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―公明党離党した現職参議・福本潤一氏が暴露―
―離党表明記者会見で公明党の体質を指弾―
―渦中の福本潤一議員に単独取材を敢行!―
6月15日、公明党参議院議員の福本潤一氏が記者会見を開き、党に対し離党届を提出したと発表、「公明党はアンチ・ヒューマニズム」「全体主義的傾向がある」と公明党批判を展開した。
これに対し公明党は、18日に党の中央規律委員会を開き、福本氏を除名処分に。
【公明党に「信教の自由」なし】
福本氏は東京大学在学中の昭和43年10月12日に入信。以来、創価学会員ではあっても、信仰的には、自分はあくまでも「日蓮正宗創価学会」の会員である、というイメージできた、という。
その福本氏は東大法華経研究会に籍を置き、最終的には総合委員長まで務めた人物。学会教学部長の斉藤克司とは5年間同居し、現会長の原田稔は先輩に、副会長(元総合青年部長)の谷川佳樹は後輩にあたる。
東大大学院博士課程を修了後、愛媛大学の助教授として地域環境工学に取り組んでいたところ、平成7年、当時の新進党からの要請で参院選に出馬して当選し、現在は2期目。その福本氏が語った「勇退」の真相はこうだ。
昨年1月、福本氏の政策秘書を務めていた馬田泰廣氏が死去。遺族の意向により、葬儀は日蓮正宗で行なうこととなった。
福本氏としては当然のように、初当選以来、ずっと政策秘書を務めてきてくれた馬田氏に報(むく)いたいとの念から、自分が葬儀委員長を務め、葬儀を立派に執(と)り行なってあげたい、と考えた。
ところが、馬田氏の葬儀が日蓮正宗で行なわれることを聞きつけた公明党秘書会長から、「葬儀委員長を務めるなどとんでもない!葬儀に参列してもいけない。マスコミに嗅(か)ぎつけられたら大騒ぎになるから、党内への訃報(ふほう)も回覧しないように」と強く申し渡されてしまったのである。
党首脳部などとも綿密に連携している秘書会長--言い換えるなら"公明党の裏の顔"のような存在から強く言われてしまえば、福本氏としても、不本意ながら従うほかない。福本氏としては、馬田氏の未亡人に電話を入れて事情を説明し、葬儀の前日に馬田氏の自宅に赴(おもむ)いて、読経・唱題するのが精一杯だったという。
それから3ヶ月が過ぎ、議員の間で次期参院選の公認に関する話が取り交わされるようになった4月、福本氏は、学会の方面幹部から「近々、冬柴から呼び出しがかかるぞ」と教えられた。
その学会幹部の話によると、学会と公明党との間の協議で決められた比例区の"区割り"は、すでに学会の最高幹部会で発表されており、中国・四国ブロックの候補者名は空白になっていた、というのである。
その学会幹部の言葉どおり、福本氏は冬柴幹事長(当時)に呼び出された。
福本氏が冬柴を訪ねていくと、そこには神崎代表(当時)もいた。そして福本氏は、その場で冬柴から「今期は公認しない」と言い渡されたのである。
福本氏としては3期目を目指すつもりで、年初に地元で行なわれた賀詞交換会に出席し、公認されることを前提に"どうぞよろしく"と挨拶もしている。
納得のいかない福本氏がその理由を尋ねると、神崎が"馬田氏の葬儀問題"を口にし、冬柴もそれに同調したという。
これにより福本氏は、"政策秘書の葬儀が日蓮正宗で行なわれたのは、秘書の管理ができていない証拠"という理由で、自分は"管理者責任"を問われたのだ、と認識したのである。
秘書の葬儀が日蓮正宗で行なわれたことを理由に所属議員の公認を見送る―いくら支援団体である創価学会の手前があろうとも、日本国憲法には「信教の自由」が高らかに謳(うた)われている。そして公明党は、国民の血税から支出される政党助成金を受け取っている「公党」なのだ。
秘書の葬儀の宗旨にクレームを付け、それを理由に公認候補から外したとしたら、それこそ言語道断。憲法を遵守(じゅんしゅ)すべき公党として許されないことは自明の理である。
【「学会が上で党が下」さらに池田はその上に君臨】
<公明党の使命>
福本氏が離党を申し入れた際、太田昭宏は、
「公明党議員に離党はない。公明党議員は一生、公明党議員なんだ!」
と言い放って離党届を受理しなかったという。
また創価学会の方面幹部(副会長)は、
「公明党議員の使命は何か分かっているのか!?池田先生と創価学会を守ることが公明党議員の使命なんだ。君はその使命を分かっているのか!」
と福本氏に教訓したという。
<勤行会・本部幹部会・そして池田大作への報告書>
太田昭宏さんが公明党の代表になってから、より深刻になったのは、学会に毎月報告書を提出しなければならなくなったことと、議員が全員揃(そろ)って党本部で勤行をすることが頻繁になり、しかも、勤行会への参加回数が"評価"の対象にされるようになってしまったことです。
じつは、創価大学でも今、同様の問題が起きているといいます。長谷川副会長が創価大学の担当になってから、大学職員ばかりでなく教授までが参加しての早朝勤行が常態化していることに、教授陣かち不満の声が盛んに上がっている、ということです。
さて、「報告書」のことについて、もう少し詳しく話しましょう。
学会の本部幹部会へは、毎回、30人ほどの公明党の国会議員が参加することになっています。ですから、だいたい3回に1回の割合で"順番"が回ってきます。それは国会の会期中であっても、です。
そのため議員達は、外部の人間からそれと気付かれないよう、三々五々、八王子などの本部幹部会の会場に入るのです。会場内で座る位置は、写真や同時放送のカメラに絶対写らない位置です。
本部幹部会終了後には、報告書を書いて提出しなければなりません。そもそも、池田大作が出席した会合に参加した学会幹部は全員、報告書を書く、というルールになっているのです。公明党議員もその例外ではない、ということです。
池田名誉会長宛(あ)ての報告書は、宛先を空欄にします。それで、どこに上がる報告書かが判(わか)るのです。というのは、原島嵩さんに報告書のコピーを持ち出されたことが教訓になり、池田名誉会長宛ての報告書は、宛先を空欄にするようになったからです。
ですから、報告書の書き出しは、必然的に「御健康な先生・奥様のもと、本部幹部会に参加させていただいて、ありがとうこざいました」といった具合いになります。しかも、こうした"定型文"が入っているか否かも、チェックの対象になっているのです。
会合に参加したときには報告書を出すだけでなく、まず秋谷会長のところにあいさつに行き、次に第1庶務(※池田大作の秘書室)にあいさつに行きます。
<「お前は池田先生と同列か!?」との注意>
もっとも、公明党議員は、こうした報告を通してだけでなく、学会員の監視の目によって、その一挙手一投足が全て創価学会に把握(はあく)されている、と言っても過言ではありません。
私が演説の中で、「昭和43年10月12日に19歳で入信し」と語った時には、後から「福本君、『19歳の時に』というのはヤバイよ。池田先生と自分を同列に見ているのか?『19歳の時に』というのは言うべきではない」と、学会幹部にきつくたしなめられたことがあります(※「19歳」というのは、池田大作が入信した時の年齢)。
こうした公明党の内情をよく知る自民党の野中広務(幹事長。現在は引退)さんから「君達のところは『SCIA』だ」と言われたこともありますよ。(笑い)
<「神崎、立て!」>
私が出席した本部幹部会では、こんなこともありました。ちょうど、神崎武法さんが公朋党代表の座を太田さんに譲った、すぐ後の出来事です。
池田名誉会長が「秋谷、立て!」「神崎、立て!」と命じ、いきなり「神崎、お前は秋谷にいじめられたそうだな」と問いただす。すると神崎氏が「はい!」と答える―。何のことはない、学会の会長である秋谷さんが公明党代表の神崎さんを辞任させたのだ、と印象付けるためのパフォーマンスなんですよ。もちろん、そんな場面が一般会員の目に触れることは絶対にありませし、「口外秘」です。
【その気がなくとも強制される竹入氏批判】
竹入氏についてですが、今、公明党が竹入氏を訴えている裁判について、関係者から「あれは政治的裁判だ」というボヤキを聞いています。
また、亡くなった馬田氏は、長く公明党秘書会長を務めていた優秀な人物でしたが、その彼が、竹入時代を評して「あの頃は本物の政治家が生まれていたが、今は創価学会の官僚が政治をやっている」という言い方をしていましたよ。
それから、日蓮正宗や竹入氏を誹謗(ひぼう)することは、公明党議員OBに与えられる「役務(えきむ)」でもあります。私が勇退を拒(こば)み、離党を決意した理由の1つに、"0Bになって、日蓮正宗攻撃や竹入氏攻撃に駆り出されてはかなわない"という思いがありました。
OB議員は、持ち回りで竹入氏攻撃をさせられています。「今回は君が竹入糾弾文章を書け」と言われてしまえば、言われた本人にそんな気持ちはなくとも、糾弾文章を書かざるを得ないのです。
だから、自分が竹入さんについて知っていることを、わざと悪意の目で書く。また、批判的でない議員には竹入批判の指導をしなければならない。つまり、悪人像を作り上げための組織活動に加担しなければいけない。私にはとても耐えられません。

(佐高信著『田原総一郎よ驕るなかれ』毎日新聞社H18.1.30)
久しぶりの「ら」である。マチャミとか呼ばれる久本がテレビに出ていると、私はすぐにスイッチを切るか変えるかするが、久本をはじめとした創価学会系タレントは見るに忍びない。自分の意志をもたない操り人形は痛々しくて見ていられないのである。操っているのは言うまでもなく池田大作だが、池田を「増上慢」とすれば、久本らは「卑下慢」となる。『広辞苑』を引くと、増上慢は「まだ悟りを得ないのに、得たと思ってたかぶること」、あるいは「実力が伴わないのに自慢すること」と出てくる。池田にぴったりだろう。それに対して卑下慢は、自慢することは同じだが、自分を卑しめ見下しながら、それを美徳として誇るのである。『広辞苑』には「形は随分へりくだりて、内心人に傲(おご)る気象ある者もあり。是を卑下慢といへり」という文例が引いてある。屈折した自慢で、出っ歯などの自分の醜さを表に出して笑いを取る久本の下品さに私は目をそむけたくなるのである。
もう1つは、私はむずかしいことはわかりませんが、と自らを卑下しつつ、結局は増上慢の池田を支えている久本らの装われた無知と鈍感さに腹が立つ。
たとえば、突如始まった公明党元委員長の矢野絢也への、創価学会のバッシングにも、学会系タレントは「反対しない」という形で加わるのだろう。学会は前に矢野の前の委員長の竹入義勝に対しても凄まじい攻撃を加えた。現在の代表の神崎武法もいつ同じ目に遭うか、わからない。公明党はこんな異常な党であり、その背後の学会も異常な集団なのである。1984年9月21日の公明党拡大中央執行委員会で、ある幹部が、
「これからの党をどうするんだ。学会は、党と議員を無茶苦茶に言う。本部のいいなりだ。我々は『もの』だ。『もの』ですよ、『もの』」
と言ったので、当時委員長だった竹入と書記長だった矢野が、
「そんなことは言ってはいかん。考えてもいかん」
と厳しく叱責した。しかし、その後2人で話すうち、
「さっきは彼に厳しく注意したが、(われわれも)秋谷会長も『もの』か」
ということになった。つまり、池田の指示によって重要な会議への出席を止められたり、委員長を続けさせられたりするからである。
こんな話がある。夫が公明党の国会議員だった女性が、公明党議員の妻たちを集めた「芙蓉会」なるものに出た。すると、池田夫人の香峯子と創価学会の幹部だった柏原ヤスが信心指導をし、柏原は
「池田先生に献げた夫なのだから、決して自分の主人と思うな」
と叫んだ後で、
「Sさん、立ちなさい」
と言った。病気になった彼女が夫に、
「帰って来てほしい」
と電話をかけたことを捉えて柏原は、
「議員は池田先生をお守りしなければならない。夫を私有物とするな」
と叱りつけたのである。それはそれは激しいもので、自分が死にかかっても夫には絶対電話はできをい、と聞いていた彼女は思ったという。池田のためにみんな犠牲になるのである。

(山田直樹=ジャーナリスト『フォーラム21』H17.6.1)
【余りに多くの学会員が犯罪に手を染めてきた】
雑誌記者時代、ある法曹関係者に不躾な質問をしたことがある、
「少なくとも粗暴犯がどんな宗教の信者か、調べて再犯防止に役立てたりしないんですか。オウムの事件もあったことだし、公安は洲べてるでしょうけど受刑者からデ一タを取ったり……」
せせら笑うかのように、相手は答えた。
「そりぁ時間のムダ。日本人はだいたい無宗教だし、人権派の弁護士にでも知れてみなさい、"信教の自由を侵害した"と騒がれるのがオチ」
だがこの回答に、筆者は決して満足していない。95年秋、「創価学会による被害者の会」や日蓮正宗信徒たちの協力を得て、筆者の所属する週刊誌編集部はアンケート調査を実施した。このことは何度か書いているが、「創価学会関係者と思われる人物から、何らかの嫌がらせを受けたことがあるか」の問いに対して、実に生々しい回答が寄せられた。もちろんこの回答の多くは、91年秋の日蓮正宗による創価学会破門を機に学会を脱会した人々だ。回答にさまざまなバイアスがかかっているとも考えられる。従って、嫌がらせの具体的事例を記事化するにあたっては改めて回答者本人の話を聞いた。ポイントは、嫌がらせの相手が創価学会と思われる根拠、痕跡と証言内容が時系列的、論理的に成立するか否かだった。
結果的には、深夜寝静まった折に実行されたケースのように判定不可能なものは別にして、多くの人々が遭遇した嫌がらせ相手が、氏名・所属、住所も特定しうる明々白々な創価学会員達だった。
それを信仰、教義の間での争い事のみで捉えるのは正しいのだろうか。だいたい、誰が何を信じようと自由であり、信じないこともまた自由。憲法が保証する「信教の自由」とは、そういうものである。他者から"信仰を強制される"ならば、それは戦前の神道(宗教でなく伝統とすり替えた)と他宗の信者の関係と同義になる。
脱会した者の家へ押しかけ、また逆に完全にシカトを決めこみ、脅迫電話をかける行為は明らかに社会的犯罪である。創価学会本体は、いつもこういう言い訳を用意していた。
「会員に(嫌がらせを)指示したことなどない。個々の行為については、掌握していない」
無論、これは詭弁に過ぎず、行動を指示する内部文書は山のように集まった。で、話がそこに及べば、
「山所不明の文書を前提にした話に回答の義務はない」
―ところが、加害者や被害者が創価学会員で人間関係の縫れから会館内で起きた殺人未遂事件のケース(99年5月)では、「世間を騒がせ申し訳ない」というような"一般的コメント"でお茶を濁す。しかし我々は知っている。余りに多くの創価学会員が犯罪に手を染めてきたことを。それを指摘すると、創価学会関係者はだいたいこう言うのである。
「なにせ大きな組織ですから…」
まるですべての犯罪者の中では"少数派"に過ぎないじゃないかと言いたげなようである。ここで創価学会員による犯罪史を書きつらねる紙幅はないが、著名な事件だけを拾ってみよう。
●吉展ちゃん誘拐事件(63年)―犯人の小原保は学会員で、奪取した身代金を仏壇に置き、題目を上げていた。
●宝石商・金融業者強盗殺人事件(84年)―犯人は元警察官・沢地和夫。沢地は事件後、「(学会に)入信したおかげで借金を返すことが出来た」と船橋市の学会支部総会で、功徳を披瀝し体験発表していた。
●長野県でバラバラ死体が発見された母子殺害事件(89年)―この時筆者は、事件現場アパートヘ取材に赴いたが、明らかに死臭を感じた初めての体験だった。犯人は夫で、妻ともども熱心な学会員。死体を入れたビニール袋には『聖教新聞』が、そして放棄現場には「おしきみ」(創価学会員の仏壇には必須の植物)が置かれていた。
●大分県では日蓮正宗寺院から僧侶を誘拐し、6億円を要求する事件(89年)―犯人は学会員である。
【公明党議員にも腐敗が蔓延】
一方、元号が平成に代わる前後から目立つようになったのは、公明党議員による犯罪だ。かつては「サンズイ」を追及する爆弾質問が、公明党のウリであったが、多くの地方議会では与党、国会でもキャスティングボートを握るような状況となって、権力腐敗が蔓延していった。
●リクルート事件に連座して逮捕されたのが現職国会議員(88年)
●大阪を舞台にした「砂利船汚職事件」でも公明党議買が逮捕(88年)
●北京で買春事件(92年)
●覚醒剤取締法違反事件、所得税法違反事件、収賄事件(93年)
●現職参議院議員がセクハラで女性秘書(熱心な学会員)から訴えられた(95年)―この事件は、議員側敗訴で終結している。
●兵庫県のベテラン公明党市議が病気の妻を餓死させる事件が勃発(97年)―相互扶助を原則にする創価学会組織の"変化"が読み取れるようになった。
●現職公明党区議が少女20名以上と買春し、その様子をビデオ撮影していた事件(00年)。
もちろんその間、競争入札妨害や賭博、万引き、飲酒運転やひき逃げという毎度お馴染みの事件も起きている。組織の箍(たが)が綬み続けるのは、与党病そのものに罹っているからか。
【構造的欠陥が創学会員犯罪者を生み続ける】
学会員の事件にも時代の変化が起きた。
●創価大学出身のエリート検事による取り調べ中の暴行事件(93年)―その象徴的幕開けだった。
●埼玉県北部を舞台にした保険金殺人事件(97年)―主犯、共犯ともども学会員だった。
●岩手県の知的障害者施設で学会員の男性職員が、知的障害者(女性の人所者)を妊娠させる事件(97年)
●詐偽商法「八葉物流グループ」事件(02年)―トップも学会員、被害者の多くにも学会員という構図が生まれた。
●ドコモ携帯電話通話記録盗み出し事件(02年)
●ソフトバンク恐喝事件(04年)
関わり合いの程度には温度差があるが、選挙違反を除いても学会員による犯罪はなくならない。
しかも最近の傾向は、現実社会の犯罪動向をなぞるように犯人の低年齢化が認められる。
●東京では警察官の拳銃欲しさに刃物で襲う事件(98年)―未成年の学会員によるものだった。
●小中高と創価学園、創価高校一筋に通い続けたフリーターが凶悪事件(05年)―ゴールデンウィーク中に宮城県から上京した19歳女性に新宿駅東口で声をかけたのは長谷部泰輔容疑者(23)。当初から金銭目的の"ナンパ"だった。松戸市の自宅アパートに女性を連れ込んだ長谷部容疑者は、この被害者が就寝中にキャッシュカードを盗んで、近くのATMに向かい、預金の引き出しを試みた。だが、暗証番号が合致せず、自宅に戻ると被害者と口論となり、絞殺。死体をトランクに入れ、柏市内の水田に放置した。
筆者はことさら「創価学会員の犯罪」をあげつらうつもりはない。しかし、その教義、方針、集団の有り様が、そしてトップの指導がこうした事件に影を落としている点を簡単に否定できるだろうか。反対者、批判者への物理的暴力も伴う嫌がらせ、誹謗・中傷。「国法より仏法」という優先順位。単純に言えば、「敵を倒せ」の理屈は、「自らは正しい=絶対者」の論理に直結する。まともな宗教信徒であるなら、むしろ犯罪者は社会全体の比率に対して、皆無とはいわないが格段に低くなるはずだろう。
公明党以外の政党所属議員は、信じる宗派、宗教がバラバラのはず。であるにもかかわらず、なぜ創価学会信者である公明党議員は他党同様汚職に手を染めるのか。ここには"宗教の御利益"や"抑止力"をまったく感じることができない。
創価学会とて、同様である。すばらしい知性に率いられたと自負するこの集団から、なぜ犯罪者が現れるのか。それが止まないとすれば、信じる宗教の方に「構造的欠陥」があると考える他ないだろう。今からでも遅くはない。創価学会は「犯罪の予防」と「犯罪者の更生」においても、実績を示すべきだ。また同時に、JR西日本のごとく社会的に謝罪すべきであり、運転士=末端会員の個人的責任にすり替えてはならない。もしそれが不可能なら、宗教法人格を返上し、宗教団体としては自主解散すべきだと思う。宗教は「人間を磨く」ものなのだから。
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【会員に対する池田の鬼畜指導】
―ニセ本尊崇拝と併せ、皆三悪道に―
(『慧妙』H17.8.1)
では、彼らの独善性はいかにして培われたのであろうか――。
「帷幕(いばく)の中に謀(はか)りごとを巡らし、千里の外に勝を決する。それだけの綿密に腹をすえた計画、謀り事を完壁にして、あとは運だ。そこまでやれば、きっとやれる。」
「口八丁手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党賢)だって目的のためなら皆な謀略(ぼうりゃく)じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心を守るため、学会を守るためだ。」
かように"自分の欲望を実現するためなら、いかなる謀略も厭(いと)わない"と公言して憚(はばか)らないのは、他ならぬ池田大作である。まさに、これは、「強い者を恐れ、弱い者をあなどり、理性を失って倫理・道徳をわきまえず、本能的欲望のままに行動していく」(『仏教哲学大事典』)畜生の姿そのものといえよう。
しかして、こうした異常な池田発言に加え、学会では、池田センセーの指導を実現していくための対境として、ニセ本尊を配布しているのである。
日蓮大聖人は
「諸宗は本尊にまどえり。(中略)例せば、三皇已前に父をしらず、人皆禽獣(きんじゅう)に同ぜしがごとし。寿量品をしらざる諸宗の者は畜に同じ。不知恩の者なり」(御書554頁)
と仰せである。
寿量品の仏たる御本尊を偽造するようなことは、まさに「畜に同じ。不知恩の者」であり、そのニセ本尊を拝み、池田の鬼畜のごとき指導・薫陶を受ける者達が、三悪道に堕ちることは、当然の結果ともいえる。
されば、創価学会員による凶悪犯罪・異常犯罪は、ますます増えることこそあれ、減ることはありえないだろう。
我々は、そのことをしっかりと肝(きも)に銘じ、1人でも多くの学会員を救い出すべく、全力で折伏を行じていこうではないか。

(『週刊新潮』H16.9.23抜粋編集)
発行部数100万部といわれるアメリカ屈指の経済誌『フォーブス』が突然、創価学会の批判記事を掲載した。「先生の世界」と題された記事(9月6日号)は、冒頭から「池田大作の奇妙な帝国」と、学会を痛烈に皮肉っている。以下にご紹介するのは、アメリカ人記者が半年以上かけて綿密に取材した創価学会の内幕―。
5ぺ-ジに及ぶ記事のタイトルは英語で「Sensei's World」。そのまま日本語に訳せば「先生の世界」……。むろん、この「先生」という単語が池田大作・創価学会インタナショナル(以下SGI)会長を指しているのは明白だから、これだけでも皮肉たっぷりとわかるが、冒頭の見開きの右側ぺージには丁寧に池田会長をデフォルメした、ギョッとするようなイラストまで掲載されている。
大きな黒い鉄の鍵を手にした池田会長が、顔に鍵穴のあるのっぺらぼうの信者たちを従え、座禅したまま空中に浮遊しているイラストは「創価学会のキーマン」を象徴する隠喩(いんゆ)にしてはかなり辛口な印象だ。しかし、実は、記事の中身の方もこのイラストに負けず劣らず、辛口の内容だったのである。
<アメリカ創価大学>
◆創立3年目の創価大学は、オレンジ郡郊外の103エーカー(約41万平方メートル=編集部注)のキャンパスにこれまでに約3億ドルを費やしてきたが、工事は現在も行なわれている。この秋に、創価大学のキャンパスにある豪奢(ごうしゃ)なロマネスク様式の校舎を行き交うのは、わずかに400人の学生だ
◆教授陣が学会上層部の介入について苦情を表明したことで、創価大学の実態が次第に明らかになっていった。5〜6名のスタッフはすでに大学を離れており、(中略)1人は訴訟を起こしている。また、裁判所に調停を申し立てた議員もいる・・・
◆創価大学は、このアメリカの学間の砦(とりで)を老いたセンセイがもうじき訪れる予定があるという噂を否定している。創価学会会長のポストを誰が継承するかも決まってはいない。池田の2人の息子は、創価学会の副会長だが、学会は、世襲制を否定している。その一方で、税制の優遇措置を受けた何十億もの資金が今も学会に転がり込み、そのほぼ全てが、世界各国の税務当局の権限外となっている
<池田大作>
◆この会は44年間にわたって、熱心な宗教家の一面を見せながらも、執拗に自己権力の拡大に努めた池田大作に率いられてきた
◆池田の目的は何なのか?創価学会の統率権を獲得した5年後、池田は、日本のライターに、「私は日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」と述べている。(中略)信者たちは、池田をマーティン・ルーサー・キング・ジュニアや、マハトマ・ガンジーと同等の存在とみなして、池田の講演旅行の準備」をしている
◆「あなたは先生の心を自らの心としなければならない。あなたは、自分自身の夢ではなく、(池田の)夢を実現しなければならないということです」と述べるのは(中略)元信者であり側近でもあったリサ・ジヨーンズだ。彼女は現在、"創価学会を疑う"ウェブサイトを運営している。「彼の夢は、広宣流布であり、または学会員が言う"世界平和"であり、これは、世界の3分の1の人々が経を唱え、3分の1の人が、池田を祝福し、残りの3分の1の人が無関心という時に実現するだろうとされています」
<財務と資産>
◆創価学会も財務状況が明らかでない宗教組織のケースだ。池田(76)は、創価学会の世界的な組織となっている創価学会インタナショナルの会長で、学会には1200万人の信者がいると言っており、10年前に日本の国会議員が1000億ドルの資産価値があるとした帝国を束ねている
◆学会の広範囲にわたる国際資産には、フランスやイギリスの私有地が含まれている。創価学会は、カリフォルニアの金ぴかのサンタモニカにあるウイルシャー大通りの海岸寄りに、向かい合って高層のオフィスビルと講堂を所有している。近郊の丘の近くには、キング・ジレット農場を持っているが、これは、。『風と共に去りぬ』という映画の「タラの農場」のロケ現場となった。ニューヨークのユニオン・スクエア近くにある600万ドル近い物も含めて、数多くの礼拝所が世界各地に存在する
<犯罪>
◆仏教の日蓮宗派から喧嘩別れした創価学会には、暴力や恐喝、脅迫の嫌疑が渦巻いている。日本の創価学会の会員が、違法な盗聴行為や、非公開のデータベースに侵入したとして告発されるという事態も起きている
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◆この記事で訴えたかったのは、何をやっているか、よくわからないこの組織が巨額の金と巨大な権力を動かしているという事実です。それから、世界平和や民主主義を謳(うた)いながら、その一方で、創価学会という組織の中は、民主主義など全くない。トップダウンで、全員が池田会長のマリオネットのような発言ばかりしていますよね(記事を執筆したベンジャミン・フルフォード=『フォーブス』アジア太平洋支局長)
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創価学会は、先入観のない経験豊富な外人ジャーナリストの目にも、「池田帝国(センセイノセカイ)」と映ったようなのである。
[画像]:「Sensei's World」と題する『フォーブス』誌の学会解剖記事
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『フォーブス』には、目下、SGIから記事の撤回、訂正を求める激しい抗議文が届いており、この翌号の『フォーブス』には創価学会の秋谷栄之助会長の反論も掲載された。しかし、その反論文に『フォーブス』が付けたタイトルは「帝国からの返信」であり、同誌が少しも"反省"していないことが窺える。
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戸田先生は「信なき言論は煙のごとし」と宣言された。確固たる信念、信条のない「言論の暴力」とは、断固、戦え!これが戸田先生の叫びである。もちろん、中立・公正な「批判」ならば、いい。だが、悪意のデマ、中傷は断じて許さない(秋谷栄之助『聖教新聞』H16.9.14)
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ならば借問しよう。中立・公正な批判かどうか。それを決定するのは誰か。そして、どんなプロセスを経てそれを確定していくのか。是非とも方法と道筋を示してもらいたいものだ。(『フォーラム21』H16.10.15)

―「降魔の剣」―
(『慧妙』H16.1.16)
▼狂信カルト教団のすることは、一般常識人には計り知れないものがある。本年もまた、総本山大石寺で執(と)り行なわれた本年の元旦勤行及び唱題行に、新年早々、創価学会の謀略部隊が潜入していたのである。およそ他の宗教団体で信仰礼拝する行事に、宗旨の違う教団の信者が入り込むこと自体、異常としか言いようがない
▼このような呆(あき)れた行為を平然とやってのけるカルトの洗脳の凄(すさ)まじさには、ただただ驚くばかりである。ちなみに、この戯(たわ)け者たちは、行事終了後、総本山に隣接している学会の"大石寺見張り小屋"と称される建物に、報告のため出入りしているという
▼彼らが潜入する目的は何かといえば、第1に、怪文書作成のための情報収集である。第2には、仕入れた情報を歪曲(わいきょく)して騒ぎ立て、学会員に対する宗門敵視の洗脳を深め、あわよくば、宗門の内部攪乱(かくらん) を狙っているのである。
▼なお彼らが情報収集しようと企(たくら)む最大のターゲットは、御法主日顕上人猊下であり、その証拠に彼らは、猊下のお言葉がある日には、必ず行事への潜入を試みるのだ
▼誰にでも分かる異常な行為が、まったく異常と認識できない学会員たち。その他にも、昨年12月19日の猊下のお誕生日に、組織を挙(あ)げて行なった『日顕(上人)打倒唱題会』なるものは、まさに狂気(カルト)の証明であろう。結集に結集を呼びかけ、「ゴントウリキ、ゴントウリキ」と、怨念の題目を唱える鬼気迫る姿
▼本年は『破邪顕正の年』。そんな狂った彼らを救う1年にしていこうではないか。

――「アンチ学会」の急先鋒だったはずの総理の変節―
(国正武重=政治評論家『文藝春秋』H15.8抜粋)
<変質した公明党の基本理念>
99年7月、公明党は小渕政権下で連立与党に参画する。以来満4年、公明党のホームページを見ると、「公明党が『生活者の視点』で積み重ねてきた数々の実績」として、中小企業対策、児童手当てと育児休業制度の拡大、保育所待機ゼロ作戦などを挙げて誇っている。
しかし一方で、平和、人権、福祉を不動の価値としてきた創価学会・公明党が変質してきたことも事実だ。
たとえば、「清潔で金にきれいな党」の面影はどこに行ったのか。企業献金規制は公明党が長く掲げてきた政策にもかかわらず、今国会では企業・団体献金の公開基準引き上げを容認した。
何より、公明党・創価学会グループは「永世平和」を希求してきたはずだった。ところが、01年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生すると、テロ対策特別措置法が浮上した。公明党は逡巡したが、冬柴鐵三幹事長が自民党の山崎幹事長らとひそかに会い、時限立法で合意すると、一気に軟化して法案の骨子を固めた。冬柴氏は「緊急性にかんがみてトップダウンでやるしかなかった」と釈明したが、党内からは不満が吹き出した。
党ばかりでなく、池田名誉会長も今年1月26日に、テロ、大量破壊兵器問題について提案を発表。「軍事力を全否定することは、政治の場でのオプション、選択肢としては必ずしも現実的とはいえない」と語ったのは、一連の与党連立によるブレを指摘したものととれる。
イラク戦争後、イラク支援特別措置法案が焦点となると、公明党はますます前のめりになっていく。武器・弾薬の陸上輸送について神崎代表は6月11日、「武器・弾薬を除外すると、おそらく1つひとつの貨物について武器・弾薬が入っていないのかどうかを確認するという煩瑣な作業になる」と、これを容認する考えを示した。
実は、前日の公明党政調全体会議では「まだ大量破壌兵器が見つかっていない。イラク戦争の正当性が疑われているのに、自衛隊を派遺する必要があるのか」と批判が出たばかりだが、神崎代表は「大人の判断」で先行したようだ。
自民党側もしてやったり。「イラク特措法案では公明党は自民党より先に了承してくれた。大助かりですよ」(自民党幹部)というのも、この法案に盛り込まれた大量破壊兵器の処理に冬柴氏がいちはやく承諾を与えていたにもかかわらず、自民党内の反対でこの項目が削除されたという、あべこべの状況まで起きているからだ。
急激な変化に支持者はついてこられるのだろうか。公明党三役経験者はこう答える。「違和感を覚える学会員がいても、変化を進化と捉える上層部が、『お前たちの言うことは時代遅れだ』と説得すれば、結果的にそれに従うのです。教団では、上層部の指導に従わないと自分の人生を『全否定』することになる。創価学会員は自分で自分を説得するのです」。「下駄の雪」として踏みつけられるのは、今度は一人一人の学会員なのかもしれない。

特集/「池田私兵」養成機関・創価大学の真実
―「派閥抗争と秘密主義」の実態―
(乙骨正生『フォーラム21』H15.5.1抜粋・要旨)
このほどアメリカ創価大学のあるカリフォルニア州オレンジ郡で発行されている地元紙「ザ・オレンジカウンティ・レジスター」の記事によってアメリカ創価大学の隠れた実態が明らかとなった。
<渦巻く派閥抗争と秘密主義>
問題の記事は、2月28日付同紙電子版に掲載されたスーザン・ギル・バードン記者による「キャンパスの美しい壁の中では、派閥抗争と秘密主義が渦巻いている」と題するアメリカ創価大学についてのレポート。それはこんな書き出しで始まっている。
「(アメリカ)創価大学開校当時より在籍していた20人の教授陣のうち、4半数にのぼる教授が既に辞職するか、6月までに辞職することになっている。これは、仏教セクト(創価学会)によって設立された(創価)大学が、自由かつ無宗教を掲げた教育現場において、(創価学会が)本来の目的とする宗教教育を行わなければならないという2つの対立する目的のために生じた問題である」
ここに記された辞職した教授の1人で、いまはカリフォルニア州立大学フルトン校に再就職している元生物学教授アン・ハウトマン女史は、顔写真入りで紙面に登場。「公約」を守らないアメリカ創価大学の欺瞞的体質をこう証言する。ちなみにアン元教授は、「一時、(アメリカ)創価大学の中でも最も高名で精力的な教授の1人であった」という。
「新設された(創価)大学は、最初に公約したはずの自由と無宗教という理念を全く実行していない」
これを受けてレポートは、創価大学が「自由」と「無宗教」という公約を踏みにじっているばかりか、創価学会本部の傘下にある大学本部によって厳しく統制されているという事実を次のように報じている。
「103エーカー(約12万6000坪)の広大な敷地を持つキャンパスは、2001年8月に開校されたが、当初、世界平和、人権擁護を目的に謳い、教授と学生がともに、カリキュラムの作成、教授の採用、予算作成にまで参加できるという非常にリベラルな学芸大学であるとして、学生募集を行っていた。
だが、『そのような公約は一切守られなかった』と証言する教授や学生は少なくない。また、彼らの証言によれば、ほとんどの決定は、創価学会員のみによって構成されている大学本部によりなされていた。しかも非学会員の教授や学生が、大学本部の決定に対して不服を申し立てることは非常にはばかられた」
再びアン・ハウトマン元教授の証言を引用するレポート。アン元教授はアメリカ創価大学の実態をこう厳しく批判している。
「前に述べたような環境は、大学などすべての教育現場における理想ですが、創価大学内の教育現場は、こうした美辞麗句と正反対の対局に位置し、秘密主義、階級組織、高圧的で偽りの環境だった」
<宗教差別や不当解雇で訴訟も惹起>
レポートでは、創価大学を解雇された美術担当の前教授や図書館館長が、宗教差別と契約不履行を理由に創価大学を提訴していること。また、アン元教授をはじめ、情報システム部長、企業専門研究員、学籍担当事務官など4人の重要な教授ならびに事務職員がここ数カ月の間に辞職したことを紹介。「創価大学の抱える問題は、単に文化や宗教の違いによる誤解よりも、もっと根深い問題である」として、以下のように大学本部の理事等の弁解が詭弁にすぎないことを事実に即して浮き彫りにしていく。
ハウトマン教授は、創価学会員の教授は、特別待遇を受けていると主張する。学会員の教授だけは、学生募集のための出張に参加できるが、非学会員の教授はそうしたことを知らされてもいなかった。また、新任の社会心理学教授も含めて何人かの学会員の教授は、ダニエル・ハブキ創価大学理事により直接採用されるが、非学会員の教授は、全国から募集を行い、選抜された後に、ようやく雇用契約を結ぶことになる」
「既に十数人の学生が、大学を中退したが、その理由として、学内の張りつめた雰囲気や大学の研究科目プログラム、来学期より予算削減のため、教授陣も常勤ではなく、数十人の非常勤教員を採用するという大学本部の決定などを懸念している」
「これから辞めていく人達(辞めずに残る人達もいるが)は、創価大学の先行きに対して不安を抱いている。彼らは一様に、一部の教授や学生が、意見することをはばかられるような環境では、学問の自由を得ることは不可能だと断言する。そしてその事が、大学が本来追求すべき、大学のレベル向上や学生を集めるのに必要不可欠とされる大学に対する信用そのものを落としている」
<創価大学は「カルトスクール」と報道>
アメリカ創価大学の前身ともいえる創価大学ロサンゼルス分校は、ロサンゼルス郊外のマリブに開校した。だが、風光明媚で国立公園に隣接する同地で大規模開発を企てた創価大学に対して、環境保護を訴える地元住民、アメリカ政府国立公園保護局が猛反発。結局、連邦議会で創価大学用地の買い戻しが審議、可決されるにいたって創価大学側は創価大学ロス分校の大規模開発を放棄。オレンジ郡に移動して、アメリカ創価大学を開校(※'01)したのだった。
その創価大学ロサンゼルス分校の大規模開発問題を取り扱ったカリフォルニア州の地元テレビ局KABCは、創価大学を日本でもさまざまなスキャンダルを起こしている特殊な宗教団体創価学会に支配された「カルトスクール」と呼んだ。
池田氏のカリスマの源泉であるとともに、創価学会の人材養成機関としての役割を果たす創価大学。その「キャンパスの美しい壁の中」にあるおよそ人権や平和とはほど遠いおぞましいばかりの「派閥抗争と秘密主義」の実態を、この「ザ・オレンジカウンティ・レジスター」の記事は明らかにしている。

フランス創価学会
―国際ジャーナリスト・広岡裕児氏に聞く@―
―フランス国民議会の「セクト」リストに載った学会―
―その実態を検証すればリスト入りも当然!―
(『慧妙』H19.7.16編集)
これまで本紙が報じてきた創価学会の実態。それらを一々検証してみると、池田大作に率(ひき)いられる現在の創価学会は、日蓮大聖人の教義を信仰する「宗教団体」というよりも、"日蓮仏法"を騙(かた)る池田大作を崇(あが)め、池田の思想を弘(ひろ)めようとする「思想団体」であり、積極的に政治活動を展開する「政治団体」であって、その本質は「謀略(ぼうりゃく)団体」である、とするのが正しい。
その創価学会を、フランス国民議会(※日本の衆議院)特別委員会は「セクト(有害カルト)」のリストに掲載した。
「セクト」というフランス語には複数の意味があるが、フランス国民議会のリストの場合、「セクト」とは「全体主義的構造を持った結社で、宗教的目的を表明していたりいなかったりし、その態度行為は人権と社会的均衡(きんこう)を侵害するもの」と定義づけている、という。
しかし、これだけの説明で理解せよ、といわれても、戸惑(とまど)う読者が大半であろう。
そこで本紙は、去る6月、たまたま帰国中であったフランス在住の国際ジャーナリスト・広岡裕児氏に、「セクト」とは何か、創価学会は何故「セケト」といえるのかを問うてみた。
【フランス国民議会による「セクト」の定義】
―判断基準となるのは10項目の指標―
広岡裕児氏―1954年生まれ。大阪外語大学フランス語学科卒。パリ第3大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランスに在住。パシフィカ総合研究所(PSK)主任研究員を務める国際ジャーナリスト。「セクト」(「有害カルト」)問題に詳(くわ)しい。著書に『プライベート・バンキング』(総合法令)『皇族』(読売新聞社)『一等国の皇族』(中央公論社)などがある。
<「セクト」の定義>
―本日はよろしくお願いします。まず「セクト」とはいかなるものか、教えていただきたいと思います。
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〈広岡〉フランス国民議会で定義された「セクト」とは、単純化するならば、マインドコントロールを行ない、個人の自由意志を奪(うば)う、全体主義的体質を持った反社会的団体、ということになるでしょう。
「セクト」という場合、そのような反社会的団体の中でも、宗教団体であるか、宗教団体を騙(かた)る場合が多いので、英語の「有害なカルト(狂信的で異常な宗教団体)」と同義語である、と理解していただいて問題はありません。
<リスト作成の基準>
―フランス国民議会のリストは、具体的にはどのような基準で作られたのでしょうか。
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〈広岡〉フランスの場合は、次の10項目を指標に「セクト(有害なカルト)」の判別をしています。
・精神の不安定化
・法外な金銭的要求
・住み慣(な)れた生活環境からの断絶
・肉体的保全の損傷
・子供の囲い込み(強烈に教化すること)
・反社会的な説教
・公秩序の撹乱(かくらん)
・裁判沙汰(ざた)の多さ
・従来の経済回路からの逸脱(いつだつ)
・公権力ヘの浸透の試(こころ)み
この10項目の中で、いくつかの項目について説明を加えておきますと、まず、「法外な金銭的要求」は、一時的に多額の寄附をさせる場合だけでなく、次から次へと出版物や商品を買わせたり恒常的(こうじょうてき)に金品を要求したりすることも含まれます。
次に「住み慣れた生活環境からの断絶」ですが、これは、信者を教団施設内に閉じこめ、一般社会から隔離(かくり)してしまう、という意味だけではありません。
会員達が、情報操作により、他人の意見に耳を貸さなくなる、実際に起きている社会現象すら否定する、といった場合も、これに当てはまります。「子供の囲い込み」も同様です。
また、「肉体的保全の損傷」ですが、肉体的な虐待(ぎゃくたい)や束縛(そくばく)だけでなく、精神的な虐待や束縛によって、例(たと)えば精神的に追い詰められて自殺してしまう、自殺に至らなくとも精神状態に異常を来してしまう、といったケースも含まれると考えられます。
また、「従来の経済回路からの逸脱」というのは、例えば脱税であったり、詐欺(さぎ)であったり、経済に関する社会的ルールから外(はず)れた行為を行なうことです。他の5項目については、説明するまでもないでしょう。
【指標に次々当てはまる創価学会】
―これなら「リスト」入りも当然―
―では、具体的に創価学会の場合はどうでしょうか。
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〈広岡〉「精神の不安定化」等については後で述(の)べるとして、「公権力ヘの浸透の試み」は、誰の目にも明らかでしょう。もっとも、創価学会の場合は、「試み」ではなく、公明党を使う形で立派な「公権力」になってしまっていますが。(笑い)
また、「裁判沙汰の多さ」も際立(きわだ)っています。裁判沙汰というのは、創価学会が訴えられるだけでなく、創価学会が、対立する相手に対して次々と訴訟を起こすことも含めての話です。
創価学会が、日蓮正宗やマスコミを相手取って、数多くの訴訟を起こしてきたことは周知の事実です。そして、「セクト(有害カルト)」の代表格と呼ばれるような団体は皆、数多くの訴訟を起こし、また起こされてもきているのです。
―これは池田大作の実際の発言ですが、彼は、学会幹部に対して
「本当は全体主義は一番理想の形態だ」(第61回社長会=S47.6.15)
「口八丁、手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためなら皆な謀略(ぼうりゃく)じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心を守るため、学会を守るためだ」(扶養研修所での指導=S51.6.1)
などと指導し、また、一般会員を前にして
「日顕(上人)なんて(イヤな奴の)代表だ。針金でゆわえて、頭をトンカチでぶったたいて」(全国青年部幹部会=H4.12.13)
などと指導し、日蓮正宗への反発を煽(あお)ってきました。
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〈広岡〉それらは「反社会的な説教」や「公秩序の撹乱」に当たるでしょうね。
「セクト(有害なカルト)」が恐いのは、法律や社会の秩序よりも、教団の教えの方が大切だ、と思い込ませてしまうことです。
―なるほど。学会では、「世間法」や「国法」よりも「仏法律」の方が絶対だ、「仏法律」に従うためには、時には「国法」に背(そむ)くことがあっても当然である、などと教えてきましたが、それがまさに「セクト(有害カルト)」の要件に当たるわけですね。
また創価学会は、巨大墓園をめぐって脱税を指摘されたり、ルノワールの絵画に関して不可解な取り引きを行ない、社会の批判を浴びたこともあります。
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〈広岡〉それはまさに「従来の経済回路からの逸脱」でしよう。
【フランス政府の免税認定なき学会】
―政府より認定を受けた日蓮正宗―
―ところで創価学会の会員の中には、"フランス国民議会に提出された「セクト」に関する報告書の中には日蓮正宗の名前も出ている。日蓮正宗も「セクト」に認定されている"と口にする者(※<ふうふうさんのウエブナビ>WS070812参照)もいるようです。
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〈広岡〉それは違います。
まず、「セクト」としてリストアップされた173の団体の中に、「日蓮正宗」の名前はありません。あるのは「創価学会インターナショナル・フランス」の名前だけです。
ただし、報告書の文章の中には「日蓮正宗」の名前が出てきます。
それは、創価学会について説明する中で、創価学会に関連する形で登場するにしか過ぎません。
つまり、報告書の文章は、フランスの市民団体が出していた統計などを引用しているのですが、その統計は、創価学会が日蓮正宗から破門される前のものであるため、創価学会と日蓮正宗の名前が併記されてしまっているのです。ただそれだけのことです。文章を引用された市民団体は、「日蓮正宗の文字は削(けず)ってほしかった」と、非常に残念がっています。
とはいえ、それきりで、以後「日蓮正宗」の名前が出たことはありません。
一方、創価学会は、その後に作成された報告書(※首相直属の「カルト的逸脱対策関係省庁本部」の報告書)にも、一昨年・昨年と登場しています。
―では、現在のフランスにおいて、日蓮正宗と創価学会の一番大きな違いは何でしょうか。
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〈広岡〉フランス政府による税務上の扱いが象徴していると思います。
フランスでは、宗教法人は、その教義がどうであろうと、所定の書類さえ提出すれば「宗教法人(社団)」として認めてもらえる届け出制です。よって、法人の施設であっても、固定資産税の免除が認められるのは礼拝堂に限られ、贈与税の免除もありません。また、バザーすら開けないなど、宗教活動以外の活動にも厳しい制限が加えられています。
しかし、申請して国の認可を受けることができれば、贈与税などが免除されるようになるのです。
そこで創価学会では、この認可を受けようと、日蓮正宗より破門される前から申請を出し続けていますが、いまだに認められていません。
一方、日蓮正宗ですが、創価学会を破門した後に申請を行なったところ、認められているのです。
この事実から、創価学会が「セクト(有害カルト)」のリストに載(の)ったのは、かつて信奉していた日蓮正宗に関わる理由ではなく、まさに創価学会という組織の在(あ)り方が、「セクト(有害カルト)」のそれだからだ、ということが分かるでしょう。
[画像]:フランス国民会議に提出された「セクト(有害カルト)」のリストには「SGIフランス」の名がハッキリと!
―国際ジャーナリスト・広岡裕児氏に聞くA―
―過去の事件から懸念される公秩序の撹乱―
一学会の煽動で仏(フランス)現職警官が起こした事件―
(『慧妙』H19.8.1)
【「学会がセクトなら他宗団も」!?】
―言い訳しても実態はセクトに該当―
―創価学会員からの反論として、"創価学会を「セクト」と呼ぶなら、他にも「セクト」と呼ぶべき教団がある"というものもありますが。
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〈広岡〉そう主張することが「セクト(有害カルト)」の常套(じょうとう)手段なんです。つまり、他の多くの団体を、"自分たちと同じだ"というふうに言いつのることで貶(おとし)めようとし、結果として「セクト」の定義を曖昧(あいまい)にしようとするのです。
―なるほど。
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〈広岡〉また、宗教学者の中に、自分の研究対象を宗教学の立場から分析し、分類することには熱心であっても、その対象の反社会性については、あまり興味を示そうとしない人間が多い、ということが、別の問題としてあります。
そうしたタイプの宗教学者が、「セクト(有害カルト)」教団を宗教として"公平"に分析し、その成果を発表する。それによって「セクト(有害カルト)」教団たる所以(ゆえん)である反社会性が、教義の裏に隠れてしまう―。オウム真理教の問題など、まさにその典型だったのではないでしょうか。また今日、創価学会を評した一部の宗教学者の書籍にも、同じような危険性を強く感じます。
―「セクト(有害カルト)」の、宗教的側面と反社会性とは、あくまでも切り離して考えなければいけない、ということですね。
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〈広岡〉そういうことです。要するに、宗教法人といっても、他の法人と同じように社会の一員なのですから、守るべき社会のルールは守らなければならない。そこから逸脱(いつだつ)した時に、その宗教法人は「セクト(有害カルト)」と見なされる、ということです。
―次に、「セクト(有害カルト)」であることを特徴付ける重要な要素の「マインドコントロール」について教えてください。
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〈広岡〉「マインドコントロール」は、いわば、人の心の隙間(すきま)につけ込んで、その人の精神に影響を与えていく手法です。つまり、相手を自分の影響下に取り込むんです。
誰でも思い当たると思いますが、相手に対する価値観が大きく変わるのは、自分が厳しい状況・追い詰められた状況下にある時、やさしい声、励ましの声をかけられた瞬間ですよね。
―なるほど。創価学会の場合においても、多くの学会員は、"池田先生との原点"つまり、"自分は一生、池田先生について行く"と決めたきっかけを持っています。
それが、池田から声をかけられた、とか、苦しい時に池田の書いた物を読んだ、というもので、それをきっかけにして、自分で"先生に付ききっていく"と決めているわけです。
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〈広岡〉その「自分で決める」と思い込むということも重要なポイントです。本人にとっては"誰かから、そう仕向けられている"という意識がないままに、活動に没頭していくのです。
―実際の学会員の姿を見てみると、全くそのとおりですね。
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〈広岡〉ですから、一見、普通の社会生活を営(いとな)んでいるように見えても、教団から与えられた条件に従って、自ら見えない壁を作ってその中に入り込んでいる、つまり、外からの情報を遮断している。そうした状況は、先に挙(あ)げた「セクト判別のための指標」に当てはめれば、「住み慣(な)れた生活環境からの断絶」や「子供の囲い込み」などに当たる、といえるでしょう。
―本紙を手渡された学会員が、「読む必要がないから読まないのだ」「学会は絶対に正しいのだから、そんなものは読まないのだ」と言って突き返してくる状況は、まさにそれに当たるということですか。
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〈広岡〉そういえるでしょう。
―本紙には"ある精神病院を訪ねたら、患者の多くが学会員だったので驚いた"といった情報が寄せられていますが。
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〈広岡〉それは、マインドコントロールのあげくに「精神の不安定化」をきたし、精神を病むにまで至った例、ということができるかもしれません。必然的に「肉体的保全の損傷」ということにもなるでしょう。これもセクトの要件です。
―次に学会の「財務」ですが、「1口1万円」という表看板はあるものの、2桁・3桁・4桁と、どんどんエスカレートさせていく実態は、まさに「法外な金銭的要求」ですが、肝心の学会員は"申し込むも申し込まないも本人の自由。強制されることはない"と口にします。それもマインドコントロールのためなのでしょうが、しかし、細かく検証していくと、創価学会は結局、10項目の指標の全てに当てはまってしまいますね。
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〈広岡〉「セクト(有害カルト)」というものは、そういうものなのです。いや、順序は逆で、指標に当てはまるから「セクト(有害カルト)」なんです。
【フランス人警官が起こした事件!】
―創価学会・公明党の危険度は大―
―では、広岡さんの目に映(うつ)る、創価学会の危険性はどのようなものですか。
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〈広岡〉今までに出た個人の不幸のほか、社会的にはやはり、創価学会はオウム真理教などと同様、全体主義を指向する団体ですから、トップの池田大作さんによる「反社会的な説教」によって、「公秩序の撹乱(かくらん)」が起きることが最も心配な点です。
じつは、フランスでは、現職警宮が犯罪を犯した要因は、創価学会のプロパガンダによるものだった、という判決が下っています。
日本でも、学会員がNTTドコモのデータに不正アクセスした事件がありましたね。
フランスでは、学会員であるフランス人警官が、警察内のデータベースに不正にアクセスし、フランス駐在の日蓮正宗僧侶・毛利博道師に関する犯罪情報がないか、捜そうとして発覚、逮捕され、罰金刑を言い渡される、という事件がありました。
もっとも、毛利さんに関する犯罪情報などは何もなく、まあ、それは当たり前ですが(笑い)、そういう意味で事件自体も未遂(みすい)のようなものとして扱われ、フランスのマスコミも取り上げず、話題にはなりませんでした。
しかし、この事件の裁判では、"犯人宅の家宅捜索で発見された創価学会の書物の中に、日蓮正宗を攻撃し、憎悪を煽(あお)るようなものがあった。犯人はそれに触発されて事件を起こした"ということが、判決の中でしっかりと謳(うた)われたのです。
そして、これは、暴力団などにおいても一緒ですが、教団が小さいうちは表面化しなくても、大きくなってくると、組織の中でトップに媚(こ)びたり、覚えめでたくなろうとして、行きすぎる人間が出てくる。さらに、そうした人間同土が影響し合って、暴走が始まるのです。」種の自己増殖ですね。ましてや、トップが反社会的思想を持っている団体の中でこうしたことが始まると、非常に危険です。
―たしかに、創価学会が宗門から破門された直後に、日顕上人宛(あて)に拳銃の実弾入りの脅迫状が送り付けられたり、大石寺の搭中坊に銃弾が撃ち込まれたり、「大石寺に爆弾を仕掛けた」と騙(かた)る脅迫電話が架かったり、大石寺の警備員の寮に火炎瓶(かえんびん)が投げ込まれたり、といった凶悪な事件が続発しましたが、それらの事件のうち、脅迫電話を架けてきたのは創価学会の婦人部副本部長(当時)でした。
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〈広岡〉今は、池田大作さんが名誉欲に溺(おぼ)れている―勲章を貰(もら)うのが好きで、"ノーベル平和賞を貰いたい"などと思っているから、いちおう平和が保たれていますが、あの人が別のことを考え出したらどうなるか、それは、これまでの、日蓮正宗に対する仕打ちを見れば想像がつくでしょう。
もちろん、創価学会ほどの規模になれば、池田さんが危険な思想を語ったとしても、少なくとも表面上は、冷静さを保つ人も多いでしょう。
しかし、先ほど言ったような自己増殖を起こすようなタイプの人間、それが組織の中に1%いたとしたら、十万人の組織で1千人、百万人で1万人、1千万人で十万人が、何をしでかすか分からない状況になる、ということです。
―危険ですね。ところで、公明党についてはいかがでしょうか。
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〈広岡〉よく「宗教政党」といいますが、宗教政党も2種類に分類することができます。1つは、"政教分離的な"宗教政党、もう1つは、そうでない宗教政党です。
つまり、人権や法律など、今のルールというものを守ることを、宗教の教義よりも上位に置いているのが"政教分離的な"宗教政党、要するに、宗教的なモラルに則(のっと)りながら政治を行なおうとする政党です。
一方、"自分たちの信仰こそが、全てのものの上位にあるから、時には国の法律を犯すこともやむをえない"と考えているのがそうでない宗教政党、これは"原理主義政党"と呼び変えることもできるでしょう。
たまたま現時点では、"政教分離的な"宗教政党のような顔をしていても、価値観の相違が生じると"原理主義"が顔を出す、そういう政党もこれに当たります。
私は、公明党は後者の方だと思われます。
―なるほど。オウム真理教の事件が契機となって起こった、平成7年の宗教法人法改正の時の公明党議員の動きが思い出されますね。
【池田亡き後の創価学会の行方】
―原理主義派の分裂はあるか!?―
―最後に、池田亡き後、創価学会はどうなっていくと思いますか。方向を間違えると創価テロリズムに変わっていく恐れがある、との指摘も一部にありますが。
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〈広岡〉全くそのとおりだと思います。
「セクト(有害カルト)」団体は、教祖の死によって消滅してしまう団体もありますが、多くは穏健派と強硬派(原理主義派)に分裂していきます。
創価学会も、おそらく分裂していくと思われます。
つまり、"池田像"を抽象化(ちゅうしょうか)し、「先生はこう言っていた」ということで、どんどん先鋭化していくグループが現われても、おかしくはありません。
―例えば「第一警備」などというグループは、今でも「池田先生"命"」みたいな集まりなんですが、(笑い)こうした、いわゆる人材グループと呼ばれる、多くの池田シンパが先鋭化したら、これは恐いですね。
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〈広岡〉そうですね。
―創価学会の歴史を振り返ると、池田大作自身、戸田会長像を自分の都合のいいように抽象化し、戸田会長の構想を実現するのだと宣言して、今の創価学会や公明党を作り上げてきました。信仰面では、本来の、日蓮正宗の一信徒団体という立場からどんどん逸脱し、今や完全な「池田教」となってしまいました。
そのことを考え合わせると、池田亡き後の創価学会がどうなっていくかは、たいへん恐ろしい可能性もあると思われます。
本紙はこれからも、創価学会の実態とその危険性に警鐘を鳴ちし続けていきたいと思います。
お忙しいところ、どうもありがとうこざいました。
■『「フォーラム21」のセクト論を添削する』について
(<法蔵>H19.8.12)
大方の読者(閲覧者)がそうであるように、私もフランス語が皆目分からない。そのために「フランス語でこう書かれている」と言われれば、反論する術がない(苦笑)。そこが"語学に堪能な"学会員の狙い目なのかも知れないが(笑)。
そこで、ここでは仕方なく(再び苦笑)広岡氏の論文や発言を踏まえた上で、学会側の主張に対する"感想"を書きとどめることにした。
************************************************************
(1)現在、フランス議会は、173という異常に高い数の宗教団体をセクトと見なしている。
(2)同議会がそれらの宗教団体を
セクトに指定した理由は、それぞれの教義内容に基づいている。
(3)また、同議会は、特定の宗教団体をセクトに指定する際、その教義内容を12のジャンルに区分している。
(4)SGIフランスがセクトに指定された理由は、同議会が、その教義内容から、同宗教団体を
「東洋主義者」と解釈したことによる。
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過日ふうふうさんが『フランスにおけるセクト政策を巡って』と題する主張をインターネット上に掲載、これに対して広岡氏が『フォーラム21』誌上で批判したのが『インターネット掲載SGI擁護「論文」の誤りを正す』という論文である。これに対してふうふうさんが『「フォーラム21」のセクト論を添削する』という主張を展開。上記はその「結語」であるが、その内容は『フランスにおけるセクト政策を巡って』と同じである。要するにふうふうさんは、広岡氏に「誤りを正」されたにも拘らず、自身の主張をまったく「正」さなかったということである。
【リストアップした本人が「10の条件」が「判断基準」と明言】
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ある種の宗教団体がセクトとしてリストアップされているのは、教義ゆえではなく危険性によるのです。(広岡)
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おやおや、凄まじい力の入れ方です。なんだか、フランスに於いてセクトの“指定”が教義に基づいていると、相当度にまずい理由がおありなのかな〜〜。それはともかく、氏がこのように主張するのは、一応、拙作のページでも扱ったフランス議会報告書2468号=通称「ジェスト・ギアール報告書」の構成に基づいているかのような様相を帯びています。同報告書は「I−A−2」なる項目において
セクト指定の判断基準として、「精神の不安定化」、「法外な金銭的要求」、「生まれ育った環境との断絶の教唆」、「多くの裁判沙汰」等
10の条件を列挙しています。そして、これに続き、同報告書は、“項目を改めて”、セクトに指定された各宗教団体を、それぞれが基づく教義に分類するという体裁を取っているかに見えます。(
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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「フランス議会報告書2468号」では「セクト指定の判断基準として、『精神の不安定化』、『法外な金銭的要求』、『生まれ育った環境との断絶の教唆』、『多くの裁判沙汰』等10の条件を列挙」している。―これは客観的事実であり、これについてはふうふうさんも認めていることが分かります。
創価学会をセクトとしてリストアップした当事者が「10の条件」が「セクト指定の判断基準」だと明言している以上、これ以上何を詮索する必要があるでしょうか。
ふうふうさんが「凄まじい力の入れ方」で、セクトの判断基準を教義内容と結びつけようとする理由(目的)は何か?学会がセクトにリストアップされていることは、ふうふうさんも否定しようがない。それで、セクトにされた理由を、破門前の日蓮正宗の教義に求めることによって、宗門と袂を分った後の学会にはセクトとされる理由も責任もない、としたかったのです。つまり、ふうふうさんこそ「フランスに於いてセクトの“指定”が教義に基づいて」いないと、「相当度にまずい」のです(笑)。
【報告書の趣旨】
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もし「10の条件」が、想定されているものであれば、議会報告書2468号は、少なくとも、
SGについては、ほぼ「からっぽ」状態になります。各種報告書で2468号のみで「10の条件」を詳説(とまでは、とても言えない様子が看取されますが)しながら、しかも、その膨大な資料で173(見方によっては172)の宗教団体を扱いながら、13回もSGの名前を出しつつ、おそらく想定されている内容については、僅かに、拙稿で述べた
「トレッツの土地を買った」と出ているだけなのですから。ですから、「なんじゃ、こりゃ」という報告書と言えるでしょうね(笑)。(投稿番号719/
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
1◆私が一望してきたSGについて、報告書が「10の条件」との符合について、具体的に明示していれば、拙稿の書き方も変わっていたことでしょう。それら諸条件が、さほどに重要であれば、符合について皆無と言って良いほどに言及されていない以上、結局、それらは、
実質を伴わない形式的なものと見なさざるを得ないと考えます。更に言えば、報告書2468号には、「10の条件」について、次の一節が見られます:[原文略]
つまり、ある意味で自画自賛的に「10の条件」を挙げ、「
この内、ひとつでも該当すれば、セクトと見なす」かの如き言辞を弄しながら、SGについて――恐らくは他の宗教団体についても同様でしょう(
詳細は未見ですが)――それらの
条件がどのように関わるかについて、言及が殆ど見られません。これで、「<10の条件>に実質が備わると見なすべし」と言われても、それは、到底、できることではありません。(投稿番号723/
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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「10の条件」のうち、いかなる点で創価学会にあてはまるのかにつき、具体的な記述が無い→だから「10の条件」は「実質を伴わない形式的なもの」であり、「セクト指定の規準」ではない―という論理のようです。しかし、これは、報告書の趣旨によって評価が変わるのではないでしょうか。
つまり、報告書の趣旨が単に"セクトの一般的評価基準の明示と、それに該当するセクトのリストアップ"ということであれば、一々各団体について具体的な実態を取り上げ、セクトであることを証明する必要はないことになります。
【「10の条件」と教義内容の関係】
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2◆若干の言葉を補えば、
議会報告書2468号で、セクト指定の規準とされる10の条件は、
それ自体では何ら実質的な内容をもちません。これに内容を持たせるとするならば、他の部分と関連させるしかないことになります。つまり、2468号の大部を占める各「セクト」に関する教義を解説した部分です。そして、該当の報告書で教義として言及されている部分は、単に観念的・思念的なものに留まる訳ではありません。たとえば「代替グループ」なる「セクト」の教義として「従来の産業流通経路・生産様式・世界貿易の形態に取って代わる機構の設立を指向する」と述べられています。これが、たとえば、10の条件のひとつとして述べられている
「通常の経済流通回路からの逸脱傾向」と関わってくると解釈されるでしょう。すなわち、
10の条件とは、教義内容に含まれる潜在的可能性としての「危険」、または、同じく教義に由来して顕在している「危険」を列挙したものと見ることが可能になります。そうでなければ、どうして10の条件が実質的な内容を伴うでしょうか。(
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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セクトと見なされた団体について、「10の条件」のうち該当する項目の具体的事実が挙げられていない→だから「10の条件」には「それ自体では何ら実質的な内容」を持たない→「10の条件」を「教義内容に含まれる潜在的可能性としての『危険』」と関連付けることによってはじめて「10の条件」が「実質的な内容を伴う」→教義自体の危険性によってセクトとされる―という論理のようです。しかし、よく考えてみると、私が赤字で示した部分のみが客観的事実であり、青字の部分はふうふうさんの主観に過ぎません。
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3◆議会報告書の2468号から1687号=通称「セクトと金」に目を転じてみましょう。その「I-A-1」項に "La typologie de 1995 garde toute sa pertinence(1995年のタイポロジーは全関係性を保っている)" という項目があります。URLは、こちらです(click:ページ途中のため待機が必要)。
さて、議会報告書1687号におけるその項目には、東洋主義者を含んで新時代グループ、代替グループ、福音主義・擬似カトリック教徒グループなど、一連の教義面から分類されたセクトのジャンルが、簡潔なコメントと共に列挙されています。それらは、議会報告書2468号中「II-A-1」の内容をコンパクトにまとめた様相を呈しています。例として、いくつかを引用しておきましょう:
- les apocalyptiques, qui predisent un prochain cataclysme planetaire et offrent a leurs adeptes les moyens d'y echapper ;
- les evangeliques, qui representent des emanations extremes des Eglises reformees, ou le pasteur joue un role de gourou ;
- les guerisseuses, qui proposent des therapies faisant appel a des procedes irrationnels ou peu scientifiques pour vaincre les maladies incurables les plus graves, notamment le cancer et le SIDA ;
この体裁を確認すると、始めに複数定冠詞 "les" に導かれて、それぞれの教義に基づいて分類されたグループの名称が示されています。最初の "les apocalyptiques" は「黙示録主義者」、2番目の "les evangeliques" は「福音主義者」、そして "les guerisseuses" 「ヒーリング主義者」と続きます。その後に原則としてコンマ(,)プラス関係詞 "qui" が配置され、それぞれの特性が示されています。この構造は、「それぞれの教義によって分類されたグループ=(イコール)"qui" 以下の特性を持つ人々」ということを示します。ちなみに、東洋主義者については、次のように示されています:
- les orientalistes, qui constituent des deviances des religions orientales (bouddhisme, hindouisme, taoisme...) en fonction des lumieres particulieres a leur gourou ;
試訳すれば、「東洋主義者=彼等はグルにのみ備わる『光』に準拠して、東洋の宗教(仏教、ヒンドゥー教、道教等々)の常軌を逸脱した行動を取る」とでもなるでしょうか。このあたり、「法主隷属宗」・「法主“伏せ拝”宗」とでも呼ぶべき宗派を思わせますね――もっとも、“あの人”の場合、備わっているのが「光」かどうかは、甚だ疑問ですが。
そして、議会報告書の1687号では、
該当する「I-A-1」項に列挙されたグループが、総てセクトに属するとされています。ここに、2468号で構成上漠然としか示されていない
「セクトは教義に基づいて指定される」という事実が明らかになっていると見なされます。(
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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>東洋主義者=彼等はグルにのみ備わる「光」に準拠して、東洋の宗教(仏教、ヒンドゥー教、道教等々)の常軌を逸脱した行動を取る
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これは創価学会が該当するとされた「東洋主義者」の教義の解説だそうです。「10の条件とは、教義内容に含まれる潜在的可能性としての『危険』、または、同じく教義に由来して顕在している『危険』を列挙したもの」(2◆)というふうふうさんの見解からすれば、この内容が「10の条件」と関連付けられることになります。が、一体この教義内容は10の条件の内、どれに当てはまるのでしょうか?はっきり言って、これだけでは、どれにも当てはまらない、というべきです。
「該当する『I-A-1』項に列挙されたグループが、総てセクトに属する」(3◆)というふうふうさんの解釈では、このような教義に該当する団体はすべて「東洋主義者」に分類されセクトにリストアップされることになります。しかし、具体的に創価学会のいかなる教義が、これに該当するのかについては報告書では説明されていません。これでは、ふうふうさんが「10の条件」について「実質を伴わない」ことを理由にセクトの判断基準ではないとしたことと同じことが言えるのではないでしょうか。
>たとえば「代替グループ」なる「セクト」の教義として「従来の産業流通経路・生産様式・世界貿易の形態に取って代わる機構の設立を指向する」と述べられています。これが、たとえば、10の条件のひとつとして述べられている「通常の経済流通回路からの逸脱傾向」と関わってくると解釈されるでしょう。すなわち、10の条件とは、教義内容に含まれる潜在的可能性としての「危険」、または、同じく教義に由来して顕在している「危険」を列挙したものと見ることが可能になります。
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確かに言葉の表面だけを見れば「従来の産業流通経路・生産様式・世界貿易の形態に取って代わる機構の設立を指向する」ことは「10の条件」の1つ「通常の経済流通回路からの逸脱傾向」と対応付けられそうです。しかし、他の分類項目についてはどうでしょうか。「議会報告書2468号」の当該箇所を読む限り、先の「東洋主義者」の場合同様、どれ1つとして「10の条件」との関連が明確ではありません。
ここでふと思ったことは、ふうふうさんは故意に「10の条件」との関連を推定できる唯一の事例(「代替グループ」)を取り上げて、あたかも他のすべての(話の展開上持ち出さざるを得なかった「東洋主義者」は別として)分類項目についても「10の条件」との関連付けが容易にできると、読者に錯覚させたのではないか―そんなことも考えてしまうのは、フランス語のできない者のヒガミでしょうか(笑)。
>議会報告書の1687号では、該当する「I-A-1」項に列挙されたグループが、総てセクトに属するとされています。ここに、2468号で構成上漠然としか示されていない「セクトは教義に基づいて指定される」という事実が明らかになっていると見なされます。
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これについては後述
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>さらに委員長ジェスト議員は、96年2月8日の本会議での次のような発言でいっそう[セクトをリストアップする規準が教義によるのでないことを]明快にしています。
「どのようなものであれ魔女狩りをおこなったり、いわゆる<新宗教>を原則から断罪しようという考えは我々からほど遠いものです。だれでも自分が良いと思うことを信じるのは自由であります。唯一、その隣人に害を与えないという条件において。
我々の注意を引いたのはグループの実践ではなく、法と他人の自由を尊重しないことなのです」(広岡)
>[それ故に]教義を理由にセクトというのではない。(同)
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氏が引用した一節から、一体、何が「明快」になったのでしょうか。どうすれば、該当の一節の中に「教義をもとにセクトを指定するのではない」という見解を読み取ることができるのでしょう。フランス議会がある種の宗教の教義に「『隣人に害を与える』要素・『法と他人の自由を尊重しない』要素が内包される」と解釈した場合はどうなるのでしょうか。(中略)
重複しますが、上に示した
議会報告書1687号に見られる各宗教団体のジャンル分けは、明らかに、フランス議会が教義に「隣人に害を与え」、「法と自由を尊重しない」危険性があると解釈している証左に他ならないと言えるのではないでしょうか。(
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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重複しますが、「議会報告書1687号に見られる各宗教団体のジャンル分けは」「議会報告書2468号で、セクト指定の規準とされる10の条件」と対応させることは不可能です。そうでないというのであれば、「議会報告書1687号に見られる各宗教団体のジャンル分け」とその解説をすべて示し、具体的に「10の条件」のどれに該当するのかを示すべきです。
●そもそもフランスは政教分離制度(著者注:国は宗教に無関心であるべきというもの)をとっており、宗教の法的定義もしていない。法律上キリスト教とセクトを区別することは不可能である。
委員会はセクトの語源、社会学的分析、危険性に基づく分析などにコメントしつつ、結局以下の基準(内務省のセクト現象分析でも用いられているもの=※「10の条件」)を採用することにした。(「議会報告書2468号」/『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会)
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およそ各宗教を特徴付ける最大のものは教義だと考えられますが、「法律上キリスト教とセクトを区別することは不可能」ということは、教義によってセクトを判断選別することはできない、と言っているようなものでしょう。
●委員会は、その団体が新しい、信者数が少ない、奇抜だということをもって、セクトとみなす基準にはできない、と考える。現在大宗教と言われるものでも初期においてはおおむね信者数の限られた団体にすぎなかったし、現在社会的に受容されている宗教儀式が、当初は警戒心や反対を呼び起こしたこともあり得るからである。(「議会報告書2468号」/『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会)
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「奇抜」「宗教儀式」も教義と深く関わってます。ここでも教義自体によって「セクトとみなす基準にはできない」ことを示しているといえます。
●だれでも自分が良いと思うことを信じるのは自由であります。唯一、その隣人に害を与えないという条件において。
我々の注意を引いたのはグループの実践ではなく、法と他人の自由を尊重しないことなのです(96年2月8日の本会議での委員長・ジェスト議員の発言)
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>フランス議会がある種の宗教の教義に「『隣人に害を与える』要素・『法と他人の自由を尊重しない』要素が内包される」と解釈した場合はどうなるのでしょうか。
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勿論、教義内容において明確に「10の条件」に当てはまるものがあれば、セクトとされる可能性は大きいといえます。しかし、思想の自由との関連でいえば、教義が危険であっても運用上または実態上、"危険な"教義が実行されなけば、直ちにセクトと決め付けることはできないでしょう。
●思想の異なる流派、伝統宗教、あるいは(危険の有無に関わらず)セクト[訳注:宗派、少数派宗教の意]の間に、信仰の理論上から可能な識別法はありません。それは、不可侵な領域であり、現状維持していくことが適当だと想われます。(『セクト危険注意』/『フォーラム21』H16.2.1)
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議会報告2468号がでたあとの96年9月にフランス青年スポーツ省が出したクラブや林間学校の指導者等宛の小冊子(広岡祐児『フォーラム21』H16.2.1)
●前述したセクトの判断基準(※10の条件)に1つでも該当するとして内務省が列挙したセクトは172ある。(「議会報告書2468号」第1章2項(1)/『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会)
●委員会は以上の事実をふまえて、セクトの性質、組織、構造、テーマについて分析を加えている。(「議会報告書2468号」第1章3項(1)/『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会)
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このことからも報告書の趣旨は「セクトの判断基準に1つでも該当する」団体をセクトとして列挙し、その上でそれらについて様々な角度(性質、組織、構造、テーマ)から分析することにあったといえます。
【教義が同じ(?)はずの宗門はセクトではない!!】
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セクトに指定されているのはSGIフランスであり、NSTではない(広岡)
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私見では、実に、古色蒼然たる見解ですが、私としては、常に、この見解に、一種の“あほらしさ”を感じています。今回は、「著名(?)な広岡氏にして、これか」・「はあ〜」と思いました。だって、1995年に2468号でSGIフランスがセクトに指定された理由には、少なからず、SGIフランスがNSTと袂(たもと)を分かつ以前の1990年までの出来事が関係している訳です(これについては、別項『フランスにおけるセクト政策を巡って』で若干を述べました)。当時、SGIフランスはNSTのひとつの講(信徒団体)でした。そうである以上、
SGIフランスがセクトに指定されているのであれば、当然、NSTもセクトになるに決まっているじゃありませんか。それとも、広岡氏は、「1990年以前、NSTの執行部は、自らの信徒団体であるSGIを監督できないほど、無能者ばかりで固められていた」と言いたいのでしょうか。ふう〜む。
他議会報告書1687号と照合しても、2468号は、実質上、(広岡氏の言もしくは希望に反して)
教義をもとにセクトを定めています。そうである以上、2468号に於いて、NSTが本来抱いていた(或いは、「抱いていたことになっている」)教義は「東洋主義」としてフランスSGIのそれと共通するものとされ、前者が後者に付随する「セクト」と見なされても、なんら不思議はありません。そして、ここにこそ2468号が意義を持つ文書として蘇るでしょう。(
<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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まず、「セクト」としてリストアップされた173の団体の中に、「日蓮正宗」の名前はありません。あるのは「創価学会インターナショナル・フランス」の名前だけです。
ただし、報告書の文章の中には「日蓮正宗」の名前が出てきます。
それは、創価学会について説明する中で、創価学会に関連する形で登場するにしか過ぎません。
つまり、報告書の文章は、フランスの市民団体が出していた統計などを引用しているのですが、その統計は、創価学会が日蓮正宗から破門される前のものであるため、創価学会と日蓮正宗の名前が併記されてしまっているのです。ただそれだけのことです。文章を引用された市民団体は、「日蓮正宗の文字は削(けず)ってほしかった」と、非常に残念がっています。
とはいえ、それきりで、以後「日蓮正宗」の名前が出たことはありません。
一方、創価学会は、その後に作成された報告書(※首相直属の「カルト的逸脱対策関係省庁本部」の報告書)にも、一昨年・昨年と登場しています。(広岡裕児『慧妙』H19.7.16)
フランス政府による税務上の扱いが象徴していると思います。
フランスでは、宗教法人は、その教義がどうであろうと、所定の書類さえ提出すれば「宗教法人(社団)」として認めてもらえる届け出制です。よって、法人の施設であっても、固定資産税の免除が認められるのは礼拝堂に限られ、贈与税の免除もありません。また、バザーすら開けないなど、宗教活動以外の活動にも厳しい制限が加えられています。
しかし、申請して国の認可を受けることができれば、贈与税などが免除されるようになるのです。
そこで創価学会では、この認可を受けようと、日蓮正宗より破門される前から申請を出し続けていますが、いまだに認められていません。
一方、日蓮正宗ですが、創価学会を破門した後に申請を行なったところ、認められているのです。
この事実から、創価学会が「セクト(有害カルト)」のリストに載(の)ったのは、かつて信奉していた日蓮正宗に関わる理由ではなく、まさに創価学会という組織の在(あ)り方が、「セクト(有害カルト)」のそれだからだ、ということが分かるでしょう。(広岡裕児『慧妙』H19.7.16)
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■フランス議会報告(要旨)
―1995年12月採択―
―「議会報告書2468号」―
〔第1章セクトの現状について〕
1.定義が困難な現象・セクト
セクトとは何か。これを定義づげるのは困難であり、法律のどこにも手がかりはない。だからといって、信教の自由を侵す危険をおかしてまで強いてセクトの定義をするか、それとも定義づけは不可能だとして作業を放棄するか、いずれもとるべきではない。委員会は事実に基づいてセクトと一般に言われている組織の現象を分析し、その特徴を引き出す努力をした。
そもそもフランスは政教分離制度(著者注:国は宗教に無関心であるべきというもの)をとっており、宗教の法的定義もしていない。法律上キリスト教とセクトを区別することは不可能である。
委員会はセクトの語源、社会学的分析、危険性に基づく分析などにコメントしつつ、結局以下の基準(内務省のセクト現象分析でも用いられているもの)を採用することにした。
@精神の不安定化をもたらすか
A法外な金銭的要求をするか
B生まれ育った環境との断絶を教唆するか
C健全な身体の損傷をもたらすか
D児童徴用(子どもをかり集めて、グループ化)するか
E多少を問わず反社会的な説教をするか
F公共秩序の撹乱をもたらすか
G多くの裁判沙汰を起こしているか
H通常の経済流通活動からの逸脱傾向があるか
I行政当局への浸透を企てているか
委員会は、その団体が新しい、信者数が少ない、奇抜だということをもって、セクトとみなす基準にはできない、と考える。現在大宗教と言われるものでも初期においてはおおむね信者数の限られた団体にすぎなかったし、現在社会的に受容されている宗教儀式が、当初は警戒心や反対を呼び起こしたこともあり得るからである。
2.セクト活動の現状
セクトの実情を把握することは極めて困難である。そもそもセクトとは何か。どの範囲をセクトの信者と認めるのか。たんなる講演会の参加者もメンバーと同一視してよいのか。信者とシンパ層を区別できるのか。
そこで、委員会は、内務省からの情報とセクト問題の専門家からの情報をまとめてそのまま掲載している。
(1)内務省の情報
前述したセクトの判断基準に1つでも該当するとして内務省が列挙したセクトは172ある。(中略)
3.セクトの実情の分析
(1)委員会は以上の事実をふまえて、セクトの性質、組織、構造、テーマについて分析を加えている。(中略)
〔第2章セクトの現状と問題点〕
1.セクトの多面的現状
委員会はフランスにおけるセクトの教義や活動の特色を分析しているが、ここでは内務省の教義の特色に基づく分類、分析の要旨を紹介する。173のセクトのうち各カテゴリーに入るグルーブの数も記載する。(以下略)
(1)ニューエイジグループ
信者をエネルギー・意識のような絶対的なものにコンタクトさせるためのさまざまな手法を用いる。輪廻転生やカルマの法、地球的規模の意識の覚醒などへの信奉のグループもある。49セクト。
(2)代替宗教グループ
現代社会と異なる経済回路、生産世界、人間関係を提示して、第三世界の開発プロジェクトの支援などを提唱している。49セクト。
(3)福音的グループと疑似カトリック的グループ
伝統的キリスト教に依拠しつつ、特定の牧師や神父を中心に独自の教義を主張する。前者には世界同盟、ブザンソン・ペンタコステ福音教会、神の子どもたち(愛の家族)、統一協会など13セクトがある。
後者には強い生への誘い、文化の未来協会など9セクト。
(4)黙示録的運動
世界的大異変を予告するヨハネの黙示録やヒンズー教の輪廻思想に依っている。エホバの証人など15セクト。
(5)ネオ異教運動
バイブル以外の神を信じる人びと、ケルト、北欧、精霊などの神話をよりどころにしている。Ava11on修道会、河岸の自殺、宇宙の鍵の3セクト。
(6)悪魔崇拝運動(サタニズム)
AZAZEL協会、西欧一角獣イニシエーショソセンター、ルシフェル哲学教会、新バビロンの十字軍兵士など4セクト。
(7)祈祷師運動
18のセクトがある。
19世紀に始まったアントワーヌ派は、病気や死の概念を否定し(生まれかわりを信じる)確固たる信仰のみが苦しみを消し去るという。
祈祷師運動には、かなりの医療関係者やパラメディカルなどに支持者がある。
(8)東洋志向派運動
仏教、ヒンズー教、道教などの多様なグループ。クリシュナ意識協会、創価学会たど19セクト。
(9)オカルト運動
錬金術、占星術、カード占い、手相占い、予知、魔法、降霊術、テレパシーなどを信じるもので、入会儀礼を必要とする。
1984年にリュック・ジュレが創設した太陽寺院もこのグループで他に15のセクトがある。
(10)精神分析運動
さまざまな意識下の障害を治癒するため超心理学的手法を発展させた。
パラサイコロジー能力、ナザレの家族、サイエソトロジーなど9セクト。
(11)UFO崇拝運動
地球外生物(ET)の存在を仮定するグループ。ラエリアンムーブメソトが有名で5セクト。
(12)習合主義的運動(シンクレティズム)
原始宗教や東洋と西洋の伝統的宗教の習合的活動。
金の蓮華の騎士、世界白い友愛会など。9セクト。
なお、104のセクトはこれらの典型タイプの結合的類型になる。とくに祈祷師運動とニューエイジの傾向のセクトが多い。
(『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会)
これは、「議会報告書2468号」の抄訳の一部である。とくに「セクトとみなす基準」として10の条件を示し、さらに「セクトの多面的現状」として「内務省の教義の特色に基づく分類、分析の要旨」を記載するまでを抜粋した。
「2.セクト活動の現状」「(1)内務省の情報」において「前述したセクトの判断基準に1つでも該当するとして内務省が列挙したセクトは172ある。」と明言した後に、「3.セクトの実情の分析」の(1)で「委員会は以上の事実をふまえて、セクトの性質、組織、構造、テーマについて分析を加えている。」とし、さらに「第2章セクトの現状と問題点」「1.セクトの多面的現状」において「内務省の教義の特色に基づく分類、分析の要旨を紹介」している(この「内務省の教義の特色に基づく分類、分析」こそが、セクトの基準である10の条件と関連する―と、ふうふうさんは主張するのであるが)。
つまり、教義の解説だけでなく、色々な角度からセクトを分類分析しているのだが、既に「第1章セクトの現状について」「1.定義が困難な現象・セクト」において「委員会はセクトの語源、社会学的分析、危険性に基づく分析などにコメントしつつ、結局以下の基準(内務省のセクト現象分析でも用いられているもの)を採用することにした。」として10の条件を示したあと「2.セクト活動の現状」「(1)内務省の情報」において「セクトの判断基準に1つでも該当するとして内務省が列挙したセクトは172ある。」と分類分析対象を172の団体に限定していたのである。
このことから、「教義の特色に基づく分類」に当てはまるからセクトなのではなく、「セクトの判断基準に1つでも該当する」からセクトなのであり、そのセクトを教義の特色によって分類したということが分かる。
>議会報告書の1687号では、該当する「I-A-1」項に列挙されたグループが、総てセクトに属するとされています。ここに、2468号で構成上漠然としか示されていない「セクトは教義に基づいて指定される」という事実が明らかになっていると見なされます。(3◆<『フォーラム21』のセクト論を添削する>070812)
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「該当する「I−A−1」項に列挙されたグループが、総てセクトに属する」これは翻訳の問題というよりも文脈を踏まえた解釈の問題ではないでしょうか。前述のように「議会報告書2468号」では、まず10の条件に該当するもの172をセクトとしてリストアップし、それらについて「グループ」分けしたのです。セクトとされたものを分類したのですから「列挙されたグループが、総てセクトに属する」のは当然です。ふうふうさんの見解では「東洋主義者」に入るはずの宗門が、平成19年の時点でもセクトに入っておらず、学会にはない免税特権が付与されていることから考えても、"分類内容に該当するからセクトなのではなくセクトを分類した"ことは明白です。
これは当該原文の直訳ではないようですから、ふうふうさんが故意に紛らわしい表現をしたのではないか―そう考えるのはフランス語のできない者のヒガミでしょうか(笑)。

創価学会が実名で登場したセクト的逸脱対策警戒関係省庁本部の'05年度報告書
(『フォーラム21』H18.7.1/
<阿修羅>WS)
去る4月27日に発表されたセクト的逸脱対策警戒関係省庁本部(MIVILUDES)の2005年度報告書に創価学会が実名で登場した。
創価学会の名がでたのは、「セクト的支配に直面した未成年者の保護」と「緊急人道援助とセクト的逸脱」の章。
後者は99年の国会報告「セクトと金銭」で国連のNGOの地位をえているセクト的団体の1つとして統一協会などとならんで創価学会が掲載されていると書かれているだけだが、「セクト的支配に直面した未成年者の保護」の方はかなり長文である。つぎに訳出す。
創価学会の内部では、信者同士が結婚する。これを「コーセンルフ(広宣流布)のためにカップルを形成する」という。家庭を教義の流布の中継地とするということである。実際には、夫婦は一緒に祈る(1日1〜3時間)時間をのぞいてはほとんど一緒に生活しない。子供は親たちの関心の中心ではない。なぜなら、大人たちは祈りと会合に時間を取られて、ほとんど暇がないからである。子供が不満を述べたときには次のように言うように指示が出ている。「お母さんは毎日、人のため、社会のためになることをしているんです。(……)子供達よ、お母さんはあなたを愛しています、だからこそ毎日活動しているんです」(『第三文明』'99年)
親への執着は否定的でエゴイストな行動となる。運動の創設者である池田にとって、「理想は子供たちが私たちの組織を深く愛することです。この精神によって、子供達は素晴らしい成長をするのです」(同)創価学会は、青少年団体をつくっていた。なぜなら「青少年は将来を創造する力を持っている。もちろんこの能力の根源は我々の信仰と神秘の法の中にある。(……)若いときに肉体と精神を鍛えないものは、たいてい、人生の末期になってその決意と理想が壊れてしまう。最終的にその人生があらゆる面において失敗であるということもまれではない。(…)私のもっとも深い望み、私の祈りはあなた方が人生を深く愛し、『ご本尊』に強い信仰を持ち、信仰の道と『広宣流布』の道から外れないことです」(池田会長による青少年への指示、dailyguidande vol.3)〉
「なんだ、文書の引用ばかりではないか」と思われるかもしれない。だが、膨大な池田語録の片言隻句を取り上げてあげつらっているわけではない。
MIVILUDESは、名誉毀損訴訟で重箱の隅をつつかれて敗れて、報告書全体の信用をなくしたりすることのないよう非常に慎重な書き方をする。同じ理由で、慎重に、かなり確実なものでなければとりあげない。また実名を出さないことも多い。
この記述は、まだ刑事犯罪にはなっていないが憂慮すべき事態がかなり起きているということが市民団体ほかから報告されているということを示唆している。そしてそれが集団のリーダーの教えに起因していることも。
さて、95年の国民議会報告以来、政府であれ国会であれ、セクトのリストは出ていない。毎年のセクト対策本部の報告書に実名が出てくるが、創価学会の名はなかった。
とくに、MIVILUDESになってからは、個々の集団の研究はせず「フランスにおけるセクト的逸脱」だけを対象にしたため、フランスではイイ顔をしている創価学会の名はますます出にくくなった。
イメージアップ戦略は功を奏し、東京富士美術館での展覧会にフランス文化省や元老院などの後援を取り付けることに成功した。「公明党が政権党だから断るわけには行かないんです」といっていた国会議員の苦渋の表情が思い出される。
そういうなかで、ここまで明確に出されたことは意義深い。しかも、内容が内容である。いままでよく騒がれた金銭の豊富さとか、スパイの疑いとかいった、反論の余地のある問題とは違う。まさに、セクト的逸脱の核心のひとつであるセクトの子供の問題で真正面から取り上げられたのである。

―ヨーロッパ・カルト事情-特別版―
(国際ジャーナリスト・広岡祐児『フォーラム21』H16.1.1〜2.1編集)
「フランスでは教義をもとにセクト(カルト)規制をしている」などというとんでもない「論文」がインターネットに載っている。
「フランスにおけるセクト政策を巡って=当該国議会の焦燥と擬似同調者の愚昧=」というもので、匿名だがもっともらしく原文を引用したりして体裁は繕(つくろ)っているので、事情を知らない人が読めばさもあらんと思ってしまうような内容である。けっこう他の書き込みにもこの「論文」と同じ誤解が蔓延している。そこで、ただのインターネットの匿名のいたずら書きと看過せず、ヨーロッパ・カルト事情-特別版として徹底的にこの「論文」の誤りを正すことにした。けっして「糾す」のではない。正しい事実を提示するだけである。
なお掲載後インターネットに載せる目的で書くので、本誌の読者には繰り返しの部分もあるが、ご容赦いただきたい。(本誌掲載分には紙数の関係もあり原文は適宜省略した)
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「フランスにおけるセクト政策を巡って=当該国議会の焦燥と擬似同調者の愚昧=」なる匿名「論文」について、順を追って間違いを訂正していきます。同「論文」と併せてお読みください。(http//members.lycos.co.uk/whowho21/sectemain.htm/-68k)
※上記URLにはアクセスできなかったが、下記に同内容のサイトがあったので紹介する(法蔵)
http://who-who.freehostia.com/webnavigation/secte/
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正視眼を失う時、人は知性を失い、代わって痴愚の虜(とりこ)となります。日本に於いてSGI批判を行なう人物達が頻繁に行なう発言のひとつに、「SGIは、フランスでは、カルトだからね」という浮薄なものがあります。彼等が使用している「カルト」なる用語が意味する概念は、フランスでは「セクト(secte)」と表現されます。
これを前提に、かの国でSGIフランスがセクトに指定されているとすれば、それは、いかなる理由によるのか?他にセクトとされている宗教団体には、いかなるものがあるのか?それらは、それぞれ、いかなる理由によってセクトに指定されているのか?指定規準に教義は関わるのか?関わるとすれば、いかほどであるのか?社会問題との関わりはあるのか?あるとすれば、その判断規準は何か?(…中略…)厳格な国教を持つ国家におけるセクト指定とフランスにおけるセクト指定の間には、いかなる相違があるのか?フランスがセクト規制を行なっているとすれば、それは、いかなる国情によるのか?
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とたいへん意気込んで匿名氏(筆者と書くと私自身と混同されるのでこう表記します)は始めています。「指定」という言葉がちょっと気になりますが、これはあとで詳しく論じることにして先に進みましょう。
【フランス議会がリストアップしたセクト】
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本稿は、インターネット上で公開されている当国の国民議会(Assemblee Nationale:日本の衆議院に相応=以下、フランス議会と略称)のセクト関係の報告書に基づいて、SGIフランスを含む諸宗教団体がフランス国家によっていかに対応されているかについて調査を行なったものです。
(同上)
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「議会報告書」811号、1039号、1687号、2468号ともう1つ列挙しています。番号順に一見整然と並んでいますが、この並べ方は不適切です。報告書は議会の任期存続期間ごとに通し番号がつけられ、選挙があるとあらたに第1号から始まります。前の3つは第11期、後の1つは第10期国会です。時系列順に第10期2468号、第11期811号、1039号、1687号とするべきでしょう。
第10期2468号は95年末提出の有名な「フランスのセクト」(通称ギヤール報告)で、第11期1687号は99年の「セクトと金銭」(通称ブラール報告)です。ともに書物としても公刊されています。
第11期811号と1039号はこの「セクトと金銭」報告書をまとめた特別委員会の設置に関する提案ならびに常任委員会の意見です。
匿名氏はたとえば811号を「決定事項の推移:セクトの金銭的援助・国際的財務関係・世襲的経営・税金状態に関する審理委員会創設の企図に関する事項」と訳していますが、「Proposition de resolution」とは「決議提案」つまり議会に出した「議案」、「exigences」とは「きびしい要求、無理な要求、要求、必要」(大修館スタンダード仏和)、「patrimoniale」は文脈ならびに同委員会の趣旨からいって「資産、財産」です。また「enquete」を「審理」と訳していますが、委員会には司法に準じた調査権があるのですから、「調査」とした方がいいでしょう。
さきほど「もう1つ」と書きましたが、それは、「1998-1999国民議会定期総会:差戻し予算に関する公的分析」(Assemblee nationale:Compte rendu:Analytique officiel:Session ordinaire de 1998-1999)なるものです。なんで唐突に予算の話がでてくるのでしょうか?
どうも匿名氏は「compte rendu」という成句を知らず「compte」(計算、勘定)「rendu」(動詞rendre:戻す、返すの活用)をそのままくっつけたようです。「compte rendu」は「議事録」のことです。またanalytiqueとはこの場合要約のこと。本当はこの2語の間に「:」はなく、「Compte rendu analytique officiel」で「公式要約議事録」になります。フランスの国会では各議員の発言をそのまま採録した議事録と要約した議事録の2つが公式に発行されます。何のことはない、「セクトと金銭」報告書をまとめた委員会の設置に関する本会議の議事録です。
「当国」というのですから、匿名氏はフランス在住なのでしょうか。それにしてはフランス語やフランスの制度についての基礎知識があまりにも乏しい。
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2468号は、「今は昔」の人となりましたが、かつて、フランスのセクト抑制活動では、議会の公式な中心者として広く知られていたアラン・ヴィヴィアン(Alain Vivien)議員が深く関与して起草されたものであり
(同上)
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この委員会にはヴィヴィアン氏は一切関係していません。第一、この当時、氏は国会議員ですらありませんでした。ついでに、ヴィヴィアン氏の退陣に関する議論がclickできるようになっていますが、そのほとんどが反ヴィヴィアン・セクト擁護派の人の発言です。
なおこの2468号(フランスのセクト)を
<当国のセクト問題を知る上では最大に不可欠の資料となります。>
としていますが、なにせ8年前の資料であり、先駆者のならいでこの報告書自体にさまざまな不備もあります(その一端は後述)。そのあと実際の経験の中で明らかになった事を修正しつつさまざまな動きがありました。たしかに歴史的に不可欠の資料ではありますが、現時点では、最大とはいえないでしょう。
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1.フランス議会がセクトに指定した宗教団体の一覧
フランス議会報告書2468号中「I-B-1: 一般情報の進化(L'evaluation par les Renseignements generaux)」と題された項における「セクトの信奉者(Les adeptes des sectes)」の部を一瞥する
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としてセクトに「指定」された「宗教団体」を採録しています。
匿名氏は最近、創価学会フランスがある日本の記事に対して「フランスでは創価学会はカルトに指定されていない」と抗議したことをご存知なのでしょうか?
それはともかく、正確には「フランス議会が報告書でリスト・アップした」です。ただ議会が行った行為として「認めた」またはギリギリ「認定した」という表現はできるかも知れません。しかし「指定」は行きすぎです。「指定」という言葉からは「成人向指定」とか「暴力団指定」とかいった用例が連想されます。ちなみに広辞苑は「@それとさし定めること、A行政官庁が、法令の定める所により、調査の上、ある資格を与えること」としています。@の意味で使ったと強弁することもできましょうが、言葉はコミュニケーションの道具であり、受け手がどう解釈するかが重要です。Aの意味でとることは十二分にありえます。ですからこの言葉を使用すべきではありません。
日本の暴力団規制法のようにある団体を指定し規制するというやり方は、フランスでは「特別法」(la loi specifique)あるいは「特別な法制的制度」(le regime juridique)と呼ばれているもので、報告書2468号(公刊版p.99)で明確に否定されていますし、その後現在に至るまでその方針に変化はありません。
「evaluation」には「進化」という意味はありません。「evolution」と混同したのでしょう。また「les Renseignements generaux」は「一般情報」と訳せないことはありませんが、ここでは明確に内務省の一般情報部のことです。(これは報告書を読めばすぐにわかります。)要するに警察の公安当局です。
その中央局をDCRGと略称します。「公安」というとすぐ規制・取締と連想されますが、強面の活動をするDST(領土安全保障局)と違ってこのRGの主な役割は国会や内閣への情報提供です。ですから国会の委員会がその資料を使用することには何ら問題ありません。この報告書は公安が細かく情報開示した世界にも稀有な例です。
また匿名氏は「宗教団体」としていますが、たとえばリストの中のCEDIPAC SA(ex-GEPM)はマルチ商法の株式会社ですし、Humana France-TVINDは北朝鮮にも近い非宗教団体です。
【教義内容とセクトの関係】
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2.フランス議会によるセクトの教義的区分
それでは、これら膨大な数に及ぶ宗教団体は、いかなる理由によって、フランス議会からセクトに指定されているのでしょうか。その解答は、各宗教団体の教義にあります。
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これは大間違い。語学力のなさから報告書を誤読したのであれば、お気の毒というしかありません。
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それ(広岡注:教義を理由にセクトに指定されていること)は、議会報告書2468号中「U-A-1: 一般情報に採択された方法(La methode adoptee par les Renseignements generaux)」なる項における「セクトの教義内容の基準に関する分析(Analyse des criteres de qualification doctrinale des sectes)」の部に窺うことができます。
その部では、セクトに指定された宗教団体の内、議会によって特に目立った活動をしていると判断される団体が、これまた議会の見解に基づいて、簡略な説明と共に12のジャンルに配当されています。
(同上)
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繰り返しになりますが「一般情報」は「(内務省)一般情報部(RG)」の誤訳で、「議会によって」「議会の見解に基づいて」と書いているのは誤読か捏造です。原典にはちゃんとU-Aの1の直前に「DCRGによって採択された方法とその研究の主要な結果を、委員会の求めに応じて提出された通りに掲示する。」と書いてあります。
しかし、この項は何をもって「セクト」とするかの理由づけをした部分ではありません。
理由説明は、「T-A-2:日常言語から出た定義の不正確さと多様さ」にあります。
ここで、委員会は、セクトという言葉は大別してa)語源的アプローチ、b)社会学的アプローチ、c)セクトの危険性にもとづいたアプローチの3つの概念でつかわれていると説明したあと、このc)の概念を採択したと宣言しています。(公刊版p.12)そして次のように述べます。
「疑惑の信憑性を測り、宗教を口実としたある運動をセクトとみなす手掛かりの中から、委員会は、内務省一般情報局から通知された同局がセクト現象の分析に使用している基準を採用することにした。それは:
・精神の不安定化
・法外な金銭的要求
・住み慣れた生活環境からの断絶
・肉体的保全の損傷
・子供の囲い込み(強烈に教化すること)
・反社会的な説教
・公秩序の撹乱
・裁判沙汰の多さ
・従来の経済回路からの逸脱
・公権力への浸透の試み
委員会はセクトの定義がいろいろな点から難しいという事を強調し、その対話相手の提唱するセクトの定義をもとに仕事をした。対話相手は新宗教の発展に寄与したり、実際あるいは推測上の、行き過ぎと戦っている人達である。
調査委員会は、新しい事、信徒が少数である事、変わっている事等を、宗教を口実とする運動をセクトと位置付ける基準には入れなかった。現在ある大宗教の多くも、その発足当時にはしばしば会員の少ないセクトにすぎなかったし、現在では社会で公認されている儀式も、その当時では反対されたり、留保されたりしたものだ」
とくにこの最後の段落に注意して下さい。(文中の「セクト」はa)b)の意)さらに委員長ジェスト議員は、96年2月8日の本会議での次のような発言でいっそう明快にしています。
「どのようなものであれ魔女狩りをおこなったり、いわゆる『新宗教』を原則から断罪しようという考えは我々からほど遠いものです。だれでも自分が良いと思うことを信じるのは自由であります。唯一、その隣人に害を与えないという条件において。
我々の注意を引いたのはグループの実践ではなく、法と他人の自由を尊重しないことなのです」
教義を理由にセクトというのではない。
U-A-1は、第U部A章第1節ということで、当然このT-A-2や173の団体をリストアップしたT-B-1よりも後になります。
議会報告書2468号は第T部A章で「セクト」の定義(法律上の定義ではなく本委員会が採択した「セクト」の概念)をし、第T部B章においてRGがこの定義に基づいて「セクト」として認めたグループ名を上げ、第U部でその「セクト」を様々な角度から分類して現状を見てみる。という構成になっています。
つまり、U-A-1の時点では、いかなる理由によってセクトと見なしたかの議論はすでに終わっているのです。
創価学会は危険性によりセクトである。その創価学会は教義の上から分類すれば東洋主義者に入る。ということであって決して創価学会は東洋主義者だからセクトであるということではありません。
第一、この分類には「ニューエイジ」「代替」「福音主義・擬似カトリック教徒」「黙示録主義者」「新異教者」「悪魔主義者」「治療者」「東洋主義者」「オカルト主義者」「心理分析主義者」「UFO主義者」「混合主義者」が入っています。もし匿名氏のいうようにこの部分でセクト「指定」の理由説明がなされているのであれば、カトリックとロシア・ギリシャ正教とユダヤ教以外の団体はすべてセクトであるということになってしまいます。
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本稿は、上記ふたつの項目において、フランス議会の公式報告書に即して、次の事柄を確認してきました:
(1)現在、フランス議会は、173という異常に高い数の宗教団体をセクトと見なしている。
(2)同議会がそれらの宗教団体をセクトに指定した理由は、それぞれの教義内容に基づいている。
(3)また、同議会は、特定の宗教団体をセクトに指定する際、その教義内容を12のジャンルに区分している。
(4)SGIフランスがセクトに指定された理由は、同議会が、その教義内容から、同宗教団体を「東洋主義者」と解釈したことによる。
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匿名氏の記述が全くの誤解あるいは捏造であるということは、いままでに述べたことで明らかでしょう。
ある種の宗教団体がセクトとしてリストアップされたのは、教義ゆえではなく、危険性によるものです。
【NST(日蓮正宗)はセクトではない】
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3.フランス議会による日蓮仏教の解釈とNSTの場合
本稿の初めに挙げた173に及ぶセクトと解釈されている宗教団体の中に、NSTの名称は見出されません。ところが、事実は、NSTもフランス議会からセクトに指定されているのです。
(同上)
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これはまったくの虚報です。
匿名氏はその根拠として
<議会報告書2468号中「I-B-2:諸専門家による査定」の項における「UNADFI=家庭・個人の擁護に関わる諸協会の全国連合=による1995年におけるセクト信者の一覧」なる表>
をあげていますが、この表はあくまでもUNADFI(「家族と個人を守る会」の全国連合―全国の人権擁護団体の連合会ではない一という、一市民団体の資料にすぎません。
議会がセクトとしてリストアップしたのはRGの報告にもとづく173の団体以外にはありません。
ではなぜこの表に日蓮正宗がでているのでしょうか?事情は次の通りです。
破門されるまでフランスの創価学会は「日蓮正宗フランス(Nichiren shoshu France)」という協会名でした。日蓮正宗はその後独立した協会を作りますが、いったい何人が日蓮正宗に移ったのかについてUNADFIは調査しませんでした。UNADFIはセクト被害者の家族の会が母体になって教義とは関係のない人権問題としてのセクト問題を長く訴え続けてきた団体で、関係者はほとんどがボランティア、この当時、セクト団体の分析よりも実際の被害者救済に手一杯だったのです。そこで破門前のフランスの本に出ていた数字をそのままつかったのです。
UNADFI関係者はこの表や電話相談の表が不用意に議会報告書に使われ、デマ(他のセクトも匿名氏と同様に誤って利用した)の源になったことに遺憾の意を表明しています。
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なお、UNADFIによる該当の一覧は、当国の議会のみならず、EU(欧州連邦)議会に於いても、フランス議会の公式見解として採択されています。
(同上)
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該当Pにclickしてみると冒頭に「Summary of the report of the French National Assembly Committee of Inquiry on Cults-adopted unanimously by the committee in December1995」と資料の性格が書いてあります。どう考えても「フランス国民議会カルト調査委員会報告要約-同委員会によって1995年12月満場一致で採択された」としか読めません。これがどうしてEU(欧州連邦)議会に於いて「フランス議会の公式見解として採択した」になるのでしようか?
【民間のウエブサイトについて】
さて、政府や議会の文書に日蓮正宗がセクトに指定されているという証拠がなかったからでしょうか、ここで匿名氏は民間のセクト関連のウエブサイトに根拠を求めます。
―「インフォ・セクト(Info Sectes)」―
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「現在、日蓮の教義に基づくことを標榜するセクトは40余りある。その中核を成すものは「日蓮正宗」であり、現在、極めて権威主義的かつ幾つかの裁判―その行動面・経済面に由来する―係争中にある法主、阿部日顕によって率いられている。」※コメント=ここの「該当P」は、日本に淵源を持つセクトと見なされる宗教団体を扱ったものです(SGIフランスも含まれる)。裁判係争中の「阿部日顕」に言及している辺り、明瞭に宗門問題以降のNSTをセクトと見なし、その「危険」を指摘していると判断されます。
(同上)
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このサイトはフランス語圏プロテスタント系のアソシエーション(社団・協会)であるである「vigi-secte」に近く、ホームページでもキリスト教的色彩を明らかにしています。そして同サイトが「セクト」とみなしているのは議会報告書にリストアップされた173の団体であり、日蓮正宗は入っていません。
該当PはUNADFIやCCMMとならぶセクト対策市民団体GEMPPIの機関誌の01年7月号の「日本のセクトと新宗教運動」(SECTE ET NMR JAPONAIS)という記事を転載したものです。そのテーマは日本の宗教全体を概観するものであって、「セクトと見なされる宗教団体」だけを扱ったものではありません。
この記事の冒頭には「これらの新宗教運動の大部分は西洋における仏教への流行現象によって有効な布教を行っている。それらの中のある種のものはフランスでもすでに知られている」崇教真光、創価学会、日蓮正宗、世界救世教、禅マクロビオティック。これらのグルーブのいくつかはセクトの害についての最近の2つのフランス国会報告(1995、1999)に指摘されている。」とはっきり記されています。つまり、この記事では、西洋で布教している日本の新宗教運動のうちの創価学会のように国会報告に明記してある一部のもののことをsecteというのであって、阿部日顕への言及はセクトと見なすか否かにまったく関係ありません。
それにしてもなぜ日蓮正宗が新宗教なのでしょうか?あきらかにこの記事の筆者の誤認です。
しかし、まだフランスでは日本の仏教についての認識は浅く、しかも創価学会が日本の学界を通じて、あるいは直接に研究者にアプローチしています。市民団体がこのように偏向のない研究の努力をしていますが、溢れんばかりの創価学会側からの情報に比べて他の情報はあまりにも貧弱なのです。単に日蓮正宗に限らず日蓮宗、法華経を重視する日本仏教全体の由々しき問題であり、日本の関係者の一層の努力を期待します。
―「セクトの罠に陥らないために(Pour ne pas se laisser pieger par les sectes)」―
このサイトは私が『Forum21』第42号にフランスでの創価学会訴訟についての記事を書いたときにも引用した、創価学会のセクト性についてキチンと批判しているサイトです。
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「日蓮正宗は仏教ではない。日蓮正宗は、仏教の本来あるべき姿から完全に逸脱している。[中略]釈尊は、人々を折伏することを厳禁したのである。」※コメント=該当PがNSTがセクトであることの傍証として引用した新聞記事の一節です。
(同上)
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該当PをみるとUNADFIの機関紙「Bulles」90年第1四半期号の転載と書いてあります。文中の「新聞記事」は88年6月17日付の「Santa Monica News」です。すなわち創価学会が外国では日蓮正宗を名乗っていた時代。文中には「私は、なぜ仏壇の横に池田会長の肖像画があるのかと疑問に思いました。なぜなら日蓮の仏教には神や人物の崇拝はないからです」という同じ新聞からの引用もあります。何のことはない。ここでいう「日蓮正宗」とは「創価学会」のことなのです!!
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「教義面における日蓮正宗と他日蓮系仏教団体の相違についてひとつの大きな違いは、日蓮なる存在の解釈にあり、それは仏教の三宝―仏宝・法宝・僧宝の捉え方にも相違をもたらしている。日蓮正宗は、日蓮を歴史上の釈尊と異なる永遠仏[久遠元初の仏」と解釈し、その永遠仏を、歴史上の釈尊を越える存在と見なしているのである。」
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数多くの日蓮系仏教団体の内、殊更に日蓮正宗がセクトと解釈される主な理由のひとつとして、日蓮正宗が日蓮本仏論に立つことを挙げている一節です
(同上)
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牽強付会としかいいようがありません。
なお、このPの文中に日蓮正宗の訳として「La vraie secte de Nichiren」という表現がありますが、「secte」には本来「宗派」という意味がありますからその意味で使用されたものです。同文の注釈によりこう訳したのが政治学者フロランス・ラクロワさんであることが判明しており、同氏から直接確認しました。
そのあと匿名氏は「おまけ」として「EDA=パリ在住国外大使のための情報エージェンス(Agence d'information des missions etrangeres de Paris)」なるもののウエブ報道の記事を紹介しています。
「missions etrangeres」とはたしかに外交団といった意味にも取れます。しかしここでは、カトリックの海外伝道部のことで、とくに極東など遠隔地にいく伝道師たちのことをいいます。
匿名氏の語学力と知識のなさには呆れ返るばかりです―が、ふと思い返すと、文章ばかりの議会報告書ならまだしも、ホームページを見れば一目瞭然「missions etrangeres de Paris」が「パリ在住国外大使」ではないことは明らかです。スタンダード仏和辞典にも「外国伝道」という訳語が出ています。
もしかしたら、匿名氏はすべて分かっていてわざとカトリックの海外伝道部を「国外大使」としたり、「(内務省)一般情報部の評価」を「一般情報の進化」としたり、「調査」ではなく異端審判を思わせる「審理」にしたり「決議案」ではなくて一方的決定を思わせる「決定事項の推移」にするなどの小細工をしたのではないでしょうか?うがち過ぎかとは思いますが・・・。
【Forum21】
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因みに、SGIとの裁判係争で知られる乙骨(おっこつ)某氏に於いては、NSTに深く加担する立場にありながら、『Forum21』なる自らのウエブサイトに、フランスの「セクト」政策に賛同するジャーナリストにスペースを提供し、(中略)いくら「SGI憎し」の感情に身を焦がしているにせよ、果たして、これは、正気の沙汰と言えるのでしょうか。
(同上)
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件のジャーナリストとは私のようであります。私も乙骨氏もべつに日蓮正宗に加担しているわけではありません。事実をありのままに述べているだけです。匿名氏がちゃんと名乗り出たなら乙骨氏とフランスで名誉棄損訴訟を起こしたい、と思います。
『Forum21』のサイトについて
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私見では、アクセスに際して危険を覚えるため、ハイパーリンクは設定しません。
(同上)
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いったい何の危険があるのでしょう。「自分の信念が崩れる危険」「嘘がバレてしまう危険」でしょうか?
【SGIフランスは税金滞納含む社会問題惹起】
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4.フランス議会セクト担当者の愚行と日本における擬似同調者のそれ
創宗掲示板には、時として、アンチSGIの人物達によって「SGIフランスは当国で高額の税金滞納を含む社会問題を惹起している故にセクトに指定されているのだ」という批判がなされています。これは、無知から生じる悲しくも甚だしい誤謬と言わざるを得ません。当然ながら、その批判は、ついぞ、確かな文献的証拠を伴っていたことがありません。
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しかし確かな文献的証拠はあります。
まず、99年の議会報告書1687号(「セクトと金銭」)。これは
<「V-B-2:一般的に未払いの負債(Une dette generalement impayee)」なる項には、こう述べられています。AMORC[なるセクト(広岡注:統一協会)]に対して宣告されている調整額は1億1800万フラン、サイエントロジー[なるセクト」については1億4050万フラン、創価学会については1950万フランである」>
と匿名氏自身が引用しています。「調整額」は申告漏れの調整(修正)です。
同報告書以外にも、創価学会フランスの本部に対して1991年に、国庫と管轄税務署が未払い負債の担保として3787621フラン(約7600万円)の抵当権を設定していることが登記書に記載されています。これ以上確かな動かぬ証拠がありましょうか。
議会報告2468号のセクト判断の10の基準のうち「従来の経済回路