毎週月曜日發行 年五十囘 一月と八月は、一囘づつ休み
皇紀二千六百六十一年
週刊日本新聞 第一八四號
[ホームページ] 住所 http://www.pavc.ne.jp/~ryu
平成十三年四月三十日(月曜日)
發行所 週刊日本新聞
〒一一二−〇〇〇一
東亰都文京區白山五−三五−十二
電話 〇三−三八一三−七八二五
編輯主幹 太 田 龍
一部三百圓 送料九十圓(プラス)
年間郵送購讀料 二萬圓(適宜分割可)
郵便振替 〇〇一八〇−六−四〇六四四八
《本號の主な内容》
◎ 編輯前記(編輯人から讀者へ) 太田 龍
◎ 宇宙戰略放送(一、二一一號) 太田 龍
宦官と”オンリーの感性“
−敗戰後日本の政治指導者の二つの型−
◎ 宇宙戰略放送(一、二一二號) 太田 龍
文部省の學力削減計画強行の意味するもの。
今や日本の國家權力中樞官僚組織は、
丸ごと、ユダヤイルミナティ世界權力の
日本民族皆殺し作戰前綫戰鬪部隊と化した。
◎ 【EIR 二○○一年三月二三日號】 森 通曉 譯
−南原晄博士とのインタビュー−
目をさまし、危機意識を持て
――キャシー・ウォルフェ――
◎ 編輯後記 太田 龍
編 集 前 記(編輯人から讀者へ)
編輯主幹 太田 龍
○ デーヴィッド・アイクのインターネット・ホームページ上の情報によれば、現在、米國では、小學生の副讀本的なかたちで、「爬蟲類人」のフィクションが流布されて居ると云ふ。この件の調査は宿題として置く。
○ 明治以降、見るべき(たたき臺とする價値のある)歴史家は七人。
、徳富蘇峰。、白柳秀湖。、山岡莊八。、菊地山哉。、八切止夫。、鹿島。、山本健造。
○ 繩文日本文明の歴史を描くためには、これら七人(プラス若干)の先學の長所を採り、不足を補ひ、その短所と誤謬缺點を正し、より高ひ次元へと深めて行かねばならない。
○ 第二次世界大戰後、ソ連の捕虜と成つたドイツ將兵と日本將兵。モスクワ近郊の捕虜收容所で、兩國兵が一しよに成つた。そのとき、ドイツ軍捕虜は、日本軍捕虜のあまりにもみぢめなてゐたらくに(要するに、戰勝國ソ連の權力にベタベタに媚びへつらふ)呆れ果てた、と云ふ(出典失念)。
○ 「エコノミスト」(これは英國でなく毎日新聞社發行)二〇〇一年三月二十七日號、九十九頁。龜井信寧ドイツ三菱商事社長。
二年前、當地に赴任した直後、ドイツ經濟界トップが云つた。
「第三次大戰に日獨同盟? 眞つ平御免蒙る」と。
つまり、その論旨は、日本が戰勝國(米英)に恭順し、ハイハイと言はれるがまま。このザマは何だ、この卑怯者憶病者め。と云ふのであらう。
○ まさしくその通り。このドイツ財界人の日本評は本筋を突いて居る。
○ しかし、こんなザマに成つたのは何故だ。
○ このドイツ人の言に、深刻な心の痛みを感じる能力のある日本人が、今の日本に果して居るのか。
○ 米英占領軍に、自國の若い女を性的奴隸として組織的に提供し、米兵の日本女性に對する強姦暴行やりたい放題に放置した敗戰國日本支配層の極惡賣國奴ぶり。
○ これら日本の最高權力階級こそ日本滅亡亡國の最高責任者ではないのか。
平成十三年四月十六日記
宇 宙 戰 略 放 送(一、二一〇號)
平成十三年四月十八日
宦官と〃オンリーの感性〃
―― 敗戰後日本の政治指導者の
二つの型 ――
石原愼太郎が國會議員を辭めるときに、
日本の政治家は「宦官」だ、と云ひ放つたことは印象に殘つて居る。
宦官とは、中國歴代王朝で、皇帝に仕へた去勢された官僚集團を云ふ。
日本はその制度を輸入しなかつた。從つて、この漢字には、やまとことばの讀みはない。
私も、隨分以前から、さう思つて居た。
狹義の政治家のみでない。
官僚その他各界の指導者も右に同じ。
産經新聞(13・4・16夕刊)、久保紘之の「天下不穩」に、
評論家・磯田光一氏は、戰後日本の政治指導者に多かれ少なかれまとはりつゐてゐる「強者の文化に對する無際限の受容と同化」を指摘して、苦々しくかう云つてゐる「それは女性的な願望(占領下の對米依存へのノスタルジア)、つまり〃オンリーの感性〃に似てゐる」と。
とあつた。
「アメリカから一方的に守つてもらふが、日本は守る義務から解放されてゐる」といつた占領時代の「片務的」日米安保の精神など、まさに「戰後精神=オンリーの感性」の象徴ではないのか?
「オンリー」とは何だらう。
敗戰占領時代の體驗者は聞いたことがある。
忘れて居るかも知れないが。
しかし、戰後生まれの世代は全く知らない。
「日本の貞操」(續)の中で、五島勉氏は、それを正確に定義し、説明して居る。
敗戰占領期の在日米軍の樣態は、概むね、三つの時期に區分される。
第一期、占領直後の約一年。數十萬の米英軍が日本全土を制壓威壓した。
第二期、日本民族は米占領軍に抵抗しない、と見きはめがつゐたので、米英ユダヤイルミナティ世界權力は、徐々に占領米英軍を日本から撤退させる。
沖繩は別である。
第三期、朝鮮戰爭勃發と共に最大七十萬人の米軍(その他の國々の軍隊)が日本を基地として朝鮮に出撃した。
「洋娼」の形態樣相も、この三つの時期によつて變化する。
「オンリー」とは英語のonly(…のみ、…だけ)のこと。
占領米軍にも、
兵隊
下士官
下級將校
高級將校
と、四つの段階がある。
この他に、得體の知れない諜報部隊關聯も少なくはなかつたであらう。
「オンリー」は、米軍下士官、下級將校と關係する。
一囘ごとの「街娼(パンパン)」から、
一ヶ月、數ヶ月と、契約してかねをもらふ「洋娼」を「オンリー」と稱する。
兵隊はそんなことは出來ない。
主として下士官。
まあ、當時の日本の「洋娼」の世界では、「オンリーさん」に成る(してもらふ)ことは或る種の「出世」、と見られた。
私は「磯田光一」と云ふ人は殆んど全く知らない。
しかし、この人は、敗戰占領期の日本について、良く見て居る。
敗戰後の日本の「指導者階級」には、
米英ユダヤイルミナティ世界權力に眞正面から抵抗する意志のある者は一人も居ない。
そんな人物はあつと云ふ間に日本人自身によつて抹殺される。
敗戰占領以降現在まで、「指導者」に成れる日本人の資格は、
第一、去勢された男。でなくてはならない。
それでは女はどうか。
女の場合は、日本古來の傳統的「母性」と「婦道」を捨てること。これが絶對條件である。
第二、オンリー的感性を持つた男、又は女。
と云ふことに成るのか。
「オンリーの感性」とは何のことか。
「オンリー」と云ふことばは既に死語、と成つて居るであらう。
しかし、その感性、感覺は、過去五十年の間に、日本の指導者階級と一億二千萬全國民に滲透し、血と成り肉と化した。
それ(オンリーの感性)はもう現代日本の「空氣」のやうなものだ。
「強者の文化に對する無際限の受容と同化」、
と云ふ。
これは隨分ともつてまはつた理窟つぽい云ひ方だが、要するに、
家畜人間(ヒューマン・キャトル)化、であらう。
奴隸、とも違ふ。
奴隸には、主人に對する抵抗の意志が、根絶はされて居ない。
「家畜」は、飼ひ主に對して絶對服從、叛抗などあり得ない、
飼ひ主に從順であることがその本性に成つてしまつて居る。
「發言者」(平成十三年五月號坐談會)で、
里見、と云ふ記者が、
敗戰後の日本人は、「敵」を意識しなくなつた、そのことが現代日本の崩壞傾向の根本原因ではないか、
と云ふ趣旨のことを強調して居る。
この見方は的を射て居る。
その通り。
「敵を意識しない」とは何を意味するか。
それは、米英(ユダヤイルミナティ世界權力)に敵對する氣持ちを自ら消滅させるのみでない。
かつての「敵」を無際限に受容し、それに同化したい、と熱烈に願ふ。
しかしこの潮流ないし志向、傾向は、敗戰後、どのやうにして日本民族の中に出現したのであらう。
その原因は明々白々だ。
昭和天皇の意志である。
米占領軍(ユダヤイルミナティ世界權力の軍隊)下士官のオンリーさんにしてもらつて至福の絶頂、
を感じて居た占領下日本の若い女たちの責任であるわけがない。
それは「オンリーさん」の問題ではない。
昭和天皇と皇室一家がまるごとユダヤイルミナティ世界權力の日本占領の忠實な傀儡と化してしまつたその瞬間に、
日本民族から、ユダヤイルミナティ世界權力に抵抗する一切の氣力が消滅してしまつたのだ。
アメリカに日本を守つてもらふ、だと。
何と云ふ、篦棒なものの云ひやうだらう。
これが、敗戰の直前まで「一億玉碎」を呼號して居たその日本民族と、同一の民族か。
「GI(米兵)求む!」。外國人向けフリーペーパーを讀むと、かういつた言葉が多く見られるのだが……、何も米軍の新兵募集廣告ではない。實はこれ、日本人女性が交際欄に打つた廣告なのだ。
「ハッキリ云つて、米兵にとつて日本はセックス天國。……
「米兵にとつては殘念なことにドイツで彼らがチヤホヤされたのは遠い昔のことだ。
「今のドイツで、米兵の周りにキャーキャー集まるドイツ人女性はゐない。……」
(「サイゾー」二〇〇一年五月號、九十五〜九十八頁。「在日米軍、なんでこんなにチヤホヤされてゐるの?」)
米兵のまはりに群がつて「キャーキャー云ふ」國辱的日本の若い女性たち(その中には女子高校生が多く含まれる)。
しかしこれは彼女たちの責任か。
彼女たちは日本の國家權力頂點が昭和二十年八月敗戰直後から實行して居る國策を忠實になぞつて居るだけではないのか。
ここで「オンリーの感性」、と言はれるものは、かつての中國の歴史に有名な纒足と酷似して居る。
日本は、概むね二千二、三百年前から、中國大陸の重壓を受け始めた。
日本民族は、その中國の文物を良く取捨選擇して、その害その毒は斥けた。
日本は一千年かかつて中國文明を消化した。
日本が採用しなかつた中國の毒の主たるものは、
、宦官の制度。
、家畜制度にもとづく肉食。
、科擧の制度。
、食人の制度、
、纒足の制度。
、易姓革命の制度。
、中國語の文法。
以上七項目。
しかし、明治になつて、西洋經由で、
、家畜制度にもとづく肉食、
、科擧の制度、
この二項目を、日本の國家中樞を奪取した賣國奴權力集團は導入した。
更に昭和二十年八月敗戰のあと、
、宦官的心情の人間が日本の國家權力中樞に入り込み、、
、纒足女的心情の男女が日本の指導者階級の大半を占めて行く。
と成つてしまつたのである。
殘りの三項目についてはここでは省略する。
それでは我々はどうしたら良いのか。
日本民族は初心に歸り、原點に還らなければならない。
まさしくそこで、
「繩文日本文明一萬五千年の歴史」に學び、それを神國皇國日本蘇生の起點としなければならないのだ。
平成十三年四月十八日記
太田 龍
小紙前號(一八三號)誤植訂正
誤 → 正
2頁下段4行目 ドイツの貨幣的公的保有 → ドイツの實質的公的保有
3頁下段3行目 マイン・ラント → アイン・ランド
3頁下段5行目 小氏上で → 小紙上で
12頁上段10行目 夢ににだも → 夢にだも
12頁下段6行目 次には → 次囘は
12頁下段最終行 四月十二日記 → 四月十三日記
小紙前々號(一八二號)誤植訂正追加
誤 → 正
9頁7行目 縣議院議員 → 衆議院議員
10頁上段20行目 パリの夜に → パリの宿で
10頁上段終から3行目 日本説 → 日本觀
宇 宙 戰 略 放 送(一、二一二號)
平成十三年四月十九日
文部省の學力削減計画強行の
意味するもの。
今や日本の國家權力中樞官僚組織は、
丸ごと、ユダヤイルミナティ世界權力の
日本民族皆殺し作戰前綫戰鬪部隊と化した。
文部省が、「ゆとりの教育」の美名のもと、居丈高になつて學力削減を押し通すその異樣なまでのすさまじさに、人々は驚愕して居る。
一體文部官僚は日本の教育をどうするつもりか。
しかし、何と言はれやうと、文部官僚は、自信滿滿だ。
威風堂々。
日本國民總白癡化に向けて一直綫。
誰も彼等を止められない。
「週刊文春」(13・4・26號、百八十二頁、讀者の投書欄)。
最大の國難
四月十九日號「ゆとり教育教科書」についての記事は壓卷だつた。
戰前は舊制中學、戰後も都立日比谷高校などの難關校に、貧しいが優秀な生徒たちが集まつた。これは「學問の機會均等」といふ素晴らしい制度のお蔭。しかし文部科學省の全國的公教育潰しが始まつてしまつた。「最大の國難が來た」と國民が大合唱すべきである。(主婦、46才)
しかしこれでは何が何だか、一般國民はわけが分らない。
日本の文部省が、何故、日本國民を愚民化白癡化しなければならないのか。
その動機が分らない。
或る文部省の指導的立場にある官僚が、
日本文部省の目指すゴールは英米と同じである、
と云ふ趣旨の文章を發表して居る。
ここに、問題の核心が在る。
日本文部省は、日本の教育を英米の教育と同じものにするつもりだ、
と云ふ。
日本の英米化(アングロサクソン化)は、日本の國策である。
教育政策も英米化(アングロサクソン化)することは當然だ。
文句あるか。
と、文部官僚はそつくり返る。
つまり、問題は、英米式教育制度、英米式教育體制とは何物か、
と云ふところに行き着く。
ここで、日本民族にとつての必讀の書は、
ジョン・テイラー・ガットー著
「アメリカ教育の隱された歴史」(二〇〇一年、米國、大判四百二頁)
The Underground History of
American Education
By John Taylor Gatto
この一册であらう。
著者のJ・T・ガットーは、米國ニューヨーク州で最優秀教師にも選ばれたことのある、教師歴三十年の熟逹した教育者である。
この人は、荒廢する米國公教育を憂慮して、何とかしなければ、と、努力を續けて來られた。
二册の前者については、「宇宙の眞理(マントラ)」誌などに紹介した。
ガットーは、
、英國は十七、八、九世紀にインド征服を進めた。
、彼等はインド研究を始める。
、インドには數千年來カースト制度が行なわれて居る。
、そしてカースト制度が長期に亙つて繼續されて來た、主たる理由と條件は、その教育制度にあつたことを、英國支配層は發見した。
、つまり、インドの教育制度は、もつぱら、カースト制度の維持強化に役立つやうに作られて居る。
、これは「理想的」な教育制度である。
、從つてこのカースト制的教育體制を、英國に導入すべきである。
、かくして、十九世紀後半から、英國、そして全ヨーロッパ、米國に、強制的全國民義務教育體制が實施されて行く。
これが、現行の西洋教育制度である。
と説明して居る。
インドのカースト制度は左の如し。
、頂點にごく僅か、純系アーリア人。
、最上位カーストはバラモン(祭祀、學問)
、その次の上位カーストはクシャトリア(軍人、官僚)
、その下の上位カーストはヴァイシャ(實業家)
以上の上位カーストは、人口の五パーセント。
この上位五パーセントには、一般教養と歴史、古典、科學技術など、高等教育が與へられる。
、下位カーストは、シュードラ(奴隸)。これは、汚ない仕事、汚れ仕事、肉體勞働のカーストであり、
、カーストの外、不可觸賤民、パーリア。
以上の下位カーストは、人口の九十五パーセント。
彼等には、命令に服從すること。命令通りに行動すること。ただそれだけの教育が與へられる。
と云ふ。
これが、十九世紀以降の英米式教育のお手本である、と云ふ。
インドのカースト制度の起源は明々白々。
三千數百年前、西方から侵入して來たアーリア人の征服に由來する。
上位五パーセントが征服者アーリア系。
下位九十五パーセントが、征服されたインド原住民、
なのであらう。
このカースト制度は實に巧みに設計されて居るらしい。
日本人には夢想も出來ない。
その特徴は次の通り。
、カーストは血統世襲である。つまり、カーストが異なる者同士の通婚は嚴重に禁止されて居る。
、上位カーストの者が、何かの罪で、下位カーストに落とされることはあり得る。しかし、下位カーストの者が上位カーストに昇格することは絶對にあり得ない。
、カーストは世襲的身分であると同時に、世襲的職業をも規定する。
、カーストの中に、何百何千と云ふ亞カーストが作られる。
、カーストごとに教育システムが異なる。この教育システムが機能したので、三千年以上に亙つて、アーリアによる征服時の支配構造が維持された、と見られる。
アーリアによるこの支配構造は、三度、深刻な危機を經驗した。
第一囘は、西暦前六世紀以降、佛教の出現である。
佛教には、カースト制度打破の要素が含まれて居る。
しかし、そのあと、約一千年くらゐかかつて、アーリア的カースト社會によつて佛教は骨拔きにされ、死滅した。
第二囘は、西からのイスラムの侵入である。
イスラムは武力によつてインドを征服すると、下位カースト民が大量にイスラムに改宗した。
第三囘は、西洋キリスト教列強によるインド征服である。
にも拘はらず、インドのカースト制度は依然として健在である。
その強靱な持久力には驚ろかされる。
英帝國主義者は、まさにそこに、彼等が學ぶべきものを見出したに違ひない。
しかし、ここで「英帝國主義」と云ふとき、その實體は何なのか。
それこそが問題であらう。
いはゆる産業革命後、英國は、このインド的カースト制度を模範とした「近代的」教育體制を作り出した。
その概要は次の通り
、インド的アーリア的カースト制度で最上位カースト(バラモン)に相當する最上層の支配階級を教育養成するものとして、オックスフォード、ケンブリッヂなどの最上級大學。そして、それらの大學に入學するためには、全寮制の私立中等學校を卒業しなければならない。その學費は、貧乏人には負擔出來ないが、富豪金持ち階級にとつては何でもない。貧乏人ないし中産階級出身の子等も、特に優秀であれば、奬學金(スカラーシップ)を給付することもあり得る。
、陸海軍の將校を養成する學校には、高ひ評價が與へられる。
、カースト制度で、クシャトリア、ヴァイシャに相當する階級のためには、高等專門學校、カレッジ、大學のやうな教育機關が準備される。
、下位カースト(シュードラ、アウトカースト)のためには、一般義務教育が與へられる。その水準はきはめて低い。
賣國奴、岩倉大久保木戸伊藤とその一味が明治初年日本に導入した西洋直輸入「近代教育學校制度」の正體とは、實に、このやうなしろものであつたのだ。
「月曜評論」平成十三年四月號、五十一頁。
「近代の教育の行方」(月曜寸言)と云ふ一文。
「今日の教育の混亂は、勿論戰後教育によるものだが、既に明治以來の教育に孕まれてゐたものであつた。……」
つまり、
「近代の教育」と、
「明治の教育」との、
葛藤、である。
この指摘は一應は鋭い。
しかしそもそも「西洋近代教育」の正體は、實は、アーリア人のインド征服に由來するカースト制度の輸入である、
と云ふ事實に氣付かなければならないのだ。
オルダス・ハックレイの古典的小説「すばらしき新世界」では、人間は工場で生産される。
しかも、生まれるときに、
アルファ、ベーター、ガンマ、デルタ、エプシロンと、
五つの階級に區分される、と云ふ。
英米が、自由民主主義の母國である、
などと、ヌケヌケと云ふ。
しかし英米帝國主義は、十九、二十世紀に、前出の如きカースト制度を完成させるべく、營々と努力して來たのだ。
今、日本の賣國奴文部官僚が、日本の教育のゴールは英米のゴールと同じである、
とのたまふとき、
その眞意は、
日本に、一刻も早く、インド式のカースト制度を作り出すことであつたのだ。
もちろん、その過程で、超太古以來の日本民族の傳統は完膚なきまでに粉碎され、抹殺される。
賣國奴國賊文部官僚の
こんな暴擧を許せるか。
平成十三年四月二十日記
太田 龍
(注)
「オックスフォード大學」については、デーヴィッド・アイクが「オックスフォード大學學生新聞」に寄稿した論文(「オックスフォード大學――イルミナティの(エリート)飼育場」)が重要な參考文獻の一つ。
これは、インターネットホームページに收録されて居る。
日本の皇太子はオックスフォード大學に二年間留學し、
「小和田雅子」も、ハーバード大學を卒業したあと、東大を出て外務省に入り、
外務省から派遣されてオックスフォード大學に留學した。
【EIR 二〇〇一年三月二三日號】
−南原晄博士とのインタビュー−
目をさまし、危機意識を持て
―― キャシー・ウォルフェ
南原晄博士は元日銀理事であり、日本輸出入銀行の元副總裁である。博士はその率直な見解で知られてゐる。このインタビューは三月一四日、キャシー・ウォルフェによつて行はれた。
EIR 先日、宮澤喜一財務大臣は(日本の)財政状態は破局に近い状態にあると述べましたが、この發言をあなたはどうお考へになりますか。
南原博士 財務大臣は現在の混沌たる状況にあつて極めて多忙なため、私はこれまでのところ大臣にお會ひして、同氏が何故「崩壞」とか「破局」といつた言葉を突然使はれたのか、その眞意を直接お聞きする機會を持ち得てゐません。ですから詳しい事は何も云へないのです。けれども、宮澤氏はその發言を後日取り消したとは云へ、自民黨が劇的に變化して何らかのリーダーシップを發揮せず、たんにマスコミや一般國民の意見のみ氣にしてゐる姿勢を改めないかぎり、日本經濟が全體として崩壞のふちにある事は、まぎれもない事實なのです。
宮澤氏は日本の政治家としては希有な人です。みにくいあひるの中にゐる一羽の白鳥と云つても良いかもしれません。ずつと以前の一九八七年、先進七ヶ國間のルーブル合意がそれぞれの通過の安定化のために結ばれましたが、歐州通貨制度(EMS)のやうな通貨變動帶(currency
bands)を用ゐて通貨制度の安定を計らうといふのは宮澤氏の發案だつたのです。當時ヨーロッパの通貨はミルトンフリードマンやシカゴの自由貿易學派の連中による猛烈な攻撃を受けてゐました。ところが殘念なことに、一九九二年の歐州通貨制度がさうであつたやうに、灣岸戰爭後の景氣後退の下、市場は非常に混亂し、この爲替レート變動帶(the
exchange rate band)はあまりに不十分で、うまく機能しませんでした。このため、宮澤氏は一九九三年、いくつかの豫算を提案し、それによつて貿易が促進されたのです。かうした措置が取られなかつたとすれば、我國の經濟は恢復しなかつたでせうし、東アジアの經濟も當時から發展する事はなかつたと思ひます。
一九九二年には宮澤氏は總理大臣として株價が比較的高かつた當時の状況の下で不良債權を日本の銀行の帳簿から消し去るためのプランを提案しました。後からふりかへつて見ると、現在では、もし宮澤氏のこの政策が實行されてゐたとすれば、我國が現在被つてゐる災難が避けられたであらう事は誰の目にも明らかです。けれども當時は、ほとんどずべての人々が宮澤氏の考へに反對したのです。宮澤氏は長期信用銀行(長銀)の資本を擴大するために小量の公的資金を投入したいと考へてゐました。この銀行は我國がさらなる社會基盤整備を行ふための基軸となる銀行でしたが、宮澤氏の構想は[不當な]救濟としてマスコミに拒否されました。長銀は大問題でした。マスコミや世論の動向ばかりに關心が行つてしまひ、國にとつて適切な事をするといふ視點が、ないがしろにされてしまつたのです。
EIR 日本のマスメディアも、アメリカや韓國におけると同じく、ウォール街に操られてゐるといふ點で惡名をとどろかせてゐますね。
南原博士 あなたのおつしやる通りです。ですから、宮澤氏が政治腐敗から最も無縁な日本の政治家の一人であり、また彼が總理大臣であつたにもかかはらず、彼は自らやりたかつた事を實行出來なかつたのです。そして、長銀の問題は解決されず、ただ惡化の一途をたどつたのです。
後年、小渕[惠三]氏がアジア危機の最中に總理になつた際、宮澤氏は長年要職にあつた事もあり、それ以上政府内にとどまりたくないと思つてゐました。――けれども氏は大藏大臣を續けてほしいといふ小渕氏のたつての懇願を危機の最中にある日本國家とアジア地域に對する義務感から受け入れたのです。小渕氏の支持のおかげで、氏は自らの宮澤構想を實施する事が出來ました。私はこの構想こそが全東アジア地域を救つたのだと心底から信じてゐます。
EIR 宮澤プランはアジアに對する約三○○億ドルの貿易關聯の債權でしたね。
南原博士 その通りです。それは一九九七年アメリカ財務省が日本の最初のアジア通貨基金構想を拒否した後に作られたものです。
EIR もし日本輸出入銀行の債權や他に政府の宮澤プランの基金と日本の民間銀行の融資や宮澤プランに關聯したアジア地域への企業の投資とを合計すれば、日本は一九九七年の間にアジア諸國に對して四○○○億ドル以上の融資と投資を行つたと云はれてゐます。
南原博士 おつしやる通りです。あるいはそれ以上になるかもしれません。最惡の危機を輕減させたのは、さうしたものだつたのです。
EIR 決して國際通貨基金ではなかつたはけですね。
南原博士 ええ、それは違ひます。私は、宮澤氏と彼の構想がなかつたとしたら、多くの國々の破綻はもつと大きくなつてゐたでせうし、アジアで大きな指導力を發揮してゐるマレーシアのマハティール博士でさへ、經濟的混亂のためにその地位には決してとどまれなかつただらうと云ひたいのです。私は一九九四年から九八年の末まで日本輸出入銀行副總裁でしたが、その時期、宮澤氏の御手傳いをさせていただけた事をうれしく思つてゐます。一九九九年、日本輸出入銀行と海外經濟基金は合併して日本國際協力銀行となり、宮澤構想を實施して、立派な業績を上げました。
けれども現在では、氏が自民黨内にとどまるかぎり、私は宮澤氏はその枠をあまり越へられないだらうと思つてゐます。數年前、氏は小渕氏の誕生日のパーティーでのスピーチで「日本とは極めて竒妙な國だ。私は權力を有してゐて、正しい政策を提案してゐる。ところが、自らの構想を實現させる事が出來るのは、私のやうな人間ではなく、權力を持たずに誤つた政策を有する人々なのだ。」と語つたと報道されてゐます。例へば、長期信用銀行の國有化の例を考へてみませう。ひとたび、それが國有化された以上、氏は政府にその銀行を(しばらくは)保有させておいて、經濟状態が正常に戻つた後に、それを賣卻したいと考へてゐました。しかし、マスコミ、世論、自民黨の壓力のせゐで宮澤氏は、どれほど損害が大きからうとも二年以内に賣卻して民有化するやう強いられました。彼はそれを實行し、さうして現在、再度破産してしまひました。自民黨の内部には厖大な政治腐敗が存在します。我々は自民黨を徹底的に再編しなければなりません。自民黨は組織を作り直さなければなりません。さもないと、つぶれてしまふでせう。
EIR さうでせうね。でも、かうした成行きは同時に日本の經濟システムのかつての精華とも云へる長期信用銀行を含む多くの日本企業を買ひ漁つたウォールストリートの投資家たちにとつては極めてうま味のある話だつたのではありませんか。
南原博士 その見方は正しいのですが、ただ外國人たちを非難するだけでは充分ではありません。我々は、さうしたウォール街の壓力に跪いてしまふマスコミや自國民たちをこそ非難するべきなのです。
EIR 私たちの雜誌(EIR)の發刊者兼編輯人であるリンドン・ラルーシュは最近、宮澤氏と速水日銀總裁は、ただアメリカの現在の貿易赤字に資金を供給するために、日本の現在の大量の通貨を作り續ける事に耐へられなくなつてきたやうだと述べました。彼はまた、宮澤氏の「破局」發言は、抑えのきかない感情の爆發ととらへるよりは、老練で洞察力に富む宮澤氏が、こんな事は長く續ける事は出來ないと警告を發したのだと理解すべきであらうと述べました。
南原博士 その通りだと思ひます。ラルーシュ氏の御意見に同意します。――おそらく宮澤氏は株式市場や圓の低迷、さらには最近の自民黨の利己的な行動あるいは行動の缺如に全くうんざりしてゐたのかもしれません。
EIR 宮澤氏は二月に行はれたパレルモでのG−7財務相會談の際にブッシュ政權の財務省が日本は自由市場のビッグバンの環境ですべての銀行債務を帳消しにするやう要求してきた事を極めて怒つてゐると報じられました。かうした事は、ちやうど韓國でヒュンダイやダエウについてIMFが要求してゐるのと同じやうに、その債務に關はりのある多くの製造會社を倒産させる事を意味しないでせうか。
南原博士 おつしやる通りです。次には日本もまた、韓國が強制されたのと同樣に自國の銀行や會社を外國人たちに賣らなければならないでせう。それはまた、國際的投資家たちにとつては、まことにうま味のある話なのです。
EIR しかし、これまでのところ、さうした銀行の取扱ひ方をめぐつては二つの方法しか提案されてゐません。第一の方法は從來からの手法を蹈襲するもので、ただ闇雲に切り拔ける以外の何物でもありません。第二の方法はパレルモの「ショック療法」プログラムです。EIRは第三の道を提案してゐます。それは全世界を脅かしてゐる總額四○○兆ドルの不良債務の全體的再編の實行と、新しい通貨體制の創設です。
南原博士 我々は第三の方法に贊成ですが、その實行は經濟が恢復するまで待たなければなりません。一九九五年から九六年の時期においてさへ、日本は四〜五%の實質成長率を保つてゐました。その數字は極めて穩當なものだつたと云へます。それこそが不良債權の約三分の一を仕末する上で前進が期待出來る理由なのです。ところが、その後、日本は一九九七年にアジア經濟危機に見舞はれ、[當時の總理大臣]橋本龍太郎は完全に誤つた時期に増税を行ひ、全く馬鹿氣た財政政策を實行してしまひました。この政策の惡影響を日本は今も被つてゐるのです。これこそ日銀がゼロ金利政策を採用してゐるにもかかはらず、日本經濟が海面すれすれのままである、もう一つの
理由なのです。現在の財政政策の下では實質成長を獲得する方法は全くありません。我國には大膽な財政の再編と政治の大變動が必要なのです。そして私は、出來る限り早期に總選擧が行はれねばならないし、その實施にあたつては七月の參院選を待つてゐてはならないと考へてゐます。
EIR 私は、全世界規模での不良債權の再編を行ふ事なしには、おそらく日本もアメリカも經濟を恢復出來ないのではないかと危惧してゐますが、あなたがお話になつてゐる財政の再編(fiscal
reorganization)とは一九六○年代のケネディによる減税政策のやうな意味合ひを持つものなのでせうか。
南原博士 それに似たものではありますが、幾分の違ひはあります。識者たちは、我國の状況はサッチャーが首相になる直前の英國にそつくりであり、我々はサッチャー型のリーダーを生み出すためにハードランディングを經驗せねばならないと云つてゐます。これは馬鹿氣た話です。我國の經濟状況は一九八○年代初めの英國のそれとは全く違ふのです。日本には約一四○○兆圓(一一、六兆ドル)といふ厖大な民間貯蓄が活用されずに保持されてゐます。正味八○○兆圓が利息ゼロで銀行に預けられてゐます。我國にはビジネス部門での巨大な現金の流れも存在してゐます。日本はまた現在でも正味一兆ドルの海外資産を有してゐるのです。
EIR それにひきかへ、アメリカは全世界に對して債務國です。
南原博士 さうですね。日本の國債でさへ大部分は自國民が持つてゐます。銀行は難問です。それらは凍結し切つてゐます。ですから銀行が仲介者としての役割を果たしてゐないのです。我々にはただ、かうした資金を行動に驅り立てる、ある種の刺戟策が必要なだけなのです。けれども政治家連中は無能で、危機の意識が全くありません。彼らはただ自分逹の個人的利益にしか關心がないのです。もし彼らが目をさませば、何らかの事が出來るのですが。 (了)
譯注 ※1 歐州通貨制度(一九七九年發足)は歐州の經濟統合を通貨面で完成させるために作られたが、當初、EC域内で一定の幅(中心レートの上下二、二五%)を持たせた固定相場制、對外的には變動相場制をとつて安定を圖つた。ここで通貨及び爲替レートの變動帶(Currency
band)と云はれてゐるものは、さうした意味での變動幅をさすものかと思はれる。しかし、九二年以降、歐州通貨市場の混亂の中で、この變動幅は一五%にされ、EMSが狙つてきた域内固定相場制は實質的に變動相場制となつた。(イミダス 98年度版一四五頁・參照)
(森 通曉譯)
〔傍綫強調は編輯部〕