
2003.08.02. by saihikarunogo
Yahoo!掲示板の「日木流奈の謎」トピックは、2002年4月28日21時56分に、trueorlie300さんによって開設されました。「日木流奈の謎」トピックは1年以上継続し、2003年5月27日12時28分に、投稿数が5000件に達しました。
Yahoo!「日木流奈の謎」トピックの投稿は、大きく二つの流れに分けることができます。一つは、NHKスペシャル「奇跡の詩人」という番組の非論理性・非科学性を問題とし、視聴者として、受信料支払い拒否その他の手段で批判や抗議をしていこうというもの。もう一つは、「奇跡の詩人」で紹介された「ドーマン法」の問題を追及していくもの。
後者の流れが出てきたのには、障害児者の家族や、ドーマン法を実践している御家族を身近に知っている人が、NHKの番組を見ておかしいと思い、掲示板に参加したことが理由に挙げられます。
二つの流れは絡まりあっているので、完全に切り離すことはできません。しかし、ドーマン法に言及している投稿だけをまとめておいたほうが分かりやすいと考え、投稿番号順の「日木流奈の謎」過去ログコーナーとは別に、《「ドーマン法」に言及している投稿》のコーナーも設けました。
*参照
Yahoo!「日木流奈の謎」より、ドーマン法を実践している御家族を知っている人との対話
Yahoo!「日木流奈の謎」より、ドーマン法の乳幼児英才教育と費用について
受信料支払い拒否その他の手段でNHKに批判や抗議をしていこうという流れは、第一回の大阪での「奇跡の詩人」録画ビデオを参照資料とした報道検証会(2002年5月28日)の前後から、「異議あり!『奇跡の詩人』」(同時代社、2002年6月28日)発行の前後までの間に、二つのテーマで、大激論を引き起こしました。前半は、猫のパロディーを使ったNHK批判のブックカバーについて、後半は、出生前診断と障害胎児の選択的中絶について、です。どちらも、「健常者」、「障害者」、「障害者の家族」について、各自がどういう意識を持っているかが問われる、議論でした。
*参照
《「異議あり!『奇跡の詩人』出版前夜の大激論」》「ブックカバー編」
《「異議あり!『奇跡の詩人』出版前夜の大激論」》「優生思想編」
2002年5月30日21時48分「名称の変更」(2381)〜
2002年5月31日11時40分「貴方が生まれるチャンス」(2410)〜
優生思想についての議論は、5月30日から始まり、6月3日まで続きました。議論の終わり近く、6月2日の東京での第一回の検証会で、初めてNHKスペシャル「奇跡の詩人」と一緒にテレビ東京ドキュメント「流奈の一年〜話したいよ自分の声で〜」が参照されました。その後、関西の検証会でも、テレビ東京ドキュメント「流奈の一年」が参照されました。そのときの感想を一つ、紹介します。
NHKスペシャル「奇跡の詩人」報道検証会(2002年6月13日)
107 :名無しさんといっしょ :02/06/13 22:04 ID:???
ルナ君の祖父母がしゃべっていたんだけど、
ルナ君が生まれたとき、未熟児で大量の酸素を必要としていて、
酸素を管で注入していたけど、それは失明の危険も伴っていた。
それで、どちらをとりますかと2者択一を医者に迫られたとき、
祖父母は生まれた子が目が見えないのは不憫だと思ったが、
父親が、意識的にはずすことはできないと言って、酸素の管ははずされなかった。
(この子に聞かせたくないんだけど…って
重い口調でためらいながらしゃべってたのが印象的)
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おじいさんが、この子の前では言えない、と繰り返した後で、眼が見えなくなるのならもう治療をやめてもいいといったときのことを語る場面は、ほんとうに印象的でした。同じ番組で、父親は、後に、流奈君の眼の水晶体を摘出する手術が必要になったとき、このうえ水晶体まで取られて、完全に眼が見えなくなってしまうのか、と思うと、ほんとうに悲しかった、と語っていました。
超未熟児あるいは極小未熟児で出生して、障害があるとわかったとき、新生児集中治療室での治療の継続を拒否する親たちの存在は、以前より医療の現場で知られており、障害新生児の選択的治療停止、または、安楽死の問題と呼ばれています。
日木流奈君の場合、両親は、治療の続行を選択しました。祖父母は、治療の停止(安楽死)を選択しようとしました。
両親の選択。祖父母の選択。どちらがいいとか、わるいとかを、言うことはできません。
NHKスペシャル「奇跡の詩人」とテレビ東京ドキュメント「流奈の一年」と両方とも見た人々の感想では、ドーマン法を選んだ両親の育て方には問題が多いのに対して、祖父母のほうが、こどもの自然な発育に合わせて暖かい愛情を注いでいるように、受け取ったものがたくさんありました。
「流奈の一年」では、両親がドーマン法の講習会に出かけていった日、祖父母が流奈君を動物園につれていって、おにぎりを食べさせてあげたり、乳母車を坂道で転がして遊んであげたり。のんびり、ゆったりとかわいがっていました。一方、両親が家庭で実施するドーマン法の訓練は過酷で、流奈君は泣き叫び、おじいさんは、つらそうに顔を伏せていました。
一度は、眼が見えなくなったらかわいそうだと思って死を選択しようとしたけれど、生き延びたからには、現在の状態を受け容れて自然な愛情を精一杯注いでいる、おじいさんおばあさん。
父親も、眼が見えなくなることはかわいそうだけど、親として当然の思いで、命を助けたかった。その後、流奈君の両親は、この子は生きる価値がある、と主張し続けるためには、ドーマン法の訓練で障害を克服する必要がある、と思ったのかもしれません。
Yahoo!「日木流奈の謎」では、6月1日に、konanbaさんが、障害新生児の選択的治療停止、または、安楽死に触れています。
医師の関与 / 2002/ 6/ 1 17:18 / メッセージ: 2528 / 投稿者: konanba
要するに生命を助けて欲しいというのが、夫婦の願いであったとすれば、大学病院の医師はそれを立派に果たしている。こういうケースでは「死なしてやってほしい」と頼む親もいるはずです。
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優生思想についての議論は、同じくkonanbaさんの、5月30日の発言がきっかけで始まりました。
名称の変更 / 2002/ 5/30 21:48 / メッセージ: 2381 / 投稿者: konanba
恐らく名前を変えるのはますます混乱を招くだけだと思います。必要なことは先天的障害児の誕生を減らすこと、後天的に発生する各種障害の数を減らすこと、臓器移植とか人工臓器によりできるだけ健常機能の獲得をはかること、機能欠損があっても日常生活に不便が少ないような仕組みを社会的につくること、こういう総合的な努力を積み重ねるしかないでしょう。
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「先天的障害児の誕生を減らすこと」、この言葉から、出生前診断で障害があるとわかったときに中絶する、障害胎児の選択的中絶についての議論が始まります。議論のなかで、受精卵診断と選択的廃棄の問題にも言及されています。
受精卵、胎児、未熟児と、人の始まりの段階が異なり、それぞれに合わせて、廃棄、中絶、安楽死と、呼び方も異なりますが、いずれも、障害があることを理由に、殺すということ、つまり、優生思想に基づいて生命を操作するという点で、根本的に共通点があります。
でも、それぞれの段階の決断のどれも、非難することはできません。
どの決断にも、その家庭の人々の全人生の重みがかかっている、と思います。
konanbaさんの発言は、優生思想の議論を通して、何度も注目を浴びました。ここに、要点を再録します。
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貴方が生まれるチャンス / 2002/ 5/31 11:40 / メッセージ: 2410
投稿者: konanba
母の卵子が50万個ありそのうち1個が貴方のために使われるので、確率は1/50万です。精子は一生涯に5000億匹くらい作られます。そのうち一匹が貴方用に使われます。従って貴方用の受精卵ができる確率は1/3兆程度になりますが、発生途上で消える危険性が2/3ありますから、最終的に貴方が生まれる確率はおよそ10兆分の1です。
真のヒューマニズムは科学的基盤のうえに立脚すべきで、宗教や哲学やイデオロギーには少々無理があります。
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障害児の誕生を減らすこと(2) / 2002/ 5/31 16:32 / メッセージ: 2424
投稿者: konanba
進化の機構は環境に適応しない個体が排除されて上手く適応する個体が生き延び、子孫を残すことで成り立っています。そういう意味では「優生思想」は思想ではなく、自然の原理なのです。
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捨て子>嬰児殺し>中絶>避妊 / 2002/ 5/31 19:55 / メッセージ: 2451
投稿者: konanba
そういう生命の軽視が全般的に認められている中で、「障害児(胎児)の生命」だけを別枠で主張するのは、人間の本性や人類の歴史から考えて大いに無理があるのです。徐々に改善して行くしかない。
私は障害のある人(生まれた人ですよ)を大切にするには、生まれる前のことまでもちだす必要はない、と考えています。
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「障害のある人を大切にするには、生まれる前のことまでもちだす必要はない」という考え方は、出生前診断と選択的中絶についての議論で、一方に典型的に現われる意見です。もう一方の典型的な意見は、democrat2000さんの「横レス>障害児の誕生を減らすこと」(2445)・「>ではお訊ねします」(2484)と、safuran_39さんの「幸せは本人が決めるもの」(2456)です。
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横レス>障害児の誕生を減らすこと / 2002/ 5/31 19:07 / メッセージ: 2445
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
「避妊する・しない」、「中絶する・しない」が、いずれも(個人の生き方に関する)自己決定権により正当化しうるとしても、「障害のある胎児を中絶する・しない」という選択まで正当化しうるとは思わないし、そのような考え方には嫌悪を感じます。
なぜなら、そのような選択を是認することは、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージを表明するものだからです。」
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>ではお訊ねします / 2002/ 6/ 1 1:55 / メッセージ: 2484
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
>貴方の娘さんが妊娠して中絶可能な時期に重度の障害があるとわかり、娘さんから相談を受けたら貴方はどうアドバイスしますか?
中絶可能な時期に重度の障害があるとわかった場合に、中絶すべきかどうか悩むのは人情として当然のことです。
しかし、問題は、そのような難題に直面させ、結局多くの場合は中絶の選択を誘導することになる技術の倫理性なのでしょう。
自然の過程における排除ではなく、我々が自らの意思によってそのような倫理的な選択をすることが、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージとなるのです。
だから、良識ある人はそのような検査を受けること自体を拒否するのだと思いますよ。
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幸せは本人が決めるもの / 2002/ 5/31 20:47 / メッセージ: 2456
投稿者: safuran_39
確かに、最初から障害を持って生まれてほしいとは
願わないものです。
ただ気になったのですが
・・・よりは・・・がよい、というのは、基準がはっきりしませんよね?
人の幸せや顔の好みもですが、それぞれの
個性によるものです。
そこで
>むしろ逆に、障害によって苦労しているのは当の障害者達なのだから、一人でも辛い思いをする人間が減れば良いと思うのではないですか?
障害を持って生まれてきていても、
たくさんの愛に囲まれて幸せに暮らしておられる方はたくさんいらっしゃるのでは?
苦労しているのは、生活面や就職面、
また社会の誤解などがあるでしょうが
それが「不幸」と直結するわけではないと思います。
つらくても満ち足りているという例もあるはずです。(裏づけがなくてすみません)
だから私は「減ればいい」とは思わないんですよ。
中絶は基本的に反対です、ただ女性の諸事情、深い傷を思う時、それを非難する気にはなれません。
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ここで展開されている議論とほぼ同じことを、立岩真也が、「出生前診断・選択的中絶に対する批判は何を批判するか」で、次のように要約しています。
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「出生前診断・選択的中絶に対する批判は何を批判するか」要約
出生前診断がどのように批判されたかを確認し,そこから何を得,何を考えるべきかを検討するのが課題である。1970年代以降の障害者の運動は,出生前診断・選択的中絶を優生思想に基づくものであり,障害者の抹殺であると批判した。他方,女性の運動は,やはりこれを優生思想として批判する一方,他方で出産に関する親の権利を主張し,ここに障害者運動との対立と内部における矛盾が生じ,議論はその状態にとどまっている。
ここから何を考えるか。人工妊娠中絶を一般的に否定しない限り,抹殺だとする主張,胎児を立脚点とする選択的中絶の否定は成立しない。だが,同時に,「本人が不幸」という観念に対する障害者の側からの批判も認めねばならない。とすると,結局は他者(社会)の都合で,不都合な存在を除去する技術だという主張を受け入れねばならない。つまり,その存在に対する他者の決定の問題として考えねばならない。生まれる人間の質に対して,親が積極的な決定の権利を持つとは言えない。けれど,他の者も,決定の権利や決定に対する規制の権利を持っていないがゆえに,事実上,産む者が決定者として現れることになる。生じているのはこのような事態であると考えるべきである。以上の確認の上で,私達は,他者の質を決定しないという倫理・決定を受け入れ,また,それを支援していくことができよう。
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*参照
障害新生児の選択的治療停止
出生前診断
優生学・優生思想 eugenics
「日木流奈の謎」では、優生思想の議論は本題からはずれている、トピずれである、と何度も指摘されました。しかし一方でまた、「『日木流奈』という虚像がうまれた『謎』についての議論があってもよいのでは」とか、「問題の背景を考えると、根本的には関わりがある」という意見も出ました。
今になって振り返れば、実は優生思想こそ、「奇跡の詩人」、そして、ドーマン法に関わる問題の本質である、原点であったと、言わざるを得ません。障害児を家庭内の訓練で健常児に、健常児を早期英才教育で天才児に、という人間能力開発研究所のドーマン法の方針こそ、優生思想に基づくものでしょう。 そしてそのような天才教育の成果として、ひとりのこどもを「奇跡の詩人」と喧伝する番組を作ったNHKの姿勢は、厳しく問いただされるべきでしょう。
優生思想についての議論(抜粋) Part2
優生思想についての議論(抜粋) Part3
名称の変更
2002/ 5/30 21:48
メッセージ: 2381
投稿者: konanba
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これで今日は最後の発言にします。
問題の根本は「実態は変わらないのに、名前を変えて問題をクリアしようとする」日本的やり方にあると思います。
言葉を変えても差別はなくならない、というとまた批判されるかも知れませんが、大学でも最近は理学部、教育学部というような二文字学部がどんどん先端科学学部とか総合発達学部とか名前を変えていますね。それで中味が変わったかというと変化がない。世間から見て、わかりづらくなっただけ。
トイレは歴史的にかわや、ご不浄、便所、お手洗い、などと名称を変えてきたが、「くみ取り式」で臭いが拡がる間は、イメージは変わらなかった。水洗式になって落ち着ける「安心空間」にはじめて変わった。
恐らく名前を変えるのはますます混乱を招くだけだと思います。必要なことは先天的障害児の誕生を減らすこと、後天的に発生する各種障害の数を減らすこと、臓器移植とか人工臓器によりできるだけ健常機能の獲得をはかること、機能欠損があっても日常生活に不便が少ないような仕組みを社会的につくること、こういう総合的な努力を積み重ねるしかないでしょう。
それまでは一般市民も重度精神遅滞とはIQ20以下(10歳の子供が2歳の知能しかない)の「白痴」と同義語である、という読み変えをこっそりとやってもらうしかないのではないか、と思います。 一般市民の医学知識レベルが向上するしか、解決策はないように思います。
そのためには大学で生物学とか初歩医学の教育を必修の教養科目にする必要があります。ところが現在のジャーナリストはこういう知識がほとんどない人がなっているのですよ。そのへんにも問題がある。
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これは yasuya60 さんの 2379 に対する返信です
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>
2002/ 5/30 22:05
メッセージ: 2384
投稿者: skeptical_thought
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問題の根本は「実態は変わらないのに、名前を変えて問題をクリアしようとする」日本的やり方にあると思います。
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これは konanba さんの 2381 に対する返信です
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>名称の変更
2002/ 5/30 22:31
メッセージ: 2388
投稿者: skeptical_thought
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すみません。【2384】タイトル「>」は間違ってenter押してしまいました。
>問題の根本は「実態は変わらないのに、名前を変えて問題をクリアしようとする」日本的やり方にあると思います。
私も常々同じことも感じています。「優しい言葉」に置き換えれば差別がなくなるとか、差別される側が傷つくことがなくなるとも思えないし、マスコミはただ「事なかれ」の思いで言葉の置き換えをしているだけのような気がします。
当然歴史上階級制度によって作られた差別語などは現在において使ってはならないとは思いますが、歴史の教科書でさえ消してしまう行為などは生き過ぎです。事実を教えないのなら学問としての歴史が死んでしまいます。
…と、トピずれから話を戻します。takitaroさんや他の方たちがおっしゃっている優しい言葉や配慮、思いやり、共生の気持ちは基本的には大事なことだと思います。しかしkonabaさんがおっしゃる通り、カルトや霊感商法は「優しい言葉」で人を騙して苦しめる。
医療の現場できっぱりと「現代医学では障害は治せません」と言われた人たちは、きっとそれを冷たいと思うことでしょう。絶望し、医者を嫌悪する人もいるかもしれません。そこにドーマン法のような民間療法が「脳障害は治りますよ。ご両親の愛こそが大事なのです。あなたのお子さんには高い知能があります。だから高レベルの本だって読めます。FCをすればその知能がわかるでしょう」と言えば、言われた人たちはどれだけ気持ちが救われるか…と思います。
そしてそれを信じて過酷なリハビリを続けている人たちがいる。障害はいつかはわからないけれど治ると信じて…。「優しい言葉」は、弱い者、苦しむ者には、啓示のように心に沁みこみ癒されるのでしょう。しかしその言葉が嘘だったり、ただの気休めだった場合、それはただの悪魔の言葉です。
konabaさんがおっしゃられるように、今回の問題は「障害者」に対する批判を恐れる世の中をも敵にまわすというか、どうしてもそこを通らないといけない問題だと私も思います。実際はみんなが批判しているのは障害者ではないのに…。
障害者はひとくくりにできるグループではないというのも、本当にそうですね。ここで直截な言葉で批判をすると、「障害者や家族のことを配慮してない」という声も出てきています。しかし、障害者ひとくくりにせず、「優しい言葉」とことさらに気を使わなくてもすむ、間違ったことに対して間違っているとまっとうな批判ができたらと思います。
konabaさんの専門的なお話、大変参考になりました。ありがとうございます。
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これは skeptical_thought さんの 2384 に対する返信です
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>先天的障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/30 22:00
メッセージ: 2383
投稿者: ffllqq21
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すいません、これは遺伝子操作や出生前診断による中絶で減らすと言う意味でしょうか。
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これは konanba さんの 2381 に対する返信です
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Re2:先天的障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/30 23:11
メッセージ: 2389
投稿者: klx250sr93
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高齢出産を避けるだけでもリスクは減らせますよ
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これは ffllqq21 さんの 2383 に対する返信です
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>Re2:先天的障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/31 0:46
メッセージ: 2395
投稿者: skeptical_thought
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>高齢出産を避けるだけでもリスクは減らせますよ
くわしくは知らないんですが、高齢出産で可能性が高くなるのはダウン症などなら聞いたことがありますが、母親の年齢は関係なく障害を持って生まれる可能性もあるんじゃないでしょうか。
それに高齢出産でリスクを覚悟ででも心から子供を望んでいる人たちはたくさんいるのだから、「先天性障害児の誕生を減らすために、高齢出産を避けられる」という考えは、その方たちに「望まなければいい」ということと同じです。生む生まないの選択は個人の領域であり尊重しなければならないと思います。
たとえば出産前の検査で障害がわかっても、自分の子なのだから産みたいし、障害児かもしれないけれどその子に命をあげたいと出産前の検査をしない人もいます。障害児が生まれる危険性が少なくなることは親になろうとする人たちの願いでしょう。でも、生まれてしまったら、やはりかわいい実の子です。障害児を減らす努力は医療や医学的研究に任せ、私たち素人は生まれた障害児や家族が行きやすくなれるように相互理解を深める努力を個人的なレベルでしていけたらいいんじゃないかなと思いました。さしでがましい横レスすみません。
先天的じゃなくたって、誰だって事故やら病気やらで障害を持つ可能性があるのです。他人事ではないですしね。
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これは klx250sr93 さんの 2389 に対する返信です
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/トピズレです。
2002/ 5/31 1:57
メッセージ: 2397
投稿者: manicfury (24歳/女性)
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>それに高齢出産でリスクを覚悟ででも心から子供を望んでいる人たちはたくさんいるのだから、「先天性障害児の誕生を減らすために、高齢出産を避けられる」という考えは、その方たちに「望まなければいい」ということと同じです。生む生まないの選択は個人の領域であり尊重しなければならないと思います。
>たとえば出産前の検査で障害がわかっても、自分の子なのだから産みたいし、障害児かもしれないけれどその子に命をあげたいと出産前の検査をしない人もいます。
一文だけを取り上げてしまいすみませんが、出産前の検査云々ですが、
検査される方は別に「障害児とわかったからその妊娠をみおくる」目的でやってるわけじゃないと思いますよ。
もしかするとそういう方も居るかもしれないですが、
ひとつの目的は障害児が生まれる前に親が受け止められるように、
例えばダウン症ならその障害について勉強したり、そういった
心構えを作ったり、要するにその子とこれからの自分の為に、そういう目的で検査したりします。
生まれてあわてて資料集めてドクターに話聞いて納得できなくて、育児放棄、ってこともないこともないんですから。
医療のことは医療従事者が良く知っていれば良い、なんて思ってる方も居るようで、
それではいくら医療が発達しても宝の持ち腐れではないかと思ってしまいます。
カルテ開示、とか自分の情報を知りたがるのに、真実を知ると、とたんにパニックになってしまって自暴自棄になってしまう、
精神がもろく、心の病気に転向してしまう人も居ます。
医者に真実よりも優しさばかりを求める人々には真の意味でのインフォームドコンセントなんて成り立たないと思います。
真実を知った時の自分を考えもせず、知る権利ばかり主張されるのは少し小門違いかもしれません。その権利を有するということは、受け入れる責任も負うことだと思います。
ルナ君のママは著書で奇麗事ばかり言ってますが、
結局は子どもの事ではなく、自分の事しか考えていない。
あなたはあなたのままでいい、と理想ばかりこねて自分はルナ君そのままが受け入れられない。
奇麗事言う資格もないように思います。
出産に限られた事ではないですが、
リスク等を受け止めようと努力しない人に、果たして、様々な治療などの選択の自由を尊重すべきなのだろうか・・・とも思ってしまいます。
医療の事を、もっとみんなが勉強すべきだと思います。
それこそ他人事ではないので。
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これは skeptical_thought さんの 2395 に対する返信です
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>トピずれです。
2002/ 5/31 3:50
メッセージ: 2400
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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トピずれですがやはり気になるので一言。
>出産前の検査云々ですが、検査される方は別に「障害児とわかったからその妊娠をみおくる」目的でやってるわけじゃないと思いますよ。
もしかするとそういう方も居るかもしれないですが、
ひとつの目的は障害児が生まれる前に親が受け止められるように、
例えばダウン症ならその障害について勉強したり、そういった心構えを作ったり、要するにその子とこれからの自分の為に、そういう目的で検査したりします。
これはあまりにきれいごと、建前論にすぎるでしょう。現実には、出生前検査はダウン症などの障害を発見した場合に中絶することを予定しているし、多くの人はそう受け止めています。だから、差別選別につながるとして障害者団体が強く反対しているのです。
だいたい、なぜ「障害児が生まれる前に親が受け止められるように」する必要があるの? 生まれてからで十分じゃないですか。
それは結局、「生まれる前に受け止められなければ中絶を選択する」ってことですよ。
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これは manicfury さんの 2397 に対する返信です
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democrat2000さんに同感ですね。
2002/ 5/31 5:48
メッセージ: 2401
投稿者: machinoh
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おそらく、出産前に検査を受ける99%の方は、障害児を"生まない"為だと思います。
障害があると分かったら、中絶するのは当然ではないでしょうか?
私自身も、知的障害者を抱える親の一人ですから、決して障害者を否定しませんし、人権も守られて然るべきと考えてます。
しかし、受け入れられる社会が、未だ確立されてない状況では、致し方ない選択ではないでしょうか?
以前、このトピで
「もし、あれが不正だったとしても、追い詰めて嘘を暴いたら、それで自分は満足なのかを考えました。
おそらく、その時点で殆どの人は、満足するだろうと思います。
だけど、流奈君たちが幸せになったかが、判断されることではありません。
私を含めて、子供に同情する人は大勢いますけど、最後まで責任もって見守る人は何人いるのでしょう?」
と発言しました。
多くの人たちが流奈君を気遣い、心配するコメントを残されてますが、それが不正を暴く建前上の理由では、いけないと思ったからです。
純粋、無垢、天使などという表現を嫌う方も多いでしょうが、彼らの純粋で無垢な心に、こちらがドキッとさせられるときも多々あります。
もちろん、障害を不憫に思う親が甘やかしたり躾を怠った為に、我侭に育ってしまった知的障害者もいますから、全員が全員とは言いません。
身体障害で、知能は健常者と同じならまだ救われますが、知的障害者は一人で生きていくのが、非常に難しいのです。
自分の意思を伝えられなかったり、会話が出来ない障害者が、もし阪神大震災のような災害に遭ったら、どうなってしまうのか心配でしようがありません。
多くの方は、それなりの施設があるから大丈夫と言いますが、日本の福祉は未だ隔離政策の観があり、しかも絶対数がたりません。
数年前、知的障害者の少年がTDLに行く途中、同伴の妹が目を離した隙にいなくなり、だいぶ経ってから発見された事件がありました。
彼に、食べ物を与える人がいたなら、すぐに保護された筈ですから、おそらくゴミ箱を漁るなどして飢えを凌いだものと思います。
それほど、世の中は他人に無関心ということです。
彼が発見されたと聞いたときは、我が事のように喜びましたね。
世の中には、知的障害者も精神障害者もごちゃ混ぜになり、知的障害者に痴漢されたとか、急に暴力を振るわれたとか、知的障害者の仕業とは思えない事が、まことしやかに伝えられています。
まだまだ沢山ありますが、こんな状況下に生まれてくる障害者が、本気で幸せになれると思われますか?
親は、いつまでもそばにいてあげられません。
かといって、一緒に死ぬのは親のエゴだと批判を浴びるだけです。
私の知り合いも恒例出産だった為、何度も何度も出産前に検査を受けました。
しかし、生まれてきたのは、知的障害を伴なう自閉症の子でした。
生まれてきた子には、できるだけの事をすべきですが、もし回避できるならそれにこしたことはないでしょう。
トピズレで、ごめんなさい。
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これは democrat2000 さんの 2400 に対する返信です
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machinohさん
2002/ 5/31 6:40
メッセージ: 2402
投稿者: safuran_39
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奇麗ごとじゃない、という発言、身にしみました。
わたしも2児の母です。
ただ、障害があるから中絶というのは
なんだか新しい命が自分のものと、と解釈されているように思うのです。
そういう方もいらっしゃるでしょうが
私は「預かりもの」「独立した一人の人間」と思っています。
私以外にもそう考え、障害あるなしで
産む、産まないを決めたりしないと
いう人もいらっしゃるでしょう。
ただ、おっしゃる通り、障害者が生きにくい社会であることは確かにそうだと思います。
これは社会の責任であると同時に
私達の責任、ひいては私の責任です。
私は盲人の方の手を引いて道を歩いたことがありますが、普段したこともないから
自分の幅しかとってなかった。
自分だけ電信柱をよけ、みごとに隣の盲人の方を激突させてしまったことがあります。
そのときは笑い話ですみましたが
人が他人を理解するのって難しいんですね。
基本的にどこまでも自分のこと中心なんです。それが奇麗ごとじゃないってことかな。
確かにトピずれでしたね。
すみません。
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これは machinoh さんの 2401 に対する返信です
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流奈ママについて
2002/ 5/31 10:14
メッセージ: 2403
投稿者: machinoh
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私は、彼女が嫌いです。
いちいち証拠をあげなくても、奇蹟が偽りであることは断言できます。断言する事に問題があるなら、その責任は負いましょう。
もし、彼女が流奈君の将来の為に、偽りの奇蹟を演じてるとしたら、それは責められることではないと思います。
しかし、あの作品からは彼女の自己満足しか見えてきません。
もし、言葉を持たない我が子を、自分の夢のために利用してるとしたら、本当に許されないことです。
彼の言葉を書き取る為に、会社を辞めた父親も嫌いです。
父親としての誇りが感じられません。
流奈君は、多分普通の人の半分も生きられないでしょう。
最近は医療が発達し、一昔前に比べて寿命は延びたと言われてますが、それでも流奈君のような重度障害者や、知的障害者の寿命は健常者の比ではない筈です。
私の妹は健常者ですが、15才のとき事故で亡くなりました。姪は、僅か1歳8ヶ月亡くなっています。
生きていれば、普通に経験する筈の、恋愛やセックスや結婚……そして子育て。自分が経験する度、何も知らずに逝った妹を不憫に思いました。
秋の日の高く済んだ空や、どこまでも真っ青な夏の海、美しさに呆然とした7月の富良野や、とり肌が立った紅葉の十和田湖。
四季折々の美しい景色に出会うたび、その中の1つでもいいから、一生の殆どを病院で過した姪に見せてやりたいとも思いました。
例外はあるにしても、我が子が経験できることは全て経験させたいと、殆どの親は思っている筈です。
流奈君が、親の操り人形になる事でしか生きられないならば、これほど不幸な事はありません。
障害者が一人で外出するのは、並大抵の事ではありません。
しかし、それは親の切実な願いです。
一人で町を歩ければ、きっと世界は広がるでしょう。本人も楽しさを感じるに違いありません。
ただし、パニックを起こしたり、人様に迷惑をかけないことが前提になりますから、その為には気が遠くなるほどの時間や根気も必要です。
しかし、「訳もなく笑っていて気持ち悪い」「何かされそうで怖い」、酷いのになると「外へ出すな」「社会の迷惑」とまで言われ、自由に町を歩く事さえ阻まれる状況……。
反論すれば、「これだから障害者の親は」とか「逆差別だ」と言われる始末。
それでも、親たちは我が子の自立を願い、心を鬼にして厳しく躾るのです。
流奈ママのしていることは、それに逆行するものです。
流奈君は11年間に経験できたはずのことを、何も経験してないのではないでしょうか。
もし、彼らが人の半分しか生きられないならば、彼らの1日は健常者の2倍楽しくて、2倍満ち足りていなければなりません。
みんな、その為に何をすべきか、必死に考えています。偏見や差別に流されず、障害という不幸に甘えないよう、頑張ってる人は沢山います。
故に私は流奈ママが嫌いです。パパも嫌いです。
>私は「預かりもの」「独立した一人の人間」と思っています。
safuran_39さん、私も健常者の長女長男には、同じ気持ちを持っています。
ただ、障害を持つ息子には、そう思ってるか自信がありません。ダメな親です。
半分トピズレで、さらにトピズレになりますが、先日吉野家で飯を食ってたら、17〜18才の可愛い男の子が入ってきました。
色白で、身なりもキチンとしてましたが、すぐに知的障害者とわかりました。
ニコニコしながら、「おそーしき、おそーしき」とブツブツ呟いていたからです。
彼は、並と味噌汁をちゃんと注文し、その分のお金をテーブルの上に置きました。
そして、行儀良く牛丼を食べているのです。
私は、本当に偉いなと思いました。
あからさまに、イヤな顔をする客もいましたが、店員の応対も好感が持てました。
たぶん、親御さんが何度も一緒に訪れて、店員さんにお願いしたんでしょう。
たったそれだけの事でしたが、何故か涙が溢れてきて、堪えるのに必死でした。
多分、健常者の方には理解し難いと思いますが……。
別に世の中に特別な事は期待しません。
ただ、嫌がらずに見守ってくれるだけでいいのです。
トピズレついでに、皆さんにお願いいたします。
殆ど、流奈君の名を借りたバカ親の愚痴になってしまいました。
悪しからず。
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これは safuran_39 さんの 2402 に対する返信です
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re;流奈ママについて
2002/ 5/31 11:39
メッセージ: 2409
投稿者: safuran_39
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>safuran_39さん、私も健常者の長女長男には、同じ気持ちを持っています。
ただ、障害を持つ息子には、そう思ってるか自信がありません。ダメな親です。
いえ、ちっともダメな親なんて思いませんよ。
現実にきちんと向かい合っているからこそ
そう思われるのだと思います。
>もし、彼らが人の半分しか生きられないならば、彼らの1日は健常者の2倍楽しくて、2倍満ち足りていなければなりません。
みんな、その為に何をすべきか、必死に考えています。偏見や差別に流されず、障害という不幸に甘えないよう、頑張ってる人は沢山います。
これが、現実と向かい合うということだと思います。
改めて、
るなママは「人は賢くなければいけない」と考えているのだろうか、と思いました。
「奇跡を起こしてでも優秀にならなければいけない」と?
障害児の出生率にも関連しますが
「ありのまま」の人間たちが集うのが社会だと思うのです。
「優秀な者」「強い者」しか価値が認められないようになると
るなママのような考えに陥りそうな気がします。
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これは machinoh さんの 2403 に対する返信です
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トピズレ
2002/ 5/31 16:58
メッセージ: 2425
投稿者: ffllqq21
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『一文だけを取り上げてしまいすみませんが、出産前の検査云々ですが、
検査される方は別に「障害児とわかったからその妊娠をみおくる」目的でやってるわけじゃないと思いますよ。』
本来は胎児の状態を見るだけのものだったと思いますが、現在では選別のために行われていると言って過言では無いでしょう。
http://www.yomiuri-you.com/you_a/mama/chie/shussan/juseiran/chie21_37.htm
リンクより>
出生前診断は、胎児の病気の早期治療につながるが、マーカーテストが主な診断対象とするダウン症は、染色体異常の病気。
結果的に人工妊娠中絶が選択されることも多く、インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)が不可欠だが、本人の署名入りのインフォームド・コンセントはわずか35%だった。
◆出生前診断 後手に回るルール作り、技術進歩に追い付けず 障害者差別の懸念も
厚生省の研究班が二十三日まとめた出生前診断の実態調査は、生まれる前に胎児の異常の有無を見極める医療行為が、広く浸透していることを裏付けた。
__________________________________
『検査される方は別に「障害児とわかったからその妊娠をみおくる」目的でやってるわけじゃないと思いますよ。』
"みおくる"と言うのは優しい言葉であって、事実認識としての言葉は「殺す」です。
こう言った言い方が中絶の認識をあやふやにさせ何の罪悪感も持たずに当然のごとく行われる様になります。
余談)manicfury宛じゃないです。ついでに書きました。
差別と言うのは、此所では障害者差別なのですが、単的に言えば「優生思想」と関わりが有ります。差別と言うのは連動的で有り他の差別とも同時的です。
障害者差別、性別差別、人種差別、等々。
ですから障害者「だけ」が差別されると言う社会は有りません。
性別による差別が有る社会は人種差別や障害者差別が有り、人種差別が有る社会は性別による差別も有り、全ては連動です。
私達の住む社会のイデオロギーに関わる問題であって、差別の多い住みずらい社会に住むのか、差別の少ない社会に住むのかなのです。
もちろん非差別側を重視するあまり、非差別側が強者になってしまう場合が有りますから、公正に(フェア)に判断する事は必要です。
また属性は障害者と言う属性でくくる、性別で割り振り属性でくくる、人種と言う属性でくくる。
と言った個人と言う概念が無いもので有り、それを構造的に縦に組み立てたものが封建社会です。
ですから、日本人が属性で考えてしまうのは、障害者に限ったものでは無いのです。
「個人」なのか「全体」なのかです。
個人主義か全体主義かだと思います。
なので障害者に対しての属性によるものが、それが善意的なものだとしても、全体でくくり、当てはめると言うのが偏見と言われるものです。
障害者の「人達」は、こうなのだろう、と言うのが、強制的で例外を認めない様に当てはめると偏見です。(それが善意に満ちていたものであっても)
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これは manicfury さんの 2397 に対する返信です
障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/31 10:54
メッセージ: 2407
投稿者: konanba
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> これは遺伝子操作や出生前診断による中絶で減らすと言う意味 でしょうか
お得意の質問作戦ですか?話題をずらしたくはないのですが、身障者タブーを避けるのはよくないと思うので、お答えします。
生殖に関しては一般の方に大きな誤解がいくつかあります。
1)まず卵子は精子と異なり、赤ちゃんが子宮内にいるときに一生涯に使用する50万個が全部つくられます。受精まで卵巣に保存されているので、高齢出産になると40年近く保存されることになり、その間ずっと、発癌物質とか電磁波とか宇宙線などにさらされ続けで、遺伝子はどんどん傷ついていきます。だから女性の高齢出産では遺伝子異常や染色体異常による先天性障害児の誕生率が高くなるのです。これに対して精子は使い捨てで、使用するたびに睾丸で新たに作られるから奇形に関与する率が少ないのです。
一般の方は高齢出産が危険である理由をよく分かっておられないと思います。
2)生まれた子供に占める障害児の割合は5%程度です。これは目に見える異常だけでなく、遺伝子だけの異常やかたちに顕れない染色体異常も含んでいます。一般の方はこの部分しか認識しておられないので、「奇形は少ない」と考えておられると思います。
しかし受精卵を100個とすると、そのうち30個は受精卵が子宮に着床する前後に、受精卵のもつ障害のために死滅します。無事に着床しても、約30個は器官形成が起こる前後に重大な障害のために母体が気づかないうちに流産します。残り40個のうち10個はやはり何らかの異常をもっていて、妊娠中に流産します。
つまり母体は奇形児や障害児を早期のうちに排除する仕組みをもっているのです。これはすべての動物が進化の過程で獲得した選別機構です。
胎児の生命力が強かったり、母体の排除機構が弱かったりすると障害児が生きて生まれてくるということになり、それが現在では約5%(受精卵を母数とすると1%))ということになります。
こうしてみると健常児として生まれるということは大変な幸運だと言えるのですが、多くの方は「それが当たり前」と考えておられ、そこに障害児に対する偏見が生まれる余地がある。ひょっとしたら貴方もそうなっていたかも知れないのですが。
従って医学的にすべての障害児を助けるという方向で治療をすると、理論的には全出生の70%が障害児で健常児は30%というのが理想と言うことになるわけです。
そこで質問ですが、貴方はそういうのが望ましいとお考えですか?
医学は単なる技術ですから、どちらの方向にも応用可能なのです。
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これは ffllqq21 さんの 2383 に対する返信です
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>障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/31 15:59
メッセージ: 2420
投稿者: ffllqq21
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『お得意の質問作戦ですか?話題をずらしたくはないのですが、身障者タブーを避けるのはよくないと思うので、お答えします。』
質問作戦ってどういう意味でしょうか。(という質問は意図が明確で無いので聞きます)
話題はずれています。
ただの確認ですよ。
今後の展望から人工心臓という最新医療が付記されているのと、MSG2332での
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=2000251&tid=ffclznaefe0a4n ff&sid=2000251&mid=2332
『但し将来は脳幹細胞移植などを利用することにより、脳の障害をある程度回復できるようになるように、現在再生医学は頑張っているわけです。』
という文面から最新医療の意味として遺伝子操作、出生前診断、そして受精卵や中絶胎児から取り出す細胞組織を用いた上記への再利用を意味するものかと思ったもので確認のために聞いただけです。
人体の自然的作用の説明をして頂きましたが、それは高齢出産を避ける以外には(それでも、人の生活の問題ですから、歳とってから結婚したら駄目だとかは言えないでしょう)自然流産で有るとか「減らすこと」と言う事とは別の事でしょう。
貴方の文章は下記からも減らすは医療行為として減らす意味と解釈出来ると思います。
『従って医学的にすべての障害児を助けるという方向で治療をすると、理論的には全出生の70%が障害児で健常児は30%というのが理想と言うことになるわけです。そこで質問ですが、貴方はそういうのが望ましいとお考えですか?』
自然流産の場合を医学的に助けるべきかと言う事ですか、本人が望むなら良いとは思いますけれど、着床まで医学的にどうにか出来るんですか?また、当事者でも気がつかない様なものを第三者がどう判断すると言うのでしょうか。自然に着床しない事と人工中絶とが同じだと、おっしゃられるのでしょうか、また、人工的に選別する事と自然に着床しない事や流産する事とは異なります。前者は自然死です、後者は事実認識で言うと、「殺す」です。
『医学は単なる技術ですから、どちらの方向にも応用可能なのです。』
現在、最新医療で問題になっているのは、後者の問題で有り優生思想に繋がると言う事です。
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これは konanba さんの 2407 に対する返信です
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障害児の誕生を減らすこと(2)
2002/ 5/31 16:32
メッセージ: 2424
投稿者: konanba
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>自然に着床しない事と人工中絶とが同じだと、おっしゃられるのでしょうか、また、人工的に選別する事と自然に着床しない事や流産する事とは異なります。前者は自然死です、後者は事実認識で言うと、「殺す」です。
なるほど自然はよいが人工はいけないとおっしゃる。すると自然が作った障害児を治療するのも人工なのでいけないのですね。実際にルナ君の場合は、へその緒が短いために腹壁が子宮壁に癒着し、そのため腹が割れて腸がはみ出るというむごたらしい奇形でした。それを無理して救おうと手術したため脳損傷が起きた。15年前の医学なら死んでいた症例です。
>現在、最新医療で問題になっているのは、後者の問題で有り優生思想に繋がると
言う事です。
やはり「優生思想」が出てきましたね。ではお聞きしますがそれはどういう思想ですか?
進化の機構は環境に適応しない個体が排除されて上手く適応する個体が生き延び、子孫を残すことで成り立っています。そういう意味では「優生思想」は思想ではなく、自然の原理なのです。
貴方は自然にまかすのがよいと一方で言いながら、他方では自然の根本原理を否定しているように思われます。
狭義の優生思想とはナチスなどが行ったイデオロギー的に設定された枠に合わないものを強制的に絶滅させた行為の背景にあった思想を言います。
およそ医学的治療とは自然の法則にさからったことをやるものなのです。大きな法則にさからうために、小さな法則を利用しているにすぎません。
自然はよくて人工は悪いなど、言葉の安易な使い方をしないで欲しいものです。 もし障害児の中絶が悪いと主張するのであれば、避妊や人工中絶全体の良し悪しついての判断を示して下さい。避妊も自然に逆らった方法です。
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これは ffllqq21 さんの 2420 に対する返信です
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確認です。
2002/ 5/31 17:24
メッセージ: 2430
投稿者: ffllqq21
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単に確認だけ出来れば良かったので、非難をしようと言うわけでは有りません。トピズレですから、場を変える必要が有ります。
『なるほど自然はよいが人工はいけないとおっしゃる。』
事実認識が異なると言う事です。
また、優生思想とは貴方が言う様に社会的な意味による考えですが、自然的に作用するものと、人為的に行うものとは違います。原理から人為に導きイデオロギー化すると所謂、優生思想だと思いますが。
自然によって着床しなかった事と自然流産と人工中絶は異なると言う事に対して貴方が
原理的に有るものであるから、それを人工的に選別して中絶しようが、ノープロブレムで有ると言うのは別に、それはそれで良いです。
最新医療(選別)では個人的で有るから良いであろうと言うのが医学側(推進側)の意見で、それに反対する側は生命倫理や社会に影響を及ぼすと言う事から反対していると思います。
私は、これについて明確な判断をしているわけでは無いので是非を問いたわけでは有りません。
「障害児の誕生を減らすこと」
貴方はこれを社会的に推進した方が良い(強制では無く、個人の選択による)
か確認したかっただけです。
また、そのガイドラインを巡っていくと、長くなるので論争したいわけでは有りません。
最新医療の意味を含むのかと言う。あくまで確認です。
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これは konanba さんの 2424 に対する返信です
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横レス>障害児の誕生を減らすこと
2002/ 5/31 19:07
メッセージ: 2445
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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トピズレですが、やはり非常に気になりますので。
>もし障害児の中絶が悪いと主張するのであれば、避妊や人工中絶全体の良し悪しついての判断を示して下さい。避妊も自然に逆らった方法です。
「避妊する・しない」、「中絶する・しない」が、いずれも(個人の生き方に関する)自己決定権により正当化しうるとしても、「障害のある胎児を中絶する・しない」という選択まで正当化しうるとは思わないし、そのような考え方には嫌悪を感じます。
なぜなら、そのような選択を是認することは、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージを表明するものだからです。
いうまでもなくこれは科学の問題ではなく、哲学・倫理の問題です。
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これは konanba さんの 2424 に対する返信です
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ではお訊ねします
2002/ 5/31 19:13
メッセージ: 2446
投稿者: konanba
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>なぜなら、そのような選択を是認することは、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージを表明するものだからです。
それは貴方が内心でそう思っているからではないでしょうか。
貴方の娘さんが妊娠して中絶可能な時期に重度の障害があるとわかり、娘さんから相談を受けたら貴方はどうアドバイスしますか?
倫理の問題は人ごとではないのです。まず自分がどうするか決めなければいけないのです。
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これは democrat2000 さんの 2445 に対する返信です
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オフトピ
2002/ 5/31 20:26
メッセージ: 2454
投稿者: otonano_furikake_z
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>「障害のある胎児を中絶する・しない」という選択まで正当化しうるとは思わないし、そのような考え方には嫌悪を感じます。
>なぜなら、そのような選択を是認することは、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージを表明するものだからです。
では質問しますが、あなたは我が子が障害を持って生まれてきて欲しいと思っているのですか?
もしそう思っているのなら、あなた限定でその言い分は尊重しますよ。
でも、多くの親御さんは我が子には五体満足な体で生まれてきて欲しいと、願っておられるでしょうし、当の障害者も普通の体で生まれて来たかったと思っているでしょう。
障害胎児の中絶を主張したからといって、現在生きている障害者は生きていないほうが良い、という主張にはならないのですよ。
交通事故によって障害を持つことになった人が、交通事故による障害者が増えることを果たして望むでしょうか?
交通障害者は交通事故撲滅キャンペーンをみて、自分の存在を否定されたとかんじるでしょうか?
むしろ逆に、障害によって苦労しているのは当の障害者達なのだから、一人でも辛い思いをする人間が減れば良いと思うのではないですか?
障害に限らず、ブスに生まれるよりは美人に生まれたいと思うものだし、男性であれば、身長が低いよりは高いほうが良いと思うものです。
・・・よりは・・・が良い。
これは障害者やブス、低身長の男性は生まれなければ良かったと言っているわけではなく、
どうせ生まれてくるのなら・・・のほうが良い良いよね?という話だとおもいます。
>いうまでもなくこれは科学の問題ではなく、哲学・倫理の問題です。
障害の種類にもよりますが、科学の問題でもあるんです。
生殖という生物としての根源的な部分にかかってくるはなしだからです。
障害者だって生まれてきたからには幸せな結婚や家庭生活を送りたいと、極自然に思うのではないでしょうか?
そのとき問題になるのは、遺伝子異常による障害などの場合、生まれて来る子孫にも障害がでてくるケースが多々有るということです。
親が障害者で子供も同様だった場合、その家の平安な生活は果たしてなりたちますか?
障害者の親が健在なうちはまだなんとかなっても、死後はどうなりますか?
障害者(ここでいう障害者は、自活不可能な重篤なものをさしています)はただ存在しているだけで両親をはじめとする家族の人生を圧迫しています。
不幸が避けられるものなら、避けたほうが良いと私は考えますし、それはだんじて障害者差別ではないと思います。
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これは democrat2000 さんの 2445 に対する返信です
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幸せは本人が決めるもの
2002/ 5/31 20:47
メッセージ: 2456
投稿者: safuran_39
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確かに、最初から障害を持って生まれてほしいとは
願わないものです。
ただ気になったのですが
・・・よりは・・・がよい、というのは、基準がはっきりしませんよね?
人の幸せや顔の好みもですが、それぞれの
個性によるものです。
そこで
>むしろ逆に、障害によって苦労しているのは当の障害者達なのだから、一人でも辛い思いをする人間が減れば良いと思うのではないですか?
障害を持って生まれてきていても、
たくさんの愛に囲まれて幸せに暮らしておられる方はたくさんいらっしゃるのでは?
苦労しているのは、生活面や就職面、
また社会の誤解などがあるでしょうが
それが「不幸」と直結するわけではないと思います。
つらくても満ち足りているという例もあるはずです。(裏づけがなくてすみません)
だから私は「減ればいい」とは思わないんですよ。
中絶は基本的に反対です、ただ女性の諸事情、深い傷を思う時、それを非難する気にはなれません。
これは数学のようには答えの出せない話だと思ってます。
交通事故はもちろん、減らしましょう!
交通事故で障害を負うことは
なくなるに越したことはない、と素直に思いますよ。
あまり深くは考えてないのですが。
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これは otonano_furikake_z さんの 2454 に対する返信です
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勇気のある人だ
2002/ 5/31 21:19
メッセージ: 2459
投稿者: tomoakida
----------------
ナカナカ言い辛いような事をハッキリとおっしゃられましたね。 自分が生まれた確率からすると、この世に存在している事が奇跡のような事らしいんですが、ナカナカ自覚できません。 そう言った話を聞いて初めて、そんなものなんだと妙に感心してしまいました。
今後、仮に受精段階から人と成るどこかの時点で制御される事になった場合、現に障害をもって暮らしている方々にとっては複雑な思いをされる事になるとは思います。 でも、こう考える事はできないものでしょうか。 「もう少し生まれるのが遅かったら生を授かれなかったかもしれない。 ギリギリ間に合った。 何と運の良い事か。」なんてね。
今は障害者の話ですが、健常者と言われている人達だって、背が低いからパスとか鼻が低いからパスとか選ばれるような時代になっていくかもしれないし、私のように現在は気にしていない者にとっても、間引きされる対象になりかねない部分もあるわけですよね。
私が生きている間に、そのようになったとしたら、「ギリギリ間に合った、運が良かった。 ラッキー。」って考えるようにしたいものです。
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これは otonano_furikake_z さんの 2454 に対する返信です
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>ではお訊ねします
2002/ 6/ 1 1:55
メッセージ: 2484
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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>貴方の娘さんが妊娠して中絶可能な時期に重度の障害があるとわかり、娘さんから相談を受けたら貴方はどうアドバイスしますか?
中絶可能な時期に重度の障害があるとわかった場合に、中絶すべきかどうか悩むのは人情として当然のことです。
しかし、問題は、そのような難題に直面させ、結局多くの場合は中絶の選択を誘導することになる技術の倫理性なのでしょう。
自然の過程における排除ではなく、我々が自らの意思によってそのような倫理的な選択をすることが、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージとなるのです。
だから、良識ある人はそのような検査を受けること自体を拒否するのだと思いますよ。
トピずれだから、この程度にしておきます。
日木ファミリーの問題は詐欺またはオカルトの問題であって、障害者差別の問題とは次元を異にします。にもかかわらず、この問題に藉口して「差別反対という時勢」を批判してやろうという態度はいかがなものかと思います。
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これは konanba さんの 2446 に対する返信です
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トピズレ続きで申し訳有りませんが
2002/ 6/ 1 8:15
メッセージ: 2491
投稿者: machinoh
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流奈君のトピですが、障害への疑問や伝えなければならないことを捨ててまで、トピに拘らなければならない理由はなんでしょう。
私は、すべて繋がってる問題と思っています。
>「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージとなるのです。
democrat2000さん。
お腹の子に障害があると分かって中絶するのは、障害への差別ではありません。
「障害者は生まれない方が良かった存在である」
ではなく
「障害者が生まれてくるには、劣悪な社会環境である」
が、正式な言い方だと思います。
どんなに優れたF1カーでも、舗装されてないジャリ道は走れないのと一緒です。
環境が整ってさえいれば、意識はきっと変わると思います。
差別というなら、相手は障害者ではなく社会です。
moai_monさん
私は、健常者への差別感を問うつもりはありません。
以前、障害者と健常者は、住む世界が違うと認識されてる方がいました。
手厚い保護の下、俗世間の悩みも知らずに、安穏と生活しているとイメージされていたのです。
私も、障害者と関りを持たずに社会に出た一人です。
moai_monさんに、特別な意識があるとも思っていませんし、仰ることもよく理解できます。
当然理解されてることでしょうが、障害者も健常者と同じ社会で、同じ空気を吸って生活しています。
障害だけが唯一の悩みじゃないことを、確認の意味で述べさせて頂きます。
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これは democrat2000 さんの 2484 に対する返信です
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倫理の問題はまず個人の問題
2002/ 6/ 1 11:37
メッセージ: 2500
投稿者: konanba
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>>貴方の娘さんが妊娠して中絶可能な時期に重度の障害があるとわかり、娘さんから相談を受けたら貴方はどうアドバイスしますか?
>中絶可能な時期に重度の障害があるとわかった場合に、中絶すべきかどうか悩むのは人情として当然のこと
私が訊ねたのは「悩んだ結果、どう決断するか」ということです。貴方は回答をはぐらかしています。
>そのような倫理的な選択をすることが、「障害者は生まれない方がよかった存在である」という明確な差別的メッセージとなるのです。
「汝らのうち罪なきものが、最初の石をなげよ」という言葉があります。自分がそういう立場に置かれたときは「悩む」としか答えられない人が、悩んで悩んで中絶を選択する人に対して偉そうに指図する権限などないのです。
ダウン症児を生んだ家庭の80%は二度目の妊娠の際には検査を受けています。ダウン症を生んだ夫婦では30人に1人という高率でまたダウン症児が生まれます。
しかし日本ではダウン症の子供を2人もつ家庭はありません。もし選択的中絶が行われていないとしたら、そんなことはありえないのです。
私は差別反対に反対しているのではありません。事実にも真実にも目を背けた観念的「差別反対運動」に異を唱えているだけです。あれは身障者をだしにした政治運動で、かつての同和運動と変わりません。
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これは democrat2000 さんの 2484 に対する返信です
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違います>倫理の問題はまず個人の問題
2002/ 6/ 1 22:16
メッセージ: 2552
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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トピずれで申し訳ないが、この議論を持ち出したのはあなたなのだから、反論だけはさせてもらいます。
>私が訊ねたのは「悩んだ結果、どう決断するか」ということです。貴方は回答をはぐらかしています。
「そのような選択を強いる検査自体を拒否する」と答えたはずです(その結果を受け入れることは当然です)。
あなたこそ私の論旨にきちんと答えていないが、まさに「悩んだ結果、決断する」という点にこそ問題があるのです。
つまり、「悩んだ結果」、「障害者を受け入れない」という「決断」(まさに実存的・倫理的な決断)を多くの人がするわけです。それが当然のようになれば、「障害者はこの世に生まれるべきでなかった存在」であるということになりませんか?
だから、そのような選択にあえて直面させるような検査はグロテスクなのです。
あなたの挙げた「ダウン症児を生んだ家庭」の2度目の妊娠のようなケースは、その家庭に過度の負担を強いる可能性が高いという特別事情の下で議論されるべき問題であって、一般化すべきものではありません。
付言すれば、倫理上の問題は本来社会的合意形成とルールに基づいて慎重になされるべきであって、個人の選択(自己決定)にすり替えられるべきものではありません。生殖技術や臓器移植、遺伝子治療、さらにはクローンなどの先端医療を、「個人の選択」によって合理化しようという風潮に対しては、科学万能主義の傲慢と人間の弱みにつけ込む卑しささえ感じます。
>私は差別反対に反対しているのではありません。事実にも真実にも目を背けた観念的「差別反対運動」に異を唱えているだけです。
あなたのいう「観念的差別反対運動」が具体的に何を指しているのかよくわかりませんが、この日木ファミリーの問題に関して誰かそのような議論をしたのでしょうか? 「障害者タブーを乗り越える」などと称して、トピとは無関係な「障害児の誕生を減らす」話を持ち出したのはあなた自身でしょう。
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これは konanba さんの 2500 に対する返信です
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分からない人ですね
2002/ 6/ 1 22:29
メッセージ: 2555
投稿者: konanba
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娘さんが妊娠して検査を受けたと仮定して質問しているのに、「私は検査を拒否する」じゃ、答えにならないでしょう。
それに感情的言葉を乱発するのは、明らかに答えに窮した証拠。
倫理の基本は「自分ができないことを人に要求するな」ということ。これは孔子もイエスも言っている。
それもわからんのですか。
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これは democrat2000 さんの 2552 に対する返信です
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やはり違う
2002/ 6/ 1 22:39
メッセージ: 2557
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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>娘さんが妊娠して検査を受けたと仮定して質問しているのに、「私は検査を拒否する」じゃ、答えになら ないでしょう。
娘のことをなぜ私が答えられるの? 「生んだ方がよい」とはいえても、それ以上は娘の決断でしょう。しかも、そのような決断を強いること自体が不当だと言っているのに。
>倫理の基本は「自分ができないことを人に要求するな」ということ。これは孔子もイエスも言っている。
「他人に要求できないこと(普遍化できないこと)を自分が行うな」(カント)でしょう。
--------------------------------
これは konanba さんの 2555 に対する返信です
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違う違うと言う割には・・・
2002/ 6/ 1 23:26
メッセージ: 2566
投稿者: koewoageyou
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>娘のことをなぜ私が答えられるの?それ以上は娘の判断でしょう。
などと、自分の娘にさえその判断を躊躇する人が、他人の見解には「違う違う」を連発する。相対的な見方をしているように装っていても、その実、身内ではない他人には自分の意見を押し付けていることにお気づきでないとは・・・
孔子もカントも知らぬ私ですが、ずいぶんと見苦しいのではありませんか。
トピずれうんぬんの話がありますが、上記のような他人の見解に対して、批判のための批判を繰り返す人が周期的に現れて、トピを荒らすようなことは避けていただきたいと思いますが、そうではない、どうして今回のようなことが起こったのかという「謎」について、さまざまな見解(流奈君が障害者である以上その観点をはずして議論することは逆に不自然)が、この板で出されることは意義あることと思います。
NHKを糾弾するための、もっと具体的た議論を・・・と歯がゆく思われている方もいるかと思いますが、それに対する動きは多方面でかなり進んでいるようですし、そうした動きの一方で、ここでは「日木流奈」という虚像がうまれた「謎」についての議論があってもよいのではとおもっています。
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これは democrat2000 さんの 2557 に対する返信です
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決断を強いる?
2002/ 6/ 1 23:39
メッセージ: 2568
投稿者: konanba
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あのですね妊娠の定期検査の過程でたまたま重度障害だとわかることもあるわけ、それに貴方の娘さんが貴方と同じように出生前診断を拒否するという考え方とは限らないでしょう。
「実の娘が障害児を妊娠しているとわかって、貴方に相談があったらどうアドバイスするか」というのが問いかけなわけ。
貴方が偽善者でないかぎり、答えはひとつ「絶対に産め」でしょうが。
そう即答できなかった時点であなたは、いうこととなすことが解離した人間だと自己証明したわけ。
>「他人に要求できないこと(普遍化できないこと)を自分が行うな」(カント)でしょう。
孔子の「自分の嫌なことは人にするな」が、ユダヤ教に入り「自分がして欲しいことを他人にもしてやれ」に変わり、これがキリスト教に受け継がれて、有名なキリスト教倫理の黄金律「汝の欲することを他人に施せ」となった。
カントは倫理学の基本命題にこれを取り入れたという経過。わかった?
貴方みたいなのを頭でっかちの、「論語読みの論語知らず」というの。おおかた大学の倫理学の先生だろうが、あんたの生命倫理はちょろいちょろい。
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これは democrat2000 さんの 2557 に対する返信です
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これで最後にします。
2002/ 6/ 2 0:11
メッセージ: 2577
投稿者: democrat2000 (43歳/男性)
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>カントは倫理学の基本命題にこれを取り入れたという経過。わかった?
経過でなく内容の違いに注目してもらいたかったのですが、わからなかったようですね。
あなたの挙げた「自分ができないことを人に要求するな」は社会性・普遍性の契機を含まないから本来の倫理的命題とはいえない。
私の挙げた「他人に要求できないこと(普遍化できないこと)を自分が行うな」をここでの議論で言うと、出生前診断とそれに基づく障害胎児中絶を万人に普遍化すると社会的な障害者排除のメッセージとなる、だからそのような行為をすべきでない、ということになるわけです。
なお、私は「大学の倫理学の先生」などというごたいそうものではなく、滝本さんの同業者です。
これで本当に最後にします。皆様、大変ご迷惑をおかけしました。
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これは konanba さんの 2568 に対する返信です
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失礼しました
2002/ 6/ 2 1:06
メッセージ: 2586
投稿者: konanba
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Democrat様:滝太郎さんへの約束を破ってつい優しくない言葉をはいてしまいました。私の本を読んだ裁判官がメールをくれて国民の福祉のために出生前診断と選択的中絶を要求する法を制定すべきだ、といわれるので、「国家であれ、左翼団体であれ、生殖という本来個人の自由であるべき領域に集団で干渉するのはぜったいに認められない」と答えました。
あ、性倫理の本でなく、生命倫理の本です。
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これは democrat2000 さんの 2577 に対する返信です
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笑うと負け
2002/ 6/ 2 2:30
メッセージ: 2590
投稿者: t_aa_t (男性/東京都)
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>私の本を読んだ・・・
って、あの本の著者様なのですか? ぜひ読んでみたいと思ってたところですが。
・・・実際、俺も前に、障害者団体が、胎児の遺伝子(羊水か)判定に反対する
という報道を見たとき、複雑な思いにとらわれた。
確かに、「障害者は生まれてくるべきではない」という思想はおかしい。だが、
だからといって、様々な個人的な状況による差異に対しての考慮も抜きに、一律に
絶対反対というのもおかしいと思った。まさに、「個人の自由であるべき領域」な
わけで、そういう状況を目の前にしてはじめて判断を迫られた上でないとわからな
いものであろうし、まして他人がどうのこうのと言える領域ではそもそもない。あ
る団体が公式な見解を発表して、それに従わざるをえないなんて、そういうもので
はもともとないはずだ。
ただ、konanbaさんはそういう領域にかなり関ってきたからこそ、深く心境を語
る、というモードになってたことは、かなり今回理解できたように思える。
トピずれといえばトピずれなのかもしれないし、俺も、ちょっとな、とは思った
けど、今からしてみれば、いい問題提起にもなるし、ここを見てる人たちにも、
いろんな次元でこの問題を考える、といういい刺激になったとは思う。
・・・ただ、ここからは俺の個人的な意見なんだけど。
なんでみんな、「応酬」しあうんだ? 相手のいいところは認め、自分の足りな
いところも認める。これは当然だ。
闘うべき時は、俺だって、容赦なく、「誹謗中傷」「個人攻撃」と言われるのを
覚悟しつつ、闘うよ。
でも、それなりの「真実」が込められてるものに対しては一目置く。「荒し」だ
「トピずれ」だなんてだけで一蹴すべきではない不器用な投稿(熱意がこもりすぎ
てて、真意が伝わりにくい、って意味で)ってあるし、それに対して「応酬」って
のはどうかなぁ(「無視」はいいよ。いちいち反論してるほど暇じゃない時多いだ
ろうし)。
・・・俺は真剣に思ったんだよ! 「ユダヤ教に論語が影響与えたなら、そこん
とこ知りたい」って。
・・・その気持ちに応えてもらえただけで、俺としては大満足だなぁ!
みんなわかってないな。
「笑うと負けよ、アップップ」なんだよ。
相手を硬化させるのではなく、相手を笑わせて、相手の技を引きだしてこそ、
なんだよな。
・・・あ、これ、さっきぃ、サド・マゾとかでおもいきり外した俺の投稿なんだ
よなぁ・・・
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これは konanba さんの 2586 に対する返信です
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>決断を強いる?
2002/ 6/ 2 2:43
メッセージ: 2591
投稿者: tomoakida
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>そう即答できなかった時点であなたは、いうこととなすことが解離した人間だと自己証明したわけ。
普段、立派な事を言っている人でも、こう言った局面に遭遇する事が、ありそうですね。
その時点で矛盾に気付くんでしょうが、慣れてないんで、スグには受け入れれないで何とかその場をとりつくろうと、冷や汗もので対応してたりする所を、目撃した事があったような気がします。
そこで、さらにとどめをさすような事を、言うか言わないか、勝敗を意識するのであれば、とどめを刺すに越した事がないかも。
いずれ、立派な方なら、更に立派に成られると思いますよ。 フーテンの寅さんは言っていました。 昨日の恥じに気付いた時点で、「あの時きゃ、オレも若かったから。」って。 恥じかくのも、慣れるとそう気にならないし、かしこまらなくてもいいんじゃないですか。
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これは konanba さんの 2568 に対する返信です
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ルナ本の売れ行き
2002/ 6/ 2 9:20
メッセージ: 2597
投稿者: konanba
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今朝の新聞にトーハンのベストテンが載っていますが「人が否定されないために」は7位に入っています。
少しは売れているが講談社が予定していたほどは売れていないということか。
tomoさんへ:
「とどめ」をさすな、とのことですが、論争は最後にとどめをさせ、と上野千鶴子教授は教えていますよ。またそれが言論による問題解決の方法でもあるわけ。
Democratさんも弁護士だからつねづね法廷では相手方の主張をことごとく論破し、とどめをさすことで完封勝ちすることを目標に頑張っておられるはずです。
私は今回の事件でネット上の議論がメディアを動かすとしたら、ことごとく正論でNHKを追いつめるしかないだろうと思っています。感情論ではなく、そいういう論法でそれに成功したら日本の市民運動ははじめて自立したといえましょう。どこかの団体や組織にあやつられるのではなくて、個人が自分で考え、自発的に行動する、その結果として新しいものが生まれる。 それが真の民主主義社会なのです。」
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これは tomoakida さんの 2591 に対する返信です
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考えさせられました。
2002/ 6/ 2 9:47
メッセージ: 2598
投稿者: usiboulove
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疑問から始まったこのトピが、ここまで色々な問題を提起して考える事になるとは自分でも思っていませんでした。
無料でこれほどの講義を聴けることに(見るでしょうか?)深く感謝いたします。
現在障害を抱えている方が、少しでも気持ち良く暮らせる社会を目指す事や、胎児の時に重い障害を持っていると分かった時の親の判断など、もし自分だったらと考えるきっかけになりました。
ルナママの背景を考えると、根本的には深い関わりが有るような気がします。
本当に有難うございました。
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これは konanba さんの 2597 に対する返信です
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おなかの子どもは..うんこといっしょ
2002/ 6/ 2 12:13
メッセージ: 2606
投稿者: choromusi
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だから
人権団体がとやかく言うのは見当違いだよ。生理現象は 母体にすべての属性が有る。
体から外に出てから、うんこか人間に分かれるんだよ。おなかの子どもに相続権があっても有効とみなされるのは生まれてからだよ。
線引きをはっきりさせないと、変な拘束が生じて 人間を阻害することになる。生まれる前なら100%母体といっしょ..つながってるんだしね。盗んだダイヤモンドを飲みこんだらダイヤは体内にある間は飲みこんだやつのものだよ。これも うんこと いっしょ。
生む生まないも母体に選択をまかされてるよ。生理現象に倫理が介入するのはまとはずれだよ。セックスを楽しんで望まない子どもができることもある。
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これは t_aa_t さんの 2590 に対する返信です