2000年02月09日

昨日はオステオパシーの日だった。
先週ひどい状態になったので、先生に何を言おうかといろいろ考えていた。
少し早めに、徒歩と電車で行って、その道すがら、じっくりと考えた。

少し落ち着いてきていたのも幸いして、冷静に対応することができた。
一応、こちらが感じたことを伝えた。

「僕は先生のところにオステオパシーのプロになるために
 弟子入りしにきているわけではなく、
 治療にきているわけです。
 普通の人の状態ともちがいます。
 どちらかといえば、今は理解力や判断力も弱まっていますし、
 教えていただいたことを実行するのもかなり大変です。

 それから、僕は先生が前におっしゃったとおり、
 どちらかというと身体で反応するより、
 イメージとか理論で反応するタイプです。
 身体でできないところが昔からあったので、
 そういうところを発達させてきたところもあります。

 そこに、普通の人や、身体で反応するタイプの人と
 同じような反応を要求されても困りますし、
 ましてや、いきなり頭ごなしに『的確な質問じゃない』なんていわれても
 混乱して鬱に逆戻りしてしまいます。
 そのあたり、ご理解いただきたいと思います。」

 
先生のほうも、
「ちょっといろいろ言い過ぎたり、要求しすぎたと思ったよ。
 もしかしたら、できるかなと思っていろいろ言ってしまったが、
 今のあなたにはそこまで言うのは確かに酷だよな。」
といった。
 
 

なんか気功みたいな体操についても、

「身体でわかるまでやれって言われても...」
みたいなことをいったら、
「無理してやらなくてもいい。やりたくなったらやる、ぐらいに考えておいていい」
といっていた。

それからオステオパシーの治療のやりかたも、変えるといった。
このところ、治療後に気持ちが悪くなることが多かったので、
これはちょっと強すぎるのかもしれないとのことだった。
治療はいつもよりソフトな感じだった。


鬱病の治療で、精神療法や薬物療法といっしょに
こういう代替療法をつかって身体をよくしていくことは
僕の体験ではやはり絶対必要だと思う。
 

アメリカなどではホリスティック医学という考え方がある。
局所的な治療だけでなく、全体的・総合的な治療で考えていくというものだ。
でもこれは、もともと東洋医学の影響をうけたものともきく。
確かにそうだ。

漢方などでも、上薬・中薬・下薬という考え方がある。
普通の医者などでもらう薬は、病気を集中的に攻撃するのでよく効くが、
身体のどこかを犠牲にしてしまうところがある。
これは下薬の範疇に入る。
だが、上薬にあたるものは、効き目は瞬発的ではないが、
身体全体をよくしていくし、長く飲んでいても副作用はほとんどない。
(体質にあわないというのはあるが)
朝鮮人参とかローヤルゼリーとかはそういうものだ。


でも、それにすべて頼るのは、現在のところ問題がある。

代替医療の治療家はえてして人間的にも魅力があったり、
細かいケアも普通の医者よりよかったりするので、
患者の側が精神的なよりどころとして頼りがちである。
これは、治療という面から考えるとよいことであるが、
それによる弊害もあると思う。


終わってからメール端末(Tegacky)をみたら、彼女からメールがきていた。
日記を読めませんでしたというものだった。

うちに帰ってちょっと休んでご飯を食べてから返事を出した。
あんなもの毒だから忙しいときに無理して読まなくてもいい、と言うようなことを書いた。

もう読んじゃいました、と返事がきた。
ちょっとかわいそうだったかなと思った。


翌日、インターネットのメールをあけたら、アメリカの友達からメールがきていた。
彼はたまに、様子をうかがってくれるので、日記のことを教えておいたのだ。
友達は教えるとけっこう真剣に読んでくれるので、ありがたいと思う。
こちらとしては、まだ外とつながっているのだな、という感じがもてるので救いになる。

彼の分析だと(この人もかなり分析家である)
職場も影響があるんじゃないか、ということだった。
職場の何かがストレッサーになっているんじゃないかということだ。

自分ばっかり責めたり、医者や治療家の責任だけじゃないのではないか、
トラウマだけが原因じゃないのではないかということだ。
無理して同じところに戻ろうとすることを考えなくてもいいのではということだった。
そして、あの職場にいる人たちの中に、潜在的にある問題なのではないかともいっていた。

思い当たるところはたくさんある。
自分で意識しているもので、鬱の原因になったもののひとつは
確かに職場の問題もあると思う。
環境というよりはもっとメンタルなものだ。
苦労しても報われる感じとか、達成感とか、
やっていることに意味を感じることができるか、とかなのかなぁ。
贅沢病みたいにいわれるかもしれないが、
けっこう大事なことのような気がする。

なんか最近、職場から離れていく人が多くなっている。
僕が「これは!」と思って引き込んだ人とかはもうほとんどいない。
休み前には「あぁ、なんか俺も雇う側の心持になってきていやだなぁ」とは思っていた。
彼らの才能が発揮できないのは自分のせいだと思ってすごく自分を責めていた。
自分の仕事もなんかうまく回っていかないので、
本当に精神的に孤立していっていた。

休みに入って、少し、
会社にも問題があるのかなと思えて、
楽になった部分があったのは確かだ。

無理にもとの環境に戻らなくてもいいなとも思えるようになってきたが、
じゃぁ、戻らなかったらどうやって生活するんだ、何をしていけばいいんだ?
という不安もある...

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