淑女1 / 淑女2 / 淑女3



「やった、成功だわ!」
 ぼろぼろの書を片手に、エミリアは快哉を叫んでいた。初めてにしては上出来に過ぎる。望んでいた「魔人」を二人も――二人?
 まじまじと、魔方陣の中に呼び出された二人を見つめる。
 一人は、短いオレンジの髪に赤い瞳の長身の男。恐そうだが、笑いかけられたりしたら、がらりと印象が変わるに違いないわと、決め込む。間違っていなかったと、後で知ることになる。
 もう一人は、金にも近い薄茶の髪を束ねた、深い緑の瞳の男。エミリアよりは背が高いが、もう一人よりはいくらか低い。こちらは笑みが耐えず、軽いゆえの親しみやすさがあった。
 どちらも、二十代中ほどに見える。
「どこが成功だ、小さい嬢ちゃん」
「失礼ね、私もう十六よ」
「十分小さいだろうが」
 苦虫を潰したような声に頬を膨らませ、目を逸らすと、もう一人と目が合って笑いかけられた。途端に、機嫌が戻る。
 エミリアは、にっこりと笑って、なんとはなしに手を後ろに回し、二人の前に立った。魔方陣の外には出られないのだから、恐れる必要はない。
「さあ、私に従って――きゃっ」
 突然、オレンジ髪の方に腕をつかまれ、声が漏れる。
 契約を交わすかこちらから触れない限り出てこられないはずなのに何故という思いと、恐怖とがこみ上げてきた。
「いやっ、放してっ」
「いいか、嬢ちゃん。二人も呼ぶつもりじゃなかったんだろう? そんな状態になったら、手に負えない事態になるのは必須だろう。このまま殺されても不思議じゃないんだぞ」
「っ・・・!」
「まあまあ、おにーさん。そのくらいでいいんじゃない? ほら、こんなに怯えちゃって。良かったねー、呼び出したのが俺みたいなので。次からは気をつけなよ?」
 にこにこと笑うそれにつられてか、男は、エミリアの手を放した。
 代わって、思わず座り込んだエミリアに目線を合わせ、緑の瞳が覗き込んできた。
「で、何をさせたかったのさ?」
「・・・・・・お城で、パーティーが、あるの。その、パートナーに・・・」
 溜息が聞こえ、エミリアは、泣きそうになって顔を俯かせた。
「ああ、なんだそれくらい。お安い御用で。はい、ここに名前を書いて」
「え。あ。は、はい――」
「待て」
 わけもわからずにサインしようとした皮紙が、上に引き上げられる。オレンジ髪の男がつまみ上げたのだ。男はそれを眺めやって、深々と溜息をつくと、かがんでいた男を引っ張って、部屋の隅に行ってしまった。
 一人残されたエミリアは、ぽかんと、そんな二人を目で追う。
 何かを小声で言い合い、戻ってくると、二人とも不満そうだった。
 そうして再び、皮紙が突き出される。今度は二枚だ。
「それぞれ、お前の寿命を二週間分ずつもらう。それでいいなら、名を書け」
「え」
 併せて、四週間、命が縮まる。
 しかしエミリアは、そのひやりとする恐怖を振り払い、肯いた。先程渡されていた羽ペンを握りしめる。滅多に手に取らないそれで、ぎこちなく名前を書いた。
 頭の上で、溜息が落とされた。
「嬢ちゃん、師に就いて正式に学ぶ気がないなら、二度とこんなものに手を出すな」
「・・・どうして?」
「契約書の内容を確かめずに契約するなんて、ただの自殺行為だ。実際、はじめにこいつが出したのは、あんたの残りの命を全てをもらうってやつだった」
「別に・・・いいわよ・・・・・・それでも」
「あんたの願い事を叶えることもなく、だぞ」
「っ!?」
 思わず、二人を睨みつける。
 男は何故か、うんざりとしたように二枚の皮紙をひらひらと振った。
「ちなみにこれも、嬢ちゃんの願いを叶えるとは書いてない」
「なっ・・・!」
 青ざめたエミリアの顔を眺めやって、男は、皮紙を掴んだまま、手を振り下ろした。手妻かのように、二枚が燃え、炭くずになる。
「但し、俺たちの名が入ってないから無効だ」
 熱い灰が舞い散る中で、男は、哀れむような眼差しを向けた。
 その後方で、もう一人が肩をすくめている。
「にーさん、そのくらいにしといたら? この子もわかっただろーしさ? 俺は、ちゃんと報酬もらえたらどうでもいいし?」
「それは、嬢ちゃん次第だな。俺たちの字も読めないんじゃ、どんなことを書いてもわからないだろう。それでも、乗るか?」
 どうしようもなく、恐かった。
 だが、だからといって諦めるのも、どうしようもなく厭だった。
 エミリアは、今現在、一人で暮らしている。先年までは、兄がいた。両親らは早くになくなったため、十年以上も、血縁は兄だけだった。魔道士に弟子入りし、ようやく戻ってきた兄は、しかし、無知な村人に受け入れられることはなく、どころか、忌まれた。死んでさえ、疎まれている。
 もっと早くに、村を出るべきだった。生まれ育った土地だからと、愛着など持つべきではなかった。
 そんな兄の妹を、パーティーのパートナーに誘う者などいない。だが、惨めさに押しつぶされるくらいなら、昂然と、死を選びたかった。
「信じるわ。そこまで忠告して、騙すなんて、しないでしょう? ――いえ。それならそれで、構わないわ」
 赤い瞳がエミリアを真っ直ぐに見つめ、ふっと、微笑した。途端に、柔らかな空気になった。
「いいだろう。ただし、契約を結ぶかどうかは、詳しい話を聞いてからだ」
「わかったわ。私は、エミリア。あなたたちは、何と呼べばいいの?」
「そうだな――ロナルド、とでも」
 兄と同じ名だ。エミリアが身を強張らせると、オレンジ頭の男は、首を傾げた。
「その書に書かれているものを取っただけだ。厭なら、変える」
「・・・いえ。いいわ」
「じゃあ俺は、ケリー。よろしくな、エミリア」
 そういう笑顔には、親しみがこもっていた。不意にエミリアは、泣きそうになってしまった。

目次一覧



「にーさん、実は後悔してるだろ?」
 ケリー(とりあえず)は、自身がうんざりとしていることは見事に押しやって、隣の長身の男に声をかけた。
 男、ロナルド(これもとりあえず)は、不機嫌さを隠すこともなく、ケリーを睨みつけた。
「うるさい」
「やあ、まさか、こんなにごてごてと飾り付けることになるなんてさあ? パーティーが、男も着飾るもんだとは思わなかったや」
「少しは黙ってろ」
「でもまあ、あそこまではりきられちゃあ、無碍にもできねーし? 契約はパーティーに一緒に出るだけだから、断れないこともないけどさ?」
 今、エミリアは、二人分の服を仕立てるのにこもっている。街には仕立て屋もあるが、こんな田舎では、まずない。針子もいるが。主には己の腕一つだ。
 見せてもらったエミリアのドレスは見事なもので、腕は確かなようだった。だが、二人分ともなると、ざぞ大変だろう。
 ロナルドは、じっと、ケリーに赤い瞳を向けた。
「お前・・・」
「何?」
「いや、何でもない」
「なんだよー。そういうのは、一番気になるんだぜ? ぱっと潔く話してくれよ」
 ロナルドは渋ったが、何度か重ねて言うと、うんざりとしたように口を開いた。
 悪い奴じゃないよな、このにーさん。
 そう思うと、妙におかしかった。相手も己も、恐れられる「魔物」だというのに。
「食物からでもエネルギーは得られるだろう。なんでこんなことをやってるんだ」
「・・・・・・・・・やだな。何言ってんのさ、にーさん。確かに俺、人の血混じってるけどさ。こっちのがよっぽど楽だろ?」
 己が人と魔物の間に生まれたと、見抜いた者は多くいる。魔物からすると違いは歴然らしく、そうして、人でも多少能力のあるものは、別物と気付く。
 だが、人から命を奪うことを、何故と訊く者などなかった。
「言いたくないならいいけどな。誤魔化そうとするには年季が足りないぜ、ちびっこ」
 通常、魔物は見た目以上に年をとっている。ある程度育つと、外見の成長はひどく緩やかになるらしい。しかしケリーは見た通りの年齢で、そこまで見透かされているらしい。
 茶化すのではなく、嘲るのでもない、ごく自然な言葉。
 反則だと、ケリーは心の片隅で呟いた。
「俺・・・母親がいるんだ。俺のこと何回も殺そうとしたなんて言う、ひっどい親だよ。・・・でも、殺せなかったんだ、って」
 誰に話すつもりもなかったはずが、今、こうして話している。
 妙な気分だった。
「病弱だから。力を分けるくらいしか、できることはなくて」
「変わった奴だ」
「それを言うなら、にーさんもだろ? 魔物は押し並べて冷血冷酷。にーさんみたいなのにははじめて会ったぜ?」
「ふん」
 下手をすると、ケリーよりもよほど「人らしい」ロナルドは、面白くもなさそうに顔を背けた。それが逆に、興味を掻き立てた。
「そう言えば、にーさん、字まで読めるんだな」
「あ?」
「ヒトの文字。純粋なヒトでさえ、自分の名前がせいぜいかそれも無理ってのが多いのに」
「お前は?」
「俺も一応、読めるけどね。書く方は自信ないな。書をながめて覚えたようなもんだから」
 気付くと、自分の方に転じられていた。
 そのやり取りを楽しんでいることに気付いて、ケリーは軽く苦笑した。幼年時から、あるいは生れ落ちたときから、恐れや厭いをもって見られてきたのだ。かといって、魔物に受け入れられたわけでもない。もっとも、彼らは血縁者であっても情が薄いということだから、それはそれで当然なのかもしれない。裏もなく遊ぶような会話は、もしかするとはじめてかもしれない。
 ロナルドだって、情愛を示しているわけでもない。それでも、何でもない会話が楽しかった。
「じゃなくって、にーさんだよ。にーさんは、どこで覚えたのさ?」
「・・・友人の付き合いで、なんとなく」
「友人? 友達いるんだ? へえ、ますます変わってるなあ、にーさん」
 ロナルドはむっつりと黙り込んでしまったが、ケリーは、知らずに微笑していた。
 パーティーに付き合うだけで、二週間分。数日拘束されるにしても、この男やエミリアといればいいだけだ。楽な仕事だ。――ロナルドが止めなければもっと簡単だったのだが、まあそれは、会話が楽しいからそれで良しとしよう。
「なあ」
 いつの間にか立ち上がり、本棚とも呼べない本棚をながめやっていたロナルドが、ケリーの方を見もせずに声をかけた。
「おかしいと思わないか」
「何が?」
「たかだか、パーティーだろう? 行かないなり一人で行くなりすればいいじゃないか」
「女のプライドってやつじゃないの? ここらの人とろくに交流はないみたいだから、余計に見せ付けてやりたいと思ったとか?」
「そんなことに、命をかけるか? あの嬢ちゃんは無知だったが、馬鹿じゃない、と思う。それでも、契約を結んだ。しかも、両方と。片方で十分だったはずだろう。その上、俺たちに騙されないとも限らないのに、だ。何故だ?」
 そう言いながら、書を数冊、引き抜いてぱらぱらとめくる。何度も開いたのか、どれもぼろぼろだった。
 そうして、窓側の机の上に置かれた書に手を伸ばす。
「それに、兄はどこに行ったんだ? こんなものを置いて他に住むとも思えないが、ここで暮らしている感じもない」
「うーん、ちょっと考えすぎじゃない?」
「どうだろうな」
 ロナルド自身、本気で何かあると疑っているという感じではない。ただ、疑問を並べてみただけだろう。
 やがて、飽きたのか、視線を窓外へと転じた。遠くに見える高い建物が、ケリーらの行くパーティーが行われる城らしい。地方城主の一人娘の、生誕パーティーだということだった。
「ケリー、ロナルド、一度着てみてくれない?」
「はーい、っと」
 顔をのぞかせたエミリアに、軽く応じて立ち上がった。

目次一覧



 きらびやかで、美しい城の大広間。それが見劣りして映るのは、何も、出席者や城主のせいではなく、先日、ロナルド(仮)が、幻術とはいえ王族たちが出席するものを目にしてしまったからだろう。
 その上、ロナルド(仮)たちのいるところが、下層の者、近隣の村人などがいるところだからだろう。
 パーティーというものは、身分によって場所が決まっているらしい。奥に近くなるにつれ、主賓、つまりは身分の高い者の場となる。
「・・・嬢ちゃん。踊るなら、そこのちびっこに頼んでくれ」
「ケリーとも踊るわ。でも、あなたとも踊りたいの」
「勘弁してくれ。足踏むぞ」
「ただ回ってればいいのよ。行きましょう」
「おいおい・・・」
 酒を飲んで頬を上気させたエミリアに腕を絡ませられ、踊りの輪の中に連れ込まれてしまう。壁側で、ごちそう片手に手を振るケリーが小憎らしい。
 諦めて、溜息をこぼして、見様見真似で回ってみる。人外とばれないために瞳と髪の色を変え、ついでに髪を伸ばして束ねているのだが、それがうっとうしかった。
「なあ、嬢ちゃん。なんでこんなことをしてる?」
「こんなことって?」
 大きな瞳が見つめ返す。
 緑のドレスに引き立てられ、まだ幾分幼さはあるものの、近い将来に美人になるだろうと予測できる。どんな理由で避けているのかは知らないが、見る目がないなと、周りでぎこちなく踊る人々をおもった。
「寿命減らしてまで出るようなものじゃないだろ」
「そうかもしれない。でも、出ないのも負けてるみたいで厭なの。最後くらい、かっこいい人つれて、見せびらかして行きたいじゃない?」
「最後?」
「ええ。明日には、村を出るわ。兄さんや両親のお墓を置いていくのは心残りだけど、ここにいたって、墓石の下で嘆かせるだけ」
「いい女になる」
 何気なくこぼれた言葉に目を見開き、エミリアは、にっこりと笑った。
「私、人よりもあなたたちとの方が相性がいいかも知れないわね」
「あのなあ。今回は運が良かっただけなんだぞ」
「判ってる。安心して。私、兄さんが学んでいた人のところに行って、弟子入りさせてもらうつもり。無茶は、あなたたちで最初で最後」
 それならいいけどと、肩をすくめる。
 そこから更に一曲踊り、エミリアをケリーに押し付けると、意外にリードの上手いケリーと楽しそうなエミリアを視界の端に留めたまま、酒杯を手に取った。ケリーのように活力にすることはできないが、飲食は好きだ。
「おい、お前」
「ああ?」
 横柄に声をかけられ、相応の態度で答える。友人であれば、むしろ笑顔で応じたか、無視を決め込んで相手を煽っただろう。
 見ると、数人で連れ立った男たちだった。大体、二十代くらいだろう。
 一瞬怯んだようだったが、おそらくは虚勢を張って、中心と思しき一人がロナルド(仮)を睨みつける。
「旅人か」
「それが何か関係あるのか?」
「忠告してやろうってんだ。魔女に関わるとろくなことにならねえぞ」
「お前らのせいでか?」
 何気なく返した言葉だったのだが、その通りだったのか虚を突かれたのか、言葉に詰まっている。あるいは、咄嗟に理解が追いつかなかったのだろうか。
 やがて、凡庸な悪態を捨て台詞にして、離れて行った。くだらない、と思ったが、彼らを気に留めて於くことにした。ただの動力集めであり、エミリアには何の義理もないが、悪い少女でないと判るだけに、くだらない事態に巻き込まれるのは気の毒だ。特に労力を割かずに済むことなら、手助けしてもいいという気になる。
 それは、今は別行動を取っている友人に、みすみすそんな事態を見逃したと知れたら、怒りはしないだろうが、哀しげなかおでもされてしまいそうだから、という思いがあるのも確かだった。
「ねえロナルド、もう一曲踊らない?」
「少し休んだらどうだ。あのちびは?」
 酒の入ったグラスを差し出すと素直に受け取り、小首を傾げる。
「ケリーのこと? あっちで女の子を口説いてるわよ」
 そいつはまあと、口の中で呟く。呑気というか図太い。
 エミリアは、一口グラスを傾けると、いたずらっぽく微笑んだ。全くもって、あの男どもは見る目がない。
「あなたはいいの?」
「興味がない」
「好きな人、ああ、人じゃないのかな。そんな相手がいるの?」
「・・・・・・そういうわけでもない」
「間が怪しいわね」
 くすくすと、楽しそうに笑う。
 ふと、先程の男たちが目に入った。こちら、エミリアをちらちらと見ている。悪意がひらめいたように見えた。
「嬢ちゃん」
「何?」
「今回は、本当に例外中の例外だからな。それは、判ってるな」
「ええ・・・?」
「じゃあ、手を貸す。戻ったら、明日と言わずにすぐ荷をまとめろ。夜明けくらいまではついててやるから、獣の心配はしなくてもいい」
「ええ?」
 驚いたエミリアに視線で示すと、納得して、半ば呆れたように肯いた。そうして、にこりと微笑む。
「もう一曲踊るくらい、いいわよね?」
「ああ」
 苦笑で応え、きらびやかなヒトの輪の中に入っていった。

 夜明け前、小さな村の外れで火事が起こったが、幸いにも、死者はなかった。

    
目次一覧



STORY  TOP  SCENARIO