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概念集5 目次
概念集5に関する序文
幻想性と級数展開
批評概念を変換し…
ゲームの(不)可能性
スピット処理に交差するモアレ
電報の速度
表現における遠心と求心
資科の位置
爆風の現在
救援通信最終号を媒介する討論のために
裁判提訴への提起
肉体と身体に関する断章
包囲の原ヴィジョンへ
批評概念を変換し…
例えば江藤淳が若い世代(註−本当は、世代概念の解体こそポストモダン情況の指標の一つであるが…)の竹田青嗣や加藤典洋に向かって「もう今日は何も言
うことがないのですけれど、要するに文芸批評をプロフェッショナルな仕事として成り立たせて頂きたい」と訓示?しているのを竹田の対談集(九〇年一月刊
行、実際の対談は八四年末)で読む時の、江藤(およびプロの批評家たち)の批評概念への異和について考えてみる。
私にとっては批評という概念は基本的に、概念集3の〈批評と反批評〉の項目が引き寄せる領域で揺れ動いており、より厳密にいいなおすと、任意の位置ない
し関係相互の間における発想や存在の様式の矛盾を止揚する原則を模索する時に対象とする概念として論じようとした。どこかに批評というジャンルがあるので
はなく、一瞬ごとの呼吸や排泄のように身体化されるレベルで、また料理のように自分でやりうる範囲で批評の根拠ないし原初形態は常に出現しているのであ
り、その動きや方向の無意識性の対象化こそが各主体にとって不可避の課題であるということは、六九年情況を潜った私にとって自明であった。私が一連の資料
の刊行を私が書いた批評集ではなく、私について書かれた国家(α)やマスコミ(β)や文筆業者(γ)による批評の集成から開始した契機は、このような把握
からの必然であったし、この試みは段階や度合の差異はあるにしても、任意の人によって、いや、まずプロの批評家によってやってみる価値のある作業であると
確信している。
従って、批評は作品との関運で成立するのではないから、小林秀雄や吉本隆明のように批評の運命を悲劇的に考察したり、作品ないし作家に愛憎を交えた対抗
意識を燃やしたりする必要もないと私は考える。前記のα〜β〜γの系列からいえば、これまでの批評概念はγの職業的内閉の作業の別名に過ぎず、αやβを自
他の表現の共通基盤となしえず、批評を任意の存在の一瞬毎の表現として把握する想像力の欠如によって、〈大学〉闘争後の情況性を喪失し、本質的にはもはや
成立しえない。ただし、この意味を任意の人〜関係と共有し展開するためにこそ、既成の特にγ系の批評のレベルの総体を受け継ぐ、時として批評過程のすさま
じさやエロス性に感動する態度が不可欠であろう。
これから共に追求していきたいテーマを列挙してみると、
@批評概念の変換を主張する契機を、任意の人〜関係にとっての〈 〉概念の変換の契機との関連で模索する。
A他者や他関係への意思〜感覚の表現形態が、言葉として、とりわけ批評的散文として、従って〈私〉を主語として具体化されることを自明とせずに考えなお
す。
B批評に限らず、あるジャンルや方法を用いる際の選択過程に内在する必然性ないし不可避性(からの変換方法)を相互に対象化する場を作る。
この項目が、タイトルからここまでの記述において、内容の展開とともに、わずかでもタイトルの向こうへの変換を実現していればいいのだが…。
註一−例えば北村透谷が死ぬか狂うかの一週間を潜った経過について何十年かをかけて批評する人がいるとして、その執着には感嘆を惜しまないが、少なくと
も、一週間と数十年という時間の差異の隔絶に対して直感的な異和が湧いてくる。ただし、
この時間の隔絶に対しての批評と、何十年かをかけてゆるやかに死ぬか狂いつつあるという自己批評がかれの透谷論に繰り込まれているならば、はじめて透谷と
対等な批評として成立しうる。そうであることを願う。
二−私自身は、ある段階以降、どれほど魅惑を感じても特定の作家(詩人)を正面にすえる批評をしなくなった。理由を「第n論文への諸註」(69年3月、表
現集〈 〉版に収録)を参照して確認し、批評していただければ幸いである。その後も私の文章表現に固有の人名や作品名が現れることは続いているのだが、あ
くまで崖を撃
じ登る過程で思わず手でつかんだり、道を切り開きながらやむを得ず足で踏んでしまう灌木のような感触で批評している。ある意味でそれぞれに対する非礼であ
るとはいえ、別の意味でそれぞれと対等の切迫度において出会う礼をつくしているつもりである。
三−筒井康隆が中上健次との対談(新潮91年4月号)で、今後の批評家は全方位性をもっていなけれぱならない、と語っている。スゴイなあと思って立ち読み
続けると、かれのいう全方位性とは、絵や音楽や演劇などの広いジャンルへの視点といい意味?の文壇的能力をさしていることが判り、落胆のあまり笑ってし
まった。できれぱ筒井が文壇的雑誌での対談をフィクション化する過程を笑いたかったのだが…。中産階級化する社会からこぼれ落ちる多様なテーマについての
評論家たちの共闘による支配秩序との生命がけの死闘を描いたフィクション「俗物図鑑」(72年)の登場人物たちは、作者に対する逆襲を必要とする位置に配
置されつつある。これは笑いごとではない。
四−この項目の冒頭で言及した江藤の訓示?は、かれの発言の基底の声である、狭い文壇的な言語圏を越えて国家規模の禁忌に届く批評をし、かつ、その言葉が
生活者に理解されることを願うつぶやきとして聴き取れば、重要な指摘といえる。ただ、かれはそんなことは、すでに六九年以来いたるところで試みられてきて
いる事実を知らないだけだ。そのことの方が、かれの指摘よりも重要である。竹田や加藤も、例えぱ反日闘争の被告人・加藤三郎の提起(「思想の科学」88年
4月など)が江藤の訓示?よりも遙かに深い示唆を投げかけていることに気付きつつも充分に応用しえていない。
五−江藤が、いや更に厳密に吉本がいうように、商業誌に文章を書くことは表現行為や内容のレベル・アップの推力として働く場合もあるから全否定しなくても
よい。しかし、この評価の仕方は、六九年以後にも時々主張された、学生自治会や労働組合の限界は判っているが、少なくとも闘争や運動を当局に認めさせる形
で具体化する推力として働く、という非・全共闘派の発想をどこか想起させる。いずれの場合にも、既成の枠を解体するために仮想的に関わることに意味がある
にすぎないし、できれば関わりなしに、それら以上の成果を具体化すべきであろう。
六−前項の最後の具体化と、その作業に伴う問題への対処がどんなに困難であるかは了解している。あとは直接開示していくから、批評していただきたい。私も
やる。
(p7-8 『概念集・5』〜1991・7〜)