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タイトル

サイードのサウジアラビア日記(仮題)1


はじめに


 ご無沙汰していました。現在、僕はモーリタニアからサウジアラビアはリヤドのイマーム大学本校に移り、勉学に励んでいます。それではサラッと大学の様子を紹介しようと思います。

 まず大学は市街地からちょっと離れたところに位置していますが、住居、食堂、病院、売店、銀行、クリーニング屋など日常生活に必要なものは一通り大学敷地内に用意されているので、外出しなくてもとりあえず生活は出来ます。ただ、大学内のインターネット・カフェは去年あたりから閉まりっ放しらしく、これだけは大学の外で用を済まさねばなりません。

【モーリタニア到着当時の寮の部屋の様子】

モーリタニア到着当時の寮の部屋の様子

【一方これが今の寮の部屋の様子】

一方これが今の寮の部屋の様子
 こちらの大学での寮生活は、モーリタニアのそれに比べ約32倍(当人比)ほど心地よく、快適です。つまり、寮の全部屋にはバスタブ付きの浴室、トイレ、キッチン、洗濯機、冷蔵庫、冷暖房、ベッドなどが配備されているんです。モーリタニア時代のようにフロに入るのに列を作って待つ必要も、待っている人からせかされる必要も、水の量を気にしながらバケツでパシャパシャ体を洗う必要はありません。トイレもハエや強烈な悪臭に悩まされることはもう無く、キッチンも約200人を越える寮生のために共有のガスコンロが2台しかなかった頃に比べれば、お茶とか気軽に沸かし放題でサイコーです。タライでゴシゴシ衣類を洗う労苦ももうありません。僕は今大きな部屋に一人で住んでいますが、ソファーなどの応接セットもあり、かつベッドはクイーンサイズ。簡易ベッドをギシギシ言わせて布に包まっていた時代はもう遠のきました(写真をご参照あれ)。

【家具が入った後のモーリタニアの寮の部屋。
部屋の中にまで砂埃が舞っているのをご覧頂けるだろうか。
ベッドの上の布にくるまった物体はサイードその人】

家具が入った後のモーリタニアの寮の部屋



【一方これがサウジの寮のベッド】

一方これがサウジの寮のベッド
そして寮の食堂ときたら、とてもワンダフルでゴージャスです。まず食堂は広くて明るく、清潔感にあふれています。メニューはやはり幾分単調な向きがあるとはいえ、とりあえずはよく調理されていて、更にここには広いメニュー選択の余地があります。つまり、1〜3種類のサラダ類から一品、飲み物(ミネラルウォーター、各種炭酸飲料、乳飲料類、果物ジュースなど)とデザート(ヨーグルト、ゼリー、アラブ風のお菓子やケーキなど)、果物類から一品、主食(白いご飯、サフランライス、パスタ)から一品、肉・魚類から一品、1〜3種の温食類から一品ずつ選べるシステムです。更に各テーブルには塩・コショウ、ケチャップ、オリーブオイル、タバスコ、酢などが配置されており、各自お好みのテイストに仕上げて食することが出来ます(こんなの日本では何てことないが、モーリタニアの学校にはなかった)。ちなみに朝食が1リヤル、昼食が2.5リヤル、夕食が1.5リヤル、一日3食でたった5リヤル(大体150円位)。モーリタニアでは無料でしたが、もしこちらで外食すれば一食で10リヤルは飛びますので、それを考慮すれば非常に安いものです。全学生には月840リヤル(約25000円)の奨学金が支給されており、毎日寮で食べていればこの額は充分です(こちらの外国人労働者は月の収入が3,400リヤルなどというのもザラである)。でも人は贅沢に出来ていて、ここでも学生たちはメニューが単調だとか、マズいとか、色々文句を言っているんですよ。

【これが寮のディナー】

これが寮のディナー

【部屋のキッチン】

部屋のキッチン
 さて勉学の方ですが、ここに来た非アラブの外国人留学生は先ず3年あるアラビア語学校に入ることが義務付けられています。その内訳は半年単位の4レベル制の計2年間と、その後のディプロマ・コース1年間(よく意味が分からないが、大学入学への準備コースらしい)で、入学時のテストの成績によって各々に見合ったレベルに振り分けられます。カリキュラムは充実しており、イマーム大学の海外分校の1つである東京のアラブイスラーム学院とは科目数において先ず格段の差があります。つまり、レベル1では5科目しかないものの、レベル2では8、レベル3では11、レベル4では13科目もあり、かつ「完全イスラーム・バージョン」で、クルアーン、ハディース(預言者ムハンマドの言行録)、フィクフ(イスラーム法学)、アキーダ(信仰箇条)などの科目も入ってきます。授業は土曜から水曜までの5日間、1日5科目で、午前7時半に始まり、昼の礼拝を挟んで午後1時15分に終わります。

【寮のモスク。ちなみに寮内はカメラ持ち込み禁止。違反してます】

寮のモスク  留学生の出身地や文化背景、アラビア語のレベル、イスラームにおける知識の量は様々です。アラビア語コースなので、アラブ人学生といえば欧米に移住したアラブ系移民の子弟でアラビア語を知らない者たちがちらほらいる位で、アラブ国出身者はまずいません。大概の留学生はブラックアフリカ諸国、インド亜大陸、旧ソ連、東南アジア諸国、ボスニアやアルバニアなどの東欧諸国、中国などの出身で、マニアックなところではアメリカ合衆国、キルギスタン、カザフスタン、メキシコ、アルゼンチン、ベトナム、ルーマニア、モルダビア、日本(僕1人)などという国名も見られます。また、大概の者は既にアラビア語をたしなんでおり、日常会話にも困難を感じるほどのビギナーというのは余りいません。既にアラビア語を長年勉強していたり、流暢に話すような人たちをレベル1の段階から見つけることが出来ます。僕はレベル3に入りましたが、ここに来るまでアラビア語を知らなかった人たちは別にしろ、インド亜大陸やブラックアフリカ諸国出身で既に勉強してきている者たちの中には、非常に優秀な人もいます。つまり、既に沢山のアラビア語やイスラームの知識を蓄積してきている者、長年アラビア語に親しみ、アラビア語の詩を作って読んだりする者までいます。このような人たちは直接大学部に入っても問題ないのでしょうが、これがここのシステムなのです。大学部に入るにはアラビア語学校の最終段階、つまりレベル4で5段階評価の4以上を取ることが条件になっています。とりあえず今のレベルでよい成績を取って感覚をつかむまでは、安心できません。既にピリピリしているのが、多分文章からも伝わっているのではないでしょうか。

サウジで再会した面々


 @カースィム&イルシャード

 2人ともモーリタニアで出会った旧ソ連からのイマーム大学生。現在シャリーア学部の1年生で、カースィムはタタールスタン、イルシャードはバシュコルティスタン(知らない人は地図で調べなさい)の出身。サウジ到着後間もなく、食堂でバッタリ出くわした。カースィムは可哀そうに、モーリタニア滞在以降体調の不良を訴えている。顔は青ざめており、目に見えて元気がない。何でも、今学期は休学して故郷でゆっくり療養するつもりだという。この遠隔地において、未だに彼の体を蝕み続けているモーリタニア、恐るべしである。かたやイルシャードも、まだ自分がモーリタニアにいる悪夢を見てうなされ、飛び起きたりする事があるのだという。そのとき彼の体はジットリ汗ばんでいる。そして夢と知ってホッとするのだそうだ。
 うーん、恐るべし、モーリタニア。


 Aアブドルアズィーズ・アルビダーハ

 一昔前、東京にあるアラブイスラーム学院長として日本に滞在していたことのあるサウジアラビア人。日本で数回、サウジでも去年1度会っている。一言で形容すれば「面白いおじさん」。非常に恰幅が良く、白髪の混じった立派なあごひげ。愛嬌たっぷりで、いつも顔に笑みを浮かべている。まだ日本語をよく覚えており、口グセは「だいぼじゅ?(大丈夫?というのをわざとこう言う)」。サービス精神旺盛で、場所や人を選ばず、会う人皆を楽しくさせようとする。レストランでウェイターをからかうためにゴム製のゴキブリを持ち歩いてるサウジ人なんて、この人くらいだろう。色の白いゴキなのでそれを示唆したところ、コンセプトは「煮だって色が変わったゴキ」なんだって。おととし日本で一緒にサファリパークに行った時も、受付のおばさんに「バブバブ、中学生です。子供料金にしてネ(っていうか、中学生バブバブ言わねぇだろ)。」と冗談を言っていたが、完全に無視され、そしてそれが彼のルックスとのギャップもあいまって面白かった。しかし実際のところ、彼はとても真面目で宗教熱心な人間なのである。現在はリヤドの高校教師をしている。


 Bイブラーヒーム・アルアリー

 リヤドの或るダアワ(イスラーム布教)組織の責任者。去年モーリタニアに行く途中サウジに寄った際、ここリヤドで会った。彼のオフィスの職員の1人と会った時、互いの顔を見合わせて驚いた。モーリタニアのインターネットカフェでよく顔を合わせていた、パキスタン系アメリカ人だったのだ。世界は狭いなあ。


 Cアッラウキー先生

 モーリタニアで僕に預言者伝を教えてくれていた、サウジアラビア人の先生。現在はリヤドのアブドルアズィーズ・アルビダーハさんと同じ高校で教えており、彼から僕の所在を知り、連絡してきてくれた。こちらでも大変良くして頂き、ラマダーン月などもよく食事に招待してもらった。非常に知的で紳士的で、宗教的知識に優れ、中庸を尊び、威厳があって高潔な人格。このような人物が国外に出たら、サウジアラビア人やイスラーム教徒一般のイメージも上がるのは間違いない。逆に考えれば悲しい事だが、モロッコでタクシーの運転手から「あんたみてぇなサウジ人は初めて見た。」と言われたそうだ(ある種の湾岸諸国のリッチなアラブ人が海外でハメを外して豪遊するのは、よく聞く話だ)。4人の子供に恵まれ、現在40歳位だろうかと思われるが、近くニュージーランドに単身ホームステイ・英会話留学することを計画中。何でも、自分たちを敵対視している感のある「欧米人」がいかなるものか、自分の目で確かめて分析したいのだそうだ。自分たちの世界の枠を出ることがなく、また、出ようともしない人々が多い中、自費を投げ打っての彼のこの真摯な試みは僕の共感を買った。実現すれば、きっと両者にとって得るところの多い素晴らしい経験になることは間違いない。


 Dアリー・アッサクアービー

 日本に約6年間の留学歴があり、そして、東京のアラブイスラーム学院で一時臨時講師をしていたこともある、知る人ぞ知る優秀で礼儀正しいサウジ人の若者。最近日本を去り、結婚してここリヤドに就職した。

 彼はとても優れた長所を独り占めしている。先ず、日本語を流暢に、僕よりきれいに話す(誇張ではない)。しかも彼の専門は日本語などではなく「経営マネージメント」という全く別の分野であるのが、僕のような語学を学んでいる者の意気をくじけさせる。何でも、日本のテレビが語学習得にとても役立ったという。意外なことに愛好していた番組は「クレヨンしんちゃん」。あれはそのままの形ではサウジではまず放送できない代物だと思うが(ちょっとお下劣な部分が放送コードにひっかかる)、確かに面白くて下らないアニメなどは言葉の勉強に役立ちそうだ。

【右端がアリー・アッサクアービー。とあるラマダーンの日の断食開けの食事を彼の家でとる】

右端がアリー・アッサクアービー  また、知識の幅が広く、多趣味である。アラブイスラーム学院で臨時イマーム(礼拝を導く人)、臨時ハティーブ(金曜礼拝の説教者)を任されていたほど宗教的な素養もある一方、「モーニング娘。」のメンバーの名前を僕より多く言えた(!!)。志村けんや浜崎あゆみの物真似まで出来た(しかも上手かった)!また、コンピューターや車も好きで、スポーツもやる。日本語、アラビア語、そして英語にも精通し、異文化理解に秀で、文学的素養もあり、宗教的知識と世俗的知識を両立している、稀有で貴重な存在。しかも、人柄もまたいいのである。礼儀正しく、明朗で、寛容で怒る事が全くなく、常に笑顔を絶やさず、冗談も品があり決して度を越さない。場の全員を気遣う繊細さも併せ持ち、真面目で誠実で、学院生たちからもとても慕われていた。彼のような人にはずっと日本にいてもらいたい位だったのだが、非常に残念だ。

 さて、こちらでは彼はやはりサウジの衣装を身につけ、ヒゲは日本にいたときのようにすいてはいない。両親との2世帯住宅暮らしで、とても幸せそう。彼には4人の男兄弟がいるが、父親も含め皆教養があり、かつ宗教的にもしっかりしている。父親は元水道技師で、英語も流暢な知識人。兄弟も殆ど全員がエンジニア。一番年下の小学生アブドルマーリクも百科事典を愛好し、世界の地理に詳しく、星座のジグソーパズルなどやっているところを見ると、将来アニキたちと似たような道を辿りそうだ。彼ら息子たちは常に父親を気遣い、敬愛し、手の甲や額に口づけをして挨拶し、食事の際でもお茶の席でもとにかく彼に奉仕する。また、家の中では「アッサラーム・アレイクム(あなた方に平安あれ)」という挨拶が頻繁に飛び交う。家族団らんの場の話題も、北アイルランド情勢とか雹の降る気象条件とか、知的かつ文化的。家の食事や家具など見ても度を越しているところがなく――サウジ人はとてもゴージャスな家具や食事を好む人が多い――、彼の家庭を見て彼の人格形成の背景がよく分かったような気がした。


 Eハマド・アル・マージド博士

 日本とサウジで数回会っている、イマーム大教養学部のサウジ人教授。シャイフ・サアドが僕と入れ替わりにまた日本へ戻ってしまったので、彼が色々と僕の面倒を見てくれている。

 彼は社会的地位があり、人望が高く、各方面に広いコネクションを持っている。また、アメリカに留学歴があり、イギリスには10年以上仕事で滞在していたこともあり、異文化理解の懐が深く、かつ洗練されている。博士という肩書きから受ける硬いイメージは皆無で、とても大らかで飾るところのない優しい人柄と柔らかな物腰で、人の心を安らがせる。また、同情心や慈悲の心が強く、非常に細かい気遣いを見せる。

 例えば、去年モーリタニアへ行く途中サウジに寄った際、トラベラーズチェックを交換できず現金不足の心配を抱えていた僕に、「とりあえずこれを持っときなさい。」と彼はちょっとした大金を手渡した。僕はずっとそれを借りているものとみなしていたので、今年それを彼への日本からのお土産の中にお礼の手紙とともに忍ばせておいたところ、後にそれを発見した彼から電話が来た。

 「シャイフ・サイード(*注1)、金が入っていたぞ。何て事をするんだ?お前に神(注*2)のお導きあれ。」

 「それぇ、去年貸してもらったやづですぅー(←郡山訛り)。受げ取ってもらわねぇーどぉー、困るんですぅー。」

 「あれは私の金じゃない。ある人がお前のサウジ滞在のために出費してくれたんだ。これは返させてもらうからな。」

 恐らく、そのお金は彼自身の懐から出たものに違いなかった。ただ、僕が受け取りやすいよう気遣って、そのような言い訳を作ったのだろう。

 もう一例を挙げれば、僕がこちらで病院にかかったときの事。ハマド博士に医師を紹介してもらい、更に診察料までお世話になることになってしまった。しかし、後に僕が一人で病院の受付に行ったとき、事情を知らなかった受付嬢が僕に診察料を請求してきた。僕はそのとき払ってしまったのだが、後にそれを知ったハマド博士は「なんで彼から診察料を取った!?話は前もってつけておいたはずだぞ!こんな人の心を台無しにするようなことをして・・・!」と病院側に対して怒った。そして、診察料の額を僕の知らない間に僕の持っていた本の間に滑り込ませ、後に電話で「例の診察料は後で返還されるから、私が立て替えて本の間に挟んでおいたぞ。」と知らせてきた。しかし後日病院に出向いた際、医師からハマド博士が一向に診察料を請求してこない旨を耳にした。きっと、彼はそのような「みみっちい」行いをすることを恥じているんだろう、と言った。そしてその医師は、「カネ払ったおめぇが悪いんだかんな。」と僕に言ってくるのであった。

 また、彼が彼の家族や親戚の集まりに僕を招いてくれるときも、いつも僕のような若造の隣にいて世話を焼いてくれる。僕は彼を通して、話に聞くところのアラブの「気前の良さ」「客の歓待精神」「自分の庇護下にある者をとことん守り通す精神」などを見た気がする。そして最も重要なのは、僕が彼にとって何の見返りも期待できそうにない存在であるにもかかわらず尽くしまくることであり、かつそれを可能な限り内密に行うように試み、尽くし方も非常に洗練されている点である。人の心の意図するところなど知るべくもないが、彼はこれらの善き行いを単なるアラブの美徳ではなく、「神ゆえの行為」に昇華させようと努力しているのだろう、と思う。



【リヤード市街地のファイサーリーヤ。
ショッピングセンターとか入ってるらしい。】

リヤード市街地のファイサーリーヤ

【リヤードのどこからでも見えるボロージュ・ル・マムラカ。
世界有数の資産家でもある王家のワリードがおっ建てた。
こちらもショッピングセンターやホテルやオフィスなどが
入ってるらしい。夜は七色に光る】

ボロージュ・ル・マムラカ

 サウジアラビアはまだまだ部族社会や血縁などといった事に重きが置かれ、それが社会の基礎となっている土地である。そこに僕のような外国人が一人でやってきて暮らすのは、何かと困難なことなのだ。知り合いがいるのといないのとでは、例えば簡単な事務的手続きや買い物などでも、全くかかる時間や費用が違ってきたりする。相手の人や国籍によっては、知っているのといないのとでは態度が180度違う場合もある。部族社会について僕個人は消極的な見方をしているが、現状においてはより良い対処の手段を選んでおく方が賢いというものだ。思えば預言者ムハンマドも、当時のマッカの部族社会で布教を公にしたことで当地の有力部族からの抑圧や迫害が始まった時期、叔父アブー・ターリブ(結局イスラームを受け入れなかった)と部族の傘の庇護の下で身の安全を確保できていた要素が強かった(無論それは究極的な庇護者の存在あっての事だが)。最近、ハマド博士のような人物の庇護下にある事の大きな利益を実感し始めてきたところだ。次回は部族についてもちょっと書いてみようと思う。


 ※注1: シャイフというのは普通年配の人や宗教的知識に優れた人への尊称として使われるが、このようにちょっとした友愛の表現の意味を持たせて使われたりもする。

 ※注2: アラビア語で言うところの「アッラー」。全ての創造主、絶対無二の神性。審判の日の裁き手。

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