「奇跡の詩人」は、日木流奈だけではない。中村光也、片山雄大と、同工異曲の「詩人」たちが、本を出版し、人生相談にのっている。人々に「奇跡の詩人」を待望する心理があるからこそ、次から次へと出てくるのだろう。
http://www2.odn.ne.jp/luna/
http://www3.nsknet.or.jp/iyashi/column/kouya/
http://kobe.cool.ne.jp/yuudai/
p.244
私の親たちは、批判や否定という社会の中で育ったにもかかわらず、何かが違うと感じ、ドーマン法と出会い、その方法の中に愛を見つけて、私にその愛をくれました。 |
http://www.lifestudies.org/jp/shinano03.htm#20020908
信濃毎日新聞2002年9月8日掲載書評(評者: 森岡正博)
滝本太郎編著『異議あり!「奇跡の詩人」』 同時代社 / 1300円
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NHKスペシャルで、「奇跡の詩人」という番組が放映された。十一歳の脳障害児で、自分でしゃべることもできず、立つこともできない男の子が、すでに多数の詩集やエッセイを執筆しているという内容だった。その子は、母親の手の助けを借りながら、猛スピードで文字盤を指さし、そこから言葉があふれてくるのであった。
ところが、この番組放映後から、内容に関して賛否両論が沸き起こることになる。とても男の子が書いたものとは思えないという意見や、ほんとうに自分の意志で文字盤を指しているのかという疑いなどが噴出した。その一方で、この「天才児」の言葉によって癒やされたという声も寄せられ、脳障害児の知性を見くびってはならないという声も現われた。 本書は、この「奇跡の詩人」現象に対して、懐疑的な立場からまとめられた批判の書である。しかしながら、これは単なるインチキ糾弾本ではない。この本に収められた、様々な立場の人々のエッセイを読むことによって、われわれは、障害児を育てるとはどういうことか、障害の受容とは何を意味するのか、他人よりも秀でていることにどのような価値があるのか等について、あらためて熟考することになるからである。 たとえば、重度の脳障害の娘さんを抱えたある母親がエッセイを寄せている。彼女は、娘さんに対して、この「天才児」と同じきびしい訓練法を行なっていた。あるとき、娘さんは、子どもたちとのんびり遊んでいたのだが、母親が迎えに来たのを見て、おもわず顔をそむけて隠れてしまう。母親は、これを見て目から鱗が落ちる。母親は書く。「娘のために訓練していると言いながら、じつは、私自身が、障害児の母親にはなりたくなかったのです」、と。 親と障害児が密着宇宙を形成するとき、それがどのような帰結を導くおそれがあるのか、本書はそれをありありと描き出している。オウムを生みだしたニューエイジ思想が、その後どのような展開を成し遂げたかについても、われわれは考えることができるだろう。現象を普遍的に読むための好著である。 |
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http://www.lifestudies.org/jp/mutsu07.htm 『無痛文明論』(森岡正博著、トランスビュー社、2003年)p.68 まわりからのサポートなしに「条件つきの愛」が暴走した場合、子殺しや子捨てに発展する。あるいはそれが反転して、障害児のリハビリと能力開発に異様な情熱をそそぐケースもある。そこまでいかなくても、「こんなはずじゃなかった」という悔恨の念をずっと抱きながら、子育てを続けなくてはならないところにまで追い込まれることは多い。しかしながら、まわりからのサポートを得て、この大きな不条理と格闘してゆくなかで、それまでの自分のアイデンティティが解体され、世界と人生の見え方が徐々に変貌し、自分の中にあった「条件付きの愛」が少しずつ変化してゆく可能性も開かれているのだ。苦しみと悔恨の生活のただ中で出現するこの小さな可能性を育てていく道というものが、たしかにある(そのためには、サポートの体制を社会の中にさらに充実させねばならないことは言うまでもない)。
前掲書p.94 このように、条件付きではない愛の言説がメディアのなかで用意周到にばらまかれていく光景こそが、無痛文明の基本的風景となるだろう。無痛文明とは、条件付きではない愛を困難にしておきながら、その裏側で、条件付きではない愛についての「言説」を高らかに謳いあげる文明なのである。 |
「奇跡の詩人」を待望し賞賛する側の心理に対して、自分のこどもを「奇跡の詩人」にしてしまう親の心理は、USAの、無脳症の赤ちゃんを臓器移植のドナーにしたいというおかあさんたちの心理に似ているかもしれない。悲劇的なものから何かよいものを生み出したい、という切なる願いがある。無脳症の赤ちゃんは「天使」になる。
http://home.earthlink.net/~mbwinner/tpf.html
私のNHKスペシャル「奇跡の詩人」へのかかわりは、ただの視聴者としての関心から始まっている。
Yahoo! や2ちゃんねるの掲示板でNHKスペシャル「奇跡の詩人」が話題になっているのを見て、読んでみると、障害児者の御家族の発言が多く、そのなかには、養護学校に関連のあるものもあった。たまたま以前から知っていた杉本健郎医師が、重症障害児のための医療的ケアのある養護学校を提唱されていたので、杉本医師のサイトを紹介した。その杉本健郎医師が「不定期日記」で「奇跡の詩人」を批判された。
http://members.at.infoseek.co.jp/saihikarunogo/sugikenversusnhk.html
森岡正博さんも、杉本医師のコメントを読んで、森岡さんの掲示板で紹介した。森岡さんと杉本医師とは、以前から共同で臓器移植法改正案を出している。
NHKスペシャル「奇跡の詩人」が再放送されなかったので、多くの人が番組を確認したいと、2ちゃんねるやYahoo!などに投稿が続き、私はビデオを借りて検証会を開いた。そのときに、メディア関連の人と、障害児者療育関連の人と、両方の方々が関心をもっていることを知った。特に障害児の親御さんや、療育に関連する仕事の方の意見は、貴重なものであった。その後、何回か、検証会を開き、参加者とともに、NHKに公開質問状を送った。それら検証会の報告や公開質問状は、「NHKスペシャル『奇跡の詩人』関連リンク集」からリンクしてある。
NHKスペシャル「奇跡の詩人」は、ドーマン法という問題の多いリハビリ訓練法を、無批判に報道したという点で、たいへん無責任であり、視聴者のうち、多くの心ある人々は、あの放送が障害児者の家族に害をもたらさないようにと心を砕き、情報提供に尽くしている。特にドーマン法については、小説家の小林泰三さんが「ドーマン法を考える」というサイトを作っている。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kbys_ysm/doman/
ところが最近、私がとっている、グローバルピースキャンペーンのメールマガジンに、日木流奈君の御両親へのインタビューをもとに本を作る、という話が載っていた。
http://www.peace2001.org
グローバルピースキャンペーン「Vol.388:ごめんなすって 方言集(11/20)」より
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◆きくちゆみ◆----------------------------------------------------------------------------私の友人に詩人の堤江実さんという素敵な女性がいて、東京で仕事が遅くなった
ときに、ときどき泊まらせていただくのですが(先日東京で講演があり、翌朝岐
阜に行くのに、鴨川からでは間に合わないので、泊めていただいた)、彼女のお
家のトイレの中に『人が否定されないルール』(講談社)という本が置いてあり
ます。この本は、脳障害を持つ日木流奈くん(現在13歳)が書いたもので我が家にも
あるのですが、堤さんのトイレに入る度に、ついつい、またページをめくって、
読み始めてしまいます。いつも、私がトイレからなかなか出てこないので、彼女
は不思議に思っているかも・・・。はじめて読んだときにも、気がつかされることがたくさんあったのですが、その
後もこのトイレに入るたびに、そのときどきの私に必要な言葉をいただいていま
す。今回は「似て非なるもの」にアンテナがピピッとしました。流奈くんがこの本を書いたのはまだ12歳のときですが、彼の感性と知性と言葉
に、そしてご両親の前向きさと天真爛漫さに、いつも驚いてしまいます。こんな
風に子どもを育てると、子どもは無限に伸びていくのだなあ、私は子どもの芽を
摘んでいるかも、と。読むたび、新しい、さらに奥深い気づきを与えてくれます。NHKスペシャルで流奈くんのことが取り上げられたときは「インチキ」「うそ
だ」という反応もかなりあったそうです。重い障害を持った子どもから、こんな
言葉がでてくるはずがない、というのです。この本がルナくんと、文字盤を読み
取るお母さんとの合作であったところで、その価値が減ることはありません。私
はこの本に書かれているメッセージが、多くの悩んでいる人たちにたくさんのヒ
ントや気づきを与えてくれると思います。堤江実さんがルナくんのご両親をインタビューをしたときのことを、子育ての本
として一緒に仕上げようか、と今話しています。子育ては楽しくて大変!です。
子どもってかわいいけど、締め切りをたくさん抱えているときは「どこかに消え
て!」って思ったり、邪魔されると、カッとなって怒鳴ったりする未熟な私がい
ます。思いも言葉も天へのメッセージだそうですから、あわてて「今のはうそで
す。本気ではありません」と取り消します・・・。そんなときの私の言葉や思い
を天が聞き届けたら大変!ですから。
グローバルピースキャンペーンは、あのUSAのブッシュ大統領が2001年9月11日の攻撃の後、アフガニスタンに報復攻撃をすると宣言したときに、報復攻撃反対の新聞広告をNew York Timesに載せるという計画を立ち上げた。それには私も賛同して寄付をし、また、森岡正博さんも「対米テロ事件報道を相対化するために」ページでこの計画を紹介し、自ら報復攻撃反対の立場を表明した。
http://www.lifestudies.org/jp/tero.htm
New York Timesに全面広告を載せる計画には反対や批判も多かったが実現し、その後もグローバルピースキャンペーンは、『戦争中毒』やマイケル=ムーアの『アホでマヌケなアメリカ白人』を宣伝したり、さまざまな平和運動を繰り広げてきた。この点には敬意を表する。
その一方で、グローバルピースキャンペーンには、エコロジー的なもの、あるいは、いわゆるニューエイジ的な側面もあった。日木流奈君のことを取り上げた本を作るという話は、このニューエイジ的な側面から出てきたものと思われる。
森岡正博さんの『異議あり!「奇跡の詩人」』評には、
>>ニューエイジ思想が、その後どのような展開を成し遂げたかについても、われわれは考えることができるだろう。
と書かれている。
グローバルピースキャンペーンにも、ニューエイジ思想が含まれている。これは、産業や軍事の肥大化に対抗し、無痛文明とたたかって自己解体をすすめているつもりで、いつのまにか無痛化装置になっている、という例の一つかもしれない。
つぎつぎとあらわれる「奇跡の詩人」現象とでも呼べるもの。これは心理学的な、または社会学的な、考察の対象になりうると思う。
*参照*
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| NHKスペシャル「奇跡の詩人」関連リンク集
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