ビジネスキャプターさくら
第一話:さくらとふしぎなニュービジネス
2003/03/24 ビジネスキャプターさくら(その1)
はにゃーん、私木之本さくらだよ。私ももう結構大人になっちゃった。今は小狼君とおんなじ中学に通ってるの。みんな元気でとっても幸せなんだけど、ただおにいちゃんだけはは結局大学受験に失敗して2浪した後近所の工場に働きにいくことになった。おとうさんはもう1年浪人してもいいって言ったんだけどもおにいちゃんは断った。これ以上おとうさんに迷惑をかけたくないって。
おにいちゃんは一時かなり落ち込んでいたけど、すぐにまたいつものおにいちゃんに戻った。あるときまじめな顔で
「さくら、おまえと父さんには肩身の狭い思いはさせないからな。おかあさんがいなくなって、おまえもつらかったろうけど、俺一生懸命働いておまえをちゃんと大学に行かせてやるからな。」
って言ってくれたの。少しおにいちゃんらしくないと思ったけど、おにいちゃんがそんな風に私に言ってきたのはずっと昔の私が小さいとき以来で、照れくさかったけどとてもうれしかった。おにいちゃんがまじめになっちゃたのは驚いたけど、でも私はおにいちゃんもおとうさんもとっても大好き。さくらはとっても幸せな女の子だよ、はう〜。
あ、でもひとつだけ残念なことがあった。寺田先生と利香ちゃんが一緒に死んじゃったの。入水自殺だって。新聞にも大きく取り上げられて、一時友枝町はその噂で持ちきりだった。あとでともよちゃんにきくと、「ええ、あの二人はお付き合いなさってましたわ。さくらちゃん、気がつきませんでしたの?」ほえ〜そんなのわからなかったよ〜。
実は先月一周忌で、寺田先生のおかあさんが利香ちゃんの家に行ったらしいんだけれど、家にもいれてもらえなかったんだって。寺田先生のおかあさんも一人息子さんをなくされているのに。つらい話だよね。
2003/03/25 ビジネスキャプターさくら(その2)
はにゃーん、私木之本さくらだよ。ともよちゃんはいまでもよく一緒に遊んでいる。最近とても女の子っぽくなって、とってもきれいになった。
「さくらちゃんのほうがとってもかわいくて素敵ですわ」
なんていってくれるんだけどやっぱりともよちゃんはきれいだなあ。こんなに綺麗だとお兄ちゃんがちょっっかいをださないかちょっと心配だったんだけれど、おにいちゃんはあんまり興味が無いみたい。そういえば、雪兎さんともあんまり会う機会がないみたい。雪兎さんは都内の理工系のとってもいい大学に進学して、あんまり話も合わなくなっちゃたみたいで、最近は電話なんかも無いみたい。はにゃーん、さびしいよう〜。やっぱり、学生時代の友達って、そんな感じなのかなあ。私は時々雪兎さんを学校帰りで見かけて話しかけたりするんだけれども、おにいちゃんの話はぜんぜん出てこない。少し寂しいけど、仕方ないよね。
おにいちゃんはいつも同じように毎朝黙々とお弁当を持って工場に行く。たまに夜勤の日があって、そんなときは朝方帰ってくるんだけどくたくたに疲れちゃうみたいですぐに眠っちゃう。大変だけど、がんばってね、おにいちゃん。
「いってきま〜す」
朝、大きな声で私は家を飛び出す。さすがにローラーブレードは中学からは使わなくなった。おにいちゃんは今日は早番だ。だから一緒に出かけた。二人ともおとうさんの作ってくれたお弁当を持って。
「さくらさんに桃矢君、気をつけて行ってらっしゃい。」
おとうさんはとても優しい。
おとうさんに手を振って、駅までの道をおにいちゃんと並んで歩いた。
「さくら、今日俺ちょっと遅くなるからな。」
おにいちゃんはぶっきらぼうに言った。
「ほえ?どうしたの?また残業?」
おにいちゃんの工場はよく残業があった。だからまたそうなのかとおもってちょっと心配した。おにいちゃんはちょっと最近働きすぎで疲れてるみたいだったから。
「いや・・・」
おにいちゃんは少し口ごもった。
2003/03/26 ビジネスキャプターさくら(その3)
「ちょっと、工場の先輩に誘われててな。」
なーんだ、と私は安心した。そういうことなら思いっきり羽を伸ばして楽しんでくるといいよ、おにいちゃん!
「じゃ、晩御飯はおにいちゃんの分は作らないでおくね!」
「ああ、すまん、さくら。」
おにいちゃんはまたもくもくとあるいた。
「さくら」
「ほえ・・・?」
「おまえの人生って、充実してるか?」
ちょっとびっくりした。だって、おにいちゃんがそんなこと聞いてくるなんて考えたことも無かったから。
おにいちゃんも大人になったんだな。
私はそう思った。いろいろ考えたりするんだろうな。さくらはやっぱりまだまだ子供だから分からないのかも。でも、
「うん!とっても充実してるしたのしいよ」
って、素直な感想を言った。素敵な友達や家族に囲まれて、私は本当に幸せだもん。
「・・・そうか」
「・・・ほえ・・・・?」
おにいちゃんは考え込むようにうつむいていた。ちょっと悩んでいるような、そんな感じもして、少しだけ心配になった、けれどそれは一瞬のことだった。
「みんなで、幸せになろうな。」
「うん!」
あさからこんな話をされて驚いたけど、おにいちゃんはいくら憎まれ口を叩いてきてもやっぱりやさしい。私はおにいちゃんが大好き。
2003/03/27 ビジネスキャプターさくら(その4)
はにゃーん、私木之本さくらだよ。おにいちゃんが本を読んでいる。なんだかビジネス関係の本みたい。「波動」とか「革命」とか書いてある。熱心だなあ。晩御飯のあと、おにいちゃんソファーから動かないよ。やっぱりおにいちゃんは勉強が好きなんだなあ。大学にいけなくても、ちゃんと本読んでる。
「さくら」
「ほえ?」
私が通りがかると、おにいちゃんに呼び止められた。
「いいもの見せてやるよ」
まずおにいちゃんはおにいちゃんは手元においてあった黒いかばんからいろんな物を取り出した。テーブルの上に並べていく。用意したのは10センチ平方くらいの2枚のガラス板だった。そのガラス板に、おにいちゃんはスポイトでサラダ油を2箇所にたらした。
「ほえ〜おにいちゃん、サラダ油なら台所にあるよう」
「いいからみてろ、いいか・・・・」
おにいちゃんは一方のサラダ油にファミリーピュアを垂らした。
「おにいちゃん、もったいないよう」
「いいからだまってろ。いいか、えー、この洗剤、仮に花玉としましょう」
「おにいちゃん、ファミリーピュアは花王だよ」
「だから黙ってろ、えーこの花玉の洗剤だとこうやって水でで流しても・・・ほら!」
おにいちゃんがみずでガラス面を流しても、なかなか流れ落ちない。
「今度はこちらのディッシュ○ロップです」
もうひとつのガラスに違う洗剤を垂らし、同じように流した。
「ほえ〜あっという間に綺麗になっちゃったよう」
2003/03/28 ビジネスキャプターさくら(その5)
もうひとつのガラスはあっという間に油も洗剤も流れて綺麗になった。ちょっとおにいちゃんは得意げにファミリーピュアのほうのガラス板を指差して、
「洗ったあとの食器にもこうして洗剤がこびりついてるわけですよね?この残った洗剤が次にこの食器を使ったとき私たちの体の内に食べ物と一緒に蓄積されるのです。今回は市販の洗剤に花王の・・・あ、花王って言っちゃった。」
「だからさっき言ったじゃない、それになんで敬語なの、おにいちゃん。」
おにいちゃんの様子は明らかにヘンだった。なんだか別の人みたい。
「さくら、この洗剤はすごいだろう?」
「う・・・うん」
私は頷いて見せた。
「そうだろ!やっぱア○ウェイは素晴らしいよ!ア○ウェイは最高だよ!いいか、みてろさくら、おにいちゃんが いっぱいお金を稼いでやるからな。そうしてリッチで豊かな、そう、中○薫さんみたいになって、おれは・・・」
おにいちゃんはちょっと怖い人みたいになった。おにいちゃんはそれから印税収入がどうしたとか訳の分からない話をいっぱいしてきた。おにいちゃん、私お金なんていらないよう。怖いから変な話はやめてよう・・・。
おとうさんはその日は学会なので帰ってこなかった。おにいちゃんの話はそれから一時間くらい続いたけど、なんだかいつものおにいちゃんじゃなくなってたみたいだった。どうしてヘンになっちゃったの?おにいちゃん。でも明日には元どうりになってるよね!大丈夫、ぜったいなんとかなるよ!
おにいちゃんは遅くまで誰かと電話してるみたいだった。私はその日あんまり眠れなかった。
2003/03/29 ビジネスキャプターさくら(その6)
はにゃーん、私木之本さくらだよ。
おにいちゃんは今日から出かけてます。お仕事あったはずなのに・・・。有休、だって。それで、なんだか富士山の方の山奥で合宿だって。何の合宿?って聞いたら”自己啓発セミナー”っていうらしい。急にそんなことしてお仕事大丈夫かなあ。おにいちゃんは「物事には優先順位がある。俺はやるべきことをやるだけだ」なんていうけど。妙に上機嫌でおにいちゃんは「じゃ、いってくる」と言い残して出ていっちゃった。
その一部始終を今日学校で知世ちゃんにはなすと、知世ちゃんは少し考え事をした後、
「もしかすると、さくらちゃんのお兄様は少し困ったことになっていらっしゃるのかもしれませんね。」
っていった。ほえ?困ったこと?知世ちゃんにに聞き返すと知世ちゃんは自信なさげに、いえ、私の気のせいだと思いますわ」って言って、笑顔に戻った。いったいなんなんだろう、困ったことって・・・。さくら心配だよう、おにいちゃん。
夜、おとうさんが学会から帰ってきた。おとうさんにおにいちゃんのことをすこし話した。お父さんは、
「桃矢君もう大人ですからね。自分なりの考えがあってやっているんでしょう。」
って、にっこり笑って言った。でもおとうさん、おにいちゃんどう考えても変だよう・・・。私が泣きそうな顔をしているとおとうさんは頭をなでてくれた。やっぱりおとうさんは優しい。忙しくてもちゃんと家族のことを考えてくれてるんだ。リビングのおかあさんの写真も優しく私たちを見守っている。そうだよね、絶対大丈夫だよ!
2003/03/30 ビジネスキャプターさくら(その7)
はにゃーん・・・私木之本さくらです・・・。
おにいちゃんが合宿から帰ってきました。おにいちゃんは・・・なんだか、本当に違う人になってしまったみたいで、ものすごい勢いで玄関から入ってくると「ただいま!」なんていうの。なんだか目が血走っている。こわい。それで、「俺は生まれ変わった!本当の自分に目覚めた!」なんて言うの。
おにいちゃんが帰ってきてしばらくして、男の人が2人来た。
「ああ、さくらちゃん、木之本君から聞いてるよ。かわいい妹さんだね。」
「あ、はい、どうも・・・。」
おにいちゃんよりちょっと年上の人かなあ。優しそうな人だけど、やっぱり目つきが、ちょっとヘンだった。その人たちはあんまり力がなさそうだったんだけど、車に大きな荷物を積んできていて、それを玄関から台所へ持ち込んできた。
「おにいちゃん、なにこれ?」
私は恐る恐る尋ねた。だって、おにいちゃんさっきからものすごいテンションで
「これからはア○ウェイっすよ!全く馬鹿どもは何でこんな素晴らしいビジネスに参加しないんですかねえ!だから負け組みって言われてしまうんですよ!レッツビギンですよ、ポジティブですよ!なんでも願いがかなうんですよ。ほしいものが何でも手にはいるんですよ!おいさくら、おまえ何かほしいものはあるか?」
って、ずっと大声で話してるんだもん。
おにいちゃんは荷物の梱包を解きながら返事してきた。
「ああ、調理器具だ。便利だぞ」
おにいちゃん、お鍋も包丁もいまうちにあるのまだ使えるよう。
2003/03/31 ビジネスキャプターさくら(その8)
はにゃーん・・・。さくらです・・・。
おにいちゃんの買った調理器具セット、15万円だって。おにいちゃん、お金大丈夫なのかなあ・・・。
「大丈夫、これは投資だから。それにいいものはまず自分で使うだろう?俺はこれを売っていかなければならない。だからいくら出してももったいないなんてことはないんだ。」
夜、おとうさんはおにいちゃんと久しぶりに顔をあわせた。おとうさんは最初おにいちゃんがそんな高いお鍋を買ったことに驚いたんだけれど、
「やっぱり桃矢君は優しいですね。こうして私たちのために高価な買い物までしてくれるんですから。」
って、私にこっそり耳打ちしてきた。
そのお鍋を使ってお料理をした。おにいちゃんがカレーを作ろう、と言ってカレーを作ることになった。おにいちゃんはその間も自分のやろうとしている副業がどんなにすばらいしいか私たちに話してきた。なんだかいっぱい言われてよくわからなかったけれど、なんだかその会社の製品を使わないと地球が滅びるらしい。
「ほら!みろ!水も油も使わずに調理できるんだぞう〜」
おにいちゃんは絶対にヘンだ。こんなじゃなかった。おとうさんもさすがに少し怪訝そうな表情になったけど、すぐまた笑ってこっちを見ていた。そうだねおとうさん、なんとかなるよね!
2003/04/01 ビジネスキャプターさくら(その9)
はにゃーん。私・・・。
晩御飯のあとかたずけが終わったあと、私は宿題があったので部屋に戻った。おにいちゃんはおとうさんと話をしているみたい。
「だからこれはねずみ講じゃないって言ってるじゃないか!」
二階まきできこえる大きな声だった。おにいちゃんが怒鳴ってる。おとうさんは優しい声で諭した。
「いやでも、桃矢君それは・・・」
「なんでだよ!ア○ウェイならどんな望みもかなうんだよ!父さんだって働かずに遊んで暮らしたいだろ!なんだって望みのものが手に入るんだよ!車はベンツ、ウイスキーはナポレオン、海にはクルーザー」
「桃矢君、そんなものは私も、たぶんさくらさんも望んではいないですよ、いいですか桃矢君、まずそのディストリビューターというのだけれど・・・。」
「なんだ、父さんも負け犬かよ」
そうしてどんどんどん、って乱暴な音でおにいちゃんは階段を上ってきた。おにいちゃんは携帯で誰かと話している。なんだかおとうさんの悪口を誰かと話してるみたい・・・。いやだよう、おにいちゃん、そんなのいやだよう・・・。
2003/04/02 ビジネスキャプターさくら(その10)
雪兎さんに電話して相談してみよう。そう思いついた私は受話器をとった。今日は日曜日だけどおにいちゃんはどこかへでかけて、おとうさんもお仕事の関係で私一人だった。
「あの、雪兎さんですか?」
雪兎さんはすぐに電話に出た。
「・・・ああ、さくらちゃん?」
優しい声だけど、なんだか元気がない。どうしたんだろう、雪兎さんまで・・・。
「ちょうどよかった。こっちから電話しようと思ってたんだ。」
はにゃーん。雪兎さんからこっちにかけてきてくれようとしてたなんて感激だよう〜。私はとりあえず用件を伝えようと思った。
「さくらちゃん」「雪兎さん」
「あ・・・」
二人の声が同時に重なった。
「あの、雪兎さんからどうぞ」
わたしは雪兎さんの用件のほうが気になったので先に言ってもらうことにした。
「ああ、えっとね、その・・・」
雪兎さんはなんだかいいにくそうだ。
「桃矢、いるかな?」
ほえ?おにいちゃんのことだったの?雪兎さんはなんだかいいづらそうに続けた。
「あ、いないの?それじゃさ、えーと、あの・・・桃矢なんだけどさ・・・もう、うちに来るなって伝えておいてくれるかな・・・」
2003/04/03 ビジネスキャプターさくら(その11)
「ほえ・・・?」
おにいちゃんと雪兎さん、けんかしちゃったの?そんなの聞いたことないよう。私は驚いていったいどうして、と尋ねた。
「うん、じつはさ・・・ずっと連絡なかったのにここんとこ毎日電話してきてさ。週に二回はうちに来て、その・・・勧誘しにくるんだよ。なんだかビジネスって桃矢は言うんだけど。洗剤とか、いらないって言ってるのに売りつけようとするんだ。あと、なんだか僕にもビジネスをはじめろって。でも学生だからできないなあ、かわいそうにって、なぜか見下したようなことを言うんだ。だから・・・」
おにいちゃん・・・まさか雪兎さんにまで迷惑をかけてたなんて。それに、雪兎さんのところまでうちから2時間以上かかるのに週に二回も言ってたなんて・・・。そんなのしらなかったよう。
「じゃ、そういうことだから。さくらちゃん、ごめん。」
雪兎さんは電話を切ってしまった。私の用件を言ってなかったけど、雪兎さんは気にもかけていなかった。まあ同じ用件だったけど。
わたしは泣いてしまった。おにいちゃん、ひどいよう。もう雪兎さんにも会えないかもしれないよう。そのとき、おいたばかりの電話がジリリリリ、とまた鳴り出した。
「はい・・・木之本です」
「あ、さくらちゃんですか?」
知世ちゃんだった。少しほっとした。
「知世ちゃん、なに?」
知世ちゃんに心配かけたくなかったから、わたしはなるべく明るい声で言った。
「さくらちゃん、非常に申し上げにくいことなんですけど・・・。あの、お兄様のことなんですけども・・・」
2003/04/04 ビジネスキャプターさくら(その12)
「ほえ?おにいちゃん?」
まさかおにいちゃん、知世ちゃんまで「びじねす」に誘ってないよね。私はおそるおそる知世ちゃんにたずねた。
「おにいちゃんが、どうかしたの?」
知世ちゃんはとっても気まずそうに話し始めた。
「ええ・・・じつは、さくらちゃんのおにいさまが昨日うちの方へおいでになって、それで・・・。」
ほえええええ!おにいちゃん、知世ちゃんまで・・・。ひどいよ、おにいちゃん。
「あ、あの、ごめんね、知世ちゃん!おにいちゃんにはわたしが」
「いえ、さくらちゃん、実はお兄様は私の母に会いに来たとかで、私とはお会いしてないんです。それで」
「知世ちゃんのおかあさん・・・?」
「ええ。それでなにか”ビジネス”の話だとかで。その後うちの母が、とても怒ってしまって」
そうか、おにいちゃん、知世ちゃんのおかあさんのところへ行ったんだ。でも知世ちゃんのお母さんってとっても大きな会社の社長さんなのにおにいちゃんのびじねすの話なんか聞いてもらえるわけないよう。
でも、知世ちゃんはやっぱりやさしい。貴重な時間を無駄にされて怒っていた知世ちゃんのおかあさんをなだめてくれたみたい。でもやっぱりおにいちゃんにはとっても腹を立ててしまったんだって。とうぜんだよね。ほとんど知らない人なのに。
「さくらちゃん」
知世ちゃんがいきさつを話した後、あらたまって私に呼びかけてきた。
「なにがあっても、私はさくらちゃんの味方ですわ。」
2003/04/05 ビジネスキャプターさくら(その13)
数日後の夜。おにいちゃんは帰ってこない。おとうさんは今日も用事らしい。午前2時になった。ちっとも眠れない。もう3日間もまともに眠っていない。今日もこのまま眠れないんだ。そうして、学校ではどんよりとした頭で授業を受けて・・・。うう、つらいよう。もうこんなのいやだよう。
私は起き上がると暗い廊下を一階に降りておとうさんの書斎に行った。私は、おとうさんが眠れないときにお薬を飲んでいたのを知っていた。おかあさんが死んじゃってからずっとなんだそうだ。ごめんなさい、おとうさん。私はおとうさんの机の引き出しを空けた。茶色いビンのなかに粉末が入ってる。
”イソミタール”
これだ。私は少しだけその粉を手のひらに落として、台所に行って水で流し込んだ。少し苦かった。そうしてベッドに行った。横になる。なんだあ、眠くならないな、と思っているうち意識が薄れてしまった。
次の日。久しぶりによく眠ったけどなんだか頭がボーっとしたまま学校へ行った。おくすりが残ってるのかな。眠いような、だるいような、へんなかんじだよう。今日はぼんやりしたまま授業を受けた。きのうまではなんだか辛かったけど、きょうは少し楽だった。
帰り道、小狼君にあった。久しぶりだった。もう一週間以上口をきいてない。
「さくら・・・大丈夫か?」
小狼君はとぼとぼと歩く私に追いついてきて話しかけてきた。ごめんね、私いろいろあってほったらかしにしてたのに。
「ごめんね。私」
「ん?どうした?熱でもあるのか?」
なんだかぼおっとしている私を小狼君は気遣ってくれた。
2003/04/06 ビジネスキャプターさくら(その14)
ペンギン公園に寄った。夕方なのに今日は誰もいなかった。私は小狼君に事情を話しておこうと思った。おにいちゃんのこと。家族のこと。雪兎さんのこと。知世ちゃんのこと。
「それでね、私・・・。」
私は少しためらった。でも小狼君ならわかってくれる、そう思った。
「もうまるで眠れなくなって・・・おとうさんの睡眠薬を飲んで眠ってるの」
小狼君は一瞬にして表情をこわばらせた。そしていきなり大声で怒鳴ってきた。
「なんだとおまえ!睡眠薬だと!薬かよ!精神病だったのかよおまえ!キチガイだ。睡眠薬飲んでるなんかみんなキチガイだ!おまえなんかキチガイ病院へ行って一生閉じ込められちまえ!なんだおまえ、キチガイの癖して俺と付き合おうってのか!李家の嫁になろうってのか!ふざけんなこの精神病!」
私はこんなに罵倒されると思わなかった。わたしはなんだか自分でも抑制が効かなくなってきて
「なによ小狼君なんて3国人のくせに!関東大震災でも起こって治安出動した自衛隊の90式戦車に轢かれて死ねばいいんだ!死ね!死ね死ね」
小狼君は私を顔をぶった。グーで。
「キチガイのくせに話しかけるな!」
わたしが顔をさわると、鼻血が出ていた。私がうずくまっていると、小狼君は黙って立ちさって行った。
私たちは別れることになった。あんなにいわれるなんてとてもショックだった。悲しい。その夜、おくすりは前の晩の量では足りなかった。私は2回おとうさんの寝室に入ってにがいお薬を舐めた。だいじょう・・・ぶ・・・なんとか・・・
2003/04/07 ビジネスキャプターさくら(その15)
おにいちゃん、会社をやめちゃった。ふりーたー、になるんだろうか。でもアルバイトはしていないみたい。いつも忙しそうにしてる。そして、いうことはいつも前向きなの。前向きなんだけど・・・。
知世ちゃんはよく電話してきてくれる。知世ちゃんにはお薬のこと以外全部話してある。おくすりのことはいってない。だって、知世ちゃんにまで見捨てられたら、わたし・・・。小狼君とは、やっぱりメイリンちゃんのほうがよかったみたい、とか適当なことを言っておいた。知世ちゃんがそのせいで激怒してなだめるのが大変だった。知世ちゃんは私を励ましてくれる。ありがとう、知世ちゃん。
おにいちゃんの部屋にはなんだか洗剤とか栄養剤とかがいっぱい置いてある。前にお兄ちゃんが行ってた。ア○ウェイ製品はいつでも返品できるって。
「おにいちゃん、これは返品しないの?」
私が尋ねると、おにいちゃんは難しい顔になって
「ああ、もちろんできるさ、できるけどそれをするとみんなに迷惑がかかるんだ。夢から遠のくんだ、そもそも中○さんが・・・」
また訳の分からないことを言い出しちゃったよう。もういやだ、こんなの嫌だ・・・。おにいちゃん、絶対おかしいよそれ、なにかがおかしいよう。
その夜。私はおとうさんのおくすりをふたなめして寝付かれず、ざらっと手のひらに出して水と一緒に飲み干した。私はその場に倒れこんでしまった。
2003/04/08 ビジネスキャプターさくら(その16)
「あら、さくらちゃんのおとうさま」
知世は恐ろしくやせこけて背中を丸め、病室の椅子に腰掛けている男に声をかけた。落ち窪んだ隈のある瞳。知世は悲しみを感じたが、それでもその感情を押し殺して笑顔を保った。知世は、そういう感情の抑制に長けた少女だった。
「ああ、知世さん、さくらのお見舞いに来てくれたんだね。このとおり、さくらは」
そういうと男-木之本藤隆はベッドの上に横たわっている少女に重ねていた手を差し上げた。
「ご挨拶ができないから、代わりに私からお礼を言います。ありがとう。」
「いいえ、そんな」
ベッドに横たわる知世と同い年の少女。陽気で、活発で、おっちょこちょいで、涙もろくて-
いけませんわ。心の中で知世はつぶやいた。さくらちゃんがいつお目覚めになるかも知れませんのに。知世は、彼女の人生の中で大きな意味をベッドの上の少女に求めていた。だが今となっては、明るい笑顔はもはや知世が撮影した数々のヴィデオの中にしかない。
「さくらさん、大道寺さんがきてくださいましたよ。ほら、目を開けて、ご挨拶しないと」
藤隆はあの日から毎日こうしてさくらに話しかけていた。研究などそっちのけで。藤隆はあの日亡き妻との約束を始めて破った。泣いたのだ。そして自分を責め続けていたのだ。至らぬ父だと。理不尽であまりにも深い呪いだった。
さくらはあの夜アモバルビタール粉末を致死量の5倍摂取した。現在よく処方される睡眠薬は致死量ぶん飲むには常用量の1000倍も1万倍も飲む必要がある。だが藤隆に処方されていたそれは重度の不眠患者に処方されるもので、古い薬だが効果が高く、まれに使われるものだった。ただ重大な欠点があった。すなわち常習性があることと、致死量が常用量の10倍程度しかないのだった。
朝方になって書斎で倒れているのを藤隆に発見されたさくら。奇跡的に一命は取り留めたが、さくらはあれからずっと意識を取り戻さなかった。3年間。本当ならさくらは今知世と同じ高校生のはずなのに。
2003/04/09 ビジネスキャプターさくら(その17)
やがて藤隆は研究室へ戻るため部屋を後にした。あの様子では、仕事どころではないだろう。いつものことながら知世は吐息する。さくらちゃん、早くお目覚めになりませんと。
「ああそうですわ、さくらちゃん。」
急に知世が声に出していった。病室には知世とさくらしかいない。妙に弾んだ声だ。
「きのうは李君の命日でしたわね。大道寺コーポレーションの力を持ってすればたやすいことでしたけど、本当に無様な死に様でしたわ。李君がいけないんですのよ。さくらちゃんをぶったりして。でも、さくらちゃんの10倍は苦しんで死んでいったとおもいますわ、なにしろ地下室に閉じ込めて・・・」
弾むような声で、嬉々として話す知世。2年前に知世はありとあらゆる苦痛を李小狼に与えて殺すことを命じた。そして組織の力で闇に葬ったのだ。大道寺コーポレーションの社長令嬢の力をもってすれば、造作も無いことだった。
「あと、お兄様ですけど。」
知世の声はとたんに悲しみをおびる。
「私もどうしようか迷ったんですの。やはりたいせつなさくらちゃんのお兄様ですし。殺すにもしのびなくて。でもね、さくらちゃん、お兄様、どうも自分から自滅なさったみたいですわ。今も一応監視はつけてありますけれども、どこにいらっしゃるとおもいます?大阪ですって。そこで空き缶を集めてらっしゃるそうですわ。夜は高速道路の高架下で寝て。うふふ。それはたいそう素敵なおうちだそうですわ。なんでも”ビジネス”とやらでずいぶん無理をなさったそうで。ですから、さくらちゃんがお目覚めになるまで、そのままにしておきますわね。うふふふふ。」
知世は含み笑いをして、先ほどまで藤隆がしていたようにさくらの手をとった。
「すこし、髪が伸びましたかしら」
さくらの髪をかきあげながら知世が言う。
「さくらちゃん、私はいつまでもさくらちゃんの味方ですわ。」
知世はとても満ち足りた表情で、物言わぬ少女に囁いた。
(完)