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   戰後史を見直す (轉載引用自由)

 (讀賣新聞への公開質問状)

   戰 犯 復 權 論      (連載3)
     − 今こそ戰後史を見直さう −

                     福井縣秀芳館々長
                         木 ノ 下   甫

 正義、人道の名において裁かるべきものはアメリカ、ソ連、イギリスなどの聯合國側である、と云ふことをアメリカの國際法の學者が明言してゐるのは何故か。それはアメリカについては日本に開戰を迫つたル大統領の謀略、ドイツや日本の無防備都市の市民に對する無差別爆撃を指令したルメー、更には市場空前の慘害を與へた原爆の使用を命じたトルーマン大統領などこそ最大の戰犯者と云ふべきである。戰時國際公法では、非戰鬪員を殺傷することは嚴禁されてゐる。しかるに第二次大戰では、英米の爆撃機編隊は、ドイツ、日本の無防備都市に對し、市民皆殺しのための「じゆふたん爆撃」を行つて、無數の非戰鬪員を老幼男女の區別なく殺傷した。あげくのはては廣島、長崎に原爆を投下して、避難の餘裕も與へず、一瞬にして市民數十萬人を燒き殺した。その極惡非道は正に言語同斷である。これに反し眞珠灣攻撃の際日本海軍は民間施設は一切攻撃せず、嚴重に國際公法を守つたのである。この無差別爆撃に對しては、東條元首相も東亰裁判で堂々と次の通り攻撃してゐる。
 「檢事も裁判官も、この市ヶ谷の屋上に立つて東亰の街を見渡すならば、そこに國際法に違反した無差別爆撃の跡を見るであらう。」と。
 檢事や裁判官に一片の良心があつたら、この一言に、その職を止めたことであらう。
 ソ連に至つては、正に「盜人猛々しい」の一語に盡きる。日ソ中立條約を踏みにぢり、日本の和平斡旋依頼を裏切つて逆に攻撃して滿州を占領し、しかも日本の終戰後に砲火を注いで樺太、千島に進攻し、これを占領しただけでなく、ポツダム宣言にも違反して、六十萬に及ぶ日本軍人軍屬や一般邦人までも、極寒のシベリアに連行して數年間の強制勞働に服させ、數萬人を死亡させた罪惡は、これ亦史上空前の規模の犯罪行爲であつた。
 正義の女神は、正にその手に秤を持つて、過去の賞罰にその處を變へることを要求するであらうことは當然過ぎる程當然である。
 ここで追記したいのは、聯合國側の不法な軍事裁判で、戰犯として處刑され、或は獄中で病死し、又は自決した人逹は、B、C級を含めて實に千六十人にも及ぶことである。
 アメリカ、ソ連だけでなくイギリスもオランダも中國も、夫々一方的に戰犯裁判を行つて、多數の人々を處刑したが、その實態は誠に不法極まるもので、無實の罪で處刑された者は枚擧に暇がない程である。その實態については、「公論(註二)」第二一三號以降に連載されてゐる通りであり、これらの人逹も亦A級同樣、殉難者であることを忘れてはならない。

  ◎「負けて勝つた」大東亞戰爭

 東條元首相ら十四士が從容として死刑臺に登つたのは、戰犯裁判を甘受した譯ではなく、敗戰の責任を痛感して、上は大元帥陛下に對し奉り、下は全國民にその罪を謝する氣持があつたからであらうと推察する。
 戰後の國民は勿論、有史未曾有の敗戰に動顛し狼狽したことは當然であつた。それにしても、掌を返すやうに占領軍に迎合し追從し、そのお先走りをして戰前のすべてに日本的なもの、憲法も教育敕語も、道徳も歴史も抛棄して得々とした進歩的文化人と自稱した連中などの醜態は、誠に見るに耐へぬものがあつた。しかし終戰の御詔敕を再讀三讀するが良い。そこには敗戰の一字もなく、あくまで終戰、即ち戰爭を終つたのみである。しかもそれはポツダム宣言十ケ條を條件とし、更に我國體を護持し得て、戰鬪行爲を停止したのである。それを「無條件降伏」だから、どんな不法な國際公法違反の命令でも追從すると云ふ卑屈な態度に出た政府やマスコミは、嚴重に反省しなくてはならぬ。
 最近に至つて江藤淳氏が、正論を展開して我國は無條件降伏したのではないことを明確にしてくれたが、尚マスコミ全般にこの反省は些も見られぬことは、今囘のA級戰犯問題で明らかにされたところである。この點は現在まで政權をとつてゐる政府自民黨にしても同樣であり、例へば文部省檢定の教科書は未だに大東亞戰爭と云はず、太平洋戰爭を使用してゐる。これは米國だけが使ふべきものである。つまり文部省は未だに米軍占領下にある證據である。正に重體の「敗戰呆け」と云ふ外はない。しかし陸海軍の舊軍人の大部分も亦敗戰を自認し、負け犬よろしく、尾を卷いて大勢に隨つてゐるのであるから、政府ばかりを責める譯にはゆかぬ。これは陸海軍だけはポツダム宣言で「無條件降伏」を受諾し、武裝を解除されたので、「敗戰呆け」が重症な譯である。しかし皆が皆そんな意氣地なしではなかつた。我田引水のやうであるが、私の體驗したインドネシアにおける終戰處理から二、三の實例をあげやう。(當時私は二南遣參謀として終戰處理に當つてゐた。)
 終戰と同時に聯合軍はインドネシア地域の現状凍結(獨立推進停止)と、日本軍の武噐彈藥の一部でも、インドネシア青年逹に流れることを嚴禁した。しかし燃え上がる現地青年逹の獨立への熱情は、戰勝におごる聯合軍の壓力にも屈しなかつた。一九四五年八月十六日、これら青年逹に押されて、スカルノ氏は前田精海軍少將の英斷により、その海軍官邸の二階で獨立準備會議を開き、翌十七日、歴史的な獨立宣言文を世界に發表した。(その宣言文の日附は一七・八・〇五、即ち皇紀二千六百五年八月十七日となつてゐる。これはインドネシアの獨立が我國の「國生み」の神話の現代版であることを實證するものである。)前田少將はこのためオランダ軍に戰犯として捕へられ、獄に入れられたが、インドネシア獨立承認と共に無罪釋放された。(後年イ政府からナラリア勳章を贈られた。これはインドネシア政府が公式に日本は侵掠國などでなく、獨立を支援したことを認めたもので、その意義は大きい。)
 同年十月一日、東部ジヤワの要港スラバヤで竹槍クーデターが勃發した。少數の獵銃や拳銃の外は竹槍で武裝した數千の青年隊が、兵噐爆藥の引渡しを求めて陸海軍部隊に押しかけ、遂に憲兵隊との間に銃火を交へるに到つた。この時、柴田彌一郎第二南遣艦隊司令長官は、伊勢參謀等を急派して銃火を停止させ、摩下全部隊に「インドネシア側との交戰を禁じ、やむを得なければ兵噐彈藥を引渡してもよろしい。その責任は長官にある。」と指令して、事實上、兵噐彈藥軍需品の大部をインドネシア側に引渡したのである。オランダの海軍大佐ホイエルの仲介もあつて、三日には陸海軍共、同大佐に降伏して全部の武噐彈藥をイ側に渡したので、これがその後のインドネシアの獨立鬪爭に勝利をもたらす原因となつた。この美事な竹槍クーデターの成功をもたらした影の立役者は海軍主計大尉三毛一到氏であつた。彼は終戰後、當時第百二軍需部長であつた島津稜威夫海軍主計少將に具申して、軍需品のイ側への放出許可を受け、牛車延三百臺に及ぶ大量の軍需品を祕密裡に華僑に賣渡し、大型行李七・八個に現金數十億圓をつめたものを、イ内閣の初代財務長官となつたサムシ博士に渡し、獨立運動の資金としたのである。十月一日の竹槍クーデターも實は彼の示唆によるものであつた。嚴重な聯合軍の禁令を無視した島津少將や三毛氏のこれらの陰の功勞こそ、スラバヤ事件の眞實の歴史として忘れてはならぬものである。
 ともかくもインドネシア獨立の原動力となつた三ケ年に亙る義勇軍兵補四萬の青年隊の教育と、これらに日本軍から渡された武噐彈藥軍需品によつて、インドネシアは二囘に亙るオランダ軍十萬の進攻を沮止して、遂に輝かしい獨立を勝ち取つたのである。(これらの詳細は舊著「ムルデカ―インドネシア獨立祕史」に記したところである。)
 大東亞戰爭の終戰後に勝ち取つたインドネシア獨立こそ、わが陸海軍が戰爭目的を完遂したことの證明であつた。そして亦これこそ大東亞戰爭が聖戰であつたことを實證するものであつた。昭和二十二年五月四日、インドネシア地區最後の引揚船熊野丸に乘船した約二千の陸海軍將兵は最後まで一絲亂れぬ軍紀を維持したが、それは私逹すべての胸中に「われ勝てり」と云ふ凱旋部隊の誇りが祕められてゐたからである。
 さてそこで戰爭の勝敗についてであるが、武力戰だけが戰爭の全部でないことは明らかである。クラウゼウヰツの名著「戰爭論」を引用するまでもなく、戰爭の目的が、國の政治目的の逹成にあることは自明の理である。
 そこで戰爭の勝敗を決めるものは、その國の政治目的が逹成されたかどうかであつて、決して武力戰の勝敗ではない。日本には「負けて勝つ」と云ふ諺がある。小牧、長久手の武力戰で敗けた秀吉が、政略で家康を降して臣下に列するに至らしめて天下を統一したのが、その良い例である。
 そこで日本の戰爭目的は何であつたか、これは色々云はれてゐるが、何と云つても動かせない國家としての正式の、しかも國際的な表明は、昭和十八年十一月の大東亞共同宣言である。これについては、知らない人も多いと思ふので、ここにその全文を記したい。

      ○大東亞共同宣言(原文のまま)
 「抑々世界各國カ各其ノ所ヲ得、相倚リ相扶ケテ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ、世界平和確立ノ根本要義ナリ。然ルニ英米ハ自國ノ繁榮ノ爲ニハ他國家他民族ヲ抑壓シ、特ニ大東亞ニ對シテハ飽クナキ侵掠搾取ヲ行ヒ、大東亞隸屬化ノ野望ヲ逞ウシ、遂ニハ大東亞ノ安定ヲ根柢ヨリ覆セントセリ。大東亞戰爭ノ原因ハ茲ニ存ス。大東亞各國ハ相提攜シテ大東亞戰爭ヲ完遂シ、大東亞ヲ米英ノ桎梏ヨリ解放シテ其ノ自存自衞ヲ全ウシ、左ノ綱領ニ基ヅキ大東亞ヲ建設シ、以テ世界平和ノ確立ニ寄與センコトヲ期ス。
一、大東亞各國ハ共同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ、道義ニ基ヅク共存共榮ノ秩序ヲ建設ス。
一、大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ、互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東亞ノ親和ヲ確立ス。
一、大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス。
一、大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提攜シ、其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ増進ス。
一、大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ、人種的差別ヲ撤廢シ、普ク文化ヲ交流シ、進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ニ貢獻ス。」

 誠に堂々たる聖戰の宣言である。
 これに參加したのは、同年八月に獨立したビルマのバー、モウ首相、十月十日獨立したヒリッピンのラウレル大統領、タイの首相代理、ワンワイ・タヤコン殿下、滿州國の張景惠國務總理、中華民國(南京政府)の汪兆銘行政院長と日本の東條首相であつた。尚陪席として自由インド假政府代表、チャンドラ・ボース氏、インドネシアからスカルノ・ハツタ兩氏も參列した正に歴史的な會議であり、共同宣言であつた。ここに明記された大東亞の解放は、戰爭中のビルマ、フィリッピンについでインドネシアもインドも戰後續々と逹成され、更には中近東、アフリカにまでも波及した。そして戰後今日迄に獨立した國は實に七十七ケ國、二十億近い有色民族が自由と獨立をかち取り、今や南洋諸島にも續々と獨立國が生れてゐるのである。この世界史上空前の成果を見れば、日本の戰爭目的は豫期以上に逹成された大勝利であつたと云ふことができるのである。しからば日本の正面の敵國であつたアメリカはどうであるか。大東亞戰爭(アメリカでは太平洋戰爭)に關する限り、それはル大統領が採つてきた中國大陸に對する「門戸開放、機會均等」が、その一貫した政治目的であつた。日米兩國はこの點で外交交渉をつづけてきたことは歴史的な事實である。このことは日本の日清、日露兩戰役に基づく中國大陸に有する既得權益を認めず、日本を滿州、中國全土から一掃して、米國がこれに代ることを目的としたものであることは、開戰を決定的にしたハル、ノートに明記してある通りである。その政治目的は逹成されたであらうか。これについて、終戰時の極東米軍總指揮官であつたウヱデマイヤー陸軍大將はその「囘想録(註三)―第二次大戰に勝者なし―」の中で、「アメリカは武力戰で九分九厘まで勝つてをりながら、對中國終戰處理を誤つて敗れた」と明言してゐるのである。即ち門戸開放どころか、そこに一大共産敵國を作つてしまひ、朝鮮戰爭に、ベトナム戰爭に、大變な苦杯を喫するに至つたことは、同書に書かれた通りである。英、佛、オランダ等も少くもアジアにおいては、武力戰にも戰爭そのものにも敗れたことは、彼の國の識者の認めるところであり、中華民國に至つては論ずるまでもない。正に戰後オーエン・ラチモア氏が、その著書「アジアの情勢」に書いたやうに、「日本が立派にやり遂げたことは、アジアにおける植民地帝國の十九世紀的構造を破壞することであつた。」
 大東亞戰爭は、アジア民族解放と云ふ世紀の偉業を成しとげた。そして更に中近東、アフリカの諸民族に、自由と獨立をかち取る機會を與へた。それこそ冷嚴な歴史の眞實である。そしてそれが日本と、多くの日本人の大きな犧牲の上に成し遂げられたことを思ふとき、私はこれら二百餘萬の戰爭犧牲者の英靈に對して、それにも増してゐまだにあきらめきれないであらう數多くの遺族の方々に對して、その死が空しい犧牲ではなかつたのだ、侵掠戰爭の手先として犬死したのではないのだと云ふことを、聲を大にして叫ばずにはいられないのである。
 東條元首相以下六十八名の方々は、正に昭和殉教者であつて戰爭犯罪人ではない。このことは以上述べ來つた歴史的事實に基づき明白なことである。それを戰後三十三年に亙つて放置して漸くして昨秋靖國神社に合祀したことは、むしろ遲きに失したのである。
 それでも尚戰犯として處遇しやうとする人間は、正義・人道の何たるかを解しない、偏向イデオロギーの信奉者か、無智、無學の徒輩と云ふ外はない。讀賣新聞論説委員をはじめとするマスコミ人に、私の所論に對する反論を求める所以である。

 “みいくさは神謀りかも畏こしや
          アジア、アフリカくに生れたり”
(了)
(昭和五十四年五月三十一日 記)
(次號につづく)

【ガンパックブリーフ・二〇〇一年八月號】

ピアス博士の報告に關してのコメント    (2)

              ――ハンス・シュミット

 私はGANPACの新著、「アメリカ合衆國はドイツをロシアに奪はれやうとしてゐるのか」を好意を持つて称讚してくれた、すべての皆さんに感謝したい。また私は、ドイツで現實に起こつてゐる事をわかつてもらふために、どんな人物や組織に寄贈すれば良いのか、情報を下さつた、すべての方々にも感謝したいと思ふ。殘念ながら(この本には)論議の餘地のある「玉にきず」の部分も存在する。
 この本がブッシュ新政權の最上部にゐる人人の意識に殘つたかどうかについて我々は、ほとんど疑念を抱いてはゐない。ワルシャワでのブッシュ大統領の演説の中には我々の(語り得ない、のぞましくない眞實を表現するといふ點での)「厚かましさ」への一つの囘答と見なされる、二、三の文言が存在した。
 ブッシュは、その演説の中でポーランド人たちに次の樣な事を述べた。
 「今日以降、皆さんが建設するものは、皆さんが保持するのです。何人といえども、あなた方の自由やあなた方の國家を取り上げる事は出來ないのです。」と。
 私の考へでは、これは現在はポーランドの所有に歸してゐるオーデルーナイセ綫以東のドイツの領土に對する、あてつけである。ポーランド人たちは彼らが戰爭による破壞を受けた後で自分たちの都市を再建したと主張してゐるが、それは二、三の都市に限つてのみ眞實 であるに過ぎない。ブッシュの發言は、一九三九年三月に英國が行つた保證――これが第二次世界大戰の直接の原因となつた――と同樣に、まるでポーランド人たちが、ある大國から別の保證を獲得したかのやうに聞こへるのである。
 ブッシュは次のやうな事も述べてゐた。「ポーランドは中央ヨーロッパ(つまり、ヨーロッパの中心部)に位置してをり、一部の人々が今だに信じてゐるやうな、東ヨーロッパの一部ではありません。」と。これは合衆國の口から直接、發せられた興味深い、言葉遊びである。一九四五年以降、彼らが本來の「東ドイツ」〈Ostdeutschland  オーデルナイセ綫以東の舊ドイツ領――譯注〉を「ポーランド」(といふ名稱)に變へてゐる間に、中央部のドイツを僞りの「東ドイツ」へと變へてしまつたのと全く同じく、彼らは現在ドイツ全體をヨーロッパの中心的地位から追ひ出して、たんなる西ヨーロッパの一部に過ぎない地域にしてしまはうと努力してゐるのである。かうした策略の背後に私はユダヤ人たちの關與を見すかす事が出來る。ユダヤ人たちは他のどの民族よりも象徴性と(タルムード的)細事に怐泥してゐる。
 二〇〇一年六月一六日付けニューヨークタイムズ紙に掲載された上の寫眞を良く見てほしい。ブッシュの一番近くにゐる「ポーランド人」學生は私の考へでは明らかにユダヤ人女性である。偶然なのだらうか?
 前述の新著を出版した時、私たちはこの本を政府内の高官たちばかりでなく、アメリカ國内の最も重要なマスコミ關係の人々にも郵送しやうと考へてゐた。さらに大きな反響を與へるために、私はそれぞれの新著に自著「『民主主義』ドイツで投獄されて」を一册ずつ同封するつもりだつた。それが實現してゐれば、私はこの本をGANPAC(ドイツ系アメリカ人公共委員會)に一〇〇〇册ほど無料で提供してゐたであらう。私逹がそれをやりきれてゐれば新しい本の反響は本當に目ざましいものであつただらう。けれども、ああ、さらに多くの新著の印刷とそれらすべての物の郵送料だけで私たちは一〇,〇〇〇ドルが必要となつてしまつたが、その額は我々の支拂ひ能力をはるかに越へてゐた。それが我々が現在置かれてゐる状況なのである。いま私が述べてゐるのは、殘念ながら私たちは、資金に事缺いてゐるといふ事實である……

 ドイツからのまう一つのニュース 戰爭の光景をリアルに描寫する美術作品を創作してゐる、ロバート・ベイリーといふ名の一人のカナダ人画家はEM262(譯注・第二次大戰中のドイツ軍機)がイギリスのモスキート型爆撃機を撃墜した繪を描いた。さうした作品の印刷に際しは良く行はれるのだが、それらは限定され、番號を打たれたセットに兩軍の名高ひ戰爭の英雄たちが自らサインをした上で出版される。けれどもドイツの地に存在した内で最も自由な國だと自稱する、ドイツ聯邦共和國においては、カギ十字章の使用は、諷刺漫画のやうに、その價値を貶しめる形で使はれない限り、高額な罰金刑をもつて、嚴しく禁止されてゐる。
 さて、ベイリー氏はいかにしてドイツの檢閲制度(それは存在しないと云はれてゐるものだが)を乘り越へる事が出來たのか。なんと、彼はドイツに大量の美術作品用の用紙のうちの白紙のページをデザイン用に送り、しかる後に犯罪となるカギ十字章の入つた復刻版をもつと自由な國で印刷したといふわけである。
 (ユダヤ人たちが、いかにすべての人々を狂氣に導いてゐるかに留意せよ。 彼らは學校でのお祈り、法廷での十戒の朗讀、州會議事堂に南部連名旗をかかげる事、さらには、あらゆる場所におけるカギ十字章の使用、それらすべてを許せないほどに敏感な人々なのである。そして明らかに全世界が彼らの曲にあはせて踊らねばならないのだ。我々は一體、そのお返えしにユダヤ人たちから何をもらへるのだらうか。忠誠? 感謝? 現物での支拂ひ? 何もされず放つて置かれるのだらうか??? だまされてはいけない…)
 皆さんは現在、ユダヤ人たちがベルリン政府を通してヒットラーがこの世での最後の時を過ごした地域の、まさにその一區画を引き渡すやう要求してゐるのを御存知だつたらうか。云ひかへれば、彼らは第三帝國の最も神聖な地點を欲しがつてゐるわけである。
 次の文を讀んでほしい。「私たちはイスラエルが存續し續けるやう保證する事こそが私たちの責務であると考へてゐる。これはイスラエル人たちの生命が危險にさらされる時には、いつでも私たちがイスラエルの側に立たねばならないといふ意味である。私たちは、それが私たちの義務であるが故に、さうした事を行つてゐるのである。」これは二〇〇一年三月にイスラエルへのドイツ大使、ルドルフ・ドレスラー氏が述べた言葉である。
 二〇〇一年六月、ドイツの「ヴェルト・アム・ゾンターク紙に掲載されたトーマス・ガームスによる記事には、ただドイツ人だけがユダヤ人國家の崩壞を防ぐ事が出來ると書かれてゐる。ガームズによると、それこそが今後、ドイツ人たちの歴史的義務なのださうである。
 最後に經濟いつゐて若干、觸れておきたい。最近、私は妻とともに車で長距離の旅行を餘儀なくされた。私たちは、五つか、六つの州において大量のトレーラートラック(trailer-rig)が賣卻やレンタルのために幹綫道路から目につく、目立つ場所に置かれてゐるのに氣付いた。この件について意見を述べれば、これはアメリカ經濟が現在、大方の人々が考へてゐる以上に極めて惡化してゐるといふ私の主張の最も良い證據の一つであると思ふ。歸宅した後で私は全く偶然にも大型トラックが賣れずに供給過多になつてゐる事實に言及した記事が掲載されてゐる雜誌を見つけた。この記事によれば、通常は、市場におけるさうしたトラックの臺數は六〇,〇〇〇臺前後なのだが、今やその數は二〇萬、もしくはそれ以上に増加してゐるのださうである。私は、かうした事實がどう波及して行くのかは皆さんの熟考に委ねたいと思ふ。
 私の考へでは現在の金融上の「均衡」を保つための、つまり、強いドル、弱い貴金屬及び外國通貨(とりわけドイツマルク、圓)、安い石油、しばらくの間、もしくは續き得る限り、大量の安價な輸入品――を維持しやうとする明確な意圖が存在する。多分、これはアラン・グリーンスパンとともに經濟を操るユダヤ人たちが出來るかぎり長期にわたつて世界金融を支配し續ける事が、出來るやうに、なされてゐる事である。私はグリーンスパンは、すべての消息通たちがそれに氣づくほどに經濟崩壞が近づかないふちは、聯邦準備制度理事會議長を辭任しないだらうと確信してゐる。おそらく彼はそれが手遲れになつた時に無理矢理辭めさせられる事とならう。
 これまでのところ、ブッシュ政權はアリエル・シャロンを政權にとどめておくべく最大限の努力を拂つてゐる。シャロンはブッシュ政權高官たちが彼に課して來る束縛を何とか逃れやうと絶望的な努力を續けてゐる。アメリカ軍が中東戰爭に引きずり込まれたくないのは明らかである。私たちは、ただ、ベイルートの殺りく者が、どれだけ長い間、鎖につながれたままでゐるかと疑問に思ふだけである。(了)
(森 通曉・譯)

週刊日本新聞 二○三號(13・9・17)

   編 集 後 記

                       編輯主幹 太 田 龍

○ スチーブン・ナイト著、岸本完司譯「知られざるフリーメーソン」(中央公論社、一九八七年。中公文庫版は一九九○年)。
○ この本の英文原著は一九八三年。
○ ナイトは、本書は「現代社會におけるフリーメーソンの表層からほんの一歩踏み込んだ段階にすぎない。私は……引き續き取材を進めるつもりでゐる。……」(中公文庫版、三百七頁)、
  と記して居るが、その二年後の一九八五年、三十四歳で病死、と傳えられる。
○ ナイトの古典的名著「切り裂きジャック――究極の解答」(一九七六年)の邦譯を製作中。十月下旬刊、成甲書房。
○ ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」(岩波書店、上下、三浦、高杉、田代共譯、二○○一年三−五月。英文原著は一九九九年)。
○ この本に、渡邊清といふ人の著作(「碎かれた神」)が引用されて居る。
○ 私の視野にはこの人は入つて居なかつたので、讀み始めることにする。
○ 渡邊清。一九二六−一九八一年(享年五十六歳)。十六歳(昭和十六年)のとき、海軍少年兵に志願。
○ 強ゐて位置付ければ、この人は、戰後左翼陣營、反戰平和反日反天皇制陣營、と成るのであらうが、しかし、その枠組に收まり切らないやうにも見える。
○ 海軍、と云ふと、海軍兵學校出身の將校がもつぱら登場する。しかし將校は水兵下士官の上に在る。そして、その強烈な階級制度。と云ふよりも、新兵は毎日毎日、古兵下士官から徹底的にたたかれ、なぐられる。これは英國海軍直輸入、であらう。
○ そのことを、この人は想起させてくれる。(「私の天皇觀」、昭和五十六年、邊疆社)
○ 「スピアヘッド(槍の穗先)」(BNP英國國民黨系の月刊誌)、二○○一年九月號着。ここに「英國(ブリテン)のフェミニゼーション(フェミニズム化)」(ジョン・テインダル)と云ふ論文あり。
○ この「フェミニゼーション(フェミニズム化)」は日本語に飜譯しにくい。けれども、この現象と社會過程を日本人には無縁だ、などと片付けることは出來ない。
○ 「英國の白人は包圍下にある」(同上)と。
○ できるだけ多くの「BNP」關係の情報を紹介したいが力が足りない。
○ 日本義塾
   九月二十七日(木)午後六時半〜九時(六時開場)
   會場 文京シビックセンター四階會議室
   講師 太田 龍
   演題 ジョン・コールマン博士の新著「來るべき大災害」(成甲書房より十一月刊豫定)、他。
   會費 一囘千圓(若干の資料代含む)
○ 小紙前號(二○二號)誤植訂正
                      誤   →       正
  14頁上段終から6行目      八月二十七日   → 九月二十七日
○ 日本義塾
   十月二十五日(木)午後六時半〜九時(六時開場)
   會場・講師・會費共に右に同じ。
○ 山岡莊八と司馬遼太郎。
  この二人の作家の比較研究は、今の日本で、きはめて重要であり、また、緊急を要する。
◯ 山岡莊八著「徳川慶喜」第5卷(講談社)。
  「その大久保一藏[利通]が、水戸に學んだことのないのを、慶喜はいま、卒然として思ひ出したのだ……
  (――さうだ。これは一つの油斷であつた…)」       (三十四、五頁)
◯ 山岡先生の「明治天皇」全六卷、「徳川慶喜」全六卷(講談社)、
  これをもう讀みましたか。
◯ 私は、平成四年以降、何度も何度も、くり返し、味讀して居ます。
◯ マッカルバニー・インテリジェンス・アドバイザー(The McAlvany Intelligence Advisor)、(P. O. Box 84904, Ohoeuix, A2 85071, USA)
  二○○一年九月號。
◯ この號は、迫り來る米國と世界の經濟的破局について、詳細な分析と豫告を特輯して居る。
◯ とくに、米國の個人消費者負債問題。米國の家庭の六十パーセントは、消費支出が收入より多い。つまり、借金である。二○○一年第一四半期(一−三月)、米國で、三五六、八六三人が自己破産した。これは、前期より十八%多い。
◯ 間もなく襲つて來る經濟恐慌では、年間、二百萬、三百萬、四百萬人、ないしそれ以上の自己破産が豫測される。……と。これは米國の話し。
◯ しかし、ジョン・コールマン博士の豫測(「來るべき大災害」)では、そんなものは序の口に過ぎない。
◯ その先に、何が「豫定」されて居るのか。
◯ 「彼等」は何を計畫して居るのか。
◯ マスコミも「大學」も「シンクタンク」も、官僚も、何一つ、日本國民に、これから何が起きやうと、又は起こされやうとしてゐるかについての眞實の情報を提供することはあり得ない。
◯ 「スピアヘッド」二○○一年九月號、十二頁以下。
  「思想警察社會」(アントニー・ミルン)。これは英國の國民に多文化主義を刷り込む手法を批判する。
平成十三年九月六日記


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