Santa Caterina da Siena、本名Caterina di Benincasaは1347年にSienaの、Fontebrandaの泉に通じる道のある染色業の家庭に生まれ、7歳のときに純潔の誓いを行い、18歳の時に両親から逃れてドミニク会修道院に入信したのち貧しい人々、病人、死線をさまよう人々を1380年までの短い33年の人生の中で救い続けたそうです。また1337年にSanta Caterinaがフランス・Avignonに居城を置いていた当時の法王Gregorio XIに対して、法王庁をRomaに戻すように説得したという伝説("Perseverate, rallegrandovi nelle tempeste e battaglie")は多くの人に知られています。
1461年にはすでに神聖なものとして語られていたSanta Caterinaは、1939年からイタリアの守護聖人の一人として数えられています。
Santa Caterinaが生まれ、生き、そして亡くなった街であるSienaでは毎年4月の末にこのSanta Caterinaへの伝統的な祝典が行われています。
上の写真はDuomoとSanta Maria della Scalaの間で行なわれた鼓笛隊による演奏です。この後Duomo内で、Sienaの大司教およびボスニア-ヘルツェゴビナの枢機卿によるSanta Caterinaへのミサが行われました(27.04.2002)。
via delle TermeからSantuario di Santa Caterinaに向かうパレードの様子
朝にSantuario di Santa Caterinaで行なわれた儀式の様子。オレンジ色の僧衣を着ているのがボスニア-ヘルツェゴビナの枢機卿、隣の赤紫色の僧衣を着ているのがSienaの大司教です。ちなみにこの式典には以前、現Roma法王Johannes Paolo IIも来られたことがあるそうです。この場でFoglionoから持ってこられたオリーブオイルが収められました。このオリーブオイルは毎年イタリアのオリーブオイルの産地から1つの街が選ばれているそうです。 Santa Caterina da Sienaを守護聖人としているContradaはNobile Contrada dell'OcaとContrada del Dragoの2つですが、このSantuario di Santa CaterinaはNobile Contrada dell'Ocaに属している地域であるためこのContradaの人が裏で儀式を取り仕切っています。上右の写真はNobile Contrada dell'Ocaの大将と女性のリーダーがContradaの旗を持ってSantuario di Santa Caterinaから次のミサが行われるSan Domenico教会に向かうところです。なおこのミサの時にはNobile Contrada dell'Ocaの大将と、Contrada del Dragoの大将が祭壇のそばにありました。