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20th KUEL Parliamentary Debate Tournamentを終えて≪その1≫
−記憶の片隅から振り返るパーラメンタリーディベートの変遷

2000年9月29日
 
 

●10年の歳月

 20th KUELが先週末終わった。20回ということで日本でパーラメンタリーディベート
(以下パーラ)が紹介、導入されてからちょうど10年の歳月が経過したことになる。

 私自身はじめてパーラの大会に参加したのは94年の9月、都立大学でのことだった。
当時は参加大学もそれほど多くなく、いわゆるアカデミックディベート(以下
アカデミック)からの転向組がちらほらと見られ始めた頃だった。当時は学習院、
慶応(ESS)、ICU、都立などが常連で決勝に勝ち残り、しのぎを削っていた。まだ
「CASE」という概念もなく、ことわざやあいまいなテーマであっても普通にディベート
を行っていた。

 実は日本のパーラメンタリーディベートには二つの流れがあった。90年に日本に紹介、
導入されたという話をしたが、ESSの流れではプリンストン大学の一行が日本を訪問し、
ディベートセミナーの中でパーラを紹介し、そのセミナーを受講した当時のKUEL関係者
が初めてトーナメントを開催した経緯がある。
その一方、ICU Debating Societyが外国人のディベート団体として活動していたところ
が、正規の団体としてICUに認可を受け、日本人のディベート団体となった。彼らも
トーナメントを90年から開催し、国際指向のディベート活動を展開してきた。

 あまり言いたくはないが、実際には両者の間の意識や認識の違いからたびたび感情的
な仲たがいも過去にはあった。(私自身、その渦中でいろいろと奔走していた時期も
あった。)ただ現在では両者の歩み寄り、新たな団体(Debating Society、KUEL以外の
ESSなど)の参加も増え、ルールの違いなども徐々に解消されつつあり、関係は良好に
なったと思われる。

●ルールの変遷と参加者の変化

 手元に資料がないのであまり詳しいことは書けないが、記憶が正しければCASE
(CASING)が大会で徐々に用いられるようになったのは95年あたりからではないかと
思われる。誤解をおそれず、あえて簡単に説明すれば、

  「CASEとは具体的な対象を明示していないResolution(Motion)に
  対して、意図されているメッセージ、性質、状態などを汲み取り、
  そこから特定の問題を提示して議論できるようにする行為」

ということになる。
数年間をかけ、徐々にCASEのつくり方、考え方が浸透してきたように思うが、それも
十分とは言えず、いまだにCASEとは呼びがたいものが大会などで展開されることも
しばしばである。ルールというものはそもそも試合の前提となるものだが、残念ながら
いまだCASEに関して明確なものをコミュニティ全体の共通認識として打ち出せずにいる。

 参加者に関して言えば、以前はESSでアカデミックを行っているグループが試験的に
活動に参加するか、同じESSのスピーチのグループがプレゼンテーションの練習といった
ような位置付けで参加する程度であったものが、パーラだけを行うグループ、あるいは
団体といったものが徐々に増えてきており、その意味合いは変わってきているようだ。
アカデミックは証拠資料を中心とした論証スタイル、パーラは理由付けに主眼を置いた
論証スタイルなので、そのすみわけが出来ていくのは当然の流れなのかもしれない
(もちろんパーラは英語の上手さやプレゼンテーションの上手さだけではないので
スピーチとも異なる)。

 また以前はICU Debating Societyが主に参加していた国際大会への参加も90年代半ば
を過ぎたあたりから徐々に増えてきている。Worlds(World Universites Debating
Championship)、All Asian、Austral-Asianといった大会があり、コンスタントに複数
団体から出場チームが出ているのはWorldsくらいである。

●パーラの今後

 今後のパーラがどうなっていくのか、楽観的に見る人も悲観的に見る人もいると思う
が私は悲観的に見ている。

 過去5年間を振り返ると確かに環境は整ってきていると思う。当初はICUとKUELの二つ
の大会くらい(KUELは毎年二回だが)しかなかったものが年を追うごとに梅子杯、
土筆杯、ESUJといった具合にに増えていき、国際大会参加のサポートや対外的な意思表示
のできる機関としてJPDU、日本国内の英語によるコミュニケーションの普及を目的とした
ESUJなど支援団体も増えた。

 だがディベート能力という観点で見たとき、学生達の意識と水準は残念ながら変わって
いないのではないかと思うことがたびたびある。確かに競技人口の増加に対して、それら
の需要をまかなえる機会や指導者の提供という供給が絶対的に不足しているのもまた事実
で、これらもずっと言われつづけている問題点だ。

 与えられるのを待っているだけでは状況は変わらない。だとすれば自分達の力で横の
つながりを強くするとか、個人個人がもっと能力向上のための努力をしなければならない、
ということになる。さらに言えば、引退した人たちもミュニティ全体のためにさまざまな
形で協力してもらうことが必要不可欠となる。私の立場から言わせてもらえばむしろ
こういった引退後の積極的な関わりを持つ人間が増えなければ現役生がいくら頑張っても
組織的な弊害や問題点は解決されないと思う。

 我々は小さなコミュニティである。社会的認知度も低いかもしれない。けれどパーラを
やっている人たちは「やっていて楽しい」とか「効果がある」といってように自分にとって
プラスになると思うから続けているのだと思う。ならばもう少し団体間や個人間で協力や
交流を持つようにしてもよいのではないだろうか。


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