
先週の土曜日から、ずっとカゼをひいていた。
全然なおんなかった。
今日、3日ぶり位で、外にでれた。
シャバはすっかり春になっていて、井の頭公園をちらっとのぞいたら、花見客いっぱいですごいことになっていた。
風邪がひどくなると、こまるのだ。
抗うつ薬ものめなくなるし、食欲はなくなるし、抗生物質の薬で腸もおかしくなる。
そして、普通の人と違うのが、睡眠のリズムがボロボロになってくる。
寝れて2-3時間の睡眠を断続的にとるようになってしまう。
睡眠のリズムを整える為にやっていたことができなくなってしまうのだ。
外の光にあたったり、薬を服用することや、運動などだ。
良く寝れないので、カゼのなおりがよけいに遅い。
そんなあいだに、総理大臣は倒れるは、有珠山の爆発は激しくなるは、世の中は大変な事になっていたみたいだった。
オブチさんの倒れたのは、ひと事じゃない感じがした。
仕事ってのは、続けられないと意味がないのだ。
でも、ぶっ倒れないと、自分が大変な事になっているのは、自分でも判らないし、人にも判らない。
ノーミソがイカレてきはじめているのも、外身にはけっこうでない。
薬を飲んで、精神が色々変わるのも、他人には理解できない。
ただのわがままとかグータラにしか思われない。
自分の不幸を売り物にしているんじゃないかと思われる事もある。
違うっていっても、決めつけられたりする。
世の中を自分を傷つけずに渡っていく方法のひとつに、自分のものさしとかテンプレートに押し込むという方法がある。
それらの尺度や型にあわない人間や価値観は、いないものとして無視すれば、かなり楽になる。
なぜなら、そういった人間や価値観は、自分の理解を越えたもの、つまり、自分のコアを破壊しようとするもの達だからだ。
プラスに働けば、良いものをふるいにかけるフィルターともいえる。
マイナスに働けば、自分の価値にあわないものは許さないというかたくなさになる。
でも、世の中には1、2、3、でキッチリとしているものよりは、1.564872、2.736524、とかみたいな小数とか、+10.25から-4.75までをフラフラいったりきたりするもののほうが多い。
さて、それらをどのように理解するか。
いままでせっかく自分を守る為につくってきた尺度をどのようにしてやわらかくしてやるか。
これが結構できそうでできない。
でも、努力はしていったほうが良いように思う。
そうしないと、あとは引き蘢るしか道が残されていないんじゃないだろうか。
自分がこういう状態になってみると、色々な事が見えてくる時がある。
かつて自分がこうだった事とか、今友人とかがこうなんじゃないか、とか。
僕は昔は、波は一度しかこない、みたいな考え方だったけど、年をとるにつれ、Better late than never.という考え方になってきた気がする。
遅くてもやらないよりはいい、ってことだ。
とはいっても、なかなかできないのだが。