
スティグリッツ論説 IMF批判 要旨
グローバリズムは人々を豊かにする場合もあれば、そうでない場合もある。肝心なのはその用い方である。東アジアの国々はグローバリズムをうまく利用し、発展を遂げた。主たる資源は「知性」であった。
これらの国も成長がスムーズでない時期があった。アメリカの圧力で資本の自由化を強要された時期である。例をあげると韓国の政府系製鋼所は補助金と支援を慢性的に要求するアメリカの民間製鋼所よりうまく運営されていたが、アメリカはこれらの民営化も要求した。資本の民営化こそが繁栄の礎とする教条主義の押し売りである。
IMFはこの教条主義の先導者であるが、アジアにやってきて人々に「われわれが資本主義については一番わかっている。われわれのいうとおりにしろ。資本を開放しろ」と非民主的な叫び声をあげた。スティグリッツはこのIMFのやりかたを小船を荒れた海に放置するようなものだといっている。いくら船長が操船がうまくても、小船は荒波にのまれてしまう。ましてIMFは訓練すら行うことなく、いきなりこの小船を放り出した。
短期の海外借入れは同額の外貨準備を必要とする。外銀から1億ドルの借入れをおこなうとすると、その国はアメリカ財務省証券を購入し支払い準備をしなくてはならない。借入れは20%、財務省証券の金利は4%程度である。これで経済成長がなされるはずがない。橋や道路をつくるのではなく、アメリカに貸し付けなくてはならないのだ。タイでは不動産への銀行融資は規制されていたが、IMFはこれはとんでもない資本の自由への干渉だと撤廃を要求した。結果として学校など役立つ建物の代わりに入居者のいないオフィスビルが立ち並ぶようになった。
IMFの「資本市場の原則」(discipline of the capital markets)は富めるものを優遇する。課税政策ではたいてい、富裕層の減税と、中堅・貧困層の増税が画策される。資本の異動の自由も保障され、富裕層はいつでも好きなときに資産が海外に持ち出せるようになる。
貿易の自由化の災厄は自明である。自由化は産業の非効率なところから効率的なところへの資源の移転を意味する。多くの場合、非効率部門での失業は新産業の創造の前にやってくる。IMFの構造調整プログラム(structural adjustment programs)では雇用創出は不可能である。なぜならこのプログラムはインフレ対策として高金利政策をとるからである。アメリカ国内であれだけ慎重に管理される金利であるが、途上国では平気で高金利が強制される。結果として産業は荒廃し、失業者が増加する。さらには補助金で守られた先進国との不公平な競争がこの悲劇に拍車をかける。
アメリカは中央銀行体制をつくりあげるため通貨監査官事務所(the Office of the Comptroller of Currency)を通じ、強力な金融規制をおこなってきた。農業に関してはモリル法(Morrill Act)による保護政策をとった。電信の黎明期には電信会社は政府補助を受けたし、現在のインターネットも同じ状況にある。
世銀やIMFによる統制は「国際政府なき国際統治」である。その組織は民主的でも透明でもなく、途上国の開発を進める機能を有しない。IMFは失業かインフレかの選択をせまられる場合が多いが、たいていはインフレ対策を偏重する。それはその政策が価値よりもイデオロギーを重視するものだからである。彼らは自信満々で各国の経験に基づいた助言を聞き入れない。
彼らは対象国を大きな危機に陥れるが、その証拠はせいぜい成長に大きな寄与は少なかったという程度なので彼らは罪悪感をもつこともない。
貿易の自由化は北による、より正確には北の利益のためのものである。ウルグアイラウンドは欧米に莫大な利益をもたらす一方で、サハラ以南の国の成長はマイナス2%となったと世界銀行は報告した。交渉は工業製品の輸入促進を声高に主張する一方で、途上国が優位性をもつ農産品への補助金削減については合意が得られなかった。アメリカとのWTO交渉で、中国はどうみても途上国であるが自らを先進国だと主張したかった。一方でWTOルールは途上国には先進国となるまでの間、規制が緩和され、先進国に厳格に適用されるルールからの例外が認められる。中国は最終的に先進国でありながら特例の除外期間が認められた。一方でアメリカは自国の繊維産業保護のため、途上国待遇を受けることを要求した。陰謀は明らかであろう。
サービス業の貿易交渉でもウォールストリートの関心がある金融の自由化が焦点となった。途上国が優位な建設や漁業関係はアジェンダにもりこまれなかった。知的所有権についてもアメリカは生産者の利益を消費者の利益に優先するものだと懸念した。この権利は革新者たる途上国の知的権利を守るものである。
アメリカはまた地上国の人々の命を守る薬をも否定した。エイズ薬は国際世論を受け、途上国に提供されることになりそうではあるが、民主アメリカ行政は製薬会社の側に立った。まだ知られていない問題として「バイオピラシィ」(biopiracy)問題がある。ゾロ薬に特許を得ようとする先進国の製薬会社の動きが活発化している。これらの特許が認められるか否かは明らかではないが、途上国にこれらの訴訟に立ち向かうだけの経済的な余裕があるとは思えない。私が訪れたエクアドル・アンデスの市長はグローバリズムが「バイオピラシィ」をもたらしたと述べた。
世界の関心事である「温暖化」問題への対応で、最大の熱源排出国でありながらブッシュは各国との協調を拒絶し、一方でテロへの各国の一致した行動を求めた。ワシントンはその手段のひとつとしてテロへの財源カットを思い付いた。東南アジア危機では秘密オフショア銀行の不透明性が問題となった。矛先がIMFなどの不透明性に及ぶとアメリカ財務省は急に論調を変えた。これらのオフショア銀行はニューヨークやロンドンの銀行よりサービスがよいわけではない。税金やマネーロンダリングで有利なのである。これらの機関は金融業界や富裕層に利用価値がある間のみ存続が許される。OECDは9.11の前にこれらの秘密銀行の活動を制限しようとしたがブッシュ政権はそれへの参加を拒んだ。なんとばかげたことであろう。金がテロリストに流れるのを促進してしまったのである。
9.11の影響はほかにもある。グローバリゼーションが進んで、アメリカのマクロ経済政策の失敗は世界に影響がある。しかしながらIMF政策への怒りは世界で大きくなっている。途上国は先進国にこういう「あなたたちは景気が後退するとわれわれが教えられた教条的な政策をとる。金融緩和と財政政策である。われわれがそうなると、あなたたちは緊縮政策を主張する。あななたちにとって財政赤字はかまわないが、われわれには自然資源売却での資金調達をともなっても許されない。」不公平は明らかである。理由のひとつは緊縮財政が優れているからである。
ラテンアメリカでは1990年台初頭の短期生長の後、スタグフレーションと景気後退に見舞われた。成長は持続せず、持続可能でもなかった。「改革後時代」の成長記録は決してよくはなく、いくつかの国では輸入代用とよばれ、輸入促進で工業化を図った50年代・60年代よりずっと悪くなっている。改革批判の人は90年代はじめの急成長は失われた80年代の穴埋めをし、追いつくものですらなかったと主張する。
もっとも改革がうまくいったメキシコでは成長は30%に達した。上位10%の人々の利益はもっとである。下層の人々にとっては利益がないどころか悪くさえなった。改革は国を大きなリスクにさらし、リスクはそれに対応できない人々に不適切に配分された。多くの国では雇用創造が失業においつかず、効果的セーフティネットをふくむリスク対応組織の創造能力が間に合わずリスクにさらされた。
北の人々は世界経済構造の不平等を知るようになった。ドーハでの新ラウンド合意では過去の不釣合いを正すことが合意された。国際経済組織でも変化が見られ、少なくとも貧困について語られるようになった。世銀では議論が実行にうつされ、貧しい人々の声が聞かれ、途上国の関心がヒアリングされるようになった。しかし議論と現実にはギャップがある。しかし誰がどのように決めるかという統治における深刻な改革はテーブルにのっていない。IMFにおける問題のひとつが、先進工業国が不公平に重点をおく金融機関のイデオロギー・利益・透視図であるなら、同じ党派が支配する、改革への議論の成功は予想しがたい。テーブルのものやアジェンダではなく、テーブルのわずかな形の変形に終わるであろう。
9.11はテロへの世界同盟をもたらした。われわれに必要なのは「悪魔」への同盟ではなく、貧困を減らし、よい環境をつくるために何か前向きなことに取り組む同盟で、もっと公正な地球社会をつくる同盟である。