(2000.8)
駒ケ岳と名のつく山にいくつか登っている。秋田駒ケ岳、会津駒ケ岳、甲斐駒ケ岳、木曾駒ヶ岳。とれも、悪い思い出がなく、「駒ケ岳」は「いい山」だという印象を持っていた。だから、地元新潟の駒ヶ岳も気になる存在だった。しかし、「遠いよ」というダンナさんも、日帰りは無理だと思っていた。私は、きたない山小屋泊まりが嫌だった。ところが、ある日、某HPで楽しそうに越後駒ヶ岳を登る様子を拝見。すっかり、2人ともその気になった。
1回目
前夜9時、枝折峠に到着。くねくねした道が続いて、私は気持ち悪いまま、就寝。翌朝、頭痛がひどく、そのまま撤退。帰り道も車酔い。
2回目
前夜9時、枝折峠に到着。ダンナさんはテントで睡眠。私は車で睡眠。よく眠れた。
朝4時出発。
さすがに涼しい。懐中電灯で照らしながら歩くが、すぐに薄明かりになる。周りが見えてくると、歩きやすい道だ。しかし、めざす越後駒ケ岳の姿は、とても遠い。今まで、「とても高い」と思ったことはあったけれど、「遠い」のが見える経験はない。遠い場合は、最初は見えない方が気が楽だ。とても、日帰りする距離には見えない。帰りの体力を温存するために、「ゆっくり」歩くことを心がける。
道行山の道標の前で、所要時間を確認。ガイドブックのコースタイムよい10分オーバー。でも、これくらいなら私は上出来。このペースでいいんだと、自信が出た。ダンナさんに、「これくらいでしか歩けないなら、それでいいけど」と言われて、「わざとゆっくり歩いているの」と言い返しておいた。半分は事実だ。
明るくなると、どんどん暑くなる。水を飲んだり、休憩したいけれど、先の長さを考えると、そうもいかない。いつもより、聞き分けのよい自分にななっている。休憩は1時間以上我慢。おかげで、コースタイムは「プラス10分」。時にはジャストタイムで、(自分としては)快調だ。休憩したくても、よい場所がなかったせいもある。小倉山は四角い石盤の上に、どっこいしょ。(腰を下ろす)。百草の池は、何も見えず、素通り。この辺までは、登りの間に下りがあって、帰りを思うと気分がめいった。ここから先は、ひたすら登り。
そして、突然、駒ケ岳の姿が。大きく目に飛び込む。「わあー」と声が出る瞬間だ。稜線に出ると、景色も違う。新潟県の山という気がしない景色。ちょっと南アルプスみたい!もう4時間以上歩いている。私の山歩きのパターンでは、とっくに山頂で御飯の時間だ。しかし、今日はこれからがいいところ。山頂は見えている。駒の小屋で、水をがぶ飲み。水が出ていてよかった。ここで、休憩したら、山頂を目前にして、もう歩けなくなりそうだったので、素直にダンナさんに従って、登り続けた。小屋からは、すぐに山頂到着。山頂からは360℃の眺望のはずが、曇っていて何も見えない。意外に狭くて、殺風景な山頂だ。1等三角点が目立っている。体力を使いすぎて、食欲がいつもよりない。水も飲みすぎたかもしれない。
退屈なので、山頂から降りる。小屋で水を汲んで、いよいよ、試練の始まりだ。でも、このときは、きついとは言っても、くだりなんだから・・・と甘く考えていた。正午近くなり、ますます暑くなる。下りなのに、汗が止まらない。ガレ場で軍手をはめるのが、暑くてうっとうしい。でも、慎重に足を運ぶ。途中で膝が痛くなったら、長い道のり大変だ。帰りも5時間(私の場合9くらいかかるかもしれないなあ・・・と、覚悟して歩いているつもりだった。
ようやく百草の池に到着。このあたりまでは、正気だった。そして小倉山。行きが予定より順調だったので、コースタイムより1時間送れても余裕だ。3時間送れても、暗くなるには間に合う。暗くなったら、懐中電灯を出せばいい。とダンナと話ながら、ひたすら歩く。だが、限界は急にやってくる。胸がドキドキして、ぜえぜえ、はあはあ、してきた。このまま歩いていたら、倒れてしまうのではないか・・・・急に不安になった。そして、立ち止まると、もう、動きたくない。こういうときは、どんなにゆっくりでもいいから、歩かなければ・・・と気を取り直して、数歩歩く。ところが、小倉山あたりからは、登りもある。また、すぐに足が止まり、ぜえぜえ、はあはあ。越えて行く先が、見えるから、なおさらいやになる。これを繰り返して、道行山の道標の前に到着。今朝、ここを通ったときは、あんなに順調だったの・・・遠い過去のような気がした。次は、明神峠。あと、1つ乗り越えれば帰れる・・・そう思って這うように歩いて、着いたーーーと思ったら、違った。まだ先に、こんもりと山が。もう、体も心も我慢の限界だ。と、1人で思っていた。「ばか、ばか、ばか」「もう、いやだ〜」と、誰にでもなく、叫びたい気分になっていた。途中で、出会う人も、この辺りではいなくなっていた。追い越してきた人もいたのに、誰もやってこない。他の人は、どうしたのだろう。みんな小屋泊まりだったのだろうか?人と会わないと、理性が失われるのかもしれない?
着いたと思ったら、まだ明神峠でなかったせいで、気力がすっかりなえてしまった。ついに、リユックをダンナさんに差し出した。いつだったか、ダンナさんが私のリユックを背負ってくれたことを、突然思い出したのだ。すると、ダンナさんは「(私のリユックは軽いから)しょってないようなもんだよ。」と言って、もってくれた。優しいなあ、と私は満足した。「しょってないほど軽いから、気にしないでいいよ。」と言ってくれたのだ。と思っていたが、後で聞いたら、「しょってないほど軽いのだから、自分で背負っていきなよ」という意味だったそうだ。人間て、幸せにできている。
背中が軽くなったのと、明神峠を通過したら、足取りが軽くなった。病は気からといいうけれど、「ハイキングも気からだなあ」などど、妙なところで納得しながら、最後にころんだりしないように・・・・・徒然草にもそんな話があった・・・・・・などなど、長い1日をしめくくりもどきのことを妄想していた。そして、到着。出発から11時間経っていた。腰の感覚が、操り人形みたいだ。私の最長記録北岳の12時間に次ぐ、長い1日だった。北岳は、高低さがあって、「登った」という感じだったけれど、越後駒ケ岳は、遠くて「行って来た」という感じだ。マラソンみたいな達成感とでもいう感じだ。