毎週月曜日發行 年五十囘 一月と八月は、一囘づつ休み
皇紀二千六百六十一年
週刊日本新聞 第一七八號
[ホームページ] 住所 http://www.pavc.ne.jp/~ryu
平成十三年三月十九日(月曜日)
發行所 週刊日本新聞
〒一一二−〇〇〇一
東亰都文京區白山五−三五−十二
電話 〇三−三八一三−七八二五
編輯主幹 太 田 龍
一部三百圓 送料九十圓(プラス)
年間郵送購讀料 二萬圓(適宜分割可)
郵便振替 〇〇一八〇−六−四〇六四四八
《本號の主な内容》
◎ 編輯前記(編輯人から讀者へ) 太田 龍
◎ 宇宙戰略放送(一、一九八號) 太田 龍
人類進化史、いはゆる學界定説を根本から疑ふことが必要だ
◎ 宇宙戰略放送(一、一九九號) 太田 龍
米英(ユダヤイルミナティ)日本占領軍戰爭犯罪の斷罪へ
◎ [再録]宇宙戰略放送 第六五五囘 平成八年三月三十一日
◎ [再録]宇宙の眞理(平成十年二月號)より
宇宙戰略放送 第八五七囘 平成八年三月三十一日
◎ [再録]宇宙戰略放送 第八五八囘 平成九年十二月二十一日
◎ 柴田良保著「自由民權、村松 愛藏とその豫告」(昭和五十九年)(連載2)
その豫言 日本國の滅亡する日
◎ 【白人アーリア民族抵抗運動二〇〇一年三月號】
ジャネット・ランキンに關する特別調査 森 通曉 譯
◎ 編輯後記 太田 龍
編 集 前 記(編輯人から讀者へ)
編輯主幹 太田 龍
◯ 「主語廢止は、いはば明治大正の先學たち[國語學、國文法の學者たち]が結んだ不平等條約の破毀なのである。……主語温存は日本文法の不振不信を長引かせる以外の效能がない。」(三上章著「日本語の論理――ハとガ――」、百六十一頁、くろしお出版。一九六三年第一版。一九九六年第十二刷)。
○ 三上さんのこの表現は痛烈だ。
○ さう思ひませんか。痛快、と云つても良い。
○ フランス社會科學高等研究院教授、オギユスタン・ベルク氏「日本の自意識は述語の論理」(東亰新聞、平成十三年三月二日夕刊文化欄)。この學者の日本語論は、失禮ながら、まるでダメ。
○ 「WAR(白人アーリア人抵抗運動)」二〇〇一年三月號着。第一面に、すこぶるつき白人美女の寫眞。この女性は、ジャネット・ランキン(一八八〇−一九七三年)。第二頁の説明を讀むと、同女史は、一九四一年十二月八日、米國議會で、ただ一人、ユダヤ=ルーズベルトの對日宣戰布告決議に反對投票をした女傑、とのこと。もちろん寫眞は彼女の若いときのもの。
○ この記事は、是非、小紙に紹介したい。
○ トム・メッガーさんの「WAR」は、何者に抵抗しやう、と云ふのか。ユダヤ世界權力に對して。今や、白人アーリア民族はシオニスト・ユダヤ世界權力によつて、絶滅寸前の死地に追ひ詰められた、とメッガーさんは主張する。
○ ジム・マーズ(「異星人の行動計画(エヒリアン・アヂェンダ)」の著者)の新著「超能力靈能者スパイたち(PSI SPIES)」(二〇〇〇年、百九十頁)、着。
○ ここには、とりわけ二十一世紀の近未來に於て、非常に重要なことが書かれて居る。
○ 前號から柴田良保著「自由民權、村松愛藏の豫告」の卷末部分を何囘かに分けて連載する。この著者は、昭和十九年に不朽の名著「世界映画戰爭」を公刊した「柴田芳男」と同一人物である。この人は、敗戰までは「反ユダヤ」であつたが、敗戰後は、その節操を貫徹はしなかつたやうだ。
平成十三年三月四日記
宇 宙 戰 略 放 送(一、一九八號)
平成十三年三月六日
人類進化史、いはゆる學界定説を
根本から疑ふことが必要だ
拙著「繩文日本文明一萬五千年史序論」第一章で、私は、繩文以前の歴史についても、ごく簡單に觸れた。
その際、世界の人類學界が定説として居る人類進化史の圖式(靈長類の猿→猿人→原人→舊人→新人→ )を受け入れないわけに行かない。
現在まで、世界人類學界の常識によれば、日本列島に原人は來て居ない。
新人がアフリカで生まれてから世界に擴散する。そしてその新人が日本列島に到着したのは、二、三萬年前か、ないしはその後、
とされて居ると云ふ。
つまり、この説を受け入れるなら、日本列島には、原人も舊人も生存の餘地がない。
しかし、戰後岩宿遺蹟が發見される。
更に、この十數年、東北大學考古學の權威者を後ろ楯とする民間研究者藤村氏が、東日本一帶で、數十萬年前に遡ぼる原人遺蹟なるものを發見したと稱する。
この藤村氏の業績が、實は捏造であつたことが昨年末、毎日新聞によつて曝露され、日本考古學界は大動搖を來たして居る。
この問題をどう理解すべきか。
それを考へて居るうちに私は、一册の英文著作を發見した。
マイケル・クレモ、リチャード・L・トンプソン共著
禁斷の考古學
Forbidden Archeology
By Michel A. Cremo, Richard L. Thompson
初版 一九九三年
増補版 一九九八年
九百五十二頁
これは驚くべき著作だが尨大な分量だ。
その要約本(The Hidden History of the Human Race)
良く調べると、こちらの方は既に、日本語譯が公刊されて居た(翔泳社、吉岡晶子譯、平成十年)。
ここには、グラハム・ハンコック(「神々の指紋」の著者)の「日本語版の序文」がある。
ハンコック曰く。
「著者は、過去二世紀にわたつて學者たちが人類の先史時代について愼重に築き上げてきた定説がまつたくの誤りだといふことを大前提としてゐます。しかも、それは微修正によつて正せる誤りではないといつてゐるのです。從來の定説をすつかり捨てて、いつさいの先入觀をもたず虚心坦懷に、いま一度、最初から考へてみるべきだといふわけです。……」(前出、日本語版の序文、頁。棒綫強調は引用者)
更に曰く、
「本書では、……われわれの失はれた記憶の端を、何百萬年もの昔に押し戻し、人類の起原と進化についてわれわれが教へ込まれてきたことは、さまざまな調査研究結果をきはめて恣意的に取捨選擇したり、絶對確實とはいいきれない學者の見解をもとにしたものにすぎないといふことを示してゐます。過去二世紀のあひだに、調査結果が間違つてゐるとかいんちきだといふ理由ではなく、單に當時の有力な學説に合はないといふ理由だけで記録から抹殺されてしまつた調査結果をすべて呈示することで、古人類に關する記録を包み隱さずに傳へることにしたのです。」(前出、頁)
かくして、クレモとトンプソンが復活させた考古學的證據によれば、
「「解剖學的に現代型の人類が地球上に出現したのは、定説となつてゐる一〇萬年あまり前でなく、何百萬年も前であり、また進歩した形の金屬製品も同じく何百萬年も前に使はれてゐたといふ納得のいく證據が含まれてゐる」(同上)、
と云ふ。
これは本當に驚くべき本だ。
「一九世紀に、前期更新世、鮮新世、中新世の地層、さらにはそれより前の地質地代の地層から、石の道具や武噐が數多く發見された。當時、それらの發見は科學雜誌に報告され、學者のあひだで議論の的となつたのだが、いまではほとんど耳にすることもなくなつてしまつた。……」(前出四十一頁)。
現代地質學の定義によれば
完新世は、十萬年前から現在に至る。
更新世は、二〇〇萬年前から十萬年前。
鮮新世は、五〇〇萬年前から二〇〇萬年前。
中新世は、二五〇〇萬年前から五〇〇萬年前。
だと云ふ。
つまり、十九世紀、西洋世界がいはゆる「産業革命」をふみ臺として全地球を制壓し、その力を背景として、考古學的發掘調査をも押し進めて行く。
すると、なんと、
五百萬年以上前の地質學的地層からも、石の道具や武噐が數多く發見された、
と云ふ。
一八四九年、米國カリフォルニア州中部、シェラ・ネヴァダ山脈の山腹にある古代河床の砂礫層から金が見つかり、ゴールド・ラッシュと成り、たくさんの立坑が掘られた。
そのうちの一つ、トオルシ郡テーブル山の立坑から採集された人工遺物は、九〇〇萬年〜五五〇〇萬年前、ないし三三二〇萬年〜五五〇〇萬年前の地層から出土した。
その中には、石の乳棒と石の乳鉢がある。
その寫眞は、前出、「人類の隱された起源」、翔泳社、百四十三頁に掲載されて居る。
もちろんかうした遺蹟や人工遺物は、人類學のきれいに出來上つた定説と衝突する。
そこからあとが問題だ。
クレモとトンプソンは、丹念にその經過を追跡して行く。
すると、さうした定説をはみ出す事例は、意識的にせよ無意識的にせよ、「學界權威筋」によつて無視され排除される。
五年、十年、二十年と時間が經過してゆくうちに、それらの發掘は忘れ去られ、そのうち、全く存在しなくなつてしまふ。
「定説」に符合する事例は、鬼の首でも取つたかのやうに世界的な大事件として喧傅される。
と云ふのである。
かうして、、世界中の人々の心に、人類學の「定説」が、間違ひのない證明ズミの眞實として刷り込まれる。
要約本(邦譯あり)は、原著(「禁斷の考古學」)の四分一程度であらう。
原著には、詳細な原資料が、いはば、「證據資料」として收録されて居る。
この著作は、一九九三年に出版されて以來、歐米の人類學界、考古學界に、衝撃を與へて居る模樣である。
その状況を刻明に跡付けた著作("Impact")(五百九十二頁)も出版された。
しかし、日本の關係學界の反應はどうか。
「我れ關せず」を決め込んで居るのではなからうか。
邦譯本(「人類の隱された歴史」)の卷末には、
「古人類に關する異例な證據一覽表」(全世界と、北米南米)が付されて居る。
最古のものは、
南アフリカ、オットスタール。二十八億年前、溝のつゐた金屬球。
次に古ひものは、
米國マサチューセッツ州ドーチェスター。六億年前、金屬の壺。
その他、…… 七、八十件はあるやうだ。
クレモ・トンプソンは單なる歐米の考古學者ないしジャーナリスト、と云ふものでもない。
彼等二人は、「バクティヴェーダンタ協會」の會員だと云ふ。
つまり、この二人は、インドのバラモン教文獻ヴェーダから、
「人類は非常に古くから存在するといふ考へ方を學んだ」(邦譯、序文、XIV頁)、と云ふ。
彼等は、
われわれの研究成果と、ヴェーダと關聯づけて説明した續卷をいづれ出版するつもりである(同上)、
と述べて居る。
今のところ、私の知る限り、この(續卷)は出版されて居ない。
現代型の人類は何百萬年、或はひよつとすると何千萬年も前からこの地球上に生き續けて來た(邦譯「人類の隱された起源」、三百七十頁、三百九十一頁)、
と云ふ。
そしてその歴然たる證據が存在する、と云ふ。
この説は、過去二百年の間に形成された現代人類學の定説を土臺からひつくり返してしまふ。
とすると、日本列島の人類史についても、いはゆる「定説」が問題無用の眞實として前提されてはならないのではないか。
「定説」では、北米中南米大陸に人類が進入したのは、一萬年か二萬年前。
それもシベリア東端からアラスカ、カナダを、唯一の通路として、
とされる。
ところが、一八八〇年代に、アルゼンチンのモンテ・エルモソで、前期鮮新世(三〇〇〜五〇〇萬年前)の地層から人骨が發掘された(邦譯、二百十頁)、と云ふ。
こんなことは、人類學界の主流陣營としては認められない。
一九八七年、英國の考古學者が、パキスタンのソアン溪谷で、二〇〇萬年くらゐ前の原始的なチョッパー(原石噐)を發見した(邦譯、七十二頁)、と云ふ。
しかし、「定説」では、人類發祥の地はアフリカであつて、二〇〇萬年前、原石噐を作れる人類(の祖先ホモ・ハビリス)はアフリカにしかゐなかつたとされて居る。
「定説」からはみ出す「發見」は、何だかんだと「權威筋」からケチを付けられて、結局、しばらくすると、ないことに(なかつたことに)されてしまふ。
この過程は、この二百年來、ずつと續いて居るのみならず、現在も、そのやうに進行して居ると云ふ。
それでは、我々は日本列島をどう扱ふべきか。
人類學の「定説」など、この際、
あつさりと捨ててしまふ。
これで行くことにする他ない。
藤村氏の一件も、所詮、東北大學と云ふ人類學、考古學の權威の傘の下での茶番劇の一つに過ぎなかつた、
と見て置くことにする。
平成十三年三月七日記
太 田 龍
小紙前號(一七六號)誤植訂正
誤 → 正
2頁上段の終から2行目 意外 → 以外
2頁下段の終から6行目 最上組織 → 最上級職
3頁下段13行目 意味重長 → 意味深重
6頁上段3行目 Iogical → Logical
6頁下段終から2行目 「アメリカの心 → 「アメリカ人の心
9頁下段22行目 にしした → にした
9頁下段見出し 大平洋戰爭は宗教戰爭だつた → 日本軍の占領地へ天皇教の進出
11頁上段終から4行目 鈴木寛太郎 → 鈴木貫太郎
12頁上段まん中、原文に、奉天會議とあるがこれは奉天會戰の誤植であらう。
12頁上段終から4行目 「萬鐵」 → 「滿鐵」
16頁上段本文8行目 禁忍 → 禁忌
宇 宙 戰 略 放 送(一、一九九號)
平成十三年三月七日
米英(ユダヤイルミナティ)日本占領軍
戰爭犯罪の斷罪へ。
その犯罪證據第一號「日本の貞操(正統)」
復刻から我々は、米英ユダヤイルミナティ惡魔主義
世界權力に對する人類正義の裁判を開始する。
米英ユダヤイルミナティ惡魔主義世界權力。
彼らは人類の敵である。
日本は、西暦一五四九年(天文一八年)、フランシスコ・ザビエルの日本襲撃以來四百五十餘年、この世界權力によつて、一瞬の中斷もなしに、侵掠戰爭を仕掛けられて居る。
この事實を隱蔽する日本の學者官僚政治家宗教家マスコミなどは、ことごとく、極惡賣國奴、である。
大東亞戰爭は、皇國神國日本と、このユダヤイルミナティ世界權力との正面衝突だつたが、遺憾ながら、このやうに正しく事態を認識し得た者は、四王天延孝陸軍中將、白鳥敏夫(外交官)など、ひと握りの先覺者に過ぎず、日本の國家各界(とりわけ、官僚、軍人、學者)の指導者階級の思想水準は、「白癡」以外の何者でもなかつた。
かくして我に日本民族は、勇戰奮鬪したが遂に敗れた。
そして、敗戰。
しかし、我々の「敗戰」は、彼ら(米英ユダヤイルミナティ世界權力)の「勝利」であり、「戰勝」である。
ここに於て、日本民族がユダヤイルミナティ問題を殆んどまつたく理解して居なかつたその弱點が、我々の致命傷に轉化し、五十五年後の今日、日本は亡國寸前の死地に追ひ詰められたのである。
しかし、やうやく今、我々は状況の本筋を諒解し認識することに成功した。
日本民族は、イルミナティ世界權力に對する抵抗の中核體を生み出した。
我々は、今、ここに日本民族の反撃開始を宣言する。
反撃の第一着手は何か。
彼ら米英ユダヤイルミナティ世界權力の對日本侵掠戰爭及び占領期の「戰爭犯罪」を、人類正義の法廷に於いて、斷罪する事である。
ここでは、六項目だけ擧げる。
第一項。廣島、長崎への原爆投下。
第二項。昭和二十年三月十日の東亰大空襲、その他、日本全國、民間人皆殺しを目的とした空襲。
第三項。被占領地被占領國の法律文化習慣風俗などを占領軍が變改することを禁止した國際法及び國際的道義に違反して、憲法を始めとする日本の法律及び日本民族の文化習慣習俗に干渉してそれを變更せしめた事。
第四項.占領軍による、史上もつとも殘虐な、そして狡猾な言論統制。
第五項.占領軍兵士による、日本の女性に對する陵辱と暴行。この問題は、前第四項と密接に關聯して居る。
第六項.昭和二十七年四月二十八日、形式上の媾和條約發效後も、五十年、日米安保條約の名の下に、日本占領を繼續して居る事。
ソ連による、日ソ中立條約侵犯と、そのあとの滿州南樺太、千島への侵入、そして、とりわけ、滿州に於ける戰鬪停止後の日本人軍民に對する不法な掠奪、婦女子暴行、殺人、更に日本軍將兵數十萬人をシベリアに連行して強制勞働に使役し、多數を死に至らしめた罪。
南方戰綫の戰鬪終結後、米英オランダ軍によつてなされた日本の軍民に對する戰爭犯罪。
これらについては、ここでは、省略する。
我々は、これらの米英ソ連ユダヤイルミナティ世界權力による對日戰爭犯罪の告發と斷罪のための、全民族的全國民的運動を、黨派宗教宗派身分職業年令を超へて、組織して行く。
その第一着手は、
占領中、米英占領軍兵士による日本女性に對する陵辱暴行の記録「日本の貞操(正統)」の復刻、である。
亡國寸前に追ひ詰められて居る日本民族が蘇生し再生するためには、ユダヤイルミナティ占領軍による戰爭犯罪を告發し、斷罪する、この國民運動が不可缺である。
この關門を通り拔けない限り、我々日本民族に未來はない。
この國民運動を通じて、
敗戰後、徹底的に「奴隸根性」を植ゑ付けられた日本人は、その「奴隸根性」を克服して、獨立自尊の民族の魂を恢復すると共に。
ユダヤイルミナティ世界權力をこそ己れのご主人さまとして崇拜し、そのご主人さまに忠誠を誓ひ、ユダヤイルミナティに日本民族を賣り渡すことを己れの業務とする國家社會各層の「賣國奴」を肅正し。
眞に日本人としての良心と精神、智識と知覺を取り戻して行く、
のである。
つまり、この國民運動は、單に、ユダヤイルミナティへ「外敵」の犯罪を撃つのみならず、
それと同時に、日本民族それ自身の「反省と自己批判、修養と精進的向上の過程でもある。
平成十三年三月八日記
太田 龍
[再録]
宇 宙 戰 略 放 送(六五五囘 平成八年三月三十一日)
何故、反共右翼、反共「自由主義」とその代表の
「産經新聞」が「國賊「「賣國奴」、と呼ばれねばならないか
一、
作家の萩原葉子さんが、
「星の流れに(こんな女に誰がした)」(東亰新聞、平成八年三月二十六日夕刊)、
と言ふ小論を書いて居られる。
二、
十年前、古書市で、
「日本の貞操」、
と言ふ本を見付けた。
敗戰後、進駐軍(これは原文のまま)に犯され轉落した四人の女性の手記であつた。
媾和條約が成立した翌年(昭和二十八年になる)出版されたもので、
身の毛もよだつほど恐ろしい殘虐な米兵の姿が描かれて居る。
萩原葉子さんは、この問題を主題にした「置き去りにされたマリア」と言ふ長篇小説を出版した(我々はこれを入手して居ない)、
とある。
三、
萩原葉子さんは、
このやうな問題について、
今、
日本人が、
日本の恥部を今更、さらけ出すな、
こんな酷い進駐軍(原文のまま)は居ない筈だ、
などと云つて、
冷たい、
と述べて居る。
四、
萩原葉子さんは、敗戰直後、占領中、
東亰都世田谷區の貧しいアパートに住んで居た、
とあるから、
今は、七十歳代か。
當時、中學生であつた。
前記の「日本の貞操」といふ本は、出版當時、手にした微かな記憶がある。
五、
戰爭(敗戰と、占領米兵による身の毛もよだつやうな暴虐)の犧牲となつた女たちに、
せめて、花一輪の供養をしたい。
と、萩原さんは言はれる。
しかし、この五十年、それを平然と無視し、ないものにして來たのは誰なのか。
反共親米右翼派!
反共親米自稱民族派!
日の丸と米國の國旗を兩方押し立ててのし歩いた赤尾敏氏の日本「愛國黨」!
反共親米自由主義勢力、
お前たちだ!
★ この國賊共!
六、
しかし、この反共親米勢力とは、他ならぬ、この五十年、もうひとつの賣國奴國賊たる容共親ソ勢力を助手として、日本の國家と政治經濟學界マスコミその他の一切を支配して來た、
日本の國家!
そのものではないか!
この「日本國」は、
自稱して居るだけだ。
僞物なのだ。
僞の日本國なのだ。
七、
「藁わら半紙のやうな粗末な表紙に裸の女がうづくまつてゐる繪が何かを訴へてゐた」、
と萩原さんは記す。
「手記の一人小野年子の轉落は、言語に絶するもので、……彼女は捨て犬よりひどい死に方で二十一歳の生を終へたのだつた。」
「『あとがき』によると、米兵の毒牙にかかつて死んだ女は、星の數ほどいるといふ」。
小生は今、これを讀んで、
泪が溢れて止まらない。
八、
これか「日本の恥部」、
とはどう言ふことだ。
九、
自尊心を知る眞の日本人、反ソ、反米の日本人は、
かくして敗戰後五十年、
生きて行くことが出來なかつた!
十、
だが、日本民族は、今、
この「米國」!
そのものも、また、ユダヤ惡魔主義犯罪權力によつて、筆舌に盡くし難い迫害と辱めを受けて居ること、
を知りつつある。
産經新聞を代表とする反共親米自由主義勢力が崇め奉る「米國」とは、
實は、米國に取り憑き、米國を占領し、米國を滅亡せさんとする、
ユダヤ惡魔主義世界權力のご主人樣、
以外の何者なのか!
國賊産經新聞を討て!
[再録]
宇宙の眞理(平成十年二月號)より
宇宙戰略放送八五七囘
皇紀二千六百五十七年 平成九年(一九九七年)十二月二十日
「占領軍慰安婦」
山田盟子著 光人社 平成四年
講談社文庫 平成七年
一、
平成九年十月十九日(日曜)午後、東亰都中央區、鐵砲州稻荷神社で、「日本の貞操」について講演した。
その會に來て居られた或お方から、十二月に入つて、
山田盟子著「占領軍慰安婦」(講談社文庫、平成七年六月)、
と言ふ、未知の著者の未知の本を送つて頂いた。
「アメリカ占領軍に提供するため、日本政府が募集した慰安婦の實態」、
と、本のオビに書いてある。
山田盟子、と言ふ人は、昭和元年(又は大正十五年)生まれ、ジャーナリスト、
「慰安婦たちの太平洋戰爭」光人社、全三册)、
と言ふ著作あり、
「占領軍慰安婦」はその續き、とある。
二、
光人社(これは、戰記物を多く出して居る)に電話すると在庫ありとのこと、これを十二月二十日の購入した。
平成四年九月初版、
五年間、重版されて居ない。
つまり、讀者はきはめて少ない、と言ふことであらう。
小生も、知らなかつた。
卷末の參考文獻には、「日本の貞操(正續)」は含まれて居ない。
と言ふことは、この人の視野に、入つて居なかつたのであらう。
敗戰後四十年以上經過した、昭和の末から平成にかけて、「日本の貞操(正續)」 (昭和二十八年と比べると、著しく、迫力が弱い、との印象を抱く。
これは已むを得ないか。
三、
しかし、山田盟子さんの本には、敗戰占領期とその直後でなく、ずつとあとに成つて調べて書かれたことの價値も認められる。
昭和二十年八月十五日敗戰當時の警視聰監(米占領軍用の日本人慰安婦を輯め、提供する責任者)、坂信彌の次の發言。
坂信彌はかういつた。
「RAA(國際親善協會、日本政府が組織した占領軍用慰安婦施設)の女など、いまさらそんなことを、なんできくんかね。次元が低い問題だよ。本質的な問題ぢやないし、將來の參考にもならんよ。
あれ(PAA)はね、必要のものとして設けたんだ。近衞は支那事變で、日本兵が支那女たちにやつたことに覺えがあるから。ヤマトナデシコを救はうといふ氣持ちで、坂ならやつてくれると、總理官邸に私を呼んで頼んだんだ。私はさつそく署長會議を開いて、戰爭に負けたといえども、アメリカ兵のために、南京のことのやうなことが、あつてはたまらんから、[しつかりやつてくれ]と指示したはけだ。
それだけのことであれ(RAA)は國の運命を左右する問題でなしに、アワツブみたいな問題に過ぎん。應募した女性をイケニエのやうに云ふ人がゐるが、そんなのは火事場の野次馬論議であつて、觀念論だよ。あれはあれで、日本女性の貞操の危機を救つたんだよ」(講談社文庫版、一五八、九頁)。
四、
山田盟子さんは、これを「戰後三十年目の言葉」として居るが、三十年、であれば、昭和五十年にあたる。
著者の山田盟子さん自身の取材なのか、それとも、どこかからの引用なのか、分からない。
しかし、いづれにしても、この當時、坂信彌元警視聰監は、八十歳前後であらうか。
このやうな態度が、にほんの國家指導層全員の本音であるとすれば、
そのやうな指導者に指導される日本の國家が滅亡するのも已むを得ない、いや、日本の滅亡は避けられないのではないか。
五、
もちろん、かうした國家指導者は、
日本を、ユダヤ惡魔主義世界權力にそつくり賣り渡した、逆賊賣國奴
大久保利通一味の直系であつて、
西郷隆盛の系統ではない。
六、
「警察署長が牛太郎の役を演じたところもあり、また女輯めにはヤクザも加わり、右翼は高官用クラブも經營した。
占領軍におもねた女の對策は、内務省警察機構が大役を買つたのである。
戰中、侵掠地で展開された痲藥政策は、白面作戰として、公許の[阿片]吸引場を、朝鮮、滿州、中國などに設けたが、その元締めは大將などのお墨付きを得た右翼の大物であり、その利はスパイ、謀略などの『特務機關』に當てられてゐる」(文庫版、二百七十四頁)。
つまり、敗戰後の日本の國家指導者、國家そのものの米占領軍への「おもねり」、
これが問題なのだ。
そしてそのおもねりの頂點は、
幣原(フリーメーソン正式メンバー)、
吉田茂(フリーメーソン入會は確認されて居ないが、メーソン同然)、
この二人の親英派外務官僚、日本史上極惡の裏切り者、國賊である。
日本民族は、この二人の兇悪な國賊によつてユダヤ惡魔主義世界權力に、最終的に賣り渡されたのである。 (了)
(注)
山田盟子著「占領軍慰安婦」はRAA解散後については、調査と敍述がごく少ない。
これはこの本の缺點である。
更に、占領軍の絶對的暴力による嚴重な報道禁止についても、言及なし。
[再録]
宇宙戰略放送八五八囘
皇紀二千六百五十七年 平成九年(一九九七年)十二月二十一日
日本民族の純血は守られた」のか?
−坂信彌元警視總監を、極惡の「賣國奴」として、筆誅を加へる−
一、
坂信彌(敗戰當時の警視總監)の前述のことば、
なんと、この元警視總監とその一味こそ、
賣國奴!
そのものであつた、
ことを、赤裸々に證明して居る。
(國際親善協會)設立時、
八月二十六日(昭和二十年)、當時(内務省高官と警察官僚)とRAAの賣淫業者たちが、宮城前に集結し、君が代を齎唱して宣誓式を行つた。
RAA沿革記に、
「[昭和のお吉]幾千人かの人柱の上に、狂瀾を阻む防波堤を築き、民族の純血を百年の彼方に護持培養すると共に、戰後社會秩序の根本、見えざる地下の柱たらんとす」
とあるさうだ(「占領軍慰安婦」、講談社文庫版、三十頁)。
しかし、このきれいごとの文言は、三十年後の逆賊賣國奴坂信彌元警視總監のことば(「次元が低い、アワツブみたいな問題に過ぎん」)とどんな風に結び付くのであらう。
二、
「民族の純血は守られたか」、
五十二年後の今の日本は、
「民族の純血は守られなかつた」ことを示して居る。民族の純血も、民族の誇りも、民族の傳統も、賣國奴坂信彌とその同類、日本の各界エリート指導者それ自身の手で、徹底的に破壞抹殺され續けて居る。
三、
「米軍は、日本の從軍慰安婦までが、捕虜になるよりは自爆したり、崖から飛び降りるのを、南方各地で目撃してきた。ゆゑにその種のサービスを日本人に期待してゐなかつた。ところが日本人[日本國政府]は當初から、治安を表の理由に、むしろ押しつけがましいほどに女を提供してきた」(前出、二十八、九頁)。
米軍は期待してゐなかつた、
ところが、日本人[日本政府]は、押しつけがましいほどに、女を[もちろん日本の 女を]提供してきた!
ここに、敗戰後の日本の國家指導者の「本質」が、さらけ出された居るのみならず、
まさにこの態度こそ、日本の國家指導階級によつて、五十二年間、首尾一貫して維持されて居るのだ。
そのために、日本は今や、滅亡寸前。
四、
敗戰直後の賣國奴日本國家指導層(その中核體が内務省警察)は、
「公娼制度」の枠組の中に、占領米(英)兵用の賣春施設を作つた。
しかし、米占領軍總司令部は、逆に日本政府に對し、公娼制度の癈止を命令して來た。
そしてそれと共に、RAAの政府管理米兵用賣春施設の閉鎖を命じた。
それは何を意味するのか。
それは、占領米兵の暴行強姦街娼が日本全國に擴大することを意味した。
しかも、極惡ユダヤ惡魔主義米國占領軍は、その種の米占領軍による極惡犯罪の報道を禁止した。
だが、みづから賣國奴と化した日本の國家指導層には、この暴虐に抵抗するひとかけらの意思も、殘つて居ない。
占領直後、RAAの賣春施設と成つた「幸樂(東亰銀座)」に、生き殘りの特攻兵があばれこむ事件が起きたが、
RAA側が
「これは國體護持のための仕事(!!)であり、當局の依頼(!!)なのだ」
と申し開きしたところ、
特攻は立ち去つた(五十二頁)
のださうだ。
五、
日本政府がここで取るべき態度は、
(イ)占領軍は、米兵の日本人女性に對する暴行強姦を軍規によつて嚴重に處罰せよ。
(ロ)占領軍は、日本の警察による、米兵の暴行檢擧と逮捕處罰を妨碍するな、
と、占領軍に對して、正式に、堂々と、申し入れることであつた。
しかし、日本政府は、それと、正反對の政策を決定し、實行した。
日本民族の今日の滅亡状態は、まさに、敗戰前後に於ける、日本政府當局者の賣國行爲の結果である。
日本民族は今、
(1)占領中の米英占領軍の戰爭犯罪を斷罪し、
(2)占領軍に對して日本の國家と民族を賣り渡した日本政府當局者(昭和二十年八月二十一日、首相官邸に於て、慰安婦問題の會議。ここに、主要閣僚と、河邊陸軍中將、近衞文麿が出席)の國家叛逆罪を斷罪しなければならない。
六、
前記の會議で、米軍用の賣春施設の設置を、もつとも熱心に主張して實現させたのは、近衞文麿だと言ふ。
河邊陸軍中將は、強硬にこれに反對した(米軍は、歐州上陸作戰時、強姦兵を軍法裁判にかけて銃殺して居る。米軍の軍規はきびしい。米軍はそのやうな慰安施設を受け入れないだらう、と)が、押し切られたと言ふ。(了)