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----- ミナコプロジェクト発足!!!
 私は、以前から、フェアトレードで失敗を繰り返しつつ、ある構想を練っていました。
 それは、HIV/AIDS患者さん達の生活の基盤の確保です。それをフェアトレードと一緒にしたいと思っていました。

 この国というか、アフリカの人々は自分達の国やコミュニティをよくすることにとても一生懸命です。
 もちろん、中には、自分の利益のことを考える人もいますが。
 ここで、約二週間のうちに私はすでに、山ほどの友達を作りました。ミナコはどこでもすぐに友達ができ、それはずっと続く関係です。だから、私は世界中に友人がいます。
 彼らが私の活動の活動のエージェントとなってくれています。
 昨日は、タクシーの運転手をしながら、フードセキュリティのNGOで働く、ローデシアに出会いました。運命的な出会いでした。彼はタクシーの中でも一番おんぼろの車を運転していました。でも、その間に食料を届けたり、そのモニタリングの仕事をしています。



 私のジンバブエの仕事は残念ながら、エイズグループではなく、フードセキュリティのグループにまわされました。でも、エイズと闘うためには、まず、食料の確保が必要で、この2つのコンポーネントは切っても切り離せない問題です。
 私は本当に貧しい生活を送っている彼を、私の個人秘書に雇いました。月給は月50ドルです。
 平均の月給が10ドルのこの国ではいいほうですが、それでもそれでは生きていけません。
 私は彼の家族とともに、それとは別に、長年温めてきたミナコプロジェクトを開始しました。今日は彼の家に招待され、こちらの主食のメイズをお湯に溶かしてつくるサザという主食とチキン、そして、日本では青汁の元のレイプという緑の野菜をご馳走になりました。これは、サザを手で上手に丸くして、それをスプーン代わりにチキンとレイプを食べます。私の好物で、日本人でこれを手で食べるのは私だけで、変わり者、と早速評判になっています。でも、私はその国ではその国の人と同じ物を同じように食べ同じものを着ることにしています。そうすると、みなとても喜んでくれます。

 彼の家は、日本の狭いワンルームマンションでした。そこに、奥さんとかわいい子供達二人で暮らしています。心が痛みました。でも、同情はしません。彼らはそれで幸せなのです。
 彼は、家にいて子供の面倒をみなければならない奥さんに仕事をさせるためにミシンを買いました。でも、これから、洋裁の学校に通わせなければなりませんが、お金がありません。
 実は私のプロジェクトは、アフリカのとてもステキなプリント地のジャヴァという生地でドレスや小物を作って日本や国内で売ることです。横浜のフェアトレードショップにも出しましたが、かなり評判は良かったみたいです。
 今日はそこに、元小学校の先生をしていたおばさんがきていました。この家族は皆、とても頭のいい、優秀で心の暖かい人達です。私は、ずっと、洋裁ができる人を探していました。それで、この有能な二人の女性を洋裁学校に通わせて、プロにすることにしました。彼女達はそれでまず生計をたて、軌道に乗ったら、こんどは彼女達が先生となって、エイズ孤児の女性達やエイズの女性達に洋裁を教え、その製品を売るのです。これで、彼女達の生計が立ちます。それがまた軌道に乗ったら、今度はその収益金の何パーセントかをエイズ孤児院に寄附する、という構想です。主役はあくまでも彼らで、私は支援者です。
 彼女達は大賛成してくれ、今日、この私たちの小さなプロジェクトが始まりました。
 その間の経済援助は私が行います。プロジェクトの進め方も彼らに教えます。私が帰国するまでに、なんとかこのシステムを軌道に乗せたいと思っています。

 ジンバブエのエイズ孤児は78万人と世界最高の数字です。多くの人が自分の仕事をしながら援助をしています。
 私たちがやることは、本当に小さいことです。でも、それが広がれば、きっとおおきな影響を与えることができるのではないかと思っています。

 ローデシアは、昔のよき時代のローデシアという独立前の国の名前です。彼は、やはりNGOで働きたいといってきましたが、これからは自分達でNGOをつくっていくのです。私も、みんなも今日はとてもハッピーでした。サザもとってもおいしかった。

 私はこのままでは死にたくないので、最後に何かを残したいとずっと思っていました。そして、この構想はこの3年間ででき、膨れ上がってきました。いろいろ失敗を経て、勉強もしました。
 HIV/AIDS患者が自立すること。これが目標です。そして生きがいを持って、長生きしてもらうことです。長生きできる最もいい薬は、たとえ苦しい立場にいても、いつもポジティブであることです。
 アフリカでは感染者が感染者を助けることが当たり前となっています。
 そんな、patient to patient をやりたいのです。

 今日、みんなに私が感染者だというと、おばさんが「あなたは本当に勇気のある人ね。私も検査がこわかったけど、こんど受けてみるわ」といってくれました。
 このプロジェクトにまだ名前はありません。今みんなで考え中です。これからどんな展開になるか、とても楽しみです。
 私のライフワークです。神様が私をここに送ってくれたことを本当に感謝しています。
 みなさん、どうか、応援してね。
2003年8月17日