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寄稿論文

メディアのページ


英国の判例に見る偽レイプ事件の現状

英国ウォーリック大学博士課程在籍
有田晴也

(2000年8月29日付)




過去1年 裁判史に残る大きな出来事

狂言の犠牲者に法的な救済の流れ



 今回、筆者が連載「ワイド版」として取り上げる内容は、英国で起きた虚偽のレイプ告発事件の紹介である。この一年ほど当地では、この種の事件が相次ぎ、メディアで大きな話題となった。以下では、それらの事件を、特に裁判の経過や判決に焦点を当てて取り上げていきたいと思う。もとより、レイプ事件に関しては、虚偽の告発よりも真実の話のほうが多いだろう。それは百も承知の上で、ここで明らかにしたいのは、どこにでも、同じような手口で無実の人を陥れようとする人間がいるということである。

 14年間以上も投獄された男性が逆転無罪に

 「有罪判決を破棄します」――今年四月、控訴院での判決により、ひとりの男性が釈放された。強姦の罪で無期懲役の刑に処せられ、この日まで実に十四年以上にわたり投獄されていたのである。

 一九八六年七月、ある女性の訴えで、この男性は有罪判決を受けた。身に覚えのない罪だった。裁判ではもちろんのこと、刑務所の中でも一貫して無罪を主張してきたが取り合ってはもらえず、逆に、罪を認めないため仮出所も許されなかった。

 転機となったのは、九八年、同じ女性が届け出ていた別のレイプ事件が、全くの嘘だと判明してからだ。彼女は、「あのレイプも作り話だった」と友人に告白していた。控訴審が認められ、もう一度、事件を調べ直した結果、女性の主張に一貫性がなく、外傷も自分で作ったものだと鑑定された。こうして、男性の罪はようやく晴らされたのである。

 判決文は、「無実の個人に対する不当な罪に対し、適切な対策が確立されるよう、この判決は寄与すべきだ」と述べている。『タイムズ』紙のインタビューを受けた男性側の弁護士は、自らの長いキャリアの中でこの判決の瞬間ほど記憶に残るものはないと、冤罪(えんざい)と戦った感動を後に語っている。この事件は、狂言により物理的犠牲をこうむった、最も顕著な被害例である。

 メディア注目例(1) レイプに関する史上初の名誉棄損訴訟

 次に紹介する二つの事件は、よりいっそう悪意を感じさせられるものである。なぜなら、前出の男女がお互いに見ず知らずであったのに対し、これらは当事者が知り合いで、女性の意図がはっきりしているからだ。また、事件に関して起こされた裁判は、どちらも英国の裁判史に残るであろう訴訟となり、メディアでも大きく取り上げられた。

 ひとつは、昨年五月に行われた、レイプに関しての英国史上初の名誉棄損裁判である。当事者の男女は、同じ職場の元恋人どうしで、別れた後も同僚として問題なく過ごしていた。事の発端は、男性に新しい交際相手ができたことである。突如、女性から男性への中傷が始まった。レイプの告発をされ、男性は逮捕される。

 九六年六月、申し立ての事件からすでに十八カ月の歳月が過ぎていた。取り調べの結果、男性は訴追されずに済んだが、職場の人間たちの彼を見る目は、敵意のあるものに変わっていた。配置転換もさせられた。法的には無実ということで解決していても、彼の社会的立場には何ら有効ではなかったのである。彼は意を決し、女性を名誉棄損で訴えることにした。

 この種の中傷に対しての名誉棄損は初めてということで、この裁判は注目を集めた。しかし、高等法院の陪審員たちは、二人の全く正反対の陳述を聞いた結果、どちらの主張を信じるべきか判断がつかず、なんと判決を下すことができなかった(英国では、名誉棄損は、陪審制度が残っている数少ない民事訴訟である)。

 男性の望んでいた結論は得られなかったのである。悪いことに、彼だけがメディアにさらされるという結果にもなった。レイプに関する訴訟では、裁判官が認めない限り、女性は匿名でしか報道できないからだ。彼の失望は大きかった。

 三年にわたる彼の苦悩や怒りが、『デイリー・メール』紙に長文掲載された。彼はその記事の中で、今後も法的な争いを続ける旨、述べている。一方、名誉棄損専門のある弁護士は、『インディペンデント』紙上で、この種の名誉棄損訴訟は決着をつけるのが難しいのではないかと疑問を呈している。ただ、その後の動きを見る限り、この裁判は問題提起としては十分に意義があった。中傷された男性に、名誉棄損という選択を与えるきっかけとなったのである。

 メディア注目例(2) 40万ポンド(6800万円)賠償支払いを女性に命令

 第二の訴訟例は、今年二月に判決が出た、同じく高等法院での名誉棄損裁判である。当事者の男女は、前例同様、同じ職場で働いていたが、それぞれ既婚者で、同僚以上の関係ではなかった。九六年末、女性は突然、上司であるその男性にレイプされた、と会社役員に報告する。彼女が言うには、十カ月前の出来事だった。

 しかし、内部調査の結果、事件が真実ならば到底考えられないような証拠が、いくつも出てきた。会社側は彼女の主張に取り合わず、彼女も警察に届け出ることはしなかった。それでも、彼女は職場で中傷を続け、結局、男性は配置換えとなる。これを機に、男性は名誉棄損の裁判を起こすこととなった。

 裁判の中で、女性の結婚生活が破綻(はたん)をきたし、そのうっ憤を晴らすために、事件をでっち上げたことが判明する。判決は世間を驚かすには十分の内容だった。男性の主張を一致して認めた十二人の陪審員は、原告や判事の想像をはるかに超える、四十万ポンド(約六千八百万円)という巨額の損害賠償の支払いを女性に命じた。また、名前を公表することは「公共の利益であることが明らかである」という判断で、女性の匿名の権利が裁判長によってはく奪された。男性は完全に勝訴し、そして女性は破産した。

 『ガーディアン』紙は何度か判決内容に言及し、この判決は行き過ぎであり、女性から訴える勇気を失わせる、と懸念を表明している。しかし、この判決で注目されるのはむしろ、言われなき中傷による男性の被害が、いかに大きなものかということであろう。男性側はこの点を強調している。

 この種の裁判の判例として、これからこのケースが引用されるのは間違いない。例えば、この四月、女性二人に強姦罪で訴えられ、最終的に無罪となった男性がいるが、彼は、合わせて百万ポンド(約一億七千万円)の損害賠償を、二人に請求する考えを示している。

 法改正へ政府の再検討委員会が報告書

 損害賠償以外にも、偽事件を届け出るリスクは高まっている。昨年十月、キャンパスでレイプされたと届け出ていた女子大生が、実は嘘だったと自供し、懲役二カ月の判決を受けた。翌十一月には、ボーイフレンドを強姦罪で訴えていた女性が、やはり嘘であると自供し、懲役六カ月の判決を受けている。

 以上が最近の目立った判例である。さて、強姦罪に関しては、最近、法改正の動きが起こりつつあるが、これらの判例は、その流れの中で重要な意味を持つと思われる。

 現状ではレイプの立証は難しい。裁判に持ち込んで、訴えられた男性が有罪になる確率は、八五年の二四%から、昨年は六%にまで落ち込んでいる。こうした背景から、政府の性犯罪に関する再検討委員会は、ある報告書を提出した。

 その中では、強姦罪成立の条件を、性交渉における女性の「同意、承諾」(consent)の有無から、女性の「自発的な合意」(free agreement) の有無へと、定義を変更すべきであるとの提言がなされている。女性団体はこの改正案を歓迎したが、一方、無実の罪で有罪になる男性が増える恐れがあると、懸念を表明した法律家が何人もいて、両者がメディア上で意見を戦わせた。

 全体的には、改正の流れは正しい方向ととらえられているようだ。しかし、それが個人的な恨(うら)みなどで悪用される恐れが十分にあることも、忘れてはならないだろう。現在でもすでに、この種の事件は、相手の印象を傷つけるには、最も効果的な手段となっている。

 たとえ有罪にならなくとも、もしくは極端な話、裁判を行わなくとも、事件があったと吹聴するだけで、相手の男性に相当な精神的ダメージを与え、社会的信用を失墜させることができる。それは、ここで紹介した通りである。ただし、狂言による中傷を行った側は、時にそれ相応の報いを受けていることも、最近の裁判の流れは物語っている。

 (有田晴也・英国ウォーリック大学博士課程在籍)

略歴  ありた・はるや 1970年、佐賀県生まれ。創価大学法学部卒。96年、英国のブラッドフォード大学平和学修士号取得。昨年、ウォーリック大学政治・国際学博士課程に進学。専門は安全保障、国際政治理論。論文に「ルソーの国際関係論―その積極的解釈」。





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