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創価学会破折
ニセ本尊破折

なぜニセ本尊?

 それは魔性、盗作、変造、簒奪(さんだつ)、偽作、自己矛盾だからです。
 平成4年11月、もと日蓮正宗の末寺であった浄圓寺が日蓮正宗から離脱し、邪宗となりました。
 この邪宗となった浄圓寺に、総本山第26世御法主・日寛上人が本門戒壇の大御本尊を御書写あそばされ、大行阿闍梨本證坊日證という僧侶に授与された御本尊が伝えられてきていました。
 この御本尊の授与書き「大行阿闍梨本證坊日證」の部分を抹消した上に、縮小したり、拡大したりして印刷したのが、創価学会製の魔性本尊です。
 ゆえに、日寛上人の御本尊を変造したものです。
 本来、御本尊は御法主上人猊下の所有に帰すべきところです。その御法主上人猊下の許可なしに授与書きを削除し、勝手にいらうことは、御法主上人猊下の権能を侵害していますから簒奪(王位を臣下が奪うこと)に当たります。
 しかも、「日寛上人の御本尊である」と主張していますから盗作であり、偽作、贋作(がんさく)です。
 日蓮大聖人以来の血脈相承を御所持されている御法主上人猊下の許可なしに本尊を新しく作ることは、これまでの学会の指導と全く違っています。自己矛盾の魔の魂が入った魔性本尊です。
 これを拝めば今生では不幸のどん底になり、地獄に堕すことになります。

[画像]:ニセ本尊

(宗門作成パンフ『創価学会の皆様へ1』H13.5.3)





ニセ本尊破折

「学会下付本尊の正義の証明」を破す/『慧妙』H9.10.1

御本尊と化儀

学会の本尊論破折

大御本尊否定(軽視)破折

コピー本尊はニセ本尊/<法蔵>H18.9.29

開眼について/<法蔵>H19.12.9

導師本尊・棟札本尊・未来本尊について/<法蔵>H18.10.21

ニセ守り本尊使った"錬金術"/『慧妙』H19.11.1

無様!法論から遁走した学会男子部/『慧妙』H16.5.1

己心本尊の強調は堕地獄への道/『慧妙』H15.12.16

本尊書写と内証相伝

創価宗の「ニセ本尊」販売に伴う自己弁護を破す/『大日蓮』H6.1



ニセ本尊破折

 平成5年10月1日、創価学会は、離脱僧・成田宣道からの申し出によるとして、栃木県・浄圓寺所蔵の総本山第26世日寛上人御書写の御本尊を、勝手に写し、配布し始めました。
 学会作成のこの"本尊"が、日蓮正宗の御本尊の意義を有しない"ニセ本尊"であり、これをいくら拝んでも功徳がないどころか、大謗法であり堕地獄の因となることを説明します。

1.「授与書き」抹消は御本尊の変造であり、日寛上人の御心にも反する大謗法
今回学会が本尊作成のために利用した日寛上人の御本尊は、浄圓寺16代住職・日證師に授与されたもので、「下野国小薬邑本如山浄圓寺 大行阿闍梨本證坊日證 授与之」という添え書きが入っています。しかるに学会は、この授与書きを勝手に抹消(これは御本尊を変造したことになります)して、多くの会員に配布したのです。

●誠に凡筆を以て直に聖筆を黷(けが)す事、最も其の恐れ有り(第2祖日興上人『富士一跡門徒存知事』全集1606頁)
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大聖人の御本尊の散失を防ぐためとはいえ、日興上人御自身が「授与書き」を書き加えることすら、「聖筆を黷す恐れ有り」と自戒されているのです。それを相承なき輩が勝手に「授与書き」を削除し、不特定多数の者に配布することは、日寛上人の御心を踏みにじる行為になるのは当然です。

●その授与書きのある御本尊は、必ずその方に授与するという意味において御書写あそばされ、下附される次第であります。
 ですから、それを血脈付法の法主が敢えて開眼し、その感得を許すという意味は別としましても、一般の者が勝手に御本尊をいじって信仰の筋道を違えるということは、当然のことながら、日寛上人のお心にも大きく背いておるということを言わなければなりません。(第67世日顕上人H5.9.10大宣寺御宝蔵落成入仏法要)



2.御法主上人による「開眼」なき本尊は「ニセ本尊」【開眼】参照)
「開眼」とは一般には「魂を入れる」などといわれていますが、書写された御本尊を法によって供養し、魂を入れることです。

A●草木成仏とは非情の成仏なり(中略)我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり(『草木成仏口決』全集1338頁〜)
●画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、(中略)此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁〜)
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有情の成仏を「即身成仏」、非情の成仏を「草木成仏」という。有情も死後は非情となる。草木成仏は「開眼供養」によって成就する。非情である「画像・木像」も開眼供養によって仏となる(草木成仏)。→非情は開眼供養によって成仏(草木成仏)する

●草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり、経に云く「如来秘密神通之力」云云(『草木成仏口決』全集1339頁)
●御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(『御義口伝』全集760頁)
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 草木成仏によって草木(非情)が「寿量品の釈尊」となる。その例が塔婆である。
 法華経『寿量品』の「如来秘密神通之力」の文は「法華経の行者の一身の当体」すなわち曼荼羅御本尊の依文である。『草木成仏口決』では草木である塔婆が開眼によって「寿量品の釈尊」と顕れることを示され、そのことを「如来秘密神通之力」と仰せである。しかし本来「如来秘密神通之力」とは、非情である曼荼羅が「寿量品の釈尊」と顕れることを示されたものと拝される。

●一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり(中略)されば草木成仏は死人の成仏なり(文永9年2月20日 51歳御作『草木成仏口決』全集1339頁)
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草木成仏、開眼供養に関する御指南の最後に曼荼羅御本尊の御教示がある。「されば草木成仏は死人の成仏なり」とあるが、これは塔婆の開眼供養を「死の成仏にして草木成仏なり」(A●)と仰せられたことと同様で、曼荼羅御本尊も開眼によって草木成仏することを示されたのではないか。→曼荼羅御本尊は非情である。だから、開眼供養によって仏となる。

●妙法蓮華経一部一巻小字経、御供養のために御布施に小袖二重・鵞目十貫・並びに扇百本。(『曾谷入道殿御返事』全集1057頁)
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●この「小字経」というのは細字経のことで、小さい字で書写されたお経のことであります。この書写を曽谷さんが自らなさったか、それともだれかに書かせたかは判りませんが、その書かれた法華経を身延に送られて大聖人様のもとにおいて御宝前に安置し、お経、題目を大聖人様から唱えていただいて、その書写したお経の開眼の儀式を願ったのです。
 そして御供養として、まず「御布施に小袖二重」。「小袖」は着物のことで、それが二重ねです。(第67世日顕上人H6.10.29/『大日蓮』H12.11)
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要するに「御供養」とは開眼供養のことである。ここに開眼供養は画像木像に限らないことが明らか。

●凡そ草木成仏とは、一往熟脱に通ずと雖も、実はこれ文底下種の法門なり。その故は宗祖云く「詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり」と。一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文底に秘沈し給えるが故なり。(中略)若し草木成仏の両義を暁(さと)れば、則ち今安置し奉る処の御本尊の全体、本有無作の一念三千の生身の御仏なり。謹んで文字及び木画と謂うことなかれ云云。(第26世日寛上人『観心本尊抄文段』/『日寛上人文段集』聖教新聞社・初版469頁〜)
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日寛上人も「今安置し奉る処の御本尊」を草木成仏の原理に従って開眼供養されたのである。ということは当然、学会のニセ本尊のもととなった日寛上人書写の御本尊も同上人によって開眼されて「本有無作の一念三千の生身の御仏」となったのである。

御本尊を顕すには法主による書写、開眼が必要です。御形木本尊の場合は、御法主書写の御本尊を写しているから「書写」の意義は具わるとも言えそうです。しかし、「開眼」の意義はありません。草木成仏の原理からしても開眼のない非情は仏とはならないのです(<御本尊と化儀>参照)。



3.御本尊に関する一切は、御法主上人の権能
御本尊の「授与」や「書写」など、本尊にかかわるすべてのことは御法主上人の権能であり、本来、他の誰人も触れることはできないのです。

●日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給ふ事如何、師の曰く深秘なり代々の聖人悉く日蓮なりと申す意なり(中略)仍つて本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事勿論なるのみ(大聖人・日興上人『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)
●血脈並に本尊の大事は日蓮嫡嫡座主伝法の書・塔中相承の禀承唯授一人の血脈なり(『本因妙抄』全集877頁)
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唯授一人の血脈と御本尊の大事は一体不二なるものであって、これを分けて論ずることはできないのです。(<「伝法の書」について>参照)

●縦(たと)ひ子孫たりと雖も私に之を与へ若し又売買する者は同罪たるべきなり、この旨に背きて師匠の教訓を用ひざる大謗法の輩に於ては自今以後永く本尊を之を付与すべからず(日興上人真筆・定佐渡の国法華衆等の本尊聖教の事『富士日興上人詳伝下』222頁)

●日蓮が重恩の人なれば扶けたてまつらんために此の御本尊をわたし奉るならば十羅刹定めて偏頗の法師と・をぼしめされなん、又経文のごとく不信の人に・わたしまいらせずば日蓮・偏頗は・なけれども尼御前我が身のとがをば・しらせ給はずして・うらみさせ給はんずらん(『新尼御前御返事』全集907頁)

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも・当流にては対境の本尊を授与せられ示書中の人とならざれば・信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、故に宗祖は濫に曼荼羅を授与し給はず(第59世日亨上人『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)



4.御法主上人による「允可」なき本尊は「ニセ本尊」<允可(いんか)>参照)
 御本尊の「授与」や「書写」「開眼」など、本尊にかかわるすべてのことは御法主上人の権能であり、本来、他の誰人も触れることはできないのです。他の者が「授与」「書写」を行うことがあったとしても、御法主上人による「允可(いんか)」のある場合に限られます。
 「允可」とは一般に、師匠が弟子の悟りに対して許可を与えることであります。日蓮正宗においては、信心修行の根本となる本尊は本仏の悟りであり、仏の当体ですから、こと御本尊に関しては允可は絶対に必要なのです。

●大切なのは、いかに方法等に変化があっても、一貫して総本山の血脈法主の指示乃至、許可によるところの本寺と末寺の関係が厳として存在したということであり、この中心の在り方には絶対に変化がない。(第67世日顕上人『偽造本尊義を破す』31頁)

―ニセ札の譬え―
 仮に、国立印刷局に無断で、国立印刷局の機械を使って紙幣を作り、これを市中に流通させたらどうか。紙幣自体は本物とまったく同じであるが、当局の許可を得ていない以上、ニセ物であり、勝手に作成した者は罪に問われる。また、貨幣価値は低下し、市場経済は大きく混乱し、不幸な結果となる。
 あるいはまた、戦争や自然災害等、止むを得えない理由により、一時的に質の悪い紙幣を国立印刷局が発行したらどうか。この場合は、それまでの紙幣と外見上まったく異なるけれども、真正の紙幣に相違ない。
 正統な責任者の許可の有無が、偽物と本物を区別する判断基準となる例である。学会のコピー本尊は、本物の日寛上人書写の常住御本尊とソックリだが、日寛上人は勿論、同上人が一切を付嘱された(つまり本尊の権能の一切を譲られた)後代の上人、就中、御当代上人に無断で作成されたものだから、本物ソックリのニセ札と同様である。



5.信心があっても「ニセ本尊」では功徳なし
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大聖人の御本尊は、信心の対境となる本尊であるだけでなく、本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えれば、その信心に本尊が具するのである。この2つの次元が揃って初めて大聖人の御本尊の意義が完結する(『聖教新聞』H5.9.18/『大日蓮』H6.1)
この「観心の本尊」という御本尊の本義のうえで言えば、御本尊は「信心」があるところにしか存在しないと言える。「信心」がなければ、紙幅の御本尊はあっても、本義たる「観心の本尊」はないのである(『聖教新聞』H5.9.18/『大日蓮』H6.1)
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●夫れ本尊とは所縁の境なり・境能く智を発し智亦行を導く、故に境若し正しからざれば智行も亦随って正しからず、妙楽大師謂える有り「仮使(たとい)発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し・若し正境に非ずんば縦い偽妄無きも亦種と成らず」等云々(第26世日寛上人『文底秘沈抄』)
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いかに真剣に唱題しても、「正境」である本門の本尊が無ければ「種」(仏種)とはならないのです。逆に、正しい本尊に縁しておれば「発心真実ならざる者」でも「功徳猶多し」なのです。つまり、本尊の意義(大聖人の当体、仏力・法力)は、行者の信心とは無関係に本尊自体に具わるのです(ただし、行者が正師によって破門され血脈が断絶した場合は別)。



6.何れにせよ、「唯授一人の血脈」を否定する信心に功徳なし!
 上記1〜5から分かるように、"ニセ本尊"作成の背景には、「唯授一人の血脈」に対する否定・不信が存在することは明らかです。しかるに、この「唯授一人の血脈」に対する信心がなければ、仮に正しい御本尊を拝んだとしても功徳はないのです。
 「信心の血脈」とは、あくまでも、「法体の血脈(唯授一人の血脈)」相承を受けられている御法主上人への信順なくして流れ通うものではありません。御法主上人を仏法上の師匠と仰ぎ、師弟相対して大御本尊を信受するところに信心の血脈も流れ通うのです。

◆良き法と、良き師と、良き檀那との3つが、そろわなければだめだ。南無妙法蓮華経、これは良き法に決まっている。大御本尊様は良き法なのです。また御法主上人は唯授一人、64代の間を、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。ですから、御法主上人猊下を通して大御本尊様を拝しますれば、必ず功徳が出てくる。ただ良き檀那として、その代表として、その位置にすわれたことを、私は、ひじょうに光栄とするものであります」(戸田城聖・昭和30年12月13日、関西本部入仏落慶式/『戸田城聖全集』第4巻399頁)

唯授一人・法水写瓶(ほっすいしゃびょう)の血脈相承にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つも無益であり、功徳はないのである。すなわち『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』なのである(池田大作『広布と人生を語る』第8巻228頁)
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この池田氏の指導で注目すべきことは、「信心の血脈」を「唯授一人・法水写瓶の血脈相承にのっとった信心」としている点です。
変↓節
信心唱題によってのみ法体の血脈を受けるのであって、決して法主1人に法体が伝わるわけではない。法体の血脈なるものが法主のみと説くのは邪義(『聖教新聞』H5.9.20)


【「日寛上人の御本尊」と称しながら、同上人の御指南に反する支離滅裂】

1●宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云々。「塔中及び蓮・興・目」等云々。(第26世日寛上人著『撰時抄愚記』/『日寛上人文段集』聖教新聞・初版271頁)
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「塔中及び蓮・興・目」とあるように、塔中における上行菩薩への別付嘱が、末法においては唯授一人血脈相承として歴代上人に伝わっているのです。

祖師より興師へ御付嘱亦是れ三大秘法なり。興師より目師へ御付嘱も亦是れなり。(中略)目師より代々今に於て、二十四代金口の相承と申して一器の水を一器にうつすが如く云々(第26世日寛上人『寿量品談義』/『富士宗学要集』第10巻131頁)
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「金口の相承」とあるように、唯授一人の相伝は大御本尊だけではありません。金口によって本仏の内証が相伝されているのです。だからこそ「此の経は相伝に非ずんば知り難し」(1●)とあるように、唯授一人の相伝によって下種仏法の深義を知悉し、法華経や御書、正師の指南等を正しく解釈できるのです。

2●而して後、法を日目に付し、日目亦日道に付す、今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し(第26世日寛上人著『文底秘沈抄』/『富士宗学要集』第3巻94頁)
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「法水」とは法門や戒律のことです(3◆4◆)。唯授一人の法水写瓶によって「四百余年の間」法門や戒律が「清浄」のまま「断絶せしむる事無し」と仰せなのです。

3◆[法水瀉瓶]=血脈相承をあらわしている(『新版仏教哲学大辞典』初版1621頁)
4◆[血脈相承]=法門、戒律を1人の師から1人の弟子へ絶えることなく授け伝えていくこと。(『新版仏教哲学大辞典』初版409頁)
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法水=血脈=法門や戒律。血脈相承とは大御本尊のことのみではなく、法門や戒律も含みます。日寛上人は法門や戒律(化儀)も「清浄」にして「断絶せしむる事無し」(上記2●)と仰せなのです。

5●木画の二像に一念三千の仏種の魂魄を入るるが故に、木画の全体生身の仏なり(中略)草木成仏の両義を暁(さと)れば、則ち今安置し奉る処の御本尊の全体、本有無作の一念三千の生身の御仏なり。謹んで文字及び木画と謂うことなかれ云云。(第26世日寛上人『観心本尊抄文段』/『日寛上人文段集』聖教新聞社・初版469頁〜)
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日寛上人は、「今安置し奉る処の御本尊」(曼荼羅御本尊)についても「一念三千の仏種の魂魄を入るる」こと(開眼)によって「草木成仏」すると明言。

6●広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す(第26世日寛上人著『法華取要抄文段』)
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広宣流布進展のうえにおいては、全世界の寺院に御安置する常住御本尊を時の御法主上人に御書写いただくことは当然であり、またその時代時代の強信な方に常住御本尊を授与されることは、代々の御法主上人の尊い化儀にましますのである。(日蓮正宗青年僧侶邪義破折班H17.6.7)

・学会は、第13世日院上人をはじめとする方々が、幼少にして付嘱を受けた("稚児貫主")ことをもって、あたかも血脈が正しく伝わっていないよう誹謗している。→2●に反する

・第17世日精上人を"造読家"であったとして誹謗している。→2●に反する

・血脈に総別がないとして、唯授一人の血脈を否定している。→1●に反する

・本尊には開眼など不要としている。→5●に反する

・「法主による本尊書写の必要性が失われている」としている。→6●に反する

★日寛上人を正師と仰ぎ(?)「日寛上人の御本尊を拝んでいる」と言いながら、同上人の御指南に反している池田学会は、無節操で支離滅裂!



【「日寛上人の御本尊」と言いながら筆跡を改変!!】
[画像1][画像2]:授与書きを削除した上に、中央主題・梵字・四天王などの筆跡まで改変した「ニセ本尊」=これは、まさに"変造本尊"です。学会では"変造などしていない"と否定していますが、それなら、浄圓寺格護の当該御本尊の真筆を持ってきて、コピー本尊と比較し証明すべきです。それをしないから、変造の疑義が晴れないのです。(『慧妙』H16.8.1)
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筆跡が勝手に改変されたということは、形式的にも御形木ではない、ということ。筆跡の異なる"本尊"が有効であるならば、最早、本尊は誰が書いてもよいことになってしまう。まさか、筆跡を故意に改変したのは、将来、池田大作が本尊を書写するための伏線ではあるまいな( ̄― ̄)ニヤリッ

●文字は是(これ)一切衆生の心法の顕はれたる質(すがた)なり。されば人のかける物を以て其の人の心根を知って相(そう)する事あり。凡(およ)そ心と色法とは不二の法にて有る間、かきたる物を以て其の人の貧福をも相するなり。然(しか)れば文字は是一切衆生の色心不二の質なり(『諸宗問答抄』御書36、全集380頁)
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御本尊は書写すべき方の筆跡も大切であることが分かる。書写すべき方とは唯授一人の血脈を受けられた方である。↓

日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給ふ事如何、師の曰く深秘なり代々の聖人悉く日蓮なりと申す意なり(第2祖日興上人『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)
●明星直見の本尊の事如何、(中略)釈迦古僧に値ひ奉つて塔中に直授せるなり貴し貴しと讃め被れたり、(中略)仍つて本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事勿論なるのみ。(第2祖日興上人『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)

●宗旨の信仰は全部か否かにおいて意義をなす。而して体系は本尊が根源であり全部である。依て本尊を同じうするか否か此れに於て一切を決して破邪顕正論争をつくさねばならぬ。(第65世日淳上人『日淳上人全集』119頁)
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「本尊を同じうするか否か」これこそが「破邪顕正」の基準である。筆跡まで変えた学会の"本尊"は、最早、邪宗日蓮宗のそれと何ら変わりがない。「根源」において誤った学会は、その信仰「全部」が邪教化したのである。



【"御書根本"の学会の矛盾】
大聖人御在世の弟子檀那において、大聖人書写の御本尊を模写したり形木にした例はない。すなわち御形木本尊は、唯授一人の口伝に基づいて時の宜しきに従って、時の御法主が作成されたのである。"御書根本"を吹聴し、さらに宗門を邪教呼ばわりする学会が、御書にも文証のない御形木本尊を作成し頒布するというのは如何なものか。都合のよいところは宗門を真似して、都合の悪いところは"御書根本"といって宗門を批判する。あまりにも無節操ではないか。

●宗建を去ること遠からざる御開山御存命時代ではいずれの方面にあっても印刷の本尊の扱いは軽賎の罪におちいる。これが、富士開山の規制であるから古代にありては、上行日尊(いまの要法寺)が特別の意趣で、わずかに一体奉刻したもので、一般の軽賎罪とは別異のものであり、まったく他門とは制を厳格にしていた(第59世日亨上人著『富士日興上人詳伝(下)』227頁〜)
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大聖人御在世だけでなく「御開山御存命時代」においても、「印刷の本尊の扱いは軽賎の罪におちいる」というのが「富士開山の規制」であった。池田学会は唯授一人の血脈を否定し、大聖人・日興上人以外は「南無」の対象としていないようであるが、そのお2人にも背いている。





「学会下付本尊の正義の証明」を破す
(『慧妙』H9.10.1)

《目次》
1.ニセ本尊正当の文証はない

2.「御法主以外の書写」の真相

3.「末寺から申し出」の欺瞞

4.「御本尊授与の独占禁止」は切り文

5.「化儀抄註解」の引用は文意改竄

6.「教師必携」は「法主必携」にあらず

7.「開眼なく印刷会社から直送」の無知

8.「導師御本尊」への疑難を破す

9.「未来本尊」への疑難を破す

10.「紙幅の大御本尊」云々の迷妄を笑う

11.「彫刻」と「模刻」のトリック!?(省略)

12.模刻ニセ本尊はお蔵入り

13.「脇書はメモ」の妄説を破す

14.真正の御本尊なくして成仏なし

15.???珍妙な妄説を粉砕する

16.学会のニセ本尊は仏罰製造機

/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_ 1.ニセ本尊正当の文証はない
<学会の邪義1>
 学会下附の本尊がニセ本尊である、という文証はない。
<破折>
 要するに、学会が下附している本尊は正しい、といいたいのだろう。ならば、まず、その文証をこそ示すべきだ。血脈に背いて在家が勝手に本尊を造ってもよい、などという文証は、どこにもない


2.「御法主以外の書写」の真相
<学会の邪義2>
 本尊書写は、古来、法主以外の者でも条件付きで認められてきた。第9世日有上人の『化儀抄』に
 「末寺に於いて弟子檀那を持つ人は、守りをば書くべし。但し判形(はんぎょう)は有るべからず、本寺住持の所作(しょさ)に限るべし」(聖典988頁/『富士宗学要集』第1巻71頁)
 「曼茶羅(まんだら)は、末寺に於いて弟子檀那を持つ人は之を書くべし、判形をば為すべからず」(聖典同頁/『富士宗学要集』第1巻同頁)
とあるとおりだ。また、歴史上の事実として、判形も加えた本尊書写が行なわれていた例もある。

<破折>
 『化儀抄』に仰せられているのは、当時の世相が戦乱相次ぐ戦国時代であり、交通も不便であったため、遠隔地の弘通における一時の特例として、「判形」のない”仮本尊”の書写を末寺住職に許されていた、ということであり、これについては、66世日達上人も『有師(ううし)化儀抄略解』に
 「当時は交通が不便であり、戦乱相次ぐ時代である故、日有上人が一時的に末寺住職に許されたこと」
と仰せられているとおりである。
 また学会は、判形を加えた本尊書写も行なわれていた事例がある、として、日興上人の時代の例などを挙げる。
 だが、当時は、いまだ一宗建立の初めの時期であり、大聖人の御正意が明確に体系化して周知されていなかったため、ある程度、用捨宣(よろ)しきに随う寛容をもって許された面が存している。御本尊書写についても、”付弟(ふてい)1人に限る”という御本意が、しばらくの間は門下に徹底されておらず、だからこそ、御遷化(ごせんげ)の近づいた日興上人が、わざわざ御弟子方に「付弟一人これを書写し奉るべき由」を「御遺誡」になり(日尊師の文書より)、また日有上人の『化儀抄』で、”末寺の住職は、自分の弟子や信徒のために仮本尊を書写してもよいが、判形を入れてはならない。判形を入れた真正の御本尊書写は御法主上人だけに限られる”という旨を明示せられたものと拝するのである。
 しかして、この義がハッキリと周知されてから後、御法主以外の者が、判形も加えた本尊を書写することは「謗法と申すは違背の義」(御書221、全集4頁)
で謗法となるが、それより以前の時代の書写の例を捜して挙げてみたところで、何の意味もないことは当然である。
 いずれにせよ、学会も「(書写は)条件付きで認められてきた」と述べているように、上古の時代であっても、一般僧俗が自由に本尊書写をしていたなどという事実はなく、まさに、血脈付法の御法主上人が、ある程度の寛容をもって、あるいは判形を加えない等の条件付きで、しばらく書写を「認められてきた」のである。このことは、結局、本尊書写に関する一切の権能が、血脈付法の御歴代御法主上人のみにある、という現証ではないか。


3.「末寺から申し出」の欺瞞
<学会の邪義3>
 59世日亨上人の『有師化儀抄註解(ちゅうげ)』には、
 「此の判形こそ、真仮の分るゝ所にして猶(なお)俗法の如し」(『富士宗学要集』第1巻113頁)
とあり、いわば判形に印鑑証明のような意味を持たせているが、今回の学会による本尊下附は、判形を勝手に書いたものではなく、末寺の申し出を受けて開始された「形木本尊」の下附なので、問題はない。
<破折>
 まず、判形について、”印鑑証明のようなもの”などと言っているが、『化儀抄註解』の次下には、
 「宗祖の御書中所々に判形云云の事あり。思ふべし、中にも大曼茶羅には殊(こと)に判形を尊ぶこと、唯一絶対の尊境なるを以ってなり」(『富士宗学要集』第1巻113頁)
とあって、御本尊の判形がもつ意義の重大なることを御教示されている。それを、いとも簡単に”印鑑証明のようなもの”とは、浅識・軽善も甚だしい。
 また、”末寺の申し出を受けて”と言うが、ここでいう末寺とは、今回の学会下附の本尊の元になっている、26世日寛上人の御本尊を所蔵していた、栃木県の浄圓寺のことである。
 しかし、浄圓寺は、平成4年に日蓮正宗から離脱してしまっており、いまや、本寺をもたない(したがって末寺でもない)、創価学会の完全下請と化した単立寺院である。
 しかるを、「末寺からの申し出を受けて開始された下附なので問題ない」などと偽り、あたかも、学会で作成・下附したニセ本尊が、宗門から正統な手続きをもって下附された本尊であるかのごとく見せかけて、無知な会員を欺こうとする行為は、”羊頭狗肉(ようとうくにく)”の宗教詐欺(サギ)と言わざるをえない。いかに浄圓寺の名を利用しようとも、学会で下附している本尊が「在家の学会によって勝手に作られたニセ本尊」であることは動かせないのである。


4.「御本尊授与の独占禁止」は切り文
<学会の邪義4>
 日亨上人は、「世界広布の時は法主が御本尊授与を独占してはならない」と御指南されている。事実、海外布教で御本尊を縮刷して下附した昭和初期の学頭・日照師の例もあるし、また各末寺でも、自由に「形木本尊」を発行していた事実がある。
<破折>
 日亨上人は、『有師化儀抄註解』の中で
 「宗運漸次(ざんじ)に開けて、異族に海外に妙法の唱へ盛なるに至らば、曼茶羅授与の事、豈(あに)法主御一人の手に成ることを得んや。或は本条の如き事実を再現するに至らんか、或は形木を以て之を補はんか」(『富士宗学要集』第1巻113頁)
と、宗門が発展し海外にも信徒が増えていった場合に、御法主上人の手により直々に書写される御本尊(常住御本尊)の下附たけでは対処しきれないのではないか、その時は『化儀抄』にある仮本尊や御形木御本尊の下附によって、これを補うことになるかもしれない、と述べられているのであって、けっして「法主が御本尊授与を独占してはならない」などと言われているわけではない。文意を勝手に作り変えてはならない。
 しかも、この文の前には、
 「曼茶羅書写の大権は、唯授一人・金口相承の法主に在り」(『富士宗学要集』第1巻112頁)
 「曼茶羅書写・本尊授与の事は、宗門第一尊厳の化儀なり」(同頁)
と仰せられ、御本尊の書写も授与も、その大権を持たれるのは御法主御一人である、という大前提を示されているのだから、「形木を以て之を補」うのも、御法主上人がなされることは申すまでもない。
 要するに学会は、自分達に都合の良い箇処だけを抜き取って、全く違った意味に文を利用しているのであって、これを「切り文」というのである。
 また、学頭・日照師の海外布教における例や末寺での例を挙げて、「自由に『形木本尊』を発行していた」などというが、とんでもない言い掛かりであり、これらは全て、弘教の実情に則して、時の御法主がなさしめられていたのであり、日照師や末寺が、学会のように「血脈を無視して勝手に本尊を下附」していたのではない。何より、これらの事例を挙げられた日亨上人も、
 「有師、斯(こ)の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといへども、しかも爾後(じご)数百年、宗門の真俗、能(よ)く祖意を守りて苟(いやし)くも授与せず。以て寛仁(かんじん)の化儀に馴るゝこと無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり」(『富士宗学要集』第1巻113頁)
すなわち、本宗で数百年間にわたって、御法主以外の僧俗が勝手に本尊を授与する、という事例がなかったのは、宗門として本当に喜ばしいことである、と仰せられているではないか。
 切り文に、デタラメな解説を加えて、正反対の史実を作るとは、呆れ果てた悪餓鬼(ワルガキ)共である。


5.「化儀抄註解」の引用は文意改竄
<学会の邪義5>
 『有師化儀抄註解』の中では、今回の学会の下附のやり方を「事なかるべし」と判定されている。
<破折>
 まず、『化儀抄註解』の該当箇処を挙げてみよう。
 「比の判形といへるに種々あるべし。一には、形木または縮写のものに、法主の判形を為されたるもの。二には、平僧の書写せしものに、法主の判形を加へられたるもの。三には、後代の法主が、宗祖開山等の曼茶羅を其儀(そのまま)模写し給ひて、更に模写の判形を為されたるものを、形木または写真版等となしたるもの。四には、先師先聖の模写版又は形木に、平僧が自らの判形を加へ又は平僧自ら書写して判形(自己)まで加へたるもの等に分かつを得べきか。此中に、一と三とは事なかるべし。」(『富士宗学要集』第1巻113頁)
 学会は、この文中の3番目に述べられていることが、今回の学会の下附のやり方にそのまま該当することであり、これは日亨上人も「事なかるべし」と認められていることである、と主張する。
 すなわち彼らは、
 「後代の法主(今回は日寛上人)が宗祖開山等の曼茶羅(今回は戒壇の大御本尊)を其儘模写し給ひて更に模写の判形を(今回は日寛上人が)為されたるものを形木又は写真版等と為したるもの」(※カッコ内は学会側が挿入したもの)
である、というのであるが、これまた切り文、文意改竄(かいざん)の典型といわざるをえない。
 そもそも、この御文に仰せられているのは、冒頭に「此の判形といへるに種々あるべし。一には……」とあるように、判形の加え方の可否について述べられているのであり、下附のやり方の可否などを述べられているのではない。まったく関係のない文の中から、都合のよさそうな部分だけを切り取って、別な意味に利用する−こうした学会の手口を”仏法破壊の魔の所為”というのである。
 しかも、原文のような、「後代の御法主」が「模写し」「判形を為され」「形木又は写真版等と為したる」のであれはいざ知らず、今回の学会が下附している本尊は、「学会と離脱僧」が、日寛上人書写の御本尊を、勝手に変造して「形木または写真版等となし」て下附しているものである。
 以上のことから、学会発行のニセ本尊は、この御文には全く該当しないと知るべきである。


6.「教師必携」は「法主必携」にあらず
<学会の邪義6>
 「御本尊の開眼」という化儀は、『日蓮正宗教師必携』というマニュアルにも載(の)っていない。「法主の開眼が必要」というのなら、どの段階でどんな作法をとるのか、具体的に言ってみろ。
<破折>
 『日蓮正宗教師必携』に、「御本尊の開眼」のことが載っていないのは、当たり前である。「御本尊の開眼」は、唯授一人の相伝を受けられた歴代の御法主のみがなさるものであり、一般の教師僧侶方のための「教師必携」にその内容が掲載されるわけは、もとよりないのである。
 また、”どの段階でどんな作法をとるのか”を本当に知りたければ、大謗法の池田創価学会を脱会して、日蓮正宗にひざまづいて懺悔し、素直に大石寺の教えを請うたらいかがか。


7.「開眼なく印刷会社から直送」の無知
<学会の邪義7>
 日達上人時代の初期には、御形木本尊は、法道院の法華講の印刷会社で印刷し、それを束にして直接、末寺に送付していたので、開眼などなされていなかった。
<破折>
 学会は、知らずに言っているのか。それとも知っていてわざと言っているのか、当時の法道院主管・早瀬日慈上人は、御形木御本尊の開眼をまとめて本山にお願いされていた。そして、本山で開眼された後、各末寺に送られていたのである。
 そもそも、こうした邪難は、御法主上人が丑寅勤行の際に御本尊の開眼供養をなさっていたことを知らぬ、修行不足の離脱僧が言い出したらしい。まったくもって、自らの修行不足・認識不足を、自ら露呈したようなものだ。


8.「導師御本尊」への疑難を破す
<学会の邪義8>
 日蓮正宗で葬儀に用いている「導師本尊」は、邪宗日蓮宗が葬儀用に開発したニセ本尊である。大聖人の御本尊とは異なる「五道冥官」等の悪鬼の名が書かれている。これを、江戸時代になって、日蓮正宗でも取り入れたのである。
<破折>
 まず、「導師御本尊」が、日蓮宗が開発したニセ本尊である、という証拠を挙げてみよ。
 また、江戸時代になって日蓮正宗でも取り入れた、というが、24世以前の上代の御法主の書写された「導師御本尊」が存している以上、この疑難は前提から崩壊していると知るべきである。
 なお、日寛上人書写の「導師御本尊」も存在するが、学会は、日寛上人もニセ本尊を作っていた、というのか。とすると、現今の学会は”ニセ本尊を作っていた法主の書写した御本尊をコピーして拝んでいる”ことになるが、どうか。
 そもそも、この程度の疑難しかできぬ者が、判ったような口ぶりで”大聖人の御本尊とは異なる”云々などと言うこと自体、じつにおこがましい。よくよく身の程を知るべきであろう。


9.「未来本尊」への疑難を破す
<学会の邪義9>
 日蓮正宗では以前、葬儀の際に、「導師本尊」を形木にした「未来本尊」と名づける「ニセ本尊」を、棺や骨壷の中に入れていた。これは、日興上人が『富士一跡門徒存知事』で破折されている、五老僧の謗法行為と同じだ。
<破折>
 そもそも「末来本尊」とは、時の御法主上人が、『寂日房御書』に
 「此の御本尊こそ冥途(めいど)のいしゃうなれ」(御書1394、全集903頁)
と仰せの意義を持たせて、「導師御本尊」を形木にし、亡くなった人と共に棺等に収めたものである(類似した事例としては、建物を上棟する際に、その建物の守りとして、屋根裏に棟札本尊を収める化儀もある)。
 一方、『富士一跡門徒存知事』に日興上人が仰せられているのは、よく前後の御文を拝すとわかるが、日蓮大聖人御直筆の御本尊の散逸(さんいつ)を戒められた御教示である。
 すなわち
 「一、上の如く一同に此の本尊を忽諸し奉るの間、或は曼茶羅なりと云ひて死人を覆(おお)ふて葬る輩も有り、(中略)
 日興が云はく、此の御筆の御本尊は」云云(御書1872、全集1606頁)
と。
 学会は、”日興上人が戒められた、五老僧と同じ不敬行為だ”と言いたいのであろうが、大聖人の御直筆御本尊の散逸を戒められた御教示を、形木の未来本尊を収めることの可否に結びつけること自体、まったくの見当はずれなのである。


10.「紙幅の大御本尊」云々の迷妄を笑う
<学会の邪義10>
 書写された紙幅の御本尊を板に彫刻することを「御本尊の彫刻」というが、戒壇の大御本尊は、大聖人が弟子の日法師に彫刻させたもので、大聖人直筆である紙幅の大御本尊は、御宝蔵に保管されている。このように、「御本尊の彫刻」は昔から行なわれていた。
<破折>
”戒壇の大御本尊は、大聖人が弟子の日法師に彫刻させたもので、大聖人直筆である紙幅の御本尊は、御宝蔵に保管されている”−どこからこのような珍説が飛び出してくるのか。
 これは、かつて妙観講を除名になった渡辺某の我見の狂学が、そのまま朋友の学会に利用されたものであり、もとより「(戒壇の大御本尊が彫刻される前の)大聖人直筆である紙幅の御本尊」など、御宝蔵どころか、世界中どこを探しても存在しない。
 学会は、「彫刻」(紙幅の御本尊をそのまま板に張って、彫刻することをいう。御本尊のお姿は、紙幅から板のお姿に替わられる)と「模刻」(1体の御本尊を元に、もう1体の板御本尊を別に複製彫刻することをいう)を、わざと錯誤させ、自分達がしでかした「御本尊模刻事件」を正当化したいのだ。
 つまり、書写された紙幅の御本尊があって、その紙幅の御本尊を元にして、さらにもう一体、別の板本尊を模刻すること(これを彼らはワザと「彫刻」という)は、昔から行なわれていた、戒壇の大御本尊からしてそうであるから、何ら問題はない、というのである。
 しかし、渡辺某のいう、戒壇の大御本尊の元になった紙幅の大御本尊など、もとより存在しておらないので、このような妄説は前提から崩壊してしまっている。後に残るのは潮笑のみ、呵々(かか)。


12.模刻ニセ本尊はお蔵入り
<学会の邪義12>
 学会で彫刻した御本尊はニセ本尊ではなかった。ゆえに、本山でも、回収した7体の本尊を、正式な本尊として御宝蔵に保管している。
<破折>
 何が「正式な本尊として御宝蔵に保管」だ。バカも休み休み言うべきである。
 御法主上人の知らぬところで、学会が勝手に「模刻」して作った板本尊は、まぎれもなくニセ本尊であった。ゆえに、本山に没収し、学会の大謗法の証拠品として、倉庫(元の奉安殿)の中に、毛布に包んで置いてあった。
 これが全てだ。


13.「脇書はメモ」の妄説を破す
<学会の邪義13>
 脇書きは、授与された人の名誉を残すためのものにすぎず、御本尊として必要不可欠な部分ではない。単なるメモ書きである。大聖人直筆の御本尊にも、脇書きのないものが多数存在している。また、御本尊書写に関する相承書として取り扱われていた『御本尊七箇之相承』にも、脇書きについては、一言も触れられていない。
<破折>
 御本尊の示し書きに認(したた)められる授与者の名は、『富士一跡門徒存知事』に示されているように、正法の信仰ゆえに「或は身命を捨て或は疵(きず)を被り若しは又在所を追ひ放たれ」た人の熾烈(しれつ)なまでの信心を、師の立場から認定して認められるものであり、また『化儀抄』に、
 「御本尊授与の時、真俗弟子等の示し書之れ有り。師匠有れば師の方は仏界の方、弟子の方は九界なる故に、師弟相向かうところ中央の妙法(中略)是れ則ち事行の妙法事の即身成仏等云々」(聖典996頁/『富士宗学要集』第1巻77頁)
とあるように、授与者の未来の即身成仏を示すものである。
 したがって、”授与された人の名誉を残すためにすぎない”などという軽々しいものではなく、御本尊の本体に列するもの、というべきであろう。ゆえに、日興上人や日亨上人も
 「凡筆を以って直に聖筆を黷(けが)す事、最も其の恐れ有りと雖も」(御書1872、全集1606頁)
 「興師以外の凡筆が宗祖の聖筆に列したとすると、それは開山の仰せのごとく、恐懼(きょうく)の極まりなきものとなる」(富士日興上人詳伝)
等々と仰せられているのである。
 これを、御歴代でもない一般僧俗が、勝手に削(けづ)り取って、コピーした学会のニセ本尊−−まことに恐懼の極み、恐るべき謗法行為といわねばならない。
 また、「メモ書きにすぎない」などともいっているが、「メモ書き」とは、自分自身の覚えのために書き留めるものであって、相手に授与するための「授与書き」とは、まったく性質の異なるものである。このようなこともわからなくなっているほど、学会は頭が狂ってしまっているようだ。
 さらに、「大聖人直筆の御本尊にも、脇書きがないものが多数存在している」とは、本当に調べた上でいっているのか。文永・建治年間の御本尊には、授与書きのある御本尊は少ないが、弘安以降(究竟の極説である弘安2年の戒壇の大御本尊御出現以降)の御本尊においては、授与書きの認められたものが、じつに多数(81体中の66体で、約8割)存在しているではないか。
 また、「『御本尊七箇之相承』に、授与書きについて一言も触れられていない」のは、御本尊本体についての御指南であるから、本体に列する授与書きについて触れられていないのは、当然のことである。


14.真正の御本尊なくして成仏なし
<学会の邪義14>
 脇書きに名前を書かれなければ成仏できない、などとは御書には述べられていない。御書には、『生死一大事血脈抄』『本因妙抄』に、”信心強盛に南無妙法蓮華経と唱えるところに、生死一大事の血脈が流れ、凡身即仏身になる”と、大聖人の仏法の偉大な力を示す御文が厳然と記されている。
<破折>
 「脇書きに名前を書かれなければ成仏できない」などと、誰も一言ってはいない。日蓮正宗の僧俗が言ってもいないことを、「言った」として、自分達で勝手に”破折ごっこ”をするものではない。
 また、『本因妙抄』の
 「信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば凡身即ち仏身なり。これを天真独朗の即身成仏と名づく」(御書1679、全集872頁)
との御文を引いて得意満面になっているが、この御文の前には、何と仰せられているか。すなわち、
 「久遠名字の妙法を本と為す。信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば」云云と、久遠名字の妙法(いうまでもなく「正しい御本尊」のことである)を根本となして題目を唱えるところに即身成仏ができる、と仰せになっているのである。
 日蓮正宗から破門され、戒壇の大御本尊からも離れてしまい、ニセ本尊まで作った創価学会が、ただ題目を唱えたからといって、そこに即身成仏の義などないことを知るべきであろう。


15.???珍妙な妄説を粉砕する
<学会の邪義15>
 一機一縁の御本尊の不特定多数への下附は宗門の得意技であり、日亨上人の『有師化儀抄註解』にも、「一機一縁の本尊」を御歴代が「書写」して「特定の人に授与した本尊」を、「形木」にして「開眼せず」に「不特定多数」に授与した例として、昭和初期の学頭・日照師のことをあげており、何の問題もない下附のあり方とされている。
 今回の学会による本尊授与は、由緒正しい「本門戒壇の大御本尊」を、中興の祖である日寛上人が「書写」して「特定の人に授与した本尊」を、「末寺の允可(いんか)に基づいて」「形木」にして「開眼せず」に「不特定多数」に授与するもので、「一機一縁の本尊」を同じようにして授与するよりはるかに素晴らしいことだ。

<破折>
 何を訳のわからぬ妄説を振り回わしておるのか。
 学会では、「一機一縁の御本尊とは、大聖人の直筆の御本尊のうち、本門戒壇の大御本尊以外の御本尊のことをいう。御歴代の書写された御本尊は『分身散体』『分身散影』と呼んで、一機一縁の御本尊とは区別する」などと勝手に定義づけて、聞く者の頭を混乱させて煙に巻くような珍妙な妄説を立てる。
 だが、もとより「一機一縁の御本尊」とは、「一閻浮提総与」である本門戒壇の大御本尊以外の御本尊のことをいい、他の大聖人御直筆の御本尊も、御歴代上人が書写あそばされた御本尊も、すべて「一機一縁の御本尊」なのである。
 また、ここでも昭和初期の学頭・日照師等の例を持ち出しているが、これはすでに述べたとおり、時の御法主が、弘教の実情に則して、なさしめられた事例である。
 念のため、彼ら流の言い方で示しておけば、それら『化儀抄註解』に挙げられている事例は、「本門戒壇の大御本尊」を「書写」された「一機一縁の御本尊」を、後代の御法主が「御形木」にされて「開眼」をなさった上で、多数の信徒に授与することを許された例であり、何の問題もないのである。
 しかるに、今回の学会によるニセ本尊は、「本門戒壇の大御本尊」を、日蓮正宗の中興の祖である日寛上人が「書写」されて「特定の人に授与した一機一縁の御本尊」を、「日運正宗を破門になった創価学会と学会の支配下に入った単立寺院が、血脈を無視して勝手に」「変造・コピー」して、「開眼せず」に「不特定多数」に「配布」(「授与」というのであれば、誰が、その資格を誰から与えられて授与するのかを、明らかにすべきである)したもので、まぎれもなく「悪鬼・魔神の札」であり、拝む者は堕地獄必定(ひつじょう)である。
 鳴呼、恐るべし、恐るべし。


16.学会のニセ本尊は仏罰製造機
<学会の邪義16>
 学会草創期には、日寛上人の御本尊を旗印に、国内に向けて御本尊の偉大な功徳力を示した。今また一閻浮提広宣流布の時に、日寛上人の御本尊を旗印に、全世界に向けて偉大な功徳を生み出すのである。
<破折>
 学会の草創期には、たしかに日蓮正宗の信徒団体として、血脈付法の御法主上人から、日寛上人の御本尊を御形木とした御本尊を下附され、大聖人の仏法の功徳に浴した会員も多かったであろう。
 しかし、今回の「ニセ本尊下附」は、草創期とはまったく違った手続きで勝手に作ったニセ本尊を、開眼もなく配布しているものであり、「全世界に向けて偉大な功徳を生み出す」ことなど、できようはずもない。
 その証拠に、それまで戴いていた日蓮正宗の御本尊を手放し、学会のニセ本尊に交換した多数の学会員達が、全国、あちらこちらで厳しい仏罰を受けているではないか。その最大にして悲惨なる現証が、かの阪神大震災である。
 学会員諸兄におかれては、一刻も早く「ニセ本尊」を処分し、日蓮大聖人の正統門流である日蓮正宗大石寺に帰伏すべきである。





御本尊と化儀


【書写】
<御法主の権能>
<書写と内証伝持>
<邪難粉砕>
<昔の学会指導>

【開眼】
<非情の成仏>
<曼荼羅本尊は非情(草木)>
<「木画二像」について>
<木画の開眼と草木成仏>
<正師による開眼>
<邪難粉砕>
<御形木本尊の開眼>
<御本尊の焼却>
<昔の学会指導>

【授与】
<授与>
<授与書き>

【化儀と血脈】
<信心の血脈>
<師弟相対の信心>
<化儀は師弟相対の信心の表明>
<允可(いんか)>
<特殊な状況だからこそ認められる化儀>

【仮本尊】
<末寺の本尊書写>
<判形>
<形木本尊>
<法主の允可なき仮本尊はニセ本尊>
<「変造」されたニセ本尊>
<昔の学会指導>

【本尊と血脈】
<一閻浮提総与と一機一縁>
―常住御本尊―
<登山の必要性>
―大聖人の御当体=末法弘通の法体=罪障消滅のため参詣すべき対象―
<破門と血脈>
―身延の真筆本尊―
<本尊に関する一切は、御法主の権能>
―御法主上人の允可(いんか)なき本尊はニセ本尊―

/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_ 【書写】
<御法主の権能>
1●日蓮在御判と嫡々代々と書くべしとの給ふ事如何、師の曰く深秘なり代々の聖人悉く日蓮なりと申す意なり(第2祖日興上人著『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)
2●明星直見の本尊の事如何、(中略)釈迦古僧に値ひ奉つて塔中に直授せるなり貴し貴しと讃め被れたり、(中略)仍つて本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事勿論なるのみ。(第2祖日興上人著『御本尊七箇相承』/『富士宗学要集』第1巻32頁)
-----------------------
後加文ではない。

●是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり(『日女御前御返事』全集1243頁)
-----------------------
大聖人が御本尊を書写なされるのは、塔中における上行菩薩への別付嘱による。当然、御本尊を直接頂いたのではなく、内証伝持によって本尊書写の権能が具わる。また、この相伝は口伝による。その証拠の一つが『御本尊七箇相承』である。

●懐胎のよし承り候い畢んぬ、それについては符の事仰せ候、日蓮相承の中より撰み出して候(『四条金吾女房御書』全集1109頁)

3●付弟一人之を書写し奉るべきの由、日興上人御遺誡なり(日尊=日目上人の弟子『日蓮宗宗学全書』2−418)
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日尊は第4世日道上人時代も含め、生涯一幅の本尊も書写しなかったのである。(『日蓮正宗要義』249頁)

曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り・敢て・沙弥輩の呶々する事を許さんや(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも・当流にては対境の本尊を授与せられ示書中の人とならざれば・信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、故に宗祖は濫に曼荼羅を授与し給はず・開山は曼荼羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ・尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼荼羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼荼羅を書き散して、僣越の逆罪とも思はざるのみならず・雑乱滅裂全き型式をだに得たるものなし、無法無慙の甚しきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり・慎まざるべけんや、(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)
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学会は、宗門の歴史の中で、御法主以外の者が本尊を書写した事実があるといっている。しかし、大切なことは、大聖人や日興上人の御意志が何処にあるかということである。過去の断片的例外的事実(しかも、学会が謗法の団体として批判する宗門の歴史)をもって、自分達の本尊書写等の行為を正当化できないことは当然である。宗門の過去の行為をもって、自分達の行為を正当化する論理は、学会自身の中に化儀の正邪を判別する基準をもっていない証拠である。

●一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。その処は皆これ義理の戒壇なり。然りと雖も仍これ枝流にして、これ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ちこれ根源なり。(第26世日寛上人著『法華取要抄文段』)
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「嫡々書写」とは上記1●「日蓮在御判と嫡々代々と書くべし」(第2祖日興上人著『御本尊七箇相承』)に対応するものであり、血脈付法の歴代上人書写を意味する。

●此の金口嫡々相承を受けざれば決して本尊の書写をなすこと能わず(第56世日応上人著『弁惑観心抄』212頁)

●さてそこで、もう一歩深く考えて、その信心といい、血脈といい、法水というところの法水は、どこから出てくるか、ということがもっとも大切であります。それは、我が日蓮正宗においては日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇の大御本尊であります。ゆえに、大聖人の仏法を相伝しなければ、大聖人の仏法の血脈は流れないであります。(第66世日達上人『大日蓮』S53.9)
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法水、血脈の元は大御本尊です。大御本尊の内証が相承によって伝わるからこそ、本尊書写ができるのです。↓

当宗では、血脈なくして御本尊様を書写し奉ることはできない。もし、血脈などいらないというのならば、身延の人が書いた本尊でもよい、誰が書いてもよいではないか。(第66世日達上人・第17回妙観会・昭和53年3月31日)

 当時は、いまだ一宗建立の初めの時期であり、大聖人の御正意が明確に体系化して周知されていなかったため、ある程度、用捨宣(よろ)しきに随う寛容をもって許された面が存している。御本尊書写についても、”付弟(ふてい)1人に限る”という御本意が、しばらくの間は門下に徹底されておらず、だからこそ、御遷化(ごせんげ)の近づいた日興上人が、わざわざ御弟子方に「付弟一人これを書写し奉るべき由」を「御遺誡」になり(日尊師の文書より)、また日有上人の『化儀抄』で、”末寺の住職は、自分の弟子や信徒のために仮本尊を書写してもよいが、判形を入れてはならない。判形を入れた真正の御本尊書写は御法主上人だけに限られる”という旨を明示せられたものと拝するのである。
 しかして、この義がハッキリと周知されてから後、御法主以外の者が、判形も加えた本尊を書写することは「謗法と申すは違背の義」(御書221、全集4頁)
で謗法となるが、それより以前の時代の書写の例を捜して挙げてみたところで、何の意味もないことは当然である。
 いずれにせよ、学会も「(書写は)条件付きで認められてきた」と述べているように、上古の時代であっても、一般僧俗が自由に本尊書写をしていたなどという事実はなく、まさに、血脈付法の御法主上人が、ある程度の寛容をもって、あるいは判形を加えない等の条件付きで、しばらく書写を「認められてきた」のである。このことは、結局、本尊書写に関する一切の権能が、血脈付法の御歴代御法主上人のみにある、という現証ではないか。(『慧妙』H9.10.1)



<書写と内証伝持>
●神力品に云く「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法、乃至・皆此の経に於て宣示顕説す」〔已上〕此等の現文は釈迦如来の内証は皆此の経に尽くし給う(『守護国家論』全集73頁)
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結要付属とは内証の伝持なのです。

所詮今末法に入つての如法相是は塔中相承の本尊なり(『御講聞書』全集832頁)
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結要付属の体は本尊。ただし、本尊を直接伝授した訳ではない。本尊の内証を伝授したのである。

●日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(『御義口伝』全集760頁)
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結要付属の体は仏の当体即本尊であり、「面授口決」による。

★以上のように、結要付属の体は仏の当体即本尊であり、仏(本尊)の内証伝持によって本尊を書写できるのです。しかも、この結要付属は「面授口決」によるのです。

●日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ(『経王殿御返事』全集1124)
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御本尊とは大聖人の魂=内証を表したものです。単に文字や、その配置を真似ただけで仏の内証が現れるものではありません。書写する方を歴代上人に限定されたのは、血脈相承によって、大聖人の御内証が伝持されているからです。

●此の金口の血脈こそ宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり之を真の唯授一人と云ふ(第56世日応上人『弁惑観心抄』219頁/『創価学会のいうことはこんなに間違っている』102頁)

●当宗に於て授与する処の御本尊は、一切衆生に下し置れたる此の御本尊の御内証を、代々の貫主職一器の水を一器に写すが如く直授相伝の旨を以て之を写し奉り授与せしむる(第56世日応上人著『本門戒壇本尊縁由』/日蓮正宗青年僧侶邪義破折班H17.6.7)
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故に御本尊は、血脈相伝の御法主上人によって御書写していただいて、はじめて功徳がある。

●大聖人の御本尊は御身に具へ給ふ妙法蓮華経の御心の御境界にあらせられる(第65世日淳上人『大日蓮』S29.5/『日淳上人全集』530頁)

●和歌山県のある地方では「御本尊さえあればよいんだ。血脈なんかいらないんだ」と言って一生懸命に説明して歩いている人がいるそうです。これはどういう考えでしょう「御本尊さえ」という。御本尊様は誰が認めるんです。当宗では、血脈なくして御本尊様を書写し奉ることはできない。もし血脈など要らないというのならば身延の人が書いた本尊でもよい、誰が書いてもよいではないか。思い起せば、小樽問答の時に身延のある僧侶が「御本尊なんか誰が書いたっていいんだ」と平然として口走っておった。私はびっくりしました。この人は何ということを言うのだと。それでは、東本願寺や西本願寺の管長に御本尊を書いてもらって、ありがたく拝めるのか。御本尊とはそんなものではないです。日蓮正宗は、血脈によって御本尊様を書写し奉る。ただ唯授一人において書写し奉るのである。(第66世日達上人『日達上人全集』/日蓮正宗青年僧侶邪義破折班H17.6.7)
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と御指南されている。御本尊は、誰が写してもよい、というものではない。勝手に模写したり複製したりなどは、できないのである。



<邪難粉砕>
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五老僧・日仙・日郷・日妙・日代、日華(日華は未決としても全部じゃない)、在家の富木常忍、日尊は板に刻んでいる。同時に何人もの方が書写しているのですよ。日仙は花押、判形を加えている、法主と同じ権限で、要するに唯授一人の血脈相承なんてものは、大石寺の創作教義なのです。化儀抄を読めば分かります。末寺の住職さえも常住本尊をも書写することが可能なのです。(wt:4448)
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寂日房日華師や日仙師、これはたしかに興門本六の方々ですけれども、この方々が本尊を書写したということを言っております。しかし、日華師筆と伝えられる本尊について日亨上人は、同書(※『旧版富士日興上人詳伝』?)において、はたして正筆か否か疑義を呈しておられるのに、敢えてそのことを隠しているのは不正直と言うほかありません。日仙師などは讃岐に行かれているのですから、これは当時の遠隔地の弘通において、交通等の事情によって、原則的には唯授一人の付嘱の書写ということに限っておるのですけれども、日興上人が弘通者として相当すると見極められ、法門相承の真義を受けたと認められる者に対して、特に許可されたということがあったのであります。しかしそれは、その時どきの状況によっておるわけである。(第67世日顕上人『創価学会の偽造本尊義を破す』23頁〜)

●宗建を去ること遠からざる御開山御存命時代ではいずれの方面にあっても印刷の本尊の扱いは軽賎の罪におちいる。これが、富士開山の規制であるから古代にありては、上行日尊(いまの要法寺)が特別の意趣で、わずかに一体奉刻したもので、一般の軽賎罪とは別異のものであり、まったく他門とは制を厳格にしていた(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝(下)』227頁〜)
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日尊師は、自分が書写したのではなく、「奉刻」である。当然、判形もないはずである。

●当家甚深之相承之事。全く余仁(よにん)一言半句申し聞く事之無く、唯(ただ)貫首一人の外は知る能わざる也。仍(よっ)て染筆する者也。此の遺附(いふ)は名利の僧之有りて相承残らず請取(うけと)るの由悪侶出来の故、斯(かく)の如く書き置く所也。又本尊相伝は唯授一人の相承故代々一人の外(ほか)書写之無し。当時名利の僧書写の本尊数多(あまた)之有り、必ず拝せらる可からざる者也(第17世日精上人『歴全』第2巻314頁)
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すなわち日精上人当時において、(精師より)相承を残らず受けたと言い、さらに本尊を数多書写する悪侶が出たという事実があったことを述べられています。(中略)妄りに本尊書写をするということは、大石寺一門として頻繁に起きる事件ではありません。この時代でも、大石寺本末の周辺でこれほどの大問題を起こした者は、三鳥院日秀を措いて他には見当たりません。(『富士門流の歴史 重須篇』336頁)

★問題は、付法の弟子でない方の過去の行為ではなく、大聖人・日興上人の御意志が何処にあるかである。日尊師自身が「付弟一人之を書写し奉るべきの由、日興上人御遺誡なり」(『日蓮宗宗学全書』2−418)と述べているのだから、大聖人・日興上人の御意志は明白である。そして、日尊師も御遺誡を守って「書写」はしなかったのである。


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日舜(上人)は、寛永18年(1641年)に大石寺に入った。日舜はその後、御本尊を書写するなど、相承もないのに法主の務めを行った(脱落僧・松岡雄茂『大白蓮華』H17.9)
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汝は『続家中抄』に日精上人から日舜上人への血脈相承が正保2年の10月27日とあることから、正保2年正月8日と同2月28日の2幅の御本尊が不当に御書写されたものであると邪推するのである。しかし、このような考えは汝の頭の錯乱から生じるのである。

●下谷(したや)常在寺に詣(まい)り精師に拝謁(はいえつ)し師資の契りを結び山に還る。(『続家中抄』/『聖典』763頁)
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日舜上人は日精上人の意を得て総本山に晋山されているのであり、「師資の契りを結び」とはまさしく血脈の内付があったことを示している。そもそも日舜上人が寛永18年に大石寺に晋山されてから正保2年までの4年間、御相承を受けておられないということ自体考えられないことであり、むしろ正保2年10月以前に日舜上人御書写の御本尊が存するということは、日舜上人が御相承を受けてから大石寺に晋山されたことの証拠として拝されるのである。『続家中抄』の記事における、正保2年10月の日精上人より日舜上人への御相承は、総本山に於いて儀式として行われたものであり、実質的な御相承はそれ以前に行われているのである。まさに汝の言は素人丸出しの邪難であると断ずる。(『大白法』H17.10.1)


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〈弁護士〉時の法主以外の僧侶あるいは信者が御本尊を書写するということはあるんですか、ないんですか?
〈総監〉書写するということはございません。
〈弁護士〉法主から許可を得ても駄目ですか?
〈総監〉ありません。
〈弁護士〉許可も受けないで無断で書写をしたという場合は教義上はどういうことになるんですか?
〈総監〉無断で書写すれば謗法になります。
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この資料は、正信会の中核坊主の1人・妙真寺住職の山口法興の地位保全仮処分の裁判で証言した藤本日潤総監(当時)の証言です。この証言には、「時の法主以外が書写することはない」とウソの証言をしています(<謀反のハゲを取り締まる・ポドチョン長官>BBS)
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「時の法主以外が書写することはない」とは、ウソでも何でもない。現在の宗門では常識となっていることである。誹謗の趣旨は"過去に法主以外の者が書写していることを隠している"というものであろうが、藤本総監は裁判の趣旨に沿って証言したものであり、何百年も前の特殊な状況下の例外を問題にしていないことは、誰にでも分かることである。また、総監は「無断で書写すれば謗法になります」とも証言しており、この言葉からすれば"法主の許可があれば謗法とはならない"という意味にもとれる。



<昔の学会指導>
◆700年前、日蓮大聖人様には、当時六老僧といって、6人の高弟がおられましたが、そのなかで、ただ日興上人お一人に、いっさいのものをお譲り渡しになっています。それが、堀米日淳65世猊下まで、血脈相承といって、われわれの御法主上人に、法水の容器は違うが、その内容は一滴ももらさずに伝えられてきているのです。だから御法主上人だけが、御本尊様をしたためることができる方なのです。(『戸田城聖全集』第2巻37頁)
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勝手にコピーした御本尊を拝んでも功徳があるのなら、こんな指導は有り得ない。

◆ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人のお悟(さと)り、唯授一人(ゆいじゅいちにん)、代々の御法主猊下以外にはどうしようもない。だから仏立宗(ぶつりゅうしゅう)や身延のやつら身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ、魔性(ましょう)の力が入っている。だからコワイ(戸田城聖『大白蓮華』98号9頁/『創価学会の皆様へ1』H13.5.3)

◆いわゆる付嘱(ふぞく)のないもの。これは偽札(にせさつ)本尊といって、これを本尊と立てる連中は、御本尊はだれが書いてもよいなどと考えているのである。(『折伏経典』改定32版345頁/『創価学会の皆様へ1』H13.5.3)

◆御本尊を御認めあそばすのは、御法主上人御1人であられる。(乃至)広宣流布といっても、御本尊の御認めがなければできない。われわれは、あくまでも総本山根本、御法主上人厳護の信心で進んでまいりたい(池田大作・昭和57年7月24日・第1回関東会研修『広布と人生を語る』第3巻256頁/『大白法』H16.2.1)

◆日蓮正宗総本山大石寺におわします本門戒壇の大御本尊が、いっさいの根本である。我々の拝受したてまつる御本尊は、血脈付法の代々の御法主上人のみが、分身散体の法理からおしたためくださるのである。(池田大作『広布と人生を語る』第1巻112頁/青年僧侶邪義破折班H17.6.7)

御本尊書写は唯授一人の付嘱を受けられた御法主上人のみがなさることである。第59世日亨上人は有師化儀抄註解で「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり」(『富要』第1巻112頁)と述べられている。(『新版仏教哲学大辞典』初版・530頁)

◆日蓮正宗の根幹をなすものは血脈である。大御本尊を根本とし、代々の御法主上人が、唯授一人でこれを受け継ぎ、令法久住をされてこられた。御本尊を御認めあそばすのは、御法主上人御一人であられる(中略)いくら広宣流布といっても、御本尊の御認めがなければできない。われわれは、あくまでも総本山根本、御法主上人厳護の信心で進んでまいりたい。(池田大作『広布と人生を語る』第3巻256頁/青年僧侶邪義破折班H17.6.7)

◆また信仰の対象としていっさいをささげて南無したてまつる御本尊であるから、総本山においてはご相伝により、代々の御法主猊下おひとりが、おしたためあそばされるものであり、われら信者がうんぬんすべきことではないのである。三大秘法抄、観心本尊抄等の御文に照らして拝察するならば、勝手な御本尊を拝むことが大きな誤りであることが、はっきりわかるのである。これは不相伝なるがゆえに仏法の深義に迷うのであって、不相伝家はみな本尊に迷うということができる。(池田大作・監修『折伏教典』改訂版・315頁/青年僧侶邪義破折班H17.6.7)

このように、戸田城聖氏や日蓮正宗の信徒であった当時の池田大作は、唯授一人血脈付法の御法主上人が御本尊をお認めくださることを当然とした指導をしていた。勝手に御本尊を作るどころか、御本尊について「うんぬん」することさえ厳しく戒めていた。現在の創価学会は、戸田氏の指導、またかつての池田大作の言にそむき「われわれは作るわけにはゆかない」御本尊を、勝手に作っているのである。創価学会の作った「ニセ本尊」が「仏立宗や身延」の本尊と変わらない魔性本尊であることは、これらの戸田氏や池田大作のかつての発言を見れば、当然の道理であることが知られるのである。




【開眼】
<非情の成仏>
●百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る、不審して云く非情に十如是亘るならば草木に心有つて有情の如く成仏を為す可きや如何(『観心本尊抄』全集239頁)
●乃(すなわ)ち是(これ)一草・一木・一礫(りゃく)・一塵(じん)・各(おのおの)一仏性・各一因果あり縁了(えんりょう)を具足す(『観心本尊抄』御書646、全集239頁)
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私達の住むこの地球、さらに広大な宇宙全体も、大きく有情と非情の2つに分けることができます。人間をはじめ、意識のあるすべての生物を有情と言い、木や石など意識のないものを非情と言います。ここで大切なことは、有情はもちろんのこと、非情にも必ず智慧と慈悲を円満に具えた仏の命、すなわち仏性が具わっているということです。(『大日蓮』H19.11)

4●草木成仏とは非情の成仏なり(中略)妙法とは有情の成仏なり蓮華とは非情の成仏なり、有情は生の成仏・非情は死の成仏・生死の成仏と云うが有情非情の成仏の事なり、其の故は我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり(『草木成仏口決』全集1338頁〜)
5●画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、(中略)此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁〜)
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有情の成仏を「即身成仏」、非情の成仏を「草木成仏」という。有情も死後は非情となる。草木成仏は「開眼供養」によって成就する。非情である「画像・木像」も開眼供養によって仏となる(草木成仏)。

非情は開眼供養によって成仏(草木成仏)する




<曼荼羅本尊は非情(草木)>
6●此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何に況や其の已外をや但地涌千界を召して八品を説いて之を付属し給う、其の本尊の為体本師の娑婆の上に宝塔空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士上行等の四菩薩・文殊弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し迹化他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く十方の諸仏は大地の上に処し給う迹仏迹土を表する故なり、是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し八年の間にも但八品に限る、正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し八年の間にも但八品に限る、正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。(『観心本尊抄』全集247頁〜)
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末法に現れる本尊である「本門の肝心南無妙法蓮華経の五字」とは、その為体(ていたらく=有様)の説明(下線部)より、大聖人自筆の曼荼羅御本尊である。この曼荼羅御本尊のことを「寿量の仏」「仏像」とも表現されている。

A●草木成仏とは非情の成仏なり(中略)我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり(『草木成仏口決』全集1338頁〜)
●草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり、経に云く「如来秘密神通之力」云云(『草木成仏口決』全集1339頁)
●御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(『御義口伝』全集760頁)
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 草木成仏によって草木(非情)が「寿量品の釈尊」となる。その例が塔婆である。
 法華経『寿量品』の「如来秘密神通之力」の文は「法華経の行者の一身の当体」すなわち曼荼羅御本尊の依文である。『草木成仏口決』では草木である塔婆が開眼によって「寿量品の釈尊」と顕れることを示され、そのことを「如来秘密神通之力」と仰せである。しかし本来「如来秘密神通之力」とは、非情である曼荼羅が「寿量品の釈尊」と顕れることを示されたものと拝される。

●一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり(中略)されば草木成仏は死人の成仏なり(文永9年2月20日 51歳御作『草木成仏口決』全集1339頁)
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草木成仏、開眼供養に関する御指南の最後に曼荼羅御本尊の御教示がある。「されば草木成仏は死人の成仏なり」とあるが、これは塔婆の開眼供養を「死の成仏にして草木成仏なり」(上記A●)と仰せられたことと同様で、曼荼羅御本尊も開眼によって草木成仏することを示されたのではないか。

●日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ(文永10年8月 52歳御作『経王殿御返事』全集1124頁)
●されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、其の上一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間・二には五陰世間・三には国土世間なり、前の二は且らく之を置く、第三の国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(建治2年7月 55歳御作『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁〜)
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「五色のゑのぐは草木なり画像これより起る」と仰せのように画像は「五色のゑのぐ」に「魂魄と申す神(たましい)を入」れることによって「草木成仏」する。「五色のゑのぐ」が草木であれば「すみ」も当然草木である。草木であれば開眼によって「たましひ(魂)」を「そめなが」すことができるのである。「ゑのぐ」と「すみ」、「魂魄と申す神(たましい)」と「たましひ」という表現の類似、さらに曼荼羅御本尊を「仏像」と表現されていることから考えて、草木である曼荼羅御本尊が開眼によって成仏することは明らか。

曼荼羅御本尊は非情である。だから、開眼供養によって仏となる。




<「木画二像」について>
●法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば家に主のなきに盗人が入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し(『木絵二像開眼之事』全集469頁)
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「木絵二像」とは「仏滅後は木画の二像あり」(『木絵二像開眼之事』全集468頁)とあるように、一往は木像や絵像のことである。

●木絵の二像は本草木にてあり。しかるを生身の妙覚の仏と開眼したもうことは、大事至極の秘曲なり。日蓮聖人乃至日因に至るまで三十一代、累(るい)も乱れず相伝これなり(第31世日因上人著『御消息』妙喜寺文書/『折伏教本』284頁)
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第31世日因上人は、「木絵の二像」を「生身の妙覚の仏と開眼」することは大聖人以来の唯授一人の血脈相伝に基づくと仰せである。つまり、「木絵の二像」を開眼する「秘曲」が大聖人滅後、曼荼羅本尊以外の仏像が完全に排除された後世にまで相伝されているのである。ということは、『木絵二像開眼之事』で仰せの「木絵二像」とは再往、下種仏法の立場から言えば、大聖人自筆の曼荼羅御本尊のことである。

●此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何に況や其の已外をや但地涌千界を召して八品を説いて之を付属し給う、其の本尊の為体(中略)是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し八年の間にも但八品に限る、正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。(『観心本尊抄』全集247頁〜)
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末法に現れる本尊を「寿量の仏」「仏像」と表現されている。この事実と上記日因上人の御指南を考え合わせると、「木絵二像」の中には「寿量の仏」たる「仏像」=曼荼羅本尊が含まれていることが拝せられる。



<木画の開眼と草木成仏>
7●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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「開眼」によってはじめて「生身の教主釈尊」(仏)と成る。

8●木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事は法華経の力なり。天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(『四条金吾釈迦仏供養事』御書993、全集1145頁)
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「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」=「草木成仏」=仏と成る。

開眼=魂魄(神)を入れること=草木成仏

●木画の二像に於ては外典内典共に之を許して本尊と為す其の義に於ては天台一家より出でたり、草木の上に色心の因果を置かずんば木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり、疑つて云く草木国土の上の十如是の因果の二法は何れの文に出でたるや、答えて曰く止観第五に云く「国土世間亦十種の法を具す所以に悪国土・相・性・体・力」等と云云、釈籤第六に云く「相は唯色に在り性は唯心に在り体・力・作・縁は義色心を兼ね因果は唯心・報は唯色に在り」等云云、金錍(こんぺい)論に云く「乃ち是れ一草・一木・一礫・一塵・各一仏性・各一因果あり縁了を具足す」等云云。(『観心本尊抄』全集239頁)
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「木画の二像」を「本尊と為す其の義」は、「天台一家より出でた」ものであり一念三千の法門である。「草木の上に色心の因果を置かずんば木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり」とあるように、草木成仏の原理によって本尊の義が具わるのである。それには「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」(8●)即ち「開眼」(7●)が必要である。

9●詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり。(『観心本尊抄』全集246頁)

10●法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり、故に天台は「一色一香無非中道」と云云(『木絵二像開眼之事』全集469頁)

 凡そ草木成仏とは、一往熟脱に通ずと雖も、実はこれ文底下種の法門なり。その故は宗祖云く「詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり」(9●)と。一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文底に秘沈し給えるが故なり。末師の料簡は且く之を聞く云云。
 今謹んで諸御抄の意を案ずるに、草木成仏に略して二意あり。一には不改本位の成仏、二には木画二像の成仏なり。
 初めの不改本位の成仏とは、謂く、草木の全体、本有無作の一念三千即自受用身の覚体なり。外十三十四に草木成仏の口伝に云く「『草にも木にも成る仏なり』云云、此の意は草木にも成り給ヘる寿量品の釈尊なり」と云云。
 また二十三二十一に云く「又之を案ずるに草木の根本、本覚の如来・本有常住の妙体なり」と云云。総勘文抄に云く「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生して華敷き栄えて世に値う気色なり秋の時に至りて月光の縁に値いぬれば草木皆悉く実成熟して一切の有情を養育し寿命を続き長養し終に成仏の徳用を顕す」等云云。
 応に知るべし、この中に草木の体はこれ本覚の法身なり。その時節を差えざる智慧は本覚の報身なり。有情を養育するは本覚の応身なり。故に不改本位の成仏というなり。
 二に木画二像の草木成仏とは、謂く、木画の二像に一念三千の仏種の魂魄を入るるが故に、木画の全体生身の仏なり。二十八(十三)四条金吾抄に云く「(中略)木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり」(8●)と云云。文の中に「此の法門」とは、一念三千の法門なり。また三十一巻骨目抄に云く「三十一相の木画の像に印すれば木画二像の全体全(※生)身の仏なり、草木成仏といへるは是なり」(10●)と云云(中略)
 またまた当に知るべし、若し草木成仏の両義を暁(さと)れば、則ち今安置し奉る処の御本尊の全体、本有無作の一念三千の生身の御仏なり。謹んで文字及び木画と謂うことなかれ云云。

(第26世日寛上人著『観心本尊抄文段』/『日寛上人文段集』聖教新聞社・初版469頁〜)

 此の部分は「凡そ草木成仏とは」とあるように、草木成仏に関する御指南である。この草木成仏には「不改本位の成仏」と「木画二像の成仏」がある。
 「不改本位の成仏」とは「草木の全体、本有無作の一念三千即自受用身の覚体なり」とあるように、草木も一念三千の当体であり仏性がある。そのため草木の当体を改めることなく因縁によって「終に成仏の徳用を顕す」とするものである。これは、草木が成仏するための基本的全般的法門であり、草木が本尊となるのも、この法門が前提となるといえよう。
 これに対して「木画二像の成仏」は、草木成仏の中でも特に、草木が本尊となる場合の法門であると考えられる。
―曼荼羅は「木画」−
@「今安置し奉る処の御本尊」とは、日寛上人時代のことであるから曼荼羅本尊に他ならない。「草木成仏の両義を暁(さと)れば」とあるように、曼荼羅が「本有無作の一念三千の生身の御仏」となるためには「不改本位の成仏」だけではなく「木画二像の成仏」についても知らなければならないのである。だからこそ「謹んで文字及び木画と謂うことなかれ」と仰せられたのである。つまり、「木画二像の成仏」は曼荼羅が本尊となる場合にも当てはまるのである。
A「木画の二像に一念三千の仏種の魂魄を入るる」とは開眼のことである(8●7●)。「木画」とは一往木像画像であるが、「草木成仏とは(中略)文底下種の法門なり」「木画の二像に一念三千の仏種の魂魄を入るるが故に、木画の全体生身の仏なり」とあるから、再往、曼荼羅本尊に対する言葉であることが分かる。何故なら、木像画像に対して開眼供養したところで、実際には「木画の全体生身の仏」とはならないからである。「草木成仏」が「文底下種の法門」である以上、「三千の仏種の魂魄を入るる」本来の対象は、「但法華経の本門寿量品の文底に秘沈」した「一念三千」の当体となるべき「木画」即ち曼荼羅本尊でなければならない。
―「木画」である曼荼羅には開眼が必要―
木画二像の成仏には「魂魄と申す神を入るる」こと、すなわち開眼が必要なのであるが、「文字及び木画と謂うことなかれ」とあるように、「文字」の認められた曼荼羅も「魂魄と申す神を入るる」こと=開眼によって本尊となる。


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この文章の何処に開眼との言葉があるのでしょうか、「魂魄を入るるが故に」、すでに、魂は入っているのであり、あらためての開眼などは、必要ありません。
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曼荼羅が「本有無作の一念三千の生身の御仏」となることが「木画二像の成仏」に当たることは前述のとおりである。

9●詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり。(『観心本尊抄』全集246頁)
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「木画二像」は「一念三千の仏種」によって「本尊」となる。換言すれば「木画二像」といっても「一念三千の仏種」がなければ「本尊」とはならないのである。曼荼羅についても同様であり、文字があっても「一念三千の仏種」がなければ本尊とはならない。

8●木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事は法華経の力なり。天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(『四条金吾釈迦仏供養事』御書993、全集1145頁)
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ここに「画木」すなわち木画二像が「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」によって「草木成仏」することが分かる。

以上のことから木画二像は「一念三千の仏種」によって「本尊」となる(「草木成仏」)のであるが、「一念三千の仏種」は「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」によって得られるのである。

 木画に「すでに、魂は入っている」のであれば「法華経の力」は無用であり、「木画二像の本尊は有名無実」という言葉も成り立たない。つまり、木画それ自体は草木成仏の当体ではなく「有名無実」である。「法華経の力」によって「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」ではじめて名実共に「本尊」となるのである。
 同様に曼荼羅についても「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ」という行為がなければ本尊とはならないのである。
 尚、ここでは「魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事」を開眼とは表現されていないが、『真間釈迦仏御供養逐状』を拝せば開眼であることは明白である。↓

7●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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「開眼」によってはじめて「生身の教主釈尊」(仏)と成る。

●木絵の二像は本草木にてあり。しかるを生身の妙覚の仏と開眼したもうことは、大事至極の秘曲なり。日蓮聖人乃至日因に至るまで三十一代、累(るい)も乱れず相伝これなり(第31世日因上人著『御消息』妙喜寺文書/『折伏教本』284頁)
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 第31世日因上人は、「木絵の二像」を「生身の妙覚の仏と開眼」することは大聖人以来の唯授一人の血脈相伝に基づくと仰せである。つまり、「木絵の二像」を開眼する「秘曲」が大聖人滅後、曼荼羅本尊以外の仏像が完全に排除された後世にまで相伝されているのである。ということは、「木絵の二像」とは下種仏法の立場から言えば、大聖人自筆の曼荼羅御本尊のことである。
 日因上人は、日寛上人の御説法を拝聴された方である。この日因上人の御指南からも日寛上人が曼荼羅御本尊を開眼されていたことは明らかである。


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「生身の仏」のところは、三大秘法の御本尊様と「信」をとることの大切さ、意義を言われているところです。
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 信の大切なことを御指南であれば"生身の仏と拝すべき"等の表現となるはず。当該部分は草木成仏に関するものであって、草木である曼荼羅等が御本尊となる原理を示されたものであり、御本尊の拝し方を示されたものではない。
 「草木成仏の両義を暁れば」とあるように、草木成仏によって「本有無作の一念三千の生身の御仏」となるのである。



<正師による開眼>
●今の木絵二像を真言師を以て之を供養すれば、実仏に非ずして権仏なり。権仏にも非ず、形は仏に似れども意は本の非情の草木なり。又本の非情の草本にも非ず、魔なり、鬼なり(中略)法華を悟れる智者、死骨を供養せば生身即法身なり。(『木絵二像開眼之事』御書638、全集469頁)
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正師の御開眼なき本尊は「魔」「鬼」が宿ったニセ本尊となり、人々を不幸に落としめていくことを明かされている。

●妙法蓮華経一部一巻小字経、御供養のために御布施に小袖二重・鵞目十貫・並びに扇百本。(『曾谷入道殿御返事』全集1057頁)
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11●この「小字経」というのは細字経のことで、小さい字で書写されたお経のことであります。この書写を曽谷さんが自らなさったか、それともだれかに書かせたかは判りませんが、その書かれた法華経を身延に送られて大聖人様のもとにおいて御宝前に安置し、お経、題目を大聖人様から唱えていただいて、その書写したお経の開眼の儀式を願ったのです。 そして御供養として、まず「御布施に小袖二重」。「小袖」は着物のことで、それが二重ねです。(第67世日顕上人・平成6年10月29日/『大日蓮』H12.11)
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法華経の開眼でさえ、大聖人に依頼するのである。御本尊の開眼を自分でやってよい訳はない。

●金口血脈には、宗祖己心の秘妙を垂示し一切衆生成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり(第56世日応上人著『弁惑観心抄』/研究教学書27−474頁)。

12●法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば家に主のなきに盗人が入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し(中略)法華を悟れる智者、死骨を供養せば生身即法身なり。(『木絵二像開眼之事』全集469頁)
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開眼は「法華を悟れる智者」に限るのです。ここでいう「法華を悟れる智者」とは一般信者ではありません。基本的には大聖人であり、それが無理な状況であれば、大聖人の命を受けた弟子が行うのです。↓

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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開眼は誰が行ってもよいのであれば、わざわざ「伊よ房」にして頂く必要はない。

正師による開眼がない学会本尊はニセ本尊




<邪難粉砕>
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◆法華経は釈尊の父母・諸仏の眼目なり釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり故に今能生を以て本尊とするなり、問う其証拠如何、答う普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり三世の諸の如来を出生する種なり」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏は是に因つて五眼を具することを得たまえり仏の三種の身は方等より生ず是れ大法印にして涅槃海を印す此くの如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず此の三種の身は人天の福田応供の中の最なり」等云云、此等の経文仏は所生・法華経は能生・仏は身なり法華経は神なり、然れば則ち木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし(『本尊問答抄』全集366頁)
◆此の画木に魂魄と申す神(たましい)を入るゝ事は法華経の力なり。(『四条金吾釈迦仏供養事』御書993、全集1145頁)
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開眼供養は、大日経等の劣った経ではなく、最も勝れた法華経でなければならない、と示されたもの。また、法華経であれば、開眼供養は誰がしてもよいということではない(12●)。ここでは、「木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎる」と仰せであるが、では、法華経自体に開眼は必要ないのか?曽谷入道は、わざわざ法華経を大聖人のもとへ送り、開眼供養を頼んでいたのである(11●)。草木成仏の原理からして、法華経のみならず曼荼羅御本尊についても開眼が必要であることは明らかである(<曼荼羅本尊は非情(草木)>参照)。


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『御義口伝』や『御講聞書』にも
 「開とは信心の異名なり」(全集716頁)
 「信心を以て眼とせり」(全集818頁)
 「此の御本尊より外には眼目なきなり」(全集841頁)
等とあるとおり、開眼といっても特別なものではなく、御本尊への信心のことを言うのだと理解できるではありませんか。(新階某)
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 これもまた、こういう御書の文証を引いてスリ替えているのです。つまり、信心さえあれば何もいらないんだという言い方をしているわけですが、創価学会は、その信心自体が十四誹謗のすべてに当たり、間違っておるのです。
 しかも、ここでは『御義口伝』や『御講聞書』の文を挙げて「開眼といっても特別なものではなく、御本尊への信心のことを言うのだと理解できる」と言っておるのですが、この文証そのものが、実は文証になっていないのです。
 『御義口伝』の、
 「開とは信心の異名なり」(御書1728頁)
の文は、諸仏出世の本意である一大事因縁を明かされた「開示悟入の四仏知見」を講ぜられた御文であり、開眼の意の「開」の御教示でないことが明らかであります。
 また『御講聞書』の、
 「信を以て眼とせり」(同1830頁)
の「眼」とは、舎利弗が過去世に乞眼婆羅門に「眼」を乞い取られて菩薩道を退転したことを明かされ、信心の不退を促されるに当たっての御教示であり、これも開眼の意の「眼」ではありません。
 信心がどだい、池田大作の憍慢、計我、浅識、著欲その他、十四誹謗のすべてを受け継ぐ狂ったものである上に、本宗の開眼の本意も『教師必携』等の文書の意味も全く解らず、やみくもにこじつけようとするから、このように、スリ替え、こじつけがたちまち破綻(はたん)してしまうのです。(第67世日顕上人『創価学会の偽造本尊義を破す』)


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◆今末法に入つて、眼とは所謂未曾有の大曼荼羅なり、此の御本尊より外には眼目無きなり云云(『御講聞書』全集841頁)
◆法華経の題目は一切経の神・一切経の眼目なり(『曽谷殿御返事』全集1060頁)
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南無妙法蓮華経の御本尊自体が仏の眼目そのものだから、他宗の仏像のような特別な開眼の儀式など一切、必要ないのだ。(『フェイク』第626号)
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当該御文は末法において、衆生の眼目となるのは御本尊である、と明かされたものであって、御本尊の開眼が不要である、と述べられたものではない。

●普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得・仏の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此くの如き海中能く三種の仏の清浄身を生ず此の三種の身は人天の福田なり」等云云。(『観心本尊抄』全集245頁〜)
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大聖人は「法華経の題目」に限らず「普賢経」についても「眼目」だと仰せである。同経は法華経の結経であるが、最第一である法華経にも眼目の意義があることは当然である。しかし大聖人は「眼目」である法華経自体を開眼供養されていたのである(11●)。つまり、"眼目だから開眼は不要"などとはいえないのである。そもそも、開眼とは眼(目)を開くことなのである。眼目があっても開かなければ意味がなかろう(笑)。


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◆日蓮がたましひを・すみにそめながして・かきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし(『経王殿御返事』)
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開眼しなくとも、御本尊には既に「たましひ」が具わっている。
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 ただ単に御本尊と同じ文字を書き列ねただけでは御本尊ではない。開眼されて初めて御本尊となるのである。開眼によって御文字に魂が入ることを、このように表現されたのである。
 ところで、学会はかつて紙幅の御本尊を無断で板に模刻したことがある。この板御本尊は、御文字が彫られているので、当然「すみ」で認められたものではない。この場合、学会の見解では開眼は必要なのかしら?また、「すみ」に「たましひ」が入っているとしても、それは大聖人や御法主上人が直接御筆をとられた直筆御本尊の場合であろう。学会のニセ本尊のような御形木だと常住御本尊の「すみ」ではなく印刷用のインクだから、「たましひ」は入っていないのではないか?(笑)

●文理真正の経王なれば文字即実相なり実相即妙法なり(『一生成仏抄』全集383頁)
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しかし大聖人は「経王」(法華経)自体を開眼されていたのである(11●)。このことからも、開眼は木像画像等に限らないことが明らかである。しかも、遠く離れた所に住んでいた信徒所持の法華経を、大聖人自らが開眼されていたのである。このことから、開眼は正師に依らなければならないことが明らかである。

●日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ(文永10年8月 52歳御作『経王殿御返事』全集1124頁)
●此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何に況や其の已外をや但地涌千界を召して八品を説いて之を付属し給う(中略)未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。(文永10年 52歳御作『観心本尊抄』全集247頁〜)
●されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、其の上一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間・二には五陰世間・三には国土世間なり、前の二は且らく之を置く、第三の国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり(建治2年7月 55歳御作『四条金吾釈迦仏供養事』全集1144頁〜)
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「五色のゑのぐは草木なり画像これより起る」と仰せのように画像は「五色のゑのぐ」に「魂魄と申す神(たましい)を入」れることによって「草木成仏」する。「五色のゑのぐ」が草木であれば「すみ」も当然草木である。草木であれば開眼によって「たましひ(魂)」を「そめなが」すことができるのである。「ゑのぐ」と「すみ」、「魂魄と申す神(たましい)」と「たましひ」という表現の類似、さらに曼荼羅御本尊を「仏像」と表現されていることから考えて、草木である曼荼羅御本尊が開眼によって成仏することは明らか。


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御本尊を開眼しなければならないなど、御書には示されていない
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木像画像は信徒が作成したものだから、大聖人に開眼を願出る必要がある。それに対して曼荼羅御本尊の場合は、下付する時点で開眼がされているから、ことさら開眼について教示する必要がない。そのために曼荼羅御本尊開眼の御指南がないと拝せられる。しかし、草木成仏に関する大聖人の御指南を拝せば、非情である曼荼羅にも開眼が必要であることは明らかだ(<曼荼羅本尊は非情(草木)>参照)。


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もしも、「法主の開眼が必要である」などと言う、宗門の化儀に無知な輩がいたら、「開眼の儀式は常住御本尊完成のどの段階で、どんな作法をとるのか具体的に言ってみろ!」と厳しく破折しなければなりません。そいつは「宗門第一尊厳の化儀」を破壊する輩であるだけでなく、正しい信心を破壊しようとする悪知識だからです。(新階某)
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今まで破折したことで充分だし、今も既に破折しているわけです。ただし、それ以上に知りたかったら池田教をやめて、ひざまずいて教えを乞え、ということを言っておいてください。(第67世日顕上人『創価学会の偽造本尊義を破す』)


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御本尊の開眼について、草木成仏の意義の上から、教義的な説明を願います
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●此法体相承を受くるに付き尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり此金口嫡々相承を受けざれは決して本尊の書写をなすこと能はず(第56世日応上人『弁惑観心抄』212頁)
●金口血脈には宗祖己心の秘妙を垂示し一切衆生成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり(第56世日応上人『法の道』・研教27-474頁)
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と仰せのように、御法主上人による開眼とは「唯授一人金口嫡々相承」「極意の相伝を御所持なされる」お立場からの崇高なる御境界においてなされるものなのである。しかるにその内容に関しては、血脈相承をお受けなされた御法主上人のみ知るところであり、余人が知る必要もなく、また知ることはできないのである。(『松岡幹夫の傲慢不遜なる10項目の愚問を弁駁す』H17.8.24)



<御形木本尊の開眼>
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●以前から今日に至るまで、あらゆる御本尊は、下附のために総本山から離れる前に、丑寅勤行において法主が祈念をしているということを、再度、申しておく次第であります(第67世日顕上人「全国教師講習会」H9.8)
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>だが、これはウソ八百である。かつて御本尊は末寺から発行され、法主の開眼はなかった。その証拠に、御形木御本尊は昔、各末寺で授与するのがそれぞれ違っていた。
 例えば、妙光寺は55世日布、法道院が56世日応、常在寺が57世日正というように、いずれも有縁の法主の御本尊を独自に印刷・表装・授与していたのである。
 また、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保3年の御形木御本尊は、昭和30年代には池袋の法道院で印刷し、全国の末寺は大石寺を経ずに直接、法道院から受け取っていたではないか。(『フェイク』第626号)

>法主が直接、祈念するわけでもなく、不特定多数の形木本尊に漠然と許可を与えるだけで、なぜ、すべての形木本尊に「法魂」が宿るのですか。
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●総本山においては、歴代上人より現住・日顕に至るまで、こと御本尊に関する一切はことごとく、かたじけなくも諸仏成道の刻みである丑寅の勤行において、下種本因の四妙たる妙境・妙智・妙行・妙位の正義をもって、事の一念三千の御本尊に対し奉り、開眼草木成仏の深意により、妙境妙智一体不二の御祈念を申し上げておるのであります。この行事は、書写本尊、形木本尊その他、一切を含めていささかの例外もありません(第67世日顕上人『創価学会の偽造本尊義を破す』59頁)。
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ここで仰せの開眼の意義は、大聖人の御内証たる唯授一人血脈相承の御境界よりなされる開眼の御祈念によって、允可された一切の御本尊に時間・空間を超えて御法魂が具わることを仰せになられているのであり、汝の顛倒した脳裏で邪推するような軽々しいものではないのである。(『松岡幹夫の傲慢不遜なる10項目の愚問を弁駁す』H17.8.24)
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血脈相承をお承けになられた御法主上人によって御開眼されることにより、御本尊には甚深の功徳が具わり給うのである。日蓮正宗の御法主上人による御開眼のない本尊は、単なる写真印刷のニセ物である。御開眼を不要とする邪義は、まさしく大謗法であり、その恐ろしさは計り知れない。(青年僧侶邪義破折班H17.6.7)

●題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし、我等が小音なれども、題目の大音に入れて唱え奉る間、一大三千界にいたらざる所なし(『御講聞書』全集808頁)

●義理は化法なり、大道理なり・化儀は設けられたる信条なり、諸法度なり御開山の廿六箇条又は当化儀条目の如し又は其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条もあるべし(第59世日亨上人『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻151頁)
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 「廿六箇条」(『日興遺誡置文』)や「化儀条目」(『有師化儀抄』)は、大聖人滅後に付法の上人によって認められたものである。その意味では、相伝・口伝を文書化したものであるが、これらが化法に即した正依であることは学会も異論あるまい。さらに、これら文書化された御指南(相伝・口伝)だけではなく、「其時々々に師より弟子檀那に訓諭せし不文の信条」もまた、『日興遺誡置文』や『有師化儀抄』と同等に扱われるべきである。
 「木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(『本尊問答抄』全集366頁)という能生であるべき「法華経」を大聖人が開眼供養されていた。さらに曼荼羅御本尊についても開眼供養がなされていた。当時は御形木御本尊そのものがなかったのであるから、御形木に関する御指南がなくて当然である。文証が無い以上、御形木御本尊の開眼の要否については、付法の正師たる歴代上人の御指南に従うべきは当然である。(<「大聖人直結」破折><「御書根本」破折>参照)



<御本尊の焼却>
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法主は自らが書写し、あるいは形木にした御本尊に「法魂」を宿らせるのだ、と日顕宗は言う。だが、法魂を宿したはずの返納御本尊を大石寺内で大量焼却している、という矛盾は決定的である。その法魂は焼却してよいのか。結局、法主が伝えるべきは、法魂のごとき正体不明の法体ではなく、法体の教義なのである(脱落僧・松岡雄茂『大白蓮華』H17.9)
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総本山で行われている返納御本尊の御火中については、御法主上人の御許可のもとで、しかるべき施設において丁重に行われている。またお役目を終えられた御形木御本尊に具わり給う御法魂は、丑寅勤行における御法主上人の甚深無量の御祈念によって、大御本尊のもとに還御遊ばされるのである。ゆえに、法魂は焼却してよいのか≠ネどの言は汝の無知蒙昧(もうまい)を証明するものと笑っておく。しかし、それと、汝らの如く、未だお役目を終えていない生身の御本尊を、御法主上人の御意に反し、邪悪な念慮をもって勝手にドラム缶で焼却することとは全く別である。まさに汝らの所業こそ恐るべき破仏法の大謗法行為であり、汝らを無間地獄が待っていることは間違いない。後生を恐れよ。(『大白法』H17.11.16)

 問題なのは、御法主上人の許可もなく、しかもニセ本尊の大量配布にともなう悪辣な意図のもとに焼却をおこなったことである。すなわち、こと御本尊に関する権能は御法主上人にのみ存するのであり、御法主上人の御意に反して勝手に本尊を焼却することこそ大謗法行為なのである。(中略)
 総本山で返納御本尊を御火中申し上げる儀は、御法主上人の御許可のもとで丁重に行われているものである。またお役目を終えられた御形木御本尊に具わり給う御法魂は、御法主上人の御許可のもとに御火中申し上げ、且つ丑寅勤行における御法主上人の甚深無量の御祈念によって、大聖人のもとに還御遊ばされるのである。
 このように総本山において返納御本尊を御火中申し上げることは、汝らの如き、お役目を終えていない御法魂まします御形木御本尊を、邪悪な念をもって焼却することとは訳が違うのである。
 ことに御本尊下付の本来の意義は、御法主上人の御慈悲により御本尊をお貸し下げいただいているということを忘れてはならない。したがって授与者が亡くなったり、継承する家族の不在などによってお役目を終えられた御本尊は、すべて本門戒壇の大霊場たる総本山大石寺に御返納申し上げることが宗門古来の化儀である。その御返納なされた御本尊に関しての御処置は御本尊の一切の権能を所持される御法主上人の裁断によって行われるのであり、汝のような門外漢が云々すべき問題ではない。(『松岡幹夫の傲慢不遜なる10項目の愚問を弁駁す』H17.8.24)




<昔の学会指導>
◆日蓮大聖人は草木成仏の法理によって御本尊を御図顕された。草木成仏口決に「一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり(中略)敢えて忘失する事なかれ」(1339頁)と述べられている(『新版仏教哲学大辞典』初版1006頁)
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御本尊は、非情であり「草木」なのである。「草木」である以上「魂魄と申す神(たましい)を入」れない限り「生身の教主釈尊」(草木成仏)とはならないのである。

◆末法における開眼供養は、ただ三大秘法の大御本尊のみによる以外ないのである(『仏教哲学大辞典』第1巻150頁/『創価学会「ニセ本尊」破折100問100答』161頁)




【授与】
<授与>
●縦(たと)ひ子孫たりと雖も私に之を与へ若し又売買する者は同罪たるべきなり、この旨に背きて師匠の教訓を用ひざる大謗法の輩に於ては自今以後永く本尊を之を付与すべからず(日興上人真筆・定佐渡の国法華衆等の本尊聖教の事『富士日興上人詳伝下』222頁)

●日蓮が重恩の人なれば扶けたてまつらんために此の御本尊をわたし奉るならば十羅刹定めて偏頗の法師と・をぼしめされなん、又経文のごとく不信の人に・わたしまいらせずば日蓮・偏頗は・なけれども尼御前我が身のとがをば・しらせ給はずして・うらみさせ給はんずらん(『新尼御前御返事』全集907頁)
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大聖人は「不信の人」に御本尊を授与されなかった。御在世は、御本尊授与の権能は大聖人お一人が所持されていたのである。では、大聖人滅後はどうか。『池上相承書』や『御本尊七箇相承』等の御指南によれば、日興上人をはじめとする歴代上人方が所持されていることは明らか。

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも・当流にては対境の本尊を授与せられ示書中の人とならざれば・信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、故に宗祖は濫に曼荼羅を授与し給はず・開山は曼荼羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ・尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼荼羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼荼羅を書き散して、僣越の逆罪とも思はざるのみならず・雑乱滅裂全き型式をだに得たるものなし、無法無慙の甚しきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり・慎まざるべけんや、(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)
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ここに、書写と授与と、共に「宗門第一尊厳の化儀」とされている文をしっかりと拝さなければいけない。これは創価学会のような勝手な本尊授与を「不可」として誡められている文であります。(第67世日顕上人『創価学会の偽造本尊義を破す』43頁)

正師に無断で勝手に授与した学会本尊はニセ本尊




<授与書き>
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授与書きというのは、その人の信仰を讃(たた)えるために、後代の高名として書かれるモノだから、別に必要ない。
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●日興弟子分の本尊に於ては一々皆書き付け奉る事、誠に凡筆を以て直に聖筆を黷(けが)す事最も其の恐れ有りと雖(いえど)も、或は親には強盛の信心を以て之を賜(たま)ふと雖も子孫等之を捨て、或は師には常随給仕の功に酬(むく)いて之を授与すとい雖も弟子等之を捨つ。之に依って或は以て交易(こうえき)し、或は以て他の為に盗まる。此くの如きの類(たぐい)其の数多きなり。故に賜はる所の本主の交名(きょうみょう)を書き付くるは後代の高名の為なり(『富士一跡門徒存知事』全集1606頁)
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日興上人が御弟子に与えられた御本尊に願主の名を書かれたのは、後代に、これを盗んだ者が、自分が受けた御本尊だ、などと言えないように、また、御弟子の信仰の強盛さを讃えるために、という理由からである。その願主の名を勝手に削り取って、勝手に多数の人々に与える、という行為は、まさに、この御文の制戒を破る行為である。この『存知事』の文は、まさしく、浄圓寺所蔵の日寛上人御書写の御本尊を盗んでほしいままにしている、学会のような悪業を戒(いまし)める制戒である。(『慧妙』H16.2.1)

●聖祖が何某(なにがし)に授くとか何の為の御本尊であるとか仰せられたとしたら、それ以外の者が勝手に拝するならば聖意の関するところでなく、従つて感応まします筈がないではないか。(中略)御書をよくよく拝読することです。所詮御本尊観の相違です。(第65世日淳上人『日淳上人全集』1389頁)
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「それ以外の者が勝手に拝する」とは、一時的なことではなく、御本尊を受持して常に拝するということか。

★「授与」の権限が御法主上人に存する以上、授与書きを勝手に削除することは越権行為であり、謗法である。




【化儀と血脈】<化儀と血脈>参照)
<信心の血脈><生死一大事血脈抄>参照)

「生死一大事の血脈」とは、釈尊→上行菩薩(大聖人)→日興上人→日目上人→と続く別付嘱に由来別付嘱を受けられた方への同心によって流れ通う。




<師弟相対の信心><「大聖人直結」破折>参照)
師弟の道の大切な教えとして、師弟不二(師弟の心が一つになること)・師弟相対(弟子が師に随順して仏道を歩むこと)などの大切な筋道がある。この師弟の道を正して仏道修行することが成仏の直道である。逆に師弟の道からはずれることは、師敵対の振る舞いで堕獄の因となる。

師弟相対する処が下種の躰にて事行の妙法蓮花経(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻64頁)



<化儀は師弟相対の信心の表明>
化儀は、即化法の表明である。しかして、化法は、大御本尊即大聖人の御内証=唯授一人の血脈を根本とする(<血脈相伝の体>参照)。だから、化儀とは、唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明を基本とする。師弟とは、大聖人→御法主上人→末寺住職→信徒という筋目の上に成り立つ師弟関係である。化儀は、時代状況によって変化しうるが、化儀即化法=「化儀=化法の表明=唯授一人の血脈に対する信を前提とした師弟相対の信心の具体的表明」という原則は絶対不変でなければならない。

日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持(たも)たざらん者をば御用ひあるべからず(『一谷入道女房御書』御書831頁・全集1330頁)
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「たとえ日蓮大聖人の弟子と名乗っても、大聖人より証明された正統な者でなければ用いてはならない」と仰せである。師弟子の筋目を無視して、勝手に「大聖人の弟子」と名乗ることが、大聖人の御心に背く行為であることは明らか。

●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950頁)
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大聖人も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。もし、在家の身で勝手に「法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて」開眼できるのであれば、わざわざ「伊よ房」に「いそぎいそぎ」開眼を命じる必要もない。

行躰行儀の所は信心なり妙法蓮華経なり、爾るに高祖開山の内証も妙法蓮華経なり、爾るに行躰の人をば崇敬すべき事なり云云。(第9世日有上人『化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻61頁)
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師の妙法蓮華経を授け導く一念と、弟子の妙法蓮華経を受け拝する一念は、妙法蓮華経の下に相対して一つになる。「行躰行儀の所は信心なり」とあるように行儀振る舞い(化儀)を忠実に遵守することが信心の表明であり、逆に化儀を守ることによって、信心が深化するといえる(例えば、正しい勤行の実践も化儀の遵守である)。

師弟相対の事、有師丁寧反復是を述べらる。前条にも本条にも、又下にも多く出づ。類文塔婆の下更に細かなり。今時の信仰稍此意を失へる傾あり。或は害あり、或は無し。謂己均仏・現身成仏・師弟不用の高慢より生して、師弟相対を無視する事は大いに信行に害あるものと知るべし(第59世日亨上人・有師化儀抄註解/『富士宗学要集』第1巻96頁)

曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁)



<允可(いんか)>

大切なのは、いかに方法等に変化があっても一貫して総本山の血脈法主の指示乃至、許可によるところの本寺と末寺の関係が厳として存在したということであり、この中心の在り方には絶対に変化がない。(第67世日顕上人『偽造本尊義を破す』31頁)


化儀の前提は、唯授一人の血脈に対する信にある。だから、化儀は、唯授一人の血脈を根本とした師弟相対の信心の具体的表明である。時代状況によって、化儀は変化しうるが、化儀即化法の原理は不変である。より具体的に言えば、化儀がどんなに変化しても、変わってはならない一点とは、その振る舞い行為が時の御法主の認可によるということである。

率都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをば書くべき人にかゝすべし、余の願文意趣の事は然るべき作文の人、能筆尤も大切にて候、又一向其の時の導師無筆ならば代官しても書かすべきなり、是れも師弟相対十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経なる故なり、但し導師計りの外には沙汰あるべからざる事なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻65頁)
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卒塔婆の題目は原則「書くべき人」=「其の時の導師」が書くべきである。しかし、事情によっては「代官」を認められている。代官であっても「導師」の認可、命令によるから「師弟相対」の信心の姿であり、「十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経」となるのである。同じ人の同じ行為であっても、師匠の認可がなければ、「師弟相対」の義が成り立たないから、違法となる。これは、卒塔婆についての御指南であるが、御本尊についても同様に、弟子による代筆が認められることがあった。しかし、あくまでも師の認可が前提である。代筆であっても師の認可・指示の下での行為であるから、ここに師弟相対の義が成り立ち、信心の血脈が流れるのである。

★御本尊の書写、開眼、授与なども化儀であるが、その前提には師弟相対という厳然とした付嘱相伝を根本にした信が必要なのである。そのことは日有上人の『化儀抄』に示す具体的な化儀に、一貫して師弟相対の意義が篭められていることからも明らかである。
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◆いわゆる付嘱のないもの。これは偽札(にせさつ)本尊といって、これを本尊と立てる連中は、御本尊はだれが書いてもよいなどと考えているのである。(『折伏経典』改定33版345頁/宗門作成パンフH13.5.3)

正師による允可なき学会本尊はニセ本尊




<特殊な状況だからこそ認められる化儀>
●但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ(『真間釈迦仏御供養逐状』全集950)
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大聖人様も、弟子に命じて開眼をさせていた。だからといって、誰が開眼してもよいのではない。あくまでも師の命によって行うところに、血脈が流れ開眼の意味が生まれるのである。

●日蓮こい(恋)しくをはしせば、常に出づる日、ゆう(夕)べにいづる月ををが(拝)ませ給へ。いつとなく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり(『国府尼御前御書』御書740・全集1325)

●又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、(『新池御書』全集1444)
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初座において東天を拝む化儀の根拠となる文証だそうである。この御文をもって、御本尊不要などということができないことは勿論である。「御書根本」などと言っても、法門には文字通りに解釈できない場合もあるのである。御指南間で一見矛盾する場合もある。それらを総合的に矛盾なく整合性のある解釈をし、時機に適った正しい化儀を決定するのは正しい相伝によるのである。

●而も強ちに執する者尚お帰依を致さんと欲するには四菩薩を加うることを許すなり。故に四脇士を造り副うるは是れ五人の義に非ず、興師一機の為めに且く之れを許す義なり、故に日興が義と言い、是れを正義と謂うには非ざるなり。(中略)開山上人御弟子衆に対するの日仍お容預進退有り、是れ宗門最初の故に宜しく信者を将護すべき故なり。(第26世日寛上人『末法相応抄』/『富士宗学要集』第3巻177頁)

●然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ(中略)有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふ(第59世日亨上人『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁〜)
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交通の不便や戦乱などのために、常住御本尊を下付できない場合がある。そのような場合には、末寺住職の書写や形木本尊(印刷の本尊)を認められている。しかし、これらはあくまでも仮本尊である。

◆(※内得信仰の時の勤行について)班長の家で拝むのもよいし、自分の家で大石寺の御本尊様を胸に浮かべて題目をあげるのもよい。(『戸田城聖全集』第2巻88頁)

◆独房には、もちろん御本尊はなかった。ローソクも線香もあるはずはない。彼(※戸田城聖)は、差し入れの牛乳の蓋をためて、それを糸で通し、数珠をつくった。それは、獄中での壮絶無比のたたかいであった。(『人間革命』第1巻「黎明」)

★以上のように、本尊については甚深の意義があり、一概にはいえない。しかし、一貫していることは、師の認可のもとに行われるところに血脈が流れて、本尊本来の意義を持つ、ということである。非常時に許されたことが平時に許される訳はないし、ましてや、同じ行為であっても、師の認可のない勝手な行動に功徳が具わるはずもないのである。




【仮本尊】
●然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ・即本文の如し、但し有師已前已に此の事ありしやも知るべからず、然りといへども此は仮本尊にして形木同然の意なるべし、故に守に於いては「判形有るべからず」と制し・曼荼羅に於ては「判形為すべからず」と誡め給ふ、此の判形こそ真仮の分るゝ所にして猶俗法の如し、宗祖の御書中所々に判形云云の事あり・思ふべし・中にも大曼荼羅には殊に判形を尊ぶこと唯一絶対の尊境なるを以つてなり、有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといへど、しかも爾後数百年宗門の真俗能く祖意を守りて苟くも授与せず書写せず・以て寛仁の化儀に馴るゝこと無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり、(第59世日亨上人著『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻112頁〜)
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交通の不便や戦乱などのために、常住御本尊を下付できない場合がある。そのような場合には、末寺住職の書写や形木本尊(印刷の本尊)を認められている。しかし、これらはあくまでも仮本尊である。

●広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す(第26世日寛上人著『法華取要抄文段』)
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広宣流布進展のうえにおいては、全世界の寺院に御安置する常住御本尊を時の御法主上人に御書写いただくことは当然であり、またその時代時代の強信な方に常住御本尊を授与されることは、代々の御法主上人の尊い化儀にましますのである。(日蓮正宗青年僧侶邪義破折班H17.6.7)



<末寺の本尊書写>
●率都婆の事、縦ひ能筆なりとも題目計りをば書くべき人にかゝすべし、余の願文意趣の事は然るべき作文の人、能筆尤も大切にて候、又一向其の時の導師無筆ならば代官しても書かすべきなり、是れも師弟相対十界互具の事の一念三千の事行の妙法蓮華経なる故なり、但し導師計りの外には沙汰あるべからざる事なり云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻65頁)
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卒塔婆についての御指南であるが、御本尊についても同様に、弟子による代筆が認められることがあった。しかし、あくまでも師の認可が前提である。代筆であっても師の認可・指示の下での行為であるから、ここに師弟相対の義が成り立ち、信心の血脈が流れるのである。

●曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし判形をば為すべからず云云(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻71頁)

●有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ・即本文の如し、但し有師已前已に此の事ありしやも知るべからず、然りといへども此は仮本尊にして形木同然の意なるべし、故に守に於いては「判形有るべからず」と制し・曼荼羅に於ては「判形為すべからず」と誡め給ふ、此の判形こそ真仮の分るゝ所にして猶俗法の如し(第59世日亨上人『有師化儀抄註解』/『富士宗学要集』第1巻113頁)



<判形>
御本尊に御判形在る事当家にて唯授一人の相伝なり、尊師之を守る故に御一生の内御自筆の本尊一向に之無きなり。(第9世日有上人『有師物語聴聞抄佳跡上』/『富士宗学要集』第1巻191頁)

●末寺に於て弟子檀那を持つ人は守りをば書くべし、但し判形は有るべからず本寺住持の所作に限るべし云云。(第9世日有上人『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻71頁)

13●曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし判形をば為すべからず云云(第9世日有上人著『有師化儀抄』/『富士宗学要集』第1巻71頁)
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末寺住職の仮本尊下付は、交通不便であった往古の昔において許されたものであり、今日においては、御形木御本尊の下付という形になっている。(『慧妙』H9.7.16)


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14◆御法主ではない日仙が書写した御本尊が、『富士宗学要集』の目録に載っている。それが仮本尊でない証拠に、その御本尊には判形がある。
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 『御本尊七箇相承』(2●)や第3祖日目上人の弟子・日尊の記述(3●)に明かなように、大聖人・日興上人の御本意は、血脈付法の御法主一人しか御本尊を書写してはならない、というものであった。
 しかるに、当時は、いまだ一宗建立のはじめの時期であり、大聖人の御正意が、化儀あるいは法義の上において、明確に体系化して周知されていなかった。
 これが、ほぼ整った形で門下全般に明示されるのは、化儀については第9世日有上人、法義については第26世日寛上人の時であり、それまでは、ある程度、用捨宜しきに随う寛容をもって、一門の化導がなされたのである(例せば、大聖人の御代においても、御正意の御本尊はむろん大曼荼羅のみであったが、しかし、阿弥陀や大黒などを祀るよりは釈尊像、釈尊の一体仏よりは脇士も併せた造立、といった形で、随宜に許された事例が存している)。
 問題の御本尊書写についても、"付弟一人に限る"という御本意が、しばらくの間は門下に徹底されておらず、だからこそ、御遷化の近付いた日興上人が、わざわざ周囲の御弟子に御遺誡になり、また、第9世日有上人は『化儀抄』で上記13●の御指南をなされたものといえよう。
 この義がハッキリと周知されてから後、御法主上人以外の者が、判形も加えた御本尊を書写するならそれは
 「謗法と申すは違背の義なり」(『唱法華題目抄』全集4頁)
で、もちろん謗法となる。
 が、それより以前の、日興上人の時代の日仙師の書写については、挙げてみたところで、何の意味もないことは、もはや申すまでもなかろう。(『慧妙』H9.7.16)



<形木本尊>
●本尊書写は、筆の巧拙にのみよるものではなく、一心浄念に心身一如になさるべきで、その願主の熾烈な信仰に酬いらるるもので、御開山の御用意はもちろんのことであるが、中興日有上人はもとより、代々の写主が本尊に脇書する人名の即身成仏を示すものとなされておる。しかるを、印刷にて間に合わすとは本尊軽賎の至りであるが、時の情勢のいかんにより、または願主の信仰未決のときの暫時の仮本尊ならばしばらく許すべきもあろうが、宗建を去ること遠からざる御開山御存命時代ではいずれの方面にあっても印刷の本尊の扱いは軽賎の罪におちいる。(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝下』227頁)


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われわれは、現代において法主による本尊書写の必要性が失われている、という点を決して見落としてはならない。大石寺門流の僧俗が寺院や家庭に安置している本尊は、通常は、戒壇本尊を書写した歴代法主の直筆本尊(常住本尊と呼ばれる)か、法主の直筆本尊を版木や写真印刷によって複写した本尊(形木本尊と呼ばれる)か、のどちらかである。このうち、複写の形木本尊は伝統的に仮本尊とみなされており、信心決定の後には、法主直筆で授与書きのある常住本尊に取り換えるのが慣わしとなっていた。しかしながら戦後、創価学会の大折伏により、累計で数百万体にも達する本尊下付が行われるようになると、すべての信心決定者に法主直筆の常住本尊を授与することは完全に不可能になった。そこで、漸く印刷の