
(2002年4月29日〜5月11日)
2003.02.11. by saihikarunogo
Yahoo!の「40才〜、自分の人生を語りませんか?」掲示板から、NHKスペシャル「奇跡の詩人」についての対話を抜粋しました。参照としてSさんからNHKへの意見書の追伸を付け加えてあります。
ルナくんのこと
投稿者: piiarale (女性/横浜市) 2002/ 4/30 2:13
メッセージ: 21717
あらら、ネットサボってる間に賛否両論ですかぁ。私は紹介されてるサイトは見ていません。見る必要がないから。ルナ君のことは真実だから。
そうとしか答えられません。私がきょうこねぇと、うんと近くなったのは、実はルナ君との出会いがあったからなの。それは、本当に偶然というのか必然というのか。
ルナ君をリハビリしている方の所へ最近ずっと通っています。
沢山の脳障害児を診ている方です。不思議なんだよ〜。脳に障害がある子はテレパシーが働くそうです。
脳の仕組みは無限大の宇宙ですよね。
まだ解明されていない分野。私が働く老人ホームに沢山いらっしゃる、例えば痴呆症の方、その人たちの脳の仕組みだって本当には解明されていませんよね。ひとそれぞれ全く症状が違うしね。
一口には語れない。おそらく健常と言われる人たちには脅威の能力なのだと思いますよ。もしかしたら、大昔の人間には備わってた能力かもしれないって、今日も先生と話してきました。
ルナ君には、紹介されていない部分の能力も持っているけど公表されていません。
それは、他でもないご両親の配慮によるものらしいです。彼らが何を訴えたいか。簡単ですよね。
諦めないこと・・でしょ?
奇跡ではなく努力の成果なのだから。障害を持った人には、それを補うべく他の部分が研ぎ澄ませてていくのが、偉大なる脳の働きらしい。と何かの脳の仕組みの番組で言ってました。
お母さんがルナ君の手の動きで言葉を理解する。正直、ほんとに?と思ったので、先生にお聞きしたら、あれは筋肉の動きで分かるんだそうです。大抵の脳障害児の言葉は、ああやって理解するんだって〜。
なにはともあれ、大事なことは、生きてる間にあふれるような言葉を吐き出してしまいたいとでも言いたげなルナ君の言葉で、元気になった人たちがたくさんいるってことかなって私は思っています。
それこそが尊いこと。その能力を引き出したご両親は、きっと当たり前のことって思っていますよね。特別なことじゃないって。
生きていくことは、それだけで素晴らしい。大事な人を失ってみて初めて味わう感覚。言葉にして伝える大切さも今だから分かる。
溢れるような言葉をたくさん、たくさん伝えたい。ルナ君はきっとそれだけを思っているはず。ああだこうだもいいけれど、その言葉の意味をよく考えた方が幸せかもって思います。
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これは MT556 さんの 21714 に対する返信です
きこちゃん
投稿者: piiarale (女性/横浜市) 2002/ 5/ 1 0:52
メッセージ: 21743
ごめんね〜。時間ないから英語のサイトは勘弁だわ〜。ははは・・・!難しそう!
日本語でも、この手の解説は難しいから。いや、実際に接してる人から聞いてるけど、それでも本当のことは分からない。
難しいよ。ルナくんについては、彼のお母さんが手を添えるのは、彼の脳障害のために手が・・いや腕かな・・・大きくぶれてしまうので添えてるんじゃなく押さえてるんだそうです。
そうしないととんでもない方向に指を指してしまう。(たぶん、そういうことみたい)で、そういう方法で意思伝達をする人は、どの指を使うかって約束事があって、そうよね、直接ボードにさわるんじゃなく指差すということなのね。
人によっては手の指じゃなく、足の指の方が都合がいいって人も。
そりゃあ上手に指すそうです。もっとも実際に私は見てないから絶対って言えないだろうけどね〜。
少なくともルナ君を診てる先生を信じてるので信じてるだけよ〜。だって信じたところで誰も傷つかないもんね。それに障害持ってる人の中にはどんなに努力しても成果が出ない子もいると思うしね。
それってね、いわゆる健常って言われている子だって(人)同じよね。
>かなり後になってあれは科学?的には実証されてない方法ですーという訂正ぽい記事をかいたのをよくおぼえてます
いかにもアメリカらしいなって思った。
ちょっとクスッって感じ。ごめんね〜。難しいことは分からないけど、たぶん脳に障害があるってことは、当事者が使いやすい部分が違うんじゃないかな。
目の動きや顎の動きでキーボードを打つことが出来る人もいるし出来ない人もいるんじゃないかなって思う。
それよか手っ取り早く手や足の方がいいって人も。ルナ君がキーボードを直に打てたらいいのに。
でも彼は動きが大きくぶれるから無理かも。昨日も書いたけど、脳の仕組みはまだ解明されてないし、あれは偉大なる無限の宇宙だから、既成の理論では理由づけできないこともあるかもね。
先月に母が突然亡くなったでしょ。
それ以降考えるところがあるのよね。
たとえば、人間は何処から来て何処へ行くんだろうとか。
だってこの間まで、どこも悪いところはなくお医者様にも太鼓判押されてたのに、あんな病気で逝ってしまうなんて、なんていうのか不思議な気がするの。
人間が考えることやしてることって、なんだか可愛いくらい一生懸命なんだなって。
本当は、何か大きな力で動かされているだけかもしれないのにって思うのよ。
母の亡くなり方は、ドクターでさえ予測できなかった極めて珍しいケースだったそうなの。(と言うより初めてのケースだった)
それは人の意思や能力を超えたものだったのかもしれないって思っています。な〜〜んて言うとね、また何だかんだ言われそうだけど、人の死を目前にすると人間はちっぽけだ、そして偉大だって思うよね。
ルナくんも精一杯生きて、何より楽しい人生であってほしいなと思うよ。
それだけかな。だって人はいつか突然いなくなるんだもん。
人生楽しくなくっちゃね!支離滅裂でごめんなさい。
う〜〜ん伝わらないよね。言葉の勉強しなくっちゃ!!--------------------------------
これは HardDaysNight さんの 21726 に対する返信です
あられちゃんー
投稿者: HardDaysNight (女性/Texas) 2002/ 4/30 13:06
メッセージ: 21726
Runa?ちゃんの事はもちNHKがみれないからわからないけれど彼を紹介したHPみてみました。
でもねFacilitated Communicationというのは問題あるよ。
もち彼の事はわからないからまったくcommentはできないんだけど。
一般論としてのー脳障害(体のまひじゃなくー)や知恵おくれや高度のautismのある患者の人の手をとってkey boardや文字をかいた紙をつかってfacilitator(仲介者?ー母親のこともあり)が手をささえてーcommunicationしようーとするものなんだけどー
http://ehsct7.envmed.rochester.edu/wwwvgl/jaba_articles/1995/montee-title.htm
英語だけどよんでみる?documentaryをみたこともある。
うちの新聞でもその方法をつかってはじめて会話できるようになった知能障害の男の子の記事をかなりはなばなしく記事にした新聞記者がその記事をかいたあとかなりつっこんで研究したらしくーかなり後になってあれは科学?的には実証されてない方法ですーという訂正ぽい記事をかいたのをよくおぼえてます。目の動きや顎のうごきだけでkeyboardをうつ技術がある今ー(事故で全身まひになった人がつかうやつ)第3者が手をもたなくては会話できないという方法そのものが問題があるかもと思う。こちらはfacilitatorを職業として教育したりしてるからー問題がでるだと思う。
ほかの方法でrunaちゃんがcommunicationできるといいですね。
ごめんね。水をさすようで。でもねーhealthy skepticism(無邪気に本当?聞く気持ち?)っていうのは大事と思う。--------------------------------
これは hideki923 さんの 1 に対する返信です
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こんばんはー
投稿者: HardDaysNight (女性/Texas) 2002/ 5/ 2 13:11
メッセージ: 21783
今日は早めにかえってきました。(ってもう夜10時半だけど)
今朝は大急ぎでかいててちょっといいすぎたかなーと反省。
まだお話したことのない人がかなり率直なstraight talkをしてるのに対してー仲間をかばって反論したのを排他的ってよぶのはおかしかったかも。ごめん。
それにご本人もよそものですがーって自分の事かいていたからそれに反応しただけでー納得。ごめん。ごめん。この議論の賛成ー反対をぬきにしてーだからここの40代の人はーーというところまで議論を個人攻撃にしないことは大事と思う。議論はその内容だけにとどめてーそれ以上は憶測とmanner違反。privacyの侵害になるかも。相手をしらない事をわすれないようにしてくださいね。(それはみのるさんもいっていたね。)
こちらではもうすいぶん前にかなり話題になった事です。(facilitated communication--英語のsiteを検索するならこれがkey word)かなり法的な場所でや医学的見地からこの方法については実験がおこなわれているようでー今はあまりに悪用?(故意かどうかはぬきにして)されやすい信頼性のうすい方法としてほとんど信用されてないというのが本当のところです。だからmediaでも最近は無視してるような気がする。
ただその方法を広めようとしている団体はなにより世間の注目がほしいわけだからーどうにかして奇跡をつくろうする。藁にもすがりたい親にとっては詐欺にもなるしーつらいと思う。その意味では医学会や法的団体が日本でも第3者的立場で実験することが必要かもしれない。
でもみのるさんがいうそれで家庭がすくわれるのがそれでいいんじゃないかーというのもわからないわけじゃないけれどー一度虚偽の世界をつくってしまうとーどんどん次のうそをつかないと続かないーいくらすすんでも砂の家みたいに思うけどなー。
結局私はわからないー本当ともうそとも言えないーええ子ぶって?じゃないのよ。わからないことはわからないにととめておくのが一番と思う。みのるさんが時が解決するーっていうのはそういう意味あるかも?
でもRuna(or Luna)ちゃんにとってはおかあさんに腕をもってもらって何かのgameのようで楽しい時かも。肌の触れ合いってすごく大事と思うし。
あられちゃんのいう脳の不思議もわかる。まだわれわれには解明できないこともたくさんあることも。 ただーだから信じればいいーというのは。深い底なしの穴をjumpしてるかも。人の弱味につけこんであてにならない物を売ろうとする人はたくさんいるとも思うよ。わーながーい。おつかれさん。
とどさん。けしてしまった投稿もう一度かいてね。
この掲示板たまには議論もいいと思うよ。マナーをまもっていろんなお話しよー
もちお食事のお話もおもしろかった映画のお話もー万歩計のお話も楽しかったオフ会のお話も私は大歓迎。
ゆきずりの人がいいたい放題するのもまたおもしろい。またねー
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これは hideki923 さんの 1 に対する返信です
医学的見地ということ
投稿者: piiarale (女性/横浜市) 2002/ 5/ 4 2:00
メッセージ: 21819
医学とか化学とか、大昔は不思議とされたことって人間が解明してきたことだけど、絶対だろうか。あくまでも個人的な想いですが、絶対なんてあるかしら。医学界が証明しているからって絶対?
母は非常に珍しい病気で逝ってしまったけど、ただ今のところアレルギーらしいということだけ。
しかも、良くなったのに呆気なく逝ってしまうケースは診たことがないと言われました。肺炎の一種です。医学は、母を救えなかった。
けど、ドクターにも看護婦さんにも大変感謝しています。亡くなる母の枕辺で、主治医のお一人が泣いてくださいました。
おそらく、力が及ばなかったことを悔やんでらしたと思う。
母を送ってくださったドクターや看護婦さんの中には「お顔を見せてください」とおっしゃる方もいて感激しました。
そのことが、私たち家族の心に安らぎを与えたことは確かです。
人の心を救うのは、ひとの心だと感じた瞬間でした。医学の手が及ばない病気は無数にある。
母のような特定疾患の数々といったら!!
どれもこれも完治させることは難しい。
それでも、奇跡的に完治した方もいます。
医学や化学では分からないこともある。
きっとある。それが願望でも希望でも、あればいいと思う。愛する人の命が消えていく前で、人の力は無力だと気づかされます。
人間はちっぽけなものです。人間の考えることで絶対はないと私は思う。
ちっぽけな人間の力ではどうすることも出来ないこともあり、人間の力以上のことがあっても少しも不思議ではないと思う。
人間は、たまたま脳の仕組みが複雑にできた、地球上の生物のひとつでしかないのだと思う。人間よ、おごることなかれ!と私は思う。
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これは ichoagarimaido さんの 21818 に対する返信です
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何を言っても終わらないだろうけど 投稿者: piiarale (女性/横浜市) 2002/ 5/ 7 1:40 メッセージ: 21906
個人攻撃されてるってことなんだろうけど、何を書いても同じことなので通りすぎてました。 反論しないのは卑怯者とでも言われてるようなので、これが最後。ルナ君の本は買ったことはありません。
読んでもいません。
何かの集団にいるわけでもなく、信仰を持っているわけでもありません。
ただ、神様や仏様がいればいいなぁとは思っています。
存在を信じれば、亡くなった母は天国で幸せでいて私たちを見守ってくれていると思えるから。
そう思うほうが悲しみは和らぐというものです。愛する母が逝ってしまって2ヶ月。
哀しみや、母に対する後悔で一杯で沢山のことを受け入れる余裕がありません。家族や友人や、仕事仲間や、ここの仲間(あえてそう言います)の優しさが、静かに心に染み渡っていく・・そんな時期です。
お察しください。
障害をお持ちの人たちや病気の方たちを想って憤っている方ならご理解いただけますね。と、書いても、また攻撃されるんだろうなぁ。
不愉快な思いをしてる皆様ごめんなさい。
ぐろーぶちゃん同様、私も申し訳なく思っております。私の感性は、父と母が引き出して育ててくれたもの。
路傍の花を、そのままが美しいと感じ、生き物を愛しいと感じ、人のプライバシーを尊重し(きこちゃんの書いたとおりです)
ありがとう、ごめんなさいが言える事。
それら基本となることを教えられて生きてきました。
宗教だのって言うなら、ただご先祖様を大事にすることは教えられました。
と言っても、母の存命中は、仏壇に手を合わせるのは2〜3日おきだったでしょうか。今はじめて、心から手を合わせるようになって、きっと母は苦笑しているでしょう。人の感性はひとそれぞれなんだと、改めて感じた数日間でした。
意識せずに傷つけたことがあるならごめんなさい。これ以上は書きません。なんと言われようと。しつこいようですが最後です。
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これは curufu さんの 21905 に対する返信です
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t_aa_tさん
投稿者: piiarale (女性/横浜市) 2002/ 5/11 2:11
メッセージ: 22018
ごめんなさい。
正直言って、貴方が何をおっしゃているのかよく分からないのです。
だから、何を言っていいのか・・・。
「釈明」って何に対してなのか・・・。
無視しているわけじゃないのです。
何を答えていいのか分かりません。個人的なことを言えば、仕事に忙殺され、家庭の事情により「思考」するキャパが狭くなっているのも事実のようです。
物理的にも考える時間があまりない現実です。
しばらく、母のことでここも休んでいた。
いえ、読むのも精一杯の時期が続き、ようやく自分なりのペースを作りつつあるこの頃なのです。
思考停止していると言われても弁解のしようがありません。
もう少し余裕がある時期なら違う対応ができたかもと思います。とにかく、分からないのは
>俺としてみれば、piiaraleの変わり身の方に驚くのだが・・・変わり身ってなんのことなのか。
変わったつもりはなく、だいたいそういうタイプの人間ではないので。で、何回もあなたの投稿を読み直しました。未だによく理解できていません。
何を言えば納得していただけるのかわかりません。ごめんなさい。ひとつは、ルナ君のことでしょうか?
信じると書いたから?
彼についての情報は、本からでもなく集会でもありません。
世の中には、学問では理解できないこともあると思います。
脳の仕組み自体も解明されているわけではないのですし。信じない、詐欺だと思う人もいるだろうし、信じる又は信じたい人もいるだろうしそれでいいんじゃないでしょうか。
私の中で真実でも、詐欺だと感じる人もいて当然だしそれを否定する気は、全くありません。
そういうタイプの人間ではないんですけど。母が亡くなった翌日に、母の声を聞きました。とてもリアルで返事をしようとして、ハタと気が付きました。
信じますか?でも、真実なのです。
私の人生の中で、とても不思議なことは、いくつかあるけれど、信じない人は信じない。それでいいと思っています。ただ、この件に関しては、角度を変えて捕らえたら、信じると言ったら傷付く人もいるだろうな・・・と思い至ったので表現方法を工夫すればよかったかなと思っています。
それから、「個人攻撃」という意味は、名指しでという意味で使いました。
汚い言葉は攻撃的ですもの。誰もが悪意を持って攻撃してくるなんて考えたこともありませんので、ん??
何を答えればいいの?という状態で返しませんでした。
人が悪意を持って自分に対してくるなんて思ったこともないです。
バカなのか、能天気なのか、もしかしてそういうこともあったのかも知れないけど気が付かなかったんでしょう。
誤解されることはあっても、取り繕ったりしないで有りのままのせいか、後日誤解が解けたけれど。6日間の連続出勤&残業で、思考能力が衰えている上に睡魔が襲ってきました。
支離滅裂になってきました。やっぱり何をおっしゃりたいのか分からないので、これが精一杯です。
どうしても分からない。どうしてyamatonadesiko42さんの投稿が台無しにするものなのか。
きっとt_aa_tさんには納得していただけるものではないでしょうが(ポイントがずれてるかもしれないので)そうですね、人と人・・・文字の上だけで理解を求めるのも求められるのも大変に難しいということがよく分かりました。
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これは t_aa_t さんの 22010 に対する返信です
*参照
SさんからNHKへの意見書・質問書より
追伸
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「これは本当です。奇跡です」等のよけいな解説はいらない
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http://homepage3.nifty.com/nhkq/
障害者を抱えながら、いかに家族、それを支える人たちとの結束を強くし工夫し生きてゆくか、その一端として子供との共同作業として本の出版、交流会に取り組んだり・・・・
あの家族も、本来、NHKの取材でその取り組みの結束のことを伝えたかったはず。子供がしゃべる早さで言葉を紡ぐ様子を誇りたかったわけではないはずだ。だから再取材も拒んだ。
にもかかわらず、NHKは、この障害者を抱え、大変な思いをしている家族のほほえましくがんばる家族の癒しの為の取り組みの取材であるべき所を、文字指しの一例を「信じられないことが本当に起こっている。天才児だ。奇跡だ」と言うスタンスで番組冒頭いきなり、取り上げてしまった。
見る側もバカではない。手段が嘘だとすぐ理解する。が、実際信じてしまう人もいる。(実際このことが大変大きな問題)たぶん、大勢は嘘をベースにせざるを得ない家族、組織の背景を理解し、そっと心の奥に思いをしまい込み、一生懸命取り組む様子に対し、暖かく見守る人もでてくる。私もそうだ。
(NHK内部は、会長から「再取材をする」との言葉をださせている手前、先方から取材拒否されていることにあたふたしているが)
あの家族の、心の癒しの手段の一端としての、文字指しと称する子供とのやりとりのパフォーマンス。そのことで広がる支える人たちとの心の結びつき。そのことは、しっかりと認め自分の人生の手本として心に留め置く価値のある取り組みだと思う。
ならば、「あの文字指しはほんとなのか」との声が聞こえる。しかし、嘘かほんとかは活動とし取り組む上でのきっかけとしては、全く関係ないと思う。(もし、何も知らない人の心を詐取する手段としてなら徹底的に追及されるべきである。この家族がそのケースであるかないかは今回、全く別問題)嘘かほんとか、それを言い出すと、例えば、いろんな宗教で言われている「神は、仏は、我々を救う為に死後、復活され云々・・・」のことまで言及しなければならない。つまり、例えば、それをよりどころとするクリスマスを祝うどころで無くなってしまうことになる。
「嘘だと知ってながら、それを信じてはだめだ」と言う様なことは誰にも言えない。 心を高める手段の1つとして修行を積み理解した人間が、嘘だと知りつつ分かってやる分にはなんら問題はない。第一、今、ほんとだと信じていることが覆ることもままある。光速度が、29.9792458万キロメートル/secで普遍であることも究極には覆る可能性もある。
潮来(いたこ)を取り上げた番組で、亡くなった方の親しくしていた家族などがその潮来の声を聞きながら癒され、亡き人を偲ぶ番組もある。私でさえも、その場に立ち会い潮来の言葉を聞く機会があれば、涙もろい私はきっと泣き崩れてしまうと思う。あらためて亡き人を偲ぶ思いに心を癒され人生の糧となる有意義な時間を過ごすことが出来るだろう。
しかし、その番組では、決して「これは本当です。奇跡です」等のよけいな解説はないのです。
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文中、訂正
潮来→いたこ