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自分は今生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるお得なくなったのである。友よ助けよ。同志よ吾に投ぜよ。人類は今危機に頻している。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は将に波にさらわれて覆没しようとしている小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。自分は中心者として増上慢のそしりを受けることを恐れていたのだった。一求道者としていつまでも謙遜でいたかった。併し今は謙遜でありたいと云うことが自分にとっては安易を貪る一つの誘惑と感じられる。自分はこの誘惑に打ち克って人類を救わねばならない。自分の火は小さくとも人類の行くべき道を照らさずにはおかないだろう。此の火は天上から天下った生長の火である。火だ!自分に触れよ。自分は必ず触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上がった。見よ!自分の身体が燃え尽くすまで、蝋燭のようにみずからを焼きつつ人類の行くべき道を照射する。自分のかざす火は人類の福音の火、生長の火である。自分はこの火によって人類が如何にせば幸福になり得るかを示そうとするのだ。如何にせば境遇の桎梏から脱け出し得るか、如何にせば運命を支配し得るか、如何にせば一切の病気を征服し得るか、また、如何にせば貧困の真因を絶滅し得るか、如何にせば家庭苦の悩みより脱し得るか……等々。
今人類の悩みは多い。人類は阿鼻地獄のように苦しみもがきあせっている。あらゆる苦難を癒す救いと薬を求めている。しかし彼らは悩みに眼がくらんでいはしないか。方向を過っていはしないか。探しても見い出されない方向に救いを求めていはしないか。自分は今彼らの行手を照らす火を有って立つ。
『生長の家』誌創刊号、生長の家創始者 谷口雅春師「巻頭のことば」 より