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2002.10.10
友人のタコと夏休みを利用しSevillaに出かけておりました。
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急募!バルセロナの寿司職人
くどいようだが、スペインの夏は終わった。そして、5カ月間通った語学学校も当初の予定通りひとまず修了した。この夏の思い出といえば、歯痛と闘いながら学校に通い続けたことがあるが、やはりフィエスタ(お祭り)を抜きに夏を語ることはできない。
Gracia地区のフィエスタで友人が露店を出すと言い、軽い気持ちで「寿司を握って売ろうか」と発案したのが、にわか寿司職人に祭り上げられる始まりだった。“芸は身を助く”とはよく言うが、日本でことある毎にカリフォルニア巻きを巻いていた私は、持参したすし桶、うちわ、しゃもじ、すだれの寿司セットを武器に勇んでフィエスタに臨んだ。
日本食は、ここスペインでも流行で「きのう日本レストランで食事をしたよ」と語るのがヤンエグ(死語?)の間でおしゃれと言われている。とはいえ、値段が高い上、生魚を食べなければならないというイメージから食したことのないスペイン人が圧倒的に多いのが実情である。親善大使としては、一人でも多くの人に日本食を味わってもらう絶好の機会を与えられたとも言えるのだ。
透明パックに入れられた巻きずし(1巻4ユーロ=約480円)を興味深げに覗き込む人、おいしかったからと再度買い求めに来る人、売り切れと聞き、肩を落として帰る人…。多くの人が露店を訪れ、寿司を眺め、そして食べていった。結果は、1週間連日完売の大盛況。
挙げ句の果てに「知人の店を紹介するから働いてみないか?」というスカウトまで受け、日本食文化を紹介できた確かな手応えを感じずにはいられなかった。
しかしながら、連日朝4時まで寿司を売り、3時間の仮眠を取った後、学校に通うというハードな生活はタフな親善大使の身体にもさすがに応え「来月別のフィエスタがあるから、また寿司を売ろうよ」という友人の提案に、死んだふりをするしか反応することができなかった。
本職の寿司職人がみれば邪道と言われるだろう外国人向けにアレンジした巻きずしではあるが、またいずれ、にわか寿司職人として寿司を握る日もそう遠くはないであろう。
次回は、「熱唱!3000人の聴衆の前で『赤い花』を歌う」をお届けします。
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誕生日プレゼントに友人のマンモスからもらった寿司セットがここスペインで大活躍。Gracias
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フィエスタで食べた寿司の味が忘れられないという
6歳児のリクエストで、自宅で再度寿司を握る。
こんなに若くしてグルメにさせてしまった罪なおいら。
彼は「Sushi」と叫んでいる。
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次回は、友人タコ、ドミンゴと行く、セビージャフラメンコの旅をお届けします。
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11-S
貿易センタービルに旅客機が突っ込んだと聞き、浜松町と思ったのは私だけだろうか。
早いものでアメリカ同時多発テロから一年。ここスペインでもテレビで特番が組まれたりするなど一時的に話題を集めていたが、やはり彼らにとっても「対岸のテロ」で、すでに風化した感があるのも否めない。
さて、私の長きにおけるリサーチ(?)によると、外国人は物事の記憶や判断基準を数字に頼る傾向があるという結果
が出ている。というのは「富士山の高さは?」とか「あなたの故郷の人口は?」など、日本人同士の会話ではおよそ出てこないであろう質問を当たり前のようにしてくるからである。
さて、みなさんはアメリカ同時多発テロが何月何日に起きたか覚えていますか。日本人ならばきっと「あれは確か、上司と朝まで飲んでた日」などと答えるところだろう。
11-S(オンセ・デ・セプテンブレ)、直訳すれば9月11日、別名“アメリカ同時多発テロ”の意である。
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グエル公園
グエル公園というと、トカゲのオブジェが有名ですが、石を積み上げた陸橋も圧巻です。
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突然の訪問者
ルームメイトの親戚、マリアとマーティン。私のことを「とても感じのいい人」と母親に報告したという素直な小学生なのだ。
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9月祭り
バルセロナ中心部から列車で20分。Sant Cugatのお祭り。しかし踊っているのはアラブ風ダンサー。 |
ハイマ(jaima)
モロッコの典型的テント。モロッコ雑貨の輸入販売をする友人が、このテントで雑貨を販売。Sant
Cugatの9月祭りにて。 |
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一日カングーロ
モロッコ人の友達の子供(3歳児)を一日ベビーシッター。
カングーロとはカンガルーですが、ベビーシッターの意味もあります。
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近所のフラメンコ教室でセビジャーナスのレッスン(写
真左)。しかし手つきはなぜか太極拳風。 |
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