月の無い夜に白い曼殊沙華を見つけたら、願い事をお言い。きっと叶うからね。
だけどね、気をつけるんだよ。物の怪や妖怪もそれを狙っているんだから――。
中田舎なのか小都市なのか判らない。叶星[かなせ]が住んでいるのは、そんなところだった。
風が吹いて、稲穂の揺れる音がする。叶星の通学路にはもう刈り取った所もあるが、この田はまだ穂が大地からの栄養を得ているようだった。
本当なら見えないはずなのにと、叶星は思った。
見える星の少ない空に月は無く、星よりも地面に近いところで人工の光りが晧晧と照っている。だから、新月の夜にも稲が見える。偽物めいて見えるのは、先入観のせいだろうか。
――白い彼岸花、か。・・・行ってみようかな。
そろそろ日付が変わるという時刻に祖母の昔話を思い出したのは、あかい彼岸花が無気味に見えたからだろう。彼岸花は、祖母のお気に入りだった。不気味だと思った事が、少し哀しかったのだ。
叶星は、自転車の向きを変えた。明日は休日。返さなければならないビデオはもう返してきた。少しくらい、道草をしても良いだろう。
――おばあちゃん、本当に好きだったもんね。
彼岸花は不吉な花とされていた。だが、祖母の故郷では違ったらしく、大飢饉の際にこの花の根で飢えを凌いだ事もあった。その上、何故か白い彼岸花は願いを叶えてくれると伝えられていた。
剃刀花、死人花、蟷螂花、捨子花、天蓋花、曼殊沙華。全て、彼岸花の別称だ。それに、曼殊沙華は仏教において天上に咲き、見る者の心を柔軟にするという。また、茎は薬にもなったし、祖母の話にある通りに毒素を抜けば食べられる。そもそも、今見られるほとんどが人が植えたものだ。
案外、この花は歓迎すべき存在だったのではないだろうか。
「でも、願い事って何だろう」
細々とした欲しい物や、それらの根本的なもの――お金が欲しいとは思うが、それは願うのはあまりに虚しすぎる。数年前なら、一つ、確実にあっただろうが。
――これでおばあちゃんを生き返らせろなんてやったら、まるで『猿の手』だし。
苦笑して、足を止める。そこは、家の近くの土手だった。土手下には田が広がっていて、彼岸花が群生している。
「・・・・馬鹿?」
見えない。
考えてみれば、街灯も無い場所でまともに見えるわけが無かった。辛うじて、物の形が判るだけだ。これでは、折角発見していた白い彼岸花も判らない。
「帰ろ」
あの言い伝えは、明かりでも持って探せという事なのだろうか。まあ、言い伝えは言い伝え――
「わっ?!」
突然、腕を引かれた。そこには、黒い人影があった。
「あーあー、間違えたな。満月どころか月が無い」
桜黄桜[さくら きおう]は、言って傍らの子供たちの頭に軽く手を置いた。闇で見えないが、右手の下には白い髪の、左手の下には黒い髪の少年が立っている。少年たちは、瓜二つの容姿で揃って赤い瞳をしていた。
「今日、新月だぜ。半月もずれてるじゃないか」
「また半月後に来るか」
そのとき、音がした。地面を這いずるような音だ。思わず、三人ともがそちらに目をやる。そこには、二つの人影があった。
「たす、けてっ」
若い女の声だった。二人の子供が、どこか冷えた瞳で黄桜を見上げる。
「さあ、行こう」
子供たちが頷き、歩き出す。が、男の奇声に、再び人影を見る。そのうちの片方が立ち上がり、はっきりと怒気を孕んで三人に近付いて来た。
「ちょっと、助けてよっ! 見捨てる?! あんな状況で!」
「・・・全然助けなんて要らないじゃないか」
「だな。お見事」
左手側の少年、ついで黄桜が一向にこたえた様子もなく、半ば呟く。右手側の少年は、怒っている少女を興味深そうに見ている。
「そういう事言うかっ!!」
「そんなこと言われてもなあ。あんたは、俺の友人じゃない」
冷たい声に、少女が黙る。
「それに俺は、」
「僕達は」
右手側の少年が、こちらも冷たい言い方で訂正する。この人たちは何なんだろうと、少女――叶星――は今更ながらに思った。
「・・・あんまり、人間ってやつが好きになれないんだ。でもまあ、これは俺の領域だな」
黄桜が何かを投げ捨て、叶星の方へ歩み寄る。思わず身を引く叶星は、だが動きを止めた。何故か、黄桜が笑ったと思ったのだ。
黄桜は、叶星の横を通りすぎた。それを追って振り向くと、そこには炎で出来たような、蛙に似た巨大なものがいた。その光に照らされて、あかい彼岸花が浮かび上がる。
「なに・・・・・・」
「黙れ」
「騒がないでね」
子供たちに重ねて言われるまでも無く、叶星に騒ぐつもりは無かったし、出来なかった。まるで、映画の特撮だ。
突進するそれに、黄桜は手をかざしただけだった。思わず身を竦める叶星の予想に反して、赤い光はその掌に当って、霧散していった。それが散っていくだけの間を置いて、世界が、再び闇に帰る。
「行くぞ」
至って平静な声に、子供たちが従う。黄桜は、投げ捨てた何かを拾い上げたようだった。そして少し歩いてから最後に、黄桜が言った。
「曼殊沙華でも持っていろ。気休め程度だが、赤は魔除けになるからな。なにより、今日みたいな目に遭いたくなかったら、夜は大人しく寝てるんだな」
目に焼き付いた闇の中の赤い乱舞をのこして、三人は去っていった。結局叶星は、白い彼岸花を見つけることなく、家路に着いたのだった。
翌日、土手に不審な男が倒れていたという事だが、叶星は、その事に関して何も言わなかった。
気をつけるんだよ。物の怪や妖怪たちもそれを狙っているんだから――。
「鳥が飛んでる!」
「どこどこ?」
白い髪が、大きく揺れる。下を向いていた頭が、兎陰[トゥーイン]の言葉に反応して勢い良く跳ね上がったのだ。
人に気付かれないように昼間は兎の姿のままでいて、しかし夜はそれなりに自由だった生活が終わったのはついこの前のことで、今のほうが自由ではあるのだろうが、二人は退屈しきっていた。
家の外には「死者」がいるかもしれなくて、襲ってくるかもしれない。そう注意されても、怯えもせず、こっちから会いに行くのもなんだしなあと、そういった感想しか抱かなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「鳥じゃないよ、あれ」
「じゃあ何だ?」
「判らない」
不可思議な、この年中桜が舞い散っているという世界に来て、二人の力の差はほとんど無くなったが、性質の違いまではかわらなかった。兎陰は、喧嘩やかけっこでは勝[まさ]っているが、感覚的な事では兎陽[トゥーヤン]に敵わない。
「どうする?」
「どうしよう」
揃って、こちらに飛んでくる「鳥」を見る。兎陽と同じ紅い瞳は、些か好戦的にきらめいているようだ。青い空に、白が良く映えている。
「あの人に用なのかもしれないよ」
「・・・あいつ、人なのか?」
「多分」
話がずれている。
互いしか存在していなかったセカイに突如現れた男の扱いを、二人は決め兼ねていた。この世界の事などを多少は聞いたが、それきり彼らの名付け親は、暇つぶしと称した実験にかかりきりになっている。
結局自分たちが何故ここにつれてこられたのかも、良くわかっていないのだ。抜けているのか、わざとやっているのか。とにかく、あの桜黄桜[サクラ キオウ]というのはよく解からない男だ。
「トゥーイン、トゥーヤン。飯は食べたか?」
突然現れた黄桜に、二人は呆れ顔を返した。ここで数日間何も口にしていないのは言った本人だけだ。
それに気付いたのか、黄桜は「それならいい」と言って、少しきまり悪げに窓から頭を引っ込めた。その窓に、白い「鳥」が滑り込んだ。
『おい、桜、今から行くぞ』
聞いた事の無い声だ。二人は、跳び上がって窓から中をのぞいた。そこには、やはり黄桜しかいない。「鳥」さえも、姿が見えない。黄桜は、二人の姿を見止め、窓から顔を出した。少し困ったように言う。
「今から知り合いが来る。悪いが、会ってやってくれるか? そう悪い奴ではないから。ああ、そこら辺にいれば、向こうから寄って来るから。俺は顔を洗ってくるよ。あれは、こういうのにはうるさいからな」
「俺がうるさいのではなくて、お前がずぼらなだけだろう」
いつの間にか、二人の背後には大正頃の書生のような為りをしたニ、三十くらいの男が立っていた。黄桜よりも背が低いが、やけに堂々としている。存在感があるとでも言うのだろうか。
「早く行って来い。見苦しい」
「そっちこそ、千年だか百年だか遅れた服装を何とかしろ」
「これが一番楽なのだ」
黄桜は、それを背で受け流して家の奥へ入って行った。
男の背後で、二人はよく似た顔を見合わせた。互いに、髪の色が違うだけのもう一人の自分の瞳の中に、多くの疑問と少しの警戒、押さえ難い好奇心の存在を見止め、小さく笑む。
「ねえ、おじさん!」
「おじ・・」
「あんたがあいつの知り合い?」
「さっきの鳥って何?」
「あんたも変な仕事してるのか?」
「ねえ、あの鳥って生きてないよね?」
「黙れっ。こら、しがみつくな、危ない!」
左右から力いっぱい跳びつかれ、男は、頑張りはしたものの、努力も虚しく倒れてしまった。ちゃっかり、二人は男を下敷きにしている。
男は、竹葉尚良[チクハ ナオヨシ]と名乗った。黄桜の同僚だと言い、よく喋った。
そして不意に、遠い目をしたのだった。
「陰陽寮というのを知っているか?」
知らない、と二人は揃って首を振った。黄桜や尚良とは違って、見た目通りの年齢なのだ。それに、学校の飼育小屋の中では、知っている事の量もそうは無い。
「知らないか。まあ、凄く簡単に言えば――占いや呪[まじな]い等を扱っていたところだ。俺はそこで働いていたのだが、さっき君が言った鳥も、そのために学んだものだ」
そして、男は笑った。
「俺は、ある貴族を呪殺しようとしたとされてね。家族を殺された。――知っているか? 俺や桜は、もう死ぬ事は無い。仙人のようなものだ。――ああ、知らないのか? 知っている? それならいい。ところで、仙人とは決定的に違うことがある」
その笑顔は明るくて、それが厭だった。恐かった。
「狂うのだ。仙人のように永い時を楽しめず、狂ってしまう奴が出る。そう云った奴等は、同じように死なない奴等に消されるのだよ」
「ああ。お前が狂ったら俺が始末してやるから、安心して滅びろ」
冷たく云って、黄桜はテーブルの菓子を齧った。着替えた服は、何故か満州服だ。瞳に会わせたかのように、薄青の刺繍が入っている。
「なんだ、人の格好に文句をつけておいて、お前は国が違っているではないか」
黄桜は、微笑した。
「トゥーイン、トゥーヤン。これの言う事はあまり気にしなくて良い。人を恐がらせるのが好きなだけだからな」
「失礼な奴だ」
二人は、ただ会話に眼を見張っていた。今、自分たちはどこにいるのだろう。確実なのは、確かなものはお互いだけと云うことだ。この片割れだけは、「わからない」ものにはならない。自分以外に、唯一大切なもの。
「しかし珍しいな。お前が生き物に興味を持つとは。まあ、特殊ではあるだろうが」
「竹葉。用件は?」
「用件? ああ、それは」
ゆっくりと、黄桜の瞳を見て笑んだ。
「―――暇なのだ」
一瞬、黄桜が硬直し、みるみる蒼褪[ざ]めていく。冷や汗をかいているのが、傍目にも判った。
「・・・姉ちゃん・・・・」
虚ろな瞳が、兎陽を捉える。
「・・っ、違う、姉ちゃんは・・・っ・・・・・・お前じゃない」
一瞬だった。
黄桜が兎陽に跳びかかり、兎陰と繋いでいた手が離れた。いつの間にか黄桜の手に握られていた棒が、兎陽を貫く。尚良と兎陰は、ただそれを見ていた。
何も、聞こえない。
ただ、体が酷く熱かった。
「―――――っ」
「力」を込めて、黄桜の背にそれをぶつける。黄桜が兎陽に覆い被さるように倒れて、動かなくなる。兎陰は、そこにただ立っていた。確かめる事も出来なかった。
「桜。できない事は、言うものではないぞ」
声だけが聞こえ、兎陰は全てを知った。
「トゥーイン、飯の時間だ。寝てると無くなるぞ」
「・・・タイレン?」
兎陰は、ソファから身を起こした。近くに本が落ちている。どうも、読んでいるうちに眠ってしまったらしい。外は、昨日と全く同じ暮色に染まっている。
「ほら、行こう」
「うん」
元気に応えて、黄桜の横に並ぶ。
兎陰は、覚えていなかった。自分が現実から少しずつずれた悪夢見て、最後には、それが夢であると気付いた事に。それを振り返って、恐ろしく思った事を。
兎陽を失う事は何よりも恐ろしくて、でも今あの状況になって、自分はどうするのかと考えた。黄桜を、殺すのだろうかと考えた。そこで途切れてしまった事も、覚えていない。
「トゥーイン、寝るなら本はちゃんと閉じて置けよ。あれは壊れたらなおらないんだからな」
「そうだよ。トゥーインは、もうちょっと丁寧に扱うようにしなくちゃ」
変わらない光景に、兎影は疑問も安堵も抱かなかった。今やこれが、当然の状態なのだ。
夢は、目覚めたら忘れていた。
月の浮かぶ夜だった。
花の季節、春の恩恵を競い合う花々の中にも、眠りについているもののある時刻。
人里離れた山の頂に、今日ばかりは多くの声が行き交っている。
月光に照らし出されるのは、人ならぬ人ばかりであった。
「飲み物行き渡ったかー?」
肯定の声ばかりが上がると、それじゃあと、呼びかけた男がコップを握った腕を突き上げた。安物のスーツに包まれた腕を、居合わせた者たちが見るまでもなく見る。
「妖艶な桜を見られた幸運に、ってことで、乾杯っ!」
応じて、ばらばらなようで揃って、男同様に多くの腕が突き上げられた。格好も年齢も、下手をすると種族さえも異なる面々は、しかしどれも、何かしら楽しそうだった。
乾杯を終えると、あとは好き勝手に、飲み続けたりと、各々で行動をとる。山奥でひっそりと開かれるにしては、ありふれた宴会だ。よく言って自由、悪く言って野放図の、名ばかりの「花見」だ。
「よう。飲んでるか、桜」
乾杯の音頭を取り終えた竹葉は、わざわざ人ごみを掻き分け、桜花の真下に陣取っていた黄桜の元へとやってきた。ちゃっかりと、酒瓶と料理を携えている。黄桜は、うんざりと見やった。
竹葉は、そのことに気付きながら、当然のように隣に腰を下ろした。コップの酒を呷る。
「あのチビたちは?」
「さっき、彰が来て連れて行った。そのあたりで遊んでるだろう」
「ふうん。桜の側を離れるなんて珍しい」
「お前に遊ばれるのが嫌なんだろう」
傷ついた顔を見せるが、どうにもわざとらしい。
竹葉中心にが企画運営し、わざわざ外界の季節に応じた宴会は、今では恒例となっている。滅多に外界へ出てくることのない代理道の管理人たちを含め、外界で生活をしているものたちにとってさえも、この場はまたとない交流と発散の場となっていた。もっとも、そういったことが苦手な者もおり、また、すべての者が仕事を放棄できるものでもなく、今この場に集まっているのは、せいぜいが三割や四割といったところだろうか。
いつの間にかそんな人々を取り持っている竹葉は、咎めるような黄桜の視線に、軽く眉をひそめた。
「言っとくが、俺は子供好きだぞ」
「あいつらは、子供と呼ぶには長く生きている」
見掛けはどうであれ。
それは、この場にいる者すべてに対して言えることだった。今夜集った者たちは、皆、時を止めてしまっている。体は、成長することも老いることもない。
はらはらと舞い踊る桜花のあとには、若葉が急き立てるように待ちひそんでいる。ひとつが終わると、別のひとつが次を待つ。ごく自然な営みの適応を外れてしまった自分たちは、ひどく異質だ。
踊る夜桜に、黄桜は昔を思い出した。まだ、桜と名乗っていた時分のことだ。
手にしている瓶子は薄く平べったいもので、あのときの盃はもう少し厚かった、と思う。そうしてあの時口にしたのは、普通の酒ではなく、現世との決別を示す液体だったのだが。
「――い、聞いてるか?」
はっと、我に返る。知らぬ間に、追憶に浸っていたらしい。竹葉を見ると、呆れたように見返した。見透かすような瞳が、真っ直ぐに射抜く。
「そんな盃なんぞ使ってるから、過去に浸ることになるんだ。忘れとけ、そんなもの」
そう言って自分は、コップ酒を傾ける。
竹葉が決して和服を着ようとしないのはそのためかと、考えた。振り返り、浸りたくないからか。しかしそれはそれで、寂しいような気もした。
闇夜に咲き、散る桜花にか、いつになく感傷的になる。
「なあ」
「ん?」
「――終わりをどうにするか、考えたことはあるか?」
「お前は考えるのか、桜」
あっさりと切り返されてしまい、憮然とする。しかし、初めからそうなることは知っていたような気もした。珍しく、語りたい気分だったのかもしれない。
盃を干すと、竹葉がすぐに次を注いだ。
「あまり考えてはいないが、せめて、自分で線引きをできたらいい、とは思っている」
気桜は、今時分が組み込まれている仕組みがどんなものなのか、知りはしない。自分で考えたり話を聞いたものはあくまで推測であって、確たるものではない。ただ、経験として、現世で生活を送る者も代理道の管理を行っている者も、終えるには他者の仲間の手か、自らの意思を持って行うことを知っている。
代理道の管理人が他と唯一異なるのは、自ら終わりを決めた場合、後継者を定めていくこともできることだろう。
役目を終えた体は、すぐに塵と化して消えてしまう。地理とはいえ何かが残るのも、代理道管理人の特権といえるだろうか。他の者は死後に任につくため、塵ひとつ、残りはしない。
「誰の手も、煩わせたくはないしな」
「ふうん。成るほどねえ」
茶化すわけでもなく淡々と言って、呟くように語をつなぐ。
「俺は、誰もいなくなっても、一人でも残っていたい。本当に消滅が待ち受けるならかまわないが、あの世には行きたくないからなあ」
言って竹葉は、桜花を見上げるようにして上向いた。まるで、表情を隠すかのように。
「生きるの、止めちまったから。会わせる顔がない」
幹に寄りかかる竹葉の隣で、黄桜は、静かに杯を傾けた。
黄桜は、竹葉のことを知らない。平安の中くらいから竹の代理道の管理をしているということと、陰陽寮にいたということくらいだ。竹葉も、黄桜のことを知らない。黄桜と先代の引継の場にいたから多少は知っているだろうが、訊いてくることはない。――昔の名を呼ぶという、嫌がらせは受けるが。
結局、長く付き合いがあるのはそういった者ばかりだ。それが、自身の選択によるものなのか、こういった仕事をしているとそうなるのかあるいはそういった者ばかりが選ばれるのか、黄桜は知らなかった。
ふ、と、笑う気配がした。
「安心しろ、桜。お前がいなくなったら、あのチビたちの面倒は俺が見てやる」
「頑張って、お前よりも長く残るようにしよう」
「うっわ、酷い言葉だ」
笑いを滲ませながら、竹葉は黄桜の盃に酒を注いだ。はらりと、そこに花弁が落ちる。
きれいな花だと、そう、思った。