創価学会破折
化儀改変破折

▲法要の際に足がしびれてしまった池田大作と"怠行"制定を報じる『聖教新聞』(『慧妙』H16.10.1)=池田センセーは正座が大の若手。だから、「五座三座」の勤行が大嫌い。裁判所に提出した証拠書類にも「勤行0分」と記載されていたから、センセーが勤行をしょっちゅうサボっていたことは周知の事実(知らないのは学会批判記事を読まない末端会員くらいか)。だから今回、学会が「五座三座」を廃止し、1回だけの「方便品・自我偈の読誦」と唱題に変更したことに一番喜んでいるのは池田センセーに違いない。信心の基本であるはずの勤行を"怠行"に改変してしまった池田学会は、これからも日蓮正宗の化儀を無視し、池田センセーの都合のよい、つまりセンセーの怠惰な心に従った化儀へと改変していくことでしょう。

●学会の内部資料(学会が裁判の際に証拠として提出した"池田大作の行動記録")によれば、池田は昭和45年当時より、五座三座の勤行もまともにしていなかったことが明らかです。

・「十四時二十五分 勤行  十四時三十五分 手紙二通書く」→勤行10分
・「十三時十五分 勤行  十三時二十分 食事 広間 原稿」→勤行5分
・「十一時〇〇分 勤行  十一時〇〇分 離れに行かれる」→勤行0分
・「十四時〇四分 勤行  十四時一〇分 終了 おそば」→勤行6分

(学会が「月刊ペン」裁判の際に証拠として提出した"池田大作の行動記録"

 池田の朝の勤行というのは、ほとんど、5・6分、あるいは0分(おそらく題目三唱のみ)といった、呆れ果てた体(てい)たらくなのです。
 それ故(ゆえ)、かつて、池田大作が総本山大石寺の法要に参詣(さんけい)した折など、わずかな時間の正座で、すぐに足がしびれて立てなくなるのを、多くの僧俗(そうぞく)が目の当たりにしています。(『慧妙』H16.8.16)




化儀と血脈

学会副教学部長・佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」を破す/『大日蓮』H3.4
------------------------------------------------------------
勤行
改変勤行の内容と問題点

大聖人以来の化儀

化儀と相伝

「開山已来・化儀化法・四百余年全く蓮師の如し」

一念三千と二品読誦の範囲

法体の所在(有師と寛師の見解の相違について)

日亨上人著『天拝集説』について/<法蔵>H18.10.9


ついに出た!?"怠行"用の経本/『慧妙』H17.3.1

「丑寅動行をサボった」だと!?/『慧妙』H16.12.1

"怠行"定着に懸命な創価学会/『慧妙』H16.10.1

学会、正式に五座三座の勤行を廃止!/『慧妙』H16.9.16

基本の"五座三座の勤行"を否定/『慧妙』H16.9.1

ついに「五座三座」廃止する学会/『慧妙』H14.6.16
------------------------------------------------------------
学会葬破折
"学会葬"を破す(戒名、導師本尊など)/『慧妙』H16.12.16ほか

戒名について/『慧妙』H20.3.1

僧侶不在の学会葬の誤りについて/『慧妙』H19.11.1
------------------------------------------------------------
塔婆供養
「塔婆批判」破折

塔婆/『大白法』H19.7.16

「空」と塔婆供養の原理/『戸田城聖全集』第4巻249頁〜

大聖人の御正意曲げた塔婆批判/『慧妙』H16.4.16

「塔婆で荒稼ぎ」との非難を粉砕/『慧妙』H15.8.1
------------------------------------------------------------
邪教化象徴する色花や造花/『慧妙』H17.2.1

「袈裟は供養集めの小道具」破折/『慧妙』H16.5.1

「10月13日」を"単なる命日"と見る今の学会/『聖教新聞』H15.10.11・『慧妙』H15.11.1



化儀と血脈

【化儀即化法】
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)
-----------------------
大聖人の下種仏法においては、化法とは下種独一本門の法体とそれに基づく教義・教学であり、化儀とは下種仏法の執行、表明を意味する。(『大日蓮』H3.4)

宗とは所作の究竟なり、受持本因の所作に由って口唱本果の究竟を得(『本因妙抄』全集870頁)
-----------------------
「所作の究竟なり」とは、本尊受持の一行をいうのであるが、それはまさに化儀であり、化法の執行に当たる。この化儀によって、化法の究竟たる法体の本尊と冥合し、妙法の当体蓮華の実果を得るのである。すなわち、化儀によらなければ化法を執行、表明することはできないのである。(『大日蓮』H3.4)

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)
-----------------------
大聖人様は、御自身が証得あそばされた御境涯を御本尊として御図顕されるとともに、御本仏の御修行を、初心の行者が同じように振る舞うことができるようにお示しくだされた。このことを、『化儀抄』第73条には、「法花宗は能所共に一文不通の愚人の上に建立」(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻71頁)といわれている。したがって日蓮正宗の化儀は、単なる形式ではない。大聖人様の御法門を、日々の所作や振る舞いの中に具現させる「行体・布教の要」なのである。(『大白法』)

●当宗化儀即仏法なるが故に謗法宗の化儀の同ずべからざるなり、若し謗法に同ぜばよどうざいなるべし(第31世日因上人『有師物語聴聞抄佳跡上』/『富士宗学要集』第1巻198頁)
-----------------------
 これは、まさしく化儀即法体なることを御教示されたものである。すなわち、当宗における法要、修行、荘厳式などの一切の化儀は、即法体たる妙法蓮華経(化法)であり、その表明なのである。(『大日蓮』H3.4)
 したがって日蓮正宗の化儀は、単なる形式ではない。大聖人様の御法門を、日々の所作や振る舞いの中に具現させる「行体・布教の要」なのである。
 また、化儀の軽視は、信心や生活の乱れとなり、ついには法門軽視につながるゆえに、化儀を正しく学び行うことが大切なのである。(『大白法』)
------------------------------------------------------------
●仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(『一生成仏抄』全集383頁)

●七月十五日に十方の聖僧をあつめて百味をんじき(飲食)をととのへて母のく(苦)をはすくうべしと云云(中略)目連尊者と申す人は法華経と申す経にて正直捨方便とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてて南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す(『盂蘭盆御書』全集1428頁)

●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
-----------------------
五座の意義の原点と拝すべき御指南(『慧妙』H14.6.16)。

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
-----------------------
初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。

<化法と化儀について>参照



【信心の血脈】<生死一大事血脈抄>参照)
総じて日蓮が弟子檀那等・・・信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁〜)
-----------------------
「総じて」「信心の血脈」とあるように、『生死一大事血脈抄』は、総じての信心の血脈についての御指南である。

1●日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁)
-----------------------
「弟子檀那等」とあるように、「弟子」である御僧侶と「檀那」である信徒が「異体同心」のところに、総じての信心の血脈が流れ通う。

●只南無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ(『生死一大事血脈抄』全集1338頁)
-----------------------
「釈迦多宝上行菩薩血脈相承」とあるように、生死一大事の血脈は、釈尊から上行菩薩への別付嘱に由来する。そして、この別付嘱は末法においては唯授一人の血脈として、日興上人をはじめとする歴代上人に伝わっている。↓

2●日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、(中略)血脈の次第 日蓮日興(『身延相承書』全集1600頁)

宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
-----------------------
「塔中及び蓮・興・目」とあるように、塔中における上行菩薩への別付嘱が、末法においては唯授一人血脈相承として歴代上人に伝わっている<血脈相伝の体>参照)。

「生死一大事の血脈」とは、釈尊→上行菩薩(大聖人)→日興上人→日目上人→と続く別付嘱に由来。だから別付嘱を受けられた方への同心によって流れ通う。



【師弟相対の信心】<「大聖人直結」破折>参照)
師弟の道の大切な教えとして、師弟不二(師弟の心が一つになること)・師弟相対(弟子が師に随順して仏道を歩むこと)などの大切な筋道がある。この師弟の道を正して仏道修行することが成仏の直道である。逆に師弟の道からはずれることは、師敵対の振る舞いで堕獄の因となる。

●法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」云云、凡そ世間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙く自己を本分とせんや(『蓮盛抄』全集153頁)
-----------------------
「悪知識を捨て善友に親近せよ」とあるのだから、「師に値わざれば邪慧日に増し」の「師」とは「親近」すべき善知識である。ということは、現に生きておられる方である。

●日蓮・法華経の行者となつて善悪につけて日蓮房・日蓮房とうたはるる此の御恩さながら故師匠道善房の故にあらずや、日蓮は草木の如く師匠は大地の如し、(中略)日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(『華果成就御書』全集900頁)
-----------------------
「日蓮は草木の如く師匠は大地の如し」の「師匠」とは「道善房」のことである。だから一般論としての「師弟相違せばなに事も成べからず」という御指南の「師」とは、大聖人のことではなく、直接の師匠である。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
-----------------------
大聖人滅後は、付法の弟子である日興上人が門下全体の師となる。現在の師を無視して"大聖人直結""大聖人の直弟子"などと言う者は「非法の衆」である。

師弟相対する処が下種の躰にて事行の妙法蓮花経(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻64頁)

●信と云ひ血脈と云ひ法水と云ふ事は同じ事なり、信が動せざれば其の筋目違ふべからざるなり、違はずんば血脈法水は違ふべからず、夫とは世間には親の心を違へず、出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり、高祖已来の信心を違へざる時は我れ等が色心妙法蓮花経の色心なり、此の信心が違ふ時は我れ等が色心凡夫なり、凡夫なるが故に即身成仏の血脈なるべからず、一人一日中八億四千の念あり、念々中の所作皆是れ三途の業因と文。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻64頁)
-----------------------
「信と云ひ血脈と云ひ法水と云ふ事は同じ事」この御文をもって学会は、信があれば血脈が流れると主張しています。しかし、これは切り文である。すなわち「出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり」とあるように、師匠である御法主上人の御指南のままに信じてこそ、「高祖已来の信心を違へざる」こととなり「我れ等が色心妙法蓮花経の色心」となるのである。唯授一人の血脈に対する信を根本とした師弟相対の信心の重要性については、『有師化儀抄』の各所に述べられているところである。

手続の師匠の所は、三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし。また我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮華経の色心にして全く一仏なり、是を即身成仏と云ふなり(第9世日有上人・化儀抄『富士宗学要集』1巻61頁)
-----------------------
 「手続の師匠」とは直接の師匠(一般僧侶にとっては御法主上人)のことである。「もぬける」とは、蛇などの脱皮のこと。日達上人は「師匠は三世諸仏や、大聖人已来、歴代の法主上人の御心がぬけられて、師匠のところに来ている」(『日興遺誡置文・日有師化儀抄略解』)と仰せである。
 日有上人は「我が弟子も此くの如く我れに信を取るべし」と仰せである。その理由は「手続の師匠」(時の御法主上人)は「三世諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故」だからである。「代々上人」とは唯授一人血脈相承を受けられた大石寺歴代上人であることは『産湯相承書』や『百六箇抄』などからも明らか。

●此の師弟の相対的の関係に於て、仏法を拝するといふのが仏法の極意であります(中略)若し此れ等のことを考へずに仏法を論ずるならば、最早仏法ではないと言ふべきであります。(第65世日淳上人『日淳上人全集』1153頁)


<御法主上人→末寺住職→信徒という筋目>
信心の血脈は、「日蓮一期の弘法」(上記2●)を「付属」(同)された方(唯授一人血脈付法の方)を中心として「弟子檀那」(上記1●)が「異体同心」(1●)のところに流れ通う。しかし、弟子檀那すべてが直接、血脈付法の方に御仕えすることはできない。だから、一般信徒は、時の正師(血脈付法の方)より命を受けた末寺住職を解悟の智識と憑(たの)むことによて、血脈が流れ通うのである。

●末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべしと説き給へり、法をこころえたる・しるしには僧を敬ひ法をあがめ仏を供養すべし、今は仏ましまさず解悟の智識を仏と敬ふべし(中略)此の僧によませまひらせて聴聞あるべし、此の僧を解悟の智識と憑み給いてつねに法門御たづね候べし(『新池御書』全集1443頁〜)

●自今以後は、師をさだめて、講衆にも、一とうせられ候べし。この法門は、師・弟子をただして、仏になる法門にて候なり。師・弟子だにも、違い候へば、同じ法華を持ちまいらせて候へども、無間地獄に落ち候也。うちこし・うちこし直の御弟子と申す族(やから)が、聖人の御時候しあひだ本弟子六人を定め置かれて候。その弟子の教化の弟子は、それをその弟子なりと言わせんずるためにて候。案のごとく聖人の御後も、末の弟子どもが、誰は聖人の直の御弟子と申す族(やから)多く候、此等の人は謗法にて候也(第2祖日興上人『佐渡国法華講衆御返事』/聖教文庫『富士日興上人詳伝下』245、261頁、『歴代法主全書』第1巻182頁〜)
-----------------------
大聖人が本弟子6人を定められたのは「その弟子の教化の弟子は、それをその弟子なりと言わせんずるため」と仰せになっている。そして「末の弟子どもが、誰は聖人の直の御弟子と申す」ことが「謗法」であると断言されている。これを彼の波木井実長の立場で言えば、波木梨は日興上人の弟子であって、大聖人の直弟子ではない、ということ。それを無視して「聖人の直の御弟子と申す」ことは「謗法」となるのである。大聖人の時代であっても大聖人→本弟子→末弟→信徒という師・弟子の筋目が守られていたことが分かる。

●日仙上人は、師の日華上人とともに修験より御開山門下に改衣せしが、また大聖人の弟子に進まれた。(中略)日郷上人は目師の弟子のままであり・・・(『富士日興上人詳伝(下)』143頁)
-----------------------
日興上人に折伏された方は日興上人の弟子であり、大聖人の直弟子ではない。日目上人に折伏された方も日目上人の弟子であって、大聖人の直弟子ではない。このように、師弟関係には厳しい筋目が存在する。日仙上人が「大聖人の弟子に進まれた」というのも、師である日華上人の允可があったればこそ許されたことなのであろう。自分勝手に、師を変えることは、『佐渡国法華講衆御返事』において日興上人が厳戒されるところである。

●私ノ檀那之事、其れも其筋目を違はば即身成仏と云フ義は有るべからざるなり (第9世日有上人『富士宗学要集』第1巻247頁)

●此ハ師檀の因縁を示す檀那ハ是俗ノ弟子なり、故ニ師弟血脈相続なくしては即身成仏に非す、況や我が師匠に違背せるの檀那ハ必定堕獄なり(第31世日因上人『富士宗学要集』第1巻247頁)

手続の師匠の所は三世の諸仏高祖已来代々上人のもぬけられたる故に師匠の所を能く々取り定めて信を取るべし、又我か弟子も此くの如く我れに信を取るべし、此の時は何れも妙法蓮花経の色心にして全く一仏なり、是れを即身成仏と云ふなり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻61頁)

●信者門徒より来る一切の酒をば当住持始めらるべし、只し月見二度花見等計り児の始めらるゝなり、其の故は三世の諸仏高祖開山も当住持の所にもぬけられる所なるが故に、事に仏法の志を高祖開山日目上人の受け給ふ姿なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

●弟子檀那の供養をば先づ其の所の住持の御目にかけて住持の義に依つて仏へ申し上げ鐘を参らすべきなり、先師々々は過去して残る所は当住持計りなる故なり、住持の見たまふ所が諸仏聖者の見たまふ所なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻63頁)

信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり(『生死一大事血脈抄』全集1338頁)
-----------------------
信心の血脈が通わなければ、池田大作を師とし、如何に御書の通りに化儀を定め実践しても、無益なのである。しかして上記【信心の血脈】に明らかなように、信心の血脈は、唯授一人の血脈を根本としたところに成り立つものである。そうであれば、師弟相対の信心もまた、唯授一人の血脈を根本とする振る舞いでなければならない。



【化儀と血脈】
<化儀は師弟相対の信心の表明>

大切なのは、いかに方法等に変化があっても一貫して総本山の血脈法主の指示乃至、許可によるところの本寺と末寺の関係が厳として存在したということであり、この中心の在り方には絶対に変化がない。(第67世日顕上人『偽造本尊義を破す』31頁)

化儀は、即化法の表明である。しかして、化法は、大御本尊即大聖人の御内証=唯授一人の血脈を根本とする(<血脈相伝の体>参照)。だから、化儀とは、唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明を基本とする。師弟とは、大聖人→御法主上人→末寺住職→信徒という筋目の上に成り立つ師弟関係である。化儀は、時代状況によって変化しうるが、化儀即化法=「化儀=化法の表明=唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明」という原則は絶対不変でなければならない。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持(たも)たざらん者をば御用ひあるべからず(『一谷入道女房御書』御書831頁・全集1330頁)
-----------------------
「たとえ日蓮大聖人の弟子と名乗っても、大聖人より証明された正統な者でなければ用いてはならない」と仰せである。師弟子の筋目を無視して、勝手に「大聖人の弟子」と名乗ることが、大聖人の御心に背く行為であることは明らか。

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
-----------------------
大聖人も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。もし、在家の身で勝手に「法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて」開眼できるのであれば、わざわざ「伊よ房」に「いそぎいそぎ」開眼を命じる必要もない。

行躰行儀の所は信心なり妙法蓮華経なり、爾るに高祖開山の内証も妙法蓮華経なり、爾るに行躰の人をば崇敬すべき事なり云云。(第9世日有上人『化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻61頁)
-----------------------
師の妙法蓮華経を授け導く一念と、弟子の妙法蓮華経を受け拝する一念は、妙法蓮華経の下に相対して一つになる。「行躰行儀の所は信心なり」とあるように行儀振る舞い(化儀)を忠実に遵守することが信心の表明であり、逆に化儀を守ることによって、信心が深化するといえる(例えば、正しい勤行の実践も化儀の遵守である)。

師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。前条にも本条にも、又下にも多く出づ。類文塔婆の下更に細かなり。今時の信仰稍此意を失へる傾あり。或は害あり、或は無し。謂己均仏・現身成仏・師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人・有師化儀抄註解/『富士宗学要集』第1巻96頁)
------------------------------------------------------------
●実名、有職、袈裟、守、漫荼羅、本尊等の望みを、本寺に登山しても田舎の小師へ披露し、小師の吹挙を取りて本寺にて免許有る時は、仏法の功徳の次第然るべく候、直に申す時は功徳爾るべからず云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

率都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをば書くべき人にかゝすべし、余の願文意趣の事は然るべき作文の人、能筆尤も大切にて候、又一向其の時の導師無筆ならば代官しても書かすべきなり、是れも師弟相対十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経なる故なり、但し導師計りの外には沙汰あるべからざる事なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻)

●信者門徒より来る一切の酒をば当住持始めらるべし、只し月見二度花見等計り児の始めらるゝなり、其の故は三世の諸仏高祖開山も当住持の所にもぬけられる所なるが故に、事に仏法の志を高祖開山日目上人の受け給ふ姿なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻62頁)

●弟子檀那の供養をば先づ其の所の住持の御目にかけて住持の義に依つて仏へ申し上げ鐘を参らすべきなり、先師々々は過去して残る所は当住持計りなる故なり、住持の見たまふ所が諸仏聖者の見たまふ所なり。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻63頁)

●諸国の末寺へ本寺より下向の僧の事、本寺の上人の状を所持せざる者、縦ひ彼の寺の住僧なれども許容せられざるなり、況や風渡来らん僧に於てをや、又末寺の坊主の状なからん者、在家出家共に本寺に於いて許容なきなり云云。



【時機に適った化儀】
★化儀に変更・例外はある。しかし、いかなる場合においても「唯授一人の血脈を根本とした師弟相対の信心」の表明でなければならない。

●予が法門は四悉檀を心に懸けて申すならば強ちに成仏の理に違わざれば且らく世間普通の義を用ゆべきか(『太田左衛門尉御返事』1015頁)

●委細に経論を勘へ見るに仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし仏一つの戒を説き給へり(『月水御書』1202頁)

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
-----------------------
大聖人も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。

●日蓮こい(恋)しくをはしせば、常に出づる日、ゆう(夕)べにいづる月ををが(拝)ませ給へ。いつとなく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり(『国府尼御前御書』御書740、全集1325頁)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
-----------------------
初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。この御文をもって、御本尊不要などということができないことは勿論である。「御書根本」などと言っても、法門には文字通りに解釈できない場合もあるのである。御指南間で一見矛盾する場合もある。それらを総合的に矛盾なく整合性のある解釈をし、時機に適った正しい化儀を決定するのは正しい相伝によるのである。

●而も強ちに執する者尚お帰依を致さんと欲するには四菩薩を加うることを許すなり。故に四脇士を造り副うるは是れ五人の義に非ず、興師一機の為めに且く之れを許す義なり、故に日興が義と言い、是れを正義と謂うには非ざるなり。(中略)開山上人御弟子衆に対するの日仍お容預進退有り、是れ宗門最初の故に宜しく信者を将護すべき故なり。(第26世日寛上人『末法相応抄』/『富士宗学要集』第3巻177頁)

●然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ(中略)有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふ(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁〜)
-----------------------
交通の不便や戦乱などのために、常住御本尊を下付できない場合がある。そのような場合には、末寺住職の書写や形木本尊(印刷の本尊)を認められている。しかし、これらはあくまでも仮本尊である。

●此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず(『日興遺誡置文』全集1619頁)
-----------------------
「一箇条に於ても犯す者は」とあるが、これは当時の弟子に対する御指南と解するべきである。その証拠に、第9世日有上人は、時代や衆生の機根に応じて化儀を改変されている。

1●檀那の社参物詣を禁ず可し、何に況んや其の器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや、返す返すも口惜しき次第なり、是れ全く己義に非ず経文御抄等に任す云云。(『日興遺誡置文』全集1617頁)
●他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還つて諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する失あり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』)
-----------------------
日興上人は「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ずべけんや」(1●)と厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている。これは未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をもって劃したのであり、日有上人の時は、すでに一宗が確立したから、見物ぐらいで信徒の心がぐらつかなくなっているからであります。(第66世日達上人『略解日興遺誡置文・日有師化儀抄』78頁)

●謗法の妻子眷属をば連々教化すべし、上代は三年を限りて教化して叶はざれば中を違ふべしと候けれども、末代なる故に人の機も下機なれば五年十年も教化して彼の謗法の処を折伏して同ぜざる時は正法の信に失なし、折伏せざる時は同罪たる条分明なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』)



【化儀軽視は無得道】
●法華宗の真俗の中に知らずして仏法の義理を違へ化儀を違ふる事、一定弁へず違へたらば罸文起請を以て義理を違ふると云はゞ免許有るべきなり云云(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻68頁)
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし、「一定」とは決定真実等の義全く慥にと云ふ意なり、「罸文起請」の事は上の第四十五条の下に委し、「免許有るべし」とは宗祖本仏の代官として時の貫首上人が・犯人の罪を免すとなり、是れ故意に為したる咎にあらざれば、已生の悪を悔ひ末生の悪を止めて・以つて已生の善を増長し末生の善を起さしむる修道の本義に叶はしむるにあり。(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)
-----------------------
知らずに化儀を破った場合は、「宗祖本仏の代官」である「時の貫首上人」がお許しになるということである。言い換えれば、故意に化儀を破壊し、訓戒しても改めない場合は、謗法となるということである。何故なら"化儀即化法"の意義から、化儀を破るということは、その前提である唯授一人の血脈を根本とした師弟相対の信心を破ることになり、血脈を塞ぐことになるからである。



【法門解釈と法主の権能】
<唯授一人の血脈>
★化儀は化法の具体的実践である。その化法の根幹が、唯授一人の血脈である以上、化儀の決定・変更も、時の御法主によることは言うまでも無い。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
-----------------------
 大聖人は、日興上人に背く者は「非法の衆」だと断定されている。これは、唯授一人血脈相承によって、大聖人の御内証がそのまま日興上人に伝わっているからである。同じく唯授一人の血脈付法の歴代上人に対しても、大聖人滅後の日興上人と同様に、師匠と仰ぐべきことは明らか。
 『日興遺誡置文』では、「見物のための神社参詣さえ謗法」だとしているが、第9世日有上人の『化儀抄』では、「見物ならよい」とされている。「神社参詣」といえば、宗教行事に深く関わる行為であるが、それでも時代状況によって解釈が変化する余地がある。このように、御文の解釈は時代状況によって変わり得る。しかし、その解釈を行うのは「時の貫首」である。


<日寛上人>
祖師より興師へ御付嘱亦是れ三大秘法なり。興師より目師へ御付嘱も亦是れなり。(中略)目師より代々今に於て、二十四代金口の相承と申して一器の水を一器にうつすが如く云々(第26世日寛上人『寿量品談義』/『富士宗学要集』第10巻131頁)
-----------------------
「金口の相承」とあるように、唯授一人の相伝は大御本尊だけではない。金口によって本仏の内証が相伝されている。だからこそ「此の経は相伝に非ずんば知り難し」とあるように、唯授一人の相伝によって下種仏法の深義を知悉し、法華経や御書、正師の指南等を正しく解釈できる。

●若し法華経の謂(いわれ)を知らざれば法華も仍(なお)これ爾前の経なり(乃至)若し本門の謂を知らざれば本門は仍これ迹門なり(乃至)若し文底の謂を知らざれば文底は仍これ熟脱なり(乃至)若し文底の謂れを知れば熟脱も即ちこれ文底の秘法なり(乃至)問う、若し爾らばその謂は如何。答う、宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
●問う、夫れ正像未弘の大法、末法流布の正体、本門の三大秘法とは一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、寿量品の中には但文底秘沈の大法なり、宗祖何んぞ最大深秘の大法経文の面に顕然なりと言たもうや。答う、一代聖教は浅きより深きに至り、次第に之れを判ずれば実に所問の如し。若し此の経の謂われを知って立ち還って之れを見る則んば爾前の諸経すら尚お本地の本法を詮せずと云うこと莫し、文底の義に依って今経の文を判ずるに三大秘法宛も日月の如し。故に経文の面に顕然なりと云うなり。問う、此の経の謂われを知るとは其の謂われ如何。答う、宗祖云わく(一代聖教大意)、此の経は相伝に非ざれば知り難し等云々。三重の秘伝云云。(第26世日寛上人『依義判文抄』/『富士宗学要集』第3巻104頁〜)
-----------------------
「若し此の経の謂われを知って立ち還って之れを見る則んば」「文底の義に依って今経の文を判ずる」とは依義判文である。この場合は「最大深秘の大法経文の面に顕然」となる。しかして、「此の経の謂われを知るとは其の謂われ如何。答う、宗祖云わく(一代聖教大意)、此の経は相伝に非ざれば知り難し等云々。」とあるように「此の経の謂われ」は相伝によって知ることができるのである。つまり、文底仏法に基づく正しい依義判文は、相伝によって行われるということである。そして、その相伝とは何かといえば、「『塔中及び蓮・興・目』等云々。」(『撰時抄愚記』)とあるように唯授一人の血脈相承のことなのである。

★日寛上人も、文底下種仏法に基づく正しい依義判文、つまり経文や御書、先師の文証の正しい解釈は、唯授一人の相伝に拠らなければならない、と仰せである。すなわち、御書や先師の御指南の文文句句についての解釈は、時の貫首が最終的に決定すべきである。また、法門(化法)を儀式の上に表明したものが化儀なのだから、時代状況に応じた化儀の決定もまた時の貫主が行うべきである。


<不文の信条もあるべし>
●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

************************************************************
 千葉県のある法華講員は、何の証拠も無く「御書以外にも真実が伝えられている。例えば南無妙法蓮華経の読み方は、日蓮宗では『なムみょうほうれんげきょう』だが日蓮正宗では『なンみょうほうれんげきょう』だ。」と光久諦顕あたりが言い触らしていた言葉を鵜呑みにして主張していたのです。
 ところが、実際に邪宗日蓮宗の寺の経本を確認したところ、はっきりと「なンみょうほうれんげきょう」と書かれていたのです。(『日顕宗の邪義を破す』)
------------------------------------------------------------
過去から現在に至るまで、日蓮宗で「ナムミョウ」と発音していることは、まぎれもない事実で、常識です。(第67世日顕上人『創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す』)

 信行者は、化儀の法式に信順するところ、おのずと法体の深義に契合し、下種仏法の利益を享受するのである。故に、化儀は、根本的には、凡夫僧としての宗祖日蓮大聖人の、一期の御化導に由来する。この本仏大聖人の一期の御化導は、また唯授一人の法体の血脈相承によって、御当代日顕上人へと継承されているのである。したがって、たとえ時代の変化にともなって、化儀形式に表面的な変化がみられても、それは下種仏法から一歩も出ることはない。なぜならば、化儀形式の決定は、必ず唯授一人の血脈に基づくためである。
 無信心の者に教える必要はないから詳述はしないが、僧侶が髪を剃り、三衣を着すことによって顕現するところは、末法の本仏義にほかならない。その身を久遠元初の御本仏たる大聖人のお姿に擬えて、大聖人の代理を務め、もって師弟相対の信心を完備し、即身成仏の大功徳を成就せしめるのである。
 この証道における尊厳性が、僧宝の所以である。

(『大日蓮』H3.4)




学会副教学部長・佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」を破す
(時局協議会文書作成班1班『大日蓮』H3.4)

2月14日付『聖教新聞』の「教学」の欄に、創価学会副教学部長の肩書を持つ佐久間昇氏の「『化儀抄』を拝して」と題する論文が掲載された。この論を一読したところ、化法と化儀との関係性をはじめとして、作為的展開に基づく多くの法義解釈の誤謬が見いだされた。もとより、「闇中の礫の一も中ることを得ざるが如」き稚拙な論文であるが、多くの信徒が欺かれることを危惧し、ここにその一端を破しておくものである。

1.『化儀抄』を拝する基本姿勢について
 『化儀抄』は、南条日住師が、常日頃、日有上人よリ拝聴した御指南を筆録し、まとめたものである。佐久間氏も、このことは述べている。しかし、佐久間氏は、『化儀抄』の成立について、
 「(化儀抄の)内容は、121箇条からなり、諸国から大石寺に登山してくる学僧のために、種々の儀式の方法、説教の形式、勤行の仕方、御本尊の取り扱い、仏壇・仏具に関することなどが説かれ、最後に種脱相対の法門や日蓮大聖人を本仏と仰ぐべきことを教示されている。
と述べている。因みに、これは『仏教哲学大辞典』の『化儀抄』の項をそのまま抜き書きにしたものである。
 これによると、『化儀抄』という書は、南条日住師が「諸国から大石寺に登山してくる学僧のために」、日有上人の日頃の御指南を筆録し、まとめたに過ぎないもの、ということになる。確かに、『化儀抄』を、その広範な内容の上から拝すれば、そのような意味も存しよう。
 しかし、59世日亨上人は、
 「有師の寂年に其の資・日鎮上人尚弱冠にて、日乗日底の両師先つて遷化せられて居るから、日住兼て聴き置きて深く心底に納めたる聖訓を記して鎮師に奉呈せしこと、左京日教の六人立義私記の序文の如し」
また、日達上人も同様に、
 「第12代日鎮上人は、文明4年、16歳で血脈相承をうけられているので、日有上人が御入滅の時は、ちょうど26歳であった。そこで、南条日住も老年で、すでに自分の死の近きを知り、かねてからの日有上人から聞きおいたことを、年若き日鎮上人に法主貫首としての教訓として、書きつかわされたのである」
と、その成立縁起をお示しである。すなわち、『化儀抄』述作における、南条日住師の基本的な考えは、まず第1に「法主貫首としての教訓」、すなわち法主への指南書というところに存するのであって、「諸国から大石寺に登山してくる学僧のため」というのは、第2義以降のものである。
 このことは、『化儀抄』拝読における基本的態度に関わる問題であり、我々僧侶にとっても、細心の注意を払うところである。1.12の宗務院からの指摘文書で、学会首脳に対して、  「一般の僧俗が、自らの考えをもって軽率に判断すべきものではありません」
と指摘したのも、『化儀抄』拝読の基本的精神が、この点に存するからである。
 『仏教哲学大辞典』の抜き書きとはいえ、このような基礎知識もなく、いたずらに『化儀抄』を云々してしまうところに、佐久間氏の、教学に対する大変軽率な姿勢が窺われるのである。基本が疎かであれば、その内容解釈もまた誤謬多きものとなるのは、理の当然である。したがって、以下の問題点も、全て佐久間氏の教学に対する不見識と、学会の御都合主義的な教学姿勢に起因していことを、まず指摘しておくものである。


2.「化法」と「化儀」について
 化法と化儀について、佐久間氏は、概ね『御書辞典』、及び『仏教哲学大辞典』をもとにして、次のように解説している。
 「仏法には衆生を化導教化するのに、化法と化儀を立てる。『化法』とは仏が衆生を教化するために説いた教法のことである。根本となる不変不動の仏法の大道理である。これに対して、「化儀」とは化導における儀式、すなわち教法を守り伝える手段としての修行の仕方、振る舞いの在り方である。弘法の手段であるから、時代・社会の違いによって変化する要素をもつ。化儀は化法の手段であるから、当然、化法が根本となる。」
 定義自体に問題はないが、少々暖昧さが残る。のちの論が邪義であることを鮮明にするため、少し補足を加えておく。
 仏の衆生に対する化導において、化法と化儀とは欠くべからざるものである。この化法と化儀とは、よく病人に対する医師と医薬の投与に譬えられる。その場合、薬の調合方法としての薬法は化儀であり、薬の内容に当たる薬味は化法である。
 釈尊の仏法においては、化法とは、蔵・通・別・円の四教であり、化儀とは、頓・漸・秘密・不定の四教である。これは、垂迹化他の仏が、本已有善の熟脱の機の調機調養の化導に際して、用いられた内容である。
 大聖人の下種仏法においては、化法とは下種独一本門の法体とそれに基づく教義・教学であり、化儀とは下種仏法の執行、表明を意味する。この下種仏法における化法と化儀との関係を、明確に知り得るものとして、『本因妙抄』の、
 「宗とは所作の究竟なり、受持本因の所作に由って口唱本果の究竟を得」
との御文がある。「所作の究竟なり」とは、本尊受持の一行をいうのであるが、それはまさに化儀であり、化法の執行に当たる。この化儀によって、化法の究竟たる法体の本尊と冥合し、妙法の当体蓮華の実果を得るのである。すなわち、化儀によらなければ化法を執行、表明することはできないのである。故に、日有上人は、化儀の重要性を強調せられて、
 「当宗は第一化儀なり
と仰せられ、日因上人はこれを、
 「第一化儀トは当宗化儀即仏法なるが故ニ
と釈されている。これは、まさしく化儀即法体なることを御教示されたものである。すなわち、当宗における法要、修行、荘厳式などの一切の化儀は、即法体たる妙法蓮華経(化法)であり、その表明なのである。
 このように、化法と化儀とは深密な関係にあることを、まず知らねばならない。


3.『化儀抄』第1条の誤った解釈
 宗門からの「お尋ね」に引用した、日有上人『化儀抄』の、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
との御文について、佐久間氏は、前半の、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり」
との部分を、
 「信心している人は本質的に平等であることが示されている。これは化法に該当する。僧俗は妙法の当体として平等であるがゆえに、相互の尊重・和合が大切なのである。
と述べ、後半の、
 「然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
との御文については、
 「これは、化儀の上での区別を示したものである。したがって、当然、僧俗の礼儀がなくてはなちないが、それは化儀、役割の違いを踏まえたものであり、僧俗の本来的差別を意味するものではない。
 だからこそ、次の文に再び『信心の所は無作一仏、即身成仏なるが故に道俗何にも全く不同有るべからず』と仰せであり、信心の上で僧俗は本質的に平等であることを示されているのである。化儀の上での区別は化法の不変に比べて、第2次的なものであり、一歩進めていえば、”広布に果たす僧俗の役割の違い”という”化儀”は、時代によって変わりうるものでもあるのである。

と曲解して、宗門に対抗しようとしている。副教学部長という肩書の割には、まことにお粗末な教学力であると言わざるを得ない。
 まず、
 「信心している人は本質的に平等であることが示されている。これは化法に該当する。
 「これは、化儀の上での区別を示したものである。したがって、当然、僧俗の礼儀がなくてはならないが、それは化儀、役割の違いを踏まえたものであり、僧俗の本来的差別を意味するものではない。」
 「化儀の上での区別は化法の不変に比べて、第2次的なものであり

と、さも当然のように述べているが、ここから論が飛躍するのである。
 平等面を法体の含まれる化法に配し、差別面を化儀に配するなどという珍妙な説は、こちらが迂闊だったのか、いまだかつて聞いたことがない。先程の定義の中にも、平等が化法に該当し、差別が化儀に該当するなどということは、なかったはずである。ここから、佐久間氏のごまかしとすり替えが始まる。
 大聖人の仏法においては、すでに法体の三千が、即空、即仮、即中の円融三諦であり、平等、差別、中道を具えているのである。化儀とは、化法である下種仏法の意義の表明であるから、たとえ化儀上の表現形式に変化があったとしても、そこに表明されたものは、化法の大道理たる下種仏法であることに、何ら変わりはない。故に、「第2次的なもの」などではない。化法に平等、差別、中道を具えているならば、化儀にも平等、差別、中道を具えているのは当然である。
 これらの観点からすれば、佐久間氏の論は、化法の円融三諦を、ただ単に平等空に下す邪見にすぎない。これは到底、大聖人の法門とはいえないものである。あえていえば、小乗か、あるいは教外別伝の天魔の類いに等しいものである。当宗本来の信心を忘れて、よこしまな目的のために論を立てるから、このような謗法を犯すのである。
 このように、空観に堕ちる者は、「諸仏をしても度しがたい」といわれる。なぜならば、三宝を破壊し、化導に従わないからである。このことを「摩訶止観」には、
 「当に知るべし邪僻の空心は甚だ怖畏すべきことを。若し、此の見に堕すれば、長く淪(しず)み永く没す。尚、人天の涅槃を得ること能はず、何に況んや大般涅槃をや。故に論に云く、『大聖、空の法を説きたまふは、本と有を治せんが為なり、若し、空に著すること有る者は、諸仏の化せざる所なり』と」
と説き、「止観私記」には、これを、
 「若し、空に著すること有る者は、諸仏の化せざる所なりとは、生死を撥無するが故に厭離せず。涅槃を撥無するが故に欣求せず。三宝を撥無するが故に化に従わず」
と釈している。このように、正法正師の化導に従わない者には、必ず逸脱の邪義、謗法の考えが存するのである。
 佐久間氏の論は、もとより公正な見地に立った上での論ではない。謗法の念慮から考え出されたものである。すなわち、僧俗平等に名を借りているが、最終的には信徒、とりわけ池田名誉会長優位という、最初から結論の決まっている論なのである。故に、僧俗は平等であるといいつつも、その役割が「時代によって変わりうるもの」と、信徒が役割の上で主導権をにぎるとの本音を、言外に洩らしているのである。さらにいえば、「時代によって変わりうるもの」とは、「四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って」云々との御文を曲解し、それを依拠とした池田本仏論を根底としているのである。
 そもそも、
 「みんな信者だ、御本尊のよ、坊さんだって。違いますか、坊さんだけほか拝んでんのかよ。
との、池田名誉会長の発言が、僧俗の礼儀を忘れた不遜なものであることは、論を俟たない。この発言について、「お尋ね」文書では、日有上人の『化儀抄』第1条の御指南に基づいて、
 「このように、御本尊を拝する姿においては、一応平等でありますが、そこには当然僧俗の区別があり、礼儀をわきまえなければなりません。」
 「野卑な言葉で、あたかも僧俗がまったく対等の立場にあるように言うのは、信徒としての節度・礼節をわきまえず、僧俗の秩序を失うものであると思いますが、どのように弁明されるのでしょうか。」
と教導し、反省釈明を求めたのである。ところが、学会側では、反省など全くせずに、
 「このようなご指摘、また僧と俗とは『一応平等』というような表現からは、本質的には、僧侶が上であり信徒が下であるという権威主義的な考え方が感じられてなりません。大聖人の仏法においては、信心の上では僧侶も信徒も全<平等なのではないでしょうか。
などと、「お尋ねに対する回答」で、僧俗平等論を述べて抗弁してきたのである。
 この時から、僧俗平等をやみくもに強調した論が、次々と随所で展開されるようになったのである。佐久間氏の論もその1つである。
 佐久間氏の論の内容は、以下、日興上人の「弟子分帳」に僧俗男女の全てを弟子と称されたことなどを挙げて、僧俗平等を強調してみたり、
 「仏教の歴史をたどってみると、もともとは、出家と在家の差別はなかったのである。
とか、
 「法の上では、僧も俗もともに同じ人間であり、全く平等なのである。
などと述べ、最後は、
 「日蓮大聖人の御心に適う信心に立つ時、我々は妙法蓮華経の当体となる。そこには僧俗の差別はない。
と、結論づけている。
 しかし、日有上人の御指南は、
 「貴賎道俗の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」
なのである。これを佐久間氏は「そこには僧俗の差別はない」と述べているのである。一体、どのように拝すれば、「上下」「位」の語が、差別を意味しなくなるのであろうか。この『化儀抄』の御文が、もう少し長い文章ならばいざ知らず、これほど短い一目瞭然の文を、どのように牽強付会しようとも、それは無理というものである。なぜならば、この御文は、平等と差別の両面を、明らかに示されているのである。故に、これに惑わされる人は、まさに盲目であり、「日月の科(とが)」とはならない。
 ただし、ここに示される僧俗の差別とは、法の上の筋目をいうのであって、佐久間氏や学会首脳のいう「信徒蔑視」などを意味するのではない。創価学会では、あえて差別という語を強調し、宗門を非民主的イメージに仕立て上げているのである。
 ここに承される差別とは、まさに区別を意味するのである。つまり、主従、師弟、親子の関係に、平等性と同時に上下の区別という筋目があるのと同様、僧俗にも平等性と同時に法の上の上下の筋目が存するのである。これらを否定すれば、仏法の上の秩序はもちろん、社会秩序すら否定することにつながってしまう。このようなことでは、それこそ世間に通用しないであろう。学会が、社会一般から顰蹙を買う理由は、正法流布によるものだけではない。その言動の、非常識さにあるということを多く聞くのである。このように、社会秩序を破壊するようなことまで言い出せば、学会の生き残る道はどこにもない。
 もとより、成仏の成否が、本人の信力行力にあるという点では、池田名誉会長が、
 「みんな信者だ、御本尊のよ、坊さんだって。違いますか、坊さんだけほか拝んでんのかよ。」
というように、僧も俗も、当然平等である。しかし、法の上の上下をいえばそうではない。たとえ、一切衆生が成仏したとしても、仏界大聖人が上で九界信徒が下であることは、論ずるまでもなかろう。それが、大聖人御入滅後においては、唯授一人血脈付法の御法主上人が上で、一切の大衆は下となるのである。
 僧侶を師匠とすることは、大聖人の代理としてであり、御法主上人の代理としてである。このことを『化儀抄』第4条には、
 「手続の師匠の所は、三世の諸仏高祖已来代代上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし
と説かれており、日達上人は、
 「師匠は、三世諸仏や大聖人いらい、歴代の法主上人のお心がぬけられて、師匠の所に来ているのであるから、もし出家して師匠に著くには、よくよく、善き師匠を選定して、その師匠の弟子となり、信心をしなければなりません。また自分が弟子にたいしても、自分が信頼されていることを忘れないで、弟子に大聖人の仏法を授けていかなければなりません。」
と解説されている。したがって、僧侶に対する敬意は、本来、全てが御法主上人を通して、大聖人に帰趣するのである。これを師弟相対の信心というのである。その信心には無量の功徳がある故に、僧俗の筋目としての差別をいうのである。
 この「化儀紗」の御文には続いて、
 「又我が弟子も此くの如く我に信を取るべし」
と仰せられ、「また、我が弟子は我(日有上人)に対し、この道理をもって、信を取りなさい」と御教示されているのである。
 このように、僧侶間においても師弟の差別は存するのであるが、それは、師となる者の権威などではなく、ただただ三世諸仏や大聖人以来、歴代の法主上人のもぬけられたるところとの意義に拠るのである。故に、『化儀抄』には、
 「本寺住持の前に於いては我が取り立ての弟子たりとも等輩の様に申し振舞うなり、信は公物なるが故なり云云」
とも説かれ、また日達上人は、これを、
 「本山の法主上人の前では自分の弟子であっても、自分と同輩、同僚のような行動をすべきであります。それは信心の上からは、平等でありますから。」
と解説されているのである。つまり、御法主上人のお立場からみれば、一切の大衆は平等となり、師弟の差別もなくなるのである。
 それを、池田氏擁護に腐心するあまり、あたかも僧侶が信徒を蔑視しているかのように宣伝して、大切な筋目である師弟相対の信心を破壊し、化儀即法体という化儀の重要性を、平然と否定しているのである。何たる無信心であろうか、無慚無愧の極みである。
 ここで、先に触れた化儀即法体について、今少し説明しておく。当宗の化儀は、悉く法体の深義の表明に意義が存するのである。これが化儀即法体である。したがって、同一の仏具法式であっても、爾前、迹、本、文底と、宗旨によってそれぞれ示される意義に違いが存する。日蓮大聖人の仏法においては、その化儀の法式が、全て下種仏法の深義の表明なのである。
 樒を例に挙げれば、その常緑樹の常の義は、転じて仏身の無始無終、すなわち永遠常住の生命を意味する。しかし、その根拠となる『寿量品』には、三種四種の別がある。当宗においては、その中の観心の上の教相たる内証の『寿量品』によるのである−というごとくてある。
 信行者は、化儀の法式に信順するところ、おのずと法体の深義に契合し、下種仏法の利益を享受するのである。故に、化儀は、根本的には、凡夫僧としての宗祖日蓮大聖人の、一期の御化導に由来する。この本仏大聖人の一期の御化導は、また唯授一人の法体の血脈相承によって、御当代日顕上人へと継承されているのである。したがって、たとえ時代の変化にともなって、化儀形式に表面的な変化がみられても、それは下種仏法から一歩も出ることはない。なぜならば、化儀形式の決定は、必ず唯授一人の血脈に基づくためである。
 無信心の者に教える必要はないから詳述はしないが、僧侶が髪を剃り、三衣を着すことによって顕現するところは、末法の本仏義にほかならない。その身を久遠元初の御本仏たる大聖人のお姿に擬えて、大聖人の代理を務め、もって師弟相対の信心を完備し、即身成仏の大功徳を成就せしめるのである。
 この証道における尊厳性が、僧宝の所以である。ただし、僧宝の意義に、総別の二義がある。別しては、大聖人より直授相承せられた日興上人にまします。故に、日興上人を僧宝の随一と仰ぐのである。総じては、唯授一人の血脈相承をもって、大聖人の法体を継承せられた御歴代上人が、全て僧宝にましますのである。したがって、時の御法主上人が、その時代における僧宝の中心なのである。なお、以上の総別の二義を合して別とした場合、御法主上人の法類である一般僧侶は、総じてこの僧宝の意義を顕現する立場に存するのである。また、さらに総じていうならば、日蓮正宗の信仰をする信徒にも僧宝の意義は存するといえる。しかし、『曽谷殿御返事』の、
 「総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず輸廻生死のもといたらん」
との御指南、また日寛上人の『当家三衣抄』の、
 「行者謹んで次第を超越する勿れ、勢至経の如きんば妄語の罪に因って当に地獄に堕つべし」
との御指南のごとく、総別をわきまえず、その次第を越えたならば、かえって成仏の妨げとなり、地獄に堕ちることにもつながるのである。『化儀抄』の「僧俗の礼儀有るべきか」との御文の真意は、このことを指すのである。佐久間氏は、特にこの点に留意し、これをよく反省すべきである。
 さて、付論的になるが、池田氏が野卑な口調で言い出してより、学会員の僧侶に対する中傷は、止まるところを知らない。
 その中には、僧侶の妻帯まで云々したものがあるが、『四恩抄』の、
 「世末になりて候へば妻子を帯して候・比丘も人の帰依をうけ魚鳥を服する僧もさてこそ候か
との御文や、『祈祷抄』の、
 「行者は必ず不実なりとも・智慧はをろかなりとも・身は不浄なりとも・戒徳は備へずとも・南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし、袋きたなしとて金を捨る事なかれ・伊蘭をにくまば栴檀あるべからず、谷の池を不浄なりと嫌はば蓮を取らざるべし
との御金言をどのように拝するのであろうか。また、大聖人の弟子の中に妻帯者がいたことや、何よりも有名な鳩摩羅什三蔵の妻帯は、身は汚れたけれども舌は焼けなかった不思議など、繰り返し語られているのであるから、これを知らないわけはなかろう。それにもかかわらず、『聖教新聞』などでしきりにこれを中傷し、世間の失笑を買っているのである。学会が笑われることは勝手であるが、要するに、これらも正宗僧侶のイメージダウンのみに目的があるから、感情論以外に確たる根拠があるわけではあるまい。池田名誉会長をはじめとする学会幹部は、その幼児性をまず反省すべきである。
 本宗の僧俗の関係が平等即差別にあることは、700年来の宗風化儀であり、学会でも、以前はその旨の指導をしていたのである。それを、今日、邪義と承知の上で、あえて覆す意図は、「学会は主、宗門は従」などという生易しいものではなく、池田名誉会長並びに学会首脳の策謀による、創価学会独立のための、学会員と宗門との離間作戦にあるのではなかろうか。
 前述のように、繰り返されるこれらの僧俗平等論は、一応、理論的定義づけを装ってはいる。しかし、会合などにおいて、実際に会員間で行なわれていることは、捏造された情報操作よる、感情的な僧侶非難である。これによって、会員の多くは、現に僧侶に失望すると同時に、僧侶に対して憎悪を懐くようになっている。
 このように、信徒として、決して犯すはずのない非道を、実際に可能にしている思想背景は、おなじみの諸悪の根源”池田本仏論”である。最近では、再び機関紙面に、大胆に再登場するようになっている。本年2月6日付の『創価新報』の「暁鐘」欄などは、その好例といえる。そこには、
 「ところで、ドストエフスキーの作中に『大審問官』を描いた詩劇がある。中世社会に復活したキリストを、時の教会の大審官が罵倒し、裁き、再び処刑しようとする話だ。”今さら何しにきた。お前はもはや俺たちの邪魔者なのだ”と、自分らの始祖を弾劾するのである▼宗教的精神を裁く宗教的権威−『自立を忘れた』宗教の笑えぬ戯画である。だがこの構図、どうやら”外道”の世界だけの話でもないようだ。
とある。これは、キリストと大審問官の関係を、日蓮大聖人と日蓮正宗の僧侶に擬えているのである。現代に再現した日蓮大聖人、すなわち池田大作氏を、日蓮正宗の僧侶が罵倒し、裁き、再び処刑しようとする。そして、
 「”今さら何しにきた。お前はもはや俺たちの邪魔者なのだ”と、自分らの始祖(日蓮大聖人=池田大作氏)を弾劾するのである
といっているのである。常にこのような論法で会員を洗脳し、またこれを読ませ、さちに”池田本仏論”を浸透させるのである。そして、ついでに日蓮正宗の僧侶は、本仏池田大作氏を迫害していると思わせて、怒りを掻き立てようとしているのである。
 このような、邪悪な謀略行為は、仏法の道理の上からも、決して許されはしない。事実を見抜けぬ哀れな学会員は騙せても、本仏大聖人は常に御照覧である。
 「御義口伝」に云く、
 「疵を蔵(か)くし徳を揚げて自ら省ること能わざるは是れ無慙の人なり」
 池田名誉会長並びに学会首脳、そして佐久間昇氏よ、堕獄を恐れるならば、直ちに猛省し、懺悔したまえ。
以上





勤行

改変勤行の内容と問題点

今、創価学会では、五座三座の勤行を廃止し、方便・自我偈の読誦1遍と唱題で足れりとし、御観念文も自分たちに都合よく改変してしまっています。

[画像]:これが創価学会の勤行(怠行)だ!=『聖教新聞』(H16.9.10・2面)に掲載された、創価学会の新しい「勤行」ならぬ「怠行」(『慧妙』H16.9.16)

【「方便品・自我偈の読誦と唱題」による勤行と御祈念文】

 初めに御本尊に向かい(鈴)、題目三唱します。

<諸天供養(朝のみ)>
 御本尊に向かって、諸天善神に法味を送る題目を三唱します。(東の方に向かってもよい)
諸天善神の守護に感謝し、威光勢力が増すよう、題目の法味を送ります。
 と心の中で祈念の後、題目三唱します。

<方便品・自我偈の読誦と唱題>
 方便品を読誦します。(鈴)
 自我偈を読誦します。(鈴)
 題目を唱えた後(鈴)、題目三唱します。

 次の内容を祈念します。
一、御本尊への報恩感謝
一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
末法の御本仏・日蓮大聖人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
日興上人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
日目上人に報恩感謝申し上げます。
 と祈念の後、題目三唱します。
一、広宣流布祈念
広宣流布大願成就と、創価学会万代の興隆を御祈念申し上げます。
創価学会初代、2代、3代の会長を広布の指導者と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。
 と祈念の後、題目三唱します。
一、諸願祈念ならびに回向
自身の人間革命と宿命転換を祈り、種々の願いが成就しますよう御祈念申し上げます。(種々の祈念はここで行います)
先祖代々ならびに会員・友人の諸精霊追善供養のために。(回向の中で鈴を打ちます)
 と祈念の後、題目三唱します。次に
世界の平和と一切衆生の幸福のために。
 と祈念の後(鈴)、題目三唱して終わります。

 見てのとおり、この『勤行要典』には、日蓮正宗という文字も、宗祖・2祖・3祖という文字もない。もちろん、『新しく入会される皆様へ』と題されたパンフレットにも、日蓮正宗に関する記述は一切ない。それなのに、日興上人・日目上人に報恩感謝する矛盾(むじゅん)を、新入会者に対して、創価学会はどう説明するのであろうか。
 また、授けるニセ本尊は、日蓮大聖人でも日興上人・日目上人のものでもなく、大石寺第26世・日寛上人が書写された御本尊を勝手に変造したニセ本尊であるが、そのことはどう説明するのであろうか―。(『慧妙』H17.3.1)



【諸天供養】

 御本尊に向かって、諸天善神に法味を送る題目を三唱します。(東の方に向かってもよい)
諸天善神の守護に感謝し、威光勢力が増すよう、題目の法味を送ります。
 と心の中で祈念の後、題目三唱します。(学会版『勤行要典』「諸天供養」)

●法華経本門の略開近顕遠に来至して華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日月・四天・竜王等は位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり、若し爾れば今我等天に向つて之を見れば生身の妙覚の仏本位に居して衆生を利益する是なり。(『法華取要抄』全集334頁)

●日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり(『国府尼御前御書』全集1325頁)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候(『新池御書』全集1444頁)
-----------------------
日達上人御教示に、諸天善神はいたる所にましますが、伝教大師も「東方は諸方の始めなり」と申され、一応太陽のある所をもって、諸天善神の在(おわ)します所として、そこに敬意を表し、お題目を上げて法味を捧げるとの仰せがあります。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

●御日記に云く毎年四月八日より七月十五日まで九旬が間・大日天子に仕えさせ給ふ事、大日天子と申すは宮殿七宝なり(中略)一乗の妙経の力にあらずんば争か眼前の奇異をば現す可き不思議に思ひ候、争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり、又逆をなす人は皆ばつあり、(中略)其の上慈父よりあひつたはりて二代我が身となりて・としひさし争かすてさせたまひ候べき、其の上日蓮も又此の天を恃みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生のあらたなる事・外にもとむべきにあらず(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1145頁〜)

●弘安三年十一月八日、尼日厳の立て申す立願の願書並びに御布施の銭一貫文又たふかたびら一つ法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ候い畢んぬ(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)
------------------------------------------------------------
第59世日亨上人は『天拝集説』(『大日蓮』T11.3)において、上記の各御文等を初座(天拝)の根拠とされている。「天拝」とはあくまでも天に向かって拝むことであり、御本尊への祈念ではない。そのことは「法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ」(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)とあることからも明らかである。(<■日亨上人著『天拝集説』について>参照)

●日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候(『祈祷経送状』全集1357頁)
-----------------------
日顕上人は、大聖人様が毎朝東を向いて、諸天を拝された。日興上人もそのお姿を拝し、同じように東天を拝し、それが当宗に今日まで伝わってきている旨の、御指南をされています。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

東天に向かっての諸天供養は大聖人時代から存在した

学会では諸天供養を「御本尊に向かって」(『聖教新聞』H16.9.10)することを基本にしている。カッコ付きで「東の方に向かってもよい」(同)などとしている。しかも読経はなく題目三唱のみである。御本尊に向かうという本来ではない化儀を基本とし、東天に向かうという本来行うべき化儀を軽くみている。これは本末転倒である。個人的には東天に向かう可能性を残しながらも、組織としては東天に向かうことなく勤行を行うのであるから、大聖人以来の化儀に組織として反していることは明白である。



【本尊供養】

一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。(学会版『勤行要典』「御祈念文」)

「本尊供養」の御観念文から「本門戒壇の大御本尊」という文字を削除。これは、後に戒壇の大御本尊から会員を遠ざけるための"布石"といえましょう(『慧妙』H17.3.1)。以下の記述は、学会の会則・規則変更に対する宗門側の破折である。その内容は、そのまま「本尊供養」の観念文改変に対する破折としても通用する。

<「本門戒壇」の削除について>
 「本門戒壇」とは、法華経本門の仏法、すなわち、末法出現の法華経の行者、日蓮大聖人が説き明かされた仏法の法体を安置し、一切衆生成仏の依処となるべき堂宇をいう。
 「戒壇」に関して、日蓮大聖人は『三大秘法抄』に、
 「霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か」(『三大秘法抄』御書1595、全集1022頁)
と教示され、『一期弘法付嘱書』には、
 「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(『一期弘法付嘱書』御書1675、全集1600頁)
と明確にその場所を特定されている。これについて第26世日寛上人は、
 「然るに三大秘法随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り」(『六巻抄』64頁)
 「富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり」(同68頁)
と教示され、「本門戒壇の大御本尊」まします富士山こそ、戒壇建立の聖地であると仰せられている。
 この富士山とは第2祖日興上人以来の歴史的経緯からみても、日蓮正宗総本山大石寺をおいて他にないことは明々白々である。
 創価学会は、この尊い日蓮大聖人および日寛上人の御教示に背き、会員に対して本門戒壇の大御本尊への渇仰恋慕の心を喪失せしめ、大石寺を覆い隠すために、「会則」「規則」から「本門戒壇」の文字を削除したのである。(教学部<宗門>WS)


<「一閻浮提総与」とのすり替えについて>
 「一閻浮提総与」とは「全世界の人々に等しく与えられたもの」との意味であり、御本尊に冠した場合は「全世界のすべての人々が信受すべき御本尊」という意味である。
 しかるに創価学会は、この「一閻浮提総与」を、単にすべての衆生すなわち創価学会員をはじめとする人々に与えられたものと解釈している。
 日蓮大聖人は、
 「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ」(『観心本尊抄』御書662、全集254頁)
と御教示され、この御文を日寛上人は、
 「久遠元初の自受用身、大慈悲を起こして妙法五字の本尊に自受用身即一念三千の相貌を図顕し、末代幼稚の頸に懸けさしむ等となり」(御書文段285頁)
と解釈されている。日蓮大聖人は、一念三千を知らざる煩悩具縛の一切衆生の成仏と救済のために、大慈悲を起こし、本門戒壇の大御本尊を御図顕されたのである。
 この大御本尊は、『一期弘法付嘱書』に、
 「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」(『一期弘法付嘱書』御書1675、全集1600頁)
と仰せられるように、日蓮大聖人から日興上人ただお一人に付嘱され、以来、御当代日顕上人に至るまで、唯授一人の血脈相承によって、厳然と富士大石寺に伝えられているのである。
 また御当代日顕上人は「一閻浮提総与」の意義について、
 「戒壇の御本尊様についても、大聖人様御所有の上からの名称でなければならない。それは、大聖人様が一切衆生総与という意味において、日興上人へ相伝あそばされているわけなのです。その場合は能化、すなわち、仏につく言葉であります(中略)能化の仏様のお心の上から『一閻浮提総与』と申し上げるべきであり」(『創価学会の偽造本尊義を破す』136頁)
と仰せられ、本門戒壇の大御本尊に冠せられる「一閻浮提総与」とは、能化の御仏意に基づく言葉であり、その真義は法主への血脈相伝によって一切衆生に授与される御本尊なる旨の御指南をされている。
 これはまた「一閻浮提総与」の深義を、不相伝の輩が迷妄の我見をもって軽々に解釈すべきものではないとの御指南でもある。
 これらの御教示と御指南を拝するならば、学会が、いかに仏法の本義に背逆しているかが分かるであろう。
 今回の文言のすり替えは、血脈相伝による授与の意義を否定せんとする、学会の慢心と邪悪な意図のもとに行われたのである。
 なお付言するならば、「一閻浮提総与」は、日蓮大聖人の御書には勿論のこと、第2祖日興上人および日寛上人の御教示にも使用されていない言葉である。この言葉は、総本山第59世日亨上人が『大日蓮』に、
 「近年荒木翁が戒壇本尊は未来の満天下の一切衆生に授与せられたものであるから総与の御本尊と云ふべきと主張した」(『大日蓮』T12.1 14頁)
と紹介されているように、近代の在家信徒が言い始めたものである。「御書根本」をさかんに振り回す学会が、何ゆえ『二箇相承』にある「本門戒壇」の文言を削り、あえて御書にない言葉を用いるのか。これも学会の大いなる矛盾であると指摘しておく。(教学部<宗門>WS)


<「三大秘法」とのすり替えについて>
 「三大秘法」とは、日蓮大聖人の仏法の根幹をなす法義であり、その中心となる法体は、本門戒壇の大御本尊にましますことはいうまでもない。
 しかるに不相伝の日蓮宗各派においては「三大秘法」を口にしながら、宗祖大聖人の御意とは遠く離れたまったくの邪義珍説を吐いている。
 その一例を挙げると、『日蓮宗読本』には、
 「本門の本尊は美術的要素、本門の題目は音楽的要求、本門の戒壇は造形的要素」(『日蓮宗読本』150頁・要旨)
などと解説していることからも分かる。
 今回、学会が「本門戒壇」との明確に大御本尊を指し示す文言を、他門日蓮宗でも口にする「三大秘法」にすり替えたことは、本門戒壇の大御本尊を覆い隠し、その意義を薄めようとする意図によるのである。(教学部<宗門>WS)



【「三師供養」】

日興上人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
日目上人に報恩感謝申し上げます。(学会版『勤行要典』「御祈念文」)

「三師供養」では、御歴代上人への御報恩謝徳の文をバッサリとカットし、加えて、日目上人への御報恩謝徳の文から「南無」の文字を削除している。

●南無仏・南無法・南無僧とは若し当流の意は(中略−仏宝、法宝を挙げたあと)南無本門弘通の大導師・末法万年の総貫首・開山・付法・南無日興上人師、南無一閻浮提座主・伝法・日目上人師、嫡々付法歴代の諸師(第26世日寛上人著『当家三衣抄』/『富士宗学要集』第3巻238頁)
-----------------------
日寛上人は日目上人に「南無」されていた。日寛上人を正師と仰ぐのであれば、日興上人→日目上人→日道上人→と続く血脈を信受し、血脈付法の方に南無すべきである。

●嗚呼(ああ)代々の貫首即日蓮日興の尊語をいかにせんや。(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝(下)』274頁)

◆良き法と、良き師と、良き檀那との3つが、そろわなければだめだ。南無妙法蓮華経、これは良き法に決まっている。大御本尊様は良き法なのです。また御法主上人は唯授一人、64代の間を、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。ですから、御法主上人猊下を通して大御本尊様を拝しますれば、必ず功徳が出てくる。ただ良き檀那として、その代表として、その位置にすわれたことを、私は、ひじょうに光栄とするものであります(昭和30年12月13日・関西本部入仏落慶式『戸田城聖全集』第4巻399頁)
-----------------------
戸田会長は終生、宗門発行の教本を使用し、教本に示された観念文どおり「三師供養」において歴代上人に南無されていた。その理由は、唯授一人の血脈によって歴代上人に「大聖人様そのままの御内証」が伝わっていると信じていたからである。

◆ありがたくも、本日は、御本山の猊下のお出ましをねがい、畑毛の猊下のお出ましをねがって、われらとしてはこれ以上の名誉はない。来年のきょうまでのあいだに、ほんとうに功徳をつかむ覚悟で、自分の悩みの心に、大御本尊様を目の前に浮かべ、両猊下を拝もうではありませんか。それでは、私が導師となります。「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 どうか、功徳を祈っていただきますように。(S29.5.3東京・両国の国技館『戸田城聖全集』第4巻159頁〜)
-----------------------
「大御本尊様を目の前に浮かべ、両猊下を拝もうではありませんか。」戸田会長が歴代上人に南無していたことは明らかだ。



【会長への報恩感謝】

創価学会初代、2代、3代の会長を広布の指導者と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。

 まず昭和52年、創価学会は三座の御観念文を改変し、ここに牧口・戸田両会長への報恩感謝の一文を挿入しようと企(くわだ)てました。
 それをお知りになった日達上人は、「それでは本宗の三宝が改変されてしまう」として阻止され、その上で「両氏の追善供養を全員にさせたいのなら、両氏の追善供養を書いた紙でも経本にはさませて、五座の回向で行なわせたらどうか」と御指南されました。
 ところが創価学会は、その御指南に従うかのようにみせながら、創価学会版の経本を作成し、四座の御観念文の間に創価学会の興隆を祈念する文を付け加えたばかりか、五座では牧口・戸田両氏に対して「死身弘法・御報恩謝徳の御為めに」と、追善供養ならぬ御報恩謝徳の文を加えてしまったのです。
 日蓮正宗においては、御歴代上人でないかぎり、たとえ高僧であっても「擬報恩謝徳」という表現に留めていますので、在家信徒に対して「御報恩謝得」などという祈念を行なうことは、増上慢の極(きわ)みであります。
 この、御観念文の改変という謗法行為に対し、日達上人は、創価学会版経本の回収を命じ、それと同数の大石寺版勤行要典を創価学会に寄贈されて
 「向こう(学会版経本)が謗法だから、それをやめさせて、正しいものを渡した。学会が正宗の要品でないものを使っていたから、それをやめさせて、正しい正宗の経本を与えた」(昭和54年5月29日の御指南の趣意)
と、創価学会の経本は謗法である、と断じられたのです。(『慧妙』H19.10.1)



【寿量品長行の読誦を廃止】
 ここで、勤行様式の改変に伴(ともな)い、寿量品長行の読誦を廃止したことですが、これは、もはや日蓮大聖人の門下を名乗ることさえ憚(はばか)られる重大な違背行為です。
 すなわち日蓮大聖人は、
 「一念三千の法門は但法華経本門寿量品の文の底にしづめたり」(『開目抄』御書526、全集189頁)
と仰せですが、それはどこの文に秘沈されているか、というと、日寛上人は、
 「聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり云云」(『六巻抄』28頁)
と仰せられ、「我本行菩薩道 所成壽命 今猶未盡 復倍上數」の本因初住の文の底に秘沈されている、と明かされています。しかして、この「我本行菩薩道」の本因初住の文は、寿量品の長行中にあるのです。
 となれば、事の一念三千の御当体たる大御本尊を賛嘆申し上げるのに、寿量品の長行は、法義上、削(けず)ってはならない必要な助行であることは、明々白々です。
 日蓮大聖人は、
 「此の経の文字は皆悉(ことごと)く生身(しょうじん)妙覚の御仏なり。(中略)されども僻見(びゃっけん)の行者は加様(かよう)に目出度く渡らせ給ふを破し奉るなり。唯(ただ)相構へ相構へて異念無く一心に霊山浄土を期(ご)せらるべし。心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文ぞかし」(『曾谷入道殿御返事』御書794、全集1025頁)
と仰せです。この御金言を無視し、自らの怠(なま)け心に従って、「五座三座」の勤行を「方便・自我偈・唱題」の"怠行"に変えてしまった創価学会は、まさしく「心を師」とする「僻見の行者」と成り果てた、といえましょう。(『慧妙』H19.10.1)(<■一念三千と二品読誦の範囲><■法体の所在>参照)



【「五座三座」の廃止】
学会は、五座三座の勤行を廃し、方便・自我偈の読誦1遍と唱題をもって勤行としています。(<■大聖人以来の化儀><■化儀と相伝><■「開山已来・化儀化法・四百余年全く蓮師の如し」>参照)



【正師による開眼なき経本】
妙法蓮華経一部一巻小字経、御供養のために御布施に小袖二重・鵞目十貫・並びに扇百本。(『曾谷入道殿御返事』全集1057頁)
-----------------------
●この「小字経」というのは細字経のことで、小さい字で書写されたお経のことであります。この書写を曽谷さんが自らなさったか、それともだれかに書かせたかは判りませんが、その書かれた法華経を身延に送られて大聖人様のもとにおいて御宝前に安置し、お経、題目を大聖人様から唱えていただいて、その書写したお経の開眼の儀式を願ったのです。 そして御供養として、まず「御布施に小袖二重」。「小袖」は着物のことで、それが二重ねです。(第67世日顕上人H6.10.29/『大日蓮』H12.11)
-----------------------
大聖人自ら、信徒の御経を開眼されていた。現在でも日蓮正宗では信徒が使用する経本を開眼している。正師による開眼のない学会経本は、大聖人の化儀に背く。




大聖人以来の化儀
[画像]:"怠行"定着に懸命な創価学会=法要の際に足がしびれてしまった池田大作と"怠行"制定を報じる『聖教新聞』(『慧妙』H16.10.1)。『聖教』は「全国から喜びの声」「新入会の友に朗報」などと言うが、一番喜んでいるのは正座が大の若手の池田大作!?

[画像]:これが創価学会の勤行(怠行)だ!=『聖教新聞』(H16.9.10・2面)に掲載された、創価学会の新しい「勤行」ならぬ「怠行」(『慧妙』H16.9.16)

************************************************************
このほど、創価学会の「勤行」および「御祈念文」として、「方便品・自我偈の読誦と唱題」による勤行と御祈念文を制定いたしました。(秋谷会長・第41回本部幹部会H16.9.9)
------------------------------------------------------------
 創価学会がついに、五座三座の勤行を廃止し、「方便・自我偈・唱題」をもって五座三座に代えることを正式発表(平成16年9月9日)した。
 これで学会の勤行は、顕正会・正信会よりも粗略な、勤行(行を勤める)ならぬ怠行(行を怠(おこた)る)となった!!



【諸天供養】


【二品読誦】
<自我偈>

<十如是+自我偈>

<『方便品』長行+自我偈>

<『方便品』長行+『寿量品』長行>

<「存略」と「欠略」>


【題目】
<『月水御書』>

<修行の中心>
◇◇御在世は権実相対の御指南が中心。信徒は法華第一と考え、法華経読誦に執着していた。大聖人も法華経一部を読誦されていた。◇◇
◇◇法華経に執着する信徒に対しては、題目の功徳を強調◇◇
◇◇助行を捨てた正行は正しい修行に非ず◇◇


【五座三座】
<朝夕の勤め>

<初座(諸天供養)>

<2座(本尊供養)>

<3座(三師供養)>

<4座(広宣流布祈念・罪障消滅)>

<5座(回向)>


【御在世の化儀を踏襲した大石寺の化儀】


【諸天供養】
●法華経本門の略開近顕遠に来至して華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日月・四天・竜王等は位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり、若し爾れば今我等天に向つて之を見れば生身の妙覚の仏本位に居して衆生を利益する是なり。(『法華取要抄』全集334頁)

●日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり(『国府尼御前御書』全集1325頁)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候(『新池御書』全集1444頁)
-----------------------
日達上人御教示に、諸天善神はいたる所にましますが、伝教大師も「東方は諸方の始めなり」と申され、一応太陽のある所をもって、諸天善神の在(おわ)します所として、そこに敬意を表し、お題目を上げて法味を捧げるとの仰せがあります。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

●御日記に云く毎年四月八日より七月十五日まで九旬が間・大日天子に仕えさせ給ふ事、大日天子と申すは宮殿七宝なり(中略)一乗の妙経の力にあらずんば争か眼前の奇異をば現す可き不思議に思ひ候、争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり、又逆をなす人は皆ばつあり、(中略)其の上慈父よりあひつたはりて二代我が身となりて・としひさし争かすてさせたまひ候べき、其の上日蓮も又此の天を恃みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生のあらたなる事・外にもとむべきにあらず(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1145頁〜)

●日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。(『四条金吾殿御返事』全集1169頁)

●齢もいまだ・たけさせ給はず、而して法華経にあわせ給いぬ一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命や・をしの命や、御姓名並びに御年を我とかかせ給いて・わざと・つかわせ大日月天に申しあぐべし、いよどのもあながちになげき候へば日月天に自我偈をあて候はんずるなり(『可延定業書』全集986頁)

●尼御前御寿命長遠の由天に申し候ぞ其の故御物語り候へ。(『富城殿御返事』全集987頁)

●弘安三年十一月八日、尼日厳の立て申す立願の願書並びに御布施の銭一貫文又たふかたびら一つ法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ候い畢んぬ(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)
------------------------------------------------------------
第59世日亨上人は『天拝集説』(『大日蓮』T11.3)において、上記の各御文を初座(天拝)の根拠とされている。「天拝」とはあくまでも天に向かって拝むことであり、御本尊への祈念ではない。そのことは「法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ」(『日厳尼御前御返事』全集1262頁)とあることからも明らかである。

●日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候(『祈祷経送状』全集1357頁)
-----------------------
日顕上人は、大聖人様が毎朝東を向いて、諸天を拝された。日興上人もそのお姿を拝し、同じように東天を拝し、それが当宗に今日まで伝わってきている旨の、御指南をされています。(『信心の原点』東中国布教区発行H10.10.12・70頁)

東天に向かっての諸天供養は大聖人時代から存在した

学会では諸天供養を「御本尊に向かって」(『聖教新聞』H16.9.10)することを基本にしている。カッコ付きで「東の方に向かってもよい」(同)などとしている。しかも読経はなく題目三唱のみである。御本尊に向かうという本来ではない化儀を基本とし、東天に向かうという本来行うべき化儀を軽くみている。これは本末転倒である。個人的には東天に向かう可能性を残しながらも、組織としては東天に向かうことなく勤行を行うのであるから、大聖人以来の化儀に組織として反していることは明白である。




【二品読誦】
<自我偈>
―常の御所作にあらず―

●夜中に大庭に立ち出でて月に向かひ奉りて、自我偈少々よみ奉り、諸宗の勝劣、法華経の文あらあら申して、抑(そもそも)今の月天は法華経の御座に列なりまします名月天子ぞかし。(中略)仏勅(ぶっちょく)をもはたして、誓言のしるし(験)をばとげさせ給ふべし(『種々御振舞御書』御書1061、全集915頁)
-----------------------
「自我偈少々」というのは『種々御振舞御書』の一節である。この御文は、竜口の法難の後、依智(えち)の本間邸において大聖人が月天子を叱咤(しった)されたところ、庭の梅の木に「明星の如くなる大星」が下りてきた、有名な場面であるが、一読して明らかなように、「自我偈少々」というのは、常時の勤行を指しての御金言ではない。学会の切り文のデタラメさがよく判(わか)る事例である。(『慧妙』H16.10.1)

●むかし・この法門を聞いて候人人には関東の内ならば我とゆきて其のはかに自我偈よみ候はんと存じて候(『減劫御書』全集1467頁)
-----------------------
これは墓参のときのことで、常時の勤行を指しての所作ではない。


<十如是+自我偈>
―為人悉檀の上の略式か―

●御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり(『松野殿御返事』全集1381頁)
-----------------------
「御文に云く」とあるように、「十如是・自我偈」は松野殿自身の所作であって、大聖人の御指南ではない。ただし、略式として容認されていたものか?


<『方便品』長行+自我偈>
―為人悉檀の上の略式か―

方便品の長行書進せ候先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし(文永12年『曾谷入道殿御返事』全集1025頁)
-----------------------
 先に自我偈を送られ、後に方便品の長行を送られた。この文面だけでは、毎日の所作としての御指南かどうかは不明である。毎日の所作だとすれば、「方便品の長行と寿量品の長行」(2●)の略式だと考えられる。しかし、この御手紙よりも後に、『寿量品』の長行を書き送られた可能性もある。
 同じ年(元号は異なる)の『法蓮抄』(1●)によれば、曽谷殿は13年もの間、方便品を読まないで自我偈のみを毎日読誦していたようである。そのことをお知りになった大聖人が、自我偈はそのままにして(『寿量品』の長行は敢えて勧めずに)、為人悉檀の上から、とりあえず方便品の長行読誦を勧められたとも考えられる。

1●今法蓮上人の送り給える諷誦の状に云く「慈父幽霊第十三年の忌辰に相当り一乗妙法蓮華経五部を転読し奉る」等云云(中略)彼の諷誦に云く「慈父閉眼の朝より第十三年の忌辰に至るまで釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し奉りて聖霊に回向す」等云云(中略)今の施主・十三年の間・毎朝読誦せらるる自我偈の功徳は唯仏与仏・乃能究尽なるべし(建治元年『法蓮抄』全集1045〜頁)
-----------------------
「釈迦如来の御前に」とあるように、法蓮上人こと曽谷入道殿は、仏像に執着していたようである。さらに迹門不読の誤りを起こし、13年もの間、方便品を読誦しなかったようである。


<『方便品』長行+『寿量品』長行>
―大聖人による教示―

2●法華経は何(いず)れの品も先に申しつる様に愚(おろ)かならねども、殊(こと)に二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍(はべ)り。余品(よほん)は皆枝葉(しよう)にて候なり。されば常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ(文永元年『月水御書』御書303、全集1201頁)
-----------------------
「常の御所作」すなわち日々の勤行においては、『方便品』の長行および『寿量品』の長行を読むよう仰せである。これは『月水御書』の一節であって、この御書を与えられたのは大学三郎殿の奥方、すなわち在家の女性信徒である。言うまでもなく、「僧侶」に対してその修行を説いたものでは、けっしてないのだ。(『慧妙』H16.10.1)


<「存略」と「欠略」>
 略式には「存略」と「欠略」の2通りがあるが、前者の「存略」とは正しい略式で、本式の意義が存在していることを言う。ところが「欠略」は間違った略式のために、本式の意義が欠落して邪義となることを言うのである。
 しかるに創価学会の「方便品・自我偈」は、略するも何も、最初から長行を廃止しているのであるから、欠略というより欠落であって、見事な「インチキ勤行」である。
 これに対し、日蓮正宗で読む自我偈は、『寿量品』の長行の略式である。すなわち根本の勤行である、総本山の丑寅勤行の意義を円具する略式であって、本体のある略式である。したがって「存略」であり、功徳において全く欠けるところがないのである。
 要するに、外見は似ていても、正邪・賞罰には天地の異なりがあるのだ。
 また、『寿量品』読誦の意義は日寛上人の『当流行事抄』に詳しく、所破・所用が明かされている。特に所用とは、『寿量品』の文底である「内証の寿量品」を読むことであり、正行の妙法五字の功徳を顕すとされている。
 しかし、創価学会の「インチキ勤行」では、この「内証の寿量品」の長行、特に文底本因妙の究極的所在を示す「我本行菩薩道」等の18字を読まないのであるから、正行の題目の功徳が顕れることは絶対にないのである。
 「ニセ本尊」を拝む邪教創価学会の勤行が「インチキ勤行」となったことは、けだし当然の成り行きと言えよう。(『大白法』H16.10.1)

所作文証説明結論
@十如是+自我偈●御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり(建治2年『松野殿御返事』全集1381頁)
 
「御文に云く」とあるように、「十如是・自我偈」は松野殿自身の所作であって、大聖人の御指南ではない。ただし、略式として容認されていたものか?
 
為人悉檀の上の略式
A『方便品』の長行+自我偈方便品の長行書進せ候先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし(文永12年『曾谷入道殿御返事』全集1025頁)
 
「『方便品』の長行と『寿量品』の長行」(B)の略式だと考えられる。しかし、この御手紙よりも後に、『寿量品』の長行を書き送られた可能性もある。
 
略式
B『方便品』の長行+『寿量品』の長行常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ(『月水御書』御書303、全集1201頁)「常の御所作」すなわち日々の勤行についての大聖人御自身の教示である。本式


大聖人御在世の本式の勤行は「方便品の長行」と「寿量品の長行」





【題目】
<『月水御書』>
御経をばよませ給はずして、暗に南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひ候え。礼拝をも経にむかはせ給はずして拝せさせ給ふべし(『月水御書』御書305、全集1203頁)
-----------------------
 大聖人が『月水御書』の後段において仰せられているのは、"当時の世相は、とかく女性は不浄の者として扱われており、その中で、法華不信の者が、女性信徒を信心から退転させようとして、ことに不浄な女性の生理中に読経・唱題することは不敬ではないか、と咎(とが)めるようなこともあろう。本来、生理が不浄などということはないが、地方の風習としてそのような考えが強い場合もあるので、随方毘尼(ずいほうびに)の戒として、その風習に従うことは許される。それらを全て心得て、お経本を手に取って読まずに、題目を誦(そらん)ずるだけでよい。御宝前に座らずに離れた所から礼拝すればよい。(趣意)との御意である。
 それを「体調が悪い時など、場合によっては、読経はせず、唱題だけでよい。また、御宝前に座らなくてもよい」と、自分の都合によって勤行を省略できるものと解釈し、あまっさえ毎日の勤行を"怠行"に変更する根拠に利用するなど、言語道断である。(『慧妙』H16.10.1)



<修行の中心>
************************************************************
在家の門下たちの修行の中心は唱題であったようであるが、大聖人は場合によっては『方便品』と『寿量品』の読誦による勤行を勧められている。
------------------------------------------------------------
◇◇御在世は権実相対の御指南が中心。信徒は法華第一と考え、法華経読誦に執着していた。大聖人も法華経一部を読誦されていた。◇◇
●仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)

●各各は法華経一部づつ・あそばして候へば我が身並びに父母・兄弟・存亡等に回向しましまし候らん(『寿量品得意抄』全集1212頁)

●あはれ殿は法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば・父母・六親・一切衆生をも・たすけ給うべき御身なり(『土篭御書』全集1213頁)

法華経一部・自我偈数度・題目百千返唱へ奉り候い畢ぬ(『上野殿母御前御返事』全集1568頁)


◇◇法華経に執着する信徒に対しては、題目の功徳を強調◇◇
●法華経一部の肝心は南無妙法蓮華経の題目にて候、朝夕御唱え候はば正く法華経一部を真読にあそばすにて候(『妙法尼御前御返事』全集1402頁〜)

●但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、・・・(『守護国家論』全集70頁)

●直専持此経と云うは一経に亘るに非ず専ら題目を持つて余文を雑えず尚一経の読誦だも許さず何に況や五度をや(『四信五品抄』全集341頁)

●日興が云く、如法・一日の両経は法華の真文為りと雖も正像転時の往古・平等摂受の修行なり、今末法の代を迎えて折伏の相を論ずれば一部読誦を専とせず但五字の題目を唱え三類の強敵を受くと雖も諸師の邪義を責む可き(『五人所破抄』全集1614頁)
-----------------------
「但五字の題目を唱え」とは「一部読誦」に対するものであり、助行としての二品読誦を否定したものではない。そのことは同じ文書において天目の「方便読誦の難」(下記3●)を破折しておられることから明白である。


◇◇助行を捨てた正行は正しい修行に非ず◇◇
常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)

3●天目当所に来つて問答を遂ぐるの刻み日興が立義・一一証伏し畢んぬ、若し正見を存せば尤も帰敬を成すべきの処に還つて方便読誦の難を致す誠に是れ無慚無愧の甚しきなり、(中略)抑彼等が為に教訓するに非ず正見に任せて二義を立つ、一には所破の為二には文証を借るなり、初に所破の為とは純一無雑の序分には且く権乗の得果を挙げ廃迹顕本の寿量には猶伽耶の近情を明す、此れを以て之を思うに方便称読の元意は只是れ牒破の一段なり(『五人所破抄』全集1616頁)
-----------------------
日興上人は"方便品を読むべきではない"との疑難を所破・借文の意義を示して破折されている。大聖人の時代から助行としての二品読誦は必須の修行であったことが分かる。

★以上のように、大聖人・日興上人の時代から題目のみの修行は行われていなかった。「専ら題目を持つて余文を雑えず」(『四信五品抄』)等の御指南は、一部読誦に執着していた信徒に対して、末法適時の法体が南無妙法蓮華経であり、題目が正行であることを示すためであると拝される。しかして、日興上人の御指南(3●)にも明らかなように助行としての二品読誦は必須の修行だったのである。

●宗致は、余経も法華経も詮なし、ただ南無妙法蓮華経のみにまで傾斜しきった教団はない。もし微小な問題にされぬ教団があって、現代の混乱時代に発展せぬとは限らぬ。しかるときは、かならずこの方便読誦の正義が必要となってくる。(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝(下)』192頁)
-----------------------
「微小な問題にされぬ教団」であった創価学会であるが、一応「現代の混乱時代に発展」した。将来は「ただ南無妙法蓮華経のみにまで傾斜しきった教団」になるのではないか?





【五座三座】
************************************************************
〈秋谷(会長)〉当然「五座三座」の人もいる。しかし、大聖人は「五座三座」については、一言もおっしゃっていない。『方便品』と『寿量品』の読誦は言われているが、定型があったわけではないようです。大事なのは「唱題行」です。題目をあげることです。
〈杉山(青年部長)〉御書を拝すると、在家の勤行については「十如是・自我偈」も含めて種々の場合があったようです。「五座三座」という記述は一切ない。日興上人が書かれた文献にもない。
(『聖教新聞』H16.8.10)
------------------------------------------------------------
<朝夕の勤め>
●深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり(『一生成仏抄』全集383頁)
-----------------------
「日夜朝暮」とあることから、毎日の勤行は朝夕2回が基本であったことが推測される。


<初座(諸天供養)>
●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444頁)
-----------------------
初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。

●争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり、又逆をなす人は皆ばつあり(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1145頁)

●仰せを蒙りて候末法の行者・息災延命の祈祷の事、別紙に一巻註し進らせ候、毎日一返闕如無く読誦せらるべく候、日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候によりて、種種の大難に遇うと雖も法華経の功力釈尊の金言深重なる故に今まで相違無くて候なり(『祈祷経送状』全集1357頁)

★東天に向かっての諸天供養は大聖人時代から存在した。


<2座(本尊供養)>
 本門戒壇の大御本尊の無量の功徳を讃歎申し上げ、御報恩申し上げるのが2座である。しかし、大聖人や日興上人の時代は、宗旨建立の時期であり、仏像に執着している信徒も多かった。そのために大聖人や日興上人は、強執の機に対しては釈尊像の造立を方便として容認されている。また、僧侶であっても曼荼羅正意が理解できずに仏像に執着する者がいたことは『五人所破抄』に明らかである。
 このような弟子檀那に対して大御本尊の意義を理解させることは、ほとんど不可能である。だから、御在世当時は化導の段階上、2座の本尊供養を徹底することはできなかったと考えられる。

●御日記の中に釈迦仏の木像一体等云云(中略)されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁)

●随身所持の俗難は只是れ継子一旦の寵愛・月を待つ片時の螢光か、執する者尚強いて帰依を致さんと欲せば須らく四菩薩を加うべし敢て一仏を用ゆること勿れ云云(『五人所破抄』全集1614頁)

●開山上人御弟子衆に対するの日仍容預進退有り是宗門最初なる故に宜く信者を将護すべき故なり。(第26世日寛上人『末法相応抄』/『富士宗学要集』第3巻177頁)
-----------------------
日寛上人は大聖人・日興上人時代の造仏については「是宗門最初なる故に宜く信者を将護すべき故なり」と容認されている。


<3座(三師供養)>
3座では、御本仏日蓮大聖人を讃歎して報恩謝徳を申し上げ、続いて、2祖日興上人、3祖日目上人等の歴代上人に報恩謝徳申し上げる。三宝(仏法僧)のうち、仏と僧に報恩供養を申し上げるのである(<学会流三宝論破折>参照)。

●浄土宗には現在の父たる教主釈尊を捨て他人たる阿弥陀仏を信ずる故に五逆罪の咎に依つて必ず無間大城に堕つ可きなり、経に今此の三界は皆是我有なりと説き給うは主君の義なり其の中の衆生悉く是れ吾子と云うは父子の義なり(『念仏無間地獄抄』全集97頁)

●釈尊は一切衆生の本従の師にて而も主親の徳を備へ給う(『曽谷殿御返事』全集1056頁)
-----------------------
大聖人はまず、釈尊以外の仏に執着する弟子檀那を善導するために、釈迦如来を師と仰ぐべきことを教えられた。

●上行菩薩・末法今の時此の法門を弘めんが為に御出現之れ有るべき由・経文には見え候へども如何が候やらん、上行菩薩出現すとやせん・出現せずとやせん、日蓮先ず粗弘め候なり(『生死一大事血脈抄』全集1337頁)
-----------------------
釈尊の内証は結要付属によって上行菩薩に付嘱された。上行菩薩は末法に出現し末法適時の要法を弘通する。しかし、大聖人当時の弟子檀那は、当初、大聖人が上行菩薩の再誕であることさえ理解できなかった。

●教主釈尊の御使なれば天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ手を合せて地に伏し給うべき事なり、法華経の行者をば梵釈・左右に侍り日月・前後を照し給ふ、かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし(『種種御振舞御書』全集919頁)
-----------------------
大聖人は「教主釈尊の御使」という立場をとられていた。だから、大聖人=上行菩薩の再誕と理解できた者であっても、末法の御本仏だとは思わなかった。

★大聖人を教主釈尊の御使、上行菩薩の再誕としか理解できなかった御在世の弟子檀那が、大聖人への報恩謝徳を毎日の勤行で祈ることなど無理であったろう。
 また、御在世時代に、日興上人以下の僧宝への報恩謝徳も有りえない。


<4座(広宣流布祈念・罪障消滅)>
●大願とは法華弘通なり(『御義口伝』全集736頁)

●御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ(『本尊問答抄』全集374頁)


<5座(回向)>
●願わくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候、其の旨をしらせまいらせむがために御不審を書きおくりまいらせ候に他事をすてて此の御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ(『本尊問答抄』全集374頁)

●各各は法華経一部づつ・あそばして候へば我が身並びに父母・兄弟・存亡等に回向しましまし候らん(『五人土篭御書』全集1212頁)

●今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり(『御義口伝』全集712頁)

★『方便品』・『寿量品』読誦の回数は、御祈念の内容(本尊供養、三師供養など)に対応している。その内、2座、3座は末法の三宝に対する御祈念である。しかし、大聖人の時代は宗門草創期であり、真実の法門が徹底されていない。そのため化儀においても四悉檀を駆使した方便の在り方を許されていた。そのような状況下の御指南中に「五座三座」の御指南がなかったからといって、「五座三座」が本来の化儀ではないとはいえない

★大聖人は勤行についてこと細かく御指南されている。これは、化儀即化法の上から、正しい化儀を遵守することによって正しい信心が身に付くからであろう。しかし、信徒に出された御指南は為人悉檀を中心としており、必ずしも本来の化儀ではない場合もある。また、すべての御書が後世に伝えられた訳ではない。だから御書に御指南がないという理由をもって、自分達で自由に決めてよい、ということにはならないのである。

★勤行だけではなく、信仰の根本である本尊についても大聖人当時は、方便の御指南をされている。すなわち、信徒によっては造仏を容認されているのである。学会流に言えば"大聖人は、本尊としての造仏が絶対ダメだとは仰せになっていない"ということになる。しかし、これについては、さすがの学会も否定するだろう。勤行その他の化儀も同様で、化儀の基本は大聖人の振る舞いや御指南に基づくことであるが、大聖人時代は、宗門草創期であるため、無理解な信徒を善導するために本来の真義が現れていない場合が多いのである。





【御在世の化儀を踏襲した大石寺の化儀】
●今当宗の御勤めは日月自行(※啓本作日目日行也)の御時の勤めなり、是れ尤も宗旨の勤なる間た是れを本とするなり、朝天への十如是寿量品、御本尊へ方便品の長行寿量品の両品なり、御影堂にて十如是寿量品計りなり、御堂の勤めを御坊にて遊ばず時は天の法楽の如く先の御本尊の勤めの前の如く御影の御勤めは読まざるなり、当宗の宗旨たる勤と案じ定めて加様に読み申すなり云云。(第9世日有上人『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻142頁)
●御勤めの上げ処・方便品には一番五千人等・二番過去諸仏・三番五濁の章、寿量品には一番或説己身・二番譬如良医の文・譬如良医は一越にて題目を唱ふべしと云へり、又云はく自我偈の巻数の時は後に天人常充満にて上ぐべし、其の調子にて題目唱ふべしと云へり、惣じて五調子を以つて朝暮の勤行を致すべし云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁〜)
-----------------------
第9世日有上人の時代は「朝天への十如是寿量品」とあることから、朝の諸天供養は東天に向かって行われたことが分かる。また「寿量品」とは「或説己身」「譬如良医」とあることから長行であることが明らかである。しかも「今当宗の御勤めは日目日行の御時の勤めなり」とある啓本作に従えば、この形式は日目上人時代からのものとなる。

一般の歴史学においては、文献だけが真実を知る方法ではない。当時の物品(大聖人や日興上人の遺品等)や伝承(言い伝えや伝統儀式)も、当時を知る材料となるのである。伝承といえば唯授一人の口伝や大聖人・日興上人以来大石寺に伝わる伝統儀式は、大聖人の化儀を知る上で、この上ない一級の史料といえよう。

"御書根本"をとなえる者は、「常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行(『月水御書』全集1201頁)を読誦せよ!




化儀と相伝

【学会が廃止した大聖人以来の化儀】
@東天に向かっての読経唱題
●宗門の勤行式の中で、天拝を初に別座に勤むる事について、近年間々疑惑を懐たく人があるとの事である、富士門流を汲める他の本山内(今の本門宗)にては、既に三十年前に天拝廃止の声あるのみでなく、早や実行して(廃止)いる人もありと聞くが、宗門には勝手に廃止せる人はあるまいと思ふが天拝廃止の考へある人は、願くは愚納に其趣意を示されたい(第59世日亨上人著『天拝集説』)
-----------------------
日亨上人は天拝について「勝手に廃止せる人はあるまい」と仰せである。

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候(『新池御書』全集1444頁)
●日蓮も信じ始め候し日より毎日此れ等の勘文を誦し候て仏天に祈誓し候(『祈祷経送状』全集1357頁)
-----------------------
学会では諸天供養を「御本尊に向かって」(『聖教新聞』H16.9.10)することを基本にしている。カッコ付きで「東の方に向かってもよい」(同)などとしている。しかも読経はなく題目三唱のみである。御本尊に向かうという本来ではない化儀を基本とし、東天に向かうという本来行うべき化儀を軽くみている。これは本末転倒である。個人的には東天に向かう可能性を残しながらも、組織としては東天に向かうことなく勤行を行うのであるから、大聖人以来の化儀に組織として反していることは明白である。


A『寿量品』長行の読誦
常の御所作には方便品の長行と寿量品の長行とを習い読ませ給い候へ(『月水御書』全集1201頁)
-----------------------
これは信徒に対する大聖人御自身の御指南である。それに対して御書掲載の『自我偈』『十如是』読誦等は、対告衆独自の修行に過ぎない。あるいは一時的な所作であり「常の御所作」ではない(<大聖人以来の化儀>参照)。



【化儀と相伝】
●有師を中興開山とするに多義あるが、中に化儀の大成即ち宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付したのは全く有師の御苦心である、又此文の当宗宗旨タル勤と云ふは、勤行は化儀の中の第一肝要の行であつて宗門の中の宗旨にも当るものとの意味である。(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
-----------------------
第9世日有上人は勤行において寿量品長行を御読みになっていた。日亨上人は、その日有上人が「化儀の大成」をされたと仰せである。「大成」といっても、「宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付した」のであって、その根本義はまったく大聖人が御定めになったとおりなのである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
-----------------------
日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。



【時機に応じた御指南】
・『寿量品』長行の代わりに自我偈でもよしとする時代もあったようであるが、あくまでも長行読誦が基本であり、本山では長行が読誦されてきた。これは、上記存略の意義に通じると思われる(参照)。

・一部信徒に対しては、唱題だけでもよいという御指南があったが、あくまでも止むを得ない場合の例外的措置であり、基本はあくまでも五座三座であると示されている(参照)。

・化儀には変化があるが、化儀即化法であることに変化はない。化法は、唯授一人の相伝によって代々の御法主が掌握されているのであるから、化儀を改変するにしても時の御法主がお決めになることである。我々は、御法主上人がお決めになられた化儀に随順するところ、血脈が通うのである。

●五座を延べて六座となし七座となすも、伸縮正略は自在なるべきであるが、式文の中にも信念の中にも全体を具備して居るべき事は無論である、縮と略とは欠と不足との意では決してないのである。(第59世日亨上人『天拝集説』/『大日蓮』T11.3)
-----------------------
「伸縮正略は自在」とは、学会のように誰でも勝手に五座三座を一座にしてよい、という意味ではない。↓

●各方の御帰依の明師に就いて御指南を受けられたい(同)
-----------------------
「伸縮正略は自在」といっても、誰でも勝手に化儀を改変してよい、という意味ではないことは明らか。これを判断される方とは一往は「各方の御帰依の明師」であり、再往は大聖人以来の血脈相承を受けられた御法主上人なのです(<化儀と血脈>参照)。

●「手続」とは経次又は順序の義なり・仏に通達する道程は必ず師匠に由らざるを得ず・仏の法を受取るには是非とも師範の手を経ざるを得ず、(中略)弟子は師匠を尊敬して奉上すること・三世十万の通軌なれば・釈尊は釈葉仏に宗祖は釈尊に開山は宗祖に寛師は永師に霑師は誠師に師侍し・もたげ給ふ、師は針・弟子は糸の如く・法水相承血脈相伝等悉く師に依つて行はる、師弟の道は神聖ならざるべからず(中略)三世の諸仏も高祖も開山も三祖も道師も行師も・各々其師範より法水を受けて信心を獲得決定し給ふ(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻124・125頁)

●師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。(中略)師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻96頁)

"御書根本"というのなら「常の御所作」(『月水御書』全集1201頁)には「方便品の長行と寿量品の長行」(同)を読誦せよ!

※ある学会員は"学会は五座三座の勤行を否定している訳ではない"と強弁する。しかし、組織として本来行うべき化儀を改変し、会合等では一切『寿量品』の長行読誦、東天に向かっての諸天供養を行わないのである。組織として大聖人以来の化儀を破壊したことは明白である。


【化儀と相伝】
●総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし(『四菩薩造立抄』全集989頁)
-----------------------
 化儀の本源は大聖人の所作振る舞いだといえる。しかしそれらは、御書に全てが表れているとはいえない。何故なら、御在世当時は宗旨の草創期であり、方便を交えた御指南が多いからである。特に、日蓮本仏義や、大御本尊即末法の要法、唯授一人の血脈などは、ほとんど明示されていないといってよい。しかし、「五座三座」の勤行は、これら大聖人の仏法の根幹部分を前提として決められた化儀なのである。そうであれば、このような勤行様式が大聖人の時代に徹底されていたはずもなく、従って御書に明示されている道理もない。しかし、だからといって、それが大聖人の化儀に適っていないとはいえないのである。
 引き題目や鈴の打ち方、樒・蝋燭・香炉の配置など、一々御書には記述がない。しかし、それらは皆、大聖人真実の伝統儀式として正嫡日興上人(身延山久遠寺2祖=富士大石寺開山)以来、日蓮正宗大石寺に伝えられているのである。

●六念の事 念仏念法念僧念戒念施念天なり。 御義口伝に云はく、念仏とは唯我一人の導師なり(三座・大聖人)、念法とは滅後は題目の五字なり(二座)、念僧とは末法にては凡夫僧なり(三座・日興上人以下御歴代上人)、念戒とは是名持戒なり(四座)、念施とは一切衆生に題目を授与するなり(五座)、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり(初座)。末法当今の行者の上なり。之を思ふべきなり云云(カッコ内は筆者)(『御義口伝』御書1798頁、全集785頁〜)
-----------------------
五座の意義の原点と拝すべき御指南(『慧妙』H14.6.16)。このうち「念仏」「念法」(本門戒壇の大御本尊)「念僧」は、当時の弟子檀那には、正しい理解が困難であった。しかし、正しい法門は唯授一人の相承によって日興上人に伝えられた。この『御義口伝』もその1つである。大聖人御在世に「五座三座」の御指南がなかったとしても、相伝によって「五座三座」の化儀の基となる御指南は日興上人以下歴代上人に伝えられていたのである。

●「義理」「化儀」の簡別は義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)

●聞いて能(よ)く之れを信ぜよ、是れ憶度(おくたく)に非ず。師の曰く「本因初住(ほんにんしょじゅう)の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり」(第26世日寛上人『三重秘伝抄』)
-----------------------
「師の曰く」とあるように『寿量品』の長行を読誦することや、その理由は大聖人以来の師弟の相伝に基づくのである。大聖人以来の正統なる師弟の流れからはずれた新興教団・創価学会が、権力や財力を駆使しても得られないのが相伝の内容である。裏返せば、創価学会は相伝がない故に"御書根本""大聖人直結"と主張せざるを得なくなったのである。

●但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し(第26世日寛上人著『当流行事抄』)
●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
-----------------------
日蓮正宗富士大石寺の勤行の形は、他ならぬ宗祖日蓮大聖人がお立てになり、それを日興上人以来の御歴代が、師弟相対の信心をもってそのまま受け継ぎ、遵守(じゅんしゅ)してこられたのである。まさに、「相伝に有らざれば知り難し」(『一代聖教大意』御書92、全集398頁)で、御書の面(おもて)しか見ることのできない不相伝家には、知り難き伝承といえよう。



【化儀と血脈】
化儀は、即化法の表明である。しかして、化法は、大御本尊即大聖人の御内証=唯授一人の血脈を根本とする(<血脈相伝の体>参照)。だから、化儀とは、唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明を基本とする。師弟とは、大聖人→御法主上人→末寺住職→信徒という筋目の上に成り立つ師弟関係である。化儀は、時代状況によって変化しうるが、化儀即化法=「化儀=化法の表明=唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明」という原則は絶対不変でなければならない。

●釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。(中略)背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり(『池上相承書』全集1600頁)
-----------------------
大聖人は、日興上人に背く者は「非法の衆」だと断定されている。これは、唯授一人血脈相承によって、大聖人の御内証がそのまま日興上人に伝わっているからである。同じく唯授一人の血脈付法の歴代上人に対しても、大聖人滅後の日興上人と同様に、師匠と仰ぐべきことは明らか。

●但し直授結要付属は一人なり、白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為して日蓮が正義悉く以て毛頭程も之れを残さず悉く付属せしめ畢んぬ、上首已下並に末弟等異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く日興嫡嫡付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり(『百六箇抄』全集869頁)
-----------------------
第59世日亨上人は「後加と見ゆる分の中に義において支語なき所には一線を引き」(『富士宗学要集』第1巻25頁)とあるごとく、史伝書その他多くの文献にあたられ、さらに血脈相伝の上から内容に於いて正しいと判断されたから御書にも掲載されたのである。

●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
-----------------------
「蓮・興・目」とあるように、御書を正しく拝することができるのは、唯授一人血脈相承による。大聖人滅後は、唯授一人血脈相承を受けられた御法主上人の御指南に基づかなければ、御書を正しく解釈できない。

★化儀とは化法の具体的実践である。化儀に変化はある。しかし化法は不変である。その化法(法門、法体)を所持されている方こそ、唯授一人の血脈付法の御法主上人である。だから、化儀を時機に応じて決定なさるのは御法主上人である。一般僧俗は、正師たる御法主上人がお決めになった化儀に従うところ、信心の血脈が流れ通うのである。(<化儀と血脈>)参照。


************************************************************
(かつて五座の全てに『方便品』の長行・『寿量品』の長行を読誦していた宗門は)学会の出現によって信徒が次第に増加し始めた日昇法主の時に、最近まで学会員が日々実践していたような五座三座の所作に変わったのである。但し、日顕宗は信徒が激減した訳だから、昔に返って方便品も長行を復活させるか? (『フェイク』)
------------------------------------------------------------
 そもそも、勤行を含めた本宗の化儀は、御歴代上人の権能に収まる事柄であり、時の御法主上人は、正法正義に照らし、時に応じて、それを裁定なさるのである。
 さて、時の御法主上人が、増加する信徒の生活と信仰等を鑑(かんが)みられ、それまでの方便品長行(ちなみに方便品の長行は、十如是の後に「世雄偈(せおうげ)」という「偈」が続いており、それを含めると、その長さは『寿量品』の優に2.5倍にもなる)を十如是までに縮められたからといって『寿量品』長行を、勝手に自我偈だけに縮めることは許されるだろうか。(『慧妙』H16.10.1)



【勤行の歴史】
<第9世日有上人>
●今当宗の御勤めは日月自行(※啓本作日目日行也)の御時の勤めなり、是れ尤も宗旨の勤なる間た是れを本とするなり、朝天への十如是寿量品、御本尊へ方便品の長行寿量品の両品なり、御影堂にて十如是寿量品計りなり、御堂の勤めを御坊にて遊ばず時は天の法楽の如く先の御本尊の勤めの前の如く御影の御勤めは読まざるなり、当宗の宗旨たる勤と案じ定めて加様に読み申すなり云云。(第9世日有上人『有師談諸聞書』/『富士宗学要集』第2巻142頁)
●一日三時の御勤の事、朝は辰巳の時は諸天の食時なる間、先づ天の御法楽を申し、午の時は諸仏の御食時なれば日中の法楽是れなり、戌の時は鬼神を訪ふ勤めなり、是れを能く々意得て三時の勤行を致すべきなり云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁)
●御勤めの上げ処・方便品には一番五千人等・二番過去諸仏・三番五濁の章、寿量品には一番或説己身・二番譬如良医の文・譬如良医は一越にて題目を唱ふべしと云へり、又云はく自我偈の巻数の時は後に天人常充満にて上ぐべし、其の調子にて題目唱ふべしと云へり、惣じて五調子を以つて朝暮の勤行を致すべし云云。(第9世日有上人『有師談諸文書』/『富士宗学要集』第2巻140頁〜)
-----------------------
日有上人の時代は「五座三座」ではなかったようだ。しかし、朝は3度読経するほか、「三時の勤行」という記述もあり、1日の読経数は現在と大差ないようである。また「朝天への十如是寿量品」とあることから、朝の諸天供養は東天に向かって行われたことが分かる。また「寿量品」とは「或説己身」「譬如良医」とあることから長行であることが明らかである。しかも「今当宗の御勤めは日目日行の御時の勤めなり」とある啓本作に従えば、この形式は日目上人時代からのものとなる。

●有師を中興開山とするに多義あるが、中に化儀の大成即ち宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付したのは全く有師の御苦心である、又此文の当宗宗旨タル勤と云ふは、勤行は化儀の中の第一肝要の行であつて宗門の中の宗旨にも当るものとの意味である。(第59世日亨上人著『有師聞書注解』/『大日蓮』T11.2)
-----------------------
第9世日有上人は勤行において寿量品長行を御読みになっていた。日亨上人は、その日有上人が「化儀の大成」をされたと仰せである。「大成」といっても、「宗祖開山時代の自然の至来りに意義を与へ、細点を付した」のであって、その根本義はまったく大聖人が御定めになったとおりなのである。


<第12世日鎮上人>
●大永3年(1523年)に(総本山第12世日鎮上人が認められた)『堂参御経次第』という書き物が残っております。これを見ると、今の勤行の本(もと=原型)というものが分かります。(中略)
 まず初めの5月1日の夜の方を見ても、本堂で本尊供養、次いで天御経は天拝(夜ですが天拝を行なっています)、そして御影堂で2回御経をあげたのは、三師・歴代の供養と、「其後寿量品」の方は、広宣流布の(御祈念の)御経であると考えてよいと思います。
 また2日の朝も、同じく御堂において御経をあげるのは三師の供養、天御経は天拝、それから大堂(本堂)で御経をあげたのは本尊供養、最後に再び御堂に参って広宣流布の御経である。
 そうすると、一般の回向は、大坊に帰ってから六壼においてした、と考えられますから、五座の御経というのはこの時代にあったのだ、ということが明らかに分かります。(大石寺の境内にある)各堂について、それぞれ御経をあげて廻ったのであります。また、天拝(天御経)というのは天壇(台)を設けて御経をあげたことが分かります。(第66世日達上人/『慧妙』H16.9.1)
-----------------------
第12世日鎮上人の御代には、五座の様式の勤行があったことは明らかであり、それも、五箇処の堂でそれぞれ、『方便品』と『寿量品』を読経し唱題して廻る、という、厳格な様式であったことがわかるのである。


<第26世日寛上人>
●若し堪(たえ)たらん人は本山の如く相(あい)勤(つとむ)べし。若し爾(しから)ずんば十如自我偈題目なりとも五座三座の格式相守るべし。但し仕官の身公用抔の時は乃至題目一遍なりとも右の心向けに相勤むべしと御伝え候可く候(第26世日寛上人が金沢の信徒・福原式冶に宛てたお手紙/『慧妙』H16.9.1ほか)
-----------------------
この御文の意を言えば、可能な人においては、総本山と同じように『方便品』・『寿量品』の長行・唱題を、それぞれ5回繰り返して行ない、それができない場合は、『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈のみに略して、五座三座という形だけは守れ、と仰せられているのである。この形は、まさに今日まで伝わる日蓮正宗の勤行の様式ではないか。


<第62世日恭上人>
◆第二座ト第三座、第四座ト第五座ヲ併セ各一座トシテ行フモ可(昭和16年8月22日付「御観念文制定ニ関スル件」と題する「院達」=院2176号/『フェイク』第555号/fb)
◆(上記「院達」について)寿量品は「(又は自我偈)」としている。(『フェイク』第555号/fb)
-----------------------
化儀には「略式」というものがある。ここでは、あくまでも「五座三座」「寿量品長行」という正式な化儀が前提として存在するのである。その上で、社会環境や信徒の状況等に応じて略式を容認されているものと拝する。これは、日寛上人が法難の嵐の最中にあって信仰を貫いている金沢信徒に対して、"五座三座が基本であるが、止むを得ない場合は『方便品』の十如是までと『寿量品』の自我偈のみでもよい"と御指南されていることと同様である。

------------------------------------------------------------
以上のように、多少の変遷はあるものの以下の点については不動である。池田学会は、この点についても正当な根拠もなく廃止したのである。
@東天に向かっての読経唱題
A『寿量品』長行の読誦

-----------------------
時代状況や信徒によって"自我偈でよい""唱題だけでもよい"との御指南もあるが、あくまでも例外である。本山や末寺においては東天に向かっての読経唱題、『寿量品』長行の読誦が行われてきた。この正式な勤行の実践が前提として存在している上での略式であれば、意義において正式な勤行と同様の功徳がある。組織として"正式"に五座三座を廃止した池田学会とは根本的に異なるのである。



【邪難粉砕】
<化儀は信心ではない?>
************************************************************
"化儀"と称し、儀式、形式ばかりを重んじる。それがあたかも信心であるかのように錯覚(さっかく)しているのが彼ら(日蓮正宗)です。(秋谷栄之助会長『聖教新聞』H16.9.10)
------------------------------------------------------------
池田学会は「化儀即化法」ということを知らないのか。いくら信心があればよいといっても、その信心は行躰行儀によって表明されるし、逆に行躰行儀を整えることによって信心が深まるのではないのか。勤行を毎日行うのは、それが最も基本の仏道修行だからであるが、その勤行について大聖人は細かく御指南下さっている。これらを無視して「儀式、形式ばかり重んじる」と非難することは、細かく化儀を定められた大聖人への敵対行為となろう。

●仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(『一生成仏抄』全集383頁)
-----------------------
勤行において華(樒)を供え、線香をつけることも大聖人が定められた化儀である。また蝋燭を用いられていたことも大聖人の遺品等により明らかである。

●一念三千一心三観の法門は法華経の一の巻の十如是より起れり、文の心は百界千如三千世間云云、さて一心三観と申すは余宗は如是とあそばす是れ僻事にて二義