
このところ、朝、ちゃんと起きられなくなってる。
不思議なことだけど、いくら早く寝ても、夜中の2時過ぎとかに寝ても、完全に起きあがれるのが10時くらいだ。
今日もゴミを全部出し切れなかった。
もしかしたら、お昼出社くらいで大丈夫だったら、一応朝にリセットがかかるようになってきているのかもしれない。
大丈夫かも知れないという気も、しないでもない。
(医者にも言ったけど。)
気分は、全体的には、なんか一枚ベールがかかっているのがとれない感じがする。
つまり、あんまり気持ちよい状態ではないと言うこと。
必要がなければ外にあまり出なくなってる。
それで、落ち着いていられる時もあるし、ちょっとおかしくなっている時もある。
とはいえ、ガクンと落ち込む感じは少なくなっている。
ただ、「意欲」みたいなものが、ここのところあまり出ない。
ちょっと、おっくう感が強い。
ベースは下がらなくなってきてるけど。
いいのだかどうなのかわからない。
顔が歳をとった感じがする。
この間の日記でも、あの人(彼女と書いて良いか解らないのでこう書く)のことをいろいろ書いてしまった。
ふと気がつくと、あの人の事に、執着してしまっている自分があった。
神経症的なこだわりだ。
一つの事に執着が続く時は、あまり良い状態ではない。
日記は、どうしても、自分のたまっていることの吐き出し口になってしまうから、悪いことを書く方が多くなってしまう。
書いているうちに、その執着が、大きくなってくる時もある。
そろそろつきあってから1年たつ。
なるべく、執着がはじまらないように、他の事で頭の中をうめておこうと思った。
以前より、すこし、集中することがつづけられるようになってきた(これは大きな変化なのだ)。
だから、ようやく本を読んだり、ビデオや映画をみたり、音楽をきいたり、パソコンしたりとかもできるようになってきた。
外を出歩いても、ドキドキすることはなくなった。
全体的には、活発な状態じゃないけど、なるべく、こういうことで、頭の中に執着がおこらないようにできればなと思う。
本をいろいろ読んでる。
去年の夏頃に、あの人が貸してくれた「リトル・トリー」(Little Tree)も、ようやく読み終わった。
力強い本だった。
読んでいると、目の前に、色のついた光景が展開してくるように思えた。
あの人が好きそうな感じだった。
以前、「カブキの日」を貸してもらって読んだけど、(本の種類や書いていることは違うけど、)なぜか同じような印象をもった。
本屋だと、ニューエイジな感じのヒーリング系書物などと一緒に置かれているのが、なんか違う感じがした。
(この手の本にはなぜか、インディアンとかアボリジニみたいな先住民族のことを書いた本がおおいのだが、それでいっしょくたにされているのかもしれない。)
けっして、明るいことばかり書いている本ではなく、かなり生々しささえ感じる内容...インディアンへの差別とか偏見、迫害についても語られているのだが、読み終わった後にはなぜか昇華した感じがするのだ。
他にも、先週だけど、本をいくつか買った。
「ハリー・ポッターと賢者の石」を読んだ。
子供の頃から、父母の仕事の関係で、うちにはファンタジーの物語本が多かった。
ナルニア国物語、ゲド戦記、ホビットの冒険、魔法の国ザンスのシリーズ....
そういうのが、好きだったから、これもすごく面白かった。
何年かに一度、こういうファンタジーのいいものって、出てくるんだなと思った。
そういえば、ハリー・ポッターにも「あの人」っていう書き方が出てくる。
今は、「永遠の仔」の原作本を読んでる。
内容が精神障害を過去に持った人たちの話だから、興味がある。
今のところ、けっこう面白いと思う。
描写は「どうかな」って感じの時もあるけど。
C言語の本もパラパラとだが、読み出したら、なぜかスッと頭に理解できた。
もちろん、プログラマじゃないので、「超入門」みたいなレベルだ。
でも、昔は読むだけで目が回ってきたのに、なぜか大丈夫だった。
Macromedia DirectorとかHypercardとかHTMLとかで、知らず知らずのうちに免疫ができていたのかもしれない。
それと、へんなこだわりが抜けてきたからなのかも知れない。
仕事を休む前は、いくらやりたくても、なぜか「理解」し始めることができなかった。
望むところが、自分の能力と一致していなかったからかも知れない。
今は、できることからしかできないから、逆に変なこだわりが抜けて、理解できるようになったのかも知れない。
Linuxも、なぜか色々できるようになってきた。
アプリケーションのインストールとかも、ソースからコンパイルしてやっていたりする時がある。
Linuxそのもののインストールは去年の冬頃にいろいろやってたけど、そこから先にすすめなかったのが、ようやくこの時期になってできるようになってきた気がする。
こういう、「できたこと」を確認してみると、ちょっと楽な感じになれる気がする。
本当に戻れるんだろうか、という気もする。
もどって、何ができるんだろうという気もする。
でも、今はじたばたできないから、目の前の事を少しずつやるしかないんだ。