
日記を書いていない間に、なんだか色々なことがあった。
14日金曜日、慈恵医大附属第三病院にいってみた。
いわゆる大学病院というところに、自分自身のことで、自らが行くのは初めてである。
とはいえ、ここは父が入院していたところなので、なんとなく記憶にある。
慈恵医大は、前にも書いたが、森田療法という精神療法の総本山みたいなところとして有名だ。
森田療法については、本がいろいろでているし、自分もまだ体験したことがないので、詳しいことは言えない。
なので、興味がある方はここをみてください。
ただ、はっきりしていることは、鬱病になりやすい気質みたいなものを、薬でごまかすんじゃなくて、不安を「あるがまま」に受け入れながら、より良く生きるために心のありかたを変えていくような指導をおこなうことで、根本的になおしていく方法だということだ。
薬でなおさないというのも、魅力ではある。
しかし、大学病院というのは、なんでこんなに込むんだ。
朝11までの受け付けだというので、10:30に間に合うようにいったのだが、4時間半くらい待たされた。
こんなにかかるんだったら、はじめに言ってくれればいいのに。
待っている間に、待ち合いスペースでは、調子の悪くなってきた人とかも出た。
僕も、最後の最後の方で、診療を受けるころにはかなり元気がなくなっていた。
4時間半まって、ようやく診てくれた。
なんか、疲れ切っていたので、うまく話せなかった。
待っている間に、今までの経過とか、受けにきた理由などをレポート2枚くらいに書き綴り終えていた。
へろへろだったので、「こういうものを書いておきました」といった。
先生:
「これはこれとして、どういうところがこまっているのかな?」
僕:
「かなり良くなっているんですが、どうしても、最後の皮一枚のかぶっている感じがとれないのです。
たまに、うつが襲ってきて、神経症的な感じに捕われてしまいます。
これは、薬ではもうどうしようもない部分だと思うんです。
というか、薬でやれることはもうないかなと思っています。
この、残った感じがきれいになれば、社会復帰できるかなぁと思うんです。
それに、今の主治医にいまいち信頼感をもてなくなってしまっているんです。」
それから、細かいことをいくつかはなした。
先生:
「あなたの言うように、そんなにきれいになおると言うのはそれこそ完璧主義っぽい考えだと思うよ。
それに、私の診たところ、その「残った感じ」みたいなもので、あなた自身が守られている部分があると思うんだよ。
それを取り去ろうとした時に、あなたのトラウマみたいなものと、もう一度向き合わないといけない。
それができるかどうか」
僕:
「・・・・・・・・・」
先生:
「現実的な解として、今問題なのは、『社会に戻れない』ということなのではないかな。
それには、まだ薬が必要なんだと思う。
もっとも、今もらっている薬とはちがうものを処方するだろうけど。
それに、こちらでうけるにしても、準備が必要だ。
今の治療に対する不安みたいなものがあるのであれば、主治医の先生にぶつけてみたらどうか。
それで、手ごたえがないようだったら、主治医の先生に『紹介状書いてくれ』といってみてごらん。
あなたが言うように、こだわりのない先生だったら、きっと紹介状を書いてくれるんじゃないかな。
書いてもらえたら、また来なさい。その時には電話一本下さい
働きながらでもたとえば2週に一度とか、そういうペースもあるだろう」
うーん、なんだか納得してしまった。
なんか、短い時間だったが、手ごたえみたいな物はあった。これは、今の主治医とは違う感じだ。
現実的に診ている感じと、やるからには責任持ってやらなきゃいけないから、逆に責任持てないようなことはいわない、という感じが伝わってくる。
でも、4時間半まって、こういうことか。なんか複雑な気分だ。
それに、もし通うことになったら、毎回この4時間半待ちを我慢しないといけないのかなぁ。
ちょっと今日は零時をすぎてしまったので、ここまでにする。
続く。