
親子3代カナダ旅行記
1999年7月4日から10日ほどですが
私と私の母そして娘の3人でカナダへ
旅行しました。

1999年7月4日
私達3人は9時間のフライトの後、バンクーバーへ無事到着しました。
着いたのは午前10時ごろですが、日本ではまだ夜中の2時か3時ごろなので、飛行機の中で
あまりよく眠れなかったためとても眠い。この日の気温は14度と肌寒い。最近のバンクーバーのお天気はあまり良くないそうだ。
空港には現地添乗員が迎えに来てくれていて、彼の車で市内観光へGO!まず最初に行ったのは、高台にあるクイーンエリザベス公園と言うところ。日曜日ということもあって家族連れがたくさん来ていた。それよりもびっくりしたのは、やたら中国人が多いということだ。公園に入るとたくさんの中国人が太極拳やファンダンスを楽しんでいるし、ラジカセから流れている音楽は中国の歌ばかりだ。香港からやって来た私たち親子にとって、これは摩訶不思議な印象としてのこっている。カナダのバンクーバーに来ているのに、まるでシンセンか広州へ来たようなへんなかんじだった。
しばらく歩くと黒いリスがチョロチョロと姿を見せてくれたりして私達を楽しませてくれた。他には美しい庭園があったりして本当に心和む場所だった。ずいぶん前の万博に日本から送られた石灯籠などもあった。次に連れて行かれたところは北米で一番大きいと言われているCHINA TOWNだ。またもや香港と同じような場所でちょっとがっかり。 通りの様子は香港ととてもよく似ているけれどもっと田舎臭いかんじで。どちらかというと広州の町並みなどに近い。売られている物も香港と全く同じで、道行く人々の服装もまったく中国といったかんじだ。カナダへ移民しても中国の生活様式を続けているところが中国人の良いところだと思う。それにしても香港人の服装よりやぼったいのが気になる。
GASSYの銅像
蒸気時計
その後、Gastownというおしゃれな通りに着いた。ここはバンクーバー発祥の地として有名だ。Gastownとはこの街にある酒場の常連であるGassy Jackという人がいる街、GassyTownがなまってGastownと呼ばれるようになったらしい。そして彼の銅像などもある。世界でもめずらしい蒸気時計というのも見た。街中きれいな花がかざられた19世紀の雰囲気をのこすおしゃれな街だ。ランチのために入ったレストランは中世の修道院をイメージしたレストランだ。そのためウエイターはみな修道服を着ている。これで頭のてっぺんがはげていたら最高なのにと思いながら食事をした。味はおせじにもおいしいとは言えない。
最後にStanley Parkという大きな公園へ行った。海沿いの遊歩道ではたくさんの人たちがジョギングをしたり、ローラーブレードをしたりして楽しんでいる。トーテムポールパークというのが公園の中にあって、カナディアンインディアンのさまざまなトーテムポールを楽しんだ。トーテムポールの絵柄、その順番などにはちゃんとした意味があるそうだ。公園の中からLionsGatesBridgeを眺めた。これを渡ればノースバンクーバーとウエストバンクーバーに行けるそうだ。
その後ホテルに連れて行ってもらってその日のツアーは終了した。ホテルはWestinGroupの一つであるTheWestinBayshoreだ。ダウンタウンのはずれにある私達のホテルはリゾートホテルとして有名らしい。窓からはヨットハーバー、さきほど行ったStanleyPark、そして遠くには万年雪を着た美しい山々が見える。素晴らしいながめだ。下にはホテルのプールがあって、寒いのにもかかわらず多くの人が泳いでいた。私達は時差ぼけのためひどい睡魔に襲われてそのまま眠ってしまった。
ベルボーイと一緒に
夕方目が覚めた。もう7時というのにカナダではまだ昼のように明るい。いったいいつになったら暗くなるんだろう。母がロブスターを食べたいというのでロブスターレストランへ行く事にした。ホテルのベルボーイに紹介してもらった店にタクシーで出かけた。店の名前は”KEG”。アメリカやカナダによくあるカジュアルなレストランだ。娘はベースボールステーキというどしっとしたステーキ、母はロブスターの蒸したもの、私はロブスター入りペンネを注文した。娘のたのんだステーキにはおきまりのようにフレンチフライがたくさんのっていた。そのうえベークドポテトまでついていてすごいボリュームだ。
母のロブスターもとても大きい。はさみで切って中味を出して、レモンバターをつけていただく。なかなか美味しい。私のたのんだペンネは焼きロブスターとスキャロップがたっぷり入ったパスタで、ロブスターの香ばしい香りが食欲をそそる。少し量が多すぎたけれど満足できる一品だった。値段もリーズナブルで最高だ!食事の後はダウンタウンをぶらぶらすることにした。観光客相手のお店がいっぱいあって、どこでもカナダの名産品がいろいろ売られている。サーモン、メープルシロップ、ロブスター、カウチンセーターなどが代表的なものだ。そしてどの店にも多くの日本人の若者が働いている。彼らはワーキングホリデーでカナダへ来ているのだ。そして日本人観光客の数の多さにもびっくりした。どこへ行っても日本人だらけだ。カナダには大橋巨泉さんの経営するおみやげ物屋(OK SHOP)がたくさんあって、日本人は彼のネームバリューから安心感を得てこの店に好んで入るみたいだ。何故なら「巨泉さんは有名人だし、まさか変なもの店に置かないよねえ。」という声を何度も耳にしたからである。
こんな感じでぶらぶらしていたらあっという間に時が過ぎ、気づくともう夜の九時!明るいので時間の感覚がおかしい。というわけでホテルに戻ってバタンキューだ。
1999年7月5日
海沿いの遊歩道から
たっぷり眠ったのでこの日は朝から快調だ!そして天気が悪いと言われていたのにもかかわらず、この日は朝から快晴だ。朝食はホテルのレストランで食べたがとってもおいしかった。その後身軽な服装に着替えてホテルを後にした。今日は終日自由行動だ。
今日の予定はいろいろあるがいったいこのうち何ヶ所に行く事ができるんだろうか?とにかく一番最初の目的地であるCapilano Suspension Bridgeへ行くためにノースバンクーバーへ行かなければならない。ホテルから海沿いの遊歩道をぶらぶら20分ほど歩いたところにノースへ渡るためのSeaBusと呼ばれる船がでている。カナダではすべての乗り物に共通したパスが使えるのでまずその一日券(DayPass)を買った。これを持っていればバス、船、スカイトレインなどなんでも乗り放題だ。そしてWaterfront駅からSeaBusに乗りこんだ。SeaBusは前方パノラマになっている船で、ほとんどが観光客のようだった。
15分ほどでノースバンクーバー側の駅であるLonsdaleQuayMarketへ着いた。ロンズデールキーにはかわいい小物、服、そしておいしいお菓子などが売られたマーケットがある。でもそれは帰りにしてキャピラノつり橋に行くためにバスに乗り込んだ。
バスは5分ほど市街地を走ってから山を登り始めた。山道のわきにもあちらこちらに家が立ち並んでいる。15分ほどでつり橋に着いた。橋を渡る前に簡単なアトラクションがあってインディアンのこと、最初の開拓者の暮らし振りなどがわかるようになっている。そして何ヶ所かポイントがあってスタンプラリーも楽しめるようになっているので娘はスタンプを探すのに必死になっていた。あちこち写真を撮っていよいよ橋を渡ることになった。母と娘が先に渡り出したので、私は写真をとるために橋のこっちにのこって二人が橋の3分の1ぐらいのところに来るまで待っていた。そして写真をとって、橋を渡り始めた。するとそれほどすすまないうちに母の姿が見えた。私を待っていてくれたのかと思ったがそうではなく、下を見たらあまりに高いので足がすくんで渡れなくなったらしい。でも他にもそんな人はいっぱいいたので結局ゆっくりだけど最後まで渡り終えた。橋の向こうにも橋の上で気分が悪くなって倒れた中国人を見かけた。橋はそんなに揺れないけれど高さ70m、長さ137mはなかなかスリルがあるようだ。
キャピラノ吊橋
結局また橋を後戻りして帰ってこなければならなかった。手前には大きなおみやげ物屋さんがあったので私達は橋の記念になるものをいくつか買いこんだ。娘は男の子がかぶっていた毛皮の帽子が気に入ったらしい。店のおばさんをつかまえてどこにあるかを聞いて、自分のお小遣いでその帽子を買ってしまった。うさぎの皮とラクーンのしっぽのついた暖かそうな帽子だけどあんな物は香港では用無しだ!吊橋を後にして私達はGrouse Mountainという山へ行く事にした。吊橋からバスで少し上がったところにその山へ登るためのゴンドラ乗り場があるからだ。ゴンドラはすごく大きなものでかなりの人数が乗ることができる。そのゴンドラに乗って、標高1200mのグラウス山の頂上まで上がった。
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そこからの眺めは素晴らしく、緑に覆われたバンクーバーの街全体を見ることができる。良い天気だったので最高の気分!山の上には雪がいっぱい残っていたので娘はすごく興奮している。彼女は本当の雪にさわるのは6年ぶりだから。Tシャツを着て雪遊びをしている光景はとってもおかしい。
お昼ごはんは山頂にあるカフェテリアでいただくことにした。手作りのハンバーガーなどが食べられるのだが、注文してから出来上がるまですごく待たされる。中にはお店の女の子に文句を言っている人もいるが、「うちはマクドナルドじゃないんだから一つずつオーダーメードで心をこめて作ってるんです。!」と頑としてやり方を変えない。でもそのとおりでとってもおいしいハンバーガーだった。
それからゴンドラに乗って下まで降りて、今度はLonsdale Quay Marketまでバスで戻った。このマーケットは1階は食料品、2階には雑貨、靴、服などが売られているこじんまりとしたマーケットだ。おいしそうなケーキやドーナツのお店、新鮮な果物を売る店などがならんでいる。そのお店で働く人の中にはたくさんの中国人移民がいるので広東語、北京語が耳に入ってくる。もちろん中華風のファーストフード店なども多い。そして台湾名物”チャンジュナイチャ”と呼ばれるサゴ(タピオカの大きいもの)が入ったアイスミルクティーなども売られていて懐かしい気分に一時浸れた。2階にはお土産にぴったりのTシャツなどがたくさん売られていてその店でも広東語が通じる。あちこちのお店をのぞいて買い物を楽しんだ。
その後はまたSea Busに乗ってバンクーバーダウンタウンまで帰った。他にもスケジュールがいっぱいあったけどダウンタウンに戻ったころはすでに5時になっていた。この日はどうしても行かないといけないお店が何件かあったのでそのままダウンタウンの繁華街へ向かった。
Hard Rock Cafe、Cows、Blockbuster,HMV そして母が新しい靴を買いたいといったので靴屋も何軒かのぞいた。そして母の足にぴったりのおしゃれなサンダルを見つけることができたので母も大満足だ。Cowsはアイスクリーム屋だけど牛のがらのかわいいTシャツやジョークシャツなどがたくさん売られていてお土産にぴったりだ。もちろんアイスクリームもおいしい。Blockbusterでは買いたいビデオをいっぱい買ったし、HardRockCafeでもTシャツを買いこんだ。だんだん荷物が増えてきたのでスーツケースに全部入るかどうか心配だ。それにしてもいつになったら日が暮れるのだろう。
夕食はなんと日本料理を食べることになった。日本の炉辺焼きのようなレストランへ行った。お刺身もおいしかったし、おすしもおいしかった。ただ香港でいいかげんな日本料理を食べている私たちにはおいしかったけれど、日本で本当においしいものしか食べていない母にとったらあまり満足できるものではなかったようだ。そうは言ってもバンクーバーでは新鮮なお魚が食べられるのは本当だと思う。
さあホテルへ帰って荷物を詰め込まないといけない。
1999年7月6日 さあ楽しかったバンクーバーを後にしてバンフへ出発だ。その日のフライトは朝の10時ごろなのに旅行社の人はぎりぎりの時間にやってきた。ちょっとあせったけどなんとかチェックインには間に合った。しかしカナダではだいたい1割から2割ぐらいはオーバーブックするのでチェックイン時ではどの席になるかわからないそうだ。ゲートで聞くように言われてとにかくゲートへ入向かった。結局問題なく席は用意されたがなんと最後列だ。飛行機を待っているとき飛行機会社の人がアナウンスでボランティアで自分の飛行機の席を譲ってくれる人を募っていた。今持っているチケットは他人に譲って、自分は次のフライトで目的地に行くのだ。そのかわりに金額は忘れたがトラベルバウチャーをもらえるそうだ。あまりローカルラインを利用したことがないのでああいうシステムがあることはまったく知らなかった。どこでもあるものだろうか?
バンクーバーからカルガリーは1時間半ほどであっという間だった。窓から見えるものは雪をかぶった山ばかりだけどきれいだった。カルガリーからバスに乗って1時間半、私たちはようやくバンフに到着した。遠くに雪をかぶった山が見えるくらいで他には何もないところだ。途中カルガリーオリンピックの時に使われたジャンプ台を遠くに見る事ができた。
私達のホテル
バンフは本当に小さな街で約300mほどのメインストリートがあり、そこは観光客でにぎわっていた。その通りをぬけて山のほうに少し登ったところに私たちが3日間お世話になるThe Rimlockというホテルがある。最初バンフスプリングスというお城のような有名なホテルがあるのでそこに泊まれるように手配してもらったのだが、満室ということでリムロックになったのだ。しかし用意された部屋はファミリースイートのような広くて素敵な部屋だったので大満足。私達は少し休んでからホテルから歩いて行けるところにあるSalphur Mountainというところに出かけた。ホテルから歩いて5分のところにケーブルカー乗り場があって、それに乗って山頂まで行くのだ。高さ2285mのサルファー山から見る景色は最高だ。しかし太陽がすごくまぶしくて目をあけるのがつらい。そこから1.5kmほど登ればピークまでいけるのだが、空気がうすくてしんどそうなので結局あきらめた。山頂から私達のホテル、バンフスプリングスなどもよく見えた。そこで食べたメープルシロップアイスクリームはすごくおいしかった。
Salphur Mountainのゴンドラ
1999年7月7日
レイクルイーズ
国立公園の切符
2日目はツアーで氷河観光に出かけた。朝7時ごろホテルを出発して途中レイクルイーズに寄って、コロンビア大氷原へと出発した。ロッキーマウンテンは国立公園の中にあるためバスの中で国立公園のチケットが配られた。この中に落ちている木の実、石などはここから持ち出してはいけないそうだ。まず私達はレイクルイーズへ行った。午前中は晴れていたので気温もさほど低くなく過ごしやすい。レイクルイーズは真っ青な湖で目の前に広がる景色はこの世のものとは思われないほど美しい。今まで見た景色の中で一番きれいだと思った。湖畔の遊歩道を歩いているとリスがちょろちょろと顔を見せてくれる。湖のむこうには氷原が広がりすごくきれいだ。
バスドライバーのミシェルと私達
コロンビア大氷原に着くまで私達はいくつもの美しい湖や瀧、そして氷河などを見る事ができた。そして3時間バスにゆられた後、やっとコロンビア大氷原に到着した。まずは昼食をとって、それから雪上車に乗ってアサバスカ氷河と呼ばれるところまで行った。その頃には天気がくずれて雨が降ってとても寒かった。氷河の間を流れる古代の水を少し飲んでみた。とてもおいしい!中にはペットボトルに入れて持ちかえる人もいた。でもこの水を飲みすぎるとおなかをこわすそうだ。私達の雪上車は日本人専用でちゃんと日本語を話すガイドも用意されている。ホテルから私達を案内してくれているガイドも日本語を話すカナダ人だったし、なんとバスの運転手も日本語を話すのでみんなびっくりしていた。夏だというのに少し天気がくずれると雪も降るし、気温もぐーんと下がってしまうのでカナダに暮らすのはとても厳しそうだ。帰るときもまたあちこち湖を見学して夕方6時ごろにホテルへ着いた。運がいいと熊に会う事ができるらしいが残念ながら私達は熊を見る事ができなかったのが心残りだ。
アサバスカ氷河で
1999年7月8日
3日目はフリーだ。出発前に乗馬の予約をしていたのだが朝から天気が悪くとても寒いので急遽キャンセルした。これが原因でその後3人で大喧嘩してしまったのが良い想い出だ。とにかく朝からホテルの近所にあるアッパーホットスプリングスという温泉に出かけた。プールのような温泉で水着を着て入るのだ。温度は40度以上ありそうだ。外気は8度ぐらいしかないけれどプールの中に入っていると熱いのでプールサイトに座っていてもそれほど寒く感じなかった。出たり入ったりして40分ほど遊んでいた。ホテルに帰ってからまた気が変わりバンフプリングスの近くにある乗馬場がわりと安かったのでまた予約することにした。その前に街までおりてお昼ご飯を食べた。マクドナルドに行ったのだけどボリューム満点、新鮮野菜、そして味が良いのにちょっとびっくり。どうして日本、香港ではカナダと同じ質の食べ物を売らないのかちょっと不思議…
乗馬場に行く前にバンフスプリングスを見学したけれど、その古さ、インテリアの豪華さに感激!やはりこのホテルに泊まりたかったと母は悔やんでいた。ホテルから歩いて5分ほどのところに小さな乗馬場がある。「怪我をした場合絶対乗馬場をうったえません。」という用紙にサインさせられて自分用の馬を受けとって、手綱の使い方を簡単に教わった後すぐに出発だ。よく訓練された馬ばかりなので心配はいらないそうだ。森をぬけて道路のわきを歩いて、川を渡って森をぬけ、再度川を渡って戻ってくるという1時間ほどのコースだった。私の馬は問題なかったのだが、娘の馬は途中で草を食べるのに列からはみ出す馬鹿馬だった。私が先頭、そしてその次が娘だったのだが、出発してすぐに馬は草を食べ始め、手綱をひいてやめさせようと必死で頑張ったけれど馬はやめずにすぐに列から脱落した。心配でしかたなかったけれどリーダーは大丈夫というのでそのまますすんだが、しばらくすると娘の悲鳴が聞こえて来たりして、すごく心配で涙が出そうだった。とにかくリーダーに頼んで一時ツアーをストップしてその馬を一番前に連れてきてもらいリーダーがその馬の手綱をひいてくれることになった。それからは馬もちゃんと歩いて娘は乗っているだけでいいのでご機嫌だったが、もう2度と馬には乗りたくないそうだ。乗馬は楽しいと思ったけれど器械ではなく生き物に乗るということは生き物の気持ち次第で何が起きるかわからないということだ。川を渡るときなどは本当に緊張したし、森の斜面を登ったりする時も本当に怖かった。たぶん娘はその馬に馬鹿にされたのだろう。だから言う事を聞かずに好きなことをしたんだと思う。しかし娘の話しでは最初に馬を渡されたとき、「草を食べに行ったら手綱を強くひいてやめさせるんだ。特にこの馬はそれをしょっちゅうするからね。」と言われたそうだ。だからそんな事がわかっているのであれば最初から子供にこの馬を渡すべきではないのにとちょっと不服に思ったけれど、とにかく無事に帰って来られたので良かった良かった。出発したところに戻ってくると次の人達が待っていた。母はそこで待っていてくれたのだけど日本人家族がいたのでその人たちと話していたため退屈はしなかったそうだ。私達が出発したあとすぐに違うグループが戻ってきたらしいが、その中にも日本人がいて彼女の馬も草食べ馬だったそうで苦労したそうだ。なんだか日本人は馬鹿にされているのか、乗馬場の人が故意にそういう馬を日本人に与えているのかなとかいやな事を考えてしまいました。私としては楽しかったのでいつかチャンスがあればまた乗ってみたいな。
乗馬の後は一度ホテルに戻りそれから街へと買い物に出かけた。ハードロックカフェでまたTシャツを買ったり、お土産に良さそうなものをたくさん買いこんだ。娘はBeanieBabiesを集めているのでいろいろなお店をのぞいて気に入ったものを買っていた。彼女は彼女でお小遣いを持っているので私が母のめんどうを見て、彼女はいつも別行動だ。とにかく観光客の日本人の多さにはびっくりしたし、どの店にもワーキングホリデーで来ている日本人が働いていた。バンフの街のはずれにあるローカルのスーパーマーケットもゆっくり見学した。まあカナダにしかないというものもあまりなさそうだし、もう既にいろいろ買ってしまったのでバッグに全部入るかどうかが心配で食料品はあまり買えなかった。娘はSimpsonsのスパゲティーの缶詰を買ったりして本当に困った。
近くのホテルに私達のホテルへのシャトルバスが出ているのでそれに乗ってホテルへ帰ってゆっくり休んだ。実はこの後でおのおのの不満が爆発して大喧嘩になったのだ。早く忘れてしまいたい思い出だがカナダを思い出すたびに思い出してしまう。明日はトロントへ向けて出発なのでとにかく早く寝て体を休ませないといけないけれど、パッキングがまたまた大変だ。
バンフでの3日間はホテルでの食事がついていたので夕食はホテルのレストランでコースを食べていた。ステーキ、サーモンなどがメインディッシュだったが量が多くて毎日おなかいっぱいになって苦しかったな。このあたりで本当に日本料理、そして私達親子は中華料理が恋しくなったのでした。
1999年7月9日&10日
バンフを楽しんだ後は最終目的であるトロントへ飛んだ。バンフからトロントはたしか4時間ぐらいだった。トロントはオンタリオ州にある北米6番目の大都市だそうだ。バンクーバーやバンフとは違って、いろいろな人種が集まっているような印象をうけた。しかしこの日はトロントには滞在せず、そのままナイアガラまでツアーのバンで移動した。途中左手にオンタリオ湖が見えたが、湖とは思えないほど果てしなく広がる大きい湖だったので驚いてしまった。トロントからナイアガラまでは1時間半ほどだった。
ナイアガラの街は小さな街だ。瀧にそうようにしてたくさんのホテルがならんでいる。私達がその日泊まったのはルネッサンスフォールズビューホテルというところで、目の前に瀧が見える絶好の場所だ。その日は金曜日だったのでナイアガラの花火大会も見る事ができた。なんとラッキーと思ったが、花火は10分ほどで終わった。日本の田舎町の花火大会のほうがまだましといった小さな花火だった。食事はホテルのレストランで済ませたがなかなか素敵なレストランだった。
翌日はナイアガラ瀧観光がメインイベントだ。暖かくなるという天気予報ははずれて外は風が強くとても寒い。ふるえながら瀧にむかったが、途中で日が差してきてぽかぽかとしてきた。まずMAID OF THE MIST(霧の乙女号)という遊覧船に乗って、瀧を間近で見る事ができる。朝早い時間だったが、もう既にたくさんのツアー客がならんでいる。乗船する前に青いレインコートをもらいそれを着て船に乗りこんだ。よく見たい人は2階へ上がる。濡れたくない人は一つ下のデッキへとみんな乗りこんだ。ナイアガラの瀧は映画やテレビで見るより迫力があった。ごーっつ音をたてて落ちていく音は本当にすごいし、一度に落ちる水の量もすごい!とにかく圧巻である。私達が見るのはカナダ瀧だ。反対側にはアメリカ瀧が広がる。瀧の落ちていく力で前へすすめなくなるところまで行くのだが、水飛沫がすごい!レインコートのフードに水がいっぱいついている。とにかくエキサイティングな体験だった。アメリカ側のアトラクションは黄色のレインコートを着て階段を降りて滝の下まで行くそうだ。私達の船からも黄色の行列が良く見えた。いつかアメリカ側から見て見たいものだ。ちなみに対岸はアメリカニューヨーク州だそうだ。
ナイアガラの瀧を見学した後は途中ナイアガラオンザレイクという美しい町を通ってトロントまでのツアーが続いた。ナイアガラオンザレイクはその昔(18世紀おわり)オンタリオ州がアッパーカナダと呼ばれていたころの州都だったところで、町並みは開拓時代の様子を残している。歩いて20分ほどで通りぬけることができる通りの両側にかわいいお店がいっぱい建ち並んでいてツアー客でにぎわっている。もうすでにバンクーバー、バンフなどで買い物をしまくっていた私達は結局ほとんど買い物をすることもなく通りぬけたが、ここもバンフと一緒で町の中にきれいな花がいっぱい飾られていてとても目にあざやかな町だった。ある服屋さんでかわいいチワワのTシャツを見つけたのでお友達に買うことにした。そしてカナダに来てから食べつづけているメープルシロップのアイスクリームをここでもしっかり食べた。
その美しい町を後にして私達はアイスワインの工場へ向かった。アイスワインはオンタリオの特産物で、ぶどうを収穫せずに零下の寒い日を越させます。それから収穫したぶどうで作られるのでアイスワインと呼ばれるそうだ。ようく冷やして飲むデザートワインですごくおいしい。そのワイナリーではアイスワインの試飲もさせてもらえる。もちろん家に買って帰ったのであった。
ワイナリーを後にして最終目的地であるトロントへ向かった。トロントは本当に大きい町だ。街を歩く人達の顔もさまざまだ。その辺は香港に似ているのかもしれない。トロントではトロント大学、市庁舎などを見学した。トロント大学は長い歴史のある学校で時代を感じさせるヨーロピアンの建築がいっぱいある。広い芝生の公園があり、トロント大学の卒業生たちが結婚の記念に写真をとるので有名な場所だそうだ。庭にはビクトリア女王の銅像があって、イギリス系の物に敏感な娘はしっかりその前で写真を撮っていた。
最後の夜はなんと日本料理だ。3人とも日本料理が恋しくてホテルの中のお店で働く日本人のおばさんの紹介で日本レストランへ行った。私は天丼、母がざるそば、娘はかつカレーを食べたことを今でもはっきりと覚えている。レストランへ行く途中、アメリカ映画、ドラマでおなじみの道路の排水溝カバーから湯気があがっているのを生まれて初めて見てちょっと興奮した。あの湯気はとても熱いのであった。
さあ翌日は日本へ帰る日だ。今まで読んでくれてどうもありがとうございました。