
☆ 第3章 貨幣または商品流通
★ 第1節 価値の尺度
私は、本書のどこでも、ことを簡単にするために、金を貨幣商品として前提する。
金の第一の機能は、商品世界にその価値表現の材料を提供すること、すなわち、諸商品価値を、質的に等しく量的に比較可能な同名の大きさとして表すことにある。こうして金は、価値の一般的尺度として機能し、そしてもっぱらこの機能によってはじめて、独特な等価物商品である金が何よりもまず貨幣となる。
諸商品は、貨幣によって比較可能となるのではない。逆である。すべての商品が価値としては対象化された人間労働であり、したがってそれら自体が比較可能であるからこそ、それらの価値を同一の独特な一商品で共同で計り、そうすることによって、この一商品を諸商品の共同の価値尺度すなわち貨幣に転化することができるのである。価値尺度としての貨幣は、諸商品の内在的価値尺度である労働時間の必然的現象形態である(50)。
(50) たとえば一枚の紙券がx労働時間を表示するというように、なぜ貨幣は労働時間そのものを直接に表現しないのかという問題は、きわめて単純に、なぜ商品生産の基礎上では労働生産物は自己を商品として表さなければならないのかという問題に帰着する。と言うのは、自己を商品として表すということは、商品と貨幣商品とへの商品の二重化を含んでいるからである。あるいは、なぜ私的労働は、直接に社会的な労働として、私的労働の反対物として、取りあつかわれえないのかという問題に帰着する。商品生産の基礎上での「労働貨幣」という浅薄なユートピア主義については私は別のところでくわしく論じた(カール・マルクス『経済学批判』、61ページ以下〔『全集』、第13巻、66ページ以下〕)。ここでなお次のことを言っておこう。たとえばオーエンの「労働貨幣」が「貨幣」でないのは、ちょうど劇場の切符などが「貨幣」でないのと同じである。オーエンは、直接に社会化された労働を、すなわち商品生産と真っ向から対立する生産形態を前提している。労働証券は、ただ、共同労働に対する生産者の個人的分担と、共同生産物のうち消費に向けられる部分に対する彼の個人的請求権とを確認するだけである。もっとも、商品生産を前提しておいて、しかもなおその必然的諸条件を貨幣の小細工で回避しようなどということは、オーエンの思いもつかないことである。
金による一商品の価値表現・・x量の商品A=y量の貨幣商品・・は、その商品の貨幣形態またはその商品の価格である。鉄の価値を社会的に通用する仕方で表すためには、1トンの鉄=2オンスの金 というような単一の等式で今や十分である。この等式は、他の諸商品の価値等式と隊伍を整えて行進する必要はもはやない。なぜなら、等価物商品である金がすでに貨幣の性格をおびているからである。それゆえ、諸商品の一般的な相対的価値形態は、今やふたたび、その最初の、単純なまたは個別的な相対的価値形態の姿態をとる。他面、展開された相対的価値表現、または相対的価値諸表現の無限の列が、貨幣商品の独特な相対的価値形態になる。しかし、この列は、今やすでに諸商品価格のうちに社会的に与えられている。物価表の値段表示を後ろから読めば、貨幣の価値の大きさがありとあらゆる商品で表されていることがわかる。これに反して、貨幣は何の価格ももたない。他の諸商品のこうした統一的な相対的価値形態に参加するためには、貨幣はそれ自身の等価としてのそれ自身に関係させられなければならないであろう。
商品の価格または貨幣形態は、商品の価値形態一般と同じように、手でつかめるその実在的な物体形態から区別された、したがって単に観念的な、または想像されただけの形態である。鉄、リンネル、小麦などの価値は、目には見えないけれども、これらの物そのもののうちに存在する。これらの価値は、それらの物の金との同等性によって、それらの物のいわば頭の中にだけ現れる金との関係によって、想像される。だから、商品の保護者は、商品の価格を外界に伝えるためには、自分の舌で商品の代弁をするか、または商品に紙札をかかげるかしなければならない(51)。金による商品価値の表現は観念的なものであるから、この操作のためには、やはりただ想像されただけの、または観念的な、金が使われる。商品の保護者のだれもが知っているように、彼が自分の商品の価値に価格の形態または想像された金形態を与えても、彼はとうていまだその商品を金に化したわけではなく、また、幾百万の商品価値を金で評価するためにも、現実の金の一片も彼には必要ではない。だから、価値尺度という機能においては、貨幣は、ただ想像されただけの、または観念的な貨幣として役立つのである。この事情は、きわめてばかげた諸理論を生み出した(52)。価値尺度機能のためには、ただ想像されただけの貨幣が役立つけれども、価格はまったく実在的な貨幣材料に依存している。たとえば、一トンの鉄に含まれる価値、すなわち人間労働の一定量が、等しい量の労働を含む貨幣商品の想像された一定量によって表現される。したがって、金、銀、銅のどれが価値尺度として使われるかに従って、同じ一トンの鉄の価値はまったく異なる価格表現を受け取るのであり、言いかえれば、金、銀、銅のまったく異なる量によって想像されるのである。
(51) 未開人や半未開人は別の仕方で舌を使う。たとえば、船長パリは、バフィン湾〔カナダの東側、グリーンランドとの間〕の西海岸について次のようにのべている。「この場合」(生産物の交換に際して)「・・・・彼らはそれ」(彼らに提供されたもの)「を舌で二度なめ、その後では、取り引きが満足のうちに終わったものと彼らが考えているように見えた」〔ウィリアム・エドワード・パリ『大西洋から太平洋への北西航路を発見するための航海日誌』、第二版、ロンドン、一八二一年、二七七〜二七八ページ〕。同じく、東部エスキモー人の場合にも、交換者は品物を受け取るたびにそれをなめた。このように、北方では舌が取得の器官とされるのならば、南方では腹が蓄積された財産の器官とされ、カフィール人〔南東アフリカの部族〕が一人の男の富を彼の腹の太さで評価することに何の不思議もない。カフィール人は実にりこうな連中だ。というのは、一八六四年のイギリス政府の衛生報告が労働者階級の一大部分に脂肪形成物質が不足しているのを嘆いているのに、ドクター・ハーヴィーなる人物・・もっとも、彼は血液循環を発見したハーヴィーではない・・が同じ年にブルジョアジーや貴族の脂肪過多を取りのぞくと約束するいかさま処方によって産をなしたからである。
(52) カール・マルクス『経済学批判』、「貨幣の度量単位に関する諸理論」、53ページ以下〔『全集』、第13巻、59ページ以下〕。
したがって、二つの異なった商品、たとえば金と銀とが同時に価値尺度として使われれば、すべての商品は二通りの異なる価格表現、すなわち金価格と銀価格とをもつことになり、金に対する銀の価値比率が不変のままである限り、たとえば一対一五である限り、両者は平穏無事に共存する。しかし、この価値比率に変動が生じるたびに、商品の金価格と銀価格との比率が撹乱され、こうして、価値尺度の二重化はその機能と矛盾するということが、事実によって証明される(53)。
(53) 第2版への注。「金と銀とが法律上貨幣として、すなわち価値尺度として並存する場合には、両者を一つの同じ物質として取りあつかおうとするむだな試みが、つねに行われてきた。同じ労働時間があい変わらず同じ比率の銀と金とに対象化されているに違いないと想定することは、事実上、銀と金とが同じ物質であり、かつ、価値の低いほうの金属である銀の一定量が一定の金量の不変の一部分をなしていると想定することである。エドワード三世の治世からジョージ二世の時代にいたるまで、イギリスの貨幣制度の歴史は、金銀の比価の法律上の固定化と、金銀の現実の価値変動とのあいだの衝突から生じた一連の混乱に終始している。ある時は金が、ある時は銀が、過大評価された。過小評価された金属は、流通から引きあげられ、鋳つぶされ、輸出された。そこで、両金属の比価がふたたび法律上変更されたが、新しい名目価値は、以前のそれと同じく、すぐに現実の比価と衝突することになった。・・現代では、インドや中国の銀需要の結果、銀に対する金の価値にごくわずかな一時的な低下が起こり、それがフランスで同じ現象を、すなわち銀の輸出と金による銀の流通からの駆逐とを、きわめて大規模に生じさせた。一八五五年、一八五六年、一八五七年のあいだに、フランスからの金輸出に対するフランスへの金輸入の超過は四一五八万ポンド・スターリングにのぼり、他方、銀輸入に対する銀輸出の超過は三四七〇万四〇〇〇ポンド・スターリング〔*〕にのぼった。実際、〔フランスでのように〕両金属が法定の価値尺度であり、したがって支払いに際して両金属が受け取られなければならないが、しかも各人は任意に銀か金で支払うことができるような諸国では、価値の上昇する金属に打歩(ウチブ)が生じ、他のどの商品とも同じように、過大評価された方の金属で自己の価格をはかることになり、この後者の金属だけが価値尺度として役立つのである。この領域でのすべての歴史的経験は、単純に次のことに帰着する。すなわち、法律上二つの商品に価値尺度機能が与えられている場合には、事実上つねに一つの商品だけが価値尺度の地位を占める、と」(カール・マルクス『経済学批判』、52〜53ページ〔『全集』、第13巻、58〜59ページ〕。
〔*
第2版から第4版まででは、一四七〇万四〇〇〇ポンドになっている。・・ディーツ版編集者〕
価格規定を受けた商品は、すべて、a量の商品A=x量の金、b量の商品B=z量の金、c量の商品C=y量の金 などの形態で表示され、そこでは、a、b、cは商品種類A、B、Cの一定量を表し、x、z、yは金の一定量を表す。だから、諸商品価値は、さまざまな大きさの想像された金量に、したがって、商品体の錯綜した多様性にもかかわらず、金の大きさという同名の大きさに転化される。諸商品価値は、このようなさまざまな金量として相互に比較され、測られあう。そこで、諸商品価値を、その度量単位としてのある固定された量の金に関連づける必要が技術的に生じてくる。この度量単位そのものは、さらに可除部分〔割り切ることのできる部分〕に分割されることによって度量基準に発展させられる。金、銀、銅は、それらが貨幣になる前に、すでに金属重量としてこのような度量基準をもっているので、たとえば一ポンドが度量単位として役立ち、そこから一方では再分割されてオンスなどになり、他方では合算されてツェントナーなどになる(54)。だから、すべての金属流通では、重量の度量基準の既存の呼称がまた貨幣の度量基準または価格の度量基準の最初の呼称をなしている。
(54) 第2版への注。イギリスにおける貨幣の度量基準の単位である一オンスの金が可除部分に分割されていないという奇妙な事情は、次のように説明される。「わが国の鋳貨制度はもともと銀だけの使用に適応させられていた。だから、一オンスの銀は一定の適当な個数の鋳貨につねに分割されうるのである。ところが、金は、銀だけに適応させられていた鋳貨制度に、もっと後の時期になってから導入されたので、一オンスの金は、割り切れる個数の鋳貨に鋳造されえないのである」(マクラレン『通貨史』、ロンドン、一八五八年、一六ページ)。
貨幣は、価値の尺度として、また価格の度量基準として、二つのまったく異なる機能を果たす。貨幣が価値の尺度であるのは、人間労働の社会的化身としてであり、価格の度量基準であるのは、確定された金属重量としてである。貨幣は、価値尺度としては、多種多様な商品の価値を価格に、すなわち想像された金量に転化することに役立ち、価格の度量基準としては、この金量を測る。価値の尺度によっては、諸商品が諸価値として測られ、これに対して、価格の度量基準は、金の諸分量をある金量によって測るのであって、ある金量の価値を別の金量の重量で測るのではない。価格の度量基準のためには、一定の金重量が度量単位として固定されなければならない。この場合、およそ同名の大きさの度量規定を行う他のどんな場合でもそうであるように、度量比率の不変性が決定的となる。だから、価格の度量基準は、同一量の金が度量単位として変わることなく役だてば役立つほど、それだけよくその機能を果たす。ところが、金が価値の尺度として役立つのは、金そのものが労働生産物であり、したがって可能性から見て一つの可変的な価値であるからにほかならない(55)。
(55) 第2版への注。イギリスの諸著では、価値の尺度(measure
of value)と価格の度量基準(standard of value)とをめぐる混乱が話にならないほどひどい。それらの機能が、したがってまた呼称が、たえず混同されている。
何よりもまず明らかなことは、金の価値変動は、価格の度量基準としてのその機能を決して損なわないということである。たとえ金の価値がどんなに変動しても、異なった金量は、あい変わらずつねに、相互に同じ価値比率を保っている。金の価値が一〇〇〇%低下しても、前と同じように、一二オンスの金は一オンスの金の一二倍の価値をもっているであろうし、しかも価格において問題となるのは、異なった金量の相互比率だけなのである。他方、一オンスの金はその価値の増減につれてその重量を変えることは決してないから、その可除部分の重量も同様に変わらず、したがって、金は、その価値がどんなに変動しようとも、価格の固定的度量基準としてつねに同じ役目を果たす。
金の価値変動は、また、価値尺度としてのその機能をもさまたげない。金の価値変動は、すべての商品に同時に影響し、したがって、“他の事情が同じであれば
caeteris paribus ”、諸商品相互の相対的価値を変えないのである。もっとも、今や、すべての商品は、以前よりも高いかまたは低い金価格で表現されるけれども。
一商品の価値を他の何らかの商品の使用価値で表す場合と同じように、諸商品を金で評価する場合にも、そこで前提されることは、ただ、与えられた時点で一定の金量を生産するには一定量の労働が必要であるということだけである。商品価格の運動に関しては、一般に、すでに展開された単純な相対的価値表現の諸法則が当てはまる。
商品価格が全般的に上昇しうるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が上がる場合だけ、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が下がる場合だけである。逆に、商品価格が全般的に低下しうるのは、貨幣価値が変わらなければ、商品価値が下がる場合だけ、商品価値が変わらなければ、貨幣価値が上がる場合だけである。したがって、貨幣価値の上昇はそれに比例する商品価格の低下を引きおこし、また、貨幣価値の低下はそれに比例する商品価格の上昇を引きおこすということには決してならない。そういうことは、ただ、価値の変わらなかった商品についてだけ言えることである。たとえば、その価値が貨幣価値と同時にかつ同じ程度に上がる商品は、同じ価格を維持する。もしも商品の価値が貨幣価値よりもゆっくり上がるかまたは速く上がるかすれば、商品価格の低下または上昇は、その商品の価値変動と貨幣の価値変動との差によって規定される、等々。
さて、価格形態の考察に戻ろう。
金属重量の貨幣名は、さまざまな原因から、それらの最初の重量名からしだいに離れる。中でも歴史的に決定的なのは、次の原因である。(1)発展程度の低い諸国民のもとへの外国貨幣の導入。たとえば、古代ローマにおいては、金鋳貨と銀鋳貨は、最初はまず外国商品として流通した。これらの外国貨幣の呼称は、国内の重量名とは異なっている。(2)富が発展するにつれて、低級な貴金属は高級な貴金属によって、すなわち銅は銀によって、銀は金によって、価値尺度機能から押しのけられる・・たとえこの順序があらゆる詩的年代記と矛盾していようとも(56)。たとえば、ポンドは、現実の一ポンドの銀を表す貨幣名であった。金が価値尺度としての銀を駆逐するやいなや、同じ呼称が、金と銀との価値比率に従って、おそらく1/15ポンドなどという金につけられる。貨幣名としてのポンドと、金の慣習的な重量名としてのポンドとは、今や分離される(57)。(3)何世紀にもわたって続けられてきた王侯による貨幣の変造。これによって、鋳貨の元来の重量からは、実際にその呼称だけが残されることになった(58)。
(56) ついでに言えば、この順序はまた一般的歴史的妥当性をもつものでもない。
(57) 第2版への注。こうして、イギリスのポンドは、その元来の重量の1/3以下を、〔一七〇七年のイングランドとの〕連合以前のスコットランドのポンドはわずかに1/36を、フランスのリーヴルは1/74を、スペインのマラベーディは1/1000以下を、ポルトガルのレイはさらにもっと小さな割合を、それぞれ表しているにすぎない。〔フランス語版では、この後に注59の文章が続き、注59はなく、そして、この注57と次の注58とが入れ替えられている〕
(58) 第2版への注。「その呼称がこんにちではもはや観念的でしかないような鋳貨は、どの国民にあっても、最も古い鋳貨である。それらはみな、かつては現実的であったし、まさに現実的であったからこそ、それらによって計算が行われたのである」(ガリアーニ『貨幣について』、一五三ページ)。〔注57末尾の訳注参照〕
こうした歴史的過程は、金属重量での貨幣名とその慣習的重量名との分離を世の習わしにする。貨幣の度量基準は、一方では純粋に慣習的であり、他方では一般妥当性を要求するので、最終的には法律によって規制される。貴金属の一定の重量部分、たとえば一オンスの金が、公的に可除部分に分割されて、ポンド、ターレルなどのような法定の洗礼名を受け取る。その時に、貨幣の本来の度量単位として通用することになるこのような可除部分は、さらに下位の可除部分に細分されて、シリング、ペニーなどのような法定の洗礼名を受け取る(59)。一定の金属重量が金属貨幣の度量基準であることに変わりはない。変えられたのは、分割と命名だけである。
(59) 第2版への注。デイヴィッド・アーカート氏は、その著書『常用語』〔ロンドン、一八五五年〕の中で、イギリスの貨幣の度量基準の単位である一ポンド(ポンド・スターリング)がこんにちではほぼ1/4オンスの金に等しいという途方もないこと(!)についてのべている。すなわち、「これは尺度の偽造であって、度量基準の確定ではない」〔一〇五ページ〕と。彼は、金重量のこの「偽りの命名」のうちに、他のすべての場合と同じように、文明というものの偽造の手のうちを見るのである。
したがって、今や、諸価格、すなわち諸商品の諸価値が観念的に転化されている金量は、貨幣名、または金の度量基準の法律的に有効な計算名で表現される。したがって、一クォーターの小麦は一オンスの金に等しいと言うかわりに、イギリスでは、それは三ポンド・スターリング一七シリング一〇1/2ペンスに等しいと言うであろう。こうして、諸商品は、それらがどれだけに値するかを、それらの貨幣名で語り、貨幣は、ある物を価値として、したがって貨幣形態で、固定する必要がある時にはいつでも、計算貨幣として役立つのである(60)。
(60) 第2版への注。「人がアナカルシスに、ギリシア人は何のために貨幣を用いるかと問うた時、彼は答えて言った。計算のために、と」(アテナイオス『学者の饗宴』、第四巻、第四九、シュヴァイクホイザー編、一八〇二年版、第二巻〔一二〇ページ〕)。
ある物の名称は、その性質にとってまったく外的なものである。ある人の名がヤコブであると知っても、私はその人物については何もわからない。同じように、ポンド、ターレル、フラン、ドゥカートなどの貨幣名においては、価値関係のすべての痕跡が消えうせている。これらの秘教(カパラ)的章標の奥義をめぐる混乱は、貨幣名が商品の価値を表現すると同時に、ある金属重量の、すなわち貨幣の度量基準の、可除部分をも表現するだけに、なおさら大きくなる(61)。他方、価値が、商品世界の多種多様な物体から区別されて、この没概念的で物的な、しかしまた、まさしく社会的な形態にいたるまで発展し続けるということは、必然的である(62)。
(61) 第2版への注。「価格の度量基準としての金〔*〕は、商品価格と同じ計算名で現れ、したがって、たとえば一オンスの金は、一トンの鉄の価値と同じく、三ポンド・スターリング一七シリング一〇1/2ペンスで表現されるので、金のこの計算名は、金の鋳造価格と呼ばれてきた。このことから、あたかも金(または銀)はそれ自身の材料で評価され、他のすべての商品と違って国家によってある固定した価格を与えられるかのような驚くべき考えが生じた。一定の金重量の計算名を固定化することが、この重量の価値を固定化することと見まちがえられたのである」(カール・マルクス『経済学批判』、52ページ〔『全集』、第13巻、57ページ〕)。
〔*
第2版から第4版までと英語版では、貨幣、となっている。〕
(62) 『経済学批判』の中の「貨幣の度量単位に関する諸理論」、53ページ〔『全集』、第13巻、59ページ〕以下を参照せよ。「鋳造価格」を引き上げたり引き下げたりすること・・すなわち、金または銀のすでに法律的に固定化された重量部分に対する法定の貨幣名を、国家が、より大きいかまたはより小さい重量部分に移しかえること、したがってまた、たとえば1/4オンスの金を二〇シリングではなく、今後は四〇シリングに鋳造すること・・をめぐるもろもろの幻想は、それらが国家的・私的債権者に対抗する拙劣な財政操作を目的とするのではなく、経済的「奇跡療法」を目的とするものである限り、ペティが『貨幣小論。ハリファックス侯閣下へ。一六八二年』において十二分に論じつくしているので、もっと後代の人々は言うまでもなく、すでにペティの直接の後継者であるサー・ダッドリー・ノースやジョン・ロックでさえ、ペティを浅薄化することしかできなかった。ペティは、とりわけ、次のように言う。「もし国民の富を一片の布告によって一〇倍にすることができるのならば、わが統治者たちがすでにとうの昔にその種の布告を発しなかったのは、奇妙なことであろう」(同前、三六ページ〔松川七郎訳『貨幣小論』、所収『久留間鮫造教授還暦記念論文集・経済学の諸問題』、法政大学出版局、一一〇ページ〕)。
価格は、商品に対象化された労働の貨幣名である。したがって、商品と、その名前を商品価格にしている貨幣定量とが等価である、と言うのは同義反復である(63)・・というのは、そもそも一商品の相対的価値表現はつねに二つの商品の等価性の表現である。しかし、商品の価値の大きさの指標としての価格が、その商品の貨幣との交換比率の指標であるとしても、逆に、商品の貨幣との交換比率の指標が必然的に商品の価値の大きさの指標であるということにはならない。かりに、等しい大きさの社会的必要労働が、一クォーターの小麦と二ポンド・スターリング(約1/2オンスの金)とによって表されているとしよう。二ポンド・スターリングは、一クォーターの小麦の価値の大きさの貨幣表現、すなわちその価格である。今、事情によって、一クォーターの小麦に三ポンド・スターリングの値段をつけることが許されるか、あるいは、それに一ポンド・スターリングの値段をつけることをよぎなくされるならば、一ポンド・スターリングと三ポンド・スターリングとは、一クォーターの小麦の価値の大きさの表現としては、小さすぎるか、または大きすぎるかのどちらかではあるが、それにもかかわらず、それらはこの小麦の価格である。というのは、第一に、それらはこの小麦の価値形態、すなわち貨幣であり、第二に、小麦の貨幣との交換比率の指標だからである。生産諸条件が変わらない限り、すなわち労働の生産力が変わらない限り、一クォーターの小麦を再生産するためには、あい変わらず等しい量の社会的労働時間が支出されなければならない。この事情は、小麦生産者の意志にも、他の商品所有者たちの意志にも、かかわりがない。したがって、商品の価値の大きさは、社会的労働時間に対する、一つの必然的な、この商品の形成過程に内在する関係を表現する。価値の大きさの価格への転化と共に、この必然的な関係は、一商品とその商品の外部に存在する貨幣商品との交換比率として現れる。だが、この比率において、商品の価値の大きさが表現されうるのと同じように、与えられた事情のもとで、その商品が価値の大きさより以上に、またはより以下に譲渡されることも表現されうる。したがって、価格と価値の大きさとの量的不一致の可能性、または価値の大きさから価格が背離する可能性は、価格形態そのもののうちにある。このことは、価格形態の欠陥ではなく、むしろ逆に、価格形態を、一つの生産様式に・・規律が、盲目的に作用する6ウ規律性の平均法則としてのみ自己を貫徹しうる一つの生産様式に・・適切な形態にするのである。
(63) 「そうでなければ、貨幣での一〇〇万の価値は商品での等しい価値よりも多くの価値をもっていることを認めなければならない」(ル・トローヌ『社会的利益について』、九一九ページ)。そうなると、「ある価値は、他の等しい価値よりも多くの価値をもっていること」も認めなければならなくなる。
ところが、価格形態は、価値の大きさと価格との、すなわち価値の大きさとそれ自身の貨幣表現との量的不一致の可能性を許すばかりでなく、一つの質的な矛盾・・貨幣は諸商品の価値形態にほかならないにもかかわらず、価格がそもそも価値表現であることをやめるにいたるほどの矛盾・・をも宿しうる。それ自体としては商品でないもろもろの物、たとえば良心、名誉などが、その所有者によって貨幣(カネ)で売られる物となり、こうしてその価格を通して商品形態を受け取ることがありえる。だから、あるものは、価値をもつことなしに、形式的に価格をもつことがありえる。価格表現は、ここでは、数学上のある種の大きさと同じように想像的なものとなる。他方、想像的な価格形態、たとえば、何の人間労働もそれに対象化されていないために何の価値ももたない未耕地の価格のようなものも、ある現実の価値関係、またはそれから派生した関係をひそませていることがありえる。
相対的価値形態一般がそうであるように、価格がある商品たとえば一トンの鉄の価値を表現するのは、一定量の等価、たとえば一オンスの金が鉄と直接に交換されうるということによるのであって、逆に、鉄のほうが金と直接に交換されうるということによって表現するのでは決してない。したがって、商品は、実際に交換価値の作用を果たすためには、その肉のからだを脱して、ただ想像されただけの金から現実の金に自己を転化させなければならない。たとえ、商品にとって、この化体が、ヘーゲルの「概念」にとって必然から自由に移行することよりも、ザリガニが甲らを破ることよりも、教父ヒエロニムスにとって古いアダム〔原罪〕から脱却すること(64)よりも、「いっそうつらいこと」であろうとも。商品は、たとえば鉄というような実在的な姿態とならんで、価格という観念的価値姿態、または想像された金姿態をもつことができる。しかし、商品は、現実に鉄であると同時に現実に金であることはできない。商品に価格を与えるためには、想像された金を商品に等置すれば十分である。商品がその所有者のために一般的等価の役割を果たすためには、商品は金と取り替えられなければならない。たとえば、鉄の所有者がこの世の欲を満たすある商品の所有者の前にやってきて、鉄の価格をさして、これは貨幣形態であるといったとすれば、この世の欲を満たす商品の所有者は、天国で聖ペテロが彼に向かって信仰個条を暗唱したダンテに答えたとおりに、答えるであろう。
・ 「“この貨幣の純度と重さは、
・ 十分にしらべられた。
・
しかし我に語れ、そなたそれを、おのが財布の中にもっているのか
・ Assai bene e trascorsa
・ D'esta moneta gia la lega e'l peso,
・ Ma dimmi se tu l'hai nella tua borsa. ”」
(64) ヒエロニムスは、砂漠で美しい女性たちの幻像とたたかったという話が示しているように、若い時には物質的な肉欲ときびしく格闘しなければならなかったが、年をとってからは、精神的な肉欲と格闘しなければならなかった。たとえば彼は言う。「私は、霊の働きによって、世界審判者の前に立たされていると思った」。「おまえはだれだ?」とある声が尋ねた。「私はキリスト者です」。「うそをつけ」と世界審判者は一喝した。「おまえはキケロの徒にすぎない!」。
価格形態は、貨幣と引きかえに商品を譲渡する可能性と譲渡する必然性を含んでいる。他方、金が観念的価値尺度として機能するのは、金がすでに交換過程において貨幣商品として動きまわっているからにほかならない。だから観念的な価値の尺度のうちには、硬い貨幣が待ちかまえている。
★ 第2節 流通手段
○ a 商品の変態
すでに見たように、諸商品の交換過程は、矛盾したがいに排除しあう諸関係を含んでいる。商品の発展は、これらの矛盾を取りのぞくのではなく、これらの矛盾が運動しうる形態をつくり出す。これが、だいたいにおいて、現実の諸矛盾が自己を解決する方法である。たとえば、一つの物体がたえず他の物体に落下し、しかも同時にたえずそれから飛び去るというのは、一つの矛盾である。楕円は、この矛盾が自己を実現すると共に解決する運動諸形態の一つである。
交換過程が、諸商品を、それらが非使用価値である人の手から、それらが使用価値である人の手に移行させる限りにおいて、それは社会的素材変換である。ある有用な労働様式の生産物が他の有用な労働様式の生産物に取ってかわる。商品は、それが使用価値として役立つ場所にひとたび到達すると、商品交換の部面から脱落して消費の部面に入る。ここでわれわれが関心をもつのは、前者だけである。したがって、われわれは、全過程を形態の面から、すなわち社会的素材変換を媒介する諸商品の形態変換または変態だけを、考察しなければならない。
この形態変換の理解がまったく不十分なのは、価値概念そのものがよくわかっていないことを別にすれば、どの商品の形態変換も、二つの商品の、すなわち普通の商品と貨幣商品との、交換において行われるという事情のせいである。もしも商品と金との交換というこの素材的契機だけに固執するなら、人は、まさに見るべきもの、すなわち形態の上に生じるものを見落とすことになる。すなわち、単なる商品としての金は貨幣ではないこと、そして、他の諸商品は、それらの価格において、諸商品自身の貨幣姿態としての金に自分自身を関係させているということが、見落とされるのである。
諸商品は、さしあたりまず、金メッキもされず、糖衣もほどこされず、大得意で交換過程に入る。交換過程は、商品と貨幣とへの商品の二重化を、すなわち、諸商品がそれらに内在する使用価値と価値との対立をそこに表す外的対立を、生み出す。この対立においては、使用価値としての諸商品が交換価値としての貨幣に相対する。他方、この対立の両側は商品であり、したがって使用価値と価値との統一である。しかし、区別のこの統一は、両極のそれぞれに逆に〔区別されて〕自己を表しており、そうすることによって同時に両者の相互関係を表している。商品は、実在的には使用価値であり、その価値存在は、価格の中に、ただ観念的に現れるにすぎない。この価格によって商品はその実在的な価値姿態としての、対立する金と関係させられる。逆に、金材料は、価値の物質化したものとしてのみ、貨幣としてのみ意義をもつ。したがって、金は、実在的に交換価値である。その使用価値は、一連の相対的価値諸表現の中に、やはりただ観念的に現れるにすぎないのであり、この一連の相対的価値表現の中で、金は、その実在的な使用諸姿態の全範囲である、対立する諸商品と関係させられる。諸商品のこれらの対立的な形態が、諸商品の交換過程の現実的な運動諸形態なのである。
さて、われわれは、だれかある商品所有者、たとえばわがおなじみのリンネル織布者と連れだって、交換過程の舞台である商品市場に行くことにしよう。彼の商品、二〇エレのリンネルは、価格が決められている。その価格は二ポンド・スターリングである。彼はそれを二ポンド・スターリングと交換し、そして実直者の彼は、この二ポンド・スターリングをふたたび同じ価格の家庭用聖書と交換する。彼にとって商品すなわち価値の担い手にすぎないリンネルが、それの価値姿態である金と引き換えに譲渡され、さらにこの姿態から、もう一つの商品、すなわち聖書と引き換えにふたたび譲渡される。そして、その聖書は使用対象として織布者の家に入り、そこで信仰欲望を満たすことになる。こうして、商品の交換過程は、相対立し、かつたがいに補いあう二つの変態・・商品の貨幣への転化と貨幣から商品への商品の再転化・・において、行われる(65)。商品変態の諸契機は、同時に、商品所有者の諸取り引き・・販売、すなわち商品の貨幣との交換、購買、すなわち貨幣の商品との交換、および、両行為の統一、すなわち買うために売る・・でもある。
(65) 「ヘラクレイトスは言った。火から万物が生じ、万物から火が生じる。ちょうど、金からもろもろの品物が生じ、もろもろの品物から金が生じるように、と」(F・ラサール『エフェソスの暗い人ヘラクレイトスの哲学』、ベルリン、一八五八年、第一巻、二二二ページ)。この個所に対するラサールの注(二二四ページ、注三)は、貨幣を、誤って、単なる価値章標として説明している。
さて、このリンネル織布者が取り引きの最終結果をよく調べてみると、彼は、リンネルのかわりに聖書を、すなわち彼のもともとの商品のかわりに、価値は同じだが有用性の異なる別の商品を、所有している。同じ仕方で、彼は、彼のその他の生活手段や生産手段を手に入れる。彼の立場から見れば、全過程は、彼の労働生産物と他人の労働生産物との交換、すなわち生産物交換を媒介するにすぎない。
したがって、商品の交換過程は、次のような形態変換において行われる。
・ 商品・貨幣・商品
・ W ・ G ・ W
この運動は、その素材的内容からすれば、W・W、すなわち商品と商品との交換であり、社会的労働の素材変換であり、その結果としては過程そのものが消えうせる。
W・G。商品の第一の変態または販売。商品価値が商品のからだから金のからだに飛び移ることは、私が別のところ〔『経済学批判』、『全集』第13巻71ページ〕で名づけたように、商品の“命がけの飛躍
Salto mortale
”である。この飛躍に失敗すれば、なるほど商品は打撃を受けないかもしれないが、商品所有者はたしかに打撃を受ける。社会的分業は、彼の欲求を他面的にするのと同じ度合で、彼の労働を一面的にする。それだからこそ、彼の生産物は彼にとって交換価値としてしか役だたないのである。しかし、彼の生産物が、社会的に通用する一般的な等価形態を受け取るのは、ただ貨幣においてだけであり、しかもその貨幣は他人のポケットの中にある。貨幣をそこから引きだすためには、商品は、何よりもまず、その貨幣所有者にとっての使用価値でなければならない。したがって、その商品に支出された労働は、社会的に有用な形態で支出されていなければならない。言いかえれば、その労働は、社会的分業の一分肢であることを実証しなければならない。しかし、分業は、自然発生的な生産有機体であり、その網の目は、商品生産者たちの背後で織られたものであり、また引き続き織られつつある。ひょっとすると、この商品は、ある新しい労働様式の生産物であり、新しく生じた欲求を満たそうとするか、またはこれから自力である欲求を呼び起こそうとしているのかもしれない。きのうまではまだ同一の商品生産者の多くの機能のうちの一つであったある特殊な作業が、ひょっとすると、きょうはこのつながりから分離し、自立して、そのために、その部分生産物を独立の商品として市場に送りだすかもしれない。この分離過程のために、事情が熟していることも、熟していないこともあるであろう。その生産物は、きょうはある社会的欲求を満たしている。ひょっとすると、あすは、その全部または一部が、似たような種類のある生産物によってその場所を追われるかもしれない。かりに労働が、わがリンネル織布者の労働のように、社会的分業の特許を受けた一分肢であるとしても、まだそれだけで、ほかならぬ彼の二〇エレのリンネルの使用価値が保証されているわけでは決してない。リンネルに対する社会的欲求が・・しかも、この欲求も、他のすべての社会的欲求と同じく、限度をもっている・・彼の競争相手のリンネル織布者によってすでに満たされているなら、わが友の生産物は、過剰となり、余力となり、したがって無用となる。もらった馬の歯を見るなと言うが、彼は贈り物をするために市場におもむくのではない。しかし、かりに彼の生産物の使用価値が実証され、したがって、貨幣が商品によって引きよせられるとしよう。ところが、今度は、どれだけの貨幣が? という問題が生じる。答えは、もちろん、商品の価値の大きさの指標である商品の価格のうちに予想されている。われわれは、商品所有者の犯しかねない純粋に主観的な誤算は無視しよう。それは、市場でただちに客観的に訂正されるのである。彼は、彼の生産物に、社会的に必要な平均労働時間だけを支出したとしよう。したがって、この商品の価格は、この商品に対象化されている社会的労働量の貨幣名にほかならない。ところが、わがリンネル織布者の許しもえずに、また彼の背後で、古くから保証されてきたリンネル織布業の生産諸条件が激変した。きのうまでは、疑いもなく、一エレのリンネルを生産するのに社会的に必要な労働時間であったものが、きょうはそうではなくなる。そのことは、貨幣所有者がわが友のさまざまな競争相手たちのつける値段表からこの上なく熱心に立証するとおりである。彼によって不幸なことに、世間にはたくさんの織布者がいるのである。最後に、市場に出まわっているリンネルのどの一片にも、ただ社会的に必要な労働時間だけが含まれているものと仮定しよう。それにもかかわらず、これらのリンネル片の総計が過剰に支出された労働時間を含むことがありえる。もし市場の胃袋がリンネルの総量を、一エレあたり二シリングの標準価格で吸収できないならば、そのことは、社会的総労働時間のあまりにも大きな部分がリンネル織布業の形態で支出されたということを証明している。その結果は、ちょうど、一人一人のリンネル織布者が彼の個人的生産物に社会的に必要な労働時間以上の労働時間を費やしたのと同じことである。この場合には、死なばもろとも、ということになる。市場にあるすべてのリンネルは一つの取引品としてしか通用せず、その各片はそれの可除部分としてしか通用しない。そして、事実、どの一エレの価値も、同等な人間労働の社会的に規定された同じ量の物質化にほかならないのである。
こうして、商品は貨幣を恋したうが、「“まことの恋が平穏無事に進んだためしはない
the course of true love never does run smooth
”」。分業体系のうちにその“引きさかれた四肢
membra disjecta
”を示している社会的生産有機体の量的編成は、その質的編成と同じく、自然発生的・偶然的である。それゆえ、わが商品所有者たちは、彼らを独立の私的生産者にするその同じ部分が、社会的生産過程とこの過程における彼らの諸関係とを彼ら自身から独立のものとすること、諸人格相互の独立性が全面的物的依存の体制によって補完されていること、を見いだすのである。
分業は、労働生産物を商品に転化させ、そうすることによって、労働生産物の貨幣への転化を必然にする。同時に、分業は、この化体が成功するかどうかを偶然にする。けれどもここでは、現象を純粋に考察しなければならず、したがってその正常な進行を前提しなければならない。いずれにせよ、およそ過程が進行するならば、したがって、商品が売れなくなるのでない限り、商品の形態変換はつねに行われる。もっとも、異常な場合には、この形態変換において実体・・価値の大きさ・・が減らされたり増やされたりすることはあるだろうが。
一方の商品所有者にとっては、金が彼の商品に取ってかわり、他方の商品所有者にとっては商品が彼の金に取ってかわる。一目瞭然な現象は、商品と金との、二〇エレのリンネルと二ポンド・スターリングとの、持ち手交換または場所変換、すなわちそれらの交換である。しかし、商品は何と交換されるのか? それ自身の一般的価値姿態と、である。では、金は何と? その使用価値の一つの特殊な姿態と、である。なぜ金はリンネルに貨幣として相対するのか? なぜなら、二ポンド・スターリングというリンネルの価格またはリンネルの貨幣名が、すでにリンネルを貨幣としての金に関係させているからである。もともとの商品形態からの脱皮(エントオイセルング)は、商品の譲渡(フェアオイセルング)によって、すなわち、商品の価格においてただ想像されているだけの金を、その商品の使用価値が現実に引きよせる瞬間に、なしとげられる。それゆえ、商品価格の実現、あるいは商品の単に観念的なだけの価値形態の実現は、同時に、逆に、貨幣の単に観念的なだけの使用価値の実現であり、商品の貨幣への転化は、同時に貨幣の商品への転化である。同じ一つの過程が二面的な過程なのであり、一方の極、商品所有者からは販売であり、対極、貨幣所有者からは購買である。言いかえれば、販売は購買であり、W・Gは同時にG・Wである(66)。
(66) 「すべての販売は購買である」(ドクトル・ケネー『商業と手工業者の労働とに関する対話』、〔所収〕『重農主義学派』、デール編、第一部、パリ、一八四六年、一七〇ページ〔島津亮二・菱山泉訳、『ケネー全集』、第三巻、「商業について。H氏とN氏との対話」、有斐閣、二二七ページ〕)、あるいは、ケネーが彼の『一般的箴言』で言っているように、「売ることは買うことである」〔『重農主義学派』、第一部、三九二ページ〕。
われわれは、これまでのところでは、商品所有者たちの経済的関係・・自分の労働生産物を手ばなすことによってのみ、他人の労働生産物を手に入れるという関係・・以外の人間の経済的関係をまったく知らない。だから、ある商品所有者に別の商品所有者が貨幣所有者として相対することができるのは、ただ、彼の労働生産物が生まれながらにして貨幣形態をもっており、したがって金などのような貨幣材料であるからか、さもなければ、彼自身の商品がすでに脱皮をとげ、そのもともとの使用形態を脱ぎすてているからか、のどちらかにほかならない。金は、貨幣として機能するためには、当然どこかの地点で商品市場に入らなければならない。この地点は金の産源地にあり、そこにおいて金は、直接的労働生産物として同じ価値をもつ他の労働生産物と交換される。だが、この瞬間から、金はつねに実現された商品価格を表す(67)。金の産源地での金と商品との交換を別にすれば、金は、どの商品所有者の手中においても、譲渡された彼の商品の脱皮した姿態であり、販売すなわち第一の商品変態W・Gの産物である(68)。金が観念的貨幣または価値尺度となったのは、すべての商品がそれらの価値を金ではかり、こうして、金をそれらの使用姿態の表象された反対物に、それらの価値姿態に、したからである。金が実在的貨幣となるのは、諸商品が、それらの全面的譲渡によって、金を諸商品の現実に脱皮した、あるいは転化された、使用姿態にし、したがって諸商品の現実的価値姿態にするからである。商品は、その価値姿態においては、その自然発生的使用価値とその商品を生んでくれる特殊な有用労働とのあらゆる痕跡を脱ぎすて、区別のない人間労働の一様な社会的物質化へと蛹化している。だから、貨幣を見ても、その貨幣に転化した商品がどのようなものであったかはわからない。一つの商品は、その貨幣形態においては、他の商品とまったく同じに見える。だから、なるほど糞尿は貨幣ではないけれども、貨幣は糞尿であるかもしれない。われわれは、わがリンネル織布者がその商品を譲渡して得た二枚の金貨は、一クォーターの小麦が転化した姿態であると仮定しよう。リンネルの販売W・Gは、同時にその購買G・Wである。だが、リンネルの販売としては、この過程は、その反対の過程、聖書の購買によって終わる一つの運動を始動させる。リンネルの購買としては、この過程は、その反対の過程、小麦の販売によって始まった一つの運動を終わらせる。W・G(リンネル・貨幣)、すなわちW・G・W(リンネル・貨幣・聖書)のこの最初の局面は、同時に、G・W(貨幣・リンネル)、すなわちW・G・W(小麦・貨幣・リンネル)というもう一つの運動の最後の局面である。一つの商品の第一の変態、すなわち商品形態から貨幣への商品の転化は、つねに同時に、別の商品の第二の対立的な変態であり、貨幣形態から商品へのその商品の再転化である(69)。
(67) 「一商品の価格はただ別の商品の価格によってのみ支払われる」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的および本質的秩序』〔所収〕『重農主義学派』、デール編、第二部、五五四ページ)。
(68) 「この貨幣をもつためには、すでに売っていなければならない」(同前、五四三ページ)。
(69) すでに指摘したように、金または銀の生産者は例外であり、彼は、あらかじめ自分の生産物を売ることなしに、それを交換に出すのである。
G・W。商品の第二の、または最後の変態、すなわち購買。・・貨幣は、他のすべての商品の脱皮した姿態であり、言いかえれば、それらの一般的譲渡の産物であるから、絶対的に譲渡されうる商品である。貨幣は、すべての価格を後ろから読み、そうすることによって、貨幣自身が商品に生成するために身をまかせる材料であるすべての商品のからだに自己を映しだす。同時に、諸商品が貨幣に投げかける愛のまなざしである諸価格は、貨幣の転化能力の限界を、すなわち貨幣自身の量を示す。商品は貨幣への生成のうちに消失するから、貨幣を見ても、どのようにして貨幣がその所有者の手に入ったか、あるいは何が貨幣に転化したかは、わからない。その起源が何であろうとも、“それは臭くない
Non olet ”。貨幣は、一方では売られた商品を代表するのだが、他方では買われうる諸商品を代表する(70)。
(70) 「われわれの手にある貨幣が、われわれが買うのを望むことのできる諸物を表すのだが、それはまた、われわれがこの貨幣と引き換えに売った諸物をも表す」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール、前出、五八六ページ)。
G・W、すなわち購買は、同時に販売、すなわちW・Gである。したがって、一つの商品の最後の変態は、同時に別の商品の最初の変態である。わがリンネル織布者にとっては、彼の商品の生涯は、彼が二ポンド・スターリングを再転化した聖書でもって終わる。しかし、聖書の売り手は、リンネル織布者から受け取った二ポンド・スターリングを安ウイスキーに換える。G・W、すなわちW・G・W(リンネル・貨幣・聖書)の最後の局面は、同時に、W・G、すなわちW・G・W(聖書・貨幣・安ウイスキー)の最初の局面である。商品生産者は一面的な〔フランス語版では「一つの特殊な」〕生産物だけを供給するので、それをしばしば大量に販売するが、他方、彼は、彼の多面的な欲求にせまられて、実現された価格または入手した貨幣額をたえず多数の購買に分散しなければならない。だから、一つの販売は、さまざまな商品の多数の購買になっていく。こうして、一つの商品の最後の変態は、他の諸商品の最初の諸変態の総和をなす。
そこで、一つの商品、たとえばリンネルの総変態を考察すれば、まず第一にわかることは、それがたがいに対立しつつ補いあっている二つの運動、すなわちW・GとG・Wからなり立っていることである。商品のこれら二つの相対立する転化は、商品所有者の二つの相対立する社会的過程において行われ、その商品所有者の二つの相対立する経済的役割に反映される。商品所有者は、販売の担当者としては売り手になり、購買の担当者としては買い手になる。しかし、商品のどちらの転化においても、商品の両形態、商品形態と貨幣形態とが、相対立する両極に別れながらも同時に存在するのと同じように、同じ商品所有者に対して、売り手としての彼には別の買い手が、買い手としての彼には別の売り手が、相対する。同じ商品が二つの相反する転化を次々に経過し、商品から貨幣になり、また貨幣から商品になるのと同じように、同じ商品所有者が売り手の役割と買い手の役割とを次々に取りかえる。したがって、売り手と買い手とは、決して固定的な役割ではなく、商品流通の内部でたえず人物を取りかえる役割なのである。
一つの商品の総変態は、そのもっとも単純な形態においては、四つの極と三人の“登場人物”とを想定する。最初に商品にはその価値姿態としての貨幣が相対するが、この価値姿態は、向こう側の他人のポケットの中に物的な堅固な実在性をもっている。こうして、商品所有者に貨幣所有者が相対する。次に、商品が貨幣に転化すると、貨幣は商品の一時的等価形態となり、この等価形態の使用価値または内容は、こちら側の他の諸商品体のうちに存在する。第一の商品転化の終点としての貨幣は、同時に第二の商品転化の出発点である。こうして第一幕の売り手は第二幕では買い手となり、そこでは彼に対してある第三の商品所有者が売り手として相対する(71)。
(71) 「したがって、四つの終点と三人の契約当事者とがあり、そのうちの一人は二度かかわり合いをもつ」(ル・トローヌ『社会的利益について』、九〇九ページ)。
商品変態のこれら二つの相反する運動局面は、一つの循環をなしている。すなわち商品形態、商品形態の脱ぎすて、商品形態への復帰、がそれである。もちろん、商品そのものがここでは対立的に規定されている。商品は、その所有者にとって、出発点においては非使用価値であり、終点においては使用価値である。同じく貨幣は、商品が自己を転化させる固い価値結晶としてまず現れ、その後、商品の単なる等価形態として消えうせる。
一つの商品の循環をなす二つの変態は、同時に、別の二つの商品の逆の部分変態をなす。同じ商品(リンネル)がそれ自身の変態の系列を開始し、別の商品(小麦)の総変態を完結させる。その商品は、その第一の転化である販売のあいだに、みずからこの二役を演じる。これに対して、商品そのものは金の蛹(サナギ)の姿であらゆる肉のからだ〔商品体〕の道を遍歴するが、この金の蛹として、その商品は同時にある第三の商品の第一の変態を終わらせる。こうして、各商品の変態系列が描く循環は、他の諸商品の諸循環と解けがたくからみ合っている。この総過程は、商品流通として現れる。
商品流通は、形式的にだけでなく本質的にも、直接的な生産物交換から区別される。事態の経過をほんの少しふり返ってみよう。リンネル織布者は、リンネルを聖書と、すなわち自分の商品を他人の商品と、無条件に交換した。しかし、この現象はただ彼にとって真であるにすぎない。冷やすもの〔聖書〕よりも温かくするもの〔安ウイスキー〕を好む聖書の売り手は、聖書と引きかえにリンネルを得ようなどとは考えもしなかった。それは、ちょうど、リンネル織布者が、彼のリンネルと交換されたのが小麦であったことなどは知らないのと同じである。Bの商品がAの商品に取ってかわるが、AとBとが彼らの商品をたがいに交換しあうのではない。たしかに、AとBとがたがいに買いあうこともありえるが、そのような特殊な関係は、決して商品流通の一般的諸関係によって条件づけられてはいない。こうしてわかるように、商品流通においては、一面では、商品交換が直接的な生産物交換の個人的場所的制限をうち破り、人間労働の素材変換を発展させる。他面では、当事者たちによっては制御不可能な、社会的な、自然的諸関係の全範囲が発展する。織布者がリンネルを売ることができるのは、農民が小麦をすでに売っているからにほかならず、気短か者が聖書を売ることができるのは、織布者がリンネルをすでに売っているからにほかならず、酒造業者が蒸留した水〔ウイスキー〕を売ることができるのは、別の人が永遠の命の水〔聖書〕をすでに売っているからにほかならない、等々。
したがって、流通過程は、直接的な生産物交換と違って、使用価値の場所または持ち手の変換によって消失するものではない。貨幣は、それが一つの商品の変態系列から最終的に脱落するからといって、消滅するものではない。貨幣は、商品が立ちのいた流通上の場所につねに沈澱する。たとえば、リンネルの総変態、リンネル・貨幣・聖書においては、まずはじめにリンネルが流通から脱落して貨幣がリンネルの場所を占め、ついで聖書が流通から脱落して貨幣が聖書の場所を占める。商品による商品の置きかえは、同時にある第三者の手に貨幣商品に付着させる(72)。流通はつねに貨幣を発汗するのである。
(72) 第2版への注。この現象はこのように手に取るように明らかであるが、それにもかかわらず、経済学者たちによって、ことに俗流自由貿易論者たちによって、たいてい見落とされている。
どの販売も購買であり、またどの購買も販売であるから、商品流通は諸販売と諸購買との必然的均衡をもたらすというドグマほど、ばかげたものはありえない。もしもそれが、現実に行われる販売の数は現実に行われる購買の数に等しいということを意味するのなら、それはつまらない同義反復である。しかし、それは、売り手は彼の商品の買い手を市場につれてくるということを証明するものとされている。販売と購買は、二人の対極的に対立する人物、すなわち商品所有者と貨幣所有者とのあいだの相互関係としては一つの同一の行為である。それらは、同じ人物の行動としては二つの対極的に対立する行為をなす。だから、販売と購買との同一性は、もしも流通の練金術的蒸留器(レトルト)に投げいれられた商品が貨幣として出てくるのでなければ、すなわち商品所有者の売るところとならず、したがって貨幣所有者によって買われないならば、その商品は無用になるということを含んでいる。さらに、その同一性は、この過程がもしも成功すれば、それは一つの休止点を、商品の生涯の長いこともあれば短いこともある一時期を、なすということを含んでいる。商品の第一の変態は、販売であると同時に購買であるから、この部分過程は同時に自立した過程である。買い手は商品をもっており、売り手は貨幣を、すなわちふたたび市場に現れるのが遅かろうが早かろうが流通可能な形態を保持する一商品を、もっている。だれも、別の人が買わなければ、売ることができない。しかし、だれも、自分自身がすでに売ったからといって、ただちに買う必要はない。流通は生産物交換の時間的、場所的、個人的制限をうち破るが、それはまさに、生産物交換の場合に存在する、自分の労働生産物の譲渡と他人の労働生産物の入手との直接的同一性が、流通によって販売と購買との対立に分裂させられることによってである。自立してたがいに相対している諸過程が一つの内的な統一をなしているということは、とりもなおさず、これらの過程の内的な統一が外的な諸対立において運動するということを意味する。たがいに補いあっているために内的に非自立的であるものの外的な自立化が、一定の点まで進むと、統一が暴力的に自己を貫徹する・・恐慌によって。商品に内在的な対立、すなわち使用価値と価値との対立、私的労働が同時に直接に社会的労働として現れなければならないという対立、特殊な具体的労働が同時にただ抽象的一般的労働としてのみ通用するという対立、物の人格化と人格の物化との対立・・この内在的矛盾は、商品変態上の諸対立においてそれの発展した運動諸形態を受け取る。だから、これらの形態は、恐慌の可能性を、といってもただ可能性のみを、含んでいる。この可能性の現実性への発展は、単純な商品流通の立場からはまだまったく存在しない諸関係の全範囲を必要とする(73)。
(73) 『経済学批判』、74〜76ページ〔『全集』、第13巻、77〜80ページ〕におけるジェームズ・ミルについての私の叙述を参照せよ。この問題については二つの点が経済学的弁護論の方法にとって特徴的である。第一に、商品流通と直接的な生産物交換との諸区別を単純に捨象することによる両者の統一視。第二に、資本主義的生産過程の生産当事者たちの諸関係を、商品流通から生じる単純な諸関係に解消することによって、資本主義的生産過程の諸矛盾を否定しさろうとする試み。だが、商品生産と商品流通は、その範囲や影響力は異なるにしても、きわめて多様な生産様式に属する現象である。したがって、これら多様な生産様式に共通な、抽象的な、商品流通のカテゴリーだけを知っても、これらの生産様式の“種差
differentia specifica
”については何もわからないし、したがってまたそれらに判断をくだすことはできない。経済学以外のどの科学においても、初歩的な自明なことでこれほどおおげさにもったいぶることが幅をきかせてはいない。たとえば、J・B・セーは、商品が生産物であることを知っているからという理由で、あつかましくも、恐慌に最終的判定をくだそうというのである。
商品流通の媒介者として、貨幣は流通手段という機能を受け取る。
○ b 貨幣の通流〔*〕
〔* 英語版編集者の注・・この言葉〔currency
ドイツ語原文では Umlauf〕は、ここでは、そのもとの意味、すなわち貨幣が手から手に渡る時に貨幣がたどる過程または経路という意味で使われており、流通〔circulation〕とは本質的にちがう過程である〕〔なお、第3章や同章第2節の表題などにあるのは『流通』(Zirkulation)である。・・ディスク版編集者〕
労働生産物の素材変換がとり行われる形態変換、W・G・Wは、同じ価値が商品として過程の出発点をなし、商品として同じ点に復帰することを条件づけている。したがって、諸商品のこの運動は循環である。他方、運動のこの形態は貨幣の循環を排除する。この運動形態の結果は、貨幣がたえずその出発点から遠ざかることであり、そこに復帰することではない。売り手が、彼の商品の転化した姿態である貨幣を握って離さないかぎり、商品は第一の変態の段階にあり、言いかえれば、その流通の前半を経過しただけである。買うために売るという過程が完了すれば、貨幣もまたそのもとの所有者の手からふたたび遠ざかっている。リンネル織布者が聖書を買った後、あらためてリンネルを売るなら、たしかに貨幣は彼の手に帰ってくる。しかし、その貨幣は、最初の二〇エレのリンネルの流通によって帰ってくるのではなく、この流通によっては貨幣はむしろリンネル織布者の手から遠ざかって聖書の売り手の手中に入る。貨幣は、新しい商品のための同じ流通過程の更新または反復によってのみ帰ってくるのであり、この場合にも前の場合と同じ結果に終わる。だから、商品流通によって貨幣に直接与えられる運動形態は、貨幣がたえずその出発点から遠ざかること、ある商品所有者の手から別の商品所有者の手に移っていくこと、すなわち貨幣の通流(currency,cours
de la monnaie)である。
貨幣の通流は、同じ過程の不断の単調な反復を示す。商品はつねに売り手の側にあり、貨幣はつねに購買手段として買い手の側にある。貨幣は、商品の価格を実現することによって、購買手段として機能する。貨幣は、商品の価格を実現することによって、商品を売り手の手から買い手の手に移し、他方、同時に、自分は買い手の手から遠ざかって売り手の手に移り、別の商品についてまた同じ過程を繰り返す。貨幣の運動のこの一面的な形態が商品の二面的な形態運動から生じているということは、おおい隠されている。商品流通そのものの性質が、それと反対の外観を生み出す。商品の第一の変態は、貨幣の運動としてだけでなく、商品自身の運動としても目に見えるが、商品の第二の変態は、ただ貨幣の運動としてしか目には見えない。商品は、その流通の前半においては、貨幣と場所を換える。それと同時に、商品の使用姿態は、流通から脱落して消費に入る(74)。商品の価値姿態または貨幣仮面が商品に取ってかわる。流通の後半を、商品は、もはやそれ自身の生まれながらの外皮ではなく、金の外皮に包まれて通りぬける。それと共に、運動の連続性はまったく貨幣の側に帰することになり、商品にとっては二つの相対立する過程を含むその同じ運動が、貨幣自身の運動としては、つねに同じ過程を、すなわち貨幣がつねに別の商品と行う場所交換を、含む。それゆえ、商品流通の結果である別の商品による商品の置き換えは、商品自身の形態変換によって媒介されるのではなく、流通手段としての貨幣の機能によって媒介されるものとして現れ、流通手段としての貨幣が、それ自体としては運動しない諸商品を流通させ、諸商品を、それらが非使用価値である人の手からそれらが使用価値である人の手へと・・つねに貨幣自身の進行とは反対の方向に・・移すものとして現れる。貨幣は、たえず商品の流通場所で商品に取ってかわり、それによって貨幣自身の出発点から遠ざかることにより、諸商品をたえず流通部門から遠ざける。それゆえ、貨幣の運動は商品流通の表現にすぎないにもかかわらず、逆に、商品流通が貨幣の運動の結果にすぎないものとして現れるのである(75)。
(74) 商品が繰りかえし販売される場合でさえ・・これは、ここではまだわれわれにとって存在しない現象なのだが・・その商品は、最後の決定的販売と共に、流通の部門から消費の部門に落ち、そこで、あるいは生活手段として、あるいは生産手段として、役立つのである。
(75) 「それ」(貨幣)「は、生産物によって与えられる運動以外の運動をまったく行わない」(ル・トローヌ、前出、八八五ページ)。
他方、貨幣に流通手段という機能が帰属するのは、貨幣が諸商品の自立化された価値であるからにほかならない。だから、流通手段としての貨幣の運動は、実際には、諸商品自身の形態運動にほかならない。したがって、後者の形態運動は、感性的にも貨幣の通流に反映されないはずがない。〔これ以下この段落の終わりまでは、フランス語版によってエンゲルスがマルクスの文を書きかえた〕こうして、たとえば、リンネルは、まずはじめに、その商品形態をその貨幣形態に転化する。この第一の変態、W・Gの最後の極である貨幣形態は、次に、リンネルの最後の変態、G・W、すなわち聖書へのその再転化、の最初の極になる。しかし、この二つの形態変換のどちらも、商品と貨幣との交換によって、それらの相互の場所変換によって、とり行われる。同じ貨幣片が、商品の脱皮した姿態として売り手の手に入り、商品の絶対的に譲渡されうる姿態としてそこを去る。この貨幣片は二度その場所を変える。リンネルの第一の変態は、この貨幣片を織布者のポケットに入れ、第二の変態はそれをふたたび引っぱりだす。すなわち、同じ商品の相対立する二つの形態変換は、反対の方向での貨幣の二度にわたる場所交換に反映されているのである。
これに対して、一面的な商品変態だけが・・単なる販売または単なる購買のどちらであれ・・行われる場合には、同じ貨幣はやはりただ一度場所を変えるだけである。貨幣の第二の場所変換は、つねに、商品の第二の変態、商品の貨幣からの再転化、を表現する。同じ貨幣片の場所変換のひんぱんな反復には、ただ一つの商品の変態系列だけでなく、商品世界一般の無数の変態のからみ合いもまた反映されている。〔「同じ貨幣片の」以下はフランス語版によってエンゲルスが挿入した文〕なお、まったく自明のことであるが、これらはすべて、ここで考察している単純な商品流通の形態にだけ当てはまる。
どの商品も、流通へのその第一歩によって、その第一の形態変換によって、流通から脱落し、そこにはつねに新しい商品が入ってくる。これに対して、貨幣は、流通手段としてたえず流通部門に住みつき、たえずそこをかけめぐっている。そこで、流通部門はどれだけの貨幣をたえず吸収するのか、という問題が生じる。
一国においては、毎日、多数の、同時的な、したがって空間的に並存する、一面的な商品変態・・言いかえれば、一方の側からの単なる販売、他方の側からの単なる購買・・が行われている。諸商品は、それらの価格において、一定の想像された貨幣量にすでに等置されている。ところで、ここで考察されている直接的流通形態は、商品と貨幣とを・・一方を販売という極に、他方を購買という対極に置いて・・たがいにたえず生身で対置させるから、商品世界の流通過程のために必要とされる流通手段の総量は、すでに諸商品の価格総額によって規定されている。事実、貨幣は、諸商品の価格総額においてすでに観念的に表現されている金の総額を、ただ実在的に表すにすぎない。だから、これらの総額同士が等しいことは自明のことである。けれども、われわれが知っているように、諸商品の価値が変わらなければ、それらの価格は、金(貨幣材料)そのものの価値と共に変動し、後者が下がれば、比例的に上がり、後者が上がれば、比例的に下がる。諸商品の価格総額がこのように上がったり下がったりすれば、流通する貨幣の総量はそれと同じ程度に上がったり下がったりしなければならない。流通手段の総量における変動は、この場合、たしかに貨幣そのものから生じるけれども、流通手段としての貨幣の機能から生じるのではなく、価値尺度としての機能から生じるのである。諸商品の価格がまず貨幣の価値に逆比例して変動し、次に流通手段の総量が諸商品の価格に正比例して変動する。まったく同じ現象は、たとえば、金の価値は下がらないが、銀が金にかわって価値尺度となる場合、あるいは銀の価値は上がらないが、金が価値尺度の機能から銀を駆逐する場合に、生じるであろう。前者の場合には、以前の金よりも多くの銀が流通するに違いないし、後者の場合には、以前の銀よりも少ない金が流通するに違いない。どちらの場合にも、貨幣材料、すなわち価値の尺度として機能する商品、の価値が、したがって諸商品価値の価格表現が、したがってこれらの価格の実現に役立つ、流通する貨幣の総量が、変わったのであろう。すでに見たように、諸商品の流通部面には一つの穴が開いていて、そこから金(銀、要するに貨幣材料)が、与えられた価値をもつ商品として流通部面に入ってくる。この価値は、価値尺度としての貨幣の機能においては、したがって、価格規定に際しては、前提されている。今、たとえば価値尺度そのものの価値が下がるのならば、このことは、さしあたりまず、貴金属の産源地で、商品としての貴金属と直接に交換される諸商品の価格変動に現れる。ことに、ブルジョア社会のより未発達な状態においては、他の諸商品の大部分は、なお比較的長いあいだ、今や幻想的となった、時代おくれとなった価値尺度の価値で評価されるであろう。けれども、一つの商品は他の商品に、それに対する自分の価値関係を通して自分を感染させていく。諸商品の金価格または銀価格は、それらの価値そのものによって規定された諸比率でしだいに調整され、ついには、すべての商品価値が貨幣金属の新しい価値に応じて評価されるようになる。この調整過程には、貴金属のひき続く増加がともなう。貴金属は、直接にそれと交換される諸商品と入れ替わって流入してくるからである。だから、諸商品への価値付与の訂正が一般的になるのと同じ割合で、あるいは、諸商品の価値が貴金属の新しい、すでに低下した、またある一定の点まで低下し続ける価値に応じて評価されるのと同じ割合で、諸商品の価格の実現に必要な貴金属の増加総量もすでに存在している。新しい金銀産源地の発見に続いて生じた事実の一面的観察は、一七世紀およびことに一八世紀に、商品価格が上昇したのはより多くの金と銀とが流通手段として機能したからであるという誤った結論に導いた。以下では、金の価値は与えられたものと前提される。事実、それは、価格評価の瞬間には与えられているのである。
そこで、この前提のもとでは、流通手段の総量は、諸商品の実現されるべき価格総額によって規定されている。さらに、今、どの商品種類の価格も与えられたものと前提すれば、諸商品の価格総額は、明らかに、流通に出回っている商品総量によって決まる。一クォーターの小麦が二ポンド・スターリングに値するならば、一〇〇クォーターは二〇〇ポンド・スターリングであり、二〇〇クォーターは四〇〇ポンド・スターリング等々であり、したがって、小麦の総量が増えると共に、その販売に際して小麦と場所を取り替える貨幣総量がそれだけ増えなければならないということは、あまり頭を悩まさないでも理解できることである。
商品総量を与えられたものと前提すれば、流通する貨幣の総量は、諸商品の価格変動に応じて、増減する。それが増減するのは、諸商品の価格総額がその価格変動の結果として増減するからである。そのためには、すべての商品の価格が同時に上がったり下がったりする必要はまったくない。流通しているすべての商品の実現されるべき価格総額を増加または減少させるためには、したがってまた、流通させる貨幣を増加または減少させるためには、一定数の主要物品の価格が、一方の場合には上昇すれば、他方の場合には低下すれば、それで十分である。諸商品の価格変動が現実の価値変動を反映しようと、単なる市場価格の動揺を反映しようと、流通手段の総量に対する影響は同じである。
たがいに関連のない、同時的な、したがって空間的に並存する、一定数の販売または部分変態、たとえば、一クォーターの小麦、二〇エレのリンネル、一冊の聖書、四ガロンの安ウイスキーのそれが、行われるとしよう。各物品の価格は二ポンド・スターリングであり、したがって、実現されるべき価格総額は八ポンド・スターリングであるとすれば、八ポンド・スターリングの貨幣総量が流通に入らなければならない。これに対して、もしもこれらの同じ商品が、われわれになじみの変態系列、一クォーターの小麦・・二ポンド・スターリング・・二〇エレのリンネル・・二ポンド・スターリング・・一冊の聖書・・二ポンド・スターリング・・四ガロンの安ウイスキー・・二ポンド・スターリングの諸分肢をなすとすれば、二ポンド・スターリングは、これらのさまざまな商品の価格を順番に実現し、したがってまた、八ポンド・スターリングの価格総額を実現することによって、これらの商品を順番に流通させ、最後にウイスキー製造業者の手の中で休息する。この二ポンド・スターリングは、四回の通流をなしとげる。同じ貨幣片がくり返し行うこの場所変換は、商品の二重の形態変換、すなわち二つの相対立する流通段階を通しての商品の運動、およびさまざまな商品の変態のからみ合いを表す(76)。この過程が経過する、相対立し、たがいに補いあう諸局面は、空間的に並存することはできず、ただ時間的に継起することができるだけである。それゆえ、期間がこの過程の継続の尺度をなす。あるいは、与えられた時間内における同じ貨幣片の通流の回数が、貨幣通流の速度をはかる。先の四つの商品の流通過程がたとえば一日続くとしよう。そうすると、実現されるべき価格総額は八ポンド・スターリングになり、一日のあいだの同じ貨幣片の通流の回数は四回となり、流通する貨幣の総量は二ポンド・スターリングとなる。あるいは、流通過程のある与えられた期間について、
・ 諸商品の価格総額 /
同名の貨幣片の通流回数 =
流通手段として機能する貨幣の総量
となる。この法則は一般的に妥当する。たしかに、ある与えられた期間における一国の流通過程は、一面では、同じ貨幣片がただ一度だけ場所を変え、すなわち一回の通流だけを行う、多くの分散した同時的な空間的に並存する販売(あるいは購買)または部分変態を包括し、他面では、同じ貨幣片が多かれ少なかれ何回かの通流を経過する、多くの、一部は並存し一部はたがいにからみ合う多かれ少なかれいくつかの分肢をもつ変態系列を包括している。しかし、流通に出まわっている同名のすべての貨幣片の総通流回数が与えられれば、個々の貨幣片の平均通流回数または貨幣通流の平均速度が与えられる。たとえば、一日の流通過程のはじめにそこに投じられる貨幣総量は、当然、同時に空間的に並存して流通する諸商品の価格総額によって規定される。だが、過程の内部では、一つの貨幣片は、他の貨幣片に対していわば責任を負わされる。一方の貨幣片がその通流速度を速めれば、他方の通流速度はゆるやかになる。あるいは後者の貨幣片は流通部面からまったく飛びだしてしまう。と言うのは、流通部面は、その個々の要素の中位の通流回数を掛ければ、ちょうど実現されるべき価格総額に等しくなるような金総量しか、吸収できないからである。だから、諸貨幣片の通流回数が増加すれば、流通するその総量は減少する。その通流回数が減れば、その総量は増える。流通手段として機能することのできる貨幣の総量は、平均速度が与えられていれば、一定であるから、たとえば一定量の一ポンド紙幣を流通に投げいれさえすれば、同量のソヴリン貨〔一ポンド金貨〕をそこから投げだすことができる。これは、すべての銀行がよく心えている芸当である。
(76) 「それ」(貨幣)「を運動させ、流通させるのは、生産物である。・・・・その」(すなわち貨幣の)「運動の速度によってその量が補完される。必要とあれば、それは、一瞬もとどまることなしに、ある持ち手から別の持ち手にすべりこむ」(ル・トローヌ、前出、九一五、九一六ページ)。
貨幣通流一般においては、諸商品の流通過程、すなわちその循環だけが相対立する諸変態を通して現れるのであるが、貨幣通流の速さにおいては、諸商品の形態変換の速さが、諸変態系列の連続的な絡みあいが、素材変換のあわただしさが、流通部門からの諸商品の急速な消滅と新しい商品による同じく急速な置きかえが、現れる。したがって、貨幣通流の速さには、使用姿態の価値姿態への転嫁と価値姿態の使用姿態への再転化という、相対立しつつ補いあっている両局面の、すなわち販売と購買の両過程の、流動的な統一が現れる。逆に、貨幣通流の緩慢化には、これらの過程の分離と対立的自立化が、形態変換の、したがって素材変換の、停滞が、現れる。この停滞がどこから生じるかは、当然、流通そのものからは見てとることはできない。流通は、ただ現象そのものを示すだけである。貨幣通流の緩慢化にともない、流通の周辺のあらゆる点で貨幣が出たり消えたりする頻度が減ると見る通俗的見解が、この現象を流通手段の量の不足から説明するのは、まことにふさわしいことである(77)。
(77) 「貨幣は、・・・・購買および販売の共通の尺度であるから、何かを売らなければならないがその買い手を得ることができない人は、みな、王国、あるいは一国における貨幣の不足が、彼の財貨がはけない原因であると、すぐ考えがちである。かくして、貨幣の不足ということが、一般の叫びとなる。これは大きな誤りである。・・・・貨幣を求めて叫びたてるこれらの人々は何を欲しているのか?・・・・農業者は不平を鳴らす・・・・彼は考える。もしもこの国により多くの貨幣があれば、自分は自分の財貨にふさわしい価格を得られるのに、と。・・・・そこで、彼の望みは貨幣ではなく、彼が売りたくても売ることのできない彼の穀物や家畜に対する相応な価格であるように思われる。・・・・なぜ彼は相応な価格を得られないのか?・・・・(1)国内にあまりに多くの穀物や家畜があり、そのため、市場に来る大多数の人々は、彼と同じように、売る必要にせまられているのに、買う必要のある人がほとんどいないか、あるいは、(2)・・・・輸出による海外への通常の販路が欠如しているか、あるいは、(3)人々が貧困のために以前支出していたほど多くをその家庭内で支出しない場合のように、消費が落ちているか、のいずれかである。だから、いやしくも農業者の財貨の価格を高めるものは貨幣自体の増加ではなくて、市場を本当にふさいでいるこれら三つの原因のいずれかの除去である。・・・・卸売商も小売商も同じように貨幣を求めている。すなわち、彼らは、市場が不足しているがゆえに、彼らが商う財貨の販路に不足しているのである。・・・・一国は、富が人々の手から手に勢いよく動いている時以上に繁栄することはない」(サー・ダッドリー・ノース『交易論』、ロンドン、一六九一年、一一〜一五ページの各所〔久保芳和訳『バーボン/ノース交易論』、東京大学出版会、九六〜一〇二ページ〕)。ヘレンシュヴァントのいかさまは、すべて、商品の性質から生じる、したがって商品流通に現れる諸矛盾は、流通手段の増加によって除去しうるということに帰する。ちなみに、生産過程および流通過程の停滞を流通手段の不足に帰する通俗的幻想からは、逆に、流通手段の現実の不足、たとえば、「“通貨の調節”」という政府の不手ぎわによる不足がそれはそれで停滞をひき起こすことはありえない、という結論は決して出てこない。
したがって、それぞれの期間に流通手段として機能する貨幣の総量は、一面では、流通している商品世界の価格総額によって、他面では、商品世界の対立的な流通過程の流れが速いか遅いか・・これによって、価格総額の何分の一が同じ貨幣片によって実現されうるかが決まる・・によって、規定される。ところが、諸商品の価格総額は、各種の商品の価格にだけでなく、その総量にも依存している。しかも、価格の運動、流通する商品の総量、そして最後に、貨幣の通流速度という三つの要因は、さまざまな方向とさまざまな割合で変化しうる。したがって、実現されるべき価格総額、それゆえ、それによって制約される流通手段の総量は、非常に多くの組みあわせを取りえる。ここでは、商品価格の歴史における、最も重要な組みあわせだけを列挙しよう。
商品価格が変わらない場合には、流通手段の総量が増加しえるのは、流通する商品の総量が増加するためか、あるいは、貨幣の通流速度が減少するためか、あるいは両者が一緒に作用するためである。流通手段の総量は、逆に、商品の総量の減少または流通速度の増加と共に、減少しえる。
商品価格が一般的に上昇する場合には、流通手段の総量が不変でありえるのは、流通する商品の総量が、それらの価格の上昇と同じ比率で減少する時か、あるいは、流通する商品総量は一定のままなのに、貨幣の通流速度が、価格上昇と同じ速さで増加する時である。流通手段の総量が減少しうるのは、商品総量が価格よりも速く減少するか、あるいは、通流速度が価格よりも速く増加するためである。
商品価格が一般的に低下する場合には、流通手段の総量が不変でありえるのは、商品総量が、それらの価格の低下と同じ比率で増加する時か、あるいは、貨幣の通流速度が、価格と同じ比率で低下する時である。流通手段の総量が増加しうるのは、商品価格の低下にくらべて、商品総量がより速く増加するか、または流通速度がより速く低下する時である。
さまざまな要因の変化は相互に相殺されうるから、それらの要因がたえず動揺しているにもかかわらず、実現されるべき商品価格の総額は、したがってまた流通する貨幣の総量も、一定不変のままである。だから、ことに比較的長い期間を考察すれば、各国において流通する貨幣総額の平均水準が、外見から予想されるよりは、はるかに一定していること、また、周期的には生産恐慌や商業恐慌から生じ、まれには貨幣価値そのものの変動から生じる激しい撹乱をのぞけば、この平均水準からの偏差が、同じく予想されるよりはるかに小さいことがわかるのである。
流通手段の量は、流通する商品の価格総額と貨幣通流の平均速度とによって規定されるという法則(78)は、諸商品の価値総額が与えられていて、それらの変態の平均速度が与えられていれば、通流する貨幣または貨幣材料の量はそれ自身の価値によって決まる、というように表現することもできる。逆に、商品価格は流通手段の総量によって、その流通手段の総量はまた一国に存在する貨幣材料の総量によって、規定されるという幻想(79)は、その最初の唱道者たちにあっては、商品は価格なしに、貨幣は価値なしに、流通過程に入り、次にそこにおいて、ごたまぜの商品群の一可除部分が山をなす金属の一可除部分と交換されるとかいうばかげた仮説に根ざしている(80)。
(78) 「一国の産業を運営するのに必要な貨幣には一定の標準と割合があり、それより多くても少なくても産業に害をおよぼすであろう。ちょうど、小売業において、銀鋳貨の両替のためにも、最小の銀鋳貨でも決済できないような勘定のためにも、一定の割合のファージング〔四分の一ペニー貨〕が必要であるのと同じことである。・・・・ところで、商業において必要とされるファージングの数量の割合が、人々の数、彼らの交換の頻度、および、とりわけ、最小の銀鋳貨の価値から推定できるのと同じように、わが国の産業において必要とされる貨幣(金貨および銀貨)の割合も、交易の頻度と支払いの大きさから、推定することができる」(ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、ロンドン、一六六七年、一七ページ〔大内・松川訳、岩波文庫、六四〜六五ページ〕)。ヒュームの理論は、A・ヤングにより、J・スチュアートらを反駁しながら、その著『政治算術』(ロンドン、一七七四年)において擁護されている。その一一二ページ以下には、「物価は貨幣の量に依存する」という特別の一章がある。私は、『経済学批判』、149ページ〔『全集』、第13巻、144ページ〕で、「彼(A・スミス)は、貨幣をまったく誤って単なる商品として取りあつかうことによって、流通する鋳貨の量についての問題を無言のうちにかたづけている」とのべている。これが当てはまるのは、A・スミスが“立場上”貨幣を取りあつかう限りにおいてだけである。しかし、おりにふれて、たとえば彼以前の経済学の諸体系の批判に際しては、彼は正しいことを明言している。「どこの国でも、鋳貨の量は、鋳貨によって流通させられるべき諸商品の価値によって規制される。・・・・どこの国でも、年々売買される財貨の価値は、これらの財貨を流通させ、適当な消費者に配分するために、一定量の貨幣を必要とするけれども、しかし、それ以上の貨幣を流通させるものではない。流通の水路は、それを満たすにたるだけの貨幣量を必ず引きよせはするが、それ以上には決して受けいれることはしないものである」(『諸国民の富』、第四篇、第一章〔大内・松川訳、岩波文庫、(三)、二八、三〇〜三一ページ〕)。同じように、A・スミスは、彼の著作を“立場上”は分業の賛美から始めるが、後になると、国家収入の源泉に関する最後の篇では、おりにふれて、彼の師、A・ファーガスンの分業の告発〔第4編、第12章、第4節、注56とそれに対応する本文を参照〕を再生産している。
(79)「どの国においても、金および銀が国民のあいだで増加すると、物価はたしかに上昇するであろう。その結果、どの国でも、金および銀が減少すれば、すべての物価は、貨幣のこのような減少に比例して低下するに違いない」(ジェイコブ・ヴァンダリント『貨幣万能論』、ロンドン、一七三四年、五ページ〔浜林正夫・四元忠博訳、東京大学出版会、一一ページ〕)。ヴァンダリントとヒュームの『小論集』〔『若干の主題についての小論および論文集』、全四巻、ロンドン、一七五三〜一七五四年〕とを立ちいって比較してみると、ヒュームがヴァンダリントのともかくも重要なこの著作を知っていて利用したということについて、私には疑いの余地はない。流通手段の総量が価格を規定するという見解は、バーボンにも、もっと古い著述家にも、見られる。ヴァンダリントは言う。「無制限の貿易によっては何の不都合も生じえず、非常に大きな便益が生じうる。というのは、もしもそれによって一国の正金が減少させられれば・・禁止策は、それをふせぐことを狙っているのだが・・その正金を得る諸国では、それらの国でその正金が増加するにつれて、すべての物価が上昇するからである。そして・・・・わが国の製造業製品もその他のすべてのものも、わが国の貿易収支を順調に転じるまでに安くなり、それによってふたたび貨幣を取りもどすであろう」(同前、四三、四四ページ〔同前訳、五九〜六〇ページ〕)。
(80) 一つ一つの種類の商品はどれも、それらの価格を通して、流通しているすべての商品の価格総額の一要素をなすということは、自明である。だが、たがいに同じ単位で計量できない諸使用価値が、ひとかたまりになって、一国に存在する金または銀の総量とどのように交換されるのかは、まったく不可解である。もしも商品世界を、各商品がただその可除部分をなすにすぎない単一の総商品だとしてごまかすならば、次のような見事な計算例が生じる。総商品=xツェントナーの金 と置けば、商品A=総商品の可除部分=xツェントナーの金の同じ可除部分.こうしたことが、モンテスキューにあっては、大まじめに語られている。「世界における金銀の総量と世界における商品の総額とを比較すれば、個々の生産物または商品は、貨幣〔原文は「金銀」〕の一定部分と比較されうるであろうことはたしかである。世界にただ一つの生産物または商品しか存在せず、または買いうる商品がただ一つしか存在せず、またそれが貨幣のように分割可能であると仮定すれば、この商品のこの部分は貨幣の総量のある部分に相当し、一方の全体の半分は他方の全体の半分にあたり、等々・・・・諸物の価格の決定は、根本的にはつねに、貨幣章標全体に対する諸物全体の割合に依存する」(モンテスキュー『法の精神』、第三巻、一二、一三ページ〔根岸国孝訳、『世界の大思想』16、河出書房新社、三二四〜三二五ページ〕)。リカードや、彼の弟子たちのジェームズ・ミル、ロード・オウヴァストンなどによるこの理論の一層の発展については、『経済学批判』、140〜146ページ、および150ページ以下〔『全集』、第13巻、136〜142ページ、および145ページ以下〕参照。J・S・ミル氏は、彼の得意とする折衷的論理によって、彼の父であるJ・ミルの見解とその反対者たちの見解とを同時に持ちあわせるすべを心えている。彼の概説書『経済学原理』の本文と、彼が自分自身を当代のアダム・スミスと名のっている序文(初版)〔末永茂喜訳、岩波文庫、(一)、二四〜二五ページ)とを比較すると、この男の素朴さと、この男を信じきってアダム・スミスだと買いかぶった読者の素朴さとのどちらに驚いてよいかわからない。アダム・スミスに対するこの男の関係は、ウェリントン公に対するカルスのウィリアムズ・カルス将軍の関係のようなものである。経済学の領域におけるJ・S・ミルの包括的でもなければ内容豊かでもない独創的諸研究は、一八四四年に出た彼の小著『経済学の若干の未解決問題』〔末永茂喜訳『ミル経済学試論集』、岩波文庫〕の中で隊伍を整えて行進しているのが見られる。ロックは、金銀に価値がないことと、量によるそれらの価値の規定との関係を、次のように、単刀直入にのべている。「人類は、金銀に創造的な価値を付与することに同意したのだから・・・・これらの金属のうちに見られる内在的価値は、それらの量以外の何物でもない」(『・・・・若干の考察』、一六九一年、〔所収〕『著作集』、一七七七年版、第二巻、一五ページ〔田中・竹本訳『利子・貨幣論』、東京大学出版会、三一ページ〕)。
○ c 鋳貨。価値章標
流通手段としての貨幣の機能から、貨幣の鋳貨姿態が生じる。諸商品の価格または貨幣名で表現される金の重量部分は、流通においては、同名の金片または鋳貨として諸商品に相対しなければならない。価格の度量基準の確定と同じく、造幣の業務は国家に帰属する。金および銀が、鋳貨としては身につけるが、世界市場でまた脱ぎすてるさまざまな国民的制服には、商品流通の国内的または国民的領域とその一般的世界市場的領域との分離が現れている。
したがって、金鋳貨と金地金とは、もともとただ外形によって区別されるだけであり、金は一方の形態から他方の形態にたえず転化することができる(81)。しかし、造幣局から出ていく道は、同時にるつぼへの歩みでもある。すなわち、通流しているうちに、金鋳貨は、あるものはより多く、あるものはより少なく、摩滅する。金の肩書と金の中味とが、名目純分と実質純分とが、その分離過程を歩み始める。同名の金鋳貨でも、重量が異なるために、価値が等しくなくなる。流通手段としての金は、価格の度量基準としての金から背離し、したがってまた、諸商品・・金がこれらの商品の価格を実現するのであるが・・の現実的等価物であることをやめる。この混乱の歴史が、中世および一八世紀までの近代の鋳貨史をなしている。鋳貨の金存在〔Goldsein〕を金仮象〔Goldschein〕に転化させる、すなわち鋳貨をその公称金属純分の象徴に転化させる流通過程の自然発生的傾向は、一つの金貨を通用不能にする・・すなわち廃貨あつかいとする・・金属目減りの程度に関する最近の法律によって認められてさえいる。
(81) 鋳造手数料およびその他の細目を取りあつかうことは、当然、私の目的外のことである。しかし、「イギリス政府が無償で鋳造する」という「たいした気前の良さ」に驚嘆するロマン主義のへつらい屋アダム・ミュラーにたいしては、サー・ダッドリー・ノースの次の判断をあげておく。「銀および金は、他の諸商品と同じように、干潮と満潮を示す。それらがスペインから多量に到着すると、・・・・ロンドン塔に運ばれて、鋳造される。やがて間もなく、ふたたび輸出するために地金に対する需要が生じるであろう。もしも地金がまったくなく、たまたますべてが鋳貨になっていたならば、どうなるであろうか? ふたたびそれを鋳つぶすまでである。そうしても損はない。鋳造はその所有者に何の費用もかけないからである。しかし、国民は被害を受ける。ロバに食わせる藁(ワラ)をよるために金を支払うよう強制させられているからである。もしも商品が」(ノース自身、チャールズ二世時代の最大の商品の一人であった)「鋳造料を支払わなければならないとすれば、彼は思慮もなしに彼の銀をロンドン塔に送りはしなかったであろう。そして、鋳造された貨幣は、鋳造されない銀よりも高い価値を、つねに保持したであろう」(ノース、前出、一八ページ〔久保訳、前出、一〇六〜一〇七ページ〕)。
貨幣通流そのものが、鋳貨の実質純分を名目純分から分離しその金属定在をその機能的定在から分離するのだが、貨幣通流は、金属貨幣がその鋳貨機能にお
いては、他の材料からなる標章または象徴に置き換えられる可能性を、潜在的に含んでいる。金または銀のきわめて微小な重量部分を鋳造することの技術的障害と、もともと、より高級な金属の代わりにより低級な金属が・・金の代わりに銀が、銀の代わりに銅が・・価値尺度をつとめており、したがって、それらの金属がより高級な金属によって廃位される時までは、貨幣として流通しているという事情とが、銀製や銅製の標章が金鋳貨の代替物として果たす役割を歴史的に説明する。それらが金に取って代わるのは、商品流通の諸領域のうちでも、鋳貨がきわめて急速に流通し、したがってきわめて急速に摩滅する領域、すなわち、販売と購買がきわめて小さな規模でたえ間なく繰り返される領域においてである。これらの衛星が金そのものの地位に定着するのをさまたげるために、支払いに際して金の代わりにこれらの衛星だけを受け取らなければならない割合が、法律で非常に低く規定されている。異なった種類の鋳貨が通流する特殊な領域は、もちろん、交錯しあっている。補助鋳貨は、最小の金鋳貨の何分の一かの支払いのために、金とならんで現れる。金はたえず小売流通に入っていくが、補助鋳貨と替えられて、同じようにたえずそこから投げだされる(82)。
(82) 「もし銀貨が小口支払いのために必要とされる量を決して超えないならば、それを集めても大口支払いのために十分な量にはなりえない。・・・・大口支払いでの金貨の使用は、小売取引での金貨の使用をも必然的に含んでいる。金鋳貨をもっている人は小口の購買にもそれをさし出し、買った商品と一緒に釣銭として銀貨を受け取るからである。こうした仕方によって、そうでなければ小売商人のやっかいものとなるはずの余分な銀貨が彼の手から引きあげられて、一般的流通に散布される。しかし、もしも金貨とは独立に小口支払いを処理できるほどに多くの銀貨があるなら、小売商人は小口の購買で銀貨を受け取らなければならず、そうなれば、銀貨はどうしても彼の手に累積せざるをえない」(デイヴィッド・ビュキャナン『グレイト・ブリテンの課税および商業政策の研究』、エディンバラ、一八四四年、二四八、二四九ページ)。
銀製または銅製の標章の金属純分は、法律によって任意に規定される。それらは、通流するうちに、金鋳貨よりも一層急速に摩滅する。だから、それらの鋳貨機能は、それらの重量とは、すなわちおよそ価値とは、事実上まったくかかわりのないものとなる。金の鋳貨定在は、その価値実体から完全に分離する。こうして、相対的に無価値な物、すなわち紙券が、金の代わりに鋳貨として機能することができるようになる。金属製の貨幣標章においては、純粋に象徴的な性格は、まだある程度おおい隠されている。紙幣においては、それが、まぎれもなく現れでている。“つらいのは最初の一歩だけだ
ce n'est que le premier pas qui coute ”〔フランスの諺〕というわけである。
ここで問題となるのは、強制通用力をもつ国家紙幣だけである。それは直接に金属流通から発生する。これに対して、信用貨幣は、単純な商品流通の立場からいってわれわれのまだまったく知らない諸関係を想定する。しかし、ついでにのべておけば、本来の紙幣が流通手段としての貨幣の機能から生じるとすれば、信用貨幣は、支払い手段としての貨幣の機能に、その自然発生的な根源をもっている(83)。
(83) 財政高官〔清朝の戸部侍郎〕王茂蔭は、中国の不換国家紙幣を兌換(ダカン)銀行券に変えることをひそかにねらった一つの計画を天子に具申しようと思いついた。一八五四年四月の紙幣審議会〔大臣審議〕の報告では、彼はこってりと油をしぼられている。彼が、例によって、竹のムチでしたたかに打たれもしたかどうかは、報告されていない。報告の終わりにはこう書いてある。「本審議会は彼の計画を綿密に吟味し、その中のすべては商人の利益を目的とするものであり、皇帝の利益になることは何もないことを見いだした」(『北京駐在ロシア帝国公使館の中国に関する調査研究』、K・アーベル博士およびF・A・メクレンブルクによるロシア語からの翻訳、第一巻、ベルリン、一八五八年、五四ページ)。通流による金鋳貨のたえざる摩滅については、イングランド銀行のある「総裁」〔ジェームズ・モリス〕が「上院委員会」(「銀行法」に関する)で証人として次のようにのべている。「毎年、新しいソヴリン」(これは政治上のソヴリン〔君主〕ではなく、一ポンド・スターリング金貨の名称である)「があまりにも軽くなる。ある年には量目十分として通るものが、翌年には天秤の対向皿が下がるまでに摩滅する」(上院委員会、一八四八年、第四二九号)。
一ポンド・スターリング、五ポンド・スターリングなどといった貨幣名が印刷された紙券が、国家によって外部から流通過程に投げこまれる。それらが現実に同名の金総額に代わって流通するかぎり、それらの運動には貨幣通流そのものの法則だけが反映する。紙幣流通の独特な法則は、金に対する紙幣の代理関係だけから生じうる。そして、この法則とは、要するに、紙幣の発行は、紙幣によって象徴的に表される金(または銀)が現実に流通しなければならないはずの量に制限されるべきである、ということである。ところで、流通部門が吸収することのできる金の量は、たしかに、一定の平均水準の上下にたえず変動している。しかし、与えられた一国における流通媒介物の総量は、経験的に確定される一定の最小限より下に下がることは決してない。この最小総量がたえずその構成部分を変える・・すなわち、つねに異なった金片から成りたっている・・からといって、もちろん、この最小総量の大きさが変わるものでもないし、この最小総量だけはたえず流通部門をかけまわっているという事態が変わるものでもない。だから、この最小総量は、紙製の象徴によって置き換えることができる。これに対して、もしもきょうすべての流通水路がその貨幣吸収能力の最大限にまで紙幣で満たされるならば、あすは、商品流通の変動の結果、水路があふれるかもしれない。限度はすべてうしなわれる。しかし、紙幣がその限度を、すなわち〔紙幣がなければ〕流通したはずの同名の金鋳貨の量を超過するならば、全般的信用崩壊の危険は別にして、紙幣は、商品世界の内部では、やはりただ、この世界の内在的諸法則によって規定された金量を、したがってまたちょうど代理されうるだけの金量を、表すにすぎない。もしも紙券の総量が、たとえば、一オンスずつの金のかわりに二オンスずつの金を表すとすれば〔たとえば、紙幣の総量があるべき総量の二倍になれば・・フランス語版〕、たとえば一ポンド・スターリングは、事実として、約1/4オンスの金のかわりに約1/8オンスの金の貨幣名になる。結果は、金が価格の尺度というその機能の点で変更をこうむったのと同じである。それゆえ、以前は一ポンド・スターリングという価格で表現された同じ価値が、今では二ポンド・スターリングという価格によって表現されるのである。
紙幣は金章標または貨幣章標である。商品価値に対する紙幣の関係は、ただ、紙幣によって象徴的・感性的に表されているその金量で商品価値が観念的に表現されているということだけである。他のすべての商品量と同じように価値量でもある金量を紙幣が代理するかぎりでのみ、紙幣は価値標章なのである(84)。
(84) 第2版への注。貨幣に関する最良の著述家たちでさえ貨幣のさまざまな機能をいかにあいまいに理解しているかは、たとえばフラートンからの次の個所が示している。「われわれの国内取引に関するかぎり、通例、金鋳貨や銀鋳貨によって果たされるすべての貨幣機能が、法律によって与えられる人為的慣習的価値以外の価値をもたない不換紙幣の流通によって同じく有効に果たされうるということは、思うに、否定できない事実である。この種の価値は、その発行高が適当な限度内に保たれてさえいれば、内在的価値のすべての目的に応じさせられうるし、また、度量基準の必要さえなくすことができるのである」(フラートン『通貨調節論』、第二版、ロンドン、一八四五年、二一ページ〔福田長三訳『通貨論』、岩波文庫、四二ページ〕)。したがって、貨幣商品は、流通において単なる価値章標によって置き換えられうるのだから、価値の尺度としても価格の度量基準としても不用だというのである!
最後に問題となるのは、なぜ金はそれ自身の単なる無価値な章標によって置き換えられうるのか?ということである。しかし、すでに見たように、金がこのように置き換えられうるのは、金がその機能において、鋳貨または流通手段として孤立化または自立化される限りのことである。ところで、この機能の自立化は、摩滅した金片がひき続き流通することに現れているけれども、たしかに、個々の金鋳貨については生じない。金辺が単なる鋳貨または流通手段であるのは、まさに、それが現実に通流している限りのことにすぎない。しかし、個々の金鋳貨に当てはまらないことでも、紙幣によって置き換えられうる最小総量の金には当てはまる。この最小総量の金は、たえず流通部面に住みつき、持続的に流通手段として機能し、したがってもっぱらこの機能の担い手として存在する。したがって、その運動は、商品変態W・G・W・・そこでは、商品の価値姿態は、ただちにふたたび消えうせるためにのみ、商品に相対する・・の相対立する諸過程の継続的相互変換を表すだけである。商品の交換価値の自立した表示は、ここでは一時的契機でしかない。この自立した表示はただちにふたたび別の商品によって置き換えられる。だから、貨幣をたえず一つの手から別の手に遠ざける過程においては、貨幣の単なる象徴的存在でも十分なのである。いわば、貨幣の機能的定在がその物質的定在を吸収するのである。商品価格の一時的に客体化された反射としては、貨幣はただそれ自身の章標として機能するにすぎず、だからまた章標によって置き換えられうる(85)。貨幣の章標に必要なのは、それ自身の客観的社会的妥当性だけであり、紙製の象徴はこの妥当性を強制通用力によって受け取る。この国家強制が有効であるのは、一つの共同体の境界によって画された、すなわち国内の、流通部門の内部においてだけであるが、しかしまたここでだけ、貨幣は流通手段または鋳貨としてのその機能に完全に解消してしまい、したがって、紙幣において、その金属実体から外的に切り離された、単に機能的な、存在様式を受け取ることができるのである。
(85) 金銀は、鋳貨としては、あるいは、流通手段としての排他的機能においては、それ自身の章標になるということから、ニコラス・バーボンは、「“貨幣の価値を高める
to raise money
”」政府の権利、すなわち、たとえば、グロシェンと呼ばれる一定量の銀に、ターレルというようなもっと大きな銀量の名称を与え、こうして債権者にはターレルの代わりにグロシェンを償還する政府の権利を、引き出している。「貨幣は幾度も人手から人手に渡ることによって、摩滅し軽くなる。・・・・取引の際に人々が注目するのは、貨幣の名称と通用力であり、銀の量ではない。・・・・金属を貨幣にするのは、金属に対する公的権威である」(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することに関する一論』、二九、三〇、二五ページ)。
★ 第3節 貨幣〔*〕
〔*これは、Das Geld
(貨幣一般、第3章の表題)ではなく、定冠詞のない
Geld であり、「第三の規定における貨幣」とマルクスが呼んだものである。〕
価値尺度として機能し、したがってまた、みずからか代理物かによって、流通手段として機能する商品は貨幣である。したがって、金(または銀)は貨幣である。金が貨幣として機能するのは、一面では、それが、その金の(または銀の)肉体のままで、したがって貨幣商品として、現れなければならない場合、したがって、価値尺度におけるように単に観念的にでもなければ、流通手段におけるように代理可能なものとしてでもなく現れなければならない場合であり、他面では、金の機能が金自身によって果たされるか代理物によって果たされるかにかかわりなく、その機能が、金を、唯一の価値姿態または交換価値の唯一の適当な定在として、単なる使用価値としての他のすべての商品に対して固定する場合である。
○ a 貨幣蓄蔵
二つの相対立する商品変態の連続的循環または販売と購買との流動的転換は、貨幣の休むことのない通流に、または流通の“永久運動機関
perpetuum mobile ”としての貨幣の機能に、現れる。変態系列が中断され、販売がそれに続く購買によって補われなくなるやいなや、貨幣は不動化される。あるいは、ボワギユベールの言うように、“可動物
meuble ”から“不動物 immeuble
”に、鋳貨から貨幣に、転化される。
商品流通そのものの最初の発展と共に、第一の変態の産物である、商品の転化された姿態または商品の金蛹(サナギ)を固持する必要と情熱とが発展する(86)。商品を買うためにではなく、商品形態を貨幣形態に置き換えるために、商品が売られる。この形態変換は、素材変換の単なる媒介から目的そのものになる。商品の脱皮した姿態が、商品の絶対的に譲渡されうる姿態または単に一時的な貨幣形態として機能することをさまたげられる。こうして、貨幣は蓄蔵貨幣に化石し、商品販売者は貨幣蓄蔵者になる。
(86) 「貨幣での富は・・・・貨幣に転化された生産物での富にほかならない」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的および本質的秩序』、五七三ページ)。「生産物の形態での価値がただ形態を変えただけである」(同前、四八六ページ)。
商品流通のそのものの始まりにおいては、使用価値の過剰分だけが貨幣に転化される。こうして、金銀は、おのずから、ありあまるものの、または富の、社会的表現となる。かたく閉ざされた欲求の範囲が自給自足のための伝統的な生産様式に照応している諸民族においては、貨幣蓄蔵のこの素朴な形態が永久化される。アジア人、ことにインド人の場合がそうである。商品価格は一国に存在する金銀の総量によって規定されると盲信するヴァンダリントは、なぜインドの商品はあんなに安いのか?と自問して、インド人は貨幣を埋蔵するからだと答えている。彼の指摘によれば、一六〇二年から一七三四年までのあいだに、インド人は、もともとアメリカからヨーロッパに来た一億五〇〇〇万ポンド・スターリングの銀を埋蔵した(87)。一八五六年から一八六六年までに、つまり一〇年間に、イギリスは、それ以前にオーストラリアの金と交換して得られた一億二〇〇〇万ポンド・スターリングの銀をインドと中国に輸出した(中国に輸出された銀は大部分ふたたびインドに流入した)。
(87) 「こうした措置によって、彼らは彼らのあらゆる財貨と加工品をあんなに安い価格に押さえているのである」(ヴァンダリント『貨幣万能論』、九五、九六ページ〔浜林・四元訳、前出、東京大学出版会、一二六ページ〕)。
商品生産がいっそう発展するにつれて、どの商品生産者も、“万物の神経
nervus rerum ”である「社会的動産担保」を確保しなければならなくなる(88)。彼の欲求はたえず更新され、他人の商品をたえず買うことを命じるが、他面では彼自身の商品の生産と販売は時間を要し、また偶然に左右される。売ることなしに買うためには、彼は、あらかじめ、買うことなしに売っていなければならない。こうしたやり方は、もし一般的な規模で行われるなら、自己矛盾におちいるように見える。しかし、貴金属は、それらの産源地では、じかに他の諸商品と交換される。ここでは、販売(商品所有者の側での)が、購買(金銀の所有者の側での)なしに行われる(89)。そして、それ以後の、後続の購買をともなわない販売は、単にすべての商品所有者のあいだへの貴金属の再配分を媒介するだけである。こうして、交易のすべての地点に、きわめて種々さまざまな規模での金銀の財宝が生まれる。商品を交換価値として、または交換価値を商品として固持する可能性と共に、黄金欲が目覚める。商品流通の拡大と共に、貨幣・・富の、いつでも出動できる、絶対的社会的な形態・・の力が増大する。
・
「金はすばらしい物である! 金をもつ者は、自分の望むことは何でもできる。金をもってすれば、魂を天国に送りこむこともできる」(コロンブス『ジャマイカからの手紙』、一五〇三年、〔林屋永吉訳、『航海の記録』、『大航海時代叢書』T、岩波書店、二二二ページ〕)。
貨幣を見ても、何がそれに転化しているかはわからないが、あらゆるものが、商品であろうとなかろうと、貨幣に転化する。すべてのものが売れるものとなり、買えるものとなる。流通は、あらゆるものがそこに飛びこみ、貨幣結晶として出てくる大きな社会的蒸留器(レトルト)となる。この練金術には聖者の骨さえ抵抗できないのであるから、もっとか弱い“人間の取り引きの外にある聖なる物
res sacrosanctae, extra commercium hominum”にいたっては、なおさらそうである(90)。貨幣においては諸商品のあらゆる質的区別が消えさっているように、貨幣は貨幣でまた、徹底的な水平派として、あらゆる区別を消しさる(91)。しかし、貨幣はそれ自身商品であり、だれの私有財産ともなりうる外的な物である。こうして、社会的な力が私人の私的な力になる。だから、古典古代の社会は、貨幣を、社会の経済的および道徳的秩序の破壊者として非難するのである(92)。すでにその幼年期にプルートーの髪をつかんで地中から引きずりだした(93)近代社会は、黄金の聖杯を、そのもっとも特異な生活原理の輝ける化身として歓迎する。
(88) 「貨幣は担保である」(ジョン・ベラーヌ『貧民、製造業、商業、植民、および不道徳に関する論集』、ロンドン、一六九九年、一三ページ)。
(89) 厳密な意味での購買は、金または銀を、すでに商品の転化された姿態として、または販売の産物として、想定する。
(90) 最もキリスト教的なフランス王アンリ三世は、修道院などから聖遺物を略奪してそれを貨幣にかえている。フォキス人〔ギリシア中部の住民〕によるデルフォイ神殿の財宝の略奪がギリシアの歴史においてどのような役割を果たしたかは、よく知られている。古代人のあいだでは、周知のように、諸神殿が商品という神の住居として役だった。神殿は、「神聖な銀行」であった。“すぐれて”商業民族であったフェニキア人にとっては、貨幣はあらゆるものの脱皮した姿態として通用した。それゆえ、愛の女神の祭礼に際して他国の者に身をまかせた乙女たちが、報酬として得た貨幣を女神にささげたのは、当然のことであった。
(91) 「金か! 黄金(コガネ)色にきらきら輝く貴重な金貨だな!
・
・・・・これだけの金があれば、黒を白に、醜を美に、
・
邪を正に、卑賎を高貴に、老いを若きに、
・ 臆病を勇気に変えることもできよう。
・
・・・・神々よ、どういうことだ、これは? どうしてこれを?
・
これはあなたがたのそばから神官や信者たちを引き離し、
・
まだ大丈夫という病人の頭から枕を引きはがす代物だ。
・ この黄金色の奴隷めは、信仰の問題でも
・ 人々を結合させたり離反させたりし、
・
呪われたやつらを祝福し、百癩病みを崇拝させ、
・
盗賊を立身させて、元老院議員なみの爵位や権威や栄誉を与えるやつなのだ。
・
かれしぼんだ古後家を再婚させるのもこいつだ。
・ ・・・・やい、罰あたりな土くれめ、
・ ・・・・売女め」
・
(シェイクスピア『アセンズのタイモン』〔第四幕、第三場。小田島訳、『シェイクスピア全集』Z、白水社、三五四ページ〕)
(92) 「まったく、人の世の習いにも、
・
金銭ほど人にわざわいをなす代物はない、
・
こいつのために町は亡ぼされ、民は家から追いたてられる。
・
この代物が人間のまともな心を迷いに導き、
・ ねじまげて、恥ずべき所業に向かわせ、
・ 人々に邪悪の道を踏みならわせては、
・
見境なしに不敬の業(ワザ)へさそいこむのだ」
・
(ソフォクレス『アンティゴネ』〔呉茂一訳、岩波文庫、二五〜二六ペ ージ〕)
(93) 「貪欲はプルートーそのものを地中から引きだそうと望む」(アテナイオス『学者の饗宴』〔第六巻、第二三、シュヴァイクホイザー編、一八〇二年版、第二巻、三九七ページ〕)。
使用価値としての商品は一つの特殊な欲求を満たし、素材的富の一つの特殊な要素をなす。ところが、商品の価値は、素材的富のあらゆる要素に対してその商品がもつ引力の程度をはかる尺度となり、したがって、その商品の所有者がもつ社会的富の尺度となる。未開の単純な商品所有者にとっては、西ヨーロッパの農民にとってさえ、価値は価値形態とは不可分のものであり、したがって、金銀財宝の増加が価値の増加である。たしかに、貨幣の価値は・・貨幣自身の価値変動の結果としてであれ、諸商品の価値変動の結果としてであれ・・変動する。しかし、このことは、一面では、二〇〇オンスの金が一〇〇オンスの金よりも、三〇〇オンスの金が二〇〇オンスの金よりも、依然として大きな価値を含んでいるということをさまたげないし、他面では、この物の金属的現物形態が依然としてすべての商品の一般的等価形態であり、すべての人間労働の直接に社会的な化身であることをさまたげるものでもない。貨幣蓄蔵の衝動は、その性質上、限度を知らない。貨幣は、どの商品にも直接に転化されうるものであるから、質的には、あるいはその形態からすれば、無制限なもの、すなわち素材的富の一般的代表者である。しかし、同時に、どの現実の貨幣額も、量的に制限されたものであり、したがってまたその効力を制限された購買手段であるにすぎない。貨幣の量的制限と質的無制限性とのあいだのこの矛盾は、貨幣蓄蔵者を、蓄積のシーシュフォス労働〔際限のない反復労働〕にたえず追いかえす。彼は、新しい国を征服するたびに新しい国境に出くわす世界征服者のようなものある。
金を貨幣として、したがってまた貨幣蓄蔵の要素として、とどめておくためには、金が流通すること、すなわち購買手段として消費手段の中に消えてしまうことが、阻止されなければならない。だから、貨幣蓄蔵者は、金(キン)物神に、彼の肉体的欲望を犠牲としてささげげる。彼は禁欲の福音を厳粛に受け取る。他面、彼は、彼が商品として流通に投じたものだけを、貨幣としてそこから引きあげることができるだけである。彼は、たくさん生産すればするほど、それだけたくさん売ることができる。だから、勤勉、節約、および貪欲が彼の主徳をなし、たくさん売って少ししか買わないことが、彼の経済学の総括をなす(94)。
(94) 「それぞれの商品の売り手の数を可能な限り増加させ、買い手の数を可能な限り減少させることが、経済学のすべての方策の中心をなす軸点である」(ヴェッリ『経済学に関する諸考察』、五二、五三ページ)。
蓄蔵貨幣の直接的形態とならんで、その審美的形態、すなわち金銀製品の所有が行われる。それは、ブルジョア社会の富と共に成長する。「“金持ちになろう。さもなければ、金持ちらしく見せよう
Soyons riches ou paraissons riches
”」(ディドロ)。こうして、一面では、金銀のたえず拡大される市場が、金銀の貨幣諸機能からは独立に形成され、他面では、ことに社会的な暴風雨の時期に流出する貨幣の潜在的な供給源が形成される。
貨幣蓄蔵は、金属流通の経済では、さまざまな機能を果たす。その第一の機能は、金銀鋳貨の通流諸条件から生じる。すでに見たように、商品流通の規模、価格、および速度がたえず変動するのにつれて、貨幣の通流総量は、休むことなく干満を繰りかえす。したがって、貨幣の通流総量は、縮小したり拡大したりすることができなければならない。ある時は貨幣が鋳貨として引きよせられ、ある時は鋳貨が貨幣としてはじき出されなければならない。現実に通流する貨幣総量が流通部面の飽和度にたえず照応しているためには、一国に存在する金または銀の量が、鋳貨機能を果たしている量よりも大きくなければならない。この条件は、貨幣の蓄蔵貨幣形態によって満たされる。蓄蔵貨幣の貯水池は、同時に、流通している貨幣の流出および流入の水路として役立ち、したがって、流通する貨幣は、その通流水路から決してあふれ出さないのである(95)。
(95) 「一国の交易をとり行うためには、一定額の金属貨幣が必要であるが、この額は変動し、事情の要求するところに応じて、ある時は多くなり、ある時は少なくなる。・・・・貨幣のこうした干満は、政治家の手だすけなしに、おのずから調節される。・・・・二つのつるべがかわるがわる働く。貨幣が欠乏すれば、地金が貨幣に鋳造される。地金が欠乏すれば、貨幣が鋳つぶされる」(サー・D・ノース『交易論』、〔追録〕三ページ〔久保訳、前出、一一六ページ〕)。長いあいだ東インド会社の職員をやっていたジョン・スチュアート・ミルは、インドではあい変わらず銀の装飾品が直接に蓄蔵貨幣として機能していることを、確認している。「銀の装飾品は、利子率が高くなれば、引きあげられて鋳造され、利子率が下がると、また元に帰る」(J・S・ミルの証言、〔所収〕『銀行法に関する報告』、一八五七年、第二〇八四および二一〇一号)。インドにおける金銀の輸出入に関する一八六四年の議会文書によれば、一八六三年には、金銀の輸入は輸出を一九三六万七七六四ポンド・スターリングだけ超過した。一八六四年までの最近八年間には、貴金属の輸出に対する輸入の超過が一億九六五万二九一七ポンド・スターリングにのぼった。今世紀のあいだに二億ポンド・スターリングをはるかに超える額がインドで鋳造された。
○ b 支払手段
これまでに考察された商品流通の直接的形態においては、同一の価値の大きさがつねに二重に存在した。一方の極における商品と対極における貨幣と。したがって、商品所有者は、双方の側に現存する等価の代理人として接触しただけであった。しかし、商品流通の発展と共に、商品の譲渡がその商品の価格の実現から時間的に分離される諸関係が発展する。ここでは、これらの関係のうちもっとも単純なものを示唆するだけで十分である。ある種類の商品はその生産に比較的長い時間を必要とし、別の種類の商品は比較的短い時間を必要とする。商品が異なれば、その生産も異なった季節に結びついている。ある商品は市場の所在地で生まれ、別の商品は遠くの市場に旅をしなければならない。したがって、ある商品所有者は、別の商品所有者が買い手として登場する前に、売り手として登場することがありえる。同じ人々のあいだで同じ取引がたえず繰りかえされる場合には、商品の販売条件は商品の生産条件によって規制される。他面、ある種の商品たとえば家屋の利用は、一定の期間を決めて売られる。その期限が過ぎたのち、はじめてその買い手はその商品の使用価値を現実に受け取ったことになる。だから、彼は、支払いをする前に買っているのである。一方の商品所有者は現存する商品を売るが、他方は貨幣の単なる代表者として、あるいは将来の貨幣の代表者として、買う。売り手は債権者となり、買い手は債務者となる。この場合には、商品の変態、または商品の価値形態の展開が変わるので、貨幣もまた一つの別の機能を受け取る。それは支払手段になる(96)。
(96) ルターは、購買手段としての貨幣と支払手段としての貨幣とを区別している。「私がこちらでは支払いができず、あちらでは買うことができないという二重の損害を、あなたは私に与えている」(マルティーン・ルター『牧師諸氏に、高利に反対するように説く』、ヴィッテンベルク、一五四〇年)。
債権者または債務者という役柄は、ここでは単純な商品流通から生じる。単純な商品流通の形態変化が、売り手と買い手に、この新しい刻印を押すのである。したがって、それらは、売り手と買い手という役割と同じように、さしあたり一時的な、同じ流通当事者たちによってかわるがわる演じられる、役割である。しかし、この対立は、今や最初から、あまり気持ちのよくないもののように見え、またいっそう結晶しやすいものである(97)。しかしまた、これらの役柄は、商品流通とはかかわりなく登場することがありえる。たとえば、古典古代世界の階級闘争は、主として債権者と債務者とのあいだの闘争という形態で行われ、ローマでは平民債務者の没落に終わり、この債権者に代って奴隷が登場する。中世では、闘争は封建的債務者の没落に終わり、この債務者はその政治権力をその経済的基盤と共にうしなった。けれども、貨幣形態は・・実際、債権者と債務者の関係は、貨幣関係という形態をとる・・ここではただもっと深いところにある経済的生活諸条件の敵対関係を反映しているにすぎない。
(97) 一八世紀はじめのイギリスの商人たちのあいだにおける債務者・債権者関係について、次のようにのべられている。「ここイングランドでは、商人たちのあいだに、他のどんな人間社会にも、また世界のどんな国にも見られないような残忍な精神が支配的である」(『信用および破産法に関する一論』、ロンドン、一七〇七年、二ページ)。
さて、商品流通の部面に戻ろう。商品と貨幣という二つの等価物が販売過程の両極に同時に現れることは、すでになくなった。今や、貨幣は、第一に、売られる商品の価格規定における価値尺度として機能する。契約によって確定されたその商品の価格は、買い手の債務、すなわち彼が一定の期限に支払う責任のある貨幣額を示す。貨幣は、第二に、観念的購買手段として機能する。それは、ただ買い手の支払い約束のうちにしか存在しないけれども、商品の持ち手変換をひき起こす。支払い期限に達してはじめて支払手段は現実に流通に入る。すなわち、買い手から売り手に移る。流通過程が第一の局面で中断したので、すなわち、商品の転化された姿態が流通から引きあげられたので、流通手段は蓄蔵貨幣に転化した。支払手段が流通に入って来るのは、商品がすでに流通から出ていった後のことである。貨幣は、もはや、この過程を媒介するのではない。貨幣は、この過程を、交換価値の絶対的定在または一般的商品として、自立的に閉じる。売り手が商品を貨幣に転化したのは、貨幣によってある欲求を満たすためであり、貨幣蓄蔵者が商品を貨幣に転化したのは、商品を貨幣形態で保存するためであり、債務者である買い手が商品を貨幣に転化したのは、支払うことができるようになるためである。もしも彼が支払わなければ、彼の所有物の強制販売が行われる。こうして、商品の価値姿態である貨幣は、今や、流通過程そのものの諸関係から生じる社会的必然によって、販売の目的そのものになる。
買い手は、彼が商品を貨幣に転化する前に、貨幣を商品に再転化する。すなわち、第一の商品変態以前に第二の商品変態を行う。売り手の商品は流通はするが、ただ私法上の貨幣請求権においてのみその価格を実現する。この商品は、それが貨幣に転化する前に、使用価値に転化する。その商品の第一の変態は、後になってからやっと遂行される(98)。
(98) 第2版への注。なぜ私が本文でこれと反対の形態を考慮しないかは、一八五九年に公刊された私の著作からの次の引用を見れば、わかるであろう。「これと反対に、G・Wの過程では、貨幣の使用価値が実現される前に、すなわち商品が譲渡される前に、貨幣が現実的購買手段として譲渡され、こうして商品の価格が実現されることがありえる。これは、たとえば前払いという日常的形態で行われている。あるいはまたイギリス政府がインドのライヤト〔小農〕からアヘンを買う・・・・形態で行われている。けれども、こういう場合には、貨幣はすでに知られている購買手段の形態で作用するだけである。・・・・もちろん、資本も貨幣の形態で前貸しされる。・・・・しかし、この観点は単純な流通の視野の中には入らない」(『経済学批判』、119、120ページ〔『全集』、第13巻、118〜119ページ〕)。
流通過程のどの一定期間をとっても、そこで支払い期限に達した諸債務は、諸商品・・その販売によってこれらの債務が生み出されたのだが・・の価格総額を表している。この価格総額の実現のために必要な貨幣総量は、さしあたりまず、支払手段の通流速度によって決まる。この通流速度は二つの事情によって制約される。すなわち、Aがその債務者Bから貨幣を受け取り、それをさらに自分の債権者Cに支払うというような債務者と債権者との諸関係の連鎖と、さまざまな支払い期限のあいだの時間の長さとである。諸支払いの、または後から行われる第一の変態の、過程的な連鎖は、前に考察した変態系列のからみ合いとは本質的に区別される。流通手段の通流においては、売り手と買い手とのあいだの関係が表現されるだけではない。この関係そのものが、貨幣通流において、貨幣通流と共に、はじめて成立する。これに対して、支払手段の運動は、すでにその運動以前にできあがって現存している社会的関係を表現するのである。
諸販売の同時性と並行性は、通流速度が鋳貨総量の代りをすることに制限を加える。それらは、むしろ逆に、支払手段の節約の一つの新しい挺子となる。諸支払いが同じ場所に集中するにつれて、諸支払いの決済のための固有の施設と方法とが自然発生的に発達する。たとえば中世のリヨンにおける“振替
virements
”がそうである。AのBに対する、BのCに対する、CのAに対する、等々の諸債権は、ただつき合わされさえすれば、一定の額までは、正および負の大きさとしてたがいに相殺される。こうして、債務の差額だけが清算されればよい。諸支払いの集中が大量になればなるほど、それだけその差額は、したがって流通する支払手段の総量もまた、相対的に小さくなる。
支払手段としての貨幣の機能は、一つの媒介されない〔直接的〕矛盾を含んでいる。諸支払が相殺される限り、貨幣はただ観念的に、計算貨幣または価値尺度として機能するだけである。現実の支払いが行われなければならない限りでは、貨幣は、流通手段として、すなわち、素材変換のただ一時的媒介的な形態として登場するのではなく、社会的労働の個別的な化身、交換価値の自立した定在、絶対的商品として登場する。この矛盾は、生産恐慌・商業恐慌中の貨幣恐慌と呼ばれる時点で爆発する(99)。貨幣恐慌が起きるのは、諸支払いの過程的な連鎖と諸支払いの相殺の人為的制度とが十分に発達している場合だけである。この機構の比較的全般的な撹乱が起きれば、それがどこから生じようとも、貨幣は、突然かつ媒介なしに、計算貨幣というただ観念的なだけの姿態から硬い貨幣に急変する。それは、卑俗な商品によっては代わりえないものになる。商品の使用価値は無価値になり、商品の価値はそれ自身の価値形態をまえにして姿を消す。つい先ほどまで、ブルジョアは、繁栄に酔いしれ、蒙を啓くとばかりにうぬぼれて、貨幣などは空虚な妄想だと宣言していた。商品だけが貨幣だ、と。ところが今や世界市場には、貨幣だけが商品だ! という声が響きわたる。鹿が清水を慕いあえぐように〔旧約聖書、詩篇、四二・二、日本聖書協会訳では四二・一〕、ブルジョアの魂も貨幣を、この唯一の富を求めて慕いあえぐ(100)。恐慌においては、商品とその価値姿態である貨幣との対立は絶対的矛盾にまで高められる。それゆえまた、この場合には貨幣の現象形態は何であろうとかまわない。支払いに用いられるのが、金であろうと、銀行券などのような信用貨幣であろうと、貨幣飢饉(キキン)は貨幣飢饉である(101)。
(99) 本文ですべての全般的生産・商業恐慌の特殊な局面として規定された貨幣恐慌は、特別な種類の恐慌とは、はっきり区別されなければならない・・人は同じように貨幣恐慌と呼ぶが、後者は独力で発生しえ、したがって商工業には反作用的にのみ作用する。後者は、貨幣資本を運動の中心とし、したがって銀行、取引所、金融界をその直接の領域とする恐慌である(第3版へのマルクスの注)。
(100) 「信用主義から重金主義へのこの突然の転化は、実際のパニックに理論上の恐怖をつけ加える。そして、流通当事者たちは、彼ら自身の諸関係の見すかしえない神秘の前に震えあがるのである」(カール・マルクス、前出、126ページ〔『全集』、第13巻、124〜125ページ〕)。「貧乏人に仕事がないのは、金持ちが、食物や衣類を生産させるための土地と人手は前と同じだけもっているけれども、貧乏人を雇うための貨幣はもたないからである。だが、食物や衣類こそ国民の真の富であり、貨幣がそうなのではない」(ジョン・ベラーズ『産業高等専門学校設立の提案』、ロンドン、一六九六年、三、四ページ)。
(101) このような瞬間が「“商業の友 amis du
commerce ”」によってどのように利用されるかは、次の通り。「ある時」(一八三九年)「一人の欲深い老銀行家」(シティー〔ロンドンの金融街〕の)「が、彼の私室で、座っていた机のふたをあけて、友人に銀行券の束を見せながら、ひどくうれしそうに言った。ここに六〇万ポンド・スターリングがある。金融をひっ迫させるためにしまっておいたのだが、きょうの三時以後には全部出してしまうさ、と」(〔H・ロイ〕『取引所の理論。一八四四年の銀行特許法』、ロンドン、一八六四年、八一ページ)。なかば政府機関紙である『ジ・オブザーヴァー』紙は一八六四年四月二四日にこう書いている。「銀行券の欠乏を生じさせるためにとられた手段について、いくつかのきわめて妙なうわさが流れている。・・・・何かこの種のトリックが用いられたと想像することは疑問の余地ありと思われるにしても、風聞があまねく行きわたっているから、たしかに言及する値うちがある」。
さて、ある与えられた期間に通流する貨幣の総額を考察すれば、それは、流通手段および支払手段の通流速度が与えられている場合、実現されるべき商品価格総額に期限のきた諸支払い総額を加え、それから相殺される諸支払いを差し引き、最後に同じ貨幣片がある時は流通手段として、ある時は支払手段として、かわるがわる機能する通流の回数を差し引いたものに等しい。たとえば、農民が彼の穀物を二ポンド・スターリングで売るとすれば、その二ポンド・スターリングは流通手段として役だっている。支払い期日に彼はこの二ポンド・スターリングで彼がすでに織布者から供給されていたリンネルの支払いをする。同じ二ポンド・スターリングが今度は支払手段として機能する。次に織布者は、一冊の聖書を現金で買う。そうすると、二ポンド・スターリングはふたたび流通手段として機能する、等々。だから、諸価格、貨幣通流の速度、および諸支払いの節約が与えられていても、ある期間、たとえば一日のあいだに通流する貨幣の総量と、流通する商品の総量とは、もはや一致しない。すでにずっと前に流通から引きあげられた諸商品を代表する貨幣が通流する。その貨幣等価物がやっと将来になってから現れる諸商品が流通する。他面、日々に契約される諸支払いと、同じ日に支払い期限に達する諸支払いとは、まったく釣合のとれない大きさである(102)。
(102) 「与えられたある一日のあいだにとり行われる販売または契約の量は、その日に通流する貨幣の量には影響を与えないで、大多数の場合には、遅かれ早かれ後日になってから通流するであろう貨幣の量を引き当てにする多種多様な手形になってしまうであろう。・・・・きょう振りだされる手形または開かれる信用は、数量、額または期間の点で、あすあるいは明後日に振りだされ、受けいれられるそれらと、似ている必要はまったくない。むしろ、きょうの手形や信用の多くは、期限が来れば、過去のまったくさまざまな日付に始まった一団の債務と出会うのであり、一二カ月、六カ月、三カ月、あるいは一カ月の手形が、しばしば一緒になって、ある特定の日に期限に達する債務を膨張させるのである」(『通貨理論の吟味。スコットランド人への手紙。イングランドの一銀行家の著』、エディンバラ、一八四五年、二九、三〇ページの各所)。
信用貨幣は、売られた商品に対する債務証書そのものが債権の移転のためにふたたび流通することによって、支払手段としての貨幣の機能から直接的に生じてくる。他面、信用制度が拡大するにつれて、支払手段としての貨幣の機能も拡大する。このようなものとして、貨幣は固有の存在諸形態を受け取り大口取引の領域を住み家とするのであるが、対して金鋳貨または銀鋳貨は、主として小口取引の領域に押しもどされる(103)。
(103)
現金が本来の商取引に入ることがどんなに少ないかを示す一例として、ここに、ロンドン最大の商社の一つ(モリスン・ディロン商会)の一年間の貨幣収入と支払いに関する表をあげよう。この商会の取引高は、一八五六年には数百万ポンド・スターリングにのぼっているのだが、ここでは一〇〇万ポンド・スターリングの規模に縮小してある。
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収入 ポンド・スターリング
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銀行と商人の日付後払い手形………553,596
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銀行その他宛の一覧払い小切手……357,715
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地方銀行券…………………………… 9,627
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イングランド銀行券………………… 68,554
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金貨…………………………………… 28,089
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銀貨および銅貨……………………… 1,486
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郵便為替……………………………… 933
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合計 1,000,000
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支出 ポンド・スターリング
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日付後払い手形………………………302,674
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ロンドン諸銀行宛の小切手…………663,672
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イングランド銀行券………………… 22,743
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金貨…………………………………… 9,427
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銀貨および銅貨……………………… 1,484
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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合計 1,000,000
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(『銀行法特別委員会報告書』、1858年7月,LXXIページ)
商品生産が一定の高さと広さに達すると、支払手段としての貨幣の機能は、商品流通の部面の外におよぶようになる。貨幣は契約の一般的商品となる(104)。地代、租税などは、現物納付から貨幣支払いに転化する。この転化が生産過程の総姿態によってどんなに強く制約されるかは、たとえば、あらゆる公課を貨幣で取りたてようとしたローマ帝国のこころみが二度にわたって失敗したことで証明されている。ボワギユベール、ヴォバン将軍などがあのように雄弁に非難しているルイ一四世治下のフランス農民の途方もない窮乏は、重税のせいだけではなく、現物税から貨幣税への転化のせいでもあった(105)。他面、地代の現物形態がアジア・・そこではそれが同時に国税の主要な要素である・・では自然諸関係と同じような不変性をもって再生産される生産諸関係に基づいているのだが、この支払い形態は反作用的にこの旧来の生産形態を維持する。それは、トルコ帝国の自己維持の秘密の一つをなしている。もし、ヨーロッパによって押しつけられた対外貿易が、日本において現物地代の貨幣地代〔*〕への転化をもたらすならば、日本の模範的な農業もおしまいである。その狭い経済的存在諸条件は解消されるであろう。
〔* Geldrente
・・第3版、第4版では、「金納地代〔Goldrente〕」〕
(104) 「取り引きの性格が、財貨と財貨との交換または授受から、販売と支払いにかわったので、すべての取り引きは・・・・今や貨幣での価格に基づいて定められる」(〔D・デフォー〕『公的信用に関する一論』、第三版、ロンドン、一七一〇年、八ページ)。
(105) 「貨幣は万物の死刑執行人となった。」財政技術は、「このわざわいに満ちたエキスをとるために恐ろしく多量の財貨や商品を蒸留させた蒸留器」である。「貨幣は全人類に戦いを宣する」(ボワギユベール『富、貨幣、および租税の性質に関する論究』、デール編『財政経済学者たち』、パリ、一八四三年、第一巻、四一三、四一九、四一七、四一八ページ)。
どの国でも一定の一般的な支払い期限が固定している。これらの支払い期限は、再生産の他の諸循環を度外視すれば、一部は、季節の移りかわりに結びついた生産の自然諸条件に基づいている。これらの支払い期限は、租税、地代などのような、直接には商品流通から発生するのではない諸支払いをも規制する。社会の表面全体に散らばっているこれらの支払いのために一年のうちの一定の諸期日に必要とされる貨幣の総量は、支払手段の節約に、周期的な、しかしまったく表面的な、撹乱を引きおこす(106)。支払手段の通流速度に関する法則の帰結として、どんな期限をもつ支払いであろうと、すべての周期的支払いにとって必要な支払手段の総量は、諸支払い期間の長さに正比例〔*〕する(107)。
〔* 第1版から第4版まででは、「逆比例」〕
(106) 一八六二年の議会の調査委員会でクレイグ氏は次のようにのべている。「一八二四年の聖霊降臨節の月曜日に、エディンバラでは銀行券に対するぼう大な需要が生じたので、一一時にはわれわれの手元にはもはや一枚の銀行券もなかった。われわれは、あちこちの銀行に次々に使いを飛ばして借りようとしたが、手に入れることはできなかった。多くの取り引きはやっと“書きつけ”によって清算されえただけだった。ところが、午後三時になると、もう全部の銀行券がそこから出ていった銀行に戻ってきたのである。これらの銀行券は持ち手を変えたにすぎなかったのである」。スコットランドにおける銀行券の実際の平均流通高は、三〇〇万ポンド・スターリングを割っていたにもかかわらず、一年のうち何回かの支払期限日には、銀行の保有するすべての銀行券、つまり全部で約七〇〇万ポンド・スターリングの銀行券が残らず動員される。こうした場合、銀行券はただ一つの独特な機能を果たさなければならないが、いったんこの役割を果してしまえば、そこから出ていった各銀行に流れ帰るのである(ジョン・フラートン『通貨調節論』、第二版、ロンドン、一八四五年、八六ページ注〔福田訳、岩波文庫、一一五〜一一六ページ〕)。理解を助けるためにつけ加えると、フラートンの著作が出たころのスコットランドでは、預金に対して、小切手ではなくもっぱら銀行券が払い出されていたのである。
(107) 「年に四〇〇〇万〔原文では四〇〇万〕を調達する必要があるなら、産業が必要とする回転および流通のために、同じく六〇〇万」(の金)「でたりるかどうか?」という問題に対して、ペティはいつものようにみごとに答える。「私は、たりると答える。なぜなら、支出は四〇〇〇万であるから、もしも回転が、たとえば、土曜ごとに受け取っては支払う貧しい手工業者や労働者のあいだで行われるように、毎週と言うような短い周期で行われるならば、一〇〇万の貨幣の40/52でこれらの目的に応じられるだろうからである。だが、もしも期限が、わが国の賃料支払いや租税徴収の慣習に従って、四半期ごとだとすれば、一〇〇〇万が必要であろう。だからわれわれが、一般に諸支払いを一週間から一三週間までのさまざまな制限で行われるものと仮定すれば、一〇〇万の40/52に一〇〇〇万を加えたものの半分はほぼ五五〇万であるから、五五〇万あれば十分である」(ウィリアム・ペティ『アイルランドの政治的解剖、一六七二年』、ロンドン版、一六九一年〔付録『賢者には一言をもってたる』〕、一三、一四ページ〔所収、大内・松川訳『租税貢納論』、岩波文庫、一八三〜一八四ページ〕)。
支払手段としての貨幣の発展は、負債額の支払い期限のための貨幣蓄積を必要とさせる。自立した致富形態としての貨幣蓄蔵がブルジョア社会の進展と共に消失するのに対して、支払手段の準備金の形態を取る貨幣蓄蔵はブルジョア社会の進展と共に逆に増大する。
○ c 世界貨幣
貨幣は、国内の流通部面から外へ歩みでると共に、国内の流通部面で成長する価格の度量基準、鋳貨、補助鋳貨、および価値章標という局地的諸形態をまた脱ぎすてて、貴金属のもともとの地金形態に逆戻りする。世界商業では、諸商品はそれらの価値を普遍的に展開する。だから、そこではまた、諸商品の自立した価値姿態が世界貨幣として諸商品と相対する。世界市場においてはじめて、貨幣は、その現物形態が同時に“抽象的”人間労働の直接に社会的な具現形態である商品として、全面的に機能する。貨幣の定在様式はその概念にふさわしいものになる。
国内の流通部面では、ただ一つの商品だけが、価値尺度として、したがってまた貨幣として役立つことができる。世界市場では、二重の価値尺度、金と銀とが、支配する(108)。
(108) だから、国内で貨幣として機能する貴金属だけを蓄蔵することを国家的銀行に命じる立法は、いずれも愚かなことである。たとえば、イングランド銀行が、このようにして「愛きょうのある故障」を自分から生みだしたことは、よく知られている。金銀の比価の変動が著しかった歴史上の諸時代については、カール・マルクス『経済学批判』、136ページ以下〔『全集』、第13巻、132ページ以下〕を見よ。・・第2版への追加。サー・ロバート・ピールは、彼が提案した一八四四年の銀行法で、銀準備が金準備の四分の一を超えないことを条件に、銀地金を保障として銀行券を発行することをイングランド銀行に許すことによって、この不便を取りのぞこうとした。その際、銀の価値は、ロンドン市場でのその市場価格(金での)によって評価されるのである。{第4版のために。・・われわれは、ふたたび、金銀の比価が激しく変動する時代にある。約二五年前には、金銀の比価は、一五1/2対一であったが、今ではほぼ二二対一であり、そして銀は金にくらべてなお、ひき続き下落している。これは、本質的には、両金属の生産方法における変革の帰結である。以前は、金は、ほとんどもっぱら、金を含有する沖積層の、すなわち金を含有する岩石の風化の産物の、洗鉱だけで得られた。今では、この方法はもはや間にあわないものになり、以前は二次的にしか行われなかった金を含有する石英鉱脈そのものの加工・・これは、すでに古代人(ディオドロス〔J・E・ヴルム訳『歴史文庫』〕、第三冊、第一二〜一四節〔二五八〜二六一ページ〕)にもよく知られていたが・・によって後景にしりぞけられている。他面、アメリカのロッキー山脈の西部に新しい巨大な銀鉱床が発見されたばかりでなく、これらとメキシコの銀鉱山が鉄道によって開発された。鉄道は近代的機械類と燃料の供給を可能にし、それによって最大の規模とより低い費用での銀の採取を可能にした。だが、両金属が鉱脈中に出てくる仕方には、大きな区別がある。金は、たいてい混じり物のない状態で出てくるが、その代わり、石英中に微小量ずつ散在している。だから、脈石全体をうち砕いて金を洗いだすか、または、水銀によって抽出するかしなければならない。そこで、一〇〇万グラムの石英からやっと一〜三グラムの金が採れるにすぎないことがよくあり、三〇〜六〇グラムの金が採れることは滅多にない。銀は混じり物のない状態で出ることはまれであるが、その代わり、特徴的な、脈石から比較的容易に分離できる鉱石中に現れ、たいてい四〇〜九〇%の銀を含有する。あるいは、より小量ずつではあるが、それ自身すでに精錬のしがいがある銅、鉛などの鉱石中に含まれている。すでにこれらのことからわかるのであるが、金を生産する労働はむしろ増大したのに、銀を生産する労働は決定的に減少したのであり、したがって、銀の価値低下はまったく当然のことである。この価値低下は、銀価格が今もなお人為的な手段によってつり上げられていなかったなら、もっと大きな価格低下として表現されたであろう。だが、アメリカの銀埋蔵量はやっとその小部分が採掘できるようになっただけであるから、銀価値がまだ比較的長いあいだにわたって低下し続けるという見こみが十分にある。その上、日用品と奢侈(シャシ)品とのための銀需要の相対的低下、メッキ品やアルミニウムなどによる銀の代用が、これをさらに一層促進するに違いない。このことに照らせば、国際的強制通用が銀をふたたび一対一五1/2というもとの比価に押しあげるだろうという複本位制論の夢想性が推しはかられるというものである。むしろ、銀は、世界市場においても、その貨幣資格をますます失うであろう。・・F・エンゲルス}
世界貨幣は、一般的支払手段、一般的購買手段、および、富一般(“普遍的富
universal wealth
”)の絶対的社会的物質化として機能する。国際収支の差額を決済するための、支払手段としての機能が主要なものである。それゆえに、重商主義のスローガンは言う・・貿易差額を!と(109)。さまざまな国民のあいだにおける素材変換の従来の均衡が突然撹乱されるたびに、金銀は本質的に国際的購買手段として役立つ。最後に、金銀が富の絶対的社会的物質化として役立つのは、購買も支払いも問題ではなく、一国から他国への富の移転が問題である場合であり、しかも、商品形態によるこの移転が、商品市場の商況か、あるいは、所期の目的そのものによって、排除される場合である(110)。
(109) 重商主義は、金銀による貿易差額の超過分の決済が世界貿易の目的であると論じたが、その反対者は反対者で、世界貨幣の機能をまったく誤解した。流通手段の総量を規制する諸法則の誤解が、貴金属の国際的運動の誤解にどのように反映するかは、私がリカードに即してくわしく証明したところである(『経済学批判』、150ページ〔『全集』、第13巻、145ページ〕以下)。「貿易差額の逆調は、流通手段〔通貨〕の過剰による以外には決して生じえない。・・・・鋳貨の輸出は、その低廉なことによって生じるのであって、貿易差額の逆調の結果ではなくて原因である」というリカードの誤ったドグマは、したがって、すでにバーボンに見られる。「貿易差額は、もしもそのようなものがあるとすれば、一国から貨幣が輸出される原因ではなく、この輸出は、むしろ、各国での貴金属の価値の差違から生じる」(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することに関する一論』、五九ページ)。マカロックは、『経済学文献。分類目録』(ロンドン、一八四五年)において、バーボンのこの先見の明を賞賛しているが、バーボンにあっては「“通貨主義
currency principle
”」の筋の通らない諸前提がまだ素朴な諸形態をとって現れていることについては、言及することさえ、きわめて慎重に避けている。あの目録の無批判性およびむしろ不誠実性は、貨幣理論の歴史についての諸編においてその極みに達している。なぜなら、マカロックはここで、彼が「“銀行家たちの定評ある指導者
facile princeps argentariorum
”」と呼ぶロード・オウヴァストン(元銀行家ロイド)の追従者として尻尾を振っているからである。
(110) たとえば、戦争遂行のための、あるいは銀行の正貨支払い再開のための、対外援助金や貨幣貸付などの場合には、まさに貨幣形態での価値が必要とされうる。
どの国も、その国内流通のために準備金を必要とするように、世界市場流通のためにも準備金を必要とする。したがって、蓄蔵貨幣の諸機能は、一部は国内の流通手段および支払手段としての貨幣の機能から生じ、一部は世界貨幣としての貨幣の機能から生じる(110a)。この後のほうの役割においては、つねに、現実の貨幣商品、生身の金銀が必要とされる。それだからこそ、ジェームズ・スチュアートは、金銀を、その単に局地的な代理物と区別して、はっきりと“世界貨幣
money of the world ”として性格づけるのである。
(110a) 第2版への注。「金属本位の諸国における貨幣蓄蔵の機構が、一般的流通から何ら目だった援助も受けずに、国際的な調整に必要なあらゆる役目を果たすことができるということについては、私は次の事実以上に説得的な証拠を、実際、望みえないであろう。すなわち、フランスは、破壊的な外敵の侵入による打撃からやっと回復しかけたばかりの時に、押しつけられたほぼ二〇〇〇万〔ポンド・スターリング〕の賠償金を二七カ月という期間内に容易に、しかもそのかなりの部分を正貨で、連合国に支払ったのに、その国内の通貨には目だった収縮ないし撹乱もなければ、為替相場に警戒するにたりる動揺も生じなかったという事実が、これである」(フラートン、前出、一四一ページ〔福田訳、岩波文庫、一七七ページ〕)。{第4版のために。・・われわれがもっているもっと適切な例は、同じフランスが、一八七一年から一八七三年にかけての三〇カ月でこれの一〇倍以上の賠償金を、そのかなりの部分をやはり金属貨幣で、容易に支払うことができたという事実である。・・F・エンゲルス}
金銀の流れの運動は、一つの二重運動である。一面では、その流れは、その産源地から世界市場の全体に広がり、そこにおいてさまざまな国民的流通部面によってさまざまな規模で引きいれられ、それらの国の国内通流水路に入り、摩滅した金銀鋳貨を補填し、奢侈品の材料を提供し、また蓄蔵貨幣に凝結する(111)。この第一の運動は、諸商品に実現された国民的労働と貴金属に実現された金銀産出諸国の労働との直接的交換によって媒介されている。他面、金銀は、さまざまな国民的流通部面のあいだをたえず往復する。これは、為替相場のやむことのない動揺の後を追う運動である(112)。
(111) 「貨幣は、つねに生産物によって引きつけれるので・・・・諸国民のあいだに、彼らの貨幣の必要に応じて分配される」(ル・トローヌ『社会的利益について』、九一六ページ)。「金銀を持続的に供給している諸鉱山は、どの国民にもこのような必要量を与えるのに十分なだけ供給する」(J・ヴァンダリント『貨幣万能論』、四〇ページ〔浜林・四元訳、前出、五六ページ〕)。
(112) 「為替相場は毎週上がり下がりを繰りかえし、一年のうち特定の時期には一国民にとって不利に高くなり、別の時期には逆に有利に高くなる」(N・バーボン、前出、三九ページ)。
ブルジョア的生産の発展している諸国は、銀行という貯水池に大量に蓄積される蓄蔵貨幣を、その特有な諸機能のために必要とされる最小限にまで制限する(113)。一定の例外をのぞけば、蓄蔵貨幣の貯水池がその平均水準を超えて目だってあふれるということは、商品流通の停滞か、または商品変態の流れの中断をさし示すものである(114)。
(113) これらのさまざまな機能は、銀行券のための兌換(ダカン)準備金の機能が加わるやいなや、危険な衝突におちいることがありえる。
(114) 「国内商業のために絶対に必要とする以上に存在する貨幣は死んだ資本であって、それが外国貿易において輸出されたり輸入されたりする場合のほかは、その保有国に何の利潤ももたらさない」(ジョン・ベラーズ、『・・・・論集』、13ページ)。「もしわれわれがあまりに多くの鋳貨を持っているとすれば、どうであろうか? われわれは、最も重いものを融解してそれを金銀製の豪華な食器、容器あるいは調度品に変えるか、あるいは、それが必要とされ、望まれているところへそれを商品として送りだすか、あるいは、利子の高いところへ利つきで貸し出すことができる」(W・ペティ『貨幣小論』、三九ページ〔松川訳、前出『経済学の諸問題』、一一六ページ〕)。「貨幣は政治体の脂肪にほかならない。したがって、あまり多すぎると、時には身体の敏活さをさまたげるし、また、あまり少なすぎると病気にしてしまう。・・・・脂肪が、筋肉の運動をなめらかにし、栄養の不足を補い、身体のへこみを満たして身体を美しくするのと同じように、国家における貨幣は、その行動を敏活にし、国内の飢饉の時には海外から食物を輸入し、・・・・貸借を決済し、全体を美しくする。もっとも」と結びは皮肉である。「貨幣をたくさん持っている特定の人々を特に美しくするのだが」(W・ペティ『アイルランドの政治的解剖』、〔付録『賢者には一言をもってたる』〕一四、一五ページ〔所収、大内・松川訳『租税貢納論』、岩波文庫、一八四〜一八五ページ〕)。