
![]() 「 親の思 い ・子どもの思 い 」 〜不登校から見えてきたものは〜 2000年9月23日 アクトシティ浜松 |
![]() |
| ■14才から17才の間不登校し、閉じこもりや家出の経験も持つ。医師として白血病が専門だが現在内科・小児科として開業。あとで対談する16才の大村君は、今年の松島での全国合宿・子ども シンポジウムの場で「学校に行く・行かないが問題でなく、自分は何をやりたいのか見つけることが大事なのではないか」と発言し,ハッとさせられた。 不登校の子どもたちはいろいろ考えてるが、言っても無駄と思っている大人には言わないものだ。当事者の意見を聞くことが大事で、専門家が集まって不登校対策問題を検討しても何の意味もない。 高3の長男(茶髪やってる)はじめ、 3人の子どもがいるが、子どもは思ったとおりにいかない。子育てしながら、親が育てられていることを実感している。 |
| ■鳥取大学付属中学に通っていたが、大学紛争でゲバ棒持ってる学生が教育実習では背広着て教えている…大人の二面性・矛盾性を感じた。そして自分はナゼ周りと合わないのか?弱いのか?と自分を責めたり落ち込んだり…。 中3の夏休み,自宅の床板の下を掘り、1,5メートルの深さ,2畳くらいの地下室を掘った。父は開業医、母は看護婦として忙しかったので、朝「行ってきます」と言って勝手口から帰って穴に入る。昼夜逆転の生活。ラジオで当時「オールナイトニッポ ン」 「セイヤング」を聞いて落合恵子さん(レモンちゃん)とかに励まされた。今、彼女が「不登校新聞」で編集顧問として書いてくれる時代になって、ハタチの頃からそのままの素敵な生き方してる人だなあと思う。 |
| ■穴掘ったことが父に見つかり怒られた。10月頃の朝「学校に行きたくない」と言っ
たら、父親がキレてちゃぶ台をひっくり返し「学校に行かんなんて社会が許さん!」
「社会が許さんじゃないだろう!おまえが許さんのだろう!」「その口のきき方はなんだ!」殴られ、居場所はつぶさ
れ…本当に家を出るか死ぬか,という辛い日々だった。
その後,家出をし大阪万博でのアルバイトや北海道、新潟、松江など転々としながら、朝日新聞の尋ね人欄に「チチキトク、ヒデトシ、スグカエレ」と出ていたのを見て、親が心配しているんだと知る。結局家に帰り、3年遅れで高校へ入学。 後に母親から、家出した2年位、一日も家を離れなかったと聞く。法事や結婚式にも実家にも帰らなかった。「毎日、雪かきして毎晩、電気つけ,何時でも帰って来れるように待っていたよ」 高校でも嫌な先生には、テストを白紙攻撃。裏に「あなたは子どもの気持ちがわかっていない!」とか、さんざん書いた。わかってくれるいい先生もいて「何のために勉強するのか?」という質問に「しょせん、人生は遊びである。遊ぶには知恵がいる。自分の人生を楽しむために人間は学問をする」… 押し付けは嫌だが、そういう考えならいいなあと思った。 引きこもりも、最近不安をあおるような問題視されるが、心配いらない。「まゆごも り」とも言って自分の傷を癒す期間で、意味のある選択。 |
| ■人間はお互いに迷惑をかけながら生きている。子どもは立派な大人になるために学校に行かなければならないと思っている人がいるかもしれないが、立派な大人になるだけに生きているのでなく、子ども時代という今を生きるためにある。私達も立派な寝たきり老人になるために生きているわけではない。子どもはいろんな失敗・挫折を繰り返して成長していく。親は子どもからのSOSが出た時に届く範囲にいること。失敗してからどうするか、一緒に考えていく。いつどこからでもやり直しができるんだということを学ぶために、子ども時代にたくさんの失敗や転
んだ方がいい。完璧な子育てはないから、不登校になったからと(母乳で育てなかっ
た…とか)親は自分を責めることはない。 閉じこもっていた頃、よく読んだ「車輪の下」に「子どもに対する期待ほど懲罰的なものはない」と、ヘルマン・ヘッセは書いていて、共感。過剰な期待は子どもをつぶす。「星の王子さま」の中では 「肝心なことは心の目で見ないとね」という有名なフレーズの他に「幸せを他人と比べてはいけないよ」という言葉がある。自分の幸せのものさしを他人に押し付けてもいけない。 |
| ■学生時代インドで病気になり、僕は腎臓がひとつしかなく「生きているだけで人生
まるもうけ」…そう思う。どんな生き方も可能。登校拒否して失うものは何もない。人生に手遅れはない。世間体や常識で子どもを追い詰めないで、子どもが生まれてきた時の感動をわすれないことだ。引きこもっている子を引っ張り出そうとするのは、暴力だと思う。
「愛情は,あまるものを押し与えることではなく,見捨てないこと」というマザー
テレサの言葉がある。また「この世でもっとも悲惨なのは、病気や貧困でない。自分はこの世で必要ないと思い込まされること」とも言っている。 不登校の子ども達も、自分は必要でないと思い込まされている。「うちの子じゃない!」とか言われたら絶望 しかない。そこまで追い詰めないこと。不登校になって一番苦しいのは、支えてくれる人が誰もいないこと。誰か一人でもいい、支え見守ってくれれば(どこか施設に預けるのでなく、できたら親と子でささえあう)…必ず生きる勇気が湧いてくる。 |
| ■学校に行かないからこそ、いろいろ見えてくるものがある。不登校もまんざら捨てたものではない。親の会の仲間もいるし、不登校新聞やインターネットでの情報もある。当事者の意見を聞きながら、試行錯誤しながら生きていけば、おのずと道は見えてくると思う。 (まとめ青木) |