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今夜の番組チェック
―活躍の場も与えられず…―
(『大白法』H19.5.1)
【創価学会の唯一の教義】
創価学会の機関紙・『聖教新聞』の1面報道は連日、池田大作の「偉大さ」が強調されている。
やれ勲章だの、知識人と会っただの、大作の「すごさ」をアピールするものがほとんどだ。
その目的は、大作が世界的な偉人であると会員に吹聴(ふいちょう)すること、錯覚させることにある。
故に新会長の原田稔も、
「誰が会長になっても、師匠は池田先生だけです。広宣流布の大指揮を執ってくださった、創価学会の大指導者です」(『聖教新聞』H18.11.12)
と、歯の浮くようなお世辞を並べて礼賛(らいさん)する。逆に言えば、このくらいは言えないと、会長にさせてはもらえまい…。
要するに、大作崇拝は創価学会の存亡にかかわる唯一の教義であり、これを万人に納得させるために、次から次へと勲章を漁(あさ)っているのである。
これこそ、創価学会の生命線にほかならない。
【「離脱僧」の薄い影】
そんな大作崇拝が徹底される陰で、忘れ去られたかのように、ひっそりと、なりを潜めてしまったのが、いわゆる「離脱僧」と呼ばれる面々である。
「離脱僧」とは、もともと日蓮正宗の僧侶でありながら、創価学会の謗法に与(くみ)し、挙げ句には正法から退転した脱落者である。むしろ「僧」と冠することもおこがましく、単なる禿人(とくにん)と称すべき退転者たちである。
そんな禿人衆を学会では、
「30ヵ寺53人の離脱僧侶が決起」(『創価新報』H16.7.7)
などと、さんざん持ち上げていたが、今やその姿や活動が、創価学会の報道で取り上げられることはほとんど無くなった。
使い捨てられたのである。
そもそも、これら禿人衆について、創価大学の某教授は、
「僧の存在論的な特殊性は認めたくない(中略)積極的な役割として何をやらせるのか、そうすると基本的には無い」(『東洋学術研究』32-2-30頁)
と、全く使い道が無いと明言していたのであるから、今の末路も当然であろう。
【「離脱僧」に巨万の投資】
創価学会は、こんな「無用の長物」に、巨万の投資をした。
例えば、創価学会の某副会長は、離脱(退転)の勧誘に際し、
「創価学会本部から現金5000万円の支度金を支給する」(『判例タイムズ』1094-185頁)
と明言していたことが裁判上、確定している。これだけでも、5000万円×53人となり、20数億円にものぽる。
また、ある者には毎月百万円、発覚しているだけでもこの1人に累計7千250万円もの給与が支給されているから、他の者も含め、現在までの給与支出は莫大な金額となろう。
さらに、寺院を不法占拠していた者たちの損害賠償や和解金など、宗門へ支払わざるをえなくなった訴訟上の費用だけでも9億円近くを費(つい)やしている。
これらをざっと見積もっても、創価学会は数十億円もの投資をしてきたことになる。
【無駄遣いされる「広布基金」】
これら投資の目的は、宗門僧侶に離脱を志す者がいることを挙げて、創価学会員に、宗門が腐敗堕落しているという幻影を抱かせることにあった。
しかし、突き詰めれば、創価学会の正当性を謳(うた)うため、現在の教義である大作崇拝のための1つの布石にほかならない。
俗物中の俗物である大作のために、禿人衆がかつがれ、最近はその「役割」を果たし終えたので、なりを潜めたのである。
使い捨てにされることを承知で離脱した禿人衆と、巨万の無駄遣いをしてきた創価学会…。
この両者のさもしい関係の狭間(はざま)で、「広布基金」と称する無意味な献金に汗水流す会員こそ、いい面(つら)の皮である。

―正宗誹謗・破壊が目的のエセ僧侶―
(『慧妙』H18.2.1)
池田が宗門に潜伏させ、後に離脱させた信奉者(以下、"脱落僧"と称する)について。
そもそも脱落僧とはどういう存在なのか・・・、改めて考えてみると、じつに不可解、かつ哀(あわ)れな存在なのである。
というのは、彼らは、遠からず絶滅する。1番若い脱落僧で30代半ばであるから、遅くとも5、60年後には、必ず、完全に絶滅し、この世から存在が消え失(う)せる。
創価は僧侶を必要とはしていないから、脱落僧が弟子をもち、その弟子が僧侶の姿をして修行することは、今後ないだろう。
万一、あるとすれば、創価学会会長の弟子として、新たに僧侶の格好をした者を作る(不祥事や失態により、組織のライン上に置けなくなった大幹部で、さりとて創価の暗部まで知られているからクビにもできない者―某副会長のような者―を、僧侶の格好をさせて飼い殺しにする)ということだが、そんなみっともない者を、もはや僧侶と呼ぶことはできない。脱落僧以下の"僧侶モドキ"である。
ともあれ、脱落僧は、十数年前にあらわれ、あと数十年すれば絶滅する。そんな絶滅する存在に、末法万年の広宣流布を語る資格などない。
また、彼らには、自身が存在すべき主体的な理由は全くなく、ただ創価のために利用されるだげの存在である。長い歴史の上からみた時、彼らの宗教的存在意義は皆無である。
時間的に消えゆく存在、ただ日蓮正宗を詐謗(ひぼう)し、正法を破壊するために利用されるだけの存在、会員の僧侶不在による不安を、期限付きで解消するだけの存在--。なんと哀れで、愚(おろ)かな連中であろうか。

"松岡幹夫"を破す
―「信薄き者には判らん事」―
(『大白法』H18.2.16)
【半僧半俗を宣言した松岡】
松岡雄茂こと松岡幹夫が、性懲りもなく、本年1月にまたもや御隠尊日顕上人猊下へ駄文を送りつけてきた。「公開質問状」とタイトルを付してはいるものの、実質は罵詈雑言の羅列である。その低俗な内容たるや、彼の邪智迷妄ぶりを雄弁に物語っている。
想像と憶測を逞(たくま)しくし、必死に妄想を書き蓮ねる彼の「オタク」的後ろ姿を想像すると、薄気味悪い。
宗門では「決起の年」を迎え、「平成21年・『立正安国論』正義顕揚750年」の御命題へ向け、決意を新たに精進するなか、松岡の悩乱ぶりは、いよいよ加速しているようだ。
彼は、それを唯一の使命とでも思っているのか、宗門、なかんずく日顕上人猊下を貶(おとし)めることに腐心してきた。しかし、その都度、宗門から邪義を破折され続けたため、法義ではかなわないと諦めたものか、今度は真摯(しんし)な法義研鑽とは懸け離れた「質問状」でお茶を濁してきた。全く呆れはてた人間である。
しかも、そのなかで松岡は、
「私は剃髪以来、一貫して"僧にして俗"の在家者である。僧俗両面の意義を有する『在家僧』の立場であることは、昔も今も変わりはない」
と、自らの立場を宣言している。
「僧俗両面の意義を有する」とは、一体どのような意味だ?「在家僧」なる立場は、どの御書の、どこに説かれたものか?
「僧俗両面の意義」などともったいつけてはいるが、結局、単なる御都合主義なのだ。
【戸田会長に反逆する松岡】
松岡は、このたび、日顕上人猊下が日如上人猊下へと唯授一人血脈相承されたことに対しても「虚偽の儀式」などと讒言(ざんげん)を加えている。
しかし、創価学会では過去に御相承をどのように拝していたか、全く知らないのであろうか。
第2代戸田城聖会長は、
「信者の大精神に立て」
との大見出しのもとに、
「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。これを破る者はたとへ大幹部といえども速座に除名する(中略)どなたが新しく猊座に登られようとも、学会会長として、私は水谷猊下にお仕えして来たのといさゝかも変りはない。新猊下を大聖人様としておつかえ申上げ、広布への大折伏にまっすぐ進んで行くだけである」(昭和31年1月29日付『聖教新聞』)
と指導しているではないか。松岡の言によれば「新猊下を大聖人様としておつかえ申上げ」などは、法主信仰の最たるものとなろうが、この指導が是か非か、まず松岡に聞いてみたいものだ。また、この談話を受けて、同日の『聖教新聞』の「寸鉄」にも、
「法主を宗祖大聖人としておつかえ申上げる、どなたが法主様でも一貫不変、これ信者の大精神。信薄き者には判らん事」
と述べているが、これは正しいのか否か。正しいというなら、松岡は「信薄き者」の頭目であろうし、間違いというなら、戸田会長自身が大聖人仏法とは懸け離れた邪論を振りまいていたことになる。
さあ松岡、答えてもらおう。
【仏法を乱すエセ学者】
おそらく、謗法にどっぷりと染まりきっている松岡では、こんなことも判るまい。それで学者気取りとは、いやはや、めでたいものだ。改めて、大聖人が、
「智者・学匠の身と為(な)りても地獄に堕ちて何の詮か有るべき」(『十八円満抄』御書1519、全集1367頁)
と御教示されたのは、松岡のような学者気取りの「信薄き者」が、仏法を壊乱(えらん)することを見透かされ、このような者どもによって仏法の正邪が混乱することのないよう、厳しく御指南されたものと拝する。
松岡よ、反論され尽くした無駄な邪推はやめ、速やかに大謗法の数々を反省懺悔しなさい。

―学会に染み付いた権威偏重主義を嗤(わら)う―
(『慧妙』H17.10.1)
【「肩書き」振り回す脱落僧・松岡】
―質問状の目的も嫌がらせのみ―
自ら宗門より脱落していきながら、宗門との関(かか)わりの中でしか、自らの存在を主張できない哀(あわ)れな存在―それが、憂宗護法同盟・青年僧侶改革同盟を名乗る脱落僧共である。
その、未練がましいストーカー共の中でも、ひときわ未練がましく宗門に食いついてきているのが、「松岡雄茂」こと松岡幹夫である。
松岡は、昨年12月発刊の『東洋哲学研究所紀要』第20号(発行元・東洋哲学研究所=創価学会の研究機関)に、「現代の大石寺門流における唯授一人(ゆいじゅいちにん)相承の信仰上の意義―三大秘法義の理論的公開過程に関する考察を踏まえて―」なる論文を発表。さらに、その論文を小冊子にしたものを宗内各方面に送り付けてきた。
その論文は、日蓮正宗の唯授一人血脈相承の内容は三大秘法義である、と勝手に決めつは、その理論は総本山第26世日寛上人が全て開示された、と断定。それを第59世日亨上人が公開されたので、現在では"唯授一人どころか、万人が血脈承継の法主と同等の教義理解を得る"とし、故に、御法主上人による唯授一人血脈相承は、現代では必要ない、との邪義を展開したもの。
これに対し、まず本紙(2月16日号・3月16日号)が、松岡論文を用いて宗門攻撃を仕掛けてきた『創価新報』(2月2日付)を糾弾。
続いて青年僧侶邪義破折班が、松岡論文を完全粉砕する「離脱僧松岡雄茂の本宗の唯授一人血脈相承に対する邪誑(じゃきょう)の難を粉砕す」を発表。これにより、松岡の邪難(じゃなん)は木っ端微塵(こっぱみじん)となった。
しかし、松岡はそれに懲(こ)りるどころか、ふてぶてしく意趣(いしゅ)返しをしてきた。
すなわち、今度は本名である「松岡幹夫」の名で、しかも、「日本宗教学会会員・日本印度学仏教学会会員、学術博土」の肩書きを仰々(ぎょうぎょう)しく付けて、あろうことか御法主日顕上人猊下に対し、「学問研究の発展に資するため」と称して、傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な10項目の質問状を送り付けてきたのである。
松岡が、学問研究のためなどではなく、単純に、日顕上人への嫌がらせのために質問状を送り付けてきたことは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。
というのは、自身の研究テーマである「現代の大石寺門流の信仰における唯授一人相承の意義」についての研究調査への協力依頼であるはずなのに、松岡は書面の中で、日顕上人の都合を伺(うかが)うでもなく1ヵ月の期限を切って返答を迫ったばかりか、「残念ながらご回答、あるいはご回答頂ける旨のご返事が得られなかった場合、失礼とは存じますが、回答不能の意思表示として研究の参考にさせて頂きます」などと、"脅(おど)し"までかけてきたのだから。
その上で松岡は、日顕上人個人への依頼であるはずの質問状を、そのまま他へも広く送り付けたのである。
さらに松岡は、唯授一人血脈相承に関する質問の回答期限を、自ら「8月末日まで」と指定しておきながら、その回答を待つことなく、8月下旬発刊の『大白蓮華』9月号に、「『法主信仰』の打破」と題する、唯授一人血脈相承を否定した評論を寄稿するという暴挙に。
そして松岡は、自らがなした10項目の質問に対し、青年僧侶邪義破折班が反論書を作成、これが広く宗内に配布されたことを奇貨として、さらなる"意趣返し"に出た。すなわち、自分自身、日顕上人に宛てた質問状を、そのまま他にも広く送り付けていたことは棚に上げて、9月上旬、宗門の対応をなじる内容の書面を添付した10項目の質問状を、宗内僧侶方に広く送り付けたのである。
【宗教者・研究者失格の松岡幹夫】
―学会の「権威偏重主義」の理由―
こうなると、松岡の行動原理は、もはや「幼児のケンカ」のレベルであるが、これらの松岡の行動によって多大な迷惑・被害を被(こうむ)ったのは、他でもない、松岡が会員となっている「日本宗教学会」ならびに「日本印度学仏教学会」、それに、松岡に学術博士号を与えてしまった東京大学ではあるまいか。
なぜなら、松岡の行なった卑劣な行為によって、少なくとも関係者の間では、これらの団体・大学に対する評価が、確実に下がったからである。
「日本宗教学会」は、昭和5年に設立されて以来、すでに75年の歴史を有し、現在、国内外に約2千百名の会員数を誇(ほこ)る、宗教研究のための全国的な学術団体としてはもっとも包括(ほうかつ)的な組織。
「日本印度学仏教学会」は、インド哲学と仏教学の学会組織として昭和26年に創立され、会員数約2千4百名を誇る、人文社会系の学会としては日本で最大規模の学会。
そして東京大学は、言うまでもなく国立大学の最高峰と位置付けられている、名門中の名門大学である。
しかるに、これらの団体・大学は、その規模の大きさが災(わざわ)いしてか、入会・入学に関する審査の過程において、松岡が、そこに籍を置くにふさわしい人格を備えているか、否かの、見極めが不足していたのかもしれない。
そもそも松岡は、幼児性と攻撃性、"ウソ"を並べ立てても平気でいられる謀略(ぼうりゃく)性を兼ね備えた"人格破綻(はたん)者"である。それは、松岡が宗門から脱落した過程で、すでに露(あら)わになっている。
すなわち松岡らは、平成4年3月30日、大奥での非教師お目通りの際、日顕上人に罵声(ばせい)を浴びせて遁走(とんそう)。そしてその翌日、松岡らは、宗門離脱を宣言する記者会見を開いたのだが、その際、松岡は、顔面に大きな湿布薬を貼(は)って現われ、"騒ぎの際に集団暴行を受けた"と主張してみせたのである。
しかし実際には、僧侶方が暴力を振るった事実などなかった。
そればかりか松岡は、この大騒ぎを起こすわずか3週間前には、法華講員に向かって
「池田(大作)さんは堕(だ)地獄必定です」
「これ(学会破門)で、すっきりしました」
「(脱落僧の宮川雄法は)とんでもない僧侶です。得度した後も、学会の毒気が抜けない、ひどい人物」
「(当時の御仲居・駒井専道尊師に対する脱落僧共の誹謗〈ひぼう〉について)御仲居さんは、絶対にこんなことはしませんよ」
「離脱した僧侶は、学会から支度金○千万円と月給をもらっているんです」
などと語っていたのである。
離脱するまではボロを出すまい、としたのだろうが、自分目身の保身のためなら平気で腹にもないことを言い、離脱してしまえば、今度は平気で"暴力を振るわれた"とウソをつく松岡―。
松岡はそれ以後も、学会内部で"離脱僧"として宗門誹謗を繰り返したが、在勤中の松岡を知る法華講員から、その"ウソ"を暴(あば)かれたこともある。
要するに松岡は、捏造(ねつぞう)やデマであることを承知の上で、それを平気で語れる人物であり、宗教者としてはもちろん、真実を探求すべき、いわゆる学者・研究者と呼ばれる人々に求められる人格とは、全くの対極にある人格を持つことが明らかである。
そんな松岡だからこそ、自分を権威付け、その権威を笠に、自分の主義・主張を押し通すためにも、東京大学を選んで博士号を取り、日本でも有数の宗教関係の学術団体に籍を置いたのであろう。松岡に利用された団体・大学、およびその関係者には、つくづくお気の毒としか言いようがない。
それにしても、このような松岡の権威偏重主義は、いったい、どこから生じたのか。
毎日の『聖教新聞』を眺(なが)めれば一目瞭然だが、創価学会は、池田大作が各国・各大学から顕彰されていることをことさらに取り上げ、また、著名人との交流を(すでに故人となった著名人とのことまで)繰り返し繰り返し報ずることにより、池田を権威付けることに余念がない。
こうした創価学会の権威指向は、彼らの発行する怪文書にまで現われており、例えば、先の、松岡による10項目の質問状に対する宗門の対応を誹謗した『フェイク』(619号)には、
「日顕(上人)が松岡雄茂氏の質問状に激怒」
「東大の博士に嫉妬(しっと)」
「『博士がなんだ』と捨て台詞(ゼリフ)」
等の見出しが付けられ、
「松岡氏は昨年春、東大で博士号を取得。今回の質問状は『日本宗教学会会員・日本印度学仏教学会会員学術博士』として日顕(上人)宛に送付したのだ」
などと書かれている。
要するに、日蓮正宗から破門されて、中身のなくなった創価学会は、会員をつなぎ止めておくため、「権威偏重主義」に走らざるを得なかったのであろう。
それが、反映して、学会に飼われている脱落僧・松岡も、上辺(うわべ)の権威に執着したに違いない。
我らは、こうした、仏法者にあるまじき名聞名利(みょうもんみょうり)の者共の正体を見抜き、その上辺の権威に欺(あざむ)かれることなく、徹底的に折伏していこうではないか。
