
昨日から久しぶりに実家に来てみた。
今は実家の父のマックで日記を書いている。
昨日はカウンセリングであった。
実は、カウンセリングの際に、自分の言ったこととか、その時の雰囲気を忘れてしまうので、録音をしていた。
2回ほどやってみた。
はじめ、カウンセラーはちょっとびっくりしたみたいだったが、とりあえずやらせてもらった。
実は以前も別のところでカウンセリングを受けていたことがあるのだが、いつも終わった後に、その場でいわれたなにか大事なことを、些末なことにとらわれてしまったり、終わった後疲れてしまったりして、忘れてしまっているような感じだったのだ。
普通、こんなことはやらないと思う。
だが、先週カウンセラーに「どういうときに、何を期待して、録音したものを聞いているのか」というようなことをきかれた。
時間があいたときとか、このカウンセリングルームに来る前に、その時の雰囲気をイメージし直したり、反芻するために聞いていると答えた。
そうしたら、「あとでその録音を聞くことが、あなたの中で色々なことを学んでいく力を、弱めてしまうようなきがするのだがどう思う?」という風にいわれた。
そんな気もしないでもないなぁと思った。
そこで今週は録音をするのをやめてみた。
どうせ、約50分のカウンセリングをフルで録音を聞くのも疲れてしまう。
せいぜい10-20分くらいが限度だ。
話すことをまったく用意していかなかった。
で、「思いついたこと何でもいいですよ」といわれたので、しばし考えてから、先週の一週間のことを話した。
彼女に無視されたことが引き金になり、クリニックの先生やオステオパシーの先生とうまく意志疎通ができず、一旦病状が悪化したが、じょじょに冷静さを取り戻してきた顛末である。
「でも、以前と違って、最後の最後まで相手を追いつめてしまう寸前で、ちょっと冷静になることができたのです」
といった。
以前であれば、相手の失態をとことんまで追いつめて、立ち直らせないくらいに攻撃を重ねていたところである。
彼女とのことも、実は別れるくらいの心構えででかけていったのだが、よく考えて、自分の感じていることや、やめてほしいことを伝える、というところまでで区切りをつけた。
(無視し続けると別れる!とはいってしまったが...)
クリニックの先生も、いままでの対応をある程度きびしく指摘してしまったが、先生がちょっときれそうになったところで、ハッと気がついてブレーキがかかった。
オステオパシーの先生の時にはずいぶん落ち着いて対応することができた。
カウンセラーが言った。
「この一週間での経験というのはもしかしたら、今後のあなたの生活の上で、とても大事なことを含んでいるのではないだろうか」
「この中にはあなたが怒りを感じるパターンとか攻撃のパターン、それをやりすごす方法など、いろいろあるみたいだ」
そんな気がした。
話して行く中で、なぜ攻撃をするようになったかの原因の一つを思い起こした。
それは、以前、会社のなかで、若い同僚達でひどい上司を追い出したことである。
それまでの僕は、どちらかといえば、とにかく大人しく仕事をしていたタイプだった。
その時僕は、今考えるとかなりひどい労働条件にあったと思う。
人数の少ない、「開発的な業務を行う」という名目の部署であった。
しかし、「開発的」な業務のための条件を与えられた人間は、一人くらいだった。
部長の息のかかった感じのごく一部の人間。
「開発費」を稼ぎ出す為に、ルーチンワークも受注していた。
そのルーチンをほぼ一人でこなしていたのが僕だった。
そのころは、ソフトも違法コピーしまくりで仕事していたっけ。
仕事に必要なツールもなかったので、仕方がないので自分で一生懸命お金をためて購入した、なけなしのMacIISiを会社にもってきて仕事してた。そのころは50万円くらいしたっけ。
上司はそれも見てみぬふりだった。
ぼくはそこではリーダーシップをとったわけではない。
どちらかというと、始めにその行動を興し始めた人たちに、後押しされるような形であった。
しかし、この経験は貴重であった。
「怒ってもいいことだったんだ!」と気がつかされ、「動けばかわることもある」ということを学んだと言える。
仲間には本当に感謝している。今でも。
でも、世の中、怒っても動かないことも多い。
その後、いろいろ理不尽なことが沢山あったが、自分一人でからまわりしていることが多かった。
そして、あの感覚がよくおそってきたものだ。
「ブラックホールにエネルギーが吸い込まれていくような感じ」
だんだんと疲れていった。
怒りを表に出し始めると、相手も攻撃を加えてくる。
こちらも、どんどん攻撃力を強めなければ対応出来なくなる。
防御する為に攻撃する。
心のかべがどんどん高くなり、まわりがどんどん敵に見え始める。
攻撃をし続けるわけだから、その疲労の蓄積はすごいものだった。
そのころは音楽活動もやっていて、けっこうちゃんとした作品もつくったりしていた。
それが、ある意味唯一のはけ口になっていたのかもしれない。
その後、バンドやユニットがうまくいかなくなってしまった。
原因はたぶん今考えると両方にあるのだが、ひとつは僕のほうがメンバーやパートナーに対してあまりにも厳しく自分のエゴを押し付けたことにある。
うまく行かなくなったことを、あとで自分で責め始めた。
そして、楽器を触るのが恐くなった。
それは自分のエゴを体現することになるからなのだと思う。
だが、吐き出し口の無くなった病めるココロが、そこで破裂した。
Everything But The Girlのアルバムで「Amplified Heart」というのが出てた頃。
自分と重なってしまった。
(ある意味かなりナルシスティックに)
今日はずいぶん落ち着いている。
人込みでもどきどきしなかった。
人と話していても前ほどつかれていない。
彼女との間合いはあいかわらず不安定なままだ。
このところメールや会話がみょうによそよそしい。
そういえば明日はバレンタインデーなんだな。