
第12章 分業とマニュファクチュア
第1節 マニュファクチュアの二重の起源
分業に基づく協業は、マニュファクチュアにおいて、その典型的な姿態を作り出す。それが、資本主義的生産過程の特徴的形態として支配的なのは、おおよそ一六世紀中葉から一八世紀最後の三分の一期にいたる本来のマニュファクチュア時代のあいだである。
マニュファクチュアは、二重の仕方で発生する。
一つには、ある一つの生産物の完成のためにその手を通らねばならないさまざまな種類の自立的手工業の労働者たちが、同じ資本家の指揮のもとで一つの作業場に結合される。たとえば乗用馬車は、車大工、馬具匠、木工細工師、金具師、真ちゅう細工師、ろくろ師、レース飾り屋、ガラス屋、ペンキ屋、ワニス塗師、メッキ屋のような、多数の独立した手工業者たちの労働の総生産物であった。乗用馬車マニュファクチュアは、これらさまざまな手工業者をすべて一つの仕事場に結合し、そこで彼らは同時に助けあいながら労働する。たしかに乗用馬車は、つくられないうちにメッキはできない。しかし、多数の乗用馬車が同時につくられる場合、一部分がまだ生産過程のはじめの局面を通過している間に、他の部分はたえずメッキができる。その限りでは、まだわれわれは、ありあわせの人と物とを素材とする単純協業の地盤に立っている。しかし、すぐに本質的な変化が生じる。乗用馬車の製造だけに従事している木工細工師、金具師、真ちゅう細工師などは、自分の従来の手工業をそのすべての範囲にわたって営む習慣と共に、その能力をも、しだいに失ってしまう。他方、彼の一面化された活動は、今や、そのせばめられた活動局面にとって、最も合目的的な形態をとることとなる。もともと、乗用馬車マニュファクチュアは、自立的な諸手工業が一つに結合したものとして現れた。それは、徐々に、乗用馬車生産をそのさまざまな特殊的諸作業に分割したものになり、これら作業の一つ一つは、それぞれ一人の労働者の専門的職能に結晶し、その全体が、これら部分労働者の結合によって遂行される。織物マニュファクチュアその他多くのマニュファクチュアも、同じように、さまざまな手工業を同一資本の指揮のもとで結合することから生じた(26)。
(26) このようにマニュファクチュアが形成される仕方のいっそう近代的な事例を示すため、次の引用をしよう。リヨンとニームの絹糸紡績業および絹織物業は、「まったく家父長制的である。それは、多くの夫人と子供を使っているが、彼らを過労にさせたり堕落させたりはしない。それは彼らを、ドロームやヴァールやイーゼルやヴォクリューズの美しい谷間にとどまらせ、そこでカイコを飼ったり、その繭から糸を紡がせたりしている。それは決して本式の工場にはならない。さらによく観察してみると、・・・・分業の原則は、ここでは特殊な性質を帯びている。なるほど、糸繰り職や、糸撚り職や、染物師や、糊づけ職や、さらに機織り職もいる。しかし、彼らは、同じ作業場に結合されてはいないし、同じ親方に依存してもいない。彼らはすべて独立している」(A・ブランキ『産業経済学講義』、A。ブレーズ編、パリ、一八三八〜一八三九年、七九ページ)。ブランキがこのことを書いてから、さまざまな独立の労働者たちの一部が工場で結合された。{第4版のために。・・そして、マルクスが以上のように書いてからのち、力織機がこれらの工場で導入され、急速に手織機を駆逐した。クレフェルトの絹工業も、同じようなことを経験している。・・F・エンゲルス}
しかし、マニュファクチュアは、これとは反対の道をたどっても発生する。同一または同種の作業をする、たとえば紙や活字や針をつくる多数の手工業者たちが、同じ資本により同じ作業場で同時に就業させられる。これは、最も単純な形態の協業である。これらの手工業者は、それぞれ(おそらく一人または二人の職人と一緒に)完全な商品をつくるのであり、したがって、その生産に必要なさまざまな作業を順次に遂行する。彼は、引き続き、従来の手工業的な仕方で作業し続ける。ところが、やがて、外部的な諸事情によって、同じ場所での労働者の集中と彼らの労働の同時性とが、別なふうに利用されるようになる。たとえば、より多量の完成商品が一定の期間内に供給されなければならないとしよう。そのため、労働が分割される。同じ手工業者によってさまざまな作業が時間的に次々と行われる代わりに、それらの作業がたがいに引き離され、分立され、空間的に並列させられ、それぞれ異なる手工業者に割り当てられ、そして協業者たちによってすべての作業が全部、同時に遂行される。この偶然的な分割がくり返され、その独自の利益が明らかになり、しだいに系統的な分業に固まっていく。その商品は、さまざまなことをする自立的手工業者の個人的生産物から、めいめいが同一の部分作業だけを引き続き行う手工業者たちの結合の社会的生産物に転化する。ドイツの同職組合の製紙業者が順次に行う仕事としてたがいに合流し合っていたのと同じ作業が、オランダの紙マニュファクチュアの場合には、多数の協業労働者たちが並行して行う部分作業に自立化した。ニュルンベルクの同職組合の製針業者は、イギリスの針マニュファクチュアの基本要素となっている。しかし、ニュルンベルクの製針業者は、一人でおそらく二〇にものぼる一連の作業を順次行ったが、イギリスの針マニュファクチュアでは、そのうちに、二〇人の針製造工が並行して仕事を行い、各人は、二〇の作業のうち一つだけを行うようになった。これらの作業は、経験に基づいてさらにいっそう細分され、分立化され、個々の労働者たちの専門的職能に自立化された。
このようにマニュファクチュアの発生の仕方、手工業からのマニュファクチュアの生成は、二面的である。一方で、マニュファクチュアは、種類を異にする自立的な諸手工業の結合から出発するのであって、これらの手工業は、自立性を奪われ、一面化され、同一商品の生産過程における相互補足的な部分作業をなすにすぎないところにまで到達する。他方で、マニュファクチュアは、同じ種類の手工業者たちの協業から出発するのであって、同じ個別的手工業をさまざまな特殊的作業に分解し、これらの作業を分立化させ、自立化させ、それぞれの作業が一人の特殊的労働者の専門的職能になるところまでもっていく。したがって、マニュファクチュアは、一方で、一つの生産過程の中に分業を導入するか、または分業をいっそう発展させるかし、他方で、それまで別々であった諸手工業を結合する。しかし、その特殊な出発点がどれであろうと、マニュファクチュアの最終の姿態は同じもの・・人間をその諸器官とする一つの生産機構である。
マニュファクチュアにおける分業を正しく理解するには、次の諸点をしっかりとらえておくことが重要である・・まず第一に、生産過程をその特殊な諸局面に分割することが、この場合には、一つの手工業的活動をそのさまざまな部分作業に分解することとまったく一致する。その作業は、組みあわされたものであろうと単純なものであろうと、依然として手工業的であり、したがって、個々の労働者が自分の用具を使用する際の力、熟練、敏速さ、確実さに依存する。手工業が依然として基盤である。この狭い技術的基盤は、生産過程の真に科学的な分割を排除する。というのは、生産物が通過するそれぞれの部分過程は、手工業的部分労働として遂行されうるものでなければならないからである。このように、手工業的熟練が依然として生産過程の基礎であるからこそ、各労働者はもっぱら一つの部分機能に適応させられ、彼の労働力はこの部分機能の終生にわたる器官に転化される。最後に、この分業は協業の特殊な種類であって、その利点の多くは協業の一般的本質から発生するのであり、協業のこの特殊な形態から発生するのではない。