Santa Caterina da Siena、本名Caterina di Benincasaは1347年にSienaのある染色業の家庭に24番目の子供として生まれました。7歳のときに純潔の誓いを行い、12歳の時に結婚を拒否したといわれています。彼女が18歳の時に初めて両親から逃れて、ドミニク会修道院に入ることが許された彼女は、1380年までのわずか33年の人生の中で貧しい人々、病人、死線をさまよう人々への救世主として伝説的に語り継がれています。また、彼女の並外れた知性は、多くの権力者からも助言者として頼りにされ、1337年に彼女がフランス・Avignonに居城を置いていた当時の法王Gregorio XIに対して、法王庁をRomaに戻すように説得したという伝説は多くの人に知られています。また彼女が当時の侯爵Schismasへ書いた281通の手紙は今日でもなお当時の文学作品の一つとして広く知られています(ただし彼女は読み書きが出来なかったので、全ての手紙は聞き書きによって書かれていたといわれています)。Caterina di Benincasaは1375年から彼女の死までの間をSchismasの元に身を隠して暮らしました。そして1461年にはすでに彼女の名前を神聖なものとして語られました。 1939年からSanta Caterina di Sienaイタリアの守護聖人の一人として数えられています。また現在SienaのSanta Caterinaの生家およびその一帯は聖地として保存されています。
Santuario di Santa Caterina 後ろに見えるのはSan Domenico教会
昔暖炉があったといわれる部屋
Santa Caterina di Benincasaは、右上写真の部屋にあったといわれる暖炉で幼いころ転びましたが、奇跡的に無傷であったといわれています。なおこの部屋の床のタイル、Santa Caterinaの奇跡を描いた17枚の絵、木の格子天井も一見の価値があります。