人のまだ三十代に成ったばかりのチンピラに過ぎなかった。 『この馬鹿野郎!一体いつ迄、父親に心配を掛けるつもりだ。薬なんか自分で使うものじゃない!シノギで財産作ったってゆうんなら、まだ立派だけど自分で溺れるようじゃヤクザにだってなれやしない。少しは真剣に根性入れ替えろ!』 拳骨が頭にとんで、それでも手加減しているなと僕は思ったが、わざわざ親分が迎えに来るなど異例中の異例。普通なら破門なのにお出迎えは、やはり親の七光であった。 『申し訳ないです。本当に申し訳ないです。今後は二度と(薬には)手を出しません。何でも言いつけ通りに致しますので、今回だけはひとつご寛大なお心でご勘弁願います。本当に申し訳ないです』 『馬鹿野郎、俺はお前には何時だって寛大じゃないか。お父つぁんに頼まれたから何とか一人前にしなければと…少しはお父つぁんの気持ちも考えてやれよ。足を洗えと言う親は珍しくないが、ヤクザにしてくれと言う親はいないぞ。もう二度とは言わないよ。お前だって男の子なんだからな、でも今日の事は事務所の者には、内緒にしておけ』 漸く関谷親分の顔にも笑みが戻って、父に笑いながら話しかけた。 『みっちゃん大丈夫だよ。今度、又、心配掛ける様な事があれば、御殿場の森田のマーちゃんの所に合宿に行かせるからハッハハハー』 『関ちゃんよー安藤昇の所に行ったって、武田の兄弟にだって、うちの息子はこうだなんて、とても恥ずかしくて言えないよ…俺の血が入っているんだから少しは根性あるかと思ったんだが、親の心子知らずで本当に情けなくなるよ』そして、車は渋谷に向かった。 後年、父は僕にこう言った。山東議員の事だ。 『いいか、そのうち俺が機会を作ってあげる (画像は工事中) から、こう言ってお礼をしておけ。あの節は、 大変お世話に成りまして、本当に有り難うござ いました。と、それだけで良い。近いうちに会 わしてあげるからそれだけは言っておけ人間何 時何処でまた助けて貰う事に成るかも知れない そういう時の為にもだ』 しかし、その機会は実現しなかった。 それは、冒頭述べたように、三大紙を初めと して連日のように新聞テレビで報道されたから である。正直言って僕はホッとした。病院内で のあの忌まわしい出来事の何一つとして、父にも誰にも打ち明けたことはないのだ。 後に出家して仏門に入ってから、どういう訳かマグロに成って行った仏の顔がカラーで鮮明に脳裏を過り、払拭しても又過る。【因縁果縁起】がこの拙文と成ったに違いない。 合掌 写真は先頃引退した渋谷のドン関谷耕三親分五十代後半の貴重な一枚。↑ばらべるにて 『終了』
|
|
|
|
|
|