
そもそも、鬱病のくせに、なんで日記なんか書く事ができるのかという人もいるだろう。
本当に悪い時には、日記なんかかけない。
自分を保っているのだけでも大変だから。
なにせ、鬱病のヒドいときには、まったく生産的行為はできなくなる。
なにかを作り出すには、そのためのエネルギーが必要なのだ。
でも、もしも鬱状態になってしまった時、書けそうかなと思ったのであれば、
はじめは辛くても、日記を書く事をお勧めする。
あくまで、その結果として、ということだけれど、
「書く」という行為をやることによって、
自分の状態のモニターになることは確かだ。
僕がこの日記を書き始めたのは去年('99)のクリスマスあたりのころだった。
そのころにようやく、ひどい状態がおさまってきて、薬の副作用から体も回復してきた。
それまで、自分の心の中で溜め込んできた物が少しずつ、まるで膿のようにでてきた。
そういったものをなんらかの形で、吐き出す必要があった。
吐き出していなかったら、どうなっていただろうか、とも思う。
だから、この日記は、かなりきつい言葉で書いてあるところがあったり、
あきらかにオカしい状態であるときのことも書いてある。
よく犯罪の精神鑑定ででてくる「心身膠着状態」ってやつだ。
それから、もうひとつ。
書き記しておかないと、その時の気持ちがどんなだったかを、
忘れてしまうような気がしたからだ。
現に、いまは随分忘れている。
人間は自分の害になることを忘れる能力がすごく強いと思う。
それが、たぶん、次のステップへ気持ちをきりかえていくことに繋がるのだと思う。
だけど、鬱病や神経質になりやすい根本的な性格/性質は、なかなか変えられない。
いつまた、同じような状況に逆戻りするとも限らない。
実際、けっこうな率で、再発する人がいるようだ。
その時に大事なのが、以前どのようにして乗り越えたか、ということを思い返す事なのだそうだ。
それから、鬱になる予兆のような感覚をとらえて、早めに対処するのが大切なのだそうだ。
その「鬱な感じ」をなるべくナマの状態で書き記しておこうと思ったのだ。
幸いと言ってはなんだが、今はWEBを作ろうとした時に、
ほとんど考えなくてもある程度できるような、
便利なツールがたくさんある。
このトライポッドにも、カンタンにできるツールがついてる。
ぼくはそれがすごく助かった。
だから、できそうかな、と思ったら
何も考えずに始めるのが良いと思う。
それに、WEBだと、匿名にもできるし、
たまにみてくれた人が感想をくれたりすると、
少しでも世の中に繋がってる感じがするものだ。
その感覚がすごく大事だと思う。
(2000/06/18)