
1999年12月24日
今年は色々な事で区切りの年になるって、人に言われたけど、まさにその通りになった。
前半まではバリバリスーパー忙しデザイナーで超働いてたけど、夏にドクターストップがかかってそれから約半年。
後半はウツウツ療養生活になった。
まあ、いろいろと今まで気がつかなかった事や、振り返らなかった事、殺してきた事なんかに気がついたから良かったのかな。
僕はウツ病+パニックディスオーダーって感じ。
自分苛めやりながらそのコンプレックスをエネルギー元にして生きてきたんだけど、あるときから身体と心が分離し始めて、身体に反逆されたって感じ。
ウツの時はとにかくなんにもできなくなる。思考が停止して、一つの考えにとらわれてループし始める。
ちょっとこれは、どこからかいていいかわかんないので、また気が向いたら書く。
文章が分裂気味でごめんなさい。
で、良く覚えているパニックのことを書く。
これがでたんで、さすがに自分でもヤバいと思って、休みを相談したんだったと思う。
パニックは、街の中でおこるとかなりこわい。
最初に出たのは、澁谷の街中。109の前辺りで。たしか春ごろだったと思う。
ウツウツした気分で街をフラフラさまよっていたら、なんか周りの人の動きが速くなって、すごい緊張しはじめた。
そのうち、心臓がバックンバックンしてきて、すごい痛くなってきた。
わー、どういうことだ!って、思ってあせりはじめたら、そのうち、周りの風景が白黒になってきて、耳に「キーン」って感じの音しかしなくなってきた。そんでもって、まわりがグルングルン回りはじめた。
「ヤバイ!」って思って、SegaFredっていうエスプレッソ屋に飛び込んだ。カプチーノかなんかを頼んだと思う。そのときはまってたから。
で、すでに眠れなくなってもらっていた「デパス」かなんかをとりあえず飲んだ。御存じの方も多いと思うけど、とりあえず、ウツ病では定番の薬だから、とりあえずのんだ。
しばらく全く動けず。そのうち、薬が効いてきて、ちょっとねむーい感じになってきて、たぶんちょっとウトウトしたんだと思う。でもって、なんとかおさまった。
そうなると、自殺美学にとらわれてたはずの自分でも、なんか自衛本能みたいなものが働いたらしい。生き物の本能ってやつはすごいことだ。
うつ症状って診断が(正式に)なされたのは今年に入ってからだ。でも、ビョーキだったのは、もうずいぶん長いんだと思う。
もともと、高校生ぐらいから「ネクラ」(この言葉も死語だな)っていわれてた。好きだった子にそういう風に言われたから、かなりトラウマになってる。その時から「あぁ、僕は根暗なんだな」って意識してた。
そのあたりから、何か悪い事があると、自分が悪いからとか、たるんでるからそう言う風になるんだって思うようになった。逆にそれをバネにして、自分を厳しくいましめながら、「常に向上していかねば!」って思っていた。
今考えると、そういうのが、「自分虐め」のはじまりだったのかも。
これについては長くなるから、またかく。
あー文章書くのってむつかしいな。
あんまり考えるとまたウツパニックになるから、今はこのへんでやめとこう。
(12/24 終り)