
ボードゲーム・オマージュ〜昔の思い出〜(敬称略)
小学生時代
外でキックベースや「はさみん」「死刑」「手打ち野球」「探偵(地方によっては“たんぬ”とも呼ぶらしい)」などをして遊んでいたが、家でのボードゲームも好きだった。中でもエポック社だっただろうか、「戦国武将ゲーム」と鉄道もののボードゲームは気合をいれてやっていた。なぜかいまだに「兵隊の勝利」を思い出すときがある。
これらのボードゲームは引越しの際、捨ててしまったが、現在でも「チャレンジ20000Km」や「戦国武将ゲーム」のコマは残している。これが将来「トラベラー」のプレイヤーキャラクター(以降PCと略する)を表示するコマになるとは思わなかったが・・・。
中学生時代
エポック社のシミュレーションゲーム、ウォーゲームを知る。友人がもっていた「戦国大名」はよくやった。これのやりとりでよく喧嘩も発生し、泣き出してふてくされて帰ってしまう友人もいた。彼はその後病気で15歳で亡くなったのだが、今思えば悪かったなあと反省している。
合田すまなかった。天国で彼はプレーしているだろうか・・・。
ツクダの「大航海時代」は良質なゲームだった。このゲームは友人の西奥に売ってしまった。彼が一番気に入ったゲームだったのかもしれない。これでネイティブアメリカンの悲惨さを知った・・・ほどマセたガキでなかった点が、私の反省点である。当時はさしあたって金塊がでてくるよう心待ちしながら、当時では珍しかった20面サイコロを振っていた。
バンダイの「第二次世界大戦」はマクロなキャンペーンシナリオが簡単にできることから我々の友達集団では好評だった。ルールも簡単。おおむねゲーマーと呼ばれる人達は枢軸国軍を贔屓にしてしまいがちだったが、私はなぜかソ連だった。「補給切れ」で敵を包囲して、じわじわと戦力を消耗させるという戦術をもっとも好んだので、友人からは恐れられたり、「正々堂々と戦え」と怒られたりした。後日スターリンの戦略もこんなのではなかったのかなと自分の戦略眼にうぬぼれだすのは後日のことである。
歴史の戦争ゲームを主にやっていたのだが、中学3年になってSFに目覚める。正確に小学生時代からSFの少年用の小説は図書館で読んでいた。寝屋川のおもちゃ屋にあった「インペリウム」に特別な感情をもっていた。天文も好きだった私がそのボードの裏を見たときのときめきは今でも忘れない。実際の星がそのまま地図(宙図)になっているリアルさ。太陽が「ソル」であることに気づくのに少し時間がかかったが、両親と模試や学校の実力テストの点数で博打をしていたので、これでいくらか稼いだ金を元にようやく買ったのが、このゲームだ。
「インペリウム」はなぜか一人の友人としかしたことがない。林である。気になる人は私のオリジナルページを見てもらいたい。おそらく他の友人達は歴史ものが好きだったのだが、彼だけはなぜかこのゲームを好んでくれた。彼が「バーサーカー」シリーズを持っているぐらいSF好きであることを知るのは、後の話である。ブラスバンド部の練習をさぼって、私の家でこのゲームをハマッたことを今、ここで懺悔しておく。それぐらい好きだった。現在このゲームのコマ(ユニット)はボロボロである。
高校生時代
中学3年の運動会を終えて、高校では陸上部に入ろうと心にきめたため(理由はオリジナルページの「パソコンたたき」参照)、ゲームの世界は「インペリウム」を林と時々するくらいとなったが、それも年に3回あればいいくらいのペースだった。ところがまたこのGDWの世界に私をいざなった友人ができた。山岳部の玉田である。彼は「インペリウム」を知っている高校生が少ないのを嘆いていた。たまたまの雑談で、このゲームにハマっている俺を知って、たいそう喜んだ。
「それなら、このゲームは入りやすいよ」と教えてくれたのが、「トラベラー」シリーズである。私が唯一プレイヤーとしてこの世界を体験させてくれたのが、彼である。しかし社会人2年後から、連絡がつかない。どこに行ったんだ。早稲田大学で留年していた彼を発見した方は私に連絡を。
ともあれ「トラベラー」シリーズにハマった俺は授業中にまでこのシナリオをやることになった。「シャドウ」「ミスリル」まではクラブのない日の放課後やりだした。玉田も他に相手がいないのか、気合をいれてレフリーをしてくれた。ウォーゲーマーの俺は最初ロールプレイイングゲームの概念がいまいちわからなかったが、「ファミコンのソフトのプログラムが人間になった。かつ多彩なバリエーションのオープニングからエンディングまで用意することが可能」と大雑把に理解した後は、トラベラーの世界ののめりこんだ。玉田からはアイザック・アシモフの「ファウンデーションシリーズ」も参考図書として教えてもらった。私のSF世界はフレドリック・ブラウンだったので、「トラベラー」との親和力が強いアシモフの作品を教えてもらったことに今でも感謝している。現在では全巻もっていたりする。
「研究基地ガンマ」は、本来熟睡しているはずの古典などの時間にプレイされた。周りのクラスメイトが「あやしい遊びをしている」と二人を怪しんでいたが、俺は一切気にならなかった。机の下でサイコロ振っていた自分が今となっては懐かしい。玉田は少し気にしていたようだ。
「研究基地ガンマ」プレイ後、玉田にレフリーのコツを教えてもらった。最初シナリオ通りに俺が行動せず、天邪鬼的な行動に出た。本来の研究基地ガンマへの探索をいやがった。他のシナリオはないのかとせがんだのである。それを彼は自然なアプローチでアドリブでこなし、最後にようやく本筋に戻した。俺は最後に彼から白状されるまで、本筋に引き戻されたと気づかなかった。実は最初に「こういうシナリオをするからね」という事前告知がなかったことは、今思い出すだけでも、驚異である。彼のレフリー能力が優れていたことを示すのだろう。
それからありったけの友人に「トラベラー」のシナリオをさせた。自作キャンペーンシナリオも作ったが、最後までできたのは林とだけだった。「非武装中立地帯」が終了したのは大学の4回生のころである。他のメンバーとはテレビゲームかボーリング・ビリヤードと遊びの種類が変化した。当初は無理に「トラベラー」を教えさせてようとした。女友達にも教え込ませようとしたが、断られた。寂しかったので、そのうち強要しなくなった。遊びの質が確実に変わってきていた。
大学時代
元々自転車のツーリングが好きだったので、迷わずサイクリング系の団体に入ることになった。しかし一度だけ大学のボードゲーム同好会の勧誘にしたがって、中でのプレイを覗き見したことがある。あまりにも懐かしい「戦国大名」だったのだ。私は初心者扱いということで、毛利をさせてもらえることになった。このゲームに慣れている人なら、あたりまえの話だが、強くなった。いよいよ戦争かというところで、夕方。ここにいた部員のみなさんからは「いますぐ即戦力になれます!! ぜひ入ってください」と迫られたが、なにか受け付けられなかった。話題がどうもゲームの話ばっかりだったせいだろうか。
やはり俺は根っからのゲーマーではなかったようだ。それ以降は「トラベラー」と「インペリウム」を年に数回林をやるぐらいで、もっぱらバイトと自転車旅行と友人の家でテレビゲーム「桃太郎電鉄」など。少しは勉強もしたか・・・。いずれにせよもうテレビゲームの時代に入ってしまった・・・。かつてボードゲームで燃えた友人達と会う時でも、ほとんどテレビゲームになってしまった。大学の同期にはついぞ「トラベラー」を教えることはなかった。
現在まで
ついに昔の友人達とはゴルフのうちっぱなしやカラオケになってしまった。ドライブや呑み会なんてのもある。「桃太郎電鉄」は知人の結婚式の二次会の後、大学のメンバーではほぼ恒例の行事となっている。麻雀も加わってきた。「トラベラー」の「ハードタイムス」を林と年に1回やるぐらい・・・。
しかし最近インターネットのオークションで久しぶりに気合をいれて、「黄昏の峰」を購入してから、一回大学の同期達にPC作成をさせた。それなりに喜んでくれた模様だった。
そしてなんと最近になって、「研究基地ガンマ」をやってみた。「メガトラベラー」のルールを教え、シナリオをやってみた。夜の9時スタートで夜中の3時終了。ハードでしたが、初心者にしてはなかなかうまい具合にロールプレイをしてくれました。
できるだけUTPは忠実に実行しようと思ったのですが、シナリオの進行がクライマックスに近づくにつれて、「知力チェック」「耐久力チェック」といった数値以下のダイス目で成功させるというパターンの進行がふえてしまい、これは後日の反省。
今までしたかったのが、PCグループが別行動をしたときの筆談。長くはできませんが、これもなかなか楽しかったです。シナリオ終了ですぐみんな寝てしまった。
最近友人の結婚式で集まったので、別の学生時代の友人に新たにキャラクター作成をさせた。貴族でかつ昇進したのができたのには、びっくりした。(昇進で6面体サイコロ2つで12の目)
こういう珍しいこともあるのだな。シナリオまでは時間がなくて、寝てしまった。
やはり徹夜ができなくなっている年齢なのか・・・。悔しい。
このインターネットの時代になって、かつてのゲーム情報はリアルタイムでゲームをしていた1980年代後半よりもはるかに膨大な量が流れている。当時と比べて、英語力も幸いパワーアップしている。いい時代になった。コンピューターゲームによって、ボードゲームは駆逐されていく潮流なのかもしれないが、ボードゲームの世界はコンピューターの世界によって確実に復活していることもまた事実である。しかし「トラベラー」はじめ、プレイヤー・レフリーが高年齢化しつつあることもまた事実で少し寂しい。本心を言えば、コンピューターで「トラベラー」のゲームができれば、私としては言うことがない。コンピューターゲームでシナリオや世界設定で「トラベラー」を意識したものが発売されたら、俺は絶対買う。誰か作ってくれ〜。頼む!!
それでもやはり現在の一番の希望はこのページをご覧になっている、「トラベラー」世界のプロのみなさんとプレイしたい。プレイさせてください。私はあくまで、「プレイヤー」として参加したいです。死ぬまでに「おぉぉぉぉぉ、こんな素晴らしい『トラベラー』シナリオが存在するのか、いい時間か過ごせた」と言ってみたい。
〜メガトラベラーのUTP設定の変更提案〜
メガトラベラーではある行為を行うのに、UTP(行為判定システム)を使っています。クラシックトラベラーの一般値8+というのは、当時でもいささかものたりなく思っていたので、この美しくもあるシステムにすぐ私は移行しました。「非武装中立地帯」でもいくつか書いてます。
PC達の説教がバレないためには
難、合計(リーダー、説得、社交、管理)、知力、10分(不確定)
「難」といったような基準は以下の意味で、6面体サイコロ2つをふります。
易 3+
並 7+
難 11+
至難 15+
成功したら、この行為が成功します。知力という能力値は本来のルールでは、能力値から5で割らなくてはいけません。そしてそれが小数点以下切り捨てなのです。ということは知力が9のキャラクターがこのチェックをする場合、+1の修正しか与えられません。最初キャラクターを一生懸命に作り、知力を9まであげた(一般的にはこのキャラクターは相当優秀な知性体であります)にもかかわらず、UTPではいうほどの恩恵がありません。そこで私はこの基準値の変更を提案します。
基準値は6面体サイコロ2つをふって
易 5+
並 9+
難 13+
至難 17+
としたうえで、筋力・敏捷力・耐久力・知力・教育度・社会身分度といったキャラクターの能力値を3で割ることにします。これなら、能力値も相当重要なパラメーターとして存在することも可能となり、キャラクター作成にも力が入るようになるのではないでしょうか。このルール変更でも技能値は以前同様重要な役割のままであり、メガトラベラーの本来の楽しさは損なわれないようになります。これからこのルールでシナリオをやってみたいと私は考えてます。みなさまもご一考を。
確率分布的には元のシステムと変わりませんが、能力値が上になるほど、より有利になると思います。ま、既にT4などをされている方にとっては、特に意味の有ることではないのですが。T4はこの基準値もランダムになります。私はいささかこの事に合点がいかないので、相変わらずメガトラベラーのルールでやりたいと思います。
〜究極のTRPGとは〜
インターネットの普及で、昔やっていたテーブルトークロールプレイイングゲーム(以後TRPG)関連のサイトを調べる事ができるようになりました。最初は日本語のサイトを探しましたが、トラベラーの情報はほとんどなく、他のゲームばかり。掲示板系も眺めましたが、やはり今でもTRPGはマイナーな遊びのようです。さらにトラベラーとなると、現役でやっている人はかなり少ない。
自転車のサイトを調べるように楽にはいかなかった。結局英語圏のサイトを調べますと、トラベラーは現在でも遊ばれているゲームであることがわかり、少しほっとしてます。
10年ぐらい前から、TRPGに熱心な関係者には常に危機感がただよっている。「どうしたら、TRPGがメジャーな遊びになるのか??」
最近はカードゲームがテレビのCMを放送するぐらいの勢いなのに、なぜTRPGはされなくなったのだろう。たぶんゲームをする前のとっかかりに時間がかかるからだろう。共通のルールと世界を把握しないことには、プレイができません。これに尽きます。最近TRPGの世界をほとんど知らないメンバーにトラベラーのセッションをしたときに痛感しました。説明する側は後でへとへとになります。やはりTRPGは物好きな人の趣味だ。やりたい人だけが、楽しくやればいいような気がするというのが、結論になります。メジャーな事がしたければ、野球でもサッカー、ビリヤードや麻雀で遊んで、楽しむのが一番いいと思います。実際、私もトラベラーから自転車ツーリングの方が楽しいと思うようになったわけです。
しかし最近ツーリングに行けなくなって、久々に昔の収納ボックスを開けた勢いで、このサイトも存在しますので、少し建設的な事を書きますと、「誰にでもあたりかまわず、セッションに誘ってみよう」というのが、唯一のTRPG人口増加につながる行動なのでしょうか。しかしそうもいきません。先ほど書いたように共通のルールと世界を把握するのに、たいそうなエネルギーが必要であり、もっと楽なテレビゲームやビリヤードとかの方が、現実問題として楽です。だからTRPGの普及をはかるにはもっとシンプルなルールが必要だと思います。魅力的な世界を描こうとするとどうしても複雑になる。本や映画でもおもしろいのは、登場人物の相関関係がこみいったものが多い。複雑な世界とシンプルなルール。これがTRPGに求められる要素のような気がする。もう既にカードゲームがそれを実現してしまったなら、TRPGは廃れる運命にあります。その運命を打破するようなTRPGに出会いたいなあ・・・。自分がそれを築き上げるほどの情熱は、技量的にもありません。他の事をするほうがやっぱり楽ですし。だからTRPGに情熱を燃やす人達のこれからの課題が、「シンプルなルールで人に教えやすく、それでいて複雑な世界背景を描写可能であるTRPG」であることを願います。
現在のところトラベラーが私にとってのそれであることも事実です。