
著者: 石井 めぐみ著
本体価格: \1,165 / 出版:フジテレビ出版 / サイズ:四六判 / 241p / ISBN:4-594-02043-7 / 発行年月:1996.7
「笑ってよ、ゆっぴい」は、女優の石井めぐみさんが、息子の優斗(ゆうと)君に呼びかけた言葉です。
生まれたときに、低酸素状態が長く続いたので、脳細胞がかなりこわれてしまった、という優斗君。集中治療室の中にいて、自力で呼吸できず、顔にも身体にもチューブやコードが何本もついています。
優斗君の姿を見た後、涙の止まらないおかあさんに、おとうさんが、
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「がんばってふたりで育てていこうよ」
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(p.40)
と優しく励まします。けれども、もともと、「がんばろう!」の一言に弱い、というおかあさんは、難産の優斗君の誕生のときに、
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「まだ、がんばれる?」
「ハイ、がんばります!」
あぁ、また、が・ん・ば・る・だぁ……。
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(p.21)
と頑張り通したことを、後悔します。
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私は、この言葉でとりかえしのつかない失敗をしたんだ。がんばって、がんばって、ようやく産まれた命は、自分の力で呼吸すらできない状態で生かされている。
あぁ、あの時、私さえ、がんばらなければ……。
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(p.40)
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このまま、時が止まってくれたら。
時間を逆戻りさせて、もう一度産み直せたら。
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(p.41)
泣いても泣いても尽きないほど泣き続けてしまいます。
けれども、少しでも優斗君が自力で母乳を飲めるようにと、母乳を搾って病院に持って行きます。
そして、夫婦で、つらさを語り合い、一番つらいのは優斗君だから、やっぱり、がんばろう、と思い直します。
一ヶ月以上たって、優斗君は、人工呼吸器がはずれました。おかあさんは、この日こそがセカンドバースデイだ、と、希望を抱きます。
理学療法士がリハビリテーションをしてくれるようになります。点滴のしすぎで腫れ上がった手首を、リズムに合わせて前後に曲げて、固まっている筋肉をほぐしていく。見ていると痛そうでかわいそうな優斗君。やがて、哺乳瓶でミルクを飲む練習も始めます。ある日、おとうさんが自分の小指を優斗君の口に差し入れてみると、ちょっとだけ吸い付きました。1時間かけて、哺乳瓶でミルクを飲むこともできました。しかし、1時間もかかったんでは赤ちゃんが疲れてしまう。結局、鼻から経管栄養チューブを入れるようになってから、退院します。
身体障害児・者の訓練施設、多摩療育園に、優斗君を連れて行き、診察してもらいます。そこで、優斗君のCT写真を見たお医者さんは、優斗君の大脳はほとんど機能していないこと、小脳と脳幹部がわずかに生きているから、人間として生きていける最低限の機能は残っているが、目も、耳も、手足も、「ダメ」だと伝えます。
療育園にいる人々を見て、逃げ出したくなったというおかあさんは、優斗君も訓練すればあの人たちに追いつくかもしれないと言われて、呆然とします。そして、週に一度、多摩療育園に通って訓練を始めた優斗君。
まずは、触ること、触られることが平気にならないと、うつぶせも、掌を床につけることも、這うこともできないので、冷たいものや熱いもの、やわらかいものやザラザラしたものなど、いろいろな感触を経験して慣らしていくことから始めます。何種類もの布やスポンジでからだをこすったり、水やお湯、砂、小豆など、さまざまなものをボールに入れて、その中に手や足をつけて遊んだり。
時間がたつにつれて、優斗君のからだは、強い緊張で、目も首も手も、まるで固まってしまったように動かなくなることが起こるようになりました。脳性麻痺の特徴の一つとされる、不随意運動です。
おかあさんは、障害児関係の本を読み漁ったり、人から話を聴いたりして、いろいろな療育訓練法をためします。そして、一週間がすっかり、訓練のスケジュールで埋め尽くされるようになります。火曜日は「心理動作法」、水曜日は国立小児病院で診察とリハビリ、木曜日は多摩療育園でリハビリ、金曜日はポーテージ乳幼児教育プログラム、土・日曜日は「水泳療法」……
いろいろためしてみたものの、結局、優斗君の体力では無理だとして諦めた療育訓練法に、ドーマン法(*)がありました。グレン・ドーマンが書いた『親こそ最良の医師』を読んで、強い興味をひかれたのでした。
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重症の脳障害児が『ドーマン法』という訓練プログラムを続けることによって、みるみる発達していく経過が書かれている。1回の訓練に3,4人の大人が、頭や手足のパートごとに分かれて、決められた訓練パターンを毎日何回も繰り返したり、目や耳からいろいろな刺激を入れたりしていく。日本でも、アメリカまで出かけて実際にプログラムを立ててもらい、奇跡的に回復した例もあるらしいが、優斗の体力を思うと、アメリカはもちろん、身体の訓練プログラムはちょっと難しそう。まずは、家でもできそうなことから試してみようと、本を頼りに、目から視覚的な刺激を加えることにした。
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(p.70-71)
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脳の発達とともにいつかは見えると信じたい。あれもこれも試してみたい、と焦ってみても、本だけの情報では限界がある。すっかり模様替えされた部屋に目を丸くしていたパパを説得して、日本でも実際に指導を受けられるという神戸のジャパンオフィスまで思い切って出かけてみることにした。
「優斗くんはまだ小さいですから、ものすごい可能性を秘めています。脳にできるだけたくさんの刺激を与えてあげてください」
絵や文字の書かれたカードをものすごいスピードで見せたり、われんばかりの音が鳴り響くブザー音を聞かせたり、フラッシュのような光の点滅を見せ続けたり……。とにかく、驚きの連続。どのプログラムも刺激が強すぎて、だいじょうぶかしらと思うけれど、これを毎日続ければ、眠っているような優斗の脳を目覚めさせてくれるかもしれない。さっそく、優斗に合うプログラムを組んでもらい、1セット数万円もするカードや教材を買い込んで、大急ぎで東京に戻った。
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(p.71-72)
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はやる気持ちを抑えながら、立ててもらった訓練プログラムをやりはじめ、3時間ほど経過したところで優斗に異変が起きた。ものすごい緊張が起こり、嘔吐と下痢が始まり、止まらない。あまりのひどさに、即、入院。緊張はピークに達していて、眠くなると特に、強い緊張が波のように襲ってくるらしく、反り返って大声で泣いてしまう。反った身体を何とかもとに戻そうと、抱きかかえ、ぐるりんと思い切り前にまるめて、胎児のような姿勢をとらせる。一瞬の抵抗はあるが、それでようやく緊張がとれてくる。その姿勢をくずすと、また緊張が入ってエビ反りになってしまい、眠ることさえできなくなってしまった。しかたなく、パパと私が交代で、優斗を抱きかかえたままイスに座って眠らせる毎日。それでも、2,3時間連続して眠ってくれればよい方だ。立ててもらったプログラムは、1日でも最低5時間以上やらなければ効果があがらない。これでも、体力の無い優斗に合わせて一番短いものを工夫してもらったことを思うと、残念ながら、これ以上ドーマン法の訓練は続けられなかった。
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(p.72-73)
優斗君が初めて笑ったのは、4歳になって、島田療育センターのデイケアで、優しい、かわいい、女の先生に抱っこして遊んでもらったときでした。しかも、おかあさんやおとうさんや他の先生に同じことをしてもらっても、だめ。そんなばかな、と信じられないおかあさんは、証拠をとらえるために、ビデオ片手に優斗君の通っているデイケアのプレイルームに出かけます。
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優斗は、ミッちゃん先生に抱かれて、ブランコに乗ったり、すべり台をすべったり。今度はミッちゃん先生のひざの上でピョンピョンは寝たり、向かい合って歌を歌ってもらったり。
家で生活していたら、とてもこんなふうにはかかわっていられないというような楽しいことの連続だ。次から次へと優斗の好きそうなことが飛び出す。ビデオを撮ることも、つい忘れて、ひざの上で歌を歌ってもらいながら手遊びをしてもらっている優斗に、ボーッと見入ってしまっていた。
こりゃー、ゆっぴいにとったら天国だ!
と、思った瞬間、優斗の表情がにわかにくずれ、ニコニコと笑い出した。
「えっ! まさか!」
思わずビデオカメラをかまえる。レンズの向こうで、ミッちゃん先生と目を合わせながら、優斗がまたニコニコと笑った。口元からは、真っ白い歯がかわいらしくのぞいている。
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(p.211-212)
そのかわいい優しい先生が結婚するとわかったとき、優斗君は、一日中、泣いていました。
いろんなことがあって、石井めぐみさんは、なんとか、自分のこどもを健常児にしようと必死になっていたが、それは親の自分勝手な感情をこどもにぶつけていたんだ、と気づきます。
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訓練、訓練と、目の色を変えて優斗をあちこち連れ歩き、少しでも健常児に近付けようと必死にあがく毎日。そこには、女優石井めぐみの影はもちろん、女としての自覚も人間としてのあたたかみも忘れて、ただ、ひたすら目を血走らせている母親という傲慢な生き物がいた。一見、母性愛を絵に描いたような美談にも思えるが、とんでもない。『健常児』の名前欲しさに、いやがる子どもを引きずりまわしていただけの自分勝手な母親。何かしていなくてはいても立ってもいられない感情を、自分への言い訳を、優斗にぶつけていただけだ。
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(p.219-220)
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訓練、訓練で、毎日泣いている優斗を見るのはたまらなくつらかった。それなのに、健常児になることだけを目標に、その可能性だけを夢見て、すべてを捨てたつもりになって必死で我慢していた。いや、我慢させていた。
ほんとうにつらいのは、私ではなくて優斗だったのだ。
私のやるべきことは、優斗を健常児に近づけることではない。
優斗に、あたりまえの楽しい生活をさせてあげることだ。
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(p.221)
優斗君が東京ディズニーランドに遊びに行ったときの話は、すてきです。石井めぐみさんは、東京ディズニーランドは、乗り物やショーなどのアトラクションも、レストランもトイレも、障害児・者を配慮した設備とスタッフの思いやりがあふれている、と感心しています。ミッキーマウスやドナルドダックは、優斗君を見ると必ず近寄ってきたり握手したりしてくれます。そして、シンデレラの魔法使いが駆け寄ってきて、魔法の杖をクルリとふって魔法をかけると、優斗君が、一瞬だけ、シャンとすわった、という話。ほんとうに、その瞬間だけ、魔法がかかったんだと思います。
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シンデレラの魔法使いが優斗のそばに駆け寄ってきて、優斗の手をとり、やさしく頭をなで、おでこにキスしてくれる。そして、魔法の杖をクルリとふって、優斗に魔法をかけた。と、思ったとたんに、車イスの背もたれにグッタリと寄りかかっていた優斗の身体がグッと起き上がり、一瞬、何の支えもなしにシャンと座ったことがある。
「キャー、ゆっぴいに魔法がかかった!」
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(p.204)