現在に至るまでの芸人、喜劇人をまとめてみました。
50音順に掲載していきますので、乞うご期待。


  【く・け】

楠トシ江
 昭和34年ムーラン・ルージュに入団。その後NHKラジオのニュースコント「日曜娯楽版」に出演し、人気を博す。テレビ創生期からの女優でNHKテレビ専属俳優の第1号となる。この人を一躍スターダムに押し上げたのがNHK「お笑い三人組」のレギュラー出演とNTV「おはよう!こどもショー」の"ビンちゃん"役で、子供から老人まで抜群の知名度を誇っていた。また昭和40年代のCMソングを数多く歌っている。
グッチ裕三
 中学生の頃からバンド活動を始め、高校卒業と同時にプロの道に。昭和52年に"いそがしバンド"を結成、直後にビジーフォーと改称、ヴォーカル担当。その当時、まだ売れてなかったとんねるずの石橋貴明に居候を決め込まれ、新婚生活が崩壊しただけでなく離婚に至ってしまったエピソードがある。バンド解散後、クラブなどでステージに立っていたが、昭和60年、同級生で前メンバーのモト冬樹らとともにビジー・フォー・スペシャルを結成。同年「オールスターものまね王座決定戦」で優勝。ブームの到来とともに"ものまね四天王"の一角を占め、人気を博す。最近ではNHK子供番組の司会で子供層の人気も上昇、また得意の料理に関する本も出している。
国本武春
 父は天中軒龍月、母は国本晴美のともに浪曲師を両親に持つサラブレッド。19歳で "語り"で表現することの魅力に取りつかれ浪曲界入り。昭和62年頃から、三味線にギターのフレーズを取り入れた独自の"三味線ロック"を駆使し、「うなるカリスマ」「浪曲界の救世主」と呼ばれる。それは演者の口演だけでなく、観客からの掛け声と拍手によって支えられる「インタラクティヴ演芸空間」としての浪曲の鑑賞および参加法を、初心者向けに笑いを交え、言葉巧みに啓蒙することによる。湯呑台、テーブルかけ、金屏風等の基本アイテムから、「待ってましたっ!」「たっぷりっ!」「名調子っ!」「大当りっ!」など掛け声の作法、「忠臣蔵」等の古典名作の解説、そして「佐渡情話」の歌唱指導まで、小ギャグを交えた見事な話術で進行する。現在も浪曲・ライブ コンサートはもとより、演劇・ミュージカル等で、無類のエンターテイナーぶ りを発揮している。
くりぃむしちゅー
 キャッチフレーズは「邪悪なお兄さん」。前のコンビ名は「海砂利水魚」。元々のコンビ名の由来は事務所の先輩であるコント山口君と竹田君が、車で移動しているときに見かけた店の名前が「海砂利水魚」だったため、それをいただきつけてもらった。毒のあるオチとマネキン人形を使ったバーチャル漫才などアイデアで勝負するコンビである。ボキャブラ天国で安定した実力で常に上位にランクインされていたが、番組終了後はネプチューンやTake2にやや水をあけられている。「ウンナンの気分は上々」でバカルディーと対決をして勝ち、”さまぁ〜ず”に改名させたが、2年後リベンジされ、”くりぃむしちゅー”に改名させられた。このコンビ名も本人たちがすっかりなじんでしまい、当分元に戻すつもりはなさそうだ。有田哲平はフジカラーのCMで火星人に扮し沢口靖子と共演したこともある。一方、上田晋也はテレビ朝日「虎乃門・うんちく王決定戦」でチャンピオンになるなど"蘊蓄"で人気が出始め、伊集院光と豊富な知識を競い合っている。
栗田貫一
 高校卒業後、広告代理店、レストランのコックをつとめた後、六本木のショーパブ"俺たちの朝"でショータイムにものまねを披露するようになる。これをきっかけに芸能事務所からスカウトされ、本名の栗原良之でFNN「日本ものまね大賞」に登場。得意の郷ひろみや細川たかし、桑田佳祐のものまねを生かした"もしもシリーズ"が受けて優勝し、本格的にプロとして活動する。「ものまね王座決定戦」初登場から栗田貫一と改名し、ものまね四天王として以後現在まで番組の顔となる。ものまねのレパートリーは歌手からアニメキャラまで幅広いが、平成7年に劇場アニメ「ルパン三世・くたばれノストラダムス」完成直前に声優の山田康雄が他界してしまい、とりあえずその場しのぎで栗田のアフレコで上映したところ、以外にも違和感なく好評だったため、これ以後3代目ルパンとして定着するようになった。
車だん吉
 コント55号の弟分として、岩がん太と"コント0番地"を結成。当時はタンクだん吉と名乗っていた。コンビとしてはほとんど印象がないが、「55号決定版」に番組終了までレギュラー出演。その後「おはよう!こどもショー」のイビリマン役や「カックラキン大放送」の坂上家に来ては騒動を起こす叔父さん役など主に脇役として活躍。そして自身が不動の地位を得た「お笑いマンガ道場」ではレギュラーとして鈴木義司、富永一朗のプロ漫画家に混じってマンガの才能を十分に発揮。そしてこの番組が縁で富永一朗の推薦により「日本漫画家協会」の会員となる。現在はNTV「ぶらり途中下車の旅」をはじめとする旅番組のレポーターとしてしばしば登場する傍ら、マンガの執筆活動もこじんまりと続けているようである。
クレージー・キャッツ
 日本の高度成長時代における伝説的なコミックバンド。とにかく映画や劇場でしか見ることのできないコメディーやお笑いをテレビというメディアにシフトさせたエンターテインメントバンドである(逆に言えばこれを機に浅草喜劇が衰退してしまうこととなる)。主なファン層は大学生からサラリーマン世代が中心であった。昭和30年にハナ肇、犬塚弘、萩原哲晶らで"キューバン・キャッツ"を結成、その後"ハナ肇とクレージー・キャッツ"と改称。昭和31年から谷啓、植木等、安田伸、石橋エータローが加わり固定メンバーとなる(萩原哲晶は作曲家に転向)。昭和35年に石橋が結核療養のためピンチヒッターで桜井センリが加入。石橋復帰後7人の大所帯で活動。「おとなの漫画」の世相風刺や「シャボン玉ホリデー」の音楽コント・ショートコントは現代のバラエティー番組の基礎を築いたといっても過言ではない。また青島幸男とのタッグで「スーダラ節」「ハイそれまでヨ」をはじめとする数々のヒット曲も輩出している。笑いのレベルが高い上に、"およびでない"、"ガチョーン"などのギャグは子供から年寄りまで知らない人はいないほどの流行語も生みだしている。昭和46年石橋が料理研究家に転向するためクレージーを脱退。また「シャボン玉ホリデー」終了後からソロ活動が中心となり、それぞれ俳優業などで活躍していたが、平成5年にリーダーのハナ肇の病没から石橋、安田の両名も相次いで他界したのは一時代の終わりを告げるようで非常に寂しいものがあった。現在は植木・谷をはじめとして残ったメンバーがそれぞれ映画・ドラマなどで活躍している。
グレート義太夫
 もとは足立区バンドのメンバーとして活動。デブというユニークなキャラクターだけでたけし軍団に昇格。プロレスラーの"ザ・グレート・カブキ"をパロって本名の鈴木正之から"グレート義太夫"と命名される。軍団内ではおもに音楽担当。「亀有ブラザーズ」ではベースギターで演奏し、作曲もこなす。また自身のホームページを持っており、軍団内の近況や猫に関する情報などを公開している。
グレートチキンパワーズ
 北原雅樹と渡辺慶が結成したコンビ。平成5年、高校2年の時「元気が出るテレビ」の"お笑い甲子園"に「キンキッズ」のコンビ名で関西代表で出場し、優勝したのをきっかけに芸能界デビューを果たす。しかしKinki kidsのデビューによりコンビ名を「グレートチキンパワーズ」と改名を余儀なくされる。以後、数々のバラエティー番組やライブに出演し、フットワークの軽さとラフなルックスで一躍お笑い界のアイドルとなる。平成6年にFNNのドラマ「17才」や翌年のTBSドラマ「未成年」などドラマに出演する事が多くなり、お笑いから俳優業へ徐々にシフトし、個人での活動も増えてきている。NHK「爆笑オンエアバトル」では審査員が一人も得点を入れず、史上最低の97キロバトルを出したが、こればバケツ自体の重さだった。
黒部幸英
 アイドル歌手を多数輩出した「スター誕生」出身。とはいっても歌手でなく、番組の中の"欽ちゃんとあそぼう"のコーナーで5週連続チャンピオンに選ばれて番組のレギュラーを勝ち取った。萩本欽一の実質的な筆頭弟子として番組では"クロベエ"のニックネームで人気者となる。またものまねも得意とし、十八番は野口五郎の歌まねでコロッケが登場するまで野口五郎のものまねの第一人者であった。現在はローカル局の旅番組にたまに顔を出す程度でやや寂しい限りである。
桑原和男
 高校卒業後、夢路いとし・喜味こいしの付き人となる。その後漫才などを経て、昭和36年吉本新喜劇に入団。役どころはほとんどが婆さん役を演じている。「ごめん下さい。どなたですか・・・」と一人芝居を演じるギャグや、突然「ああ、神様・・・」などのギャグで人気を博す。また「ごめんくさい」のギャグはこちらが先に使っていた。
ケーシー高峰
 親兄弟がすべて医者という家系に育ったが、演劇の道を志し、医学部にはいかず日大芸術学部に入学。卒業後はストリップ劇場の照明係やコメディアンなどを経て、リーガル千太・万吉に入門。医者の家系を逆手にとって医学の知識を笑いに取り込み、医学漫談を確立。夏みかんのような肌の顔にダジャレと毒舌を組み合わせて爆笑を誘い、「セニョール、セニョリータ」「グラッチェ」など流行語にしてしまうほどの人気があった。最近では医学漫談で健在ぶりを示しているほか、サスペンスドラマにも出演し、おもにベテラン刑事役などで俳優としても渋い役どころを演じている。
K2
 アイドルグループ"CHA-CHA"のリーダーであった勝俣邦和とパワーズを解散した火野玉男こと堀部圭亮が結成したコンビ。コンビといっても個人の活動がほとんどで、2人で登場するのは「ウリナリ」ぐらいしかない。個人では勝俣が数々のバラエティー番組に出演する反面、堀部は"竜泉"のペンネームで「ガキの使いやあらへんで」などの構成作家として裏方に回っている。
げんしじん
 平成元年、坂田利夫に弟子入り。「坂田さる」の芸名をもらう。のちに「お前は進化した」と師匠より言われ現在の芸名「げんしじん」に進化する。"なんじゃそりゃ、そりゃわけわからん"などのギャグを落としネタとして連発していたが、ウケないというよりも観客がついてこれなかったため、それほど笑いがとれなかった。消息不明の時期もあったようだが、地道にライブ活動をやっていたらしい。以前とは芸風が変わり、ベースギターをつかっての漫談をやっているようだが、如何せんライブの域を抜け出せない。
ケント・フリック
 ものまねタレント。特に戦闘機やパトカー、リズムボックスなどあらゆる効果音を見事に再現する。CX「日本ものまね大賞」、「ものまね王座決定戦」などに出場し、番組が縁で岩本恭生と”えんドルズ”というユニットを結成したこともある。現在もライブなどで効果音のものまねを披露しているようだが、最近はTVでほとんど見かけなくなった。


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