おもに、放送番組の対象となっているこどもの障害を、親は受け容れているのだろうか、そして、親子の報道のしかたは、社会が障害を受け容れることをうながすものだっただろうか、が話し合われました。
結論として、私は、NHKスペシャル「奇跡の詩人」(2002年4月28日放送)と、講談社の「ひとが否定されないルール」(2002年5月7日発行)は、対象となったこどもの障害の種類や能力の程度にかかわらず、基本的に、こどもの人権を守るという観点から、大きな問題があると思いました。
2003.01.11.
Yahoo!掲示板 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月 5日(日)21時34分12秒
最近、Yahoo!掲示板と2ちゃんねるで話題になっているテーマについて、
共感できる意見を見つけたので、私も、意見を寄せました。
このテーマは、黒木玄さんのなんでも掲示板でもとりあげられています。http://post.messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=2000251&tid=ffclznaefe0a4nff&sid=2000251&mid=400&n=1
バリアフリー 投稿者: saihikarunogo 2002年5月05日 午後 9時30分
メッセージ: 400 / 400
>ところで、このトピ内で以前、「子どもを養護学校に通わせないのは虐待ではないか」というご指摘がありましたが、一昔前までは、重度の障害児は学校(自治体)の方が通学を拒絶し、「就学猶予」という形で家の中に放置されていたと聞いています。現在でも、医療行為(吸引や注入)の必要な障害児の親は、授業中ずっと、学校内で待機させられたり、毎日、給食の時間に学校に呼ばれたり、それが出来ない家庭は、週、数時間の訪問学級のみで済まされる等、安心して一切を任せられる体制にはほど遠い学校が多いのが現状のようです。私も、障害児を診ているお医者さんのホームページで、同様の事実を読んでいます。
昨今は、自治体によっては、教育関係の予算を切り詰めるため、地域にある養護学校の数を減らそうとするところもあります。tsuyo_chan99さんのおっしゃるとおり、USAのドラマを見ていると、バリアフリーが進んでいると思います。
るなさんが、定評のあるテレビのドキュメンタリー番組で放送されず、大手の出版社から著書を出版しなかったら、これほどインターネットで問題にされなかったかもしれない。
小さな出版社から著書を出し続け、自発的奉仕活動の好きな人々にささえられていたら、平穏に暮らせたかもしれない。
でも、それだけでは、日本の障害者と健常者のバリアをとりのぞくことはできません。
同様に、るなさんの著書を読んで感動しているだけでも、だめなのではないでしょうか。
なんで感動するのでしょうか。
るなさんの詩がすばらしいから?
それとも、るなさんが障害者なのに、天才だから?
もし、るなさんのような人がごく普通に、街に買い物に出てきたり、学校に通ったりしている社会だったら、るなさんが、テレビで取り上げられるとしても、もう少し、ニュアンスが違っていたかもしれません。
あるいは、るなさんのような人がごく普通に、街に買い物に出てきたり、学校に通ったりしている社会をつくりたいと思って番組を作ったのならば、もっと、ニュアンスが違っていたのではないでしょうか。--------------------------------------------------------------------------------
これは tsuyo_chan99 さんの メッセージ 389 に対する返信です
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NHKスペシャル 投稿者:geetu 投稿日: 5月 5日(日)22時53分51秒
流奈クンの番組、私は曜日を間違えていて見ませんでしたが、本のほうは昨日たまたま
本屋の店頭に平積みされているのを目撃しました。
つい先日だったはずのテレビ放映のことが本の帯に書かれていたので、なんとなく 目をひきました。
勝手に「出版もNHKか、なるほど」と思った私。(違ってたのね)
saihikarunogoさんの書き込みから、ずっと過去にさかのぼっていきましたが、 すごい量ですねーー。
いろいろな人の思いが錯綜していて、くらくらしました。
再放送ってあるかな。
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Nスペ 投稿者:モイナ 投稿日: 5月 6日(月)21時21分55秒
流奈くんの番組は、見ていないので詳しいことは解りませんけど・・・今月号の『こころの科学 103』に玉井真理子さんの「障害者の親に なっていくこと」記事があります。
その記事の最後の方の、「「選ばれた親」をこえて」と一節を読んで
流奈くんの親のことがちょっと気にかかりました。
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RE:NHKスペシャル 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月 6日(月)23時32分09秒
>geetuさん、モイナさん
レス、ありがとうございます。
私も、ほんの少ししか、番組を見ていないのです。
ちょっとだけ見て、暗い感じがしたので、チャンネルを変えてしまったのです。
おかあさんが、るなさんを抱いているのは、はっきり見ましたが、それは、これから、文字盤を指そうとしているところだったのだろうと思います。そのシーンから連想するのは、水俣病の胎児性水銀中毒になったこどもとおかあさんの写真です。
この子のおかげで自分は中毒にならなかったのだ、と思っているおかあさんは、もう大きくなったこどもを抱いておふろに入れています。 その写真は、美しかった。
生命力があった。それに比べて、あのNHKスペシャルは、端的に言って、映像の作り方がへただったと思います。
強さや明るさや迫力を感じるより先に、しんどくなりました。玉井真理子さんの「『選ばれた親』を越えて」という一節、気になりますね。
私も『こころの科学 103』を探してみます。ところで、森岡正博さんの「脳死・臓器移植」専用掲示板で紹介した、NHKの報道に抗議した救急医のウェッブサイトは、2ちゃんねるで見つけました。
今回のNHKスペシャルに抗議しようという人たちのスレッドで、これまでに、NHKに抗議したことのある人たちのことが紹介されていて、そのなかに、あったのでした。
まあ思わぬ収穫があった、と思っています。
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NHKスペシャル 投稿者:ゆき 投稿日: 5月 7日(火)01時36分29秒
私はテレビ全部みましたよ。
正直いって何かこれまでとは違うものを感じました。
母や妹もルナくんが大好きだったのだけれど、
今回のテレビではちょっとがっかりしたのが実際の感想。
執筆や講演のことがクローズアップされていて、 ちょっと引いてしまった。
素晴らしい言葉で私たちを感動させなくても
彼とその家族が一生懸命生きて、ボランティアさんたちと
時に辛く、時に楽しくやっているだけでも、十分だと思うのに。
2年程前に見たときは、そんな様子に感銘を受けた気がするけど。
1歳にもならない妹のソマちゃんをかまってあげる時間まで
執筆にまわさないといけないというのが、私には理解できなかった。
少なくともあの映像からは執筆や講演をするルナ君中心で、
ソマちゃんは二の次という印象を受けてしまう。
あの子が天才で、沢山の苦痛を耐えてがんばってきたのだから、
ソマちゃんもここのうちのルールを守って、ということなのかもしれないけれど、
相手は赤ちゃん。そういう意味では障害児も健常児も同じじゃないのかな。
ルナ君の執筆の邪魔をするからといって、お仕置きをされた ソマちゃんが可哀想だった。
私たち母子3人ともが腑に落ちないものを感じたということは
やっぱりそう思う人沢山いるんでしょう。
今回はNHKの製作の方向性がまずかったのかもしれない。
ルナ君という奇跡的な脳障害児をきっかけに
理解が深まるのことへのきっかけになるのは、素晴らしいことだけど、
saihikarunogoさんが書かれていたとおり、
それが天才だと崇め奉り、普通の障害児は相変わらず
社会の蚊帳の外という状況が変わらないとしたら、それはとても危惧すべきこと。
今回の放送はその辺のことがまったく考慮されてないように思いますね。
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ゆきさん 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月 7日(火)21時20分45秒
レス、ありがとうございます。
全部見た人からお返事がもらえて、よかった。
それに、るなさんをすきな人で、よかった。
でも、放送の結果は、残念な方向へ行っているようです。
いくつか、ホームページで、意見を述べているところがあります。小説「人獣細工」の作者の小林泰三さんも、書いています。
(「人獣細工」については、このサイトの「人体改造」の感想ページで、言及しています)
「駄文24 NHKスペシャル」
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kbys_ysm/dabun24.html滝本弁護士の日記「日常を愛する人は?」の5月2日〜3日「哀しいこと、怒ること」
http://www2.diary.ne.jp/user/140664/
そして、先にも御紹介した、黒木のなんでも掲示板 (0077)
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a.htmlそれにしても、残念なのは、明日発売の週刊誌「週刊文春」「週刊新潮」です。
かなり否定的な調子の見出しをつけているそうです。
Yahoo!の掲示板で、紹介されています。番組をほんのちょっとしか見ていない私には、本来、何も言えないはずですが、これまで、いろいろな人の意見を読んで知った限りのことで判断すると、
黒木のなんでも掲示板に、るなさんは、ゆっくりと、文字盤をさして、こどもらしい言葉で、詩を作ることができるのだろう、という投稿がありますが、私も、そうなのだろうと思います。
そして、ゆきさんのおっしゃるように、>彼とその家族が一生懸命生きて、ボランティアさんたちと
時に辛く、時に楽しくやっているだけでも、十分だと思うのに。まったく、そのとおりだと思います。
Yahoo!の掲示板で書いた、障害児を見ているお医者さんというのは、森岡さんのサイトからリンクしている、杉本健郎さんです。
医療的ケアの必要なこどもを、養護学校で受け入れるために、また、卒業後、施設に通えるようにするために、学校の先生方とお医者さんと親御さんたちが、努力を重ねています。るなさんの存在が、そういう人々へも、応援歌となるような、そんな番組だったらよかったのに、と思います。
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怖い 投稿者:ゆき 投稿日: 5月10日(金)13時21分14秒
一通り、下のサイトを見てきました。Yahooも。
なんか、とても悲しい状況ですね。
偏るのって怖い。
天才とあがめたり、インチキだとののしったり。
ルナママに悪意があったとは思えない。
でもこんな結果になってしまって、胸が痛みます。こんなことになってしまうということは、逆に
障害者を「障害者として」我々社会の一員として受け入れよう、
という思いが私たちの日本の社会にないということを現しているのかな。
無痛文明ですかね、これも。
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図書館で 投稿者:りんご 投稿日: 5月12日(日)11時55分55秒
モイナさんに教えていただいた「こころの科学 103」の玉井真理子さんの論文を見つけました。その中で、りんごは、S・オーシャンスキーの「慢性的悲嘆説」というのを初めてききました。
>「絶えざる悲しみ」と翻訳されているためか、障害児の親になった人は一生嘆き悲しんでいるかのように誤解されているようですが、決してそうではありません。
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「奇蹟の詩人」についてのコメント 投稿者:りんご 投稿日: 5月12日(日)12時16分13秒
スギケン先生のHP、新不定期日記からりんごは、番組見なかったので、なんとの言えませんが・・・
http://web.kamogawa.ne.jp/%7Esugimoto/topi/sinfuteiki.htm
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スギケンさんのホームページ 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月12日(日)20時34分09秒
掲示板に、意見を書き込みました。
私は、「週刊新潮」を立ち読みしました。
その記事と、2ちゃんねるなどでとりあげられていた、
るなちゃんの文章は、おとなの書いた文章だと思いました。
それと、土曜日の、NHKの「スタジオパーク」の釈明放送を見ました。
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ちょっと訂正 投稿者:sahihikarunogo 投稿日: 5月12日(日)20時47分34秒
「スギケンさんのホームページ 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月12日(日)20時34分09秒」から>その記事と、2ちゃんねるなどでとりあげられていた、
るなちゃんの文章は、おとなの書いた文章だと思いました。↓ その記事と、2ちゃんねるなどとで、とりあげられていた、
るなちゃんの文章は、おとなの書いた文章だと思いました。
障害児の親の気持 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月12日(日)20時37分41秒
2chで拾ってきた投稿を転載します。----------------------------------------------
530 :名無しさんといっしょ :02/05/10 02:08 ID:R1voyMfY
たぶんここに書き込まれている方の大半は
障害児に縁の無い人・・・だと思います。私は障害をもつ娘がいます。ルナ君より少し年下ですが。
ですからルナママの気持ちもわからないでもありません。障害を持った我が子を前にした時
私も一冊の本と出会いました。
「奇跡の子ドーラン」−ドーマン博士の本でした。
わずかな光をその本に見出した気がしました。
たとえ0.0000001パーセントでも可能性があるなら・・・
と思いました。ただ、我が娘は命が危ぶまれる状態でしたので
実際ドーマン法はしませんでした。そのうち、本当に娘の命が風前のともし火になり
医者からも「もう、覚悟して下さい。」
と言われた時、娘の小さな小さな手を握って(まだ0歳)
はじめて、どんな重い障害で、一生ママと言ってくれなくても
歩く事ができなくても、この子の存在だけで良いから
生きていて!!と思いました。
幸い娘はなんとか命が助かり
障害はありますが元気に養護学校に通っています。生きて!!と思ったあの瞬間
私はやっと娘の障害を丸ごと受容できたかな?と思っています。ルナママは意図的にはしていないと思います。
あまりに訓練ずめで、ある種の洗脳のような状態で
自分の考えもルナ君の考えのように感じてしまっているのか
もしくは、いまだルナ君のすべてを受け止められていないのか
または自己実現がこういう形になってあらわれてしまっているのか・・・。いずれにしても私はルナ君、ソマちゃんが心配なのです。
長文ごめんなさい。
610 :名無しさんといっしょ :02/05/10 02:40 ID:R1voyMfY>572
530です。本当におっしゃる通りですね。私は本当は障害者、児という言葉はきらいなんです。
今回はわかりやすいように障害という言葉を使いましたが。572さん、「大したことじゃない」っていうのが
本当にツレさんにとっても一番嬉しい事だと思います。実際我が家もハンディを持つ娘のほかに
子供が2人いますので
毎日バタバタ忙しく
本当に普通に暮らしています。3人とも可愛いし
同じように心配したり、喜ばせてもらったり・・・。ただハンディのある娘は
やはり一生私と夫が道を決定していかなければならないので
責任が重大です。
できれば、その娘より一日でよいから
長生きして、娘を最後の最後まで見届けてやりたいな・・・
というのが私の希望かな?
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「障害児の親になっていくこと」 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月13日(月)12時30分43秒
モイナさん御紹介の、「こころの科学 N0.103」掲載論文、 玉井真理子著「障害児の親になっていくこと」のコピーを 入手しました。
雑誌掲載論文なのに、泣きそうになりました。
筋ジストロフィーの赤ちゃんのおかあさんの相談面接とか、 終わりのほうの、「天国の特別な子ども」という詩とか。その詩には、
>やがて二人は自分たちに与えられた特別の
神の思し召しをさとるようになるでしょう。というくだりが出てきますね。
玉井真理子さんは、この詩は、障害を持ったこどもの親にとって 慰めになると認めています。
障害を持ったこどもの親は、「選ばれた親」というキーワードに、 いっとき、酔うことがある。
しかしそのうちに、特別なこどもでも選ばれた親でもなく、普通の こどもであり、普通の親であることに気づいていくと結んでいます。モイナさんは、るなさんの両親には、その気づきがあるのかどうか、 心配されているのですね。
私も、心配です。慢性悲嘆説というのは、一生嘆き悲しんでいるかのように誤解されている けれども、ほんとうはそうではなくて、発達の節目節目に、他のこどもは できることが自分のこどもはできないという悲しみを味わう、という意味 なんですね。
障害を持ったこどもの受容について、「衝撃→否認→悲嘆→受容」という、 段階受容説と、慢性悲嘆説とがある、という話でした。
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NHKと講談社 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月15日(水)21時48分08秒
森岡正博さんの臨時メイン掲示板と、スギケンさんの掲示板にも書いたことですが、こちらでも書きます。NHKと講談社に、何か意見を送ろうと思うのですけど、うまく書けそうにありません。
どなたか意見を寄せて、一緒に出してくださる方、あります?だいたい、次のようなことを書きたいんですけど。
NHKは、これまでに、るなさんの能力について、科学的に証明することはできないと、述べている。
また、検証番組は、るなさんに負担をかけるために、できないと述べている。
それならば、ドキュメンタリー「奇跡の詩人」について、補足番組を報道する義務がある。
その番組では、次の諸点を明確に報道しなければならない。
(1) るなさんの能力を科学的に証明することはできない。
(2) るなさんの詩をるなさん本人が作ったと証明することはできない。
(3) るなさんの詩をるなさんのおかあさんが作ったとみなすこともできる。
(4) るなさんの詩に感動している人々がおおぜいいる。
(5) るなさんの詩人としての能力を信じ、るなさんの訓練に協力し、るなさんをささえている人々がいる。
(6) るなさんが実施している、訓練方法は、賛否両論であり、関連諸医学会には、否定しているところが多い。
(7) るなさんと同じような重度の障害を持っている人々にとっては、学校・仕事など、社会参加の道は、ずいぶんと狭い。
(8) 介護や療育などで、家族に過重な負担がかかっていることが多い。
(9) このような障害者やその家族を、もっと社会が援護する必要がある。
(10)ドキュメンタリー「奇跡の詩人」報道とタイアップして、講談社から、るなさんの著書が発売され、多くの人が購入しているが、その本の帯に、NHKスペシャルで報道された、ということが、宣伝文句として挿入されている。しかし、るなさんの能力が科学的に証明されない以上、「奇跡の詩人」という表現は、るなさんの実施している訓練方法に対する誇大宣伝になり、公共の利益に反する。この点を、謝罪し、講談社にも、訂正謝罪広告を出してもらいたい。
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NHKと講談社・追加 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月15日(水)21時57分02秒
先に書いたのは、NHKへ送りたいと思っている、意見です。
講談社には、るなさんの著書の著者名を、るなさんとおかあさんの共著にするか、
または、編集者によるあとがきとして、二人の共同作業によって著わされた、
ということをくわしく、明確に、説明してもらいたい。
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NHKへの意見(1) 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月17日(金)08時45分04秒
NHKのふれあい広場に意見を送りました。----------------------------------------------
NHKスペシャル『奇跡の詩人』の再放送をお願いします。
私は、この放送を、ほんの少ししか、見ていません。
実は、ちょっとだけ見て、暗い感じがしたので、チャンネルを変えてしまったのです。
おかあさんが、流奈さんを抱いているのは、はっきり見ましたが、それは、これから、文字盤を指そうとしているところだったのだろうと思います。『奇跡の詩人』を全部見た人で、これまで、家族ぐるみで日木流奈さんのファンだったという人は、今回の放送に、腑に落ちないものを感じたと言っています。
執筆や講演がクローズアップされ、流奈さんの妹のソマちゃんはまだ赤ちゃんなのに、おかあさんにかまってもらえず、かわいそうで、逆に、流奈さん彼とその家族が一生懸命生きて、ボランティアさんたちと時に辛く、時に楽しくやっている姿が充分に伝わっていないという意味のことを述べています。(http://tcup7022.tripod.co.jp/saihikarunogo/bbs)一方、「週刊新潮」5月16日号の記事で、先日発売された、『ひとが否定されないルール』(日木流奈著、講談社、2002年)からの引用が紹介されています。
それには、自分は混沌の中にいたが、コミュニケーションの手段を手に入れたおかげで、混沌から脱出できた、という意味のことが書いてあります。
それは、流奈さんが、文字盤を使って、人と意思の疎通ができるようになった、ということを、本人になりかわって、おとなが表現したら、ちょうどそういう文章になるだろう、と思います。流奈さんは、情緒も知性もあるけれども、それは、一人のこどもとして備えているもので、おとなのような知識があるわけではないでしょう。
流奈さんと親しい人は、流奈さんの心の美しさやけなげさ、流奈さんなりの発達・成長をみて、すばらしいこどもだ、と感じているのだろうと思います。
そういうすばらしさを表現するときに、この子は天才だ、というのは、障害のあるなしにかかわらず、親が、こどもへの愛情にあふれて、口にする言葉ではないでしょうか。ただ、流奈さんは、障害が重くて、学校とか、仕事とか、といった、社会参加の道が、ほとんど閉ざされている。
これでは、この子のほんとうのすばらしさが、わかってもらえず、一生、親が介助するだけで、終わってしまう。
ほんとうは、すばらしいこどもなのに。
ということを伝えようとしているうちに、
天才だ、というのが、おとなのような知識があり、知性がある、という意味になってしまった。
おかあさんが、そう思い込んでしまった。
そういうことではないでしょうか。その後、5月11日の土曜スタジオパークで、『奇跡の詩人』の一部分が放送されるのを見ましたが、おかあさんが、流奈さんを抱いて、文字盤をさわらせるところは見ましたが、流奈さん自身が、詩を作っているのかどうかは、わかりませんでした。
この映像では、日木流奈さんのおかあさんの、日木千史さんが詩を作っているようにも見えます。NHKふれあい広場の「4月28日放送『奇跡の詩人』について」では、次のように述べられています。
> 専門家の意見も聞きましたが、重度の運動障害がある場合には、知的能力を探る方法が確立されていないことがわかりました。もしこのような検証を行うとすれば、流奈くんにかなりの物理的な苦痛を強いることになり、適当ではないと考えました。
これは、流奈さんの能力を科学的に証明することは、できないということだと思います。
また、流奈さんが実施されている訓練方法について、小児科医の杉本健郎先生が、ホームページで、
> かってアメリカ小児科学会がドーマン法について効果のない訓練法として正式に意見した
と述べられています。(http://web.kamogawa.ne.jp/%7Esugimoto/topi/sinfuteiki.htm)杉本健郎先生は、医療的ケアの必要なこどもを、養護学校で受け入れるために、また、卒業後、施設に通えるようにするために、学校の先生方や親御さんたちとともに、努力を重ねていらっしゃいます。
流奈さんの存在が、そういう人々へも、応援歌となるような、そんな番組だったらよかったのに、と思います。
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NHKへの意見(2) 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月17日(金)08時42分41秒
つづき---------------------------------------------
それで、今度、『奇跡の詩人』を再放送するに当っては、さらに放送時間を延長して、次の点を、補足していただきたいと思います。
(1) 流奈さんの能力を科学的に証明することはできない。
(2) 流奈さんの詩を流奈さん本人が作ったと証明することはできない。
(3) 流奈さんの詩を流奈さんのおかあさんが作ったとみなすこともできる。
(4) 流奈さんの詩に感動している人々がおおぜいいる。
(5) 流奈さんの詩人としての能力を信じ、流奈さんの訓練に協力し、流奈さんをささえている人々がいる。
(6) 流奈さんが実施している、訓練方法は、賛否両論であり、医学会には、否定しているところがある。
(7) 流奈さんと同じような重度の障害を持っている人々にとっては、学校・仕事など、社会参加の道は、ずいぶんと狭い。
(8) 介護や療育などで、家族に過重な負担がかかっていることが多い。
(9) このような障害者やその家族を、もっと社会が援護する必要がある。
(10) 『ひとが否定されないルール』(日木流奈著、講談社、2002年)では、NHKスペシャル『奇跡の詩人』で放送されたことが宣伝文句に使われている。
しかし、流奈さんの能力が科学的に証明されない以上、「奇跡の詩人」という表現は、流奈さんの実施している訓練方法に対する誇大宣伝になり、公共の利益に反する。
この点を、謝罪するとともに、講談社にも、訂正謝罪広告をお願いする。
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「ひとが否定されないルール」 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月19日(日)08時34分27秒
『ひとが否定されないルール〜妹ソマに残したい世界〜』(日木流奈著、講談社、2002年) の感想を書いたページを作りました。
このページをYahoo!掲示板で紹介すると、感想というよりも、検証だと言われました。
http://members.tripod.co.jp/saihikarunogo/luna.html
http://members.at.infoseek.co.jp/saihikarunogo/luna.html
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本のタイトル 投稿者:モイナ 投稿日: 5月19日(日)12時05分53秒
「ひとが否定されないルール」というタイトルに、どうも違和感を 感じてしまうんですよね20〜30年前だったら、違和感を感じなかったと思うけど、すく なくとも、今の時代性にはあわない。と、私は感じるんだけど
*「自然にやさしいトイレ」に関する記事を、私のところに投稿
*しておきました。
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てるてるさん 投稿者:りょうこ 投稿日: 5月21日(火)01時06分28秒
こんばんは
ほんとにすごい行動力ですね〜私は半端な医者で、障害児医療についても数年そばにいただけなので、
あんまり軽薄なことを言ってはいけないと思っているのですが、
この間の「奇跡の詩人」を巡る問題についてはやはりいろいろ考えてしまい、
時には軽率(?)にものを言う奴もいてもいいかもしれない、と思いつつ書きます。日木流奈さんの本は、こんなに話題になる前に、目を通したことがあります。
これは、こどものことばではない、と思いました。
障害のあるなしとは離れて、この年齢のこどもはこのような言葉の使い方、概念の
扱い方はしない。どれほど言葉が達者で、思慮深く、表現力の豊かなこどもでも。
これはおとなの・・・それもかなり年長のおとなの言葉遣いだと思いました。
多分この言葉遣いを紡ぎだしているのは母親の<おとなの>脳であり、流奈くんの
脳ではない。でも、それ自体はそれでいいと思います。自分自身の言葉であることを意識していて、
それを息子の言葉だと言い張っているなら「詐欺」だけれど、息子との関係性の中で、
その言葉なきやりとりの中で、感応したことを、巫女さんみたいに、イタコみたいに、
神おろしみたいに、お筆先みたいに、母親が言葉として紡いだということならば、
それはそれとしてありうることで、非難されるべきことでもない。多分問題なのは、それが、「日木流奈」という<天才的な個人>に属する奇跡として
語られ、流布されていること、そしてその奇跡をもたらしたのがドーマン法である、
という宣伝材料にされていること、なのだと思います。
ドーマン法それ自体の問題点については、当事者の方達のことばが多々あるので
今さら繰り返すこともないでしょう。
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りょうこさん 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月21日(火)08時00分48秒
書き込みありがとうございます。>でも、それ自体はそれでいいと思います。自分自身の言葉であることを意識していて、
それを息子の言葉だと言い張っているなら「詐欺」だけれど、息子との関係性の中で、
その言葉なきやりとりの中で、感応したことを、巫女さんみたいに、イタコみたいに、
神おろしみたいに、お筆先みたいに、母親が言葉として紡いだということならば、
それはそれとしてありうることで、非難されるべきことでもない。そうですね。
それで私も、講談社の「ひとが否定されないルール」が、日木流奈さんと日木千史さんとの 共著ということに修正されたならば、いいと思うのです。
NHKには意見を書いて送りましたが、講談社には、まだ、送っていません。
今度は、講談社に送るべきか……
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ビデオ上映 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月21日(火)13時41分59秒
2chで呼びかけたところ、大阪府民の方が、予約をとってくださいました。
5月28日(火曜日)、午前10時〜12時、大阪府立文化情報センターの、 「ほっとなにわ塾 うえまちルーム」で、 NHKスペシャル「奇跡の詩人」の上映会をします。
http://www.opas.gr.jp/bunjyo/
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>りょうこさん、ゆきさん 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月26日(日)05時59分09秒
りょうこさんの「投稿日: 5月21日(火)01時06分28秒」の御投稿、
および、
ゆきさんの「投稿日: 5月 7日(火)01時36分29秒」の御投稿、
大阪府立文化情報センターでの「奇跡の詩人」ビデオ上映会のとき、
投稿者名を消して、レジメに収録してもよろしいでしょうか?
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投稿の件その他 投稿者:りょうこ 投稿日: 5月26日(日)20時48分22秒
こんばんは
>投稿者名を消して、レジメに収録してもよろしいでしょうか?私はかまいません。 で、ほんとはもうひとつ気になること、これはスギケンさんの
書かれていることと重なるんだろうなと思いますが、
当事者である「るなくん」が、ありのままでいい、という時、
今のままのあなたでいい、というときはいつ来るのだろう?と いう疑問です。これは実は不登校の子を持つ親たちのMLで真剣に話題に なったことでもあります。
こういう言い方をすると誤解を招くかも知れないけれど、
「五体満足」でありながら、日々学校にも行かず「何もしていない」
「向上しようとしていない」かのように見える、見られる子どもたちと つきあいながら、
「あ、なんだこれでいいんじゃん」と思える時、というのを経過している。
だからこその違和感なんだと思います。
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りょうこさん 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月27日(月)16時03分11秒
>当事者である「るなくん」が、ありのままでいい、という時、
今のままのあなたでいい、というときはいつ来るのだろう?と いう疑問です。雷雨で、パソコンが使えない間に、「これがぼくらの五体満足」(三省堂、1999年)を 読み返していました。
それで、「がんばることがだいきらいなんや」という文章を再発見。> 三才からスイミングに行っていて、もちろん足だけで泳ぎます。スイミングに通いだしたのは、学校や社会に出たとき、"自分はこの分野だけでは絶対にほかの人に負けない"という自信がもてるものを1つ作っておこう、と両親が考えたからのようです。
> 苦しいトレーニングやきびしい摂生をして目標に向かって日々精進、という考え方も確かにあるし、ぼくにはできないことなのでスゴイなとも思いますが、ただ"健康にいいから続けるとか"、"楽しいし好きだからやっている"、というのもいいんじゃないかなと思っています。
ぼくは明らかに後者のほうで、楽しいからただずっとやっているというだけの話で、アジア大会に行けたのは努力とかじゃなくて、いい水泳の指導者にめぐり会えて、ずーっと長い間続けていたら、たまにいい結果が出たりして選ばれたというだけのことです。
オカンは、「世界の大会に出るために水泳をさせ始めたんや」と、やや意味不明のことを今となっては言っていますが、「努力」とか「根性」とか「ガンバる」ことの大きらいなぼくには全く関係ないことで、タイへ行けてても、もし行けなくても、とりあえず水泳は続けていたと思います。
(宮本圭、大阪府、高3)
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親の気持ち 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月27日(月)16時12分48秒
「これがぼくらの五体満足」(三省堂、1999年)には、親の気持ちも載っています。> 今、あやめは二才六か月。まだまだおしっこもらしのくせに、よくもあんな生意気な口がきけるものです。「おとうさん、ゴロゴロしちゃダメ」「しっかりしなしゃい」「なにやってんのー」
> たどたどしいしゃべり方でうるさく人の行動をチェックしています。ときどき遊びに来るだけのおばあちゃんは大喜びしますが、毎日言われているお母さんは、すでにあやめと女の戦いを始めています。
> ことわざを覚えたり源氏物語や平家物語などの一節を暗礁したりする私の娘は、もしかして天才かもしれないと思い、お目めぱっちりの美人ではないけれど、気品のある顔立ちをしているように感じて、これは「トンビが鷹」にちがいないと信じるおとうさんにとって、そんな母と娘との戦いは、あきらかに娘の才能や美貌に対する母親の嫉妬です。
> そのあやめが生まれた時のことは、今ではもうはるか昔のことのような気がしますが、あれほど強烈に残っている記憶も他にはありません。別室で私だけが医師から説明を受け、妻には知らせずに帰宅した時は頭の中がぐるぐるまわり、まんじりともせずに夜が明けていきました。
> 父親が現実を直視できないまま、翌日の晩、勇気を出して妻に事実を伝えた時、同席していた医師に対して妻が、「自分が産んだ子ですから、かわいい私の子です」と涙を浮かべながらもあやめ(まだ名無しでしたが)を抱きしめたのを見て、指は人より少ないけれどもうちのかわいい娘であるということを、私はようやく実感として認めることができたように思います。
(武田顕彰 東京都 39才)
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「奇跡の詩人」 投稿者:saihikarunogo 投稿日: 5月27日(月)16時20分30秒
思うに、日木流奈さんのおかあさんやおとうさんやボランティアさんが、
流奈さんを「奇跡の詩人」と思うのは、何の不自然さも不都合もない。
こどもと親しい人が、そのこどもをすばらしいと思うのは、何も悪くない。
問題は、そのこどもが、特定の訓練法で、驚異的な発達を遂げたといって、
テレビや本で宣伝することです。
そういうことを、こども自身の口から語らせるというのは、さらによくない。
その子がおとなになって、自分で決めるまで、待つべきでした。
検証ができないというのなら、なおさら、検証ができる年齢になるまで、 待つべきでした。
日木流奈さんの障害の種類や能力の程度にかかわらず、基本的に、
こどもの人権を守るという観点から、
今回の、NHK報道と講談社の本の発売には、大きな問題があります。
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