
第3節 マニュファクチュアの二つの基本形態・・異種的マニュファクチュアと有機的マニュファクチュア
マニュファクチュアの編成には、二つの基本形態があり、それらは、時にはからみ合っているが、本質的に異なる二つの種類をなしており、とりわけ、後でマニュファクチュアが機械経営の大工業に転化する際に、まったく異なる役割を演じる。この二重性は、製品そのものの性質から生じる。この製品は、独立した部分諸生産物を単に機械的に組み合わせることによって形成されるか、または、一系列の関係する諸過程および諸操作によってその完成した姿態が得られるかのいずれかである。
たとえば一両の機関車は、五〇〇〇以上の独立した諸部分から成り立っている。けれども、機関車は、大工業の製作物であるから、本来のマニュファクチュアの第一の種類の実例として扱うわけにはいかない。しかし時計はそうなりえるのであって、ウィリアム・ペティも時計を使ってマニュファクチュア的分業を説明している。時計は、ニュルンベルクの一人の手工業者による個人的製品から、次のような無数の部分労働者たちの社会的生産物に転化した・・エボーシュ工、主力ゼンマイ工、文字板工、デンプゼンマイ工、穴石および振石工、針工、側(ガワ)製造工、ネジ工、メッキ工、これらにともなう多くの小区分、たとえば、歯車工(さらに真ちゅうの歯車と鋼の歯車とに分かれる)、軸製造工、針まわし装置工、“軸仕上工”(歯車を軸に固定したり、“切子(キリコ)を磨いたり”などする者)、ほぞ工、“車仕上工”(さまざまな歯車と軸を仕掛に組みこむ者)、“香箱車〔動力ゼンマイの入っている車〕仕上工”(車に歯を刻み、穴を適当な広さにし、配置板と巻止めをしっかりさせる者)、脱進機工、シリンダー脱進機の場合はさらにシリンダー工、がんぎ車工、テンプ工、緩急針(時計を調速する緩急針装置)工、“脱進機設計仕上工”(本来の脱進機工)。それから“香箱車最終仕上工”(香箱および巻止めをすっかり仕上げる者)、“リュウズ工”(側のリュウズ環だけをつくる者)、“蝶つがい仕上工”(側の蝶つがいに真ちゅうの軸を入れるなどの作業をする者)、“側バネ工”(蓋を開ける側バネをつくる者)、“文字彫刻工”、“紋様彫刻工”、“側磨き工”、等々。最後に、時計全体を組み立ててそれを動くようにして引き渡す“最終仕上げ工”。時計の諸部分のうちでごくわずかのものだけが、さまざまな人手を経るのであって、これら“引き裂かれた四肢 membra disjecta ”のすべてがはじめて集められるのは、それらを最終的に一つの完全な機械に結合する人手の中においてである。完成生産物とそのさまざまな種類の諸要素とのこうした外的な関係は、時計の場合、類似の製品の場合と同様に、部分労働者たちを同じ作業場で結合させることを偶然的なものにする。それらの部分労働は、一方では、スイスのヴォー州とヌシャテル州でのように、たがいに独立した手工業として営まれることさえあるが、他方、たとえばジュネーヴには、大規模な時計マニュファクチュアが存在している・・すなわち、一つの資本の指揮のもとに部分労働者たちの直接的協業が行われている。後の場合でも、文字板とゼンマイと側(ガワ)が、マニュファクチュアそのものでつくられることはまれである。この場合、結合されたマニュファクチュア的経営は、例外的な諸関係のもとでのみ、有利である。なぜなら、自宅で作業したがる労働者たちのあいだで競争が最も激しいからであり、生産が多くの異種的過程に分裂しているため、共同の労働手段をほとんど使用しなくてすむからであり、また、資本家は、この分散した製造においては、作業用建物などの支出をはぶくことができるからである(32)。それでも、自宅においてではあるが一人の資本家(製造業者、“企業家”)のために労働するこれらの細目労働者の地位も、自分自身の顧客のために労働する自立的手工業者の地位とはまったく異なる(33)。
(32) ジュネーヴは、一八五四年に八万個の時計を生産したが、それでもヌシャテル州の時計生産高の五分の一にも達しなかった。唯一の時計マニュファクチュアと見なしうるショ・ド・フォンは、ここだけで、毎年、ジュネーブの二倍の時計を供給している。一八五〇〜一八六一年に、ジュネーヴは七二万個の時計を供給した。『工業、商業・・・・に関するイギリス帝国大使館および公使館書記官の報告書』、第六号、一八六三年所収の『時計業に関するジュネーヴからの報告書』を見よ。ただ組み立てられるだけの製品の生産が諸過程に分裂し、これらの過程に関連がないことは、それ自体として、このようなマニュファクチュアが大工業の機械経営に転化することをきわめて困難にしているのに、時計の場合には、さらに二つの別な障害が加わる。時計の構成要素が微小で精巧なこと、および時計が奢侈品的性格を持っていること・・したがって時計の種類は多様であり、たとえばロンドンの最優秀な製造所でも、まる一年間を通じて、同じよな外観の時計が一ダースもつくられることはほとんどないほどである・・が、それである。機械設備の使用に成功しているヴァチェロン・アンド・コンスタンティン時計工場では、大きさと形の変わった種類のものをせいぜい三種か四種供給するにすぎない。
(33) 時計製造業、すなわち異種的マニュファクチュアのこの典型的実例においては、手工業的活動の分解から生じる前述の労働諸用具の分化と特殊化を、きわめて正確に研究することができる〔ポッペ、前出、第二巻、一五四ページ参照〕。
マニュファクチュアの第二の種類、すなわちマニュファクチュアの完成された形態は、相関連する発展諸局面、すなわち一連の段階的諸過程を通過する製品を生産する。たとえば、縫針マニュファクチュアにおける針金は、七二種から九二種もの特殊な部分労働者たちの手を通過する。
このような種類のマニュファクチュアが、もともと分散していた諸手工業を統合する限り、それは、製品の個別的な生産諸局面のあいだの空間上の分離を少なくする。製品が一つの段階から他の段階に移行する時間が短縮され、これらの移行を媒介する労働も同様に短縮される(34)。こうして、手工業にくらべ、生産力が増大する。しかもこの増大は、マニュファクチュアの一般的な協業的性格から生じるのである。他方、マニュファクチュアに固有な分業の原理は、さまざまな生産諸局面の分立化を生じさせ、それらは、同じ数の手工業的な部分労働として相互に自立化したものとなる。分立化させられた諸機能のあいだの関連を確立し維持するには、製品を一つの手から別の手に、また一つの過程から別の過程にたえず運ぶ必要が生じる。このことは、大工業の立場からすれば、特徴的な、費用のかかる、マニュファクチュアの原理に内在する、限界性として現れる(35)。
(34) 「人々がこのように密集して一緒に働く場合、運搬は、必然的により少なくなるに違いない」(『イギリスにとっての東インド貿易の諸利益』、一〇六ページ)。
(35) 「手労働を使用する結果、マニュファクチュアにおけるさまざまな生産段階の分立化が生じ、このことが生産費をひどく高めるが、その際の損失は、主として、一つの労働過程から別の労働過程に運搬するというただそれだけのことから生じるのである」(『諸国民の産業』、ロンドン、一八五五年、第二部、二〇〇ページ)。
一定量の原料、たとえば紙マニュファクチュアにおけるぼろきれ、または縫針マニュファクチュアにおける針金をとってみると、この原料は、さまざまな部分労働者たちの手で生産諸局面を時間的に次々に通過し、その最終姿態に達している。これに反して、その作業場を一つの全体機構として見るならば、原料は、そのすべての生産諸局面に同時にそろって存在している。統合された細目労働者たちから成り立っている全体労働者は、用具で装備されたたくさんの手の一部分で針金を延ばし、同時に他方ではほかの手と道具で針金をまっすぐにし、さらにほかの手と道具で針金を切り、とがらせるなどの働きをする。さまざまな段階的諸過程が、時間的継起から、空間的並存に転化されている。それゆえ、同じ時間内により多くの完成商品が供給される(36)。その同時性は、たしかに総過程の一般的な協業的形態から生じるのであるが、しかし、マニュファクチュアは、協業の諸条件をあるがままのものとして受け入れるだけでなく、部分的には手工業的活動を分解することによってはじめて、それらの諸条件を創造する。他面、マニュファクチュアは、同じ労働者を同じ細目に縛りつけることによってのみ、労働過程のこの社会的組織を作り上げる。
(36) 「それ」(分業)「はまた、作業をさまざまな部門に分割し、これらの部門がすべて同時に遂行できるようにすることで、時間の節約を生みだす。・・・・個人なら別々にしなければならないさまざまな労働過程をすべて同時に遂行することによって、たとえば、普通なら一本の針を切るかとがらせるだけの時間で、多量の針を仕上げることが可能になる」(ドゥガルト・スチュアート『経済学講義』、所収、サー・W・ハミルトン編『著作集』、第八巻、エディンバラ、一八五五年、三一九ページ)。
各部分労働者の部分生産物は、同時に、同じ製品の特殊な発展段階にすぎないのであるから、一人の労働者は他の労働者に、または、一つの労働者群は他の労働者群に、彼らの原料を供給する。一方の労働成果は、他方の労働の出発点をなす。したがってこの場合、一方の労働者は、直接に他方の労働者に仕事を与える。それぞれの部分過程で目的とする有用効果を達成するために必要な労働時間は、経験的に確定されるのであって、マニュファクチュアの全機構は、与えられた労働時間内に与えられた成果が達成されるという前提に立っている。この前提のもとでのみ、相互に補完しあうさまざまな労働過程が、中断することなく、同時にかつ空間的に並行して、続行できるのである。労働相互の、したがって労働者相互のこの直接的依存は、各個人に対し自分の機能に必要な時間だけを費やすよう強制するのであり、そのため、独立の手工業の場合とは、または単純な協業の場合とさえも、まったく異なる労働の連続性、画一性、規則性、秩序(37)、とりわけ労働の強度までもが、生みだされる。このことは明らかである。一商品に対し、その生産のために社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは、商品生産一般にあっては、競争の外的強制として現れる。なぜなら、皮相な言い方をすれば、個々の生産者はいずれも商品をその市場価格で売らなければならないからである。これに反して、マニュファクチュアでは、与えられた労働時間内に与えられた量の生産物を供給することが、生産過程そのものの技術的法則となる(38)。
(37) 「すべてのマニュファクチュアの専門労働者が多様であればあるほど、・・・・すべての労働は、それだけ秩序正しくかつ規則的になる。この労働は、必然的により短い時間でなされるに違いないし、また労働が減少するに違いない」(『イギリスにとっての東インド貿易の諸利益』、六八ページ)。
(38) けれども、マニュファクチュア的経営は、多くの部門では不完全にしかこのような成果を達成しない。なぜなら、マニュファクチュア的経営は、生産過程の一般的な化学的および物理学的諸条件を確実には管理できないからである。〔ポッペ、前出、第三巻、二三五ページ参照〕
しかし、異なる諸作業が必要とする時間の長さはたがいに等しくなく、したがって、等しい時間内に等しくない量の部分生産物が供給される。したがって、もし同じ労働者が毎日同じ作業だけをたえず行うとすれば、色々な作業に対し、それぞれ異なる比例数の労働者が使用されなければならない。たとえば、ある活字マニュファクチュアで、鋳字工は一時間に二〇〇〇個の活字を鋳造し、分切工は四〇〇〇個を分切し、磨き工は八〇〇〇個を磨くとすれば、このマニュファクチュアでは、一人の磨き工に対し、四人の鋳字工と二人の分切工が使用されなければならない。ここでは、多数の人たちが同時に就業し同種のことを行うという、最も単純な形態における協業の原理が復活する・・ただし、今や一つの有機的関係を表現するものとして。したがって、マニュファクチュア的分業は、ただ社会的全体労働者の質的に異なる諸器官を単純化しかつ多様化するだけでなく、これらの諸器官の量的な度合いを決める・・すなわちそれぞれの特殊機能を果たす相対的な労働者数または諸労働者群の相対的な大きさを決める・・数字的に一定した比率をも作り出す。マニュファクチュア的分業は、社会的労働過程の質的編制と共に、その量的な規則および比例性をも発展させる。
一定の生産規模に対し、さまざまな部分労働者群の最も適当な比例数が経験的に確定されているならば、この生産規模は、それぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡張されうる(39)。それに加えて、同じ個人が、特定の労働を、大規模の場合にも小規模の場合と同じように行うということもある。たとえば、監督労働、一つの生産局面から他の生産局面への部分生産物の運搬、などがそうである。したがって、これらの諸機能が自立すること、またそれらが特殊な労働者に割り当てられることは、就業労働者数の増大と結びついてはじめて有利になるのであるが、しかしこの増大は、ただちにすべての群に対して比例的に行われなければならない。
(39) 「各マニュファクチュアの生産物の特殊的性質に応じて、工程を部分作業に分割する最も有利な仕方も、それらの部分作業に必要な労働者数も、経験が教えているとすれば、この数の正確な倍数を使用しない工場はいずれも、より多くの費用をかけて製造することになるであろう。・・・・このことは、製造工場の巨大な拡張をもたらす原因の一つである」(Ch・バビジ『機械〔およびマニュファクチャー〕の経済論』、ロンドン、一八三二年、第二一章、一七二、一七三ページ)。
同じ部分機能を行う、個々の群、何人かの労働者は、同質な諸要素から成り立っており、全体機構の一つの特殊な器官を形成する。けれども、さまざまなマニュファクチュアでは、この群そのものが一つの編制された労働体であり、他方、全体機構は、これらの生産上の基本的有機体の反復または倍加によって形成される。たとえば、ガラスびんのマニュファクチュアをとってみよう。それは、三つの本質的に異なる局面に分かれる。第一は、ガラス調合の準備、砂や石灰などの混合、およびこの調合物を液体状ガラスだねに溶融するといった準備段階である(40)。この第一段階ではさまざまな部分労働者が就業しているが、それは、ガラスびんの乾燥窯(ガマ)からの取り出し、その分類、荷造りなどといった最終局面でも同様である。この二つの局面の中間に、本来のガラス製造、すなわち液体状ガラスだねの加工がある。一つのガラス窯の同じ口のところで一つの群が労働しているが、この群はイギリスでは "hole" (穴)と呼ばれていて、“びん製造工”または“びん仕上工”一人、“吹き細工工”一人、“集め工”一人、“積み上げ工”または“磨き工”一人、および“搬入工”一人から構成されている。この五人の部分労働者は、単一の労働体の五つの特殊器官を形成しており、この労働体は、ただ統一体としてのみ、すなわち五つの特殊器官の直接的協業によってのみ、機能を果たしうる。もし五つの部分からなる労働体の一つの部分が欠けると、この労働体は麻痺してしまう。しかし、同じガラス窯は、いくつかの口、たとえばイギリスでは四つないし六つの口を持っていて、そのおのおのは、液体状ガラスの入った一つの土製の溶融るつぼを備えており、そのおのおののところで、同じ五つの部分から編制された形態の独自の一労働者群が就業している。ここでは、個々の群の編制はそれぞれ直接に分業に基づいており、他方、同種の群のいくつかを結ぶきずなは、生産諸手段の一つ・・ここではガラス窯・・を、共同の消費によってより経済的に利用する単純協業である。四つないし六つの労働者群を持つこのようなガラス窯は、一つのガラス作業場をなしており、一つのガラス・マニュファクチュアは、多数のこのようなガラス作業場ならびに準備的および最終的な生産局面のための設備、さらに労働者をかかえこんでいる。
(40) イギリスでは、溶融窯は、ガラスが加工されるガラス窯とは別であるが、たとえばベルギーでは、同じ窯が、両方の過程に役立てられている。
最後に、マニュファクチュアは、その一部がさまざまな手工業の結合から生じるように、さまざまなマニュファクチュアの結合に発展することがありえる。たとえば、イギリスの比較的規模の大きいガラス作業場は、その土製の溶融るつぼをみずから製造している。なぜなら、生産物のできばえのよしあしは、根本的にはこのるつぼの品質に依存するからである。この場合、生産手段のマニュファクチュアが、生産物のマニュファクチュアと結合される。反対に、生産物のマニュファクチュアが、この生産物そのものをふたたび原料として用いるマニュファクチュアか、あるいは後でそれを自己の生産物と一体のものにするマニュファクチュアと結合されることもありえる。たとえば、フリント・ガラスのマニュファクチュアは、ガラス研磨業および真ちゅう鋳造業と結びついているが、真ちゅう鋳造業は、いろいろなガラス製品に金属をはめこむためのものである。この場合には、さまざまな結合されたマニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多かれ少なかれ空間的に分離された諸部門を形成しているが、それらは同時に、それぞれが独自の分業を持つ相互に独立した生産諸過程を形成している。この結合されたマニュファクチュアは、多くの利点をもたらすけれども、それ自身の基礎上では、真の技術的統一を何ら達成しない。この統一は、結合されたマニュファクチュアが機械的経営に転化する時にはじめて生じる。
マニュファクチュア時代は、商品生産に必要な労働時間の短縮を、やがて意識的な原理として表明するのであるが(41)、それはまた、機械の使用をも散在的に発展させる・・特に、大きな力を用いて大規模に行われるべきある種の単純な準備的諸過程のために機械が使用される。こうして、たとえば、紙マニュファクチュアでは早くからぼろきれの粉砕が製紙用粉砕機によって行われ、冶金業では鉱石の粉砕がいわゆる砕鉱機によって行われる(42)。あらゆる機械設備の要素形態を、ローマ帝国は水車の形で伝えていた(43)。手工業時代は、羅針盤、火薬、印刷術、および自動時計という偉大な発明を遺産として残した。けれども、機械設備はだいたいのところ、アダム・スミスが分業のかたわらにいるよう指定した脇役を演じる(44)。機械設備の散在的使用は、一七世紀にきわめて重要となったが、それは、この機械設備が当時の大数学者たちに近代力学を作り出すための実際の手がかりと刺激とを与えたからである。
(41) このことは、とりわけW・ペティ、ジョン・ベラーズ、アンドルー・ヤラントン、『イギリスにとっての東インド貿易の諸利益』、およびJ・ヴァンダリントから、推測されうる。
(42) 一六世紀の終わりごろには、まだ、フランスでは、砕鉱と洗鉱に、臼とふるいが用いられた。〔ポッペ、前出、第二巻、三八一〜三八二ページ参照〕
(43) 機械設備の全発達史は、製粉機の歴史によってたどることができる。工場は、今なお英語で mill 〔水車〕と呼ばれている。一九世紀はじめの二、三〇年間に出たドイツの技術学書では、 Muehle 〔水車〕という言葉が、自然力で運転されるすべての機械設備のみでなく、機械的装置を用いるすべての作業場に対しても用いられている。〔ポッペ、前出、第一巻、一二ページ以下参照〕
(44) 本書の第4部でもっとくわしくのべるが、A・スミスは、分業について新しい命題をただの一つも打ち立てなかった。しかし、彼をマニュファクチュア時代の包括的な経済学者として特徴づけるものは、彼が分業を強調したことである。彼が機械設備に従属的な役割を割り当てていることは、大工業の初期にはローダデイルの反対論を呼び起こし、もっと発展した時代にはユアの反対論を呼び起こした。またA・スミスは、用具の分化・・マニュファクチュアの部分労働者たち自身が大いに貢献した・・を、機械の発明と混同している。機械の発明に役割を果たしているのは、マニュファクチュア労働者たちではなく、学者たち、手工業者たちであり、農民たち(Brindley)などでもある。
マニュファクチュア時代の独自な機械設備は、依然として、多数の部分労働者たちから結成された全体労働者そのものである。さまざまな作業がある商品の生産者によって次々に行われ、彼の労働過程の全体の中でからみ合っているのであるが、これらの作業は、彼にさまざまなことを要求する。彼は、ある作業ではより多くの力を、他の作業ではより多くの熟練を、第三の作業ではより多くの精神的な注意深さなどを発揮しなければならず、しかも同じ個人がこれらの諸特質を同じ程度に持っているものではない。さまざまな諸作業が分離され、自立化され、分立化されたのち、労働者たちは、その目立った特性に応じて、分割され、分類され、群に分けられる。彼らの自然的諸特性が、分業が接ぎ木される基礎を形成するとすれば、ひとたび導入されたマニュファクチュアは、生来ただ一面的な特殊機能にしか適さない諸労働力を発達させる。そうなると、全体労働者は、同じ程度の熟練技を持つあらゆる生産的特質をそなえ、同時に、特殊な労働者または労働者群において個別化されている自己のすべての器官を、もっぱらその独自な諸機能を果たすために使用することによって、右の生産的諸特質を、最も経済的に消費する(45)。部分労働者の一面性が、またその不完全性さえもが、彼が全体労働者の分肢となる場合、完全性となる(46)。習慣としてある一面的機能を営むことにより、部分労働者は、この機能の自然に確実に作動する器官に転化させられ、他方、全機構の関連により、部分労働者は機械の一部分のような規則正しさで作業するように強制される(47)。
(45) 「マニュファクチュア経営者は、仕事を、それぞれ程度の異なる熟練と力を必要とするいくつかの異なる作業に分割することによって、それぞれの作業に照応する量の力と熟練を、正確に手にいれることができる。これに反して、もし仕事全体が一人の労働者によって行われるとすれば、同じ個人が、きわめて精巧な作業をするために十分な熟練と、きわめて骨の折れる作業をするために十分な力とを、持たなければならないであろう」(Ch・バビジ、前出、第一九章〔一七五〜一七六ページ〕)。
(46) たとえば、一面的な筋肉の発達、骨の彎曲(ワンキョク)など。
(47) 就業年少者たちのあいだの勤勉がどのようにして維持されるかという調査委員の質問に対して、あるガラス・マニュファクチュアの総支配人W・マーシャル氏は、きわめて正しく答えている・・「彼らは、仕事を怠けることなどとてもできません。一度仕事にかかったら、それを続けなければなりません。彼らは、ちょうど機械の部分と同じです」(『児童労働調査委員会、第四次報告書』、一八六五年、二四七ページ。
全体労働者のさまざまな機能は、単純なものや複雑なもの、低級なものや高級なものがあるので、その諸器官すなわち個別的諸労働力は、まったく程度の違う訓練を必要とし、したがって、まったく違う価値を持つ。したがってマニュファクチュアは、諸労働力の等級制を発展させ、それに労賃の等級が対応する。一方では、個別的労働者が一つの一面的機能に同化させられ生涯それに従属させられるとすれば、それと同じように、さまざまな作業が先天的および後天的技能のあの等級制に適合させられる(48)。しかし、どの生産過程も、どのような人間でもできるある種の単純な仕事を必要とする。このような仕事も、今や、活動のより内容豊富な諸契機との流動的関連から引き離されて、専門的諸機能に固定させられる。
(48) ユア博士は、彼の大工業賛美の中で、マニュファクチュア独自の諸性格を、彼ほど論戦的興味を持たなかった以前の経済学者たちにくらべて、また同時代の人々たとえばバビジにくらべて、より鋭く感じ取っている。バビジは、たしかに数学者および機械学者としてはユアよりも優れているが、しかし大工業を実はマニュファクチュアの立場からしか理解していない。ユアはいう・・「それぞれの特殊作業への労働者たちの同化は、分業の本質を形成している」と。他方彼は、この分業を、「さまざまな個別的諸能力への諸労働の適合」として特徴づけ、そして最後に、マニュファクチュア制度全体を「技能の順位による等級づけの制度」として、「さまざまな熟練度による分業」などとして、特徴づけている(ユア『工場の哲学』、一九〜二三ページの各所)。
したがって、マニュファクチュアはそれがとらえるどの手工業においても、手工業経営が厳しく排除したいわゆる非熟練労働者の一階層を生みだす。マニュファクチュアが全体的な労働能力を犠牲にして、まったく一面化された専門を優れた技能にまで発達させるとすれば、それはまた、あらゆる発達の欠如さえも、一つの専門とすることに手をつける。等級制的区分とならんで、労働者が熟練労働者と非熟練労働者とに単純に区分される。後者にとっては修業費はまったく不必要になり、前者にとっては、機能の単純化により、手工業の場合にくらべて修業費は減少する。どちらの場合にも、労働力の価値は低下する(49)。その例外が生じるのは、労働過程の分解が新しい包括的な諸機能を生みだし、しかもこれらの機能が手工業経営では全然見られなかったか、または限られた程度でしか見られなかったような場合である。修業費が不必要になるか、または減少することから、労働力の相対的な価値減少が生じるが、これは資本のより高い価値増殖を直接に含んでいる。なぜなら、労働力の再生産に必要な時間を短縮するすべてのものは、剰余労働の領分を延長するからである。
(49) 「手工業者はいずれも・・・・一つの個別作業により自己を完成できるようになったので・・・・より安い労働者となった」(ユア、同前、一九ページ)。