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毎週月曜日發行 年五十囘 一月と八月は、一囘づつ休み
皇紀二千六百六十年

週刊日本新聞 第一六七號
   
    [ホームページ] 住所 http://www.pavc.ne.jp/~ryu



平成十二年十二月二十五日(月曜日)
發行所 週刊日本新聞
    〒一一二−〇〇〇一
    東亰都文京區白山五−三五−十二
    電話 〇三−三八一三−七八二五
編輯主幹 太 田  龍
一部三百圓 送料九十圓(プラス)
年間郵送購讀料 二萬圓(適宜分割可)
郵便振替 〇〇一八〇−六−四〇六四四八


《本號の主な内容》

◎ 編輯前記(編輯人から讀者へ)   太田 龍
◎ 宇宙戰略放送(一、一七六號)   太田 龍
    「日本文明」と云ふ言葉、概念、
    そしてその實體についての覺え書
◎ 宇宙戰略放送(一、一七七號)   太田 龍
    メイ・ワン・ホー女史と云ふ、注目すべき、
    新しい型の科學者についての考察
◎ 日本義塾  平成十二年十二月十四日   太田 龍
   繩文日本文明一萬五千年史序論 (講義要旨)
◎ 【EIR 二〇〇〇年十一月二十四日號】 森 通曉 譯
   アメリカの選擧危機とは何か (三)
               リンドン・ラルーシュJr.
◎ 編輯後記   太田 龍





  編 集 前 記(編輯人から讀者へ)

                        編輯主幹 太田 龍


◯ スチーブン・ナイト著「切り裂きジャック――究極の解答」(一九八六年、米國、二百八十八頁)。
  Jack The Ripper: The Final Solution. By Stephen Knight
○ 英國王室の極惡殘虐惡魔主義の正體を完膚なき迄に曝露したこの卓越した英文名著については、數年前に手に入れて塾讀し、何度か紹介した。(「宇宙の眞理」紙上などに)。
○ 改めてこの本を讀み直して居る。
○ マイケル・ハワード著「オカルト・コンスピラシー」五十二頁以下。エリザベス(一世)女王時代、サー・フランシス・ウォルシンガムが、英國祕密諜報機關(ブリテイッシュ・シークレット・サービス)を創設した頃の事情が、やや詳しく、述べられて居る。このあたりのことは、日本民族有志にとつて、必須の教養である。
○ MI5、MI6、SISその他の現代英國諜報機關は、十六世紀後半のこのサー・ウォルシンガム以來四百數十年、首尾一貫して活動を繼續中だ。
○ こんなイロハのイ程度のことですら、日本人は知らされて居ない。
○ アンドリュー・コリンズ(「天使の灰の中から」の著者)の新著作「アトランティスへの入り口――失なわれた文明の源泉に關する調査」(Gateway to Atlantis, By Andrew Collins 二〇〇〇年、四百三十六頁、ヘッドラン社)を讀みかけて居る。
○ これは興味深い。デーヴィッド・アイクの「大いなる祕密」の讀解を補強する最新參考文獻の一册。
○ 「靖國」(靖國神社弘報誌)平成十二年十二月號、十一頁。キリスト幕屋の會(キリスト聖書塾)二千五百名が、十一月三〜五日、靖國神社參拜、だと。この危險なユダヤ惡魔主義團體の眞の意圖に對して靖國神社當局は、警戒心皆無と見受けられる。
○ 神社新報、平成十二年十二月十一日號、八頁。
  「男女共同參画推進條例の危險性」。必讀。
平成十二年十二月十一日記




宇 宙 戰 略 放 送(一、一七六號)

                      平成十二年十二月十日

    「日本文明」と云ふ言葉、概念、
     そしてその實體についての覺え書

   

 私が「日本型文明の根本原理」(平成八年、泰流社、絶版)を執筆して居た當時、日本には、「日本文明」ないし「日本型文明」、と云ふ用語は全く存在しなかつた。
 ところが、米國ハーバード大學教授サミュエル・ハンチントン(三百人委員會正式メンバー)が「文明の衝突」(最初、CFR機關誌「フォーリン・アフェアーズ」に論文として發表。後に單行本化、そして間もなく邦譯本)の中で、現在の世界には八大文明があり、日本文明はその一つである、と述べた、それから、若干の日本のインテリ、學者、著述家が「日本文明」に付いて云々するやうに成つた(變化した)。
 この一件については私は、その都度、「宇宙の眞理」誌上で論評して置いた。
 ちなみに、平成十年十一月以降、「宇宙の眞理」(文明批評學會發行)は「週刊日本新聞」に吸收された。

   

 「ボイス」、平成十三年一月號、八十二頁、梅原猛。
 「アメリカの國際政治學者サミュエル・ハンチントンは、日本は世界の八大文明の一つであると述べた。……八大文明の一つに日本文明が數へ上げられてゐるのは、近代日本の發展を過大評價してゐる面があるとしても、やはり喜ぶべきことであらう。世界的學者が日本文明を認めたことに感謝すると同時に、日本人自身が自分たちの文明の素晴らしさを再認識しなければならない。

   

 この一文を讀むと、恥しさ、情けない氣持ちを抑えることが出來ない。第一、サミュエル・ハンチントンを、世界的學者、國際政治學者、とは、何を云ふか。
 この白癡よ。
 梅原猛イコール白癡。
 このバカは、ハンチントンの正體について何一つ、知らない。
 かう云ふ白癡が日本を代表するインテリ學者として奉られて居る限り、かくの如き賣國奴學問奴隸によつて、日本民族は滅亡へと導かれるしかない。
 第二、世界的學者(ハンチントン)が日本文明を認めた(八大文明の一つに日本文明が數へ上げられた)ことに感謝する、と云ふ。
 救ひやうのないバカ、バカの3乘。
 ハンチントンは、單なる國際政治「學者」の一人、でもないし、單なるハーバード大學「教授」の一人、でもない。
 ハンチントンは、れつきとした三百人委員會(ジョン・コールマン博士著「300人委員會」、KKベストセラーズ、四百五十九頁、300人委員會の過去および現在のメンバー。サミュエル・ハンチントン教授)の中樞戰略家の一人である。
 彼の著作「文明の衝突」は、三百人委員會による、世界統一、ないし、世界人間牧場構築のための最新行動計画書である。
 つまり、
我々(三百人委員會)は世界をこのやうに作り變へるぞ、
 と云ふ設計書である。
 彼曰く、
 資本主義對共産主義、
 この體制間鬪爭の時代は終つた。
 次は、文明の衝突の時代と成る。
 そしてその臺本は次の通り。
 今、世界には八つの大文明が存在する。
 、西歐(ユダヤ・キリスト教)文明。
 、イスラム文明。
 、中國(儒教)文明。
 、インド(ヒンドゥー教)文明。
 、ロシア(キリスト教東方正教)文明。
 、中南米文明。
 、アフリカ文明。
 、日本文明。
 これら八つの主要文明間の衝突は、究極的には、西歐(ユダヤ・キリスト教)文明對イスラムプラス中國(儒教)文明の對決へと收斂される。
 より正確に云へば、三百人委員會は、そのやうに状況を演出する。
 そして、結局、西歐(ユダヤ・キリスト教)文明が、イスラムプラス中國(儒教)文明を打倒する、と(暗默のうちに)云ふのであらう。

   

 インドはどうするのか。
 インドはパキスタンとの衝突を増幅させ、西歐文明陣營に引き寄せる。
 中南米とアフリカも西歐の支配下に。
 ロシアは、解體して西歐の管理下に。
 最後に日本を彼等(三百人委員會)はどうするつもりか。
 ハンチントンは、
 西歐對イスラム・中國(儒教)聯合の對決が昂進して行くにつれて、日本は二つに引き裂かれる。
 一方は西歐に、
 他方は、中國に。
 と「豫測」する。
 しかし、もちろんこれは「豫測」などではない。
 我々は、日本を引き裂くぞ
 と云ふ作戰計画の提示である。
 日本民族としての一體性を粉々に打ち碎き、
 親米親西歐派と、
 親中共派とに、
 眞二つに引き裂く、と云ふ。

   

 つまり、ハンチントン教授が、「日本文明」なるものを、世界の「八大文明」の一つに擧げたその思惑は、何も、日本を高く評價し、賞讚するためではない。
 その「日本文明」は「標的」(の一つ)とされたのである。
 ところが、
 梅原猛と云ふ救ひやうのないバカは、
 世界的學者ハンチントン教授が、日本を八大文明の一つとして擧げてくれたことに感謝する(!)だと。

   

 江戸時代、幕末そして明治以降、日本が、中國、インド、西洋に對峙した、一つの獨立した、獨自の文明であることを主張した思想家、學者は存在したのか。
 然り、もちろん、そのやうな説は存在した。
 第一、水戸の會澤正志齋(「新論」)。
 第二、幕末の國學者、大國隆正。
 この二人は、幕末までは志士の間に大きな思想的影響力を持つたが、明治に入つて、岩倉大久保木戸國賊一味が西洋に投降した。
 その結果、日本のインテリエリート智識層は、百パーセント、賣國奴と化した。
 例外は一人も居ない。
 そこで、「エリート」とは全く別の領域から、新しい思想潮流が生まれた。
 第三、田中智學。彼は、日蓮佛教の新解釋に依據して、日本こそ世界の指導國たるべきであるとした。いはゆる「國體學」である。
 第四、神道系からは今泉定助。
 第五、同じく、友清歡眞(天行居)。
 以上の三人は、敗戰と共に、舞臺から姿を消した。
 國際政經學會(昭和十一年から二十年)を中核とする人々は、大東亞戰爭を、
 皇國日本とユダヤの決戰、
 として位置付けたが、これも、敗戰と共に消えた。
 第六、昭和十年代、とりわけ昭和十六年以降は、「皇道文明」、と云ふ用語が、頻繁に出現したが、敗戰と共に葬むり去られたかのやうに見えた。
 第七、長谷川如是閑は、大東亞戰爭中の雜誌論文で、「日本文明」について云々して居る。これについては、別の場所で論評した。
 第八、そして最後に、橘孝三郎。
 この人は、昭和七年、いはゆる五・一五事件被告、長期間獄中に在り、敗戰後、茨城縣下、愛郷塾に據つて、民族派運動を繼續、
 「天皇論」全五卷(五千頁餘)を公刊した。
 その中に「皇道哲學」「皇道文明」が含まれて居る。
 私はその二卷(第四卷、第五卷)を今手許に持つて居ないが、
 第二卷、天智天皇論、
 その第二十三章が「皇道文明優越論」、
 とされて居る。
 それによつて、橘孝三郎の「皇道文明」説の骨骼は知ることが出來る。

   

 前掲「天智天皇論」、七百二十頁から引用する。
 
 ……そこで皇道文明の定義を掲げる。
 皇道文明とは、大八州國日本に土着せる日本人がすめらみこと信仰、即かむながらの道、即、すめらぎの道、即ち皇道を基本として皇道國家を興し建てることによつて、その福祉を永續たらしめ得た歴史的現象である。即ち皇道文明は皇道國家を意味し、皇道國家は皇道文明を意味する。皇道國家と皇道文明とは日本人の歴史的生活に於て、一にして二ではない。日本人が皇道國家を興し建てる事に由つて、永續せる福祉をもたらし得た歴史的現象を、皇道文明と曰ふ。(傍點は原文)
引用終了
   

 この「定義」は頂けない。
 いはゆる同語反復。
 皇道、すめらみこと、かむながら、……
 これらのことばが、何も説明されて居ない。
 獨斷的に前提させるのみ。
 空轉して居る。

   

 橘孝三郎は、敗戰後二十年、「皇道文明」と中國、西洋の文明を比較して、皇道文明が世界でもつともすぐれた文明であることを論證しやうとする。
 しかし、遺憾ながらまるで力不足である。
 日本型文明は、次の如く定義される。
  、地球生え拔き唯一純粹正統人類文明である。
  、西洋は、異星人とその手先、祕密結社の地球征服基地である。西洋(中近   東、地中海、エジプトを起點とする)から出發して、彼等(異星人とその祕密結社) は世界人間牧場を構築しつつある。それを「彼等」は、唯一普遍的「文明」と自稱 する。
  、「彼等」の「文明」の根本原理は、
   ○自然征服から自然破壞へ。
   ○家畜制度を根本とする。
   ○地球原人を家畜人へ。
  、「彼等」の手がユーラシア大陸東部に伸びて來たのは、BC四〇〇〇年以降。
   まづインド。次に中國黄河流域へ。
  、中國大陸を經由して「彼等」の侵掠部隊の尖端部分が日本列島に密入した 
   のは、BC四、五、六、世紀頃。
    かくして、日本は、そのあと二千數百年に渡つて、異星人とその祕密結社
   勢力との戰爭状態に入る。
  、日本型文明の根本原理は、
   ○自然征服思想を斥ける
   ○自然隨順型文明。
   ○萬類共尊型文明。
   ○家畜制度を禁止する。已むを得ない場合もそれを最大限に抑止する。
   ○精神的靈的向上に努める。
   ○文武一體。
   ○武は「神武」
  、日本型文明を正しく理解し、實踐し、位置付けするためには、繩文日本文
    明一萬五千年の歴史(その修史)が前提とされねばならない。

   

 現時點に於て、我々の日本文明論の出發點は、西郷隆盛と「或る人」(大久保利通)との論爭、ここに設定しなければならない。
 「南洲遺訓」(岩波文庫版)八〜九頁參照。
平成十二年十二月十二日記
太田 龍

 小紙前號(一六六號)誤植訂正
         誤→正
 4頁上段4行目 海部悌治著→渡部悌治著
 9頁上段2行目 反撥しない→反應しない
 9頁下段5行目 日刊誌→月刊誌
 11頁下段7行目 銃殺されて→暗殺されて
 12頁上段から3行目 受けたい以下の→受けた以下の
 12頁下段から11行目 唯一人、鋭く、西洋→唯一人、西洋 




  宇 宙 戰 略 放 送(一、一七七號)

                     平成十二年十二月十三日

  メイ・ワン・ホー女史と云ふ、注目すべき、新しい型の
  科學者についての考察
  

 メイ・ワン・ホー(Mae-Wan Ho)博士の著作(Genetic Engineerings; Dream or Nightmare, The Brane New World of Bad Science and Big Business、初版一九九八年)を知つたのは、昨平成十一年初頭、ビナ・ロビンソン女史がニューヨークで發行して居る「ザ・アボリッショニスト(動物實驗廢止運動のニュースレター)」の書評である。
 早速、この本を手に入れて通讀し、小紙上でも紹介論評した。
 三交社が本書の版權を取得して日本語譯を刊行しやうとしたところ、著者メイ・ワン・ホー博士は、増補第二版を準備中であるから、日本語譯はその第二版で出してほしいとの希望であつた。
 平成十二年十一月、その第二版による邦譯が三交社から刊行された。

  メイ・ワン・ホー著 小澤元彦著
  遺傳子を操作する
   ――ばら色の約束が惡夢に變はるとき――
             三交社
             平成十二年十一月
             二八〇〇圓
  

 メイ・ワン・ホー。
 この名前が、ヨーロッパ系でないことは明白だ。
 香港出身、と云ふことだから、中國系のやうにも受け取れる。
 香港から米國に留學し、生物學を學ぶ。
 のち、英國に渡る。
 參考文獻を見ると、ホー女史の一番古ひ著作は、一九七六年、と成つて居る。
 年令は分らないが、五十歳代、ないし六十歳前後、と推定される。
 數十點の著作、論文、共著論文が擧げられて居る。
 一九八四年、
 メイ・ワン・ホー、P.T. Sanders〃ネオ・ダーウヰニズムを超へて。新しい進化の枠組のための序論〃 London: Academic Press
 これはをもしろさうだ。
 一九九〇年代にはきはめて多くの著作、論文を書いて居る。
 つまり、生物學者として、この二十年、きはめて精力的に仕事をして居る樣子である。
  

 本書「遺傳子を操作する ――ばら色の約束が惡夢に變はるとき」は、同博士の學説を、一般讀者向けに出來るだけ分り易く解説すると共に、今、進行中の遺傳子操作テクノロジーの危險性を警告し、手遲れにならないうちに遺傳子工學の凍結と停止のための行動に立ち上がるやう訴へて居る。
  

 本書の中で、もつとも重要な部分は、百六十三頁、「圖5−2、新舊の遺傳學」と云ふ圖、及びその説明である(第5章 機械的生物學の終焉、結論)。
 以下その圖を引用して置く。













  

 日本(のみならず全世界)の子供たち、そして、學生たちは、分子生物學が生命の祕密を解明した、と教へられる。
 そしてその生命の祕密とは、遺傳學の「セントラル・ドグマ(中心教義、ないし中心原理)」と呼ばれる。
 そのドグマ(原理)は、

  DNA→RNA→タンパク質

 と表示される。
 つまり、DNAから一方向的に(又は綫形的に)指令が出されて、RNAを通じてタンパク質が作られる、と云ふ。
 ところが、一九五〇年代に形成された、この分子生物學、ないし分子遺傳子學、遺傳學の根本原理なるものを適用して、遺傳子を盛大に、いじくりまはして行く。
 さうして居るうちに、なんと、皮肉なことに、その實驗そのものが、この「セントラル・ドグマ」なるものを、完全に葬むり去つてしまつた、
 と、メイ・ワン・ホー博士は云ふ。
 それはいかなる意味か。
「新しい遺傳學」の圖を、良く、觀察して下さい。
 a(舊遺傳學)とb(新遺傳學)はまるで別のもの。
 新遺傳學の枠組では、DNAは、mRNA(メッセンジャーRNA)、タンパク質の働きかけでも變化するし、内部環境、外部環境との相互作用によつても變化する。
 つまり、DNAは、後成的(エピジェネチック)である、とする。
 從つてこの學説を、後成説(エピジェネチック・セオリー)と呼ぶこともある。
 しかしその云ひ方は十分に適切でない。
 ホー博士は、ペニシリンの例を擧げて居る(第7章 狂暴化する細菌)。
 二十世紀を囘顧する記事の中で、
 ペニシリンは、二十世紀最大の發見、
 などと云ふ、恐ろしくバカ氣たことを口走る阿呆が居た。
 一九二九年、A・フレミングは、アオカビからペニシリンを抽出した。
 一九三八年から一九四一年にかけて、H・W・フローリーらが、このペニシリンを醫藥品として利用することを思ひついた。
 ペニシリンは、抗生物質と呼ばれる。
 ペニシリン以外に多くの抗生物質が發見され、細菌感染症の治療は飛躍的に「進歩」した。
 と云ふ。
 これを以て、二十世紀最大の發見、とするのであらう。
 しかしこれは早とちりであつた。
 僅か三、四十年の間に、多くの細菌が抗生物質に對する耐性を獲得してしまつたのだ(前出、二百四〜七頁)。
 この事實は、マスコミ紙上にも、時折、報道されるから、一般人も、耳にはして居る。
  

 この事實は、舊遺傳學(遺傳子決定主義)では全く説明出來ない。まるで「不合理」「非合理」なのだ。
 細菌が耐性を獲得すると云ふことは、遺傳子(DNA、RNA)が變化した、ことを意味する。
 これは一體何事か。
 現在、世界の生物學界を支配して居る絶對的權力は、「ネオ・ダーウヰン主義」である。
 このネオ・ダーウヰン主義(新版ダーウヰン主義)とは、
 、ダーウヰンの弱肉強食生存競爭による生物進化論。
 、メンデル遺傳學。
 、突然變異説(遺傳子の突然そして偶然の變異が生物進化の根本原因である、と云ふ説)
 、遺傳子決定論(一九五〇年代に形成された)
 以上、四つの學説を集大成したものだ。
 この學説が正しいと假定すると、多數の細菌の遺傳子が、三、四十年の間に、ペニシリンなどの抗生物質に對して生き延びられる方向に自分を變へる、
 などと云ふことは、絶對に起り得ない。
 起つてはならないことなのだ。
 從つて「生物學權力體」はこの事實を認めることが出來ない。
「生物學權力體」。
 この用語は、伊逹に使はれては居ない。
 これは文字通り。
 學者は絶對權力の御用商人である。
 賣春婦、ないし、學問奴隸、と云つても良い。
  

 西洋では、科學技術は、權力の武噐である。
 しかしその「權力」とはいかなるしろものか。
「資本主義經濟理論と遺傳子決定論は、一九世紀の大英帝國といふ同じ根から發してゐる。競爭と搾取のイデオロギーは、そのイデオロギーを生んだ社會の現實を正當化し、襃め稱へた。社會のかうした現實が、科學を裝ふイデオロギーに形を與へ、人々の無意識にまで滲透させた。二つの理論が手を結んだことが、大英帝國による世界征服を可能にしたのだ。」(前出、三百三十二頁)、
 と、ホー博士は述べて居る。
 これはまあ、ごく表面的な見方としては間違つては居ないだらう。
 しかし、我々は、そんな程度に留つて居てはならない。
 デーヴィッド・アイク著「ロボットの叛亂――靈的復興の物語(The Robots' Rebellion; The Story of the Spiritual Renaissance)」(一九九四年、英國)
 第九章 科學の支配(科學による支配)
     The Rule of Science
 この文章は、この際必讀だ。
「世界的超祕密結社は、シュメールとエジプト以來六千年、その成員の數と權力に於て、驚くべきほど巨大な勢力に成長した。それは、今や、世界制霸(ワールド・ドミネーション)に向けて、新しい方向に足を踏み入れる。」(前出、百三十九頁)。
 つまり、ここで、アイクは、十七世紀、世界的超祕密結社は、宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム)による支配から科學による支配へと、政策を轉換した、
 と云ひたいのである。
 もちろん、宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム)は舞臺から消えては居ない。けれども、「彼等」の支配の主たる形態は「科學」へと變更された、と云ふ。
 そして、その場合、彼等の「科學」を管理する中樞機關として、英國王立協會が設立された、と云ふ。
  

 英國王立協會。
 設立當初のその中核體は、薔薇十字會、である、と云ふ。
 薔薇十字會とは何者か。
 デーヴィッド・アイク著、「大いなる祕密」(三交社)
         薔薇十字會
  上卷 313、354〜366、370、372、375、390〜392、395〜396、398〜399、402、404、407、420
  下卷 72、157、205、232、336、374
    (注 三交社版下卷、73頁、とあるのは、72頁の誤植)
 以上を參照して下さい。
 つまり、十七世紀以降勃興した西洋の「科學」なるものは、他ならぬ、世界的超祕密結社の一支隊としての薔薇十字會によつて演出された、
 と云ふのである。
  

 いはゆるルネッサンス、と云ふ。
 そのルネッサンスから十八世紀啓蒙主義を現在に至る西洋の科學の「發逹」史に於て、二つの流れが存在する。
 一つは、世界的超祕密結社直系の科學者、ないしそのヒモ付き、その手先、その奴隸。
 二つ目は、世界的超祕密結社のヒモ付きでない、獨立した學者。いわぱ、マーヴェリックな學者。「マーヴェリック(maveric)」と云ふ用語は、もともと、十九世紀米國、誰の所有でもない家畜(畜牛)、を意味するが、その原義から轉じて、獨立獨歩の人間、の意味。
 前者の代表格は、
   ガリレオ
   ニュートン
   ベーコン
   デカルト
   ダーウヰン
 後者の中に、ライプニッツが含まれるかどうかは微妙だ。
 ラマルクはここに入るであらう。
 この第二の潮流の學者は、例外なく、生存中も不遇であり、死後は完全に忘れられる。
 メイ・ワン・ホー博士。
 この人は、中國系(?)ではあるが、西洋の科學(生物學)界で仕事をして居る。
 西洋科學界の流れの中に位置付けるとすれば、ホー女史は、第二の流れ、即ち、世界的超祕密結社の中心メンバーでもなく、そのヒモ付きでもなく、その學問奴隸でもない、獨立獨歩型の學者の一人、
 と評價出來る。
平成十二年十二月十三日記
太田  龍




日本義塾
 平成十二年十二月十四日

  繩文日本文明一萬五千年史序論
                    (講義要旨)

                           太 田  龍


 一、異星人の地球介入干渉説の是非。
この件を片付けない限り、
人類史、その一部としての日本史の研究は、
先へ進めない。
と云ふことについて、


 二、人類のいはゆる殘虐性について

 人類の恐るべき殘虐性については、
  無數の事實、證據

 それは
  (イ) 人類の本性なのか、
  (ロ) それとも、さうではないのか、
      異星人の地球介入干渉に
      由來すると見て良いのか。

 參考文獻
  柳内伸作著
   殘虐の民族史(光文社・カッパ)
   西洋拷問−處刑殘酷史(日本文藝社)
   世界史世にも殘酷な話(  々  )


 三、人類學上のいはゆる新人(ホモ・サピエンス)は、
   異星人による操作の産物である、
   と云ふ、ゼカリア・シッチンの説、
   その是非。


 四、人類學上の、
   原人     これは異星人の加工なし。
   舊人     


 五、北京原人
   ジャワ原人
   ここには、異星人の手は及んで居ない、
   と見て良いのか。


 六、アジアに、異星人の介入干渉の手が伸びたのは
   何時頃か。
   アジア人は、アジアの地に於て、
    原人     舊人     新人と
    進化して來たとするか、

   異星人が加工した新人(ホモ・サピエンス)が
    西方からアジアに移動徙遷して來た、とするか。


 七、いはゆるノアの大洪水は、アジア、及び東アジアに
   いかなる影響を及ぼしたか。


 八、最近の調査によれば、長江(揚子江)稻作文明は、
   七、八千年前に遡ると云ふ
   そこに異星人介入の痕跡はあるのか
   それともさうでないのか。


 九、異星人が大洪水のあと、彼等の文明をエジプト、
   中近東一帶に再建し始めたのが、BC五〇〇〇年前後。
   シュメール文明の出現がBC四〇〇〇年以降。
   その影響はアジアに及んで居るか。

        インダス文明はここに位置付けられる。


 十、BC二〇〇〇年頃、
   異星人の内部鬪爭によつてエジプト中近東の
   彼らの基地が壞滅する。(ガガリア・シッチンの説)。
   その影響はアジアに及んだか、
   インダス文明は崩壞した。


 十一、アーリア人問題。
    デービッド・アイクの説。
    大洪水の前後、異星人は、コーカサス山地に避難場所を作り、
    そこで、彼らのエージェント(代理人)となるべき人種を育成
    した、それがアーリア人である、と云ふ。
    この問題については、
    L・A・ワッデル(一九三〇年代まで活躍した英國の學者)
    が重要である。

    例のアルバート・パイクが、アーリア人問題をとりわけ重視
    して居ることは興味深い。



 十二、異星人とその代理人、祕密結社による、
    アジアへの侵掠開始。
    BC二〇〇〇年以降

   インドへ。
    これは、アーリア人のインド侵入、
    として既に明らかにされて居る。

   中國へ。
    夏、殷以降。

   騎馬民族。
    スキタイ。

      このスキタイが大問題。

        アーリアの變種


 十三、東アジア、中國への異星人、祕密結社權力の侵攻が、
    二本立てで實施された、と云ふ説を立てる。

   インドを侵掠したと、同種のアーリア系軍團による征服
      殷周そして秦漢  

   スキタイ(アーリア)に始まる騎馬軍團

       トルコから滿州まで、


 十四、日本列島に、異星人とその槇祕密結社の影響が
    到逹したその端初は、中國戰國末期秦そして前漢時代。
    BC五世紀〜BC一世紀。
    繩文末期から彌生初期、とする。

    その尖端部分が、出雲教。

      これは、スキタイに發する騎馬軍團の流れのその末。


 十五、日本民族の歴史。

    第一期 異星人の介入干渉なしに、獨立した日本列島、
        地球生物全體社會生え拔きの人類正統文明を
        生成發展させた時代

             二千數百年前、まで。

    第二期 異星人とその祕密結社の猛毒が侵入滲透し始め、
        それと戰ひつつ防衞のために民族と國家を建設
(途中略)開始する。そしてそれは人類を滅亡の危機から
        救ひ出す戰ひでもある。


 十六、繩文日本文明の一貫性、正統性は、天照大神。
    内宮。皇統。日本語。

   皇統斷絶の危機三度。
     出雲邪教集團による大和乘つ取り、天照大神祭祀追放。
          飛騨高天原天ノ朝の傳統を守る人々は、
          賤民とされた。

             豐鍬入姫、倭姫による反撃。
     崇峻天皇の弑逆。
          大化改新による反撃。

     孝明天皇弑逆。

        反撃はなされたがすべて失敗。


 十七、日本原住民史




    中國原住民史




    世界原住民史





    地球まるごと刑務所牢獄化せんとする
    異星人とその手先祕密結社に對する戰ひ。


    その戰ひの第一歩としての、歴史の修正。


  十七、慶應二年(一八六六年)十二月以降の日本人は
     二つに分けられた。
      第一 孝明天皇弑逆を「是」とするもの。
         ないしそれに追從するもの。

           日本人の殆どすべて。

      第二 孝明天皇弑逆を、公然、非、とするもの。
         そして、
        ユダヤイルミナティ世界權力
      ロスチャイルド   サッスーン   グラバー   
                 薩長首腦   木戸(桂)  
                 伊藤     岩倉   孝明天皇弑逆
      この大逆罪を公然彈劾する。
      そのことこそ、
      繩文日本文明一萬五千年史修史の起點である、と云ふこと。
(了)


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